ホーム 01【食べに行く】 桑名の住宅街に佇むちