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日本一の清流・宮川の上流部「宮川ダム」を見学しよう

みなさんこんにちは!キャスターマミです。

観光スポットとしても注目されているダム。ダムカードをコレクトしているという方も多くいらっしゃいますよね。

三重県にはダムが50以上あるそうです。

今回紹介する「宮川ダム」は、その中でも古いダム。

宮川の上流部、三重県大台町の最深部・大杉谷登山道へ向かう道中に見えてくる巨大なダムです。

宮川ダム」では、一般の方に向けたダム見学を行っているのをご存知でしょうか。

事前予約で、誰でも見学可能。職員さんが、宮川ダムの建設目的や役割などを詳しく説明してくれます。

ということで、所要時間約1時間の宮川ダム見学に行ってきましたので、その内容の一部を紹介します!

1.宮川ダムの概要

最初に宮川ダムのパンフレットをいただき、設置された巨大看板前で宮川ダムの概要について説明を受けます。

昭和32年5月に完成、60年以上稼働している日本でも古いダムだといいます。

重力式コンクリートという形式の構造で、堤高(ダムの高さ)は88.5m、堤頂長(ダムの幅)は231m、堤体積(ダム全体のコンクリートボリューム)は388,583㎥のダムです。

大台ケ原を含む山々の尾根を境界とした赤線の範囲内(流域面積)に降った雨が宮川ダムに集まっています。

宮川ダムパンフレットより

流域面積125.6㎢に対し湛水面積(貯水池の面積)は2㎢、約60倍の範囲から集まった雨が貯水池に貯まるため、例えば100㎖の雨が降ったとすると、6ⅿほど貯水池の水位が上がっていく計算になります。

ただし実際には、降った雨は土の中に60~70%がしみ込んで、山が飽和状態になってくると徐々に水分が出てきてダム湖に流れ込んでいきます。

総貯水量(貯めることができる水の量)は7,050万㎥、この日のダムの貯水が標高で約275ⅿ、最大283ⅿまで貯めることができます。

管理棟から見た貯水池

ダムのゲートを開けて放流するのは、制限水位を超えたとき。

現在は冬で台風が来る恐れはないため制限水位を280mと高く設定していますが、夏休み期間は大雨に備えて270ⅿまで制限水位を下げて宮川ダムを運用しているということです。

2.宮川ダムは多目的ダム

①洪水調節(治水)

100年に一度の規模を想定し、大台町から伊勢市までの下流域での水害軽減に効果を発揮

②不特定かんがい用水の供給(利水)

農業用水として、伊勢市・明和町・玉城町・多気町・大台町の約4,700ヘクタールの耕地に安定した不特定かんがい用水を供給

③発電(利水)

宮川ダムに貯留された水を宮川第一発電所・第二発電所に供給し、最大54,200kwを発電

宮川ダムで常時0.5㎥/sの放流(河川維持)を行い、直下の宮川ダム管理用水力発電設備で最大220wを発電

真下を見るとその高さに足がすくみます…

3.宮川ダム見学

いよいよ実際に、普段は行くことのできないダムの内部へ案内していただきます。

クレストゲートを巻き上げる機械はこんなに高い位置に。

大杉谷の緑とダム湖を望む景色は絶景!
クレストゲートを真上から
クレストゲート上部を真横から
放流の際にクレストゲートを巻き上げる機械
緊急時はこちらの部屋から操作することも

続いては、普段の操作を行っている管理棟の中の操作室へ移動。

質問にも随時答えてもらえます
操作室

操作室では、水量の変化を見てダムのゲートの上げ下げなどを行っています。

台風が発生した場合、沖縄あたりに来た時点で職員全員が集まり始め、何時頃に雨が降るか、いつ放流するかの計画を立てるそうです。

宮川ダムで放流した水が三瀬谷ダムに着くのは2時間後。

放流の際、宮川沿いにあるいくつもの警報所で事前にサイレンを鳴らす操作を行うのもこの部屋から。

また、平成18年4月に運用を開始した「選択取水設備」により水温や濁度を見ることができ、特に水温の差が顕著な夏場には鮎の冷水病を防ぐためにも役立っています。

3.宮川ダムの内部へ

次はダムに沿った階段を下っていき案内していただきます。

かなりの高さがあります

外階段は急なので足元には十分注意して。

ドアが現れました。いよいよ内部へ向かいます。電気がついていないと真っ暗になるそう。

ダム表面にドアが出現
細くて狭いトンネルが続きます
トンネルの先には下まで続くという長い階段が

昔はモノレールが通っていたそうですが、今は使っていません。

新しいダムだとエレベータが付いていますが、古いダムであるためずっと下まで階段が繋がっていています。この階段を使い職員は一週間に1度点検を行っています。

消灯する際には「誰かいるか~?」と必ず声をかけて、下に人がいる場合は「いるぞ~!」と大声で返事するそうです。

停電してしまったらと思うと恐々。

希望者には職員が付き添って階段を下りていくことも可能。その場合は宮川ダム見学の所要時間は1時間半~2時間程度となります。

紅葉越しの宮川ダム

駐車場前は小さな公園になっており、壮大な宮川ダムを眺めることができます。

ここには立派なモミジが植えられており、秋には紅葉とダムを同時に楽しむことも。

 

宮川ダム見学をご希望の方は、以下の問い合わせ先へお申し込みください。

三重県 松阪建設事務所 宮川ダム管理室 0598-78-3221
総務・管理・建築室 0598-50-0586

ダムカードをご希望の際も事前に要連絡。

なお見学中の写真撮影は、職員の指示に従って許可を得てから行ってください。(※動画撮影不可)

 

貴重な体験のできる宮川ダム見学。台風の心配のないこのシーズンにぜひ訪れてみてください。

 

※都合により見学希望日等の要望に添えない場合がございます。

※天候、ダムの運用等により急遽見学の中止をお願いする場合がございます。

※今後の新型コロナウイルス感染症の拡大状況によっては、ダム見学・ダムカードの配布が中止となる場合がございます。事前にお問い合わせください。

“ハレとケの隙間” 赤福ホットバターサンド!

「ハレとケ」ってどういう意味だろう。聞きなれない言葉なので調べてみた。これは日本人の伝統的な世界観のひとつだと説明されている。

ハレとは、折り目・節目を指す概念で「晴れの舞台」などの言い回しで使用されると説明されている。なので伊勢の「赤福餅」を「ハレ」の食物だと定義してもいいかも知れない。

それに対して「ケ」は「普通の、または、日常の(もの)」と説明されていた。なるほど。少し解った気がする。すると「赤福餅」を「パン」で挟むとどうなるだろうか。ハレがケの食べ物になるのかな・・。

 

とにかく食べたくなったのだ!

赤福バタートーストを千葉県在住の方がInstagramに投稿した画像を見つけた。「12個入りの赤福は一人で食べるには量が多かった!なのでバタートーストを作ってみた」と。

気になる、とても気になる投稿だ。今まで赤福は何度も食べているけど、赤福バタートーストはない。「そうだ!時々一緒に仕事をするフードコーディネーターさんに映える赤福トーストを作ってもらおう!」と、早速アポイントを取った。

 

 

伊勢おはらい町に向かう。

今回、赤福と一緒に試してみたいお餅も買いに行く。

その道中、有名なオシャレカフェを発見した。まさに黒潮に運ばれてきた洋文化。さて、これに対抗できそうなキャラクターはいないだろうか・・彼女だ。

 

おかめちゃん

おかめちゃん!「うん!いける!これだったらオシャレカフェに対抗できるかも!!」。そう思いながら彼女を見つめると、目をそらした気がした。どこ見てるんだろう・・気のせいかな・・。
とにかく岩戸屋さんできな粉餅を購入、そして赤福本店へ向かう。

 

赤福

赤福8個入り、岩戸餅8個入り、伊勢茶食パンを購入。これを持って、頼りにしている料理教室の先生の元へ向かう。果たしてどんなバタートーストが出来上がってくるだろうか。

 

 

料理教室アンソレイユ

ピンポーン♪ 目があった!
「先生よろしくお願いします〜」「は〜い!」といい返事がかえってくる。

「今回お願いしたいの例のお品がこれなんです。」と手渡す。

山本ひろみ先生。伊勢市で料理教室を運営しながら依頼があれば料理撮影のプロデュースやディレクションの仕事も受ける。時々仕事を共にする私が信頼するフードコーディネーターだ。


ふむふむ、少し考えてから「ホットサンドのバターサンドを作りましょう!」。そして調理の工程を教えてくれた。

まずバターをサイズに合わせてカットする。

パンを薄く切って

バターを置いてお餅をのせる

あんこを沢山乗せ

上にパンを置き挟む

そして、ホットサンドメーカーで焼くだけ。

 

・・・・ピンポーン 来客だ。

 

しばらくして、はい焼けた!

 

「ちなみに先生!

この作業は調理ですか?」

単純な質問した。

「はあ?」これはですね・・・

・・・・と続く。

あとは想像にお任せします。

 

「さて、あとはカットするだけ。簡単でしょ?」と説明してくれた。包丁を入れると「あっ!」と言葉が出た。大変な事態になった!「バターのとろみが見えねぇ!」。さっきの来客対応で熱が加わりすぎたようだ。

「気になるのでやり直しますね!」先生のプロ根性が出てきたのだ。「次は撮影用に少しバターを多めにし、冷凍庫で硬めてから熱を加えます」と説明してくれた。パン生地の焦げ具合とバターの溶け具合のバランスを取って、再度チャレンジする事に。果たしてどうなるだろうか。

 

 

冷凍で硬めたバターをドーン!!

熱を加える!

カットする。「よし!」

撮影用のお皿に乗っけて

少しレンジでチン。

するとバターがとろとろしている。

さて撮影だ!

 

パシャ!

拡大してみた。

 

餡子とバターがトロトロしてる〜。

餡子の上にバターが乗った方が映えますね〜。

 

 

 

試食してみよう。

ちょうど小学校から帰っきた先生の息子さん、ハル君が来た。
早速彼に試食してもらった。
どうだ!反応は!
ワクワクする〜

美味しいよ!!」

言葉を何度も繰り返す。

「美味しいよ!!」

私も実際食べてみる。手に持つと赤福餅がホットバターサンドになった感動が湧いてくる。そして口に入れると、形が変わっても赤福だと解るのだ。

少し斜め上をいく美味しさ。「カフェのメニューに行けるかも!」。もしこの記事を見た関係者様がいましたら意見として受け取ってくださいね。

形を変えても自然な味を保っているのは、良質な素材である証拠。多くの人に愛される理由のひとつだ。歴史あるお餅をバタートーストにするなら、間違いなく美味しい。SNSで沢山の方が投稿する理由もわかる。

 

 

で、きな粉餅はどうなる?

引き続き、おかめマークの岩戸餅をホットバタートーストにしてみよう。次は、きな粉餅だ。噂では、きな粉をバタートーストにたっぷり振りかけて食べると美味しい!という噂を耳にしている。

その噂を試す時が来た。

要領は同じ作業だ。

できた!
見た目からも、高カロリーなトーストが出来上がったぞ!
さすがに赤福バターサンドの後に入らない。
試食は翌日にしよう。

 

冷めた岩戸餅サンド

期待以上に美味しぞ!

誠に、美味しい!

 

これだよこれ!このきな粉が冷めてバターに浸透した旨さ。これは赤福に続き、ハマる人が出てくると予感させる。お洒落に盛り付けたら、あのカフェに対抗できる!?あくまでも個人的な意見ですが、それくらい面白い仕上がりの味だ。ただひとつ問題がある。それは、高カロリーということ。

例えば太りたい方や、育ち盛りのお子さんの3時のおやつ、カロリーがとても必要なスポーツや登山の時など。また、部活帰りの学生に食べさせるのも良いかも知れない。とにかく一度は経験すべきである。

 

 

ハレとケと、おサンジ。

お伊勢参りは「晴れ」の日。この餅文化を例えると、おかめは「ハレ」、対して「ケ」は、日常生活に溶け込んだオシャレカフェ。 和と洋の食文化が融合したひと品。そんなハレとケでサンドしたお餅こそ、御三時(おサンジ)アフタヌーンと敬意を込めて丁寧に言ってみる。そうか!おかめちゃんの目線は、そんな未来を見ていたのかも知れない。

 


 

Special Thanks

料理教室アンソレイユ

〒516-0016

三重県伊勢市神田久志本町1457-1

TEL :0596-34-0500

 

赤福餅

 

岩戸餅

 

 

鳥羽浦村の有事に機能した共同体。ちっぽけな私から視えたほんの一部を伝えたいと思った。

カキ養殖が盛んな三重県鳥羽市浦村町。

2022年1月15日に発生したトンガでの海底火山による津波の影響で、カキの養殖いかだが破損するなどの被害が出ました。

津波の影響でいかだが乗り上げている様子

――いま自分が出来ることは?!――

大変な状況下、漁業者と関係性のある県内のプレイヤーたちが動きました。きっと皆さんの周りでも色んな動きがあったと思います。

これはちっぽけな私から視えるほんの一部となりますがここに綴ります。

 

1月16日 津波注意報発令

バキッバキ….

浦村でカキ養殖業を営む「孝志丸水産」の浅尾大輔さんが消防団に向かう途中、海に浮かぶ養殖いかだから、バキバキと音が聞こえたという。

普段穏やかな海は、川のように波立っていた。

浅尾さんはスマホで海の様子を記録。水産仲間はもちろんのこと、日頃からコミュニケーションを取っている報道関係者や行政職員などに共有した。

浅尾さんから映像を送られた報道関係者は、各担当記者に即連携。ヘリを飛ばして上空から状況を報じた。

(浅尾さん撮影映像)

 

1月17日 カキ養殖筏およそ500台が被害に

最大60cmの津波を観測した三重県。
午前中には、三重県知事による被害状況視察が行われた。

県のプレスリリースによると、浦村地区で約2000台あるカキ養殖いかだの内、約500台が流されたという。

(海の流れが異常。桟橋も外れている様子)

 

浦村にカキはある!!「落ちないカキ」丘漁師組合が動く

同日。TVディレクターから私に現状共有があった。
情報を繋いだ先は、桑名市で企画会社を営む「株式会社On-Co」の水谷岳史さん。

水谷さんは、「丘漁師組合」という丘から海の課題を考え活動する人を増やす取り組みを進めている。ネーミングは水産素人を揶揄して付けたそう。

浅尾さんに電話して、状況と想いを聞き取った水谷さん。

浅尾さんとしては、メディアを通して現地の状況を報じてもらった上で、更に伝えたかったのは「浦村地区にカキがなくなったわけではない」ということ。

落ちないカキの筏。船が着けられない状態のため、ここでカキを揚げボロボロになった筏を渡りながら船に乗せる。

浅尾さん:海の恩恵を受ける商売なので、天災ともうまく付き合っていかないといけない。だからこそネガティブなことだけではく、ポジティブな発信もする必要がある。浦村にカキはある。落ちずに残ってくれたカキをこの時期やから受験に落ちない!ってのでポジティブなキャンペーンにしたいな。

水谷さんはすぐに「落ちないカキ」のキャッチ画像を作成した。そして自身のSNSにて50セット限定販売を開始。電話を切ってから1時間のスピードだった。

水谷さん:押し寄せる困難を跳ね返ししっかりとしがみつくカキを縁起物にする浅尾さんの発想は本当にさすが。自分のコミュニティ内だけでも「浦村には美味しいカキはある」ということを伝えなくてはと思った。丘にいる僕たちの意識や行動が変わることで、解決できる海の課題も沢山あるはず。実際関係性ができていたからこそ、このような事態でもすぐに動けることがあったわけですから。

 

多くの応援コメント。「落ちないカキ」を丘が盛り上げる

水谷さんの落ちないカキの投稿は、応援コメントと共に数十件のシェアがなされた。多くの注文も入った。フォームは作らずに、連絡は敢えてコメントとメッセ―ジ。配送情報を浅尾さんに託していった。

関係性のある報道関係者たちからは、メディアとして協力できることへの相談や提案も寄せられた。過程では逐一、行政職員からも正しい情報が共有されていた。

この「落ちないカキ」を記事にした、朝日新聞大瀧記者はこう添える。

大瀧記者:基本的にメディアとしては、流されたいかだの台数や、落ちたカキの量などのインパクトを追いかけがちです。ありのままを伝えることはもちろん大事。でもそれってそこに住む人にとって本当に必要なニュースなのか。被害を変にあおってないか。誰にとって幸せなニュースなのか…。
メディア側の人間ではありますが、こんなことを考えながら取材しました。浦村にカキはあります。もっとポジティブなことを「ニュース」として捉える文化が、メディアのなかでも増えて欲しいな。

(1.25追記)新聞の切り抜きを持って、浦村に「落ちないカキ」を求めて来てくださった方もいらしたそう。

 

先生たちも動く!「落ちないカキ」バスレストラン?!

天災に重なるように発令されたのが、コロナによるまん延防止等重点措置。

浅尾さん:浦村町には約60の事業者がおり、うち二十数事業者が焼きガキなどの店舗を経営してる。鳥羽のカキは仲間みんなの力。天災で仲間たちとの一体感は強まっているけれど、重ねてまん防が出たことで不安も高まった。いま浦村で出しているカキは全般が「落ちなかったカキ」。お客さんに浦村のカキは元気だよーと伝えるひとつの方法として、ポジティブな展開を仲間たちと考えていきたい。

1.22復旧作業の様子

そんな中、関係性のある大学関係者によって、三重県明和町の観光商社からバスレストランで浦村カキツアーを行うというプロジェクトが動き出した。

キッチン付きのバスで明和町から浦村まで行き、現地の話を聞いてカキを受け取る。帰りは車中で食べながら戻るという流れ。詳細は来週に決まる予定。とっても楽しそう!!

 

落ちないカキがクッキーに (1.25追記)

落ちないカキを知り動いたクリエイターがまた出現した。桑名市にあるいきものクッキー専門店のクキーアートデザイナー「kurimarocollection」の栗田こずえさんだ。

栗田さん:お世話になっている漁師さんたち。微力ながらも、桑名エリアの方にも、浦村に美味しいカキがあることを知ってもらう流れを作れたらと考えました。三重県同士のつながりを大事にしたいですよね。

そして完成した「落ちないカキ」クッキー。現地の漁師から送ってもらった「焼き牡蠣小屋マップ」を添えて、27日頃から店舗に数量限定で並ぶ。

(1.28追記)「来週牡蠣小屋予約していたけど、津波の被害を知って今年は無理かなと思っていたところ、kurimaroの落ちないカキクッキーで浦村に牡蠣があることがわかり、ツアー決行になりました」というお客さんにkurimaro店舗で出会った。
牡蠣小屋マップ見ながら「ここ行ったことある」等の話が盛り上がっている光景も出てきている様子。受験生やご家族が買う流れもあり、第一弾はもうほぼ売り切れだった。

 

海洋プラゴミアーティストが動く!災害による廃棄ロープ循環へ

イカダから吊り下げられて育つカキ。津波は海全体が動くため、吊るしたカキも波を受ける。垂下養殖は津波に弱い。海の中にヨットのような風を受ける帆をはってるイメージだと聞く。

もちろん海に落ちてしまったカキはもう拾えない。

筏の上からではわかりにくいが、下のロープは大団子状に絡まり廃棄をやむを得ない状態に。
処分代もかなりの負担だ。

そこで動いたのが、2021年に名古屋から鳥羽市に移住し海洋プラスチックゴミを資源として再生させ、家具やアート作品を手掛けている「REMARE」の間瀬雅介さん。

災害で絡まったロープを引き取って一気粉砕。ペレットか板上の海洋ゴミ素材にして販売をする流れだ。

これにより本来であればかかる産廃処理費用が圧縮されるだけでなく、埋め立てゴミとなるものが、新たな価値として生まれ変わることとなる。

間瀬さん:災害時に出るゴミの既存構造を変えて、循環させたいんです。

間瀬さんは、航海士として南極海に行った経験も持ち、海洋ゴミ問題のアート転換をするため、日頃から鳥羽浦村の漁師たちと連携を図っている。

海洋プラを使った作品

間瀬さん:(労働的にも資金的にも)地域のみんなが困っている状況下で、解決の選択肢に当たり前のように自分の存在があった。輪の中に入っているというのかな。これまでも海に関わってきたけれど、自分のアート活動が「海の誰かの助け」になって、前提の一員として進んでいたのがとても嬉しかったです。

これから間瀬さんは、漁師たちが海から揚げたロープを引き取り、材質判別を行いながら洗浄・加工作業へと入っていく。最終的にはダイニングテーブルに転換することも検討しているそう。

 

関係性の大切さ。いま自分が出来ることは?!

関係性の中で起きた連携は、それぞれが日頃から強みを活かしあい、大切にしている想いを理解し合っていたからこそ柔軟で、なにより愛があった。それも各々のフィールドで考えた小さなアクションが良い波紋を創っているところも。

現地の海側は、復旧作業が大変な中でも、迅速な情報共有や気遣いある声掛けを一貫してされていた。丘側は「いま自分が出来ること」で関われることに有難さを感じていた。

一連の流れを行政側からサポートし続けている、三重県伊勢農林水産事務所の太田所長はこう話す。

太田所長:色んなプレーヤーが繋がってるのが三重の強み。誰かが課題を投げたら、色んな人が拾って一緒に取り組んでくれる。自分がやるだけが全てではなく、皆で取り組む事で大きなうねりになると思う。

――いま自分が出来ることは?!――

私から視えている風景も、書いた内容もほんの一側面でしかない。でも地域で機能する共同体の輪郭を目の当たりにして、視える範囲でも構わないから記録したいと思った。

復旧作業は序盤。大変な状況なのは前提として、最後に伝えたい。

「浦村に美味しいカキはあります」

 

 

 

(9.28追記)今年7月。本災害がきっかけとなり、浦村地区にいる12軒のカキ漁師が連携。共同事業体として、養殖会社「浦村Sea Farm」を設立し、カキ養殖が抱える自然や労働環境への問題の解決に向けて動き始めた。メンバーにはこの数年で廃業を考えていた人もいる。浅尾さんは「力を合わせればこれまでにない力が生まれるはず」と語っている。

 

シェフ、外国人、旅人!?挑戦できる町が明るく楽しくなってきた!南伊勢の暮らし方

38の集落が点在する三重県度会郡南伊勢町は東西に長く、端から端まで車で約1.5時間。風光明媚なリアス海岸を望む主要道路は渋滞がなく、ドライブに最適だ。しかし、町内に電車は走っておらず、タクシーも限られているので夜に飲食店で酒を酌み交わすにはハンドルキーパーが必要。都会のように気分次第で酒を吞んで家に帰ることが難しい。

“集落にシェフが出向くキッチンカーをやりたいんです”

そう語るのは南伊勢町出身のシェフで、地域おこし協力隊の小嶋孝明さん。今回3名の南伊勢町地域おこし協力隊を取材。人口減少が進む日本の地方の、あたらしい歩き方をご案内します。

 

小さな漁村に
\フレンチのキッチンカー/

小嶋さんは高校卒業後、大阪の調理師専門学校に入り、その後シェフとして8年程キャリアを積んだ。東京でミシュランの星付きフレンチレストランや、同系列の他店では副料理長も務めるなど腕を磨いた。働く傍ら、有名店など様々なレストランを食べ歩き、店のシェフと話しをしてスキルアップのヒントを得る日々。

小嶋さん:当時、給料のほとんどを食べ歩きに費やしていました。

料理への熱い情熱を持つ小嶋さん。小学生になるころには将来の夢を「料理人」と決めていたという。小嶋さんのご家族は食べることが好きで家庭で料理を振る舞ったり、生まれ育った漁村・神前浦では親戚の仕出しの仕事も小さいころから手伝っていた。

小嶋さん:家族やお客さんが料理を通じて笑顔になる。幼心に魅力を感じていました。

上京後、いつかは地元に戻って暮らそうと考えていた。その考えを前倒ししたのは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大だった。

小嶋さん:コロナの影響で店を点々とすることになり「このままだと今までと何も変わらない」と感じていました。

そんなとき、見つけたのが南伊勢町地域おこし協力隊の募集。今は協力隊として水産会社「山藤(やまとう)」で働きながら、三重県産柑橘を使った干物の開発など、新たな挑戦を進めている。

「山藤」は鮮魚や干物の製造販売を行っていて、独自開発した「骨なし串干物」は都会の百貨店やJALの新JAPAN PROJECTでも販売されている人気商品。

また旅館などに卸している干物はアジが中心で、小嶋さんは日々、1,700匹近いアジや季節の魚を捌いている。歩いて数分の市場にも直接仕入れに行き、シェフとして目利きした鮮魚などを、元同僚である東京の料理人にも販売。

小嶋さん:料理人がどんな魚を求めているかがわかります。そして産地なので、新鮮で美味しい地元の魚が食べられるフレンチやイタリアンのレストランがあれば、暮らしが楽しくなっていいなと思っています。

うみべのいえ
うみべのいえ
うみべのいえFacebookより

小嶋さんはそんな思いから、南伊勢町五ヶ所にあるシェアキッチン「うみべのいえ」で二週間に一度、フレンチなどの料理を販売。一回のイベントで100〜200食が完売する人気ぶりだ。需要はあると手応えを感じている。

小嶋さん:それぞれの集落で、地元の魚を使ったフレンチをお酒と一緒に愉しんでもらいたいです。キッチンカーで出向いて、地元の人が愉しめる場を地域に作り、そこに地域外から人が訪れる流れができたら嬉しいです。

山藤の社長・山本久美さんは「小嶋君、100点満点の働きぶり!うちにはもったいないわー。レストラン、早くやってほしいです」と嬉しそうに話す。

しかし「うみべのいえ」で人気なのは、魚以外の料理。地元の人は魚を食べ慣れている。

小嶋さん:どんなフレンチの魚料理なら地元の人は食べてくれるのか。そればかり考えながら、今日も生きています(笑)。

そう話をする小嶋さんの表情は、いきいきとして楽しそうだ。料理人としてレシピを考える口福な時間、そして都会で積み上げてきたスキルは、地域に新しい風を起こそうとしている。

 

 

南伊勢暮らしをエンジョイ!
\ジョイスさん/

「シールはがせたよ、ひとりでできたー!」。子どもたちの元気な言葉に「Good Job!」と明るい声が響く、南伊勢町保育所穂原園。

英語の授業を行うのは、アメリカ人の父と三重県松阪市出身の日本人の母を持つ、ハーモン・ジョイス・愛子さん。2020年3月から南伊勢町地域おこし協力隊として、町内の保育園や小学校で英語の先生をしている。
ジョイスさんは生まれは三重県、育ちは米国ネブラスカ州。大学では観光学を学んだ。在学中にハワイに留学しそのまま卒業。日本に移住した理由を聞いた。

ジョイスさん:故郷は海も山もない町でした。海や自然が好きで、ハワイに暮らしながら日本人中学生や高校生の修学旅行のガイドをしていました。

日本人が多いハワイで過ごすうち、母方の母国である日本に興味が湧き、いつかは暮らしてみたいと思うようになった。

ジョイスさん:日本は大都会の東京や、古都京都のイメージでした。

ジョイスさんは2019年に日本に移住し、岡山県で英語の先生をしていた。南伊勢町地域おこし協力隊の仕事を知ったのは、知り合いのSNS。応募する際Google Mapで南伊勢を検索した。

ジョイスさん:Google Mapではバスが走っていたので「この地域の人たちは、バスで買い物などに行く暮らしをしているんだな」と想像していました。でもこちらに来てみたら、あれ?店がない!

実際に赴任し、店の少なさに驚くとともに、海や自然の美しさに癒されているという。

ジョイスさん:ハワイの海もキレイだけれど、南伊勢の海もブルーやグリーンで美しいです。渋滞もなく、人もフレンドリー。ピースフルな町だと思います。あとカキフライも美味しい(笑)。

内瀬の湾の前で、内瀬みかんを地元の人にもらったジョイスさん。

ジョイスさんは母方の親戚や、日本に暮らす友人などを案内するとき、美しいリアス海岸のハートの入り江や段々畑にブランド柑橘が育つ内瀬地区、そして好物であるカキフライが美味しい食堂など、自分の好きな南伊勢を案内している。友人とはシュノーケリングも楽しむという。

ジョイスさん:母方の親戚は三重県民ですが、南伊勢に来たのは初めてでとても喜んでいました。その姿を見て、私も嬉しく思いました。

ジョイスさんは昨年、日本で出会ったブラジル人のアレックスさんと結婚。愛知県の大規模工場に勤めていたアレックスさんも、今は南伊勢の柑橘農園で働いている。

写真後にある山が二人で登った浅間山

ジョイスさん:アレックスがこちらに引越しをする前に、南伊勢の自然豊かな美しい町並みを見て欲しくて、2人で山(浅間山)をハイキング。頂上からの眺めに彼も「美しい町だ」と喜んでくれました。

すっかり南伊勢暮らしをエンジョイするジョイスさん。最後に協力隊として町に関わることで、どう変わっていくと良いかを尋ねた。

ジョイスさん:田舎ですが保育園に通う子どもたちが、私のような外国人と幼いときから触れ合うことで、グローバルな感覚を持った人に育ったらいいなと思っています。4〜5才の幼児に英語を教えたことがなく、最初は不安でした。彼らはまだ年齢的に恥ずかしがることが少なく、間違いを怖れません。そんな元気いっぱいの子どもたちに、可能性を感じています。

日本で最初に認定を受けた国立公園「伊勢志摩国立公園」の自然に恵まれた南伊勢町。また魚の水揚量も三重県で一番であり、ブランド柑橘は県内だけでなく都会の果実店でも人気。世界に誇れる自然や産業があり、グローバルな子どもが育った将来、国外に向けて魅力を発信できれば、町は大きく変わるのかも知れない。それは、南伊勢を知らなかったジョイスさんが、美しい海や自然を満喫するように。

 

 

旅人が思う
\移住で大事なこと/

波が穏やかな五ヶ所湾にある、サニーコーストカヤックスでカヤックインストラクターとして地域おこし協力隊に赴任した丸尾航平さん。南伊勢町に移住した経緯を聞くと・・

丸尾さん:ええっと、どこからお話したらいいんだろう・・。神奈川県の茅ヶ崎で生まれ育って、そのあと日本を自転車で縦断して、波照間島に暮らしていて・・。

丸尾さんの旅人的な暮らしを要約させていただく。地元茅ヶ崎市で3年ほど栄養士として勤めたあと、自転車にテントを積み込み、北海道の稚内から沖縄県の波照間島まで野宿をしながら旅をした。

丸尾さん:島に着いたその日から、地元の居酒屋さんで働くことになりました。

持ち前の明るさが気に入られ仕事も見つかり、そのまま島に移住。島でバックパーカーをしていた奥さんと出会い、その後はアメリカ大陸やヨーロッパ、最後はアジアをバッグひとつで旅をして島に戻った。

丸尾さん:島では自分の飲食店をしたいなと漠然と思っていました。妻が山好きで1シーズンだけ上高地のキャンプ場で働いたことも。妻と二人で「次どこに行く?」という暮らしで、軽バンに乗って日本の各地を転々と巡る、キャンプ暮らしもしました。

そんな旅人暮らしをするなか、知り合いづてに地域おこし協力隊の募集を知った。

丸尾さん:カヤックは単純に楽しくて、いいなと思いました。今はインストラクターとして人を海に案内するので、勉強することも多く、資格も必要です。

サニーコーストカヤックス代表の本橋洋一さんも関東からの移住者。丸尾さんがいることで、どんな変化があるのだろう。

本橋さん:丸尾君が入るまで1人で仕事を回していました。彼が手伝ってくれるおかげで「今までどうやって1人で回していたのだろう?」と不思議になるほど助かっています。そこのウッドデッキも彼が作ってくれました。あと、彼が来てから人との繋がりも増えました。この前の飲み会も楽しかったよね。

丸尾さんは友人らと、地域おこし協力隊、移住者、地元の若者などを集めて定期的に飲み会を主催するようになった。知らない土地で新しい仕事を続けて行くには、情報交換や人との繋がりが大切だという。

丸尾さん:僕は家族がいるからいいけど、一人で移住してきたり、地域おこし協力隊をやっていると、どうしても孤独になることもあるんじゃないかなって。それと、地元の人との繋がりがないと、せっかく移住してきたのに南伊勢を離れてしまうかも知れない。もったいないことだと思うんです。あと息抜きも大事ですから。

 

 

挑戦できるから
\町は面白くなる/

丸尾さんは「旅する料理教室マルコの台所」として、バックパッカー時代に知ったスパイスを使った料理教室を行ったり、シェアキッチン「うみべのいえ」でスパイスカレーなどの販売も行っている。

丸尾さん:今でも「飲食の仕事を立ち上げたい」という想いは持っているんですよ。

地域おこし協力隊になって2年が経った丸尾さん。昨年お子さんが生まれ、今後は南伊勢町に定住しようと考えている。

丸尾さん:カヤックと飲食を組み合わせて、何かできないか考えています。今まで旅人のような暮らしでしたが、定住しようと決めたことで、具体的にどんな事業を立ち上げるのか、計画するようになりました。でも、いきなり何かを始めるのはハードルが高いです。

そして、話を続けてくれた。

丸尾さん:以前は「都会で飲食をやることから逃げているだけなのかも知れない」と思うこともありました。でも自分で考えて動いて、与えられるのを待つのではなく、ここでやる意義と向き合っています。そんな毎日は、憧れの飲食への妄想は広がるばかり。いろいろと挑戦してみたいです。

南伊勢町は人口が減り続けていて、飲食の店舗を構える商圏と捉えると、新規事業として商売的に厳しいのかも知れない。しかし空き家や空き施設がありスペースはあり、何らかの形で活用することもできる。そして町には飲食店や店は少なく、それを望む声もある。

ここ数年で様々なプロジェクトが始まった南伊勢町。挑戦するから町はおもしろくなる。町がおもしろくなるから人が集まる。それはかつて、経済的な豊かさを求めて地方から都会に人が集まったのとは逆に、暮らしの豊かさを求めて都会から地方へ人が集まるように。

地方にはフィールドがある。そして人が人らしく暮らしていくために大切な自然にも恵まれている。挑戦できる町、南伊勢町。あなたならこの町で、どんな理想の暮らしを描きますか?

 


 

南伊勢町では
地域おこし協力隊を
\募集しています/

詳しくはこちら

 


 

また移住・定住のご相談や体験も可能です。
お気軽にお問い合わせください。

南伊勢町役場 まちづくり推進課 若者定住係
三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦3057
tel 0599-66-1366
mail teiju@town.minamiise.lg.jp
hp https://www.town.minamiise.lg.jp

南伊勢町の記事一覧

サザエ~生き抜くために~

「サザエ」と聞くとどのような姿を想像するでしょう。
渦巻きで、なんかとげとげしている貝、恐らく多くの人が上記の写真のような姿を想像すると思う。
これは殻に籠っている状態、大型スーパーの鮮魚コーナーなどで売られている時は大体この姿。
あまり食べたことがない人でも、サザエと聞いてこの姿を思い浮かべる人がいるほどサザエは有名な貝で人気の高い食材である。
そんなサザエ、ただ有名なだけではなく、生きてる時は他の貝とは結構違う生態をしている。私たち人間と同じような所も…

歩くサザエ

サザエは主に海藻を餌として食べている。しかし、その海藻もいずれは減ってしまうので餌を求める都度移動を行う。

サザエに似た形をしているホラ貝の足(腹足)の裏

貝類の多くは「腹足」と呼ばれる足を持つ。
お腹全体を地面に付け、ズルズル引きずるように歩くのだ。
アワビや陸の貝類のカタツムリも同じ腹足の仲間である。

サザエの腹足。はっきりと右、左が分かれている

サザエも同じ腹足を持つので、引きずりながら移動するが、他の貝とはかなり違う。私達と同じ様に「歩く」のだ。
腹足が左右に分かれており、これが右足、左足となって片足ずつ前に動かしながら移動する。

左足を前に
そして右足を前に

右足を移動させている時は左足は止まっている。私たちと同じように。貝とは思えない移動の仕方である。

サザエのとげ

サザエの殻にも違いがある。とげとげしてるタイプと特に何もないタイプだ。
サザエと聞き、真っ先にとげのない方を思い浮かべる人もいれば、長いとげが殻全体に生えているタイプを思う人もいる。

南伊勢町阿曾浦にある友栄水産に売っているサザエを見せていただいた。
つぼ焼きにしやすい小ぶりなサザエでも、やはりとげ有りと無しが混ざっている。

左から順にとげが伸びている

よく見ると、とげがまだ短いのもいる。
生まれつきとげの有り無しがあるのではなく、必要に応じて生えてきているのだ。

とげが必要な状況、それは転がった時。

サザエは万一転がってしまった場合、何処かに止まらないと起き上がることができない。
その時殻にとげが生えていると止まりやすくなるのだ。
潮の流れが強いところにいるサザエは転がるリスクも高いので、とげが生えやすい傾向にある。
逆に穏やかなところに生息しているサザエは転がるリスクも少ないので、とげ無しの状態で成長していく。

周囲の状態を確認しながら身体を変化させているのだ。

サザエだけでなく、名前はよく知っていても、どのようなものかは知らない水産物は多い。
生態や特徴を少しでも知ることで、次回食べる際に特別に感じるはず。
日々食材に感謝を込めて頂きたいですね。

【満席御礼!受付終了】クリエイティブワークショップ 美杉 Inaka Tourism!

満席になりましたので受付を終了します。

 

クリエイティブを
実践的に学ぶ人を
\募集中!/

伝わる文を執筆する、美しい写真を撮る、スタイリッシュな動画を作る。その道のプロからセミナーとフィールドワークで学びませんか?(受講費無料)
今回は津市美杉町で行われているInaka Tourismのウェブサイトが、ウェブメディア化するのに伴い、みんなで美杉に行き、クリエイティブを学びながら実際にInaka Tourismのウェブメディアにブログを書き、地域の魅力を伝えることが目的です。
また、それを機に地域や地域の人と繋がることで、第二の古里のような、あなたにとって「通える田舎」を作ることも目的としています。

 

ライティング担当

OTONAMIE 副代表 福田ミキ
https://otonamie.jp/?author=39
ブログタッチの軽快でテンポの良い文章にファンが多い。

 

写真担当

OTONAMIE 井村義次
https://otonamie.jp/?author=30
プロカメラマン。OTONAMIEでも自身の記事の美しい写真が好評。

 

映像担当

加藤雅之
https://masayukikato.com/
映像クリエイター。ミュージックビデオを中心に日産WEB広告などの映像も担当。

 

ディレクション

OTONAMIE 代表 村山祐介
https://yusuke-m.tumblr.com/
ライター兼デザイナー。映像なども含めた総合的なプロモーションのディレクション業務もこなす。

 

内容
2日間でセミナーとフィールドワーク(取材)を行います。参加者の皆様には最終的にそれぞれ1本のブログを書いていただきます(クオリティは問いません)。どのような視点で文章にするのか、美しい写真はどのように撮影するのか、スタイリッシュな映像の撮り方などをそれぞれの担当者と一緒に作り上げていくイメージです。できあがったブログは後日、ウェブメディアへ改修した「Inaka Tourism」のページで公開。また「Inaka Tourism」のSNSでもシェアします。
取材を通じて地域や地域の人とつながることで、より美杉が好きになると思います。ご希望される方には持続的に「Inaka Tourism」での記事を執筆できるようにInaka Tourism事務局がフォローも行います(一部有料にて取材の依頼・Inaka Tourism事務局側での審査有り)。
年齢、経験などは問いません。ご興味ある方はこの機会にぜひご参加ください。

 

日程
下記のいずれかをお選びいただけます。
第1回 2022年2月12日(土)〜13日(日)
第2回 2022年3月26日(土)〜27日(日)
満席になりましたので受付を終了します。
※両方の参加はできません。
※宿泊希望の方はInaka Tourism事務局で民泊(有料)の手配をします。

 

スケジュール(予定)
両日とも10:00〜17:00を予定
一日目:撮影、ライティング、動画のセミナー
二日目:取材とまとめ
後日:ブログの提出
※ブログに動画を使わなくてもOKです
※現地集合/現地解散

 

会場
美杉リゾート(集合・セミナー等)・美杉町

 

定員
各回ともに10名限定
※友人やご家族等とのご参加も可能です

 

受講料
無料
※交通費、宿泊費、飲食費などは参加者でご負担ください。

 

主催
Inaka Tourism推進協議会

 


 

主催者よりメッセージ
ご挨拶
美杉リゾート/Inaka Tourism推進協議会代表の中川と申します。
美杉町は、三重県指折りの過疎地です。
その人口減少の勢いは加速度的に進んでおり、私が小学生であった20数年前と現在を比べると、人口は半分以下の4000人弱まで減少しています。
しかし、室町時代には伊勢の国司であったということ、江戸時代にはお伊勢参りで伊勢本街道の美杉の宿場町が大変栄えたということ、昭和の時代には美杉の林業が栄え、その林業を題材に、後に小説化・映画化(WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜)されたこと、平成の時代には国定公園の一部でもあるその美しい自然から森林セラピー基地にも認定されるなど、歴史、文化、自然など多くの資源があります。
『何もない』田舎であるはずの美杉は、実は資源の宝庫なのです。
しかし、一番の資源は『人』であると確信しています。
美杉にはおもしろい人、いろいろなプロフェッショナルがたくさん存在します。
それらの資源をつないで、ツーリズムを軸に地域を盛り上げる取り組み、それが『人に出会う旅』をコンセプトとしたInaka Tourismです。

今回の事業は、Inaka Tourismのウェブサイトをウェブメディア化する取り組みの一環です。
『消えゆく文化・歴史』などの情報をウェブメディアを通して、インターネット上に蓄積していきたいと、そのように考えています。
どうぞみなさまのお力をお貸しいただきたく思っています。

長々と書きましたが、正直これまでの前段はどうでもよく、とにかく楽しいことをしたい!これが私の一番の本音です。

どうぞ我々の仲間になってください。

中川 雄貴

 


 

Inaka Tourismについて
「旅の醍醐味はその土地の人・文化に触れること」
中山間地域のありのままの暮らしをツーリズムとつなぎ、少しの学びとエンターテインメント性に富んだ体験を提供します。(Inaka Tourism HPより)

Inaka Tourism
ホームページ https://www.inaka-tourism.com
Facebook https://www.facebook.com/InakaTourism
Instagram https://www.facebook.com/InakaTourism
tumblr https://inaka-tourism.tumblr.com/

 


 

満席になりましたので受付を終了します。

ご質問等はこちらまで。
otonamieアットマークgmail.com
※アットマークを@に変えてメールを送信してください。

 

三重のディープな展望台事情。水平線に願いを込めて鐘を鳴らすツバスの鐘

仕事の帰り道、いつかの日常。

志摩の知り合いに聞いた絶景ポイント。
横山展望台や桐垣展望台など、志摩には有名なフォトスポットがある。
そして展望台はもっとある。
最近、展望台の記事ばかり書いている気がする。

どんだけあるん!伊勢志摩の展望台。
サーフスポットやメロンの生産地としても有名な志摩市浜島町南張。

磯笛岬展望台にあるツバスの鐘。

まわりには伊勢志摩の名産、カラフルなアッパ貝に願い事が書かれています。

水平線を眺めながら鐘を鳴らすと願いが叶うのだとか。
そしてツバスは出世魚ブリの稚魚。

礒笛岬には、海女と漁師の恋物語も残る、なんともおめでたい雰囲気の場所です。

海を眺めると、左は丸みのある風光明媚な英虞湾。

右は壮大な景観の太平洋。

静かな場所で、ひと休み。
深く息を吸い込めば、海と空に磨かれた新鮮な空気が、身体に満ちていく感覚になるのでした。

 


 

ツバスの鐘
志摩市浜島町南張31

 

伊賀の伝統工芸とアロマ、奇跡の融合に感動

10月13日(水)~15日(金)に東京ビッグサイトで開催された、日本最大のパーソナルギフトと生活雑貨の国際見本市「第92回東京インターナショナル・ギフト・ショー秋2021」に行って来ました。

三重県の企業様の出展も何社かありましたが、その中で、伊賀くみひもで作ったアロマペンダントの商品力に惹かれ、事前に商談のアポイントをお願いしておりました。

最初にアロマペンダントを知ったのは、耐熱ガラスメーカーのハリオがそれを世に出した時で、当時は販売ルートにもまだ乗っていなかったと記憶しています。「アロマオイルを瓶に入れて持ち歩く」こともその時初めて知りました。私の本業ではアロマ用品も取り扱っていますが、アロマペンダントは今までガラス製のものしか見たことがありません。

西ブースに行くと、株式会社森の香人(もりのこびと)、高月さんがいらっしゃいました。

挨拶もそこそこに、素敵な商品を目の前に胸が高まり、怒涛の会話が始まります。モノづくりをする人と、それを売りたい人。思いが重なると、初対面なのに不思議とそんな感じがしない。出会いと仕事に感謝する瞬間です。

くみひもは言わずと知れた伊賀の伝統工芸ですが、馴染みのある所では伊勢のおはらい町に専門店がありますね。着物を着ることのない私が選ぶのは、決まってストラップかキーホルダーくらいでしたが、こんなかたちでペンダントになるなんて、思いもしませんでした。豊富な色彩でずらりと並ぶ展示品を前にすると、つい手に取りたくなります。絹糸の光沢がキラキラして美しいこと。

商品化するまで数々の困難があったと高月さんはおっしゃいます。アロマペンダントを作ってもらえるくみひも業者探しもそのひとつ。着物など和装品のイメージがあり美しいくみひもに、アロマオイルを染み込ませるペンダント?発想が斬新ゆえに初めは疑問の声も上がります。でも、高月さんには強い信念がありました。

高月さんはご自身がアロマセラピストとして、広島県にリアル店舗「Fleur*Bleue(フルーブルー)」を持ちます。様々なシチュエーションで選ばれ、人の生活に癒しを与えるアロマの香りを常備出来るとどんなにいいだろう。そこで出会ったのが、伊賀のくみひもでした。最終的には、「新しいこともしていかないと伊賀くみひもは斜陽の一途だ」という、若い世代の声により生産の運びとなりました。まるでドラマのようなお話ですが、モノづくりの現場は「いいモノを世に出したい、作りたい」という思いが互いに交錯し、ドラマより熱いことが起こっているものです。

『くみ香(くみか)』という名のその商品は、Makuakeに掲載し、またたく間に世に広まりました。応援購入総額は目標の672%を達成、とても大きな反響です。

絹糸で作られたそれは艶があり、幾重にも重なった色が美しく、魅せるペンダントとしても最適です。ふわりと軽く掛けられるのも、首や肌に負担がなくていいですね。

 

具体的な使い方ですが、「小田巻(おだまき)」という、1本の紐を球体に巻き付けた珠の部分に、好きなアロマオイルを1滴垂らします。この時スポイトがあると便利です。

珠は上下にスライドが出来ますが、ここが『くみ香』のすごい所。香りを感じたい時には顔に近付け、食事などの時は遠ざけて使います。従来のガラス製ペンダントではそれが出来ませんし、距離が近いと意外と香りも強く感じることがあります。珠の大きさは「大=20㎜」「小=12~15㎜」とあり、小さい珠は男性でもさりげなく着けられます。水洗いが出来てお手入れも簡単。

好きなアロマオイルからイメージする色を決めて、いくつか持つのも素敵だなと思いました。2016年公開の大ヒットアニメ映画では、主人公が髪飾りとしても使っていましたね。

最近では、アロマコーナーに男性のお客様がいらっしゃることが増えました。マスク生活も影響しているのでしょうか?あるご年配のお客様で、気に入ったアロマオイルの瓶を小さな布巾着に入れて毎日持ち歩いており、その瓶が割れてしまうと相談を受けたことがあります。その方は、過去にガラス製のペンダントも試されたそうですが、首元への違和感や割れの心配から使うのをやめてしまったそうです。その時は「ネットでこんな商品がありますよ」と『くみ香』の情報だけお伝えしました。ひとつずつ丁寧に手作りしているため、納期は少々お時間を頂戴いたします。

伊賀くみひもはトップシェアを誇る伝統工芸でありながら、なかなか手に取る機会がありませんでしたが、こうして新たなライフスタイル雑貨に生まれ変わったことは、とても嬉しく誇らしいです。『くみ香』は多くの人に必要とされ、喜ばれる商品になるだろうと、私は確信しています。

 

 

Fleur*Bleue  (株)森の香人(もりのこびと)

〒730-0041 広島市中区小町8-5 エレベーター4階
Tel. 082-259-3535
Fax. 082-259-3535

【営業時間】11:00~18:00

【定休日】日曜日 ※臨時休日あり

*森の香人ネットショップ
https://morino-kobito.stores.jp/

*マクアケストア

https://www.makuake.com/project/morinokobito/shopping/

 

 

ふぐ一筋20年!でもこだわりはそこだけじゃない。潜入「ふぐ屋 心意気」

「20年ふぐ一本」

さて、本日ご案内するのは、四日市市陶栄町にあるふぐ屋心意気。

素敵な洋館で高級とらふぐが食べられて、「最高にコスパいい!」と話題の店に潜入しよう。

一見、お店には見えないおしゃれな白い一軒家は、元モデルハウスだったのだという。隠れ家にこっそり入るように、木の扉を開けるとまず玄関で靴を脱ぐ。

手指消毒と検温をしたら、ふかふかのスリッパに履き替え、店内に。

このスリッパがかわいい。

中に入った多くの人が「わぁ!」と感嘆する。

吹き抜けの店内にはわずか2つの木のテーブル8つの椅子。お昼には柔らかい日差しが店内を照らし、夜には天井から吊るされたシャンデリアの光が温かくテーブルを包んでいる。

このお店なら、ゆっくりと秘密の話も出来そう。実際、接待や小さな会合、デートなども多いのだそう。新型コロナが心配な人も、貸し切りにして、家族や友だちだけで「ふぐパーティ」が出来るのだ。めちゃくちゃ楽しそう。

きれいなシャンデリアの奥には、白いタイルの厨房が見える。

そこで包丁を握るのが、心意気の大将長谷川貴志さんである。

 

大将は東京で20年有名なふぐ専門店で働いていた。皆さん御存知の通り、ふぐを調理するには「ふぐ調理師免許」が必須だ。その免許は各都道府県知事が行う試験に合格する必要がある。

普通は5年かかると言われる試験を大将は1回で合格したエリートなのだ。それもそのはず、大将は高校を卒業後、ふぐを年間1万本さばいてきたという。

東京の過酷な職場で、20年ひたすらふぐをさばき続けるのに並行して、実は色々な料理を作り続けてきた。

ふぐは新鮮なものより2日目がより美味しいのだという。そんなこだわりがつまった「高級とらふぐコース」

そして、何の因果か、奇想天外な社長の下で、ちょうど出会った四日市のこのモデルハウスにふぐ専門店をオープンさせることになったのが2020年10月のこと。

そうまさに新型コロナ真っ盛り。

このふぐ屋心意気も、ご多分にもれず、開店からしばらくすると危機に見舞われた。しかし、もちろん手をこまねいて見ているだけでは無かった。

InstagramFacebookはもちろん、TwitterTik TokなどのSNSでファン作りを、大将を含め社員で工夫を凝らした。まだまだこれからを期待するところではあるが、特にTik Tokは、大将と仲良くなるとじわじわと面白くなってくるのでおススメ。

そして、テイクアウトデリバリーも始めたのだ。お家や職場などでもふぐ料理を楽しんでもらいたい、という心意気が嬉しい。すぐに多くの注文が入るようになり、今や大人気となっている。

ふぐと野菜の天ぷらは、少しお塩を付けて頂く

とても雰囲気の良い、高級国産とらふぐのコース料理が食べられる専門店…と聞くと身構えてしまう方もいるかもしれない。でも、大丈夫! 寡黙ながらも、話しかければ大将は優しい笑顔で答えてくれる。

しかも、大将は何でも作れるスーパー料理人なのだ。事前に頼んでおくと、ふぐに関わらずあらゆる料理を作ってくれる。ステーキ、ローストビーフ、とん平焼き、チキン南蛮…どれも美味しい。

こんな料理作って!とリクエストしてみよう。このチキン南蛮もめちゃくちゃ美味しかった。

そんな大将にこだわりを聞いてみた。

「お客様が来てくれるのがこだわり」

もちろんふぐには自信がある。でもお客様が食べてくれなきゃ意味がない。

大将が日々、新メニューを考案しているのも、きっとより多くのお客様に来てほしい気持ちの表れなのだろう。なんとこの冬には、「ふぐだしのおでん」、「大根の天婦羅」が登場するという情報をキャッチした!まだまだわくわくさせてくれる。

 

最後に私のお気に入りを紹介しよう。

ランチは「骨なしふぐの唐揚げ」を追加注文しての、「心意気御前」。

ディナーは「国産高級とらふぐ てっさ・てっちりセット」に飲み放題を付けて。おなかいっぱいなのに、何故この最後の雑炊はこんなに美味しいのか?そして、このお酒のラインナップ。実はとても珍しい貴重なお酒もある。

地元でもなかなかお目にかかれないという、珍しい霧島が飲める

まだまだ可能性に満ちた、変化し続ける「ふぐ屋 心意気」をぜひご堪能あれ。

ふぐ屋 心意気

〒510-0035 三重県四日市市陶栄町1−4

059-333-0915

ランチ   11時~14時
ディナー  17時~23時(21時ラストイン)

HP

Instagram:kai_4759

Twitter

テイクアウト

 

昔話の「おむすびコロリン」のおにぎりはまん丸かったと思う。

ここのお店のおにぎりはちょっと変わっている。

そう、まん丸い。おにぎりがまん丸いのだ。

これも丸い。

これも丸い。どれもこれもまん丸だ。

まん丸いおにぎりは、土鍋炊きの伊賀米、塩は南伊勢町の真珠塩を使用している。

そこに、鳥羽産の海苔を巻いて美味しくいただく。

パクっとひと口に頬張れば、米粒がふわっと優しくほどける。美味い。

そういえば、なぜここのおにぎりは丸いのだろう?

お店を何度も利用しているが、不思議と考えたことがなかった。

・・・

・・・

なぜ、おにぎりが丸いのか…そんな些細な疑問よりも、おにぎりを頬張って飲む温かい汁モノが何故こんなにも心を落ち着かせるのか、そのことに関して真剣に向き合うべきではないか。

そうそう、私としたことがお店の名前を伝え忘れていた。

ここは鳥羽なかまちにある、おにぎりカフェ うさぎのしっぽ。

そう、うさぎの…しっぽ。

そうか、うさぎのしっぽか。

おにぎりカフェ うさぎのしっぽ

Cafeなのでコーヒーやデザートもあるよ

公式Instagram

陸でもなく船からでもない!カヤックから眺めたリアス海岸にワクワク!

先日、インターンでサニーコーストカヤックスさんに行ってきました。オーナーの本橋さんと、地域おこし協力隊の丸尾さんがされています。
本橋さんはカヤックで独立開業するために埼玉から移住し、南伊勢町でカヤックショップを経営。
丸尾さんはカヤックをしながら、近くのうみべの家kitchenで「旅するマルコ」と称し自分が旅した色々な国の料理も提供されている。

シーカヤックって知ってますか?僕は初耳。シーカヤックはやったことがなく、聞いたこともなかったのでどこか不安。しかし、本橋さんは「自転車より簡単やよー」とおっしゃる。いやいや、絶対自転車の方が簡単でしょと半信半疑のまま出発。

海までは車輪(カヤックカート)に乗せてゴロゴロ。1人で簡単に引っ張れる。防波堤の入り口を開け、いざ、湾内へ。足だけ水に入ってみると冷たい!10月の中旬だからさすがに泳げなそう。

最初、陸上でパドルの漕ぎ方やカヤックへの乗り込み方を練習。カヤックは腕だけで力任せに漕いでも前に進まないそう。体全体を使って漕いで行く。なんだかだんだん、できそうな気がしてきた。早く実際に漕いで見たいと、ワクワクが募ってくる。

いざ出艇。簡単に浮き乗り心地もなかなか。プカプカ浮き輪に乗ってるみたい。浅瀬の川からスタートして、まっすぐ行きたいが流されて横に横に。なんとか海へ出ることが出来た。波もほとんどなく静かな海。なんだか気が抜けそう。こんなに広かったらどこに行っても大丈夫。だんだん漕ぐのにも慣れてくると景色を楽しむ余裕が出てきた。

シーカヤックは喫水が浅い(船体が低い)ので、まるでアメンボのように水面の上をスイスイ滑っているよう。これは、なかなか他の乗り物では味わえない感覚だ。最初の目的地である無人の浜に到着。座椅子でちょっと休憩。丸尾さんが用意してくれた、ドリップコーヒーをいただく。口をつけたら、少し金属の味の後にコーヒーのいい香りと苦味。

背中には木々が生い茂り、目の前には太陽でキラキラと光る海。この最高のロケーションで飲むホットコーヒーは非日常を感じつつ、いつまででも居たくなるような心地よさ。このまま眠ってしまわないように次の場所へ。

次に向かったのは、人工的な音が一切しない入江。無意識に黙り喋るのも躊躇するほど。空気は澄み渡り、入った瞬間ひんやりとし空気が変わったと分かる。そのくらい、どこか別空間に来たようだ。あまり漕がずに、ゆっくりと進む。奥に進んで行く様が、まるで探検しているようなドキドキとワクワクが映画のインディ・ジョーンズのよう。

いい時間になって帰り道、腕が疲れて漕ぐのをやめる。少し休もうと後ろに体勢を崩し、上を見上げるといろんな形の雲と、そこから覗く吸い込まれるような青い空が広がっている。漕ぐのに気がいき海ばかり見ていた。海の上から見る空はこんなにも綺麗なのか。新たな発見でした。

普段は見ている景色とは逆、海から見る南伊勢町の街並みは懐かしい温かみを感じる。おかえり〜って言ってくれてるみたい。

ずっと海の上にいたから、陸に上陸し足の裏が地面を踏んでいる感覚は、やはり安心する。体は充実感いっぱい。

本橋さんはシーカヤックはまだメジャーではないから、大体の人が構えられて、シーカヤックするぞって感じでやられる。けど、仕事の休憩の合間にちょっと漕いでくるかーくらいのラフさで楽しんでもらいたい。

確かにこんなに簡単なんだから、自転車に乗って散歩に行くくらい身近にあって楽しめたら最高。

移動手段としてシーカヤックはオススメです!

 


 

サニーコーストカヤックス
住所 三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦1007-17
tel  0599-66-1919
hp http://sunnycoastkayaks.s2.weblife.me/pg54.html
fb https://www.facebook.com/sunnycoastkayaks/

エジソン休憩所 〜コーヒーを五感で感じる場所〜

「吉田昌太朗さんと高橋みどりさんの結婚は衝撃的でした。それはもうガッキーと星野源が結婚した時と同じくらいの。」

 
そう語るのは亀山にあるカフェ『エジソン休憩所』のオーナー、日向野(ひがの)さん。
 
栃木県出身の日向野さんは東京の有名店『堀口珈琲』で働いた後、結婚した奥さんの実家である三重県亀山に引っ越し、カフェ『エジソン休憩所』を開店した。
 
日向野さんは学生時代に多大な影響を受けた『アンティークタミゼ』のオーナー吉田昌太朗さんと、フードスタイリストの高橋みどりさんが結婚したことに衝撃を受けるとともに、大好きだったその2人が結婚したことをとても嬉しく思ったそう。
 
吉田昌太朗さんも、高橋みどりさんも、雑誌『ku:nel』や『Arne』を読んできた世代にとっては憧れの存在で、その2人が結婚したことは確かに『その界隈』にとっては大きな祝福とともに大きな話題となった。
 
華やかなで非現実的な世界への憧れではなく、日常に根ざした仕事と生活と暮らしの中の芸術…..吉田昌太朗さんや高橋みどりさんに憧れた『その世代』は、そんな感覚と、「せっかく独立するのなら、自分の好きなことをやろう」という思いが、いつもどこかにあったように思う。
 
日向野さんが独立して開店したカフェ、『エジソン休憩所』。
 
吉田昌太朗さんや高橋みどりさんの話を聞いた後、落ち着いてカフェを眺めてみると、なるほど、日向野さんの『好きなこと』や『やりたいこと』がカフェを通してそこかしこに現れているのがよくわかる。

『エジソン休憩所』入り口。倉庫を改装したカフェ。

 

元倉庫だった名残がある天井。

亀山にある倉庫を改装した『エジソン休憩所』の不思議な雰囲気と居心地の良さは、この土地とこの建物が持つ雰囲気と、日向さんの『これまで』が、この場所で混ざり合った結果なのだと思った。

 

10月某日、『エジソン休憩所』のカフェの横のスペースにコーヒー豆の焙煎機が導入されるということを聞いて、見学を願い出た。

コーヒー豆を焙煎する現場は、友達のツテを辿ればいくらでも見学させてもらう機会はあるけれど、『焙煎機の導入の現場』はなかなか見る機会がない。
そのなかなか見ることのできない焙煎機の導入の現場を見させていただくことになった。
 
ある日の朝9時。
焙煎機が導入される日。
休業日の『エジソン休憩所』に続々と集まる人々….。
 
焙煎機のメーカーさん、煙突工事の業者さん、ガス屋さん、オーナーの友人のカメラマン、そして、僕を含めたもの好きな見学者たち。
 
まずは焙煎機の設置。
『エジソン休憩所』のカフェの横のスペースに焙煎機が運ばれていく。
焙煎機はそれ自体の自重が重いため、地面への固定作業などはなく、置くだけで設置が完了した。

 

フジローヤルの焙煎機

そして煙突の設置。
コーヒー豆の焙煎は作業の過程で多くの煙を出すため、部屋から外へと煙を出す排煙装置(=煙突)の設置が必要不可欠。

焙煎機の設置作業のほとんど時間が排煙装置の設置工事の時間だった。
煙突の設置工事

煙突の取り付け工事を見守りながら、日向野さんのちょっとしたライフヒストリーと、『コーヒーの焙煎とは何か?』という話を色々と伺った。
焙煎機の設置を見守るもの好きな人たち。焙煎機の周りでは、焙煎機と煙突の接続作業や煙突設置作業が行われている。

 

色んな角度から設置を見守る。

コーヒーの焙煎とは、そのまま、生のコーヒー豆に熱を通すだけのシンプルな作業。

焙煎機の構造もいたってシンプルで、回転するドラムにコーヒー豆を投入し、ドラム全体に熱が行き渡るように火を入れる。
 
そんなシンプルな作業なだけにその奥は深い。
 
『自分が理想とする味』をあらかじめ想像し、その味に焙煎という過程を通じてどうやってアプローチするか。
 
そのアプローチの方法には人それぞれのやり方があり、正解はない。
 
産地によって個性の違うコーヒー豆。
どの豆を、どれくらい焙煎して、どの分量でブレンドするのか….自分の理想とするコーヒーの味、そして商品として安定したクオリティのものを出せるようになるまでには、何十回も、何百回も焙煎してみないとわからない。
 
1回1回の焙煎で時間や温度などの調節を重ね、味を確かめ、細かくデータを取る。
 
商品として出せるものが出来上がるには、この後数ヶ月の調整が必要なのだそう。
 
そんな話を聞いていると、彼自身がまるで、白衣を着てグラム単位でコーヒー豆を調整し、実験を繰り返す科学者(エジソン)のように思えてきた。
 
そうこうしているうちに煙突工事も終了し、全ての設置作業が終了した。
 

その後、日向野さんは業者さんの説明を受けながら、テスト用のコーヒー豆を使って、初めて焙煎機のスイッチをONにし、初めての『火入れ』を行った。

 

業者から説明を受ける日向さん
 
焙煎機のドラムが回転し、火で温められ、しばらくすると熱気とともにコーヒーのいい香りが漂ってきた。
ほどなくして、取り付けたばかりの煙突から初めての煙が立ち上る。
 
カフェが『休憩所』なら、焙煎機のあるこの空間は『研究所』。
 
初めて研究所が始動する瞬間に立会うことができた。
 
回転するドラムに取り付けられたハンドルを抜き差しし、時々焼き上がりをチェックする(コレがやってみたかった!)
レバーを上げると、回転ドラムの中から焼きあがったばかりのコーヒー豆が。

何度も焼き上がりをチェックした後、初めてのコーヒー豆の焙煎を終えた。
 
焼きあがったコーヒー豆がドラムの中から一気に外にザーッと出される。
 
その瞬間、思わず拍手が鳴った。
 
なんとも言えない感動と喜びに包まれた。
(まるで赤ちゃんが生まれた瞬間に立ち会ったような)
 
余談だが、焙煎機の会社(フジローヤル)の方にも、色々とお話を伺った。
 
なんと、このコロナ禍でもコーヒーの焙煎機の売り上げが横ばいを維持してるそう。
(むしろ生産が追いつかないくらいだそう)
 
その一因に考えられるのがコロナ禍での『副業』にあるのではないか、ということだった。
 
コロナ禍でコーヒー豆のネット販売を行うために、新規事業のための補助金を利用して焙煎機を導入している人が多いのではないか、ということだった。
 
しかし、果たしてコーヒー豆のネット販売が、それほど上手くいくのかどうか……という話を、今度はオーナーの日向野さんに見解を聞いた。
 
「コーヒー豆のネット販売で検索をかけてみたら、星の数ほど出てくる通販サイトの中で、果たしてどうやって自分の焙煎したコーヒー豆を買ってもらうのか?」
 

という第一声。
 
確かに。
あまつさえ『コーヒー』という枠組みの中で突出した特徴を出すことができないにも関わらず、さらにネット上ではコーヒーの試飲もできない。
 
そういった中で売り上げを出していくのはかなり厳しいのではないか、ということだった。
 
僕自身もカフェをやっているのでそこはわかるつもりだが、カフェとは、それそのものが一つの『メディア』として機能していく。(していかなければならない)
 
そこで作られているものがそこで味わえる『場』、というのはとても大切で、その『場』を持たずに何かを売るのはとても難しい。
 
コーヒーがその場で味わえて、そのコーヒー豆も買って帰れる。
 
シンプルだけど、それがカフェの理想形だと思う。
 
『エジソン休憩所』では、『休憩所』の横の『研究所』に焙煎機が設置され、コーヒーを飲みながらコーヒーの焙煎機が稼働しているのが見える。
 

味だけでなく、香りや音や熱…..ネットではわからない、コーヒーを五感で感じられるカフェがそこにあった。

尽きないコーヒー談義と焙煎機設置の見学を終え、帰路に着いた。

いつかまた焙煎機が稼働しているカフェ『エジソン休憩所』を訪れて、コーヒーを五感で感じたいと思った。

.
『エジソン休憩所』
三重県亀山市亀田町469
営業時間 10:00~16:00
定休日 日曜日
instagram → https://www.instagram.com/edisonkyukeijyo/

学生派遣サービスって何?? -面白そうな三重大生を訪ねて-

ある日、自身のインスタに知らないアカウントからフォローが入った。

「学生派遣サービス 三重大学学生団体 FORTUNE」

中身を見ると、どうやら大学生をオンライン家庭教師等として派遣するビジネスを今年からスタートさせた学生団体らしい。コロナ禍で授業がオンラインになり、大学生は特に大変な思いをしているという話をよく聞く…

そんな中だからこそ、ビジネスに挑戦する三重の学生というのが凄く気になり、応援の意味も兼ねて取材させていただいた。

ビジネスのきっかけは自身の家庭教師経験

FORTUNE代表の小野さん(右)と松浦さん(左)
FORTUNE代表の小野さん(右)と松浦さん(左)

代表の小野さんは、かつては大手の家庭教師派遣サービスに登録して生徒に指導をしていたそう。ただ、大手は家庭教師に対してのサポートが手薄く、よりよい教育をより低単価で届けられるのではないかと思い、松浦さんとオンライン家庭教師のサービスを始めた。

「自分が担当した生徒で、とても活発な子がいて、ただ自分の個性を出した結果、不登校になってしまって…その子と話す中で、出る杭を打つのではなく伸ばすような、そんな教育をしたいという想いが生まれました。」

FORTUNEでは、勉強が出来ない子に対しても勉強内容を教えるだけでなく、その子の個性に合わせて、そもそもの勉強法やモチベーションの部分についてもしっかりとサポートしているとのこと。

また、家庭教師とは別に、発達障害のあるこどもに対しての教育事業も手掛けているという。
それは、「自らの個性を伸ばし、人生を切り開く」というFORTUNEのスローガンのもと、全ての子どもに対して、そのような教育を提供したいという想いが強いからだ。

発達支援の施設を大学生が訪れた際の一枚
大学生が発達支援の施設を訪れた際の一枚

更にその対象は教育を受ける小中高生だけでなく、自分たち大学生も含まれており、大学生への教育という観点でも新しいサービスも始めようとしている。

大学生が広報担当に!? ーその裏にある想いー

そのサービスが学生による企業動画作成&SNS運用代行だ。現代生活にとって切っても切れないものになりつつあるSNS、ビジネスにおいても新規顧客の拡大から人材採用まで幅広く使われている。

様々な用途で企業がSNSを活用している
様々な用途で企業がSNSを活用している(FORTUNEの営業資料より引用)

しかし、SNS運用に関する知見がなく、どのように活用すればいいかわからない企業も多い。そこで、普段からSNSを使い慣れた学生が企業に代わってSNS運用の代行をするというのが、本サービスだそうだ。

社長のインタビュー動画作成等も手掛ける
社長のインタビュー動画作成等も手掛ける

本サービスでは企業への価値貢献はもちろんのこと、大学生に対しても貴重な社会勉強の場にしてほしいと小野さんは語る。

「大学生にとっても遊びでなく、本気でビジネスと向き合うことで、自分たちの可能性や将来性を感じてほしいしんです。」

コロナ禍になり、大学と社会の繋がりは失われてしまい、キャンパスからは活気がなくなったという。

「学生はきっかけさえあれば、もっとワクワクした活動ができるはず。貴重な学生時代をつまらない日々だったと後悔するのではなく、私たちと一緒に活動して、充実した学生生活にしよう!と伝えたいです。」

医者としての将来の可能性を広げたい

そんなビジネスを手掛けるFORTUNEは現在、運営メンバーが全員医学生という(医学生以外も絶賛募集中)。特に小野さんと松浦さんは現在5年生で、医学科の実習と本活動を両立しているから驚きだ。

小野さんと松浦さんの実習中の様子
小野さんと松浦さんの実習中の様子

傍から聞くとものすごく大変そうではあるが、楽しんでやっているからこそ全然苦ではない、と松浦さんは語る。

「これまで普通に勉強をして、部活をやって、そんな学生生活だったからこそ、0から何かをつくりあげることがとにかく面白いんです。」

日本の人口は減っているのに、医者の数は変わらない。だからこそ、これまでと違うことをする力もきっと求められるだろうし、今のビジネスとは卒業後も関わっていきたいという。

学内のビジネスコンテストに採択される等、少しずつ前に進んでいるFORTUNE。彼らに幸運な未来が訪れることを切に願う。

<お問い合わせ先>

現在FORTUNEでは、家庭教師やSNS運用代行をしたい学生、家庭教師やSNS運用代行をお願いしたい家庭・法人を募集されているとのこと。興味のある方は、お気軽に下記よりご連絡を!!

一般社団法人医食同源みえ FORTUNE
TEL:059-867-2344
Email: ht.fortune21@gmail.com
WEBサイト: https://www.fortune-ht.com/
Instagram: https://www.instagram.com/fortune_ht/

あとがき

教育に対して、想いが溢れるお二人でした。ちなみに、FORTUNEという名は、小野さんがカナダ留学の際にお気に入りになったお店からきているそうです。そのお店はいつも活気ある若者で賑わっていたらしく、FORTUNEも三重の大学生にとって、未来の幸せに向かって活気ある場になってほしいとのこと。

医学部生が学業以外のビジネスをやることに賛否両論の声があるかもしれませんが、学生という立場を言い訳にせずに行動するお二人を僕は応援しています。

特集:人に会いにいく旅「異端児の定義と再定義」海洋プラゴミアーティストの鳥羽暮らしを旅する

航海士として船で南極海に行ったアーティストがいる。母艦が座礁や海の事故に遭わないように、小さな船で航路を先回りして誘導する仕事。当たり前すぎて質問するのをためらったが聞いてみた。海は怖くなかったんですか?嵐とかあるじゃないですか?

“嵐で大波がきて、もうヤバイってときこそ「生きてる!」って興奮するんです”

何ヶ月も続く海の上での暮らし。気が滅入ることはないのだろうか?

“なりますよ、ふつうに。同僚の乗組員とそんなに話すこともないし、やることがなくなるので”

命の危険を伴う数ヶ月の航海が終わると次の年までは休みになる。

“日本に帰ってきて、たった1ヶ月で給料全部パチスロで負けた同僚がいました。人間って変わってるなって”

間瀬 雅介さん(28歳)。
昨年、名古屋から鳥羽市に移住し海洋プラスチックゴミを資源として再生させ、家具やアート作品を手掛けている。そんな間瀬さんに聞きたくなった。やりたいことって何ですか?

“地球の7割を自分の遊び場にしたいです”

変わってる・・。いや、地球から視れば、日本でぬくぬくと生きてきた自分と、どっちが変わっているのだろう。

 

 

| プラスチックゴミは現代社会へのアンチテーゼ

海洋プラスチックゴミ問題は世界的な課題であり、それを資源として再生させている間瀬さんの元にはテレビや新聞など多くのメディアが取材に訪れている。業界的にいうと、格好のSDGsネタだ。

間瀬さんの作品(ランプシェード)。カラフルな部分はペットボトルのキャップを溶かして出す色。着色などは行わない。
間瀬さんの作品(時計)

間瀬さん:SDGs的な取り組みになったのは、ただの結果なんです。

なんでもかんでもSDGsに紐付けている感が否めない現代。もちろんSDGsは良いこと、未来を作る指標であることは間違いない。負の資源を再生させるなんて、本当に素晴らしいと思う。そもそもなぜ、海洋プラスチックゴミを使おうと考えたのだろう。

間瀬さん:答えが単純ではないのですが、いいですか?

そんな気がしていた。望むところ。

間瀬さん:小さいころから冒険家になりたくて。周りの人や先生に言っても、ちゃんと聞いてもらえなかったんです。本気なのに。

学生に差し出される希望の進路や職種のアンケートに、冒険家のチェックボックスはない。その他(冒険家)と記載された答案にアドバイスできる大人も少ない。

間瀬さん:プラスチックは絶対に必要です。そうじゃないと経済が回らない。当たり前のように使われ「ゴミ」とされ、忘れ去られる。

浜に打ち上げられたプラゴミ。漁具も多いという。

プラスチック側からすれば「ゴミ」になったつもりなどない。

間瀬さん:なんかプラスチックゴミと自分、似てるなって思ったんです。

スケールが大きすぎるため、認めてもらえない冒険家という夢。平均化された社会の価値観とのズレ。異端児であるが故に感じる、孤独や歯がゆさがあるのだと思った。

間瀬さん:そうだ!海洋プラスチックゴミで見返したい。私の思考性の表現は、これだとめっちゃわかりやすいと思ったんです。

不要のプラスチックを「ゴミ」とした世界に、ぐるりと時代の価値観を180度ひっくり返す。間瀬さんと話していると、社会へのアンチテーゼという言葉がピッタリだと思った。

 

 

| 現代社会の歩き方

二階への入り口

工房の二階はアジト的な空間。

この日はとあるプロジェクトで、鈴鹿墨の書道塾を営むご夫妻で書道家ユニット千華万香さんと打ち合わせ。
プラゴミに魂を吹き込む計画を練るお二人

バーカウンターやビリヤード台まである。友人たちとDIYで改装し、人が集まる場づくりを行い、地方が抱える空き家や地方創生などの課題にも、間瀬さんは可能性を模索している。

間瀬さん:ゴミから地域課題を知る。そんな人の流れを作りたいと思っています。

この空間では間瀬さんの作品を見ることで、ゴミとの接点ができる。そして間瀬さんに共鳴する若者が全国からインターンシップなどで訪れている。間瀬さんは、鳥羽からモデルケースを作りたいと語る。

水産関係で使われていた建物をリノベーション
1階の工房は新しい設備を導入するための準備中
粉砕したフラスチックを仕分ける装置
溶かしたプレスチックをプレスをして板状の素材にする

間瀬さん:都会だと若い人が表現をできる場が少ない。空き家はありがたい空間なんです。

名古屋で暮らし、一時は活動の拠点を大阪に移し、三重県内で業者にプラスチックの粉砕を依頼していたときもあった。

間瀬さん:それだととてもお金がかかるんです。お金がない、もうヤバイ死ぬって思いながら作品制作をしていました。

そう笑いながら話す間瀬さんを見ていると、使い捨てられるのはモノだけではなく、ライフにも当てはまるのかも知れないと思うとともに、日々慌ただしい時間に疲弊する自分が少し惨めに感じた。

間瀬さん:海洋プラスチックゴミは「ゴミ」じゃないですから。

時代が求める異端児は、無機質なプラスチックに自分の存在を重ね、海や地域の再生を目指す。
そろそろ異端児の再定義が必要なのかも知れない。

 


 

REMARE
鳥羽5丁目2-14
hp https://www.kasabuta.org/
in https://www.instagram.com/the_sea_is_my_life_/

 


 

おまけのお話

取材が終わりご挨拶して別れ、昼食に向かったのは前から気になっていた鳥羽駅前の「れお麺ism」。お店に入ると偶然にも間瀬さんとインターン生と遭遇。間瀬さんにおすすめを訪ねると担担麺が美味しいとのこと。

間瀬さん:めっちゃ旨いですよ!昨日も来ました。

普通の若者のようで、底知れない思考性を表現するアーティスト。
担担麺、美味しかったです!

 

ついにお墓もサブスクの時代!今にフィットするお墓、偲墓~SHIBO~について聞いてみた。

 

その日はきっと突然やってくる。

私はまだ経験したことないけど、旦那であるogurockには5年前に突然やってきた。

親しい人とのお別れ。

30歳の誕生日の翌日、お父さんが突然倒れて帰らぬ人となった。

それからの小黒家は大パニック。

家のことを主にしていたのがお父さんということもあり、印鑑の場所から、保険などの書類、月々の支払いや、鰹節屋のこと、何もわからない。

弔いに来てくれた方にビールをだそうと思っても、栓抜きのありかすらわからないというありさま。(詳しくはこちらの記事をどうぞ)

残された家族は、もっといろんなこと話しておけば良かった。と、思ったそうです。

そんないろんなことの一つ、親と話さなくちゃいけないな〜。と思いつつ、きっかけもタイミングも掴めない「終活」の話。

今回の記事を、ひとつのきっかけにしてくれたら嬉しいな、と思って書いてみます!

 

松阪駅からほど近い場所にある、仏壇仏具の専門店ぶつえいどう。

創業は明治39年、今年で115年目を迎えた。

 

 

お店に入るとふわっとお香のいい香り。

たくさんの種類のお線香や日常的に楽しむお香、ろうそくやお墓参りにかかせない道具たちもたくさん。

位牌の種類も多く取り揃えていて、最短3日で彫っていただけるそうです。

 

ずらっと並ぶ大小のお仏壇を横目に、店舗奥に進むとなんとお仏壇のショールームが。

大きさも様々、豪華絢爛なものから小さくてシンプルなものまで。今の売れ筋はリビングに置いても違和感の少ないシンプルなデザインのものらしく、ここにも時代の変化を感じます。

案内してくれたのはぶつえいどうの専務 野呂英旦さん。今回は野呂さんが中心となり新しく始めたサブスク型のお墓、偲墓(しぼ)についてお話聞きました。

 

2021年度グッドデザイン賞も受賞したサブスク型のお墓、偲墓〜SHIBO〜とは?

行く末の煩わしさをなくし、かつ伝統的な供養もしてもらえるサブスクリプション(定額制)で新しいスタイルのお墓。

生活環境や居住地が変わっても無理なく供養し続けらるように、お寺や宗派の枠に捉われない仕組みを実現。

んん?一体どういうことなのでしょう。もう少し詳しく聞いていきます。

 

偲墓の初期費用は275,000円(税込)

その中には墓石代、墓石への彫刻費、入仏法要(四十九日法要)、永代供養料が含まれます。

そして月額の利用料金は3,300円(税込)

こちらには、日々の供養代、各法要代(百か日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌の法要)、墓地管理費、システム管理費などが含まれます。

つまり、初期費用には最初と最後に必要なお金が含まれて、月額の利用料金には供養を続ける間に必要なお金が含まれる。

 

実物、見せていただきました。

 

墓石の大きさは高23cm×幅18cm×奥22cm。

重量は約15kgと女性1人で持つには重いですが、小型でかわいらしいサイズ感です。

墓石の上部が蓋のようになっているので、そこを開けると骨壷として中に遺骨を納めることができます。

墓石のデザインは四角い標準タイプか六角柱タイプの2種から選べ、表面には故人が好きだった言葉や戒名などを彫刻。お墓に置いたり、お寺の室内に設置していただきます。

大きさとか悩まなくていいんです。シンプルに二種。

 

実家に仏壇はなく、お盆やお彼岸にお墓参りに行く程度だった私。

普段、ご先祖さまを意識することもなく、お墓についてあまり考えたことがない私でも、偲墓って良いな!と思ったところは

・料金が明確でわかりやすい

・供養の期間を自分たちで決めることができる

・お寺さんとの距離が縮まる

この3つでした。

お彼岸すぎてから、年末までの加速感すごい。

 

冒頭の話に戻りますが、小黒家のお墓は遠く東北の地にあったそう。

お義父さんが亡くなったことにより、そんな遠くにお墓参りには行けないとお墓を引っ越しすることに。(改葬というらしい)

その際、なかなかの手間と費用がかかったと聞きました。

これは、お寺さんが檀家制度というものに支えられているからだそう。

檀家をやめる理由は、小黒家のようにお寺が遠くなってしまったり、お墓の後継者がいなくなってしまったり様々だそうです。

檀家制度が始まったのは江戸時代。

お寺が、今でいう市役所の戸籍科のような役割をしていたんですね。

住む場所もそう変わることない時代、地域のお寺をみんなで支えていく仕組み。

けれど時代は流れ、今や県どころか国を変えて住む場所を選べる時代。

同じ場所にあるお墓を守り続けることが難しい人も多いんじゃないかと思います。

偲墓は提携の寺院であれば、改葬の費用も明確で一緒にお引越しも可能!

また、なかなかお墓参りにいけなくても、お寺さんが清掃や管理を一手に引き受けてくれるし、生活や環境の変化でお墓を維持していくのがの難しくなった時はいつでも解約が可能。

あらかじめ期間を13年や、20年と決めておくこともでき、その後はお寺の永代供養墓にいれていただけるそうです。

なんだかお墓を持つということのハードルがぐっと下がりそう!

偲墓はこれからの自分たちのライフスタイルにマッチしやすいお墓と言えそうです。

 

ところで、お寺といえばどんなイメージを持ってますか?

お寺ってなんかお坊さんからいい話聞けそう!とか、夏に盆踊りしたとこ!とか、小さい頃境内でかくれんぼした!って人もいるかも。

私はあまりお寺が近くにある生活ではなかったから、用事もないのに行っていいのかな?と思ってしまいます。

一方野呂さんは、家の周りたくさんお寺があったから鐘の音や線香の香り、お経を読む声なども身近に感じていたし、近所のお寺に行ってぼーっとするのが小さい頃から好きだったそう。

その距離感は人それぞれ。

今、日本にはざっくりと7万件以上のお寺があるけれど、これから先の20年で2万7千件ものお寺が空き寺になるとも。

お寺を支える檀家の数も、これから人口が減る時代に増えようもないですよね。

そしてお寺の敷地内の墓地や管理している墓地には、持ち主のわからないお墓もたくさんあり、それを片付けるには、なかなか面倒で大変な手続きが必要だそうです。

一方で、お墓を持つか決められぬままに遺骨を自宅においたままにしてしまう方も、今多いそうです。

自宅の庭に遺骨を埋めるのはダメって、知ってましたか?

恥ずかしながら、私は初めて知りました。

先々の付き合いも考えていくと、新たにお寺の檀家になるという決断もなかなか難しいですよね。

お寺さんの困りごとと、私たちの困りごと。

これを檀家制度という今までの枠組みではなく、新しい方法で解決できないか。と考え、お寺や供養のスタイルのも進化が必要と考えていた、津市の浄誓寺の稲森住職と奈良県にある墓石屋さんと話す中で、偲墓というサービスにたどり着いたそう。

お寺さんも利用する人も笑顔になれる、多様な供養の方法が評価されて、偲墓は2021年度のGood Design賞も受賞されたそうです!

津市にある提携寺院 浄誓寺の稲森住職

偲墓の提携寺院は、津市にある浄誓寺を含め、今7件。

名古屋や大阪にもあり、今後ますます増えて行く予定だそうです。

(この記事を見て気になったお寺さんはぜひ問い合わせを!)

 

さ。この記事がアップされたら、実家に行こっと。

聞いておきたいこと、決めておきたいこと、親がどうしたいのかまだ笑って話せるうちに。

「おとーさん、おかーさん、お墓ってどうするの?」

 

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株式会社 佛英堂

三重県松阪市中町1993

0598-21-0959

偲墓 公式ホームページはこちら

 

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.11.28update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

Tribute to Miyoshi 三善晃へのトリビュート

イベントのジャンル:現代音楽のライブ
日程:2021年12月10日
時間:19時
主催者:芸術文化ワークス、ひらのきかく舎
主催者からのメッセージ:世界で活躍する加藤訓子が、恩師でもある日本を代表する作曲家三善晃の作品を、心を込めてマリンバのソロ演奏でお聴きいただきます。
お問い合わせ先:080-5075-5038 芸術文化ワークス info@npo-artworks.org

イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://teket.jp/314/7261

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

皆様からもイベント情報を募集しています!

お寄せいただいたすべてのイベントを掲載できる訳ではありませんが、OTONAMIEの読者の皆様が楽しめそうなイベント情報を、編集部がピックアップして掲載いたします。
お気軽に下記フォームからイベント情報をお寄せください。

掲載申込みフォーム

Dr.STONEの世界へ ノスタルジックな鳥羽なかまち

一瞬の出来事だった。

あたりを真っ白に包んだ閃光に、思わず目を瞑る。数秒後、徐々に収まっていく光を瞼越しに感じながら、ゆっくりと目を開いた。…すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

ここはどこだろう?

おかしい。ここは普段、僕が過ごしている鳥羽なかまちのはず…

思わず目を閉じて、深く息を吸って、吐く。そして、もう一度目を開いた。それでも、目の前の光景は変わらない。夢ではないらしい。ここは…本当に鳥羽なかまちのようだ。

鬱蒼と生い茂った草木に覆われてしまった鳥羽なかまち。あたりを見渡しても、物音もなく人の気配も感じない。一体、どうしてこんなことになってしまっただろうか。

このままじっとしてもいられない。幸い、僕の身体は特に異常はないみたいだ。ただ棒立ちしていて固まっていた片足をあげて、おそるおそる一歩を踏み出す。沈み込む柔らかな地面の感触を確かめながら、事務所のあるクボクリらしき建物に向かった。

…ここがクボクリ?

ちょっと中に入ることを躊躇う。入りたくない。でも、行くしかない。ブチブチと植物が切りながら、何とか扉は開いた。

クボクリ1階のカフェスペースだった場所を見つめ、ただただ呆然とする。驚きを通り過ぎて、何だか美しいとも思えてくる。そして、なぜか電気はついた。

さて、これからどうしたものか。僕以外にも誰かいないだろうか。まずは、近くから探してみることにしよう。

・・・ガタガタ

カフェ奥の鳥羽ちゃんぽんの花清水さんの方で音が鳴った。誰かいるのか?

おそるおそる覗き込むように奥へと歩を進める。

「誰かいますか?清水さん?…」

!!!

そこにいたのは…

続・・・きません。完。

Photoshopの新しい機能で、実在する場所や建物をジブリっぽい写真に加工して遊んでみました。手軽に何でもありな時代になったものです。

※.ジブリっぽい緑緑したクボクリは、実在しませんのであしからず。

ちなみにクボクリカフェスペースの元画像

鳥羽なかまち公式WEB

タケル君を追いかけて

伊吹山山頂

日本100名山の伊吹山の頂上にはヤマトタケル(『日本書紀』では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、『古事記』では主に「倭建命(やまとたけるのみこと)」)の石像が祀られています。タケル君は背が高いイケメンだったみたいで気になって調べてみた。

どうも三重県とタケル君は色々つながりがあるみたい。桑名市から亀山市へと向かう道中、四日市市周辺で、『吾が足は三重の勾がりの如くして甚だ疲れたり』ってことで三重県になったとか。

てな訳でタケル君の追っかけ開始!

まずは桑名から〜!

 

 

日本武尊尾津前御遺跡

 

日本武尊尾津前御遺跡 日本武尊尾津前御遺跡 日本武尊尾津前御遺跡

 

アイリスパークみぞのから多度市民センターに向かう途中にあります。
おっちょこちょいのタケル君が大事な刀をココに忘れて気が付いて戻って来たらそのまま残ってたという場所。イケメンだけどあわてんぼうさんですね。

 

 

 

平群沢ため池公園

平群沢ため池公園 平群沢ため池公園 平群沢ため池公園

ココも桑名なんですが近くに住んでいるのに存在を知らなかった!
伊坂ダムに行くすぐ近くにあります。ココにはしっかりタケル君の像が格好良くでーーん!と。タケル君がココで足を洗ったと言う場所。タケル君は足を洗うだけで記念の場所になって凄い!

 

 

 

井田川駅

井田川駅

亀山にあるJR 井田川駅の駅前に新しいピカピカのタケル君の石像を発見。この場所はあまり歴史上の場所とは関係ないみたいですがタケル君のファンとしては一応訪問を。

 

 

能褒野神社

能褒野神社 能褒野神社

そしてタケル君の終焉地にして亀山にある能褒野神社。能褒野王塚古墳は宮内庁管轄のお墓ですので本物みたいです。あんなに有名なタケル君のお墓がこんなにひっそりとした感じで祀られてるのにはビックリ。

せっかくなので帰りに亀山市歴史博物館に常設の展示でタケル君についての展示していたのでお勉強を。

 

 

子どもも親も開放される場所。くわなプレーパークで遊んできました!

愛知と三重をつなぐ記者、OTONAICHIのコジロウです。

くわなプレーパーク」を以前からFacebookのタイムラインで見かけていて「いつか行きたいな」と思っていたのですが、やっと参加できました。

ふらっと遊びに行ったつもりが、想像以上に楽しかったので急遽取材申込みをしまして、主催の市民団体どんぐりの輪 プレーリーダー 水谷さんにお話を少し聞いてきました!

 

 

 

どこでやってるの?

三重県桑名市の「桑名市ほたるの里」という場所で開催されていました。

弥富市からは車で片道30分ぐらい。木曽三川を国道1号線で渡り、イオンモール桑名を過ぎたらもうすぐです。

入り口のすぐ前には、広めの駐車場があります。 (それでも満車でしたが..)

周辺は新興住宅地(陽だまりの丘)で、もともと山だったのを切り崩して作ったのがよくわかります。

このほたるの里は野山を感じられる形をうまく残しながら、道や柵、トイレなどは綺麗に整備されていました。

自然を楽しむのをメインにしつつも、使いやすい公園になっています。

ここ桑名のプレーパークは、2019年夏頃から始まり、毎月1回開催されているとのこと。

コロナ禍で開催中止をしていた時期もありましたが、これからはまた様子を見ながら感染症対策にも気をつけて、開催されていくようです。

プレーリーダー 水谷さん

どんなイベント?何をして遊ぶ?

