ホーム 02【遊びに行く】 02サッカー 譲れないもの それは 鈴鹿PG今井那生の生き方

譲れないもの それは[100%やること] 鈴鹿PG今井那生の生き方

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「千葉県1人口の少ない街、神崎町から初のJリーガーを目指す鈴鹿ポイントゲッターズ26番ディフェンダーの今井那生です。」

私がパーソナリティをしている「鈴鹿ポイントゲッターズのらじお」にゲスト出演して頂いた第一声。

ラジオでの収録。隣にはパーソナリティの海口彦太選手。とても仲の良い二人の話は軽快。

町人が大体知り合いだという小さな町でのヒーローである那生選手は、幼い頃からとにかく体を動かすのが大好きな少年だった。

でも意外なことに、サッカーは土日だけ。あとは缶蹴りなどの遊び、ミニバス、陸上、テニス、野球、おじいちゃんとは体操、相撲などをしていた。

中学に上がった時には、大好きなバスケとサッカーの間でどちらを真剣にやるか揺らぎ、選んだのがサッカーだった。その理由も那生選手らしい。

「サッカーの方が難しかったから」

そして、JFLに所属する鈴鹿ポイントゲッターズで今プレーし続けられるのも、「今なおサッカーが難しいと感じている」からなのだという。

中学では背番号10番のキャプテンとして大活躍だったが、一転、高校は180名を超える部員の中で最下位である5軍からのスタート。しかし、彼の心は折れなかった。

チームで上手な子と仲良くなって、1対1の自主練を続けた。門限を破ることも多く、夜遅くまでボールを蹴り続けた。その上手い子に100回挑戦して100回ボールが取れず、悔しくてもあきらめなかった。

中学時代に陸上部の顧問の先生からスカウトされたほどの自慢の足で、走って、走って、足では1番を取ろうと頑張った。練習では人一倍声も出した。

そんな彼の姿を監督たちはちゃんと見ていた。

一年生の中で16人に選ばれ、2年生では試合に出られるようになった。影の努力は裏切らないものである!しかし、順調には進まなかった。

ケガである。右ひじ骨折、足首骨折。5か月間の間、サッカーが出来なくなってしまったのだ。

失意の中、彼を救ってくれたのは、本田圭佑のこの言葉だった。

「挫折は過程。最後に成功すれば、挫折は過程に変わる」

この言葉を胸に、練習に参加出来ない那生選手が、こつこつと筋トレをする傍ら、別の視点を得たのも大きな収穫だったという。それは「監督の気持ち」と「外から見えるもの」。この別の視点から、自分のことを客観的に見ることが出来、普通の人以上にリハビリに励めたのだろう。

ケガから復活した彼は、サッカーが出来る喜びを噛みしめて益々練習に打ち込んだ。しかし、新チームとして3年生の合宿、なんと1学年下の後輩にポジションを奪われてしまったのだ。

そこでもクサラナイのが那生選手の凄いところ。新しく自分の照準をヘディングに合わせ、見事!大切な場面でヘディングを決め、監督の評価を勝ち取る。

そして、県大会の2回戦。が、しかし、ここでまた難関。

左ひじの骨折である。

もう出られないのを覚悟していた彼に、試合前日、監督がかけた一言、「やるだろ?」

那生選手は高校最後の試合、骨を折ったまま出場した。

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大学のサッカー部に入った彼は、中学とは比較にならないくらいのショックを受けていた。220人を超える部員で、7軍からのスタートとなったのだ。

そこでもクサラナイ那生選手。毎日、自主練を積んでいた。

そして、ある練習試合の後、チームメイトたちは疲れて帰宅していった中、彼は一人自主練に励んでいた。そこをたまたま訪れたのが、Bチームの監督だった。那生選手が一人黙々と練習している姿を見た監督。それがきっかけになり、試合に出られるまでになっていったのだ。

そんな那生選手がひたすら行っていること。

それは「100%やること」

自分は下手だから。自分よりも上手い人はいる。でも100%頑張ることは負けない。

上手いだけのサッカーでは勝てない。サッカー選手として、「自分の役割」を把握しないと「生きていけない」のだ。泥臭くてもいい。80%じゃ上手い人に追いつけない。今日一日後悔したくないから、100%出し切る。

そんな那生選手の強さの秘密は、一人で育て上げてくれたお母さんの存在があるのかもしれない。

中学、高校、大学と、進路にぶつかると、いつもお母さんと揉めたという。それでも最後には、サッカーに向き合う彼の背中を全力で応援してくれた。

「その選択はキツイってわかってるよね。社会人だから自分で決めなさい」

大学卒業後、サッカーを続ける選択を告げたとき、母はいつものようには反対せず、そう言って、ただただ彼の決断を応援してくれた。

「一番近くで応援してくれている。」

鈴鹿ポイントゲッターズでの初ゴールは、母の日だった。一番応援してくれている母へ、「母の日ゴール」をプレゼント出来た、と嬉しそうに語ってくれた。

距離は遠くに居ながらも、いつも心は一番近く見ていてくれる母の存在が、那生選手を励まし、100%の力を出せている源なのではないかと私は感じた。

これからもきっと那生選手は魅せてくれる。

彼の夢は叶い、日本代表としてボールを操る姿を。

最後に彼の言葉で締めたいと思う。

「100%やるのは、今の立ち位置を与えてくれた人たちへの恩返し。未来の自分のために、一番若い今日の自分が100%出し切る」

明るくて人を喜ばせることが大好きな彼のサービスショット

鈴鹿ポイントゲッターズHP:https://suzuka-un.co.jp/

 

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