まず最初に受付。保護者と子ども達の記帳をして、名札を書いたらスタートです。

参加費を払おうかな…って….え!なななんと、無料。

後から思っても、こんな良い場所で道具も充実していて無料って凄すぎます。

受付の机には、ここでのお約束(遊び方)が書いてあります。

くわなプレーパークの基本理念

「自分の責任で自由に遊ぶ」「ケガと弁当は自分持ち」

失敗してもいいからやってみる。ここは子どもたちの”やってみたい”を叶えるために、大人の”よかれと思って”を堪えて、みんなで見守る場所です

この考え方を冒頭のどこかでみた投稿で拝見して、とっても惹かれたんですよね。ワクワクする基本理念です。

そういう場所で、自分の子どもたちに怪我を多少しながらもチャレンジして欲しいなって、ほんと思います。

 

このような基本理念の場所なので、実際、特に細かなルールもなく、一般的な公園やイベントにありがちな”用意された遊具”というものはほとんどありません。

周りを見渡して、土、木、ロープ、坂、階段、スコップ、日曜大工工具…などを自由に使って、子ども達が自由に遊びます。

きちんと研修を受けた”プレーリーダー”も所属されています。

この日はフルメンバーに近い人数がいたとのこと。頼もしいです。

プレーパークは、「子も親も開放される場所」

そして子ども達を見守る親は、置いてあるベンチやキャンプ道具に座って、「ぼーっとゆっくりした時間を楽しむ」でいいとのこと。

そう言われても!

ついつい子どものそばにいなくてはと立ってしまい、子どもの遊びを手伝ってしまいます。

「よかれと思ってをぐっと堪えて」というテーマが頭をよぎります、ほんと難しい。

でもやっぱり子どもって大人の想像よりも何倍も逞しいですね。

遊び始めて、ものの10分ぐらい経てば、勝手に友達ができて、自分で考えて遊び始めて、うちの上の子は山の上の方に消えていきました(ドキドキした〜)。

下の子も小さいながら、普段は怖がってやらないような遊びも、手からちょっと血が出たのも我慢して、頑張ってチャレンジしていました。

いやいや、これはほんとすごい。普段の公園では、こうはならないです。

環境がそうさせるんでしょうね。

親同士もゆっくりと座っている方や井戸端会議をしている方、自分も一緒になって遊ぶ方など、様々でした。心地よいです。

過去、水谷さんが鞍が池プレーパークに参加したのち、他県でプレーリーダー研修を受けて、「プレーパークにはいいことがたくさん詰まっている」と感じて桑名でプレーパークを始めたいと思ったのがきっかけ。

プレーパークにたくさん詰まっている”いいこと”の一つが「開放」なのだそうで、このプレーパークの場所では、窮屈で忙しい毎日の子育てから開放されて、親もゆったりできる、これがあるそうです。

くわなプレーパークを始める前は、「ちゃんとプレーリーダー養成講座などを準備して、しっかりと整えてからやろうかなぁ」と思案はしたものの、「知り合いの範囲からでも、小さくでいいから始めてみよう」と考えて始まった桑名プレーパーク。

まず初めてみたら、想像よりも参加者がドドッと集まり、それ以来、「ゆるく楽しく」月一回開催しています。

学習支援をしていた水谷さんが「ゆるい学習」をしている中で「まだまだ子ども達に遊びが足りない!」という思いがベースにあるとのこと。

今ではとってもよい遊びの場になっています。

“こどものもでるはうす”が完成

この日は、リアカーに木を子供たちが乗せて、一生懸命運び、ツリーテントが出来上がりました。

中には素敵な看板で「こどものもでるはうす」と書いてありました。最高です。

頑張って運んだ木を積んだり立てたりして、ベンチや机、玄関(ゲート?)も完成。

大人は坂道だけリアカーを押してあげたり、ちょっと重いめの木を持つのを手伝ったぐらいで、ほとんど子ども達がやりたいように話し合いながらできたものです。

それから、モデルハウスの隣では、水谷さんが頑張ってハンモックを設置していました。

「ロープワークができるパパさんがいたらいいのになー」って。

どなたかいませんか?

 

「ステキ」が詰まっているゆるい空間

他にもたくさん「これ遊べそう!」というパーツが転がっていて、本当にゆるくて素敵な空間でした。

決まった遊び、用意された遊びはないのだけれど、パーツはいっぱい転がっていて、友達もたくさんいる。

さあ、なにして遊んじゃおうか。

そんな感じです。

ボクはもうこのプレーパークの虜になってしまいました。面白すぎます。

また近々、何度もお邪魔したいと思います。

「ほたるの里」の名前の通り、シーズンには蛍も見れるようです。これも気になる!!

さてさて、桑名プレーパークが気になった方、ぜひぜひ一度参加してみてください。

お会いできたときには、一緒にゆるく遊びを考えましょう!

 

くわなプレーパーク 開催情報

どんぐりの輪 WebページまたはSNSでチェックしてください!

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どんぐりの輪さま、水谷さん、急遽色々とお話ししていただきありがとうございました!

三重県の仏教文化をさかのぼる(外国人からの視点)

Otonamieで記事を書くのは久しぶりです。今回はMie Muで寺院に伝わる戦国の残像という展示会を見たことをお伝えします。

上の写真は北畠政勝の肖像で、展示会の表紙にもなったものです。政勝の信仰の深さを描いた美しい絵でした。北畠氏は三重県で禅仏教を広める上で重要な役割を果たしたことで知られています。北畠氏と三重県であるの寺院の関係は、展示会で示されたいくつかの遺物で証明されました。

北畠氏は津市の美杉町多気の地に館や城を建てました。三重大学で森林学んでいた頃、美杉で演習林に実験でよく行きましたが、山頂に城があったとは聞いたことがありませんでした。制札や香炉など、保存状態の良い北畠氏が居た時代の美しい遺物が展示されていて感動しました。香炉は古くてひびが入っていますが、当時は価値が高く、おそらく中国から輸入されたものであることがわかります。

三重県の仏教文化の発展に津市域がはたした役割を紹介することも展示会の目的の一つです。津市は昔安濃津として知られる港湾都市でした。それで安濃津は経済活動だけでなく、宗教的および文化的活動でも賑やかな地域になりました。そして安濃津は信仰と文化に大きな役割を果たしました。 展示会では、森林の伐採を制限するための昔の制札を見ました。

約600年前に書かれた北畠氏時代の古い手紙を見ました。手紙は和紙を使って書かれ、よく保存されていました。私が読めなかった古い文字で書かれていました。展示会で案内して頂いた小林さんの説明では、当時は誰もが手紙を読めるわけではないとのことでした。手紙は実際には中世の日本語の文字を使用していて、漢文の文法も少し混ざっていると言われました。内容は減税といくつかの政治問題に関するものだそうです。字が読めないが、名前、宛先、内容、サインなど、手紙の構成についての説明がありました。 昔の日本人がどうやって手紙を書いたのか、その情報を教えられて非常にうれしいです。

実はこの展示会はMie Muの毎年恒例で、多くの人が楽しんでいたが新型コロナウイルスの蔓延により、訪問者は年前よりも少なくなっています。しかし、この展覧会は非常に多くの素晴らしい物も興味深いものです。


私のお気に入りの1つは、成願寺の木造阿弥陀如来倚像です。日本でいくつかの寺院の仏像を旅して訪れましたが、座っているこのような仏像を見たことがないです。 もう一つは和風の古い絵です。 仏教と日本文化がどのように混ざり合っているかを示しているので、とても美しくて面白いです。私のように仏教の知識が少ない人でも、この展示会は楽しく、とても有益だと思います。

日本でお寺や神社に行って御朱印を集めるのが好きです。御朱印始めたばかりですが、昔から仏教と日本文化が混ざり合っているのを見るのは楽しいです。日本のお寺や神社は自然の美しさも支えられているのが大好きです。

たくさん学ぶことができたので私にとってこの展示会を見ることがとてもいい経験になりました。子供をMie Muに連れて行くのが好きな人もいるようです。 展示会は子どもでも読める限り楽しめると思います。 子供たちを楽しませるために、写真スポットやクイズもあります。

英語文:

Tracing back the Buddhism in Mie Prefecture

It has been a while since the last time I wrote an article in Otonamie. This time I will write about my experience visiting an even in Mie Mu. I am so glad that I could see the exhibition.

(Pict 1)
The above picture is the cover picture of the exhibition which is the picture of Kitabatake. It was a beautiful picture showing the deviation of Kitabatake on this faith. Kitabatake was known for his important role on the spreading of Zen Buddhism in Mie Prefecture. His relationship with the temples in the area were proven with some relics that were shown in the exhibition.

Kitabatake built a huge castle in the mountain of forest Misugi. As I studied forestry in Mie University, I used to come to Misugi forest for investigation activities. I never heard that it was a castle in the top of a mountain. I was impressed by some beautiful archaeological remains from Kitabatake era that were shown in the exhibition such as 制札 and 香炉 which are well preserved. Although they are old and cracked, we can see that they were high value in the era and probably imported from China.

Another purpose of the exhibition is to introduce the role of Tsu City in the development of Buddhism culture in Mie Prefecture. Tsu City was formerly a port city, known as Anotsu. From the exhibition we can see that Tsu City religious activities together with the economic activities. And the forest of Tsu city had a big role in the faith and culture. In the exhibition, I saw a 制札telling to limit the overexploitation of the forest. Besides, there were also some proof of the relationship between Anotsu and the military activities during the Warring States period, including the old letters.

I was impressed by some old letter from the era of Kitabatake which were written about 600 years ago. The letters were written using Japanese paper and preserved well. The letters were written with old character I couldn’t read. Mr. Kohbayasi, who guided me in the exhibition, told me that not everyone could read the letters. I was told that the letters were actually using the ancient Japanese characters and a little mixture with Chinese Grammar. Mr. Kohbayashi told me that the letter’s contents were about tax reducing and some political matters. Although I could not read the letters, there were explanation about the composition of ancient letter, including the sender’s name, destination, content, and sender’s signature. I am glad to know this information and I am amazed about how old people have been so educated.

I saw many people enjoyed this exhibition which actually is annual event in Mie Mu. Due to the spreading of New Coronavirus, the visitors are fewer than years before. This exhibition is so interesting with so many amazing collections. One of my favorites is the sitting Buddha statue. I have never seen a statue like that even after I traveled and visited some temples and Buddha statues in Japan. Another one is an old drawing which is with Japanese style. It is so beautiful and interesting since it shows how Buddhism and Japanese collaborated.

I like to collect Go shuin by visiting some temples and also shrines. Although I just started this activity, I love how Buddhism and Japanese cultures have mixed since the ancient time. And I think even for people who have little knowledge about Buddhism like me, this event is enjoyable and also very informative. I see that some people like to bring their children to Mie mu. I think even children can enjoy the event as long as they can read. To entertain the children there are some photo spots.

三重県総合博物館
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.11.12update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

東紀州まちプロ

主催者:紀北地域活性化局 共催:度会県
主催者からのメッセージ:【タイトル・概要】
『東紀州まちプロ 〜令和3年度 東紀州「ごちゃまぜ」交流会〜』
“東紀州地域”で今起こっている、これから起こりつつある”まちのプロジェクト”(通称:まちプロ)に、あなたも参加してみませんか?みんなでごちゃまぜになって、あなたのアイデアでプロジェクトを盛り上げよう!

【内容・目的】
3人のプレゼンターがこれからやりたいプロジェクトを発表。参加者も巻き込んでプロジェクトを具体化するための会議を行うと同時に、これまで接点のなかった人同士の交流を創造します。

【内容詳細】
Part 1. プロジェクト発表
今、東紀州で”やりたい”&”やっている”ことで、チャレンジや応援が欲しいプロジェクトを、3人のプレゼンターが発表します。プロジェクトの目撃者になろう!
Part 2. ブレスト
自分の応援したいプロジェクトを選んでアイデアを出し合います。奇想天外、大歓迎!大人も子どもも学生も、子育ての方、お年寄りの方も、あなたが主役です。ブレスト後には、きっとミット東紀州が好きになる!
Part 3. アイデア発表
ブレストで出たアイデアをもとに、プロジェクトの今後を発表します。このプロジェクトの行方は?乞うご期待!

【会場案内】
シェアスペース土井見世
(尾鷲市朝日町14-2)
三重県尾鷲市の登録有形文化財である「見世土井家住宅」。尾鷲における新規事業の創出と、ゆるやかな関係人口づくりの拠点として再生すべく、見世土井家とNPO法人おわせ暮らしサポートセンターの協働により、シェアオフィス&コワーキングスペース「シェアスペース土井見世」としての活用が始められています。
※駐車場は念仏寺又は尾鷲商工会議所の駐車場をご利用ください。

【参加・申し込み】
ブレストに参加される方は、以下にて事前に申し込みください。(直接会場参加か、Zoomでの参加が選択できます。どちらも定員があります)
①名前 ②連絡先 ③参加方法(会場又はZoom)を事務局にお知らせ下さい。
定員:会場30名、Zoom10名
申し込み締め切り:11月15日(月)※先着順
▼申し込み・お問い合わせ先
▶︎事務局
紀北地域活性化局
地域活性化防災室 総務課
▶︎TEL 0597-23-3400
▶︎FAX 0597-23-2130
▶︎E-mail ochiiki@pref.mie.lg.jp

●インターネット配信(視聴のみ) 申込不要
イベントの様子は、Zoomウェビナーで配信しますので、ぜひご覧ください。
https://zoom.us/j/91061046813

【注意事項】
新型コロナウイルス感染拡大防止対策について
・三重県主催のイベント開催基準に則って開催します。
・当日、発熱や咳等の症状があるなど、体調がすぐれない場合はご来場をお控えください。
・マスクの着用や手指消毒等にご協力をお願いします。
・感染拡大等によりえむを得ず開催を中止する場合があります。

【主催・協力】
主催 / 紀北地域活性化局
共催 / 度会県
企画・運営協力 / NPO法人おわせ暮らしサポートセンター、ブレンドの会

ジャンル:プレゼン、ディベート、交流会

日程:2021年11月22日
時間:19:00〜21:00
お問い合わせ先:紀北地域活性化局 地域活性化防災室 総務課 0597-23-3400 ochiiki@pref.mie.lg.jp
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.facebook.com/events/857484091583854

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

皆様からもイベント情報を募集しています!

お寄せいただいたすべてのイベントを掲載できる訳ではありませんが、OTONAMIEの読者の皆様が楽しめそうなイベント情報を、編集部がピックアップして掲載いたします。
お気軽に下記フォームからイベント情報をお寄せください。

掲載申込みフォーム

三重発インスタントパスタでお店応援!お湯だけでシェフレベルなil Vivo新開発パスタをみんなでいただきます!

大台町を拠点にイタリアンのキッチンカーを運営するil Vivo(イルヴィーボ)さん。

東京から移住したご家族(細川さん)でイタリアンシェフの旦那さんが作る、三重の食材を使ったパスタやピザなどが人気です。
以前取材させていただいたのは2017年。当時三重が食材の宝庫だとは知らなかった私ですが、取材時に料理を通じて学ばせていただき、その美味しさは今でも思い出せるほどです。取材って、本当に勉強させていただくことが多いです。

左上から魚介のラグーソース・ボロネーゼ・ジュノベーゼ。左下から南伊勢町の真鯛・伊勢湾のガザミ・清流宮川の鮎。

そんなil Vivoさんから、お湯で茹でるだけで簡単に地元食材、有機・無農薬の本格パスタが味わえる “Pasta Felice”(パスタ・フェリーチェ)が完成しました!とのご連絡がありました。

お湯で茹でるだけで食べられる、地産地消の本格パスタとはどんなもの?どんな味?
いろいろと気になったので、il Vivoさんに商品サンプルを送っていただき、三重県各地に暮らすOTONAMIEの方々に郵送して実食していただきました!

 

大台町のタレント・栄養士!

大台町で地域に関するお仕事やタレントをしているキャスターマミさん。栄養士の資格を持ち料理上手。ひょんなことから今回のil Vivoさんと私の接点も作ってくれた方です。
詳しくはこちら

–キャスターマミさんからの寄稿文。

私が試すのは、「Pasta Felice Genovese(ジェノベーゼ)」。奥伊勢で育てられたオーガニックバジルのil vivo自慢のジェノベーゼと有機野菜のパスタ、1.5~2人前サイズです。

今回は一人用の土鍋を使ってみました。400CCの水を入れて沸騰させ、袋から付属のオリーブオイルを出し、それ以外の材料をダダ―ッと全て入れます。既にバジルとガーリックの食欲をそそるいい香り!
軽くかき混ぜ、再沸騰後に蓋をして8分タイマーしました。たまーに蓋を開けて、パスタ同士のくっつき防止のためまぜまぜ。タイマーが鳴ったので蓋を取り、水分がお玉1/2くらいまで煮詰まったら味見。パスタの硬さアルデンテ!味、申し分なし!

ここで火を止め、付属のオリーブオイルを投入し、よ~く混ぜ合わせ乳化させます。

丸く窪んでいる可愛い形のパスタ。耳たぶのようなこのパスタは、オレッキエッテというそうです。オイルが絡んでバジルの香りが広がります。
たっぷりの野菜は、小松菜とラディッシュとかのカブかな?と予想していましたが、このほくほく感、ほんのり感じる甘味、紫色の皮…さつまいもでした!
さすが、料理人自らが開発し、手間暇かけて「美味しさ」を極めただけある。本格イタリアンを常備できるなんて嬉しい限りです。

続いては、「Pasta Felice Ayu(清流宮川の鮎)」、1人前より少し小さめサイズです。鮎のパスタ、予想もつかない!il vivo細川シェフの手でどのように作り上げられたのか楽しみにしつつ調理しました。パスタの種類はペンネリガーテ。先がペン状に尖っているパスタを「ペンネ」、さらに筋が入っているものを「リガーテ」と呼ぶそうです。

爽やかな鮎の香り、しっかりと感じます。ホロホロの身と骨が絡まり、鮎香る上品な味わい。まさに清流の町ならではのパスタ!たっぷりの野菜は、色鮮やかで甘いカボチャ、味しみしみのナス、そして肉厚な奥伊勢キノコの食感が良いアクセント。

今回試した2種類どちらも、イタリア料理il vivoだからこその美味しさで、さらに野菜がたっぷり取れて、その味も食感もさほどインスタントを感じさせないところに感動しました。
ぜひ多くの方に知っていただき、応援していただきたい!!

 

 

伊勢志摩の三重通!

濱地雄一朗さんは三重のお土産などのWEBメディアを運営されている三重通です。(ウツボを捌いて干物をつくる記事おもしろいです!)
詳しくはこちら

以下、濱地さんからの寄稿文。

調理前のPasta Feliceをお皿に移した状態

調理時間約10分で出来上がった本格パスタ「奥伊勢ジェノベーゼ」。

パスタはモチモチで、ホクホク・シャキシャキな野菜は食感も楽しめます。味わいも絶品。5分で完食。水のみで味付け不要な本格パスタが気軽に食べられてしまうなんて、感動。

仕事やプライベートで忙しい人も、手軽に本格パスタが食べられるのは魅力的です。また、軽くて持ち運びしやすいので、アウトドアでも活躍しそう。調理工程を知らずに奥伊勢ジェノベーゼを食べた方は、まさかつい数分前まで、パリパリなパスタ&野菜だったとは思わないでしょう。しかも、野菜は地元産。奥伊勢の魅力がギュッと詰め込まれたジェノベーゼです。今度は海、山、川などの大自然の中で作って味わってみたいです。

 

 

漁師町のデザイン会社経営者!

1回目の緊急事態宣言時には「OTONAMIEでテイクアウト特集をやろう!」とご提案いただいた東城さん。なんともOTONAMIE的なお店紹介の記事をご寄稿いただきました。
詳しくはこちら

以下、東さんからの寄稿文。
地元、紀北町では、本格的なイタリアンを食べれないということもあり、茹でるだけで食べられるパスタを楽しみに調理してみました。

今回食べたのは「魚介のラグーソース」。分量が1.5~2人前と書いてあったのですが、調理する前は本当にそのくらいあるのかな?という印象でしたが、出来上がってみると結構な分量。お皿2人分に盛り付けるとちょうどいい感じです。

実食した感想としては、奥伊勢野菜の濃厚な味わいが感じられ、パスタ自体もしっかりした美味しさがあるので、上手く調和しているようと感じました。
野菜は乾燥野菜だったので、あまり期待はしていなかったのですが、食べてみると野菜本来の味が損なわれるのではなく、乾燥したことにより新鮮な野菜より濃厚な味わいに感じられました。オクラの粘りも強く、野菜の美味しさが際立つパスタでした。

 

 

桑名のパワーブロガー!

突っ込み型の記事にファンも多い福田ミキさん。桑名の文化遺産的「ドムドムバーガー」の記事は、何度も読み返したくなる愛が詰まっています。
>詳しくはこちら

 

以下、福田さんからの寄稿文。
(福田さんが運営するスペース・ニカイよりリポートいただきました)

桑名のワーク拠点「ニカイ」にシャレオツなパスタが届きました。ジャジャーン!!
たまたまアウトドア好きな面々が集まっていたため、振る舞ってみることに。
最初は、ラグーソースのパスタ。
東紀州や伊勢湾などで揚がった魚介類を骨ごと圧力をかけてミンチにしたものらしい。
袋を開けたら、そのままガサっと熱湯へ投下。

燻製で地域の魅力発掘中の国交省職員のぶさん

「最高やな」

さて、お味はいかがですか??
「美味しいわー」

ヴァナゴンを乗り回している伊勢農林水産事務所の太田所長

「うん、美味しいね」

授業にアウトドアを取り入れている三重大学 生物資源学部の坂本教授

「うまいね」

皆さんの表現力ってば…。
どうやらアウトドア派の関心ポイントは「少量の水」と「湯切り不要」な部分のよう。

続いて南伊勢の真鯛パスタ。

今度はアルミクッカーとバーナーで調理

同じくガサッと熱湯に投下。
軽くかき混ぜ蓋をして、
ふわんと完成。

便利!

常に寝袋常備の株式会社On-Co水谷代表

さてこちらもお味はいかがですか?
「鯛だ。鯛がおる」

少量の水でとにかく簡単。
それでいて地物の食材を使った本格パスタは、キャンプ飯にも非常食にもとても好評でした。
そして話題は、防災へ。
美味しいパスタを通して、いざという時のための備えと心構えについて話す機会にもなりました。

 

やさしく奥深いシェフの味

最後に私は、松阪豚を使ったボロネーゼをリポートさせていただきます。
作り方は他のパスタ同様に、袋をあけて乾燥剤とオリーブ以外を鍋に入れ、10分程煮込めば完成。とても簡単です。

実家の母が作りすぎたおでんを持ってきていたので、おでん×ボロネーゼという予期せぬ組み合わせの夕食となりました。あれ?おでんにも赤ワインが合う・・。おでん=和風ポトフ?ということで。

野菜の甘味を感じるやさしい味なのですが、肉の上品な旨味がベースにあるので奥深いお店の味わい。丁寧な仕上がりだと感じました。しっかりとした肉の旨味に赤ワインが合います。子どもたち(ベビー含む)も美味しいと喜んでいました。

 

三重を語るひと皿を応援!?

実は今回、皆さまにご協力いただいた背景には、こんな事情がありました。

先日il VivoさんからOTONAMIE宛にメールが届きました。内容を要約させていただくと「コロナ禍でイベントなどに出店できない状況が続きました。そこで新商品を考案。開発には成功したのですが資金が不足して量産のための設備等も不足。現在クラウドファンディングに挑戦しています。多くの方に取り組みを知ってもらえたら」という趣旨でご連絡をいただきました。

ちょっと食べてみたくなった!
キャンプ飯や防災用に買ってみよう!

そんな方は、ぜひこちらをご覧ください。

>il Vivoさんのクラウドファンディング

食材の宝庫・三重を語るひと皿は、贈り物にも喜ばれそうです。

 


 

イタリア料理 il Vivo(イルヴィーボ)
多気郡大台町江馬148−1
hp https://ilvivocappa.stores.jp/
fb https://www.facebook.com/il.vivo
in https://www.instagram.com/il_vivo_cappa/ 

※毎週木曜日は大台町江馬銀座で店舗営業されています。

どこか懐かしさ感じる伊勢木綿

先日ご縁があり、津市にある臼井織布株式会社に行く機会があったのですが木綿というイメージが…随分変わりました。

木綿と聞くと、地味なイメージがあったのですが、全くそんな事はなく色とりどりの華やかな反物の数々に時間を忘れてしまうほど!

無知でごめんなさい…!

近くにこんな場所があるなんて全く知らず、もっと早く出会いたかったです。懐かしさの中に新鮮さを兼ね備えていました。

伊勢木綿とは?

伊勢木綿って?と思い伺ったところ、臼井さんからHPに書いてあるよと聞きHPを見てみると、

はじまりは一本の綿糸から。礎を築いた伝統の布。

「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」と歌われた様に伊勢の国の中心地であった津の周辺には、絹(伊勢袖)、麻(津もじ)、木綿(伊勢木綿)の産地でした。

伊勢木綿は伊勢参宮の土産物として、津の街道で名産の一つとして売られたり、江戸から戦前まで日常着として全国の人々に愛用されるなどして、当時の伊勢商人達の経済的基盤を作りました。しかしながら戦後化学繊維の発展や、服飾文化の変化で需要は激減、伊勢木綿を生産する工場は廃業が相次ぎ、現在では臼井織布、ただ一社のみとなったため、伊勢木綿は大変貴重なものとされています。その貴重さから、伊勢木綿は三重県の伝統工芸品として認定されています。-臼井織布HPより-

とありました。という事は、今は臼井織布株式会社のみ‼︎これにはびっくり。伊勢木綿の名前は三重県に住んでいると耳にする事があるのでたくさんあるのかと。とっても貴重な場所だったんですね。

臼井さんの工場にある織り機が圧巻。みていて飽きず、ずっと見ていられます。

伊勢木綿の魅力

臼井さんに色々とお話しを聞いたところ、昔は庶民の普段着といえば木綿の着物だったとの事。何故かというと、季節を問わず着られる気軽さ。通気性や保湿性にも優れ柔らかな肌触りていう事。現代においては自宅で洗える、お手入れの簡単さも魅力の一つ。はじめの着物は木綿がオススメとお話しして下さいました。臼井さんのお話は尽きません。千草道と呼ばれる街道があった事や、昔は織物屋さんが三重県にあった事など、歴史も教えて頂きました。

現代に合うように色々な商品を作られています。カバンや財布などの小物からメーカーさんとコラボした物まで。伊勢木綿の良さを残しつつ、コラボした物の良さも引き出してくれるのも伊勢木綿の魅力の一つではないのではと感じながらお話を伺っていました。

伊勢木綿のお話や歴史を聞きつつ、伊勢木綿を感じに行ってみて下さいね!へぇーと思う事がたくさんあります。とても素敵な古民家ですが、少し入り口がわかりにくいですが、入り口に名前が出てますよ。


臼井織布株式会社
住所:津市一身田大古曽67
tel:0592322022
HP:http://isemomen.com/

ふらり伊勢街道散策・古民家をリノベした琥珀糖専門店いつきこはく

伊勢神宮がある伊勢市のとなり明和町。
伊勢街道が残り、趣きのある町並みがあります。
近鉄斎宮駅からすぐのところにある、菓子工房すみ野。

古民家をリンベーションした室内はまちかど博物館で、個展などが行われています。

訪れた令和3年の夏は、様々な楽器が展示されていました。
(開催中の展示はこちらをチェック)

ここを運営するのは音楽家の大場さん。

御自宅の一部を使った展示スペースと琥珀糖の販売コーナーがあります。

展示室で見つけたレトロなガラス瓶や製薬の道具。
大場さんのひいお爺さんはここで薬屋を営まれていたそうです。
江戸や明治期に、お伊勢参りの参拝者で賑わった伊勢街道。
そこにあった薬屋。
なんだか風情のある情景が浮かびます。

レトロで落ち着いた空間にマッチする、カラフルでお洒落な琥珀糖とパッケージ。
パッケージは、こちらも音楽家のご主人がデザイン。
今では遠方からも買いに来る客がいるという琥珀糖。
なぜ製造販売することになったのでしょうか。

ことのはじまりは、この家でホームコンサートを行っていて、沖縄の音楽家をゲストに招いたこと。
沖縄の海のイメージにあ合うお茶菓子を考えていたところ、琥珀糖が浮かんだ。
知り合いからは琥珀糖は作るのが難しいと言われていたそう。
でも実際に作ってみると「あれ・・、できた!」となったそうで、それからは着色をしたりいろんな琥珀糖づくりにハマる。
毎日のように琥珀糖づくりに没頭し、自分たちだけでは食べきれないくらいの量ができ、母の老人会仲間の皆さんに配ることもあった。
一年くらい前に「その琥珀糖はどこで売っているの?」と聞かれ、知り合いに誘われてまずは斎宮満月屋台のマルシェに出店。
「本当に売れるのだろうか?」と思っていた大場さん。
しかし結果、すべての商品が売り切れた。

▲使われているアンティークな棚は、薬屋時代に使われていたものでお洒落な雰囲気。

その後、室内に販売コーナーをつくり、琥珀糖づくりにさらに没頭。
砂糖と寒天だけでつくる琥珀糖は、外はシャリッとした食感で、中からはジュワーとさっぱりとした甘味が優しく溢れる。

琥珀糖は製品となる大きさの型に流し込んでつくるのではなく、8cm程の四角い型に流し込んだ後にひと口大にカットをする。
壊れやすい琥珀糖のカットは難しく、今でも夜な夜なカットの作業に勤しみつつ、ちょっとしたグラデーションの美しさに喜びを感じるという。
好きなことにハマったら、それが商品となり、さらにハマっていく。
そんなキラキラと輝く熱量は、美しい琥珀糖にも現れていると思った。

いつきこはくの近くには斎宮や竹神社などもあり、ふらっと日帰り散策にもおすすめです。
また、遠方から伊勢神宮をさらに愉しむために、斎宮や伊勢街道を巡った旅のお土産にも喜ばれそうです。

 


 

菓子工房すみ野
多気郡明和町斎宮118
tel 0596-52-2062
hp http://itsukikohaku.tokyo/
in https://www.instagram.com/kohaku_sumino

当たり前ではなかったこの景色。地方からワクワクを

帰ってきたらぜんぜん違う三重を感じた

つい最近大阪から三重に帰ってきました。いわゆるUターン。
食べることはもちろん、自分で作った料理を美味しいと笑顔で言われるのが嬉しく大好きで調理の学校に行くために大阪へ。その後、大阪で割烹店と営業を経験し、今はOTONAMIEでインターンとしてお世話になっています。

僕の地元は三重県の南伊勢町、海と森に囲まれた町。リアス式海岸に恵まれていることもあり、三重県内で漁獲量はNo. 1。しかし、近年地方での問題でもある高齢化、少子化の両方でもNo. 1を獲得。何かとNo. 1が多い町。

辺りを見渡せば一面の綺麗な自然だが、何があるの?と聞かれたら、山と海としか答えられない・・・。びっくりしたのが、三重県民の人に言ってもほぼ知らない。大阪で同じ三重県民となって盛り上がっても、だいたいの人が南伊勢町?どこらへんなん?ってなります。

正月にダラダラと家で過ごすために帰ってくることはあるものの、ちゃんと帰ってきたのは4年ぶり。
大げさかもしれませんが、僕が18年間過ごしてイメージしていた三重県とは全くの別物。「人もいないし、つまらなくて、何もないから何もできへんやん」ってずっと思っていました。帰ってきて正直思ったことは、三重県ってこんなとこだっけ?

地元南伊勢で進行中の「うみべのいえプロジェクト」。自分の家のように誰もが気軽に過ごせる街づくりなど、とても楽しそう。

自分が知らなかっただけで、こんなにも夢中になれる景色や、話しているだけでワクワクする人がいるなんて。

鳥羽市のREMAREでは、海洋プロスチックを使い陸と対極な海で生まれた思考を表現。地球の7割を遊び場に。

 

まるでアジトのような楽しい大人の秘密基地。

 

少ししたら大阪に帰ろう、と思っていたが・・。

知らなかったのではなく、近くにあったり日常的すぎて知ろうともしてなかったのかもしれないです。そんな考えになるきっかけをくれたのも、南伊勢町で住むには致命的な車を持っていない僕。
家には車が3台もあるのに・・・(保険対象外なので乗らしてもらえない)。唯一の移動手段であるリトルカブで空いた時間に、特に行き先も決めずに走っていた時でした。

ちょうど日が暮れる時間、だんだん暗くなってきたなぁと思い、ふと海の方を見たらめちゃめちゃ綺麗な景色が目に入りました。普段は車で通り過ぎるような場所でしたが、あまりの綺麗さに脇道に停車。写真はだいたい美味しそうなものしか撮らないんですが、思わず何十枚も撮っていました。

南伊勢町の下津浦の入り口。

南伊勢町に住んでいましたが、下津浦は初めて。生まれ育った町でも自分の知らないものは、まだまだたくさんありそう。

元々は完全にこっちに帰ってくるつもりはなく、少ししたら大阪に帰ろうとしていました。しかし、この景色がきっかけでもっと地元を知りどんな人がいるのか、どんなことをしているのか知りたくなりました。

こんな風に思えたのも、大阪という1人知らない土地に行き、都会に行っていろんなことを経験したから。地元を離れるのがダメ、都会では何もできなかったではなく、帰ってきたからこそ気づけることや地方だから出来ることがあると思う。

何もないからこそ、何でも出来る。

何かを作り出してもいいし、気の合う仲間ができていくなんて最高で可能性しかないです。地方は本当に自由だと思った。これから、三重県の面白いモノや人、こんなのここでしかできないと思う、ワクワクすることをいっぱい発信していきます。

空き家の中で見つけた、懐かしいシール跡。

これから暮らすかもしれない、空き家巡りで見つけた1枚。

みんな集まる面白い場所に、リノベーションしまくるぞー!

熱烈大歓迎!三重の暮らし体験型移住系イベント参加者募集中!

三重暮らし魅力発信サポーターズスクエア事業

いささか長めの事業名(以下スクエア事業)ですが目的を簡単に書くと、三重県での暮らしに興味がある人に地域の魅力を知ってもらうこと。(詳細はこちら)。そして三重県各地の地域や人、同じように移住を考えている人などと繋がりをつくること。
事業内容は、地域フィールドワーク、ワーケーション、オンラインツアー、交流会、SNSキャンペーンと大きく5つ。全イベントのナビゲーターとして、三重に暮らす・旅するWEBマガジンより代表の私(村山祐介)と副代表の福田ミキがご案内します。
それでは全イベントのポイントをお伝えします。
ちなみに全て参加費や滞在費無料です(おすすめ!)。
※現地への交通費等は一部ご負担あり。詳細はこちら

 

Aコース
自分がミエる!三重暮らしゼミナールin伊賀市博要
11月スタート

全5回のゼミナール形式で行い、東京で集まったり、現地でフィールドワークをしながら地域の課題や暮らしに触れ、参加者の理想の移住のかたちや、地域課題に対する解決方法をみんなで考えます。

リノベーションした快適な校舎で食事や懇親会
新しく作った五右衛門風呂!
こちらも新しく作ったおくどさん!夕飯は地元のお母ちゃんたちと作ろう!

舞台は山間部にある伊賀市博要地区。
知って驚いたのですが、約300名が暮らす地区に、なんと20名以上の移住者が暮らしています。博要地区では30年以上前から地域づくりを行っていて、テーマは「スローライフ」。地域産品をブランド化したり地場産業を強化したりと、地域づくりにはいろんな形がありますが、博要は「ライフ」。つまり「暮らし」に重きを置いて展開しています。

ぐるり農園さんのお洒落なポストカード
毎週水曜日にぐるり農園さんも出店している近所のマルシェ

今回ゲストにお迎えし、フィールドワークで暮らしをご案内いただくのは移住者農家ご夫妻(ぐるり農園・小山高人さん/萌愛さんご夫妻)。大阪に生まれ育った小山萌愛さんにお話を聞いていた時でした。「いつまで消費し続ける暮らしをするのだろう」。小山さんはそんな想いを持ち、タイの農園を訪ねたり、農業の勉強をはじめて行き着いたのが博要地区。こちらでご主人と出会い結婚。立派な古民家に暮らしています。

ぐるり農園
https://gururi-iga.com/

 

舞台となる空き家。こちらも立派な古民家です!
レトロなガラス戸
家の裏にアトリエにできそうな倉庫や、敷地内にもう一つ離れがあります。

古民家といえば、林業が基幹産業だった博要地区には立派な家が多い印象です。そして全国の地方と同じく、空き家の問題もあります。今回のフィールドワークでは実際にひとつの空き家を見学し、利活用方法なども皆さまと考え、アイデア出しをします。フィールドとなる空き家ですが、本宅、離れ、物置、庭ととても広く、丁寧に使われてきたことがわかるステキな家です。ご期待ください!
空き家についてはフィールドワークの当日、さかさま不動産という仕組みをつくり、全国から注目が集まるOn-co代表の水谷岳史さんをゲストにお迎えします。

水谷岳史さん

さかさま不動産
https://sakasama-fudosan.com/

株式会社On-co
https://sakasama-fudosan.com/wp-content/uploads/2020/09/%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BEOn-Co-%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf

1泊2日のフィールドワークを経て、その後東京で企画検討会。再度現地で発表会を行い、最後は東京で交流会を行います。いろんな出会い、気付き、仲間ができる楽しいイベントです。

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#sem

 

 

Bコース
三重でワーケーション!暮らし体験モニター in 鳥羽市
1月開催

舞台は鳥羽水族館やミキモト真珠島がある鳥羽市。むかし、鳥羽の台所といわれ栄えていた鳥羽なかまち。しかしながら店は閉まり閑散としていました。最近、そんな鳥羽なかまちに活気が!
空き家をリノベーションして店がオープンしたり、コワーキングスペースやシェアオフィスができるなど、盛り上がりを見せています。ワーケーション期間内に行われる「暮らし体験モニター in 鳥羽市」にご参加いただき、鳥羽なかまちの新しい「暮らし」が体験できます。また鳥羽市浦村町という漁村で、漁業体験なども実施。

鳥羽なかまちの記事
https://wataraiken.com/project/pretobaproject/

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#kurashi

 

 

Cコース
暮らしがミエる!三重暮らし体験オンラインツアーin南伊勢町
11月開催

三重県No1の漁獲量を誇る南伊勢町は漁業だけでなく、ブランド柑橘などの農業が盛んな地域。養殖筏の上から、はたまたみかん畑やローカルスーパーなどをZoomで繋ぎながら「暮らしを味わう」オンラインツアーです。
参加者には事前に伊勢真鯛の刺身用切り身、内瀬の柑橘、竈方の塩などを郵送。イベント当日、みんなで「いただきます!」をしましょう!

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#bus

 

 

東京スクエアplus
キックオフ会&交流会in東京

三重という地域の最前線の情報をお届けします!
三重での暮らしについて、東京で語り合いましょう!
同じ感覚を持つ仲間が、きっと見付かるイベントを企画中。
11/12 キックオフ会
3/4 交流会

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#sq

 

 

\宿泊券が当たる/
#みえでワーケーション
写真投稿キャンペーン

素敵な投稿をしてくれた方の中から、計5名様に三重県内の豊かな自然が満喫できる宿泊施設の宿泊券(ペア1泊分)をプレゼント!

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#sns

 


 

正直、移住って、ハードルが高いと思う。
だからこそ、地域の人と繋がったり、暮らしを知ることからはじめませんか?

皆さまのご参加をこころよりお待ちしています!

 


 

OTONAMIE代表 村山祐介
三重県津市出身在住。上京するも東京に負けUターン。家業の印刷業の傍ら三重のディープな魅力を発信する、WEBマガジンOTONAMIEを2015年に立ち上げ。以後、三重のローカルな魅力(特に農村や漁村)の魅力にハマる。職業はライター、グラフィックデザイナー、プロモーションディレクターなど。こよなくお酒と漁村を愛する42歳。

 

OTONAMIE副代表 福田ミキ

東京都出身。元夫の都合で三重県桑名市に移住。
都内の中小企業の秘書やPRを請け負う環境を整備し、場所に捉われない働き方の可能性を拡大。同時に三重県のローカルメディアの運営などに参画。地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。2020年にフリーランスから株式会社On-Coに所属を移し、多種多様なプロジェクトを加速させるリレーションシップを図っている。
仕事好きが集まる場「ニカイ」も運営中。


 

三重暮らし魅力発信サポーターズスクエア事業
ホームページ/https://mie-kurashi.net

 


 

ざっくり!三重はこんなところ。

三重県は名古屋がある愛知県の南に位置し、東は日本最大湾である伊勢湾があり、南部は太平洋の熊野灘という二つの海があります。西側一帯は山脈が連なり、南部には紀伊半島の森とリアス海岸が続きます。山に降った雨は森の養分を含み野に流れ、海に流れ着き、農作物や魚介類をはじめ多くの命を育んでいます。そんな自然の循環に恵まれた三重には伊勢神宮があり「日本人の心のふるさと」ともいわる歴史深い地域でもあります。

 

詳しいお問い合わせ
三重暮らし魅力発信サポーターズスクエア事業
(主催:三重県/事務局:株式会社アド近鉄)

営業時間/月~金 10:00~17:00
TEL/0596-28-3457
E-mail/miegurashiアットgmail.com
※アットを@に置き換えてください。

 


 

三重県への移住の相談
ええとこやんか三重移住相談センター
東京都千代田区有楽町2-10-1
東京交通会館8F 認定NPO法人ふるさと回帰支援センター内
営業時間/火~日 10:00~18:00
定休日/月・祝日
ホームページ/https://www.ijyu.pref.mie.lg.jp/
Facebook/https://www.facebook.com/ijyu.pref.mie
Twitter/https://twitter.com/chiiki64969680

 

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.10.27update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

みえDX未来ワークショップ

主催者:三重県
主催者からのメッセージ:三重県では、今年4月にデジタル社会推進局を設置し、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進するため、今後の三重県のデジタル社会を見据えた未来像を検討しています。
三重県の未来像を検討するにあたっては、県民の皆さまや三重県ゆかりの皆さまのご意見が重要だと考えています。このワークショップを通じて、2050年の未来では、三重県ではどんなことが実現しているうれしい、どんな課題が解決していてほしい、などの三重県が目指すべき未来の姿についてのアイデアや意見等を、県民の皆さまと一緒に考えていきたいと思っています。
最終的に、ワークショップで出てきたアイデアや意見を、三重県が目指すべき未来の姿に関する県民の皆さまの声として取りまとめる予定です。
ご参加にあたってデジタルに関する知識は特に必須ではなく、30年後、三重県がどうなっているとみなさんが幸せになれるのか、どんな未来が来てほしいかを、一緒に考えていきたいと考えています!
ジャンル:県民参加型ワークショップ
日程:2021/11/3、6、10
時間:2021/11/3・6:13時~16時、11/10:18時~21時
お問い合わせ先:事務局:NTTデータ経営研究所  info_mieDXws@nttdata-strategy.com(メールのみ)
三重県:デジタル戦略企画課 武田、長井(059-224-3086)
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://peatix.com/group/11591635

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

皆様からもイベント情報を募集しています!

お寄せいただいたすべてのイベントを掲載できる訳ではありませんが、OTONAMIEの読者の皆様が楽しめそうなイベント情報を、編集部がピックアップして掲載いたします。
お気軽に下記フォームからイベント情報をお寄せください。

掲載申込みフォーム

三重のディープな展望台事情。ちょっとよく見て!南海展望公園のオブジェすごいからさぁ。

南海展望台公園からの眺め

風光明媚なリアス海岸を望む南伊勢町には、たくさん展望台があります。4年くらい前に、別件で南海展望公園を訪れたときから気になっているオブジェがあります。

今回、記事化しようとしていろいろとネットで調べてみましたが・・、ない。南伊勢の展望台で検索すると観光地となっているハートの入江が出てくるので、南海展望公園で調べると観光協会などのホームページがヒットするのですが、気になるオブジェの詳細な情報はなく、あるのは水兵さんらしいくらい。基本的にネットでもスルーなのです、このオブジェ。

南海展望台公園からの眺め

展望台からの眺めは、いつまでも観ていたくなるほどとてもきれいです。伊勢志摩や東紀州のリアス海岸には、本当に癒されるといつも思います。でも仮に誰かとここにきたとして、
「海がきれいですね!」
「そうですね!いつまでも観てられる」
「なんかオブジェがありますね」
「そうですね、なんかありますね」
「帰ろうか」
「うん」

ってなる!?
わたしが過敏なだけかも知れませんが、オブジェはものすごい丸みのあるフォルムと、印象的なポーズを決めています。

ということで、もっと詳しく観察してみましょう!(オブジェを)

まず足元がキュートです。コンクリート造りならでは自由なバランス設計がうかがえます。

そして、一般的な発想を飛び越えた、ヒップのふくらみ具合からはモダンアートを感じます。

おなかもポッコリ。

遠目に眺めると、どこか寂しげで哀愁。

腰の傾斜角度と海を眺めるポーズから、遠くの海を眺めているように見えます。

顔!

お顔ー!!!

ちなみに南海展望台公園までは長い階段を歩きます。
でも、広がる海は一見の価値ありです。

#南海展望公園 #水兵さん #映える

 


 

南海展望公園
度会郡南伊勢町礫浦

 

孤高のミュージシャン、キャプテンブルースのお話。

気分転換に新しい事を始めようと、今年の春に買ったカメラを持って訪れた津市。23号線をいつもよりちょっとだけ北上しながら夏が一段落したこの日の白塚漁港は、僕が常日頃からイメージしているそのまんまの色をしていました。

水面に漂う千切れた魚と、普段からそれを食べていて、特に不自由もしてなさそうな野良猫と、その猫が残した小魚の頭部をくすねにくる鳥の類。だいたいカモメ、カラス。そんな小動物たちに見向きもせず、釣り糸を垂らす猫背の人間たちが交差する、どんよりとした灰色の昼下がり。ちょっと雨が降ってきた。

そんな混沌とした景色の片隅、この濁色の漁師町で生まれ育った1人のミュージシャンがいました。

キャプテンブルース。
出会ってかれこれ5年くらい経つのだけれど、のんびり気質のミュージシャンが多いこの三重県において、珍しく尖った気質の、ギラついた目を持つミュージシャン。見た目はぶっきらぼうだけど、中身もしっかりぶっきらぼう。なんとなく周りに誰も寄せ付けない雰囲気は曰く「俺の身体から何か変なやつが出てんねん」だそうで。その何か変なやつの分泌を止める気はあまりないんだろうなと思ってしまうあたり、今この瞬間にもしっかり分泌されてるからなんだろうな。

だから、素直に言うと、絡みにくいミュージシャンです。
あんまり笑わないし進んで交流を深めようとしてくるタイプでもない。1人舞台に立って、自分の生き様を吐き捨て、そこにある空気をブン殴るかの様に表現するスタイルは、まさに孤高。

だから、素直に言うと、僕は彼の音楽が好きです。ここ三重県で一人、闘う音楽を紡いでいるミュージシャンだと思う。

多分、3年ほど前だったか。鳥羽で開催したイベントに出ていた際、ステージ袖から観ていた彼のステージが忘れられないんです。最近ぽい言い方をすると”ゾーンに入っている”状態のパフォーマンスでした。ギター片手にラップ調の攻め気味な楽曲で客席を煽り倒し、客席を確かに踊らせる。牧歌的なレパートリーを持つ演者が多かった中だったからこそ、そのGrooveが余計に際立つ。役目が一段落し昼から夕方へ行こうとしている西に傾いた太陽が、キャプテンブルースのポテンシャルをまじまじと叩きつけられ、より一層、落日へ向かう焦燥感を増したように思いました。その時もやっぱり無口で絡み辛かったけど。

そんなキャプテンから、去年の12月、アルバム作りの依頼を貰いました。お互いコロナ禍でライブも減り、僕は僕でステージが無い分、今までしてこなかった新しい事をしてみようと、録音の勉強を始めた折でした。まだ修行の身ですが、自身の練習を兼ねて依頼を受けました。

2021年、元日。13時すぎ。正月の昼下がり、僕とキャプテンブルース。おっさん2人の二人三脚がとても静かにスタートしました。

毎月1、2回のペースでうちに来てもらい毎回1曲ずつ録って行く作業を繰り返す事10数回。気がつけば、お盆が過ぎていました。

不思議なもんで、体内から何かを分泌してくるらしい、あれだけ絡みづらいと思っていたおっさんと淡々と作業をしていくのが、なんだか心地よくなっている自分がいました。録音は慣れない作業だったので、時にミスをして謝ることもあったし、良いマイキングで良いテイクが録れたら一緒に喜んだりしました。

無口なミュージシャンは、だんだんよく喋るようになってきました。時に一人でウケて笑ってる時もありました。僕は僕で、その孤高のプレイヤーが、どんな音を録りたいのか、作りたいのかを引き出す事に注力し続けました。今思えば、それが勉強したかった事だったんだと思います。

作業をしている中で、いろんな事を聞きました。キャプテンの家族の話や昔話、苦労した話。実力を確かめるべく家を売り払ったお金で単身東京へ勝負に出て腕を磨く折、とあるミュージシャンのパフォーマンスに打ちのめされ、再び三重に戻った話。しかし三重に戻ってからも仕事帰りにホームセンターの駐車場の片隅に車を止めて、車内で黙々とギターの練習をしていた話。ボクシングが好きで練習してたら膝を痛めた話。お互い痔になった話。いろんな話を聞いて、いろんな話をしました。

それはきっと。やっぱり夢が諦められなかった、どうしようもないくらい泥臭い、一人の男の話でした。

僕にとって、この時間は音楽を作るにあたって、とてつもなく大事な時間でした。苦労人として生きてきた彼の昔話は、歌詞を増幅させて、楽曲の持つそれぞれの世界感に確かなコントラストを与えてくれました。キャプテンが吐き出す、世の中に対するフックの効いた問いかけでもあり、愚直な自分自身への懺悔の様な楽曲を只管ノートに書き留め続けたのであろう、その写実的な言葉をギターにのせて静かに吐き出す咆哮を黙々と受け止め続けた2021年の前半戦。

9月に一連の作業が終了した時、僕の前にいた男からは、”何か変なやつ”は一切出ていませんでした。人を寄せ付けず、絡みにくいミュージシャンではなく、ただ単純に、1本のギターと、書きなぐった歌詞と、音楽に向き合い続けた結果、なんとなく人との距離感の取り方がわからなくなって本当はみんなと仲良くしたいんだけど、どことなく小っ恥ずかしさが先行して周囲と馴染めず今まできてしまった一人のシャイな中年ミュージシャンが全力で投げる熱量満点の球を黙々と捕球するキャッチャーの役割をしていた僕。

多分、本当に多分だけど、いい歳こいたおっさん2人の”バッテリー”が出来上がってました。

むしろ、そうなれていたと思いたい。


孤高のミュージシャン、キャプテンブルース。僕が思うに、彼は音楽が好きで好きでしょうがなかった、永遠のギター少年。

津にこんな人がいるのかという事実を、よろしければ是非知って欲しくて今回、またしてもオチの無い稚拙な乱文を書き殴ってやろうと思った次第です。コロナコロナと耳にタコができるほど、この呪文にすっかり滅入るさこん、もう暫くの我慢である事を祈りつつ、また皆さんが心置きなく生の音楽を楽しめる時がもうすぐ戻ってくるはずです。その際はぜひ、特に、津近郊にお住まいの方はキャプテンブルースという名を覚えておいてください。津の人じゃなくても勿論。北勢の人も南勢の人も伊賀の人も県外の人も。そして、どこかのお店でライブをすると聞きつけた際には、一度そのパフォーマンスを確かめにいってみてください。僕は、オススメいたします。
その際は、今年一緒に作ったキャプテンブルースのアルバム、ぜひご試聴ください!

そして、この半年間、うちのスタジオでしか顔を合わさなかったけれど、今度会う時はライブハウスの舞台袖で会いましょう。その時はライバルだ。

◆キャプテンブルース◆
《instagram》
https://www.instagram.com/bluuues/

【参考動画】

「confusion」

「40歳の愛してる」

「水を求めて」連載エッセイ【ハロー三重県】第28回

三重県にやってきてから、子どもが産まれるまでの2年間。
私が足しげく通っていた場所がある。

スーパーへ買い物に行ったはずがついつい足が向いてしまう。そんな魅力的な場所。今でもちょっと心や体が疲れると、ああ、あそこへ行きたい、と心がむずむずしてしまう。あそこへさえ行けば、すべてすっきりさっぱりと生まれ変わったみたいな気持ちになれるのに、と。
特に新緑の季節はうっかりするとアクセルを踏めばハンドルをそちらへきってしまいそうになる。
柔らかな草の匂いと足の裏に響くような水音が恋しくなる。

*

松阪市嬉野。ああ、文字を見るだけで心がふわっと潤うような心地。

私は、嬉野が大好きだ。

嬉野をずっとずっと山に向かって車を走らせると、永遠に続くみたいな緑と緑にいつも心が躍ってしまう。
そして、水。正確には川なのだけど、嬉野に関してはなぜか私はいつも、「水!!!!」と全身で思う。
嬉野の山を登る道すがら、たびたび川に遭遇する。窓を少し開けていれば、ざぶざぶと水音がにぎやかだ。
ここには水がうんと豊富にあふれているんだな、という事実にいつも無性に感動する。どこまで山を登っても、登っても、澄んだ水がたんとあって、ここにいたらなんでもできるじゃないか、という少し大げさな気持ちになる。
水ってもしかすると心を強くするんだろうか。

川のそばの集落を見つけては、つい車を停めて、もしもここで暮らしたら、と考えてしまう。そしてやはり、なんでもできるな、と思うのだった。

例えば、なにかの事情で水道が止まってもこんなにきれいなお水があればお腹がたぷんたぷんになるまでお水が飲めるし、とても暑い夏の日に「暑いなあ」と思ったそばから水浴びができる。
そのお水が、ずっとずっと上のほうから、延々と流れてきているという希望にいつも満たされてしまう。

*

山を登っても登っても、どこまで登っても川があって、嬉野にはまるで毛細血管みたいに隅の隅までお水が流れているのかもしれない。
運転があまり得意ではないくせに、お水を追いかけて、細く曲がりくねった山道をつい上へ上へと走ってしまう。そして、どこまで登ってもふわっと現れる人家を見てはまた心が躍る。ああここで、たくさんのお水と一緒に暮らしを営んでいる人たちがいるのだな、と思うと夢みたいな気持ちになる。誰かの日常をそんなふうに言うのはもしかすると下世話なのかもしれないのだけど、たくさんのお水を浴びたり飲んだりできるところで暮らすというのを想像すると、どうしても胸の奥に幸せな気持ちがあふれてくる。

産まれてこのかた、蛇口を捻って、お金を払ってでしか水と暮らしたことがない身としては、やはりそれはどうしたって希望的でどこか夢見心地。

*

あるとき、嬉野の入り口で、この道はどこまで続くのか、そして、このお水はいったいどこからやってきたのか知りたくなった。運転が不得手なくせに思い切った大冒険に繰り出した。
途中、携帯電波がなくなって、途中、ぎょっとするほど道が細くなって、なにかあったらどうしましょうという気持ちに何度もなったのだけど、好奇心が勝ってしまった。今思うと若葉マークの分際でよくもまあ、と思う。
走っても走っても、道はあって、いよいよここで行き止まりかしら、と思ってもやはり道はあって、もちろん川もあって、そして、やはり誰かしらが暮らしている様子があって、そのたび胸の奥が熱くなった。
どこかしらの隣県につながるのかと思われた山道は、ついに行き止まりに到達した。ナビには松阪市嬉野上小川町と表示されてあった。
嬉野はとても広いのらしい。
上小川はとても小さな集落で、いくらかの人家と、小さな神社と、小さな墓地があった。小さなお寺もあったような気がする。そして、私がずっと追いかけた川の始まりが確かにあった。小さな小さな立て札に「源流」と書かれてあった。その日、私は生まれて初めて川の始まりを見た。
家を出てから2時間以上が経っていた。
私は運転が下手だし、土地勘もないので、もしかするともう二度とここには来られないかもしれない、と思ったので、上小川でたくさん川や木の写真を撮って、川の水を気のすむまで触って、帰った。

*

あれから10年が経って、私は今もずっと嬉野に焦がれている。
あのざぶざぶ流れる水をいつだって見たい。
子育てに追われていると私の一存でできないことが増えていき、行きたい場所もなかなかかなわない。自由に使える時間のなんと少ないこと。
遠距離恋愛をいうのをやったことがないけれど、遠距離恋愛ってもしかするとこんなかしら、と思う。
届かない間にも枯れそうにない気持ちがあって、届かない間にも思いはつのる。

そんなふうに何年も、最後に見たたくさんの水を思いながら暮らしていた。
ほんとうに何年も。
いつかもっと素敵な景色をたくさん見たら、嬉野へのたぎる気持ちもしゅうと跡形もなくなくなるのかもしれない。そう思っていた。
思っていたんだけど、けっきょく私はどれだけ嬉野に届かなくても、ずっとやっぱり嬉野に焦がれ続けていたんだった。

*

さて、2000文字も使って壮大な前書きをしてしまった。
私は今年、いよいよ嬉野の、しかも上小川へまた行くことができたのだ。
しかもお泊りだった。「ここで暮らしたら」と夢想した時間をほんのひと時手に入れた。
前書きだけでうんと長くなってしまったので、ことの顛末はまた次回に持ち越すことに。とにかく最高を煮詰めた飴があったらきっとこんなふだろう、と思うような幸福な時間だったということだけ書いておく。

向かえ、千代崎海岸へ。

三重県に帰ってきた。

高校卒業の18歳で上京し、それ以降、主に東京で暮らしてきた僕だが、今年9月、四日市で家業を営む実家を継ぐべく12年ぶりに三重県に帰ってきた。

自分で望んだ実家への帰還とは言い難い。本音を言えばもっと東京で自由にしていたい、遊んでいたい。東京にいる友達や様々な娯楽・誘惑と離れたくないのが本音だ。

思えば小中高と12年間、遥かなる東京をずっと夢見て過ごしてきた。どこかファッショナブルでイケてる響きを持つ、憧れの『トウキョウ』。上京したてで大学一年生の僕は髪を染め、ピアスを何個も開け、渋谷はセンター街でバイトし、絵に描いたようなお上りさん大学生を地でいっていた。

新卒での就職も勿論憧れのトウキョウだった。四日市を離れ、日本の中枢でバリバリ働くことが何よりもかっこいいことと信じて疑わなかった。

先輩『出身どこ~?』

僕『三重の四日市です。』

先輩『あ…あの公害の…』

何百回と繰り返される上記やりとりに辟易し、大学生活で得た我ながら流暢な標準語で三重県民であることを一切感じさせないスキルだけが身についていた。


 

齢30にして、12年ぶりに三重県民になる。実家を継いでからは引き継ぎの事務処理や引っ越し等でまともに休みもとれなかったが、一か月ぶりに一日何も無い休日を得た。家に引き籠るのもアレなのでとりあえずバイクを引っ張り出してきて一日ツーリングに出かけた。

目的地は三重県が誇る観光地、伊勢神宮である。家のある四日市からフラワーロードを経由して亀山へ抜け、そこからは三重県民御用達R23で伊勢を目指す。久しぶりの伊勢神宮を参拝し、ソウルフード伊勢うどんを食し、帰路につく。

帰路、津を過ぎたあたりで、なんとなしに千代崎が近いことを思い出した。遥か昔、幼少期に父親に連れて行ってもらった千代崎海岸はR23からすぐである。親の車がないと何処にも行けなかった当時とは違い、今僕はバイクに乗っている。海岸線なんかすぐだ。

十年以上ぶりの千代崎海岸。秋晴れの鱗雲の下、平日の昼間から海釣りを楽しむ人々・学校帰りの高校生カップル・ダンスの練習をする大学生達。

良いじゃん、千代崎海岸。

センチメンタルな状態の人間が往々にして海を目指すのはある種合理的な行動なのだろう。『自然の雄大さ』『自分の矮小さ』を海を見ることによって再認識し、明日への糧とする。古来より使い古された陳腐な表現だが、人間そういうタイミングは必要なんだろうと思う。

僕自身、ここまで散々御託を並べ立てて来たものの、『千代崎海岸に行く』、と津辺りでふと決めてからの自分浸りセッティングは準備万端である。ヘルメットの中で流しながら歌ってる音楽はエレカシ、バイクでR23を走りながら僕の気分はもう高校当時のエモキッズだ。

三重を抜け出し、トウキョウでイケイケな気でいたけれども、それは僕の一人相撲であって、そんな気負わなくて良いんだよ、僕が一人で意固地になっていただけなんだよと、頭では理解していても何かアクションを起こさないと踏ん切りがつかない。わざわざ一日潰してバイクで三重中を走り回り、エモチューンを歌いながら夕方に千代崎海岸に着かないと踏ん切りがつなかなかった。

つまるところ僕が言いたいのは、三重県好きだよ。今まで散々けなしてきてごめんね。


 

今、三重にいて鬱屈としてるキッズ達、エモいバイクに乗って珠玉のエモチューンを歌いながら向かえ、千代崎海岸へ。その一歩が腹を括る第一歩となるかもしれない。僕はそうだ。

(スーパーカブがエモいバイクかは読者諸氏の感性に委ねる。少なくとも僕にはエモバイクだ。)


千代崎海岸を出発し、四日市に向けてR23を北上していると、見慣れた赤白の煙突が視界に入ってくる。

そういえば車でもJRでも、小さい時から家に帰ってくる時はいつもこの煙突が『そろそろお家』の目印だった。

ただいま!

山と水と暮らす@飯高の新しい体験と森のお話

この巨木は水屋神社(松阪市飯高町)の境内裏にあるクスノキ。

樹齢は1,000年以上ともいわれ、地面から盛り出た根の部分に貫禄と生命力を感じる。クスノキのすぐ真下には櫛田川がある。地元の人になぜこのクスノキが今も健在かと尋ねると、川の水の栄養を吸収しているからではないかという。確かに、飯高の山々の養分豊富な水は櫛田川に流れ、伊勢湾に流れつき多様な生き物を育む源となっている。巨木のクスノキは常緑広葉樹のため、表面に見えている何倍もの面積の地中に根が張り巡らされ、水源が近くにあることで根から豊富に養分を吸っていることがイメージできる。
水屋神社ではこの地の水を春日大社に送る、お水送りという儀式が859年から行われ、今も続いている。水に縁のある神社があり、森とともに生きている飯高町に最近おもしろい動きがあると聞き、取材をした。

 

森で新しい概念に出会う

飯高町で木の製材や木工品などを手掛ける、もくいち・マルゴ。

もくいちHPより
もくいちHPより
もくいちHPより

製材所に隣接した店内には一枚板や作家物の家具・雑貨などが並び、店の一角はコワーキングスペースとしても活用している。もくいちは、自然派志向のアウトドアブランド「mōku(モーク)」も展開していて、木のぬくもりとスタイリッシュなデザインに特徴がある。

もくいちHPより
もくいちHPより

また「mōku alfresco (モーク・アルフレスコ)」という、自然に直接ふれて体験するプログラムも行っていて、希望者にはmōkuのアウトドア製品も貸し出している。

もくいちHPより

プログラムの内容は櫛田川でのカヌー体験もあり、100年杉で造ったカヌーも利用ができる。

もくいちHPより

他にはジビエ料理体験や伊勢と大和の国分伝説巡りなど。他にも森林ツアーなども企画中。以前に別の取材で林業家にご案内いただいたことがあったが、森は私の知らないことだらけで今でも印象に残ることが多い。

噛むとハミガキみたいな香りがする葉っぱ、山中から垣間見る山脈の美しい風景、木々の間から漏れる陽の光、岩肌に流れる湧き水などなど。
私事で恐縮だが平野部に育ち、近くの海は遠浅の穏やかな伊勢湾だった。森にあまり馴染みがなくどことなく入ることに少しこわさもあったのだが、プロの林業家とご一緒すると新しい概念に出会うこともできる。それは時間の概念だと思う。

 

 

森の時間で呼吸を整える

叶林業さん

林業家は100年先の森の姿を想定しながら仕事をするという。どこに木を植えて、どこの木を伐採するのか。ただ想像するだけでなく、緻密に計画を立てなければ木材の生産はできない。毎日100年という時間の先を見ながら暮らす。林業家にとって当たり前の暮らしだが、書類の束を掛け分け、メールのやりとりなど日々の仕事に追われる自分からすると、とても長い時間に身をおいているように思える。江戸時代から続く林業家に話しを聞いたのだが、そのような時間の流れ方は今の代だけではない。父や祖父が植えた木を守り、自分達の子どもや孫の代に向けて木を植える。

じっくりと時間を掛けて何かが育つこと。それを体感的に知っていること。つまりそれは精神的な安定にも繋がる気がする。バッと考えて、バンッと登場して、スッと忘れ去られていくことの怖さがあるのが、ファスト化の加速に歯止めが効かない現代だと思うからだ。例えるなら現代の呼吸は浅くて早く、それが人だと病気になりやすい。深くゆっくりとした呼吸は気持ちを整えてくれる。森は交感神経を刺激する現代とは違い、副交感神経に優しい。

 

人間にも巡る自然の循環

飯高町は約9割が民間林で、その内約7割が杉や檜の人工林。戦後の復興等のために木材需要が急増。拡大造林政策により杉や檜という針葉樹が植林され、森は変わっていった。しかし時代の流れは海外産の安価な木材の輸入により、国産木材の需要は減った。林業はそうした課題に直面していて、この先の100年は変革期だとされている。
この辺りの山に人の手が入る前、針葉樹だけでなく広葉樹類など多様性のある木々があり、それは山にとって健康な状態であり、植物だけでなく動物も含めた生態系バランスも取れていた。つまり自然が作り出す環境には持続性があるということだと思う(どこか人間の呼吸と似ている)。

それは山から流れる水にしても、その水が育む命や、それをいただく人間にも巡る自然の循環。私は山と海のある環境でそのような自然の循環を知り、暮らしのなかで感じられることが三重の魅力だと思う。

話は戻るが、水屋神社の境内には杉、栴檀(センダン)、鹿子の木、楠、榊、椋、欅など様々な木がある。いつごろ植えられたかは分からないが、夫婦の木という同じ根から二本の木が育っている珍しい杉の木もある。これも水の力なのかと思い眺めていた。

多様性のある木々が境内に育っている様子に、水と森と生きる先人のメッセージみたいなものを感じた。本当に大切なものは論理を超え、愛でたいという気持ちが動く。それはきっと、自分のなかのなかにいる人が反応し、今の自分に教えてくれているのだと思う。

 

 

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.10.6update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

皆様からもイベント情報を募集しています!

お寄せいただいたすべてのイベントを掲載できる訳ではありませんが、OTONAMIEの読者の皆様が楽しめそうなイベント情報を、編集部がピックアップして掲載いたします。
お気軽に下記フォームからイベント情報をお寄せください。

掲載申込みフォーム

醸してます。きっちんケミア

ずっと気になっていたお店にやっと来た。

JR四日市駅近くにある「きっちんケミア」です。

う~ん、醸してますねぇ。

店内はカウンターのみの12席。

キッチンの様子もよく見える。楽しい高さだ。

まさに昭和のライブキッチン

同僚を誘って、念願の初ケミア。
どうでもいい話だけれど、以前、デートのお誘いに対して提案したところ、引かれた経験があります。

時刻はお昼時を回り、カウンターは満席に。
常連さんばかりで、みなさんメニューを見ることもなくオーダー。

客1:「オムライスで」

「オムライスひとつ!」とママさんが大きな声で隣のマスターに伝える。

良いテンポ♪

オムライスも惹かれるけど、定番っぽいやついきたいな。
となると、店名を背負ったケミア定食Aケミア定食Bなのかな。

魚フライ×唐揚げ、もしくは魚フライ×レバニラ。
なるほど、独特なペアリング。

客2:「カレーにしようかな」

ママ:「カレーひとつ!」

客3:「メンチカツで」

ママ:「メンチカツひとつ!」

客4:定食Aで」

ママ:ケミからひとつ!」

私:「っ!!」(Aの方が短いのに)

客5:定食Bで」

ママ:ケミレバひとつ!」

私:「っ!!」(AとBにする意味っ!)

翻弄されながら、結局、本日のランチであるメンチカツ定食にしました。

ご飯の量はデフォルトで多めのため、私は半分の半分の半分の半分にしてもらった。

なんとこの大きさでワンコイン!

自家製ドレッシングのかかったキャベツと、程よい酸味のお漬物。

しっかりとしたお味の赤出し。
そしてパン粉がサクサクを超えて、ザクザクな存在感を出すメンチカツ。

同僚はカツカレーを注文。
「辛っ!うまっ!」と言いながら3分で間食でした。

ケミアの創業は昭和48年頃。

気になるのは妙にインパクトのある店名だ。

マスター:「へー、気になるかな」

私:「気になりますよ」

マスター:「ふーん」

私:「ヒントほしいです」

マスター:「お世話になった人の名前って感じかな」

私:「外国の方ですか??」

マスター:「いや、入れ替えたんだ」

私:「何を?」

マスター:「名前のスペルをね。例えばさ、山田だったらこうとかあるでしょ」

私:!!(あけみか…?)
同僚:!!(あけみか…?)

野暮なので、正解は聞きませんでした。

きっちんケミア、またいこっと。

 


きっちん ケミア
住所:三重県四日市市本町7−14
電話: 059-353-6853

東海地方初の最新水上アクティビティ奥伊勢湖に登場!体験レビューと秋の半額キャンペーン【三重県大台町】

みなさんこんにちは!キャスターマミです!

本格的な秋、行楽シーズンに向け三重県大台町「宮川・奥伊勢湖(三瀬谷ダム湖)」がアツい!!

思い返せば、私がOTONAMIEで初めて記事を投稿したのは2016年夏、Verde大台ツーリズムによる宮川SUP体験でした。

水質日本一の清流宮川で「水上さんぽ」SUP体験!

この頃の私は「SUPって何?」状態だったけれど、SUPは今や世間では定番の水上アクティビティとなり、「マイSUP持ってるよ~♪」なんて声も多く聞こえてきます。

そろそろ新しい刺激を求めている人もいらっしゃるのでは⁈

令和3年夏、東海地方初進出最新水上アクティビティが大台町の宮川を舞台に導入され、早速体験してきました。

感想から申し上げますと・・・簡単!落ちない!運動になる!楽しすぎる~!!

それでは、詳しくレポートします。


  1. バイクSUP(水上自転車)
  2. ステップSUP
  3. ラウンドSUP
  4. 半額キャンペーン

1.バイクSUP(水上自転車)

バイクサップとは、水上を自転車で散歩する感覚で走る不思議な乗り物。

水面の穏やかな三瀬谷ダム湖の上を自転車で漕ぎ行く気分はさながらアメンボです♪

水面に落ちることはほぼ無いため、初心者の方でも安心して楽しむことができます。

バイクサップは身長130㎝以上が対象。

​1人乗りのタイプ(シングル)と、2人乗りタイプ(タンデム)の2種類があります。

結構運動になります。太ももに効く~ッ!

夏は「水鉄砲で鬼ごっこ」に挑戦
超強力水鉄砲で攻撃し合い水浸し

2.ステップSUP

ステップSUPは、ボードに立ってハンドルを握り、足踏み動作で前に進みます。

スポーツジムにあるエクササイズ器具のステッパーがSUPにくっついているような形で、操作はとーっても簡単!

誰でもすぐに乗りこなすことができます。

対象は身長140㎝以上、体重90㎏まで。

小さなお子様やペットも同乗可能!

ゆったり親子で水上散歩もいいね
選手交代!お子様でも足が届けば楽々

3.ラウンドSUP

ラウンドSUPは直径約2mの円型のSUPです。

年齢関係なく、SUPは落ちそうで怖い!体力に自信がない!という方や、赤ちゃん連れの方でも乗ることができます。

そしてこちらもペットOK!

水鉄砲の無料貸出があったり、パドルで漕いだり、バイクSUPなどと組み合わせてベース基地としてのクルージングも楽しめます。

エレキモーターが付きも有るので風のある日でも安心です。

遊び方は自由自在!

こちらモーターなしで、バイクSUPで引っ張ってもらっているのだ

4.半額キャンペーン

なんと、紹介した最新の水上アクティビティ「バイクSUP」が半額で体験できる企画が実施されるらしい!

みなさんもぜひお得なこの機会にお試しを!!

外に出て体を動かしたいけれど、人が集まる場所へ行くのはまだちょっと…という方へ。

紅葉が始まる直前の三重県大台町で、新しい水上アクティビティを体験してみませんか。

家族や仲間と、大自然を独り占めできるプライベート空間「清流宮川」で、スポーツの秋がお得に楽しめるキャンペーンです!

秋の「バイクSUPで水上ツーリング」半額ウィーク

開催期間 令和3年10月11日(月)~17日(日)の一週間 ※キャンペーン期間中は60分コースのみ

申込 RocaRocaアクティビティ「バイクSUPで水上ツーリング」キャンペーン用 予約サイト

 

バイクSUPで水上ツーリングとは

バイクSUPで水上ツーリングは、バイクSUP(シングル・タンデム)で、まるで水上を散歩するかのような非日常を楽しむ水上自転車のツーリングツアーです。ガイド付きなので安心安全!体力に応じて2コースあります。
小さなお子様連れの方は、ラウンドSUP(丸型ボート)で並走も可能で、疲れた場合にはラウンドSUPで休憩することも!ラウンドSUPをご希望の方は、一度ご相談を下さい。

【コース】
​60分コース:ジャングルクルージングを体験
90分コース:ジャングルクルージング+絶景ポイント宮川大橋まで

【開催時間】
10:00〜11:00(60分コース)
10:00〜11:30(90分コース)
13:30〜14:30(60分コース)
13:30〜15:00(90分コース)

【料金】お一人様 60分コース 3,500円 / 90分コース 4,500円

【対象】身長130㎝以上、90㎏以下
​※中学生以下は保護者の付き添いが必要
​※程よい有酸素運動。ある程度体力のある方に限ります。

【定員】7名(シングル3艇、タンデム2艇)

【予約サイト】RocaRocaアクティビティ「バイクSUPで水上ツーリング」予約サイト

お問い合わせ

RocaRocaアクティビティ
メール info@rocaroca.jp
TEL.070-1849-9842(AM10:00~PM5:00)

だから美味しいんだ! 繋ぐお店「わくわく広場」

16時から「夜のパン屋さん」が開始されますよ、とお聞きした。

時間ぴったりに店に到着した私はとても驚いた。長蛇の列が出来ているのだ。そして、もうほとんどパンが残っていない!

なぜこんなに人気なの?

働く女性に贈るちょいグルメ企画 夜のパン屋さん」とは、イオンタウン津城山店内にある「わくわく広場4周年祭の企画の一つだ。

なかなか手に入らない地元の人気パン屋さんのパンを求めて、多くの人が並んでいたのだ。

今回の参加ベーカリーは「アンジュール」、「カメイドー」、「カメイドーサンのカフェ」、「COVOPAIN」、「スズノヤベーカリー」。中には、実際の店舗はお休みしていて、この「わくわく広場」の為だけに作ってくれているパン屋さんもあるという。それを知っているファンは、喜んでやってくる。

COVAPAINさんのクリームチーズと地元農家さんが作ったブルーベリーがコラボしたパン

地元の方たちがこだわりを持って、大切に作ってきた農産物や加工食品。しかし、それを価格だけで判断されてしまうと、なかなか消費者に手に取ってもらえない。

大量生産で破格の安価でモノが手に入れられるこの時代。安くするためにどんな犠牲が払われてきたのか、今一度考える時が来ていると思う。

「いつ」、「誰が」作ったものを「どういう経路」で買うか選択する時代になっている、と感じた。ただ安いものだけを求めてきた消費者が変わろうとしている。

それは、「わくわく広場」の店長、山本千穂さんにお話をお伺いする中で私の中で確信に変わっていった。

ここ「わくわく広場」の方たちは、生産者の方たちから、ただ仕入れるのではなく、常に切磋琢磨しながらバージョンアップをしてきていることを知ったからだ。

先ほどのCOVAPAINさんのパンも、この「わくわく広場」を通じて知り合った地元農家さん(四日市 山原さんのブルーベリー、大台町 セフティリファーム88の有機栽培伊勢茶、芸濃町 栄昇軒の餡)の旬野菜などととコラボして作られている。

ただ作ったものを置いて販売するのではなく、どうしたらお客さんに魅力が伝わるか?安全で安心な食品を届けるためにどうしたらいいか?と、常に生産者さんたちと工夫を凝らしているのだ。

ーーー生産者だけでもない。

お客さんと常に向き合って、どんなものを求めているのか教えてもらっている、という姿勢にも表れている。

店はシフト制で回っているため、全員が同じ情報を共有するために、ノートに色々な情報、感想などを勤務に入った方全員が記入している。

例えば、夕方にお弁当を購入したお客さんから「昨日のこのおかず美味しかったよ」とか「こういうおかずが嬉しいな」、「こんなアレンジで食べたら美味しかったよ」などの感想を聞いたらノートに記入。次の日、朝のスタッフがそのお弁当の生産者さんに直接その感想を連携して、アイデアを出したりする。

生産者さん、そしてお客さん、が「わくわく広場」を介して、信頼関係を持って、直接「繋がり」合うことの出来る場所なのだ。

最近、「食べチョク」など、生産者と消費者を直接繋ぐプラットフォームが話題だが、ここ「わくわく広場」も4年前から地元の生産者を応援するよう取り組んできた。

その方法はとても泥臭く、地道なやり方で。

わくわく広場」の開店当初、名前も実績も知られていない中、商品を並べてくれる生産者さんを探すのは大変だったという。

山本店長は、地元のあらゆる生産者さんやお店に直接お話に行った。ただ、売れる保証もなく、知名度もない店の話に耳を傾けてくれる人は少なかったという。でも山本店長は強い思いを持っていた。

「地元の安全な商品を地元の人に届けたい」

そして、その思いに賛同した農家さんやお店が少しずつ増えていった。今では生産者さんたちの口コミや紹介、ネットワークの中での話題により、多くの生産者さんやお店の参加が広がっている。

地元のお店のこだわりが、ここに集まってくる

 

私がお話を伺っている中で面白いな、と思ったのは、山本店長が「売り切れになることが怖い」という感覚だった。普通なら、売り切れになるほど喜ばれているし、生産者もロスが出なくて良かったね、となりそうなところ、早々と売り切れるとがっかりするというのだ。

何故なのか?それは、山本店長は、楽しみ勇んで店を訪れてくれたお客さんが「もう売り切れちゃったのか…」と残念に肩を落として帰る姿を見てきたからこその感覚なのだ。

「楽しみにわくわくして来てくれたお客さんみんなに、求める物を届けたい!」

そんな優しく強い思いに満ちた山本店長を支えてくれるスタッフも得意なことを活かして、各担当を持って頑張ってくれている。かわいくてとても目を引くPOPも得意なスタッフが受け持っている。

細やかな説明もうれしい

 

ここ「わくわく広場」は常に進化し続けている

「価値」のあるものを届けるために、お客さん、生産者さん、お店、スタッフみんな繋がり、一丸となってより良いものを揃えている。

あなたが今買い物に行き、その手に取るものは、「誰」が「何」を「どうやって加工」し「どんな流通」でそこにあるのでしょうか?

本当に「美味しい」というのは味もさることながら、安心して食べられることも大切だと思う。

わくわく広場 イオンタウン津城山店

住所 514-1112
三重県津市久居小野辺町1130-7
電話番号 059-254-0817
営業時間 10:00〜21:00
定休日 出店施設に準ずる

配送サービス:無し
お支払い方法:現金、電子マネー、クレジットカード、商品券

HP:https://wakuwaku-hiroba.com/

 

伊勢海老の食し方。もう慌てない!生きた伊勢海老が自宅に届いてご安心を。

三重県に暮らしていても「今日の夕飯は、また伊勢海老かー」とはならず「また松阪牛かー」ともならず「またカレーライスかー」はときどきあります。
むしろ伊勢海老やアワビ食べる機会は、都心のフレンチやイタリアンレストランの方が多いのかも知れません。

これは三重県民あるある(?)かも知れませんが子どものとき、父がゴルフか何かの賞品で伊勢海老を持って帰ることがあります。ふたをあければ、おがくずのなかでむくむくと動く生きた伊勢海老。普段はまず台所にいるはずのない伊勢海老の圧倒的な存在感。ザリガニすら触ることを躊躇するのに、海老界の王様・伊勢海老という特別な存在に興味がでて、おそるおそる箱のなかにいる伊勢海老を手で取り出そうとします。しかし「ビンビンッ!」と動く伊勢海老に「わ!」となり、ついシンクに落としていまい、シンクでも「ビンビン!」と生命力溢れる伊勢海老に敗北感を覚えるのです。
伊勢海老はこの「ビンビン力」で海のなかで敵から逃げ、甲冑のような殻をまとい、自然のなかで力強く生きてきたんだなと思うと、50mを10秒台で走る自分は、本当はもっとがんばれるのではないかと思えてくるのです。

さて余談はここまでにして・・。
ゴルフコンペか何かで「おめでとう!伊勢海老当たりだよー!」「やった伊勢海老が当たったー!」というシーンが一生に一度や二度はあるかも知れません。しかし「やったー!」と喜んでいる場合ではないのです。漁師町の人など海老さばきに慣れた人でない限り、家に帰ったらゴルフで疲れた身体で生きた伊勢海老との格闘が待っています。そして丸ごと一匹の伊勢海老は、どうやって食べたらいいのか・・、考えなければなりません。台所で生きた伊勢海老を片手に「ひぇー!」と声を漏らせば、大人たる威厳にも関わります。しかし「あぁ、松阪牛が当たった、アイツがうらやましい」と嘆くことなかれ。キチンと調理して伊勢海老を美味しくいただければ、その場で一躍ヒーローになれるかも知れません。松阪牛のすき焼き鍋奉行になるより、鼻高々なわけです。

では、伊勢海老のある人生をたのしむために、美味しい食し方をご紹介します。
別件の取材(三重の里 いなか旅のススメ)で、鳥羽市相差にある海女小屋「はちまんかまど」にやってきました。ここでは本物の海女さんが、伊勢志摩の海の幸を焼いてくれます。海女さんとのおしゃべりも楽しみのひとつです。

生きた伊勢海老は氷水に浸すとおとなしくなります。伊勢海老が曲がらないように尻尾から頭に掛けて串を刺します。

後は丸ごと焼いていくだけ。シンプルな調理法ながら、火を入れることで甘味が増し、伊勢海老の大きな身の食感を贅沢に味わえます。

ちなみに海女さんたちは今朝も海に潜っていて、今年のアワビは肉厚だそう。そんな美味しそうなアワビも焼いてもらいます。

焼き上がるまで海女さんにお話を聞きました。鳥羽や志摩の海女さんは日本で一番数が多く、日本遺産にも認定されているほど。私はこの地域の出身ではありませんが、友人の母が海女さんだったり、まるで田園地域に農夫が多いように、海女さんがいる暮らしが根付いています。地元の人からすると当たり前のことなのですが、世界的にもこのような暮らしが残る地域は特別で、はちまんかまどには多くの外国人観光客も訪れます。それは日本人が南フランスのワイナリーで、地元の農夫とワインとパンやチーズなどを愉しむような感覚なのでしょうか。などと考えていると伊勢海老が焼き上がりました。

身の取り出し方も海女さんが丁寧に教えてくれます。

まず頭と身の部分の殻を持ちます。

身を持っている手を少しひねり手前に引くと、頭に詰まった身も取れます。

身の部分の殻は、横を持ってギュッと握り潰すと

殻が外れやすくなります。

頭も側部を両手で持ち、

力を入れる(頭は結構な力が要ります)と二つに割れて、海老味噌も愉しめます。

デン!と大きな伊勢海老の身に海老味噌を付けていただきます。海老=プリプリという表現では足りない、ブリンブリンの食感の伊勢海老は甘く、香ばしい海老味噌をつければ味に深みがでます。豪快にいただく伊勢海老からは磯の香りも相まって至福のひと時です。
アワビも火を入れることで柔らかな食感になり、噛みしめると溢れる旨味や海藻の風味を感じ「海の幸が豊富な日本は最高!最高!」と思うわけです。

味噌汁は伊勢海老出汁にアオサの風味、海女さんが獲ってきたヒジキ、貝に干物。海の横というシチュエーションで潮風も心地良い癒しの時間。

食事が終わるころ、海女さんたちが集まってきて「相差音頭」の演舞を披露。想い出に華を添えてくれた海女さんたち。

レイ子さん

そして最高齢の海女さん・レイ子さんの「元気な海女・レイ子のお守りストラップ」も購入できます。(取材ということでプレゼントしてもらいました。ありがとうございます!)

これで生きた伊勢海老がうっかり自宅に届いてもご安心ください。また、日常の喧騒から抜け出し、非日常の旅に出かけたくなったら、風光明媚なリアス海岸が広がる伊勢志摩で海女さんとお食事はいかがでしょうか。

そこには、ゆったりとして時間が流れています。

Photo 松原 豊

 


 

取材協力
海女小屋 はちまんかまど
〒517-0032 三重県鳥羽市相差町819
はちまんかまど予約案内所 TEL 0599-33-1023
HP https://amakoya.com/
Facebook https://www.facebook.com/amahuthachiman

 


 

三重の里 いなか旅のススメでは、OTONAMIEのライターさんが特集記事を綴っていきます。
ぜひご覧ください。

HP https://www.sato.pref.mie.lg.jp/feature_news/
Instagram https://www.instagram.com/mie_inakatabi/

秋が来たら「まつさか香肌イレブン」の峰々へ。

今年も、秋が来たらやりたいことがある。それは、松阪市西部の峰々から選ばれた11座、まつさか香肌イレブンに登ること。昨年は、白猪山、烏岳、高見山の3座に登った。中でも高見山は、登山初心者の私が、秋冬のうちに3度登るほど、ハマった山だ。

奈良県と三重県境に位置する高見山は、標高1249m、登山家の間では「近畿のマッターホルン」と呼ばれているほど、秀麗な山容を誇っている。ガイドをお願いした山の達人に「あわよくば、雲海が見たいんです!」と無謀な相談をした。「じゃ、あそこのコンビニに午前3時に集合な」

 

ヘッドライトに導かれ、暗闇の高見山に挑むことに。

午前3時出発。登山初心者の私が、達人のヘッドライトに導かれ、暗闇の高見山に挑む。視界に制限があると耳が敏感になるようで、何か音がすると「まさか熊?!」とビクビクしながら進んだ。山頂に着くころには、自分の荒い呼吸音しか聞こえないくらい息が上がっていたけれど…なんとか登頂!山頂は明るくなっていたが、深い霧に包まれ視界が悪く、雲海どころでは無かった。強風の山頂は10月なのにとんでもなく寒い!山小屋でコーヒーをごちそうになったら、そそくさと下山。高見ブルーと言われる高見の青空も拝めなかったが、なんだかとても気分が良かった。

山頂の山小屋で、コーヒーを頂く。
山頂付近は霧が発生。幻想的だった。

それが1度目。2度目は12月、とにかく霧氷を見てみたかった。「あんまり天気は良くないみたいですけど、明日は高見に登ります!」そう達人に連絡したところ、「低気圧来とるから、気ぃつけて」…大丈夫か、私。

 

山は天気が重要と、思い知ることになる。

案の定、高見は笑ってしまうくらい吹雪いていて、あたり一面真っ白な雪の世界を、鼻水をたらしながらなんとか進んだ。山頂で撮った写真には、顔はビシャビシャ、髪の毛はボサボサのまま凍っている私の姿が。残念ながら、霧氷と言うよりはただ単に、木に雪が積もって見えるだけといった感じだった。猛吹雪の山頂では、小屋に避難して震えながらカップラーメンを食べた。凍えた体を溶かしてくれるその味は格別!山頂でカップラーメンを食べるために、山に登るのもいいなと思った。

天気の悪い中、付き合ってくれた夫。
超絶おいしい!山頂のカップラーメン!

年が明けて1月中旬、3度目はなんとしても高見ブルーに映える霧氷が見てみたい!そんな想いで、仕事も休んだ、天気も直前まで確認した、お願いしますっ!

 

3度目の正直、高見ブルーと霧氷のトンネル。

前回は松阪市側の登山口、舟戸ルートから登頂したが、今回は奈良県側の杉谷ルートからスタート。船戸ルートは松阪市指定文化財の五輪塔や、中央に南無阿弥陀仏と刻まれた、高さ2.2m、幅2.3mの両部曼荼羅という自然石をみることができる。個人的には舟戸ルートが好きだが、今回杉谷ルートを選んだのは、霧氷のついた木々のトンネルをくぐるためだ。吹雪の2度目とは違って、風もなく木漏れ日が心地良い。「こんないい天気は珍しい、あんたら今日はラッキーや」と関西からの登山客。時折おしゃべりしながら山頂を目指していると、「霧氷、綺麗でしたよ、もう少しですよ」と下山する人々が声をかけてくれる。がぜん足取りも早くなる。

そしてついに、高見ブルーに映える霧氷のトンネルが!太陽を浴びてキラキラと輝いている。なぜだか脳内にアナ雪の歌が流れてきてしまう。3度目の正直でようやく見ることのできた絶景だった。

風の強い山頂では、「エビの尻尾」と言われる霧氷が形成されていた。木などに付着した雪や水滴が、風上に向かって羽毛状に成長し、エビの尻尾のように見える。天気が良いので登山客も多く、ソーシャルディスタンスを考えて今回は山小屋には入らなかった。何より、目の前の絶景にテンションが上がり、山小屋で休まなくても良いくらい疲れを感じていなかった。感動をカメラに収めたらホクホクとした気分で下山。自宅から車で1時間足らずだが、近場の山で体験したとは思えないような非日常体験だった。例えると、初めて大型の野外フェスに参戦した時の感覚に近いような。その興奮は何日も続き、忘れられない1日になった。

 

地元住民の山岳信仰、まつさか香肌イレブンの峰々。

まつさか香肌イレブンの峰々は、山頂に神社がある山が多いらしい。高見山であれば八咫烏を祀る高角神社が鎮座し、地域住民からは首から上の病気が治ると信仰されている。昨年登った白猪山にも、石尊大権現が祀られていた。なんと毎年白猪山では、山頂付近で投げ餅もするのだとか。(新型コロナウイルスの拡大により、現在は中止されているとのこと)

古くから山は、日本人の心の故郷であり、山を崇拝し、山に育まれて生きてきた。そういえば、ガイドをしてくれた山の達人は、落ちているゴミを拾っては、背負っているザックをゴミでいっぱいにし、登山道を進んでいた。先人達が残してくれたこの山。安易に汚してはならない、失くしてはならない、この峰々は私たち日本人のパワーマウンテンなのだ。そう思うと、登る時の気持ちも変わってくる。

私のような初心者から、山好きの上級者まで楽しめる、まつさか香肌イレブンの峰々。次はどの山に登ろう。

 

オリエンテーリング・パーマネントコースin北勢

オリエンテーリング・パーマネントコースin北勢

オリンピックは盛大に開催されましたが、素人さん向けのレースは片っ端から中止になってモチベーションが上がらない・・・。レースを目標に練習に励むのでオリンピック見てもどうもテンション上がりません。

そんなこんなで走るきっかけを友達からお誘いを頂き楽しいネタをご紹介。

オリエンテーリング・パーマネントコースというのがありまして、オリエンテーリングって子供の頃いろんなポイントを順番に回るゲーム。これがパーマネントということで常設でポイントが設置してあるということです。

このコースは全国にあって、三重県内にも数ヵ所コースがあって桑名から近い場所だとこの北勢コースとなります。

やり方としては伊勢治田駅に行って駅の改札口でオリエンテーリングのマップを購入。ここのはお安く50円でした。伊勢治田駅に何度も行ったことがあるのですが、こんなに大きなオリエンテーリングの看板があるなんて気がつかなかった!

この地図をもとに順番にチェックポイントを回ってゴールの伊勢治田駅に戻る時間を競うゲームです。一人でもいいし複数のメンバーで力を合わせてやってもOK。

賀毛神社 賀毛神社

まずは賀毛神社に向かう。

ポイント

パッとみてポイントは目立たない場所に設置してあるのでよく見回さないと見つけられません。見つけてもこのようにコケが生えてて字も消えかかって読みづらい・・・・。

ポイント

チェックポイントもわかりやすい場所ではなく、このように森の中をしばらく歩かないと見つけられないポイントもあります。

ヒル

この時期に鈴鹿の山を走るということはどうゆうことかというと、ヤマビルの餌食になるということで、この日も私の足に6ヵ所ほど血を吸われた跡が残ってしまいました。野生動物が多いということはヒルもいっぱいいる地域となってしまい恐ろしい。

チェックポイント

地図を見て絶対この場所にあるはずとあたりを見回しても見つからない場所もありました。全てのチェックポイントが目線のところで見つかるとは限りません。U字溝の横に倒れて雑草に隠されているポイントも。

ポイント

各ポイントの文字を記録しておくのですが、ペンを持ち歩くのが手間なので皆さんスマホで写真を撮って後で転記するみたい。

今回10kmのコースを走ったのですが、全国の10kmのコースを10ヵ所以上走ると100kmコンペに登録してもらえるみたい。三重県だけではコースも少ないし遠いので、愛知県と岐阜県も回って100km目指したいと思います。

 

レースがないこの時期のモチベーションアップのマラソンのネタとしていつでも誰とでも楽しめるオリエンテーリング・パーマネントコースいかがでしょう?

 

古今MIXのお洒落な街、神楽坂で御福餅に会える

2019年1月にオープンした『甘味とお食事 マリアーヌ』に行って来ました。伊勢・二見町の御福餅本家がプロデュースする、スイーツとお食事の店です。私は雑誌でここを知り、ずっと来たいと思っていました。

神楽坂と言えば、東京メトロ東西線の駅ですが、新潮社の倉庫をリノベーションした商業施設「ラカグ」が見たくて、矢来町方面からスタートしました。新潮社本館もすぐ近くにあります。

神楽坂はその名のとおり坂のある街で、石畳なんかもあり、とても風情があります。花街として栄えた江戸の面影も漂い、洗練された大人の街。私は大学時代、東西線を利用していながらここで降りたことが全くなかったのですが、こうして年齢を重ねた今ゆっくり散策してみると、なんと魅力的な街であることか、とても大きな刺激と発見があります。

老舗とモダン店舗が混在し、「プチパリ」や「フランスの下町」と形容されます。

早稲田通りを下って行くと、小さなビルの2階に『甘味とお食事 マリアーヌ』がありました。

黒板アート作家のすずきらなさんによる作品が、ウェルカム感満載。季節によって作品は変わるそうです。苺のイラストはどこか懐かしいのにモダンな感じ、ずっと眺めていたい気持ちになります。

エレベーターで2階に上がって、降りるとすぐに店内。入ってすぐに消毒用アルコールが置いてあり、スタッフの方から検温を受けました。可愛いオリジナルのマスクケースも用意されていて、感染症対策は万全です。

店内は明るくて、落ち着いた空間です。私が行ったのは平日の14時頃でしたが、女性のお二人連れが何組か入れ替わったり、お一人のお客様もいらっしゃいました。外国人の男性お二人はかき氷目当てで来店されたようです。とても快適にゆったりと時間を過ごすことができます。

二見(味)うどん定食(手ごね寿し丼と伊勢うどんのハーフ&ハーフ) 1,300円

お食事で手ごね寿しと伊勢うどんをいただけるのは嬉しいです!特に、東京で伊勢うどんはなかなか食べられません。ほかにもいろいろなバリエーションの伊勢うどんがあったので、必ずまた来ようと思います。

おすすめ3種盛り(数量限定) お福餅/抹茶餡お福餅/包み餅きなこ 750円

三重県出身の方には言わずもがなですが、御福餅の餡は伊勢・二見浦の波の形を表現しています。優しい甘さの漉し餡で、中でも包み餅きなこは甘味と塩味のバランスがとても美味しかったです。お餅もとてもやわらかく風味豊かなのは、本家と同じです。

お土産で買えるのもありがたいですね。ただし、売り切れてしまうこともあるので、確実に購入されたい方は電話での取り置きがおすすめとのこと。お福さんが可愛くてほっこり、贈っても喜ばれること間違いなしですね。

 

今回紹介していないメニューもたくさんあります。伊勢うどんにカレー味があると初めて知りました。それを食べるためにぜひまた訪れたいと思いますし、もちろん御福餅も食べたい!

皆さまも神楽坂散策の合間に、ぜひお立ち寄りください。

 

*【閉店】甘味とお食事 マリアーヌ*

お知らせ – 御福餅本家 (ofukumochi.com)

所在地
東京都新宿区神楽坂6-58 RITZ神楽坂2F
電話番号
03-6280-7744
営業時間
火~土 11:00-19:00 (LO. 18:30)
日・祝 11:00-19:00 (LO. 18:30)
営業日・定休日
月曜定休(祝日の場合は翌日)
交通
東京メトロ東西線「神楽坂駅」から徒歩3分
都営地下鉄大江戸線「牛込神楽坂駅」から徒歩6分

 

譲れないもの それは[100%やること] 鈴鹿PG今井那生の生き方

「千葉県1人口の少ない街、神崎町から初のJリーガーを目指す鈴鹿ポイントゲッターズ26番ディフェンダーの今井那生です。」

私がパーソナリティをしている「鈴鹿ポイントゲッターズのらじお」にゲスト出演して頂いた第一声。

ラジオでの収録。隣にはパーソナリティの海口彦太選手。とても仲の良い二人の話は軽快。

町人が大体知り合いだという小さな町でのヒーローである那生選手は、幼い頃からとにかく体を動かすのが大好きな少年だった。

でも意外なことに、サッカーは土日だけ。あとは缶蹴りなどの遊び、ミニバス、陸上、テニス、野球、おじいちゃんとは体操、相撲などをしていた。

中学に上がった時には、大好きなバスケとサッカーの間でどちらを真剣にやるか揺らぎ、選んだのがサッカーだった。その理由も那生選手らしい。

「サッカーの方が難しかったから」

そして、JFLに所属する鈴鹿ポイントゲッターズで今プレーし続けられるのも、「今なおサッカーが難しいと感じている」からなのだという。

中学では背番号10番のキャプテンとして大活躍だったが、一転、高校は180名を超える部員の中で最下位である5軍からのスタート。しかし、彼の心は折れなかった。

チームで上手な子と仲良くなって、1対1の自主練を続けた。門限を破ることも多く、夜遅くまでボールを蹴り続けた。その上手い子に100回挑戦して100回ボールが取れず、悔しくてもあきらめなかった。

中学時代に陸上部の顧問の先生からスカウトされたほどの自慢の足で、走って、走って、足では1番を取ろうと頑張った。練習では人一倍声も出した。

そんな彼の姿を監督たちはちゃんと見ていた。

一年生の中で16人に選ばれ、2年生では試合に出られるようになった。影の努力は裏切らないものである!しかし、順調には進まなかった。

ケガである。右ひじ骨折、足首骨折。5か月間の間、サッカーが出来なくなってしまったのだ。

失意の中、彼を救ってくれたのは、本田圭佑のこの言葉だった。

「挫折は過程。最後に成功すれば、挫折は過程に変わる」

この言葉を胸に、練習に参加出来ない那生選手が、こつこつと筋トレをする傍ら、別の視点を得たのも大きな収穫だったという。それは「監督の気持ち」と「外から見えるもの」。この別の視点から、自分のことを客観的に見ることが出来、普通の人以上にリハビリに励めたのだろう。

ケガから復活した彼は、サッカーが出来る喜びを噛みしめて益々練習に打ち込んだ。しかし、新チームとして3年生の合宿、なんと1学年下の後輩にポジションを奪われてしまったのだ。

そこでもクサラナイのが那生選手の凄いところ。新しく自分の照準をヘディングに合わせ、見事!大切な場面でヘディングを決め、監督の評価を勝ち取る。

そして、県大会の2回戦。が、しかし、ここでまた難関。

左ひじの骨折である。

もう出られないのを覚悟していた彼に、試合前日、監督がかけた一言、「やるだろ?」

那生選手は高校最後の試合、骨を折ったまま出場した。

とても美味しいランチを津市 Bais にて

大学のサッカー部に入った彼は、中学とは比較にならないくらいのショックを受けていた。220人を超える部員で、7軍からのスタートとなったのだ。

そこでもクサラナイ那生選手。毎日、自主練を積んでいた。

そして、ある練習試合の後、チームメイトたちは疲れて帰宅していった中、彼は一人自主練に励んでいた。そこをたまたま訪れたのが、Bチームの監督だった。那生選手が一人黙々と練習している姿を見た監督。それがきっかけになり、試合に出られるまでになっていったのだ。

そんな那生選手がひたすら行っていること。

それは「100%やること」

自分は下手だから。自分よりも上手い人はいる。でも100%頑張ることは負けない。

上手いだけのサッカーでは勝てない。サッカー選手として、「自分の役割」を把握しないと「生きていけない」のだ。泥臭くてもいい。80%じゃ上手い人に追いつけない。今日一日後悔したくないから、100%出し切る。

そんな那生選手の強さの秘密は、一人で育て上げてくれたお母さんの存在があるのかもしれない。

中学、高校、大学と、進路にぶつかると、いつもお母さんと揉めたという。それでも最後には、サッカーに向き合う彼の背中を全力で応援してくれた。

「その選択はキツイってわかってるよね。社会人だから自分で決めなさい」

大学卒業後、サッカーを続ける選択を告げたとき、母はいつものようには反対せず、そう言って、ただただ彼の決断を応援してくれた。

「一番近くで応援してくれている。」

鈴鹿ポイントゲッターズでの初ゴールは、母の日だった。一番応援してくれている母へ、「母の日ゴール」をプレゼント出来た、と嬉しそうに語ってくれた。

距離は遠くに居ながらも、いつも心は一番近く見ていてくれる母の存在が、那生選手を励まし、100%の力を出せている源なのではないかと私は感じた。

これからもきっと那生選手は魅せてくれる。

彼の夢は叶い、日本代表としてボールを操る姿を。

最後に彼の言葉で締めたいと思う。

「100%やるのは、今の立ち位置を与えてくれた人たちへの恩返し。未来の自分のために、一番若い今日の自分が100%出し切る」

明るくて人を喜ばせることが大好きな彼のサービスショット

鈴鹿ポイントゲッターズHP:https://suzuka-un.co.jp/

 

自転車でダブルリバークルーズ体験〜その2

以前この様な投稿をしました。

無料でリバークルーズを楽しめる場所を発見

この時は予定では桑名を通る大きな川の渡し船を全部いっぺんに体験しようと計画。
が、実際は前日の増水で船着き場まで行って乗船出来なかったので再挑戦。

背割り堤防

いつもの様に背割り堤防を気持ち良くサイクリング。

愛知県営西中野渡船場

今回前回と違うのが係の人が待機している小屋がある方では無く、逆側の方から合図を送って迎えに来てもらって乗船に挑戦。まずは愛知県営西中野渡船場に到着。

前回来てたのでこの場所が分かったけど、初めてだと気が付かないでスルーしそうな場所。

旗揚げる 旗揚げる

こちら側からは係の人が本当にいるか分からないけど、前回チェック済みのこの旗をグリグリ回して揚げてみる。

旗

この状態で対岸から本当に確認してくれるのかな〜?

今の時代だったら誰でももっているケータイの番号を書いて連絡頂戴で5G通信で済むのに、あえてこの古典的な通信手段で連絡を取り合うなんて本当に楽しい!

小屋

しばらく旗を揚げて変化が無く本当に来てくれるのかな〜と不安になる。

送迎船

 渡し船きた!

本当に迎えに来てくれました。

船 船

一度乗船しているのでここからは安心してと。

船から見るとあんなに小さな旗をよく確認してくれたものだと。

安全第一

もちろん救命具を付けて乗船して安心。前回同様自転車も人間も無料で渡し船に乗せてもらえて10分ほどの船旅体験。

見返す

向こう岸から自転車と一緒に無事上陸完了。

橋建設

この渡し船の近くに今建設中の大型の橋が段々完成に近づいてます。これが出来上がるとこの渡し船ももうなくなってしまうのが寂しい。

モーニング

今回も自転車で走っての目的地は一宮モーニング!

略してイチモ!

私が注文したのがアイスコーヒー。そしてモーニングでサービスで付いてきたのが、小倉トーストハーフ・焼きそば・サラダ・茶碗蒸し・グレープフルーツという丁度運動してからの小腹を満たすいい量。

 

これで何と!珈琲代の300円で頂けるというので驚き!

更に珈琲チケットを買うと254円でこれを頂けるのだからイチモの凄さ。

小紅の渡し

お腹も膨れたところで、前回乗れなかった小紅の渡しに到着。こちらも小屋のない方からお迎え乗船に挑戦。

呼び鈴

小紅の渡しの連絡手段はデジタル通信のインターホンで伝送されるみたい。

待つ

しばらく待つと小屋から人の気配が

小紅

小紅チャンが階段を降りて来てくれた!

小紅

やったー!
小紅ちゃん一人でお迎えに来てくれました!

船の操作も一人で上手に接岸。

無事乗船

こちらも救命胴着を着けて自転車と一緒に無事乗船させてもらえました。もちろんこちらも無料でリバークルーズ。しばし船旅を楽しむ。

接岸

そしてこちらの渡し船も無事接岸。どうもありがとうございました。

map

今回のサイクリングコースはこんな感じ。

そして小紅ちゃんから伺った渡し船情報。
どうも豊橋にも同じように渡し船があるみたい。調べたら「牛川の渡し」と言う場所。桑名からの距離を調べると片道100km。往復だと200kmか〜。

自転車で走っていくのはちょっとヘビーなので悩みます。

花火と君に込めた夏。

今年の2月ごろから、
ほぼ毎週のように僕の家に足繁く通ってくれている
一人のミュージシャンがいます。

平岡パイセン

彼の名は平岡孝紀。
伊勢在住のデザイナー兼ミュージシャンであり、
実は僕の出身校でもある皇學館高校の大先輩。
ミュージシャンとしては、
三重県民には馴染の深いスーパーマーケット、
ぎゅーとらのテーマソングを歌っていた過去もあるので
いわゆる僕と同じ、
ローカルミュージシャンとしても先輩です。

平岡さん作のご当地LINEスタンプ。実はバズってるそうです

そんな大先輩が、先輩風を一切吹かせる事もなく、
僕みたいなどうしようもない後輩の家に、
かれこれ半年近く来続けてくれるには理由があり。
普段、彼は自身がフロントマンを務めているバンド
CLYDESDALEとして活動しているのですが、
平岡さん以外のメンバーが愛知県名古屋市在住という
都市部と地方を自由に行き来できないこのご時世柄、
音楽活動にも制限ができてしまっているのは
もはや世界中のミュージシャンあるあるだと思います。

そんな折に、ご自身の娘さんの
幼稚園の卒業式のテーマソングを作るという、まるで
ミュージシャンパパの鏡みたいな事をしたいから
協力してほしいという話をもらったのが、
確かこの2月の半ば頃。
この時は時間もなかったので、
短期集中型で作品を吐き出し
幼稚園の卒業式に間にあわせることができました。

そこから偶然も重なり、立て続けに3曲、
平岡さんの楽曲のボーカル録音、
そしてMixからマスタリングまでを担当してました。
ちなみにまだあと1曲作っている最中なので、
全部出来上がってません、
月末入稿目指しているのですが、
必要な楽曲データがまだ手元に来てないので
内心ヒヤヒヤしてます(笑)

毎週のようにこの光景を見てます

今回、記事にしたいと思うに至ったのは、
先日世に送ったばかりの3曲目。
「花火と君」というナンバーについて。
去年から、日本はおろか、世界中から”普段”が消え
ここ日本でも、風情にあふれた四季折々のイベント、
お祭などが姿を消しました。
僕たちの住んでるここ伊勢もそう。
伊勢まつりや河崎天王祭、高柳の夜店。
そして、宮川の神宮奉納花火大会など、
伊勢の風物詩もなりを潜めています。
さみしい限りです。
その気持ちを少しでも紛らわせたいと、
歌詞や曲の世界観の中に、
ありったけの”日本の夏”を投じた本曲。
そして作った楽曲を、仕事が激減してしまった
花火師へ還元したいという強い思い。
去年、僕は同じような思いを持って曲を作り
ライブハウス支援という大義を勝手に抱え
日本全国のお世話になっている
ライブハウスへ支援金を送って回りました。
なので今回のアクションは
僕なりに共感するものがあり
微力ながら力になりたいと思いました。

伊勢市長さんへもギター片手に凸ってらっしゃいました。

そして偶然、
僕の仲間たちも平岡さんの制作サイドについていました。
題字には松阪の書道家、伊藤潤一。
花火のジャケット写真はOTONAMIEでもおなじみ、
僕と同じくUstreetから、井村のよっちゃん。
PVは僕の幼馴染、カメラマンの古市真崇。
キャストも仲のいい友達。
曲中の尺八は全国行脚の相方である竹内洋司。
お手伝いにも芸大の同期okayu effectsが
参加してくれたりと、
僕からしたら安心かつ気心知れたメンバーが
いつのまにか平岡さんの脇を固めてくれていました。
いやー、心強いもの。

PV撮影時。伊勢の辻傳花火さんも加わってくれてます

そして個人的に嬉しかったのが、
彼のバンドCLYDESDALEのメンバーも
制作に多大な貢献をしてくれたということ。

CLYDESDALE

音ネタは基本的にバンドメンバーが作ってくれました。
際して、曲の方向性や技術的な相談などを、
伊勢と名古屋をリモートで結び
未だ直接会ったことのないミュージシャンと
毎晩のようにディスカッションを重ねながら
じわじわと楽曲を作っていく。
僕のような田舎の自称ミュージシャンには
中々できない経験で非常に新鮮でした。
おかげですっかり寝不足の日々です。

あたし近撮。容姿だけはベテランエンジニアです

もちろん、
直接スタジオに集合して面と向かって相談しながら
楽曲を作っていったほうが遥かにやりやすいし、
時差もないので話も早いです。
僕の言葉を使って表現するなら、アナログ最強です。
ただ、それが難しい中で、デジタルの恩恵に甘え倒し、
いかにお互いがやりやすい方法を探って
もともと”見ず知らずの仲間”相手にお互いの好みや
バックグラウンドを理解しながら進めていくのも、
やったことない事に挑戦してる感が出ていて
楽しいものです。

メジャーであれインディーズであれ、
1曲を世に送る裏側には沢山の人の協力があります。
ミュージシャン本人の力自体は
実際とても微力なものだと僕は思ってます。
いろんな人の微力が集まって初めて作品は大成するもの。

今回できたこのウェーブは
平岡さんの人徳だからかなと思いますし、
彼の性格がこの曲にはっきり表れていると思います。
半年間、一緒に楽しみ、
時に苦しみ悩みながら作業を進めてきました。
本来なら、大変だった思い出を
適度に脳みそが美化してくれた上で、
いい思い出だと振り返りたいところですが、
これはまだ終わってない話だし
この夢からはもう少し醒めたくないので、
逆に、中途半端なところで、
一旦この話からはおいとましようと思います。

写真撮られるのは苦手だそうでです笑

よろしければ、
この続きは是非耳で体感してやってください。
同じ伊勢志摩のミュージシャンとして応援してます。
・・・平岡さん高校の先輩やし、一通り終わったら
いきなり後輩風でも吹かせまくって
焼肉にでも連れていってもらおう⭐︎

平岡孝紀
“花火と君” DLサイト↓
https://linkco.re/NCg27R0v

各SNSはこちら↓
https://linktr.ee/hiraokatakanori

☆おまけ☆
伊勢弁LINEスタンプ(てるざえもん
https://line.me/S/sticker/1074443?lang=ja&ref=lsh_stickerDetail

世界が評価をする映画監督「小津安二郎」が育った町、 三重県松阪市でルーツと魅力を辿る歴史観光の旅。

山田洋次、是枝裕和、北野武、宮崎駿、庵野秀明、そして黒澤明。日本を代表する映画監督だ。2018年に是枝裕和監督は「万引き家族」でカンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞という最高賞を受賞。また世界の人々を魅了し続けた数々のスタジオジブリ作品は宮崎駿監督によって生まれた。そして私たちは2021年、庵野秀明監督が手がける「全てのエヴァンゲリオン」とさよならをした。「男はつらいよ」の山田洋次監督や北野武監督の数々の名作は語ればキリがない。そして「世界のクロサワ」と呼ばれる黒澤明監督は世界でも評価される日本の映画監督であろう。

しかし今回紹介するのは上記の監督ではない。皆様は世界の映画監督たちが、もっとも高い評価をした日本人映画監督がいるのをご存知だろうか。そう、小津安二郎監督だ。

もちろん熟知している映画ファンもいれば、「小津安二郎」の名前だけは耳にしたことがあるという人もいると思う。2012年に英国映画協会により行われた「世界の映画監督358人の投票」で最も優れた作品として選ばれたのが、小津監督の映画作品「東京物語」。この映画の評価がどれだけ凄いものなのかは、下位の作品を見れば一目瞭然。「2001年宇宙の旅」、「市民ケーン」、「タクシードライバー」、「ゴッドファーザー」、「めまい」等、世界の名作より評価が高い。そして現代の映画やドラマの多くに、小津作品のなかに見られるローアングルなどの撮影手法「小津調」をオマージュした作品があることは映画好きの間では常識となっている。

 

人と町、普遍的な日常。

▲(映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より)

東京の深川で生まれた小津安二郎は9歳の時、父の故郷である三重県松阪市に移住。江戸時代から松阪市には小津姓を名乗る商人が多く、小津安二郎の家系は小津三家と呼ばれる名家のうちのひとつ「与右衛門家」の分家として問屋を営んでいた。9歳から映画の道を歩むため再び東京に上京するまでの10年間、小津安二郎は多感な10代を松阪で過ごした。

近鉄とJRが走る松阪駅周辺には小津安二郎が暮らした痕跡などが今でも残っていることから、「小津安二郎ゆかりの地」としてファンから愛されている。

余談だが、私は暇を持て余していた学生時代、数多くある世界の映画作品をレンタルビデオ店で漁っては観ていて、小津作品と出会い、ファンになったひとり。小津作品を観たことがない人に「魅力は何ですか?」と質問されると、私はすぐに回答できない。小津安二郎が監督になった当時は、白黒の映画どころかサイレント映画が主流の時代。従って小津作品の魅力を話すとなると、日本だけでなく世界の映画史から振り返る必要があるので、今回は主観と考察を交えて、その魅力をお伝えしたい。

小津監督の代表作「東京物語」で描かれるのは「家族の日常」だ。起承転結を求められる現代映画は非日常のストーリーを描くことも多く、伏線を散りばめて観客を映画に夢中にさせるような技術が用いられることが多い。しかし「東京物語」は、誰もが生きる上で経験をするような「日常」が描かれていて、小津監督を知らない人が「東京物語」を観た時に驚きや号泣するようなポイントがあるわけではなく、キャッチーなアクシデントが起きるわけでもない。したがって小津作品の何が特別で、世界に評価されているのかを理解できないということも十分に有り得る。

私は「普遍性」というテーマ設定が小津作品の魅力のひとつだと感じている。そしてメガ観光地ではなく、オフィスビル群が立ち並ぶわけでもなく、しかしながらどこか懐かしくレトロで、人々の営みや暮らしの体温を感じる松阪という町は、小津作品の魅力に通じる何かがあるような気がする。
小津安二郎はどんな人で、作品が現代に放つメッセージとは何なのだろう。いち映画好きのハシクレとして小津安二郎が育った松阪市を巡った。

 

小津監督のルーツを辿る「小津安二郎松阪記念館」

松阪駅から徒歩約15分。松坂城跡(松阪公園)内に、令和3年4月3日リニューアルオープンした「松阪市立歴史民俗資料館(2階 小津安二郎松阪記念館)」へ向かった。

小津作品の劇場看板やセットの模型など、小津ファンにとってたまらない展示品を見ながら建物2階の記念館への階段を上る。映画看板は、当時と同じように看板職人さんが再現したもの。

▲写真右下が小津安二郎少年

館内には小津監督が小学校の美術の授業で描いた絵や、生い立ちがわかる写真・資料が展示されている。

案内して下さったのは学芸員の岩岡太郎さん。

岩岡さん:小津監督が9歳から19歳まで松阪で暮らしていた当時、この建物は「飯南郡図書館」として利用されていて、小津監督も図書館に通っていたそうです。図書館で居眠りをしていたと日記にも残っているんですよ。

小津作品の特徴として撮影手法「小津調」が有名。その手法は独特で、スチール(写真)撮影のように決められた構図を固定カメラで撮影し、画面内に映る小物などの高さなどにも、とてもこだわる。
私は勝手に「そんな小津監督の少年時代はきっと真面目で几帳面な性格なのではないだろうか」と想像をしていたが、資料によると明るく元気で活発な子ども時代を送っていたと岩岡さんに教えてもらった。

▲小津監督作品「お茶漬の味」のシナリオ台本など
▲小津監督作品「生れてはみたけれど」のワンシーンで使用された映写機の同型機

映画監督になってからの、シナリオ台本や映画内で使用されていた映写機の同型機など、貴重な物も展示している。

館内にはデジタルサイネージもあり、画面をタッチすると数多くの名言を残した小津監督の言葉がランダムに表示され、いつまでも読んでいたくなる。

岩岡さん:小津監督が暮らしていた当時の地図から、小津少年の暮らしと松阪がどのような町であったかイメージすることができます。

そんな話を聞き、地図にあるスポットをいくつか巡ることにした。まずは、スポットのひとつで、小津安二郎の日記にも登場する老舗菓子屋を訪ねた。

 

お伊勢参りと松阪の関係性

記念館から歩いて約8分。老舗和菓子屋の「柳屋奉善(やなぎやほうぜん)」。小津監督の日記に、こちらのお店で御菓子を購入したと記されている。

▲「柳屋に老伴(おいのとも)三箱注文して兄と別れて公園に行く」
(店内に展示)

私は以前に松阪を代表する銘菓「老伴」は、お伊勢参りの定番お土産だったと聞いたことがある。柳屋奉善の17代・岡久司会長にお話をうかがった。

▲岡久司会長

岡さん:「柳屋奉善」ができたのは440年以上前です。1575年に滋賀県日野町で、蒲生氏郷公よりお茶菓子製作の命を受けたと伝わっております。当時、安土城の建設準備中であった織田信長公(蒲生氏郷公の義父)に捧げるために「老伴」を作りました。

その後、蒲生氏郷公が松坂城を築城する際に、滋賀県の近江商人なども松阪に移り住み、町を作ったことが松阪誕生のルーツであり、町の成り立ちとともに「老伴」は今もある。

▲定番の味から今でははちみつや柑橘などを使った新作もある老伴

岡さん:「老伴」は、もなか生地のなかに羊羹が入っていて、全国的にもこのような組み合わせの御菓子は珍しいんですよ。当時の職人が、ハイカラなものを好んだ信長を喜ばせようという気持ちもあったのだと思います。あとお伊勢参りが盛んな時代、移動手段といえば徒歩で冷蔵保存の技術もなく、お土産は日持ちするものでないと旅の途中で傷んでしまう。伊勢の帰りに松阪に立ち寄り、日持ちしやすい「老伴」を多くの参拝者にお買い求めいただいたと記録が残されています。

当時の松阪はお伊勢参りの玄関口として旅人で賑わう宿場町。参拝者のなかには貧しい人もいたり、松阪で遊びすぎて資金が無くなった人などもいて、伊勢までの資金が足りなくなり、神域の入り口・松阪で伊勢神宮のお神札だけいただいて、帰路につく人もいたのだそう。その際にもお土産として「老伴」を買っていく慣わしがあったのだとか。

 

日本最初の厄除観音の霊場「岡寺山継松寺」

次のスポットは「岡寺山継松寺(おかでらさんけいしょうじ)」。こちらのお寺は「日本最初の厄除観音の霊場」で、奈良県にある「東大寺」建立が無事成功することを祈願するために建てられた歴史ある寺院。
聖武天皇が42歳の厄年に、岡寺山継松寺のご本尊「如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)」を宮中にお奉りし祈願した後に、当時、飯高郡石津郷(現在の松阪市石津町)にあった継松寺に再び安置したことから「厄除け観音」として名高い。(その後、継松寺は1617年に現在の松阪市中町に移されている。)

毎年3月には「初午大祭(はつうまたいさい)」が行われる。三重県内の仏教寺院の祭礼としては最大の初午大祭で、地元や全国から訪れる厄年の方々など、多くの参拝者で賑わう。

▲初午まつり「宝恵駕篭道中行列(ほえかごどうちゅうぎょうれつ)」の様子。
(写真:松阪市観光協会)

お寺の周辺にたくさんの露店が立ち並び、初午大祭本日に催される初午まつり「宝恵駕篭道中行列」は、地元の人にとって毎年楽しみの行事。小津少年も、友人や家族と一緒にお祭りを楽しんでいたのでは。

ご住職の柏木文雄さんにお話を聞かせていただいた。

柏木さん:松阪の町は、お伊勢参りが盛んであった江戸時代の賑わいほどではなくとも、第二次世界大戦の空襲を逃れたため、昔と変わらない風景も多く残っています。

▲初午で賑わう継松寺(昭和31年)
(映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より

蒲生氏郷公が松阪の町をつくる1588年よりも更に遡ること約800年以上前に石津に創建され、江戸時代に現在の中町に移され、それから現在に至るまで松阪市の成長を見てきた岡寺山継松寺。時代は移り変われど、変わらない風景。この界隈にはお寺が多く、そんな環境で育った小津少年にとって変わらないこと、つまり「普遍性」への意識というのは、幼いときから身に染みついていたのかも知れない。

 

愛宕山龍泉寺と映画館・神楽座

続いてマップにあった「愛宕山龍泉寺(あたごさんりゅうせんじ)」へ。

小津監督の日記には「夜、家に風呂なければ愛宕山のはたの温泉風呂に一人二銭」と記されており、日頃からよく訪れていたと思われる。

▲初愛宕大祭の様子
(映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より)

ここでは江戸時代から続く縁日「初愛宕大祭(はつあたごたいさい)」が行われ、1月に火除けの護摩、火渡り、愛宕市が開かれ多くの人で賑わう。

▲神楽座 (映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より)

昔は「愛宕山龍泉寺」の門前に賑わいがあり、寺のすぐ前に「神楽座(かぐらざ)」という映画館があった。映画館に足繁く通った小津少年は監督になった後「もし、この小屋がなかったら、僕は映画監督になってなかったと思うんですよ」と語っている。また、神楽座周辺の愛宕町にはもともと遊郭があり、お伊勢参りに向かう旅人で賑わった。

▲現在は飲食店などが立ち並ぶ

 

永遠に通じるもの。

松阪を巡り、私は小津監督のこの言葉を思い出していた。

小津安二郎:永遠に通じるものこそ、常に新しい。

小津監督が描いた日常。それがどれだけ尊いものなのか。そこには永遠の命ではない人がいて家族がいる。止まらない時間、変わり続ける時代がある。
つまり、日常には普遍性がないのだ。小津作品にはその時代の日常をフィルムを通じて美しく描かれている。それぞれの時代が持つ美しさは、時代が変わるからこそ価値がわかる「永遠に通じるもの」だと思う。そんな小津作品はこれからもきっと「常に新しい」存在であり続ける。

そして松阪で垣間見られる変わらない物や景色、レトロな町並み、暮らしを感じる空気には、意図的に作られた観光地にはない良さがあり、時を経てこそ美しく、その価値に気がつくのではないだろうか。
さて、私たちの生きる令和という時代は、思いがけないスタートとなった。人々の価値観が急速に変化し、モノよりコト・ココロを重視する時代への変化が加速したように思える。そんな時代にあなたも「永遠に通じるもの」を発明した小津監督が育った松阪で「常に新しい」なにかを見つけてみてはどうだろう。それはもしかしたら、散策を通じてあなた自身のなかにある何か大切なことに気がつくことで、日常という二度と戻らない一瞬に、愛おしさを覚えるきっかけになるのかも知れない。

 


 

松阪市立歴史民俗資料館(2階 小津安二郎松阪記念館)
住所:松阪市殿町1539
電話:0598-23-2381
ホームページ:https://matsusaka-info.jp/ozu/

柳屋奉善
住所:松阪市中町1877
フリーダイヤル:0120-51-0138
ホームページ:https://www.oinotomo.com/

岡寺山 継松寺
住所:松阪市中町1952
電話:0598-21-0965
ホームページ:https://www.okadera.com/

愛宕山 龍泉寺
住所:松阪市愛宕町1−4
電話:0598-21-2931

 


 

【タイアップ】
松阪市 観光交流課
松阪市殿町1340番地1
tel 0598-53-4196
松阪市サイト https://www.city.matsusaka.mie.jp
松阪市観光プロモーションサイト https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/kanko/
松阪市観光インフォメーションサイト https://matsusaka-info.jp/

遠くに行けないからこそ、日常を残そう。スマホで撮った写真展@伊勢

今この記事を読んでくれているあなた。

そう、そこのあなた。

この記事に興味を持っていただき、ありがとうございます。

今あなたは何のデバイスを使って読んでいますか?

パソコン?タブレット端末?スマートフォン?

きっと、大多数の方がスマートフォンで読んでくれてることと思います。

そのスマホのカメラロール、見てみてください。

圧倒的に食べ物が多い、私のカメラロール。

 

何が写ってましたか?

美味しかったごはん、綺麗な空や風景、花。

可愛いペットや趣味のあれこれ。

自撮り写真や、大切な家族の変な顔。

カメラロールに莫大に蓄積されていく写真たち。

見返すと子どもの成長を感じたり、あ、3年前と同じ服着てる!って思ったり。

ひょんな事から、そんな日常を切り撮った写真を展示する企画が立ち上がりました。

 

場所は伊勢市にある百五銀行河崎支店。

メンバーは写真好きな素人5名(かけだしカメラマン1名含)

「リアルスタグラム」と名付けられた今回の展示のルールは1つ。

「スマートフォン(いわゆるスマホ)で撮影した写真」

素人がスマホで撮影した写真ですから、少しでも味のある素敵な作品に見えるよう、通常の写真用の紙ではなく、伊勢和紙にプリントアウトすることに。

スマホのカメラロールの1枚が、誰かの心に響く1枚になる・・・かも?!

 

参加メンバーは

河崎の目立ちたがり屋、ミュージシャン ogurock

美味しいものとワインがあればこ機嫌、ソムリエ Kawai Reika

写真と音楽を三重の端っこ熊野から Shintani Sanae

伊勢和紙の営業広報、もう一つの顔は鉄ヲタ Nakagita Yoshiaki

蕎麦屋から写真の道へ、駆けだしたら止まらない Furuichi Masataka

寄せ集めなのに、本気で取り組む熱い5名。

 

 

この企画が立ち上がったのが、あと数日で8月という7月末。

写真の選定、プリント、会場の下見や展示をどのようにするかの相談。

資材探し、ポスターのデザインまで、急ピッチで進めでなんとか13日の設営に間に合わせることができました。

設営風景はこんな感じ。

ひたすら測って

 

ひたすら切って
ひたすら貼る!

 

 

OTONAMIE×百五銀行さんで発行したタブロイド版も発見!

たまたまですが「スマホ片手に三重を旅する」というこのタイトル

今回の企画展示にぴったりすぎて笑ってしまいました。

ちなみに、以前OTONAMIEで紹介した、百五銀行さんのスマホアプリの記事はこちら↓

https://otonamie.jp/?p=78463

 

話は逸れましたが・・

17時ギリギリになんとか設営完了!(銀行の皆様、ハラハラさせてすみません。)

和紙の質感、写真のカラーが映えるように黒のパネルに展示したので、

銀行窓口のいつもの景色がピリリと引き締まるような感じ。

 

大豐和紙工業さんのご協力により、伊勢和紙を使わせていただきました。

デジタルデータを和紙にプリントし、それをリアルなものとして未来へと残していく。

展示タイトルの「リアルスタグラム」の由来はここにあるそうです。

 

和紙は保存性も高くて丈夫、制作工程の上で必然的に粗面(ざらざらとした面)と滑面(ツルツルした面)ができます。

どちらの面にプリントするかでも、雰囲気は変わりますし、どんな大きさで残すかによって用途も変わります。

今回の展示のように大きめA3サイズ位でプリントするなら、絵画のように自宅の玄関やリビングに飾るのはどうでしょう。

コンパクトなハガキサイズにプリントしたなら、そのまま季節の切手なんか貼り付けてたまには手書きのメッセージを友達や離れた家族に送っても。

ハガキサイズならお家のプリンターでも簡単に!

伊勢和紙館にて、ハガキ含め色々なサイズの伊勢和紙、販売されてます。

大きめプリントアウトしたい時は是非相談してください!と中北さん。

以前伊勢和紙館に見に行った展示。和紙から漏れる光が素敵でした。

 

毎日何気なくカメラロールに増えていく写真たち。

なかなか窮屈な日々が続いてはいますが、

毎日の生活の中で気に入った1枚をプリントアウトして残して見るのはいかがでしょうか?

名張初のコワーキングスペース、akeruto は新しい扉を開くのか !?

7月11日、名張市に初のコワーキングスペースが誕生しました。名前のakeruto(アケルト)は、「扉を開ける」「幕を開ける」「夜が明ける」「隙間を空ける」というイメージから。場所は名張駅から徒歩10分、イオン名張店の向かいにある元銀行、現在は新聞配達店、株式会社アサネットワークの2階にあります。

フリースペース、個別ブース、大小会議室、リモートルーム(電話やWEB会議可)があり、さまざまな使い方ができます。非会員のドロップイン利用も可能、会員限定のオプションで住所利用、専用ポスト、登記もできます。サテライトオフィスや、まだ事務所をかまえるには不安かも……という新規創業者にもおススメです。

1階で受付けをすませて2階に上がると、セキュリティードアの向こうにakerutoのロゴが見えます。中に入ると木を基調にしたスタイリッシュな内装に、床や白い壁に書かれた場所を示すサインがこれから冒険するRPGみたいで、なにやらワクワクします。ちょっとした別世界に入り込んだ感じ。

フリースペースは12人がけの大テーブル(各席で電源利用可能)と丸テーブル、ベンチ席があり、自分の好きなエリアで仕事や勉強ができます。明るくオープンな雰囲気なので、私なら好きな音楽をヘッドフォンで聴きながら仕事をしたいな。

個別ブースのテーブルは電動で簡単に高さを調節できる大きめのテーブルが設置されていて、使い勝手がよさそう。集中できます。

外部とのWEB会議や電話での打ち合わせが必要なときは、会員ならリモートルームが使えます。

 名張に戻ってきて1年半、ン十年も名張を離れていたので、よそ者目線でこの町を見てきました。この地に足りないものってなんだろうと考えると、いちばんは「おもしろい人が集まっている場所がない」ということ。町のふれあいセンター的なところは各地域にあるのですが、年齢や業種を超えて集まれる場所がないのです。どこかにいるはずのおもしろそうな人たちと、なかなか会うことができない。

セミナーが開催できる大きな会議室もあるし、第二期には、キッチンスペースの設置なども計画しているとか。そうすれば、さらにいろいろな機会が広がりそうです。

そんな名張にできたakeruto、なにやら新しい扉が開く予感がします。ただし、扉を開けたあとの世界は自分たちでつくらねば。

以前は人の生活に欠かせないお金や仕事人が集まる銀行があった場所、今は新しい情報を各家庭に届ける新聞配達店。その2階に、新たな創造の場所が生まれたのは因縁かもしれません。

akeruto

〒518-0724 三重県名張市木屋町1386-5吉岡ビル2F

0595-28-0844

伝統×革新=進化 大徳屋長久 時代は16代目竹口久嗣を売る

「あなたの好きな和菓子職人を1人あげてください。」

そう言われて、名前を挙げられる方がどれだけいるでしょう?

もしかすると、パティシエやショコラティエなら名前が浮かぶ人の方が多いかもしれません。そして、大好きなケーキ屋さんを思い浮かべるよりも、美味しい和菓子屋さんの名を挙げる方が難しい人が多いのではないでしょうか?

「このままでは和菓子界が廃れていってしまう。」

そんな危機感を持って、次々と和菓子の世界に嵐を巻き起こしている和菓子職人をご紹介します。今回は👇のようなスキームとなっております。

この記事を読むこの和菓子が食べたくなる大徳屋長久さんへ行く食べる大好きな和菓子職人の名前が言えるようになる

その職人の名前は、竹口久嗣。300年の歴史を持つ老舗和菓子屋 小原木本舗 大徳屋長久の16代目

 

竹口さんとお話していてずっと感じていたのは「違和感」でした。

今って和菓子職人と話しているのだったっけ?と疑問に思うほど話が多岐にわたっていて、とにかくめちゃくちゃ面白い方なのです。

新型コロナの影響で客足が途絶えていた頃、新しく売り出したのは、「さわってつくってたべる絵本」です。親子で絵本の登場人物になって、練りきりを作ってたべることの出来る体験絵本で、ステイホーム期間中には特に多くのメディアで紹介され、注文が殺到しました。

https://www.tabehon.jp/

代替わりしてから10年。当初はここには書けないほど大変な会社の内情でした。良くも悪くも、和菓子の世界しか知らない両親が経営していた大徳屋長久は、倒産の危機にまで及んでいたといいます。

修行から大黒屋長久に戻ってきた竹口さんが、たまたま和菓子屋に生まれたからという、この長い歴史に胡坐をかくような経営をしなかったのは、この厳しい状況があったからこそと言えるでしょう。そして否応なく戦いの道に進んだのです。

竹口さんが挑戦してきたことが、すべて成功したわけではありません。例えば、新しい和菓子を毎月発表したけれど失敗。海外に和菓子を輸出したけれど頓挫。昔からの商品を新しくしようとして失敗。

でも竹口さんは、それを失敗とは捉えていないのです。

成功へと一歩近づいただけのこと。過去はどうでも良く、目的地は次々と現れ、到着しても満足しない竹口さんの目は、常に前へ前へ向いているのです。

もちろん当初は、竹口さんのやり方に会社の内外からの反発もありました。社員が辞めていったり、同業者から嫌味を言われた時期もあったといいます。

しかし、地元の和菓子屋さん、としてだけでなく、「竹口久嗣」という「個」として認知してもらうことで、「伝統」×革新=進化 を戦略的に加速させている姿は、和菓子職人でありながら、経営者としての視座が高く、今では三重県だけでなく、全国から認知されています。

「体が足りない」、とこぼしながらも、面白いことを思いつくと、すぐに取り掛かり、多くのプロジェクトは同時進行。

最近では、大阪にフルーツ大福専門店「果実ノ華」の監修オープンをさせたり、オンライン和菓子教室の開催、YouTubeチャンネル「和菓子人 竹口久嗣 遊菓」では経営者としての顔も見せています。このように挑戦し続けているからこそ、新型コロナ禍においても、業績は上がり続けているのです。

私が大好きな大福と言えばこれ!

「ふわふわ大福」

これを一口入れると、「なんじゃこりゃー!」とみんなが驚くので、その顔が見たくて、私はお土産に配っています。それはそれは柔らかく、溶けてしまうような、飲めてしまえるような、思わず目を見開いてしまうような食感なのです。

「It Wakashi いとをかし」 というサブブランドでは、この飲める大福が通販で購入出来るので、遠方の方にはこれを送っています。

これを書いていましたら、また無性に食べたくなってしまいました...罪な大福。

 

鈴鹿名物 かりんとう饅頭もめちゃくちゃ美味しい

多くの新しい商品やサブブランドを開発していく一方で、竹口さんが手を一切加えなかったというのが、鈴鹿銘菓「小原木」

もちっとした生地が美味しい小原木

竹口さんが製造過程で出た不良品などを口にする機会に、「今でもウマイと思える」小原木は製法や配合を一切変えておらず、完成されすぎていて変えるところがないんだそうです。

私も先日、大阪の友人に小原木を渡したところ、めちゃくちゃ喜ばれて鼻が高くなりました。

 

贈り物は何でもいいわけではなく、相手が喜んでもらえるもの、自分が自信を持ってお勧めできるものを贈らないと意味がないと思います。

 

竹口さんに伺って感動したのが、お客さんがお店で買った後、大切な人に渡すまでをイメージして、商品や箱詰めに至るまでも妥協をしていないのだそうです。お渡しした和菓子でお客さんの顔を潰すことになってはいけない、という想いなのです。

そういう点でも、本当に信頼できる贈答品として、一切妥協していない和菓子に出会えたのは幸運だったと思います。

本店は近鉄白子駅から徒歩7分

私が幼いころ、祖父母の住んでいた熊本に帰省した際、母や祖母がおはぎをたくさん作ってくれました。台所で作りたてのおはぎをつまみ食いした私と弟。

「4月にはお花見団子、5月になれば、柏餅、夏が来たら水まんじゅう、季節ごとの和菓子をみんなで食べる。そんな景色が見られなくなっているのかもしれない」と言う竹口さんと話していると、その昔の情景が思い起こされてきました。

それなのに、和菓子に固執していないところも驚かされます。竹口さんが提供したいものは、「自分が美味しいと思う菓子」なのだと。

だからこそ他と違うものを作り、値段を下げるよりも、より価値を上げることで、お客さまに感動を与えられるお菓子にしようと様々な挑戦を続けているのです。

竹口久嗣 Instagram:https://www.instagram.com/hisatsugu_take/

大徳屋長久 Instagram:https://instagram.com/chokyu1716?utm_medium=copy_link

大徳屋長久 HP:http://oharagi.com/

大徳屋長久 本店

510-0243 三重県鈴鹿市白子1丁目 6-26

TEL059-386-0048  FAX059-386-6983 

営業時間:8:0017:00 (定休日:水曜日)

 

・広瀬店 TEL:059-367-7015

・イオンモール鈴鹿店 TEL:059-375-0713

・イオンモール津南店 TEL:059-253-8712

・F☆マート稲生サーキット通り店 TEL:059-368-2668

「釣れた魚と、いつか釣るタコ」連載エッセイ【ハロー三重県】第27回

ついに釣れた。

去年の10月頃、釣りに行きたいと長男(当時6歳)が言い出して、心を整えてようやく重い腰を上げたのが今年の2月。
真冬は釣れないという前情報がひとつもない中、「釣れないねぇ」と時間を持て余し、空っぽのクーラーボックスを片手に帰宅した。
ライフジャケットまで買ったのに。

*

春になれば釣れる、という言葉を頼りに春を待った。

いよいよ5月。心を整えているうちに春が終わりかけ、早い梅雨が忍び寄っていた。危ない危ない、と慌てて釣り竿を引っ提げて、いざ。

今回行ったのは、コウカンと呼ばれる場所。

前回、真冬の釣りで鈴鹿市の白子海岸へ行った際、となりにいた釣り客の方に北上して来た旨をお話したら、動くなら南へ動かないと、と言われたのだった。
三重県に関しては南へ行くほど魚が豊かになるらしく、釣りをするなら南へ行け、ということらしかった。
住まいを伝えると、

「やったらコウカンがあるやん。コウカンはよう釣れるぞ」

と、釣り客。

「コウカンだって」

と夫に伝えると、夫は「ああ、日本鋼管か。吉田君(仮名)もそういえば言うとった」と職場の釣りが好きな同僚の名前をあげた。

ならば春の釣りは日本鋼管へ、と決めていたのだった。

*

前回、季節のせいもあったとはいえ、ほんとうになんにも釣れなくて、少々やるせない帰路だったのだ。
いくら春になって、釣れるよと言われたって、万が一ということがある。やるせない帰り道をうっかり再放送するのは嫌だ。張り切った私たちは、今回はサビキというのに挑戦した。
サビキというのは、細かい海老がぎゅっと離乳食みたいにまとまった餌を釣り糸の先に付けた小さいかごに入れて釣るという方法。
海の中でふわーっと広がった小さな海老たちに小魚たちが寄ってきて、釣れるという仕組みらしい。
これが非常によく釣れる、と夫がくだんの吉田君から教わってきたのだ。

サビキ用の餌を小さなかごに入れるのは釣り針に餌をつけるよりうんと容易く、小さな子どもでも簡単にできる。サビキは洗濯用洗剤の詰め替えのようなパッケージにおさまっていて、パッケージを逆さにしてぎゅっと握ればよいのだ。非常にストレスフリー。

えいと釣り糸を垂らして、待つこと少し、さっそく釣れた。
2匹もくっついていた。
前回のすっからかんを経験しているので、この時点で満足度は500点くらい。もう、思い残すことはないよ、という気持ち。
けれど、餌はまだまだあるのだから釣りは続く。
餌を入れては垂らし、釣れたり釣れなかったりを延々と繰り返し、釣れる喜びにいちいち歓声をあげて、そのうちゆっくりと日が暮れた。

水を張ったスチロール箱を覗くと全部で15匹ほど。これが多いのか少ないのか分からないけれど、前回がすっからかんだったので、我々としては紛れもない大漁そのものだった。

帰ろうか、という段になって、どこからかやってきた釣り客の方が「釣れましたか」と声をかけてくれた。
とても誇らしい気持ちで、スチロール箱の蓋を開けて中を見せると、ああ、これは小アジで、これは小サバね、と教えてくれた。
どうやって食べましょう、と訊ねると「唐揚げにしたらいいよ」とのことだった。

*

帰宅して、張り切って魚を料理しようと試みるのだが、我が家には猫が一匹いて、この猫が、ものすごい剣幕で魚を欲しがった。
日頃から魚を調理する際には周囲をうろうろしているけれど、この日は特にすごかった。もしかして鮮度を感知できるんだろうか。
あいにく早々に下味をつけてしまったので、分け与えることができず申し訳ないことだった。
子どもたちに猫の相手をしてもらっているうちにどうにか、下ごしらえが完了。あとは揚げるだけ。

小さなお魚たちばかりだったので、三枚におろすなんて到底無理で、少し大きめの小アジの頭とお腹は取ったものの、中骨や小骨はもちろんそのままだ。大人たちは当然それで問題ない。
しかし、子どもたちは食べるかしら、とずっと訝っていた。
魚を出せばすぐに「骨が」と言い出すのが常だから、いくら自分たちで釣ったお魚だからって、結局大人ふたりで平らげました、となるのかもしれない、と思った。
ほんの15匹程度だから、それもそれなんだけど。でもせっかく釣ったんだから、お腹に入ってこそじゃない?と思ったりもするわけで。

*

釣り客に教わった通り、唐揚げにした。
粉をまぶして、からっと揚げて、気が急く子どもたちが騒がしいので揚げ物バットのまま食卓へ。
さっきまで釣り針の先にぶら下がって跳ねていた魚たちが、料理になった。芳ばしくていい香り。
子どもたちが歓声とともに飛びついて、いきおいよく魚にかぶりついた。
ほ、ほ、骨がありますからね、とハラハラしたのは私だけで、ほとんど興奮状状態みたいな子どもたちはきゃあきゃあと噛んで、そして飲んだ。嚥下した。
取り合うみたいにあっという間に15匹の魚たちはなくなって、私のお口に入ったのは長女が取り置いてくれてあった1匹だけだった。

実を言うと、私は釣りに行って帰っただけでそこそこ疲れ果てていて、帰宅後、猫をいなしながら魚をさばくという緊張感ですべての力を使い果たしてしまい、肝心の魚を食べる意欲がまったくのゼロだったのだ。

それを心やさしい長女が「ママも1匹だけでいいから食べな?」と言って残して置いてくれて、それをどうにか口へ押し込んだ。

その1匹の魚が、目も覚めるようなおいしさだった。

これが鮮度か、と開眼した。

新鮮なお魚は当然おいしいくて、子どもたちも小骨がどうとか小言ひとつ言わなかった。もっと食べたいと騒がしいほどだった。

これはあれだ、食育。自分たちで釣ったお魚をおいしく食べて、お魚のおいしさに開眼するという流れ。食育の本に書いてありそうなほど鮮やかな展開に感動した。もう二度と食育に関するありがたい文言を見ても、「そんなうまい話あるか」と思ったりしない。

*

すっかりをよくした我々は、早くまた釣りに行きたいとそわそわしている。なのに、この長梅雨でどうしてなかなか叶わない。
吉田君にまたまたあれこれ教わってきた夫は「そのうちタコも釣れる」と気が大きくなっている。子どもたちもすっかり真に受けて「タコ釣りたいね!」と張り切っている。

タコは処理が大変そうなのでできればリリース願いたいところだけど、また釣りには行きたいと思っている。

無料でリバークルーズを楽しめる場所を発見

リバークルーズ

段々暑くなってきて走るのがつらい時期になってきたので、河っペリを風を切ってバイクで走るのが気持ちいい。

車が怖いのと信号につかまるのがイヤなので、木曽三川沿いの堤防が私の大好きなコース。特に背割堤は車が進入禁止なので安心してかっ飛ばせるので大好きなコース。

背割堤

ただ走るだけではつまらないのでいつも目的地を決めて走りに行くのですが、最近は一宮のモーニングを目指して自転車で走るのが大好き。

国営木曽三川公園 138タワーパーク

 

国営木曽 三川公園 138 タワーパークに寄って目的地のモーニングに。

ランチ

モーニングの予定がランチの時間に。でもボリュームがあるので頑張って自転車こいできたのでエネルギー補充。

お腹もいっぱいになって木曽川を下っていくと気になる小屋を発見。

愛知県営西中野渡船場

愛知県営西中野渡船場って施設。ここはよく自転車で通る場所で渡し船を昔にやってた跡地かと思ってました。でも今回は時間が早かったので中に人がいる気配が。ダメ元で聞いてみたら渡し船をやってるそうで乗せてくれるって。

乗船

乗り物に自転車を乗せるときは別料金が掛かったり拒否されたりするけど、ココはこのままでOK!乗船料も無料!自転車ももちろん無料で乗せてくれました。

船頭さん 船頭さん

船頭さん2名によるしばしリバークルーズを楽しむ。

渡し船という事で逆側から乗りたいときはどうするんだろうと疑問が。

目印の旗

対岸の所にあるこの旗を時間になったら上げておけば船頭さんが見てお迎えに来てくれる見たい。

ネットで調べたらこの渡し船も近くに橋が出来る関係でもうすぐなくなってしまうみたいなので又利用してみたいなと。

桑名には七里の渡という超メジャーな?観光スポットがあるのに一度もここから渡し船を乗ったことが無い。でも一宮の西中野渡船場ってよく令和の時代でも無料でわたしてくれてすごい!

 

もしかしてこんな渡し船が木曽三川に他にもあるのではと調べてみたら長良川にもあった!小紅の渡しと言って岐阜市にありました!

で早速別の日に又自転車で出発!

サイクリング

前の日まで雨。そしてこの日も雨の予報だったけどいい天気で気持ち良くサイクリング。

小紅の渡し

小紅の渡し到着!

ここも堤防沿いにぽつんとあやしい小屋が。

小紅の渡し

小紅の渡しと書いてあってバッチリ。そして中に人がいるので今回もガラガラと扉を開けて渡し船のお願いを。

前回は男性2名の船頭さんだったのに、今回は女性の船頭さん。wikiで事前に調べていったので、小紅の渡しの名前の由来が「昔、お紅という名の女性の船頭がいた」となってたので、これが噂のお紅さんかと。

赤旗

お紅さんに渡し船のお願いをしたら、今日は川の増水で欠航ですと。このように増水時は赤旗でお知らせをしているそうで。アーー残念。

 

ダメ元で木曽川の方の西中野渡船場も逆側から乗せてもらおうと行ってみたのですが。

西中野渡船場

よく見えないですがこちらも赤旗で欠航になってました。

天気が良くっても前日までの雨によって増水で渡し船が令和の時代になってもだめなんだなーと。

又天気が良いときにリバークルーズをダブルで挑戦したいと思います!

 

まずは近場で初ワーケーションしてみた♨︎猪の倉温泉

犬のように働いて、ふとSNSをのぞくとタイムラインには楽しそうにワーケーション中の友人の写真。いや、ワーケーションというか海で楽しそうなアクティビティをしたり、お洒落BBQをしたりと遊んでいる写真だ。ワーケーションのワーク・・どこいった!と小さく突っ込む。
ワーケーションなんて、ワーケーションなんて・・。くそっ。

私はパソコンさえあれば、なんとかなる職種。でも働く環境を変えるのは、なんだか不安だ。本当に集中できるのだろうか。あ、あの紙資料がない、とかはならないか。そもそも遊びたい気持ちを自制心で押さえながら仕事をすることはできるのだろうか?

でも、うらやましい。
ワーケーションをしている友人が、うらやましいのです。

おしゃれ×いまどき=ワーケーション。つまり私のなかでイケてるわけです。
しかしイメージができない。41歳にもなったおじさん※が、おしゃれ空間で仕事に集中できるなんて。スキを見せないよう、逆に体力を使って疲れてしまうかも知れない。ワーケーションで何がしたいんだ?わたし・・。

※おじさんと書くと、私よりもっとオジサンの人から「お前はまだオジサンではない」と突っ込まれることがあるのでこういう場合、壮年という便利な単語があります。少年(14歳まで)、青年(24歳まで)、壮年(44歳まで)、中年(64歳まで)、高年(それ以上)by 日本漢字能力検定。私は、中年に近い壮年ということで、ここではおじさんと表記させてください。肩凝りとかエグいです。

おじさん×疲れやすい=癒されたい
これだ!温泉ワーケーション!もし会社にもどらなくてはいけなくなったらどうしよう。ということで、近場で温泉ワーケーションをやってみました。

 

 

温泉に入って熟睡

以前に知り合いから湯治文化について聞いたことがあった。もともとは農家の方などが閑散期に温泉宿に何週間も連泊して疲れを癒し、作付けや収穫期に向けて滋養を回復させる日本の文化。つまり温泉にゆったりと何回も浸ることができる温泉国日本の素晴らしい文化です。
さすがに何週間も会社を休み、いやワーケーションをする時間やお金もないので2泊3日で行った。

三重県民ならおなじみ、ルーブル彫刻美術館の近くです。

向かったのは自宅から車で約30分のところにある猪の倉温泉。

宿泊棟
日帰り棟

猪の倉温泉は大きく二つに分かれていて、日帰り客用の施設・しらさぎ苑(食堂やマッサージ施設などもあり)と宿泊客の旅館棟・ふよう荘がある。宿泊客はどちらの温泉も入れる。

猪の倉温泉はイチゴやブルーベリーの生産や収穫体験、カフェ、メダカの館、ウサギ小屋、グランドゴルフなどなど、いろいろ楽しめる複合施設。キャンプ場まであった。また早くから六次産業化を行い地域資源を活かした取り組みも行っている。

ここを選んだ理由として、畳でゴロゴロできる和室もいいなと思った。16時くらいに部屋に付くとパソコンやサイドモニター、Wi-Fiなどをセットして、仕事の前にまずは温泉。

宿泊棟にある美肌の湯の扉を開けるとだれもいない。貸切状態にテンションが上がる。

部屋にもどり、メールやチャットであれこれやり取りをしていたらもう夜。
夕食は日帰り棟の食堂で食べる。

ビールも料理の出てくるのが早い!

初日だから仕事はここまでにして、すぐに生ビールが呑めるヘブン。ソバと揚げ出し豆腐という、おじさんの鉄板メニューを食べ、そのまま温泉へ。

こっちの棟には露店風呂もあり、日常を忘れる心地良い開放感に浸る。
部屋にもどり近くのコンビニで買ってあったお酒を吞み就寝。
普段は夜中に何度か目が覚めるのだが、温泉のおかげで熟睡。こんなに朝の目覚めが爽快なのはいつ以来だろう。

 

 

温泉は発想がうまれる場

宿泊棟の食堂で朝ご飯を予約してあった。
思った以上に豪華で美味しかった。

部屋にもどり仕事をしているときに目に留まった、チラシを加工したティッシュの箱が、なんだか懐かしい。日帰り棟で昼食を済ませて休憩スペースでスラムダンクを読み、また温泉へ。

人様が働いている平日のお昼時に温泉に入るという罪悪感と優越感。

ここで感じたのですが、仕事の間に温泉に入るとリフレッシュできて新しい発想が生まれたり、普段より視野を広げて考えられるのです。
その後仕事をしたり散歩したりして、ビールと夕食を済ませ温泉へ。もう何回入ったか分からないですが、何回入っても温泉は「ハァ〜♨︎」ってなりました。飽きないです!温泉。

翌朝も思った以上に豪華な朝食に驚きつつチェックアウト。そういえばチェックインのときに何気なくワーケーションであることを伝えると、珈琲と自家製キャンディーをもらった。いま思い出しながら文章を書いていたら、また温泉に入りたくなってきた。

マスクで磨れて赤くなっていた頬も治ったし、なんだか心の視野もスッキリしたし、帰りも車で30分だし、近場で温泉ワーケーションは最高でした。

え!なんだって?
まだワーケーションしたことないだって?

そんなあなたもパソコン持って近場の温泉に直行だー!!

 


 

猪の倉温泉
津市白山町佐田2562-1

HP

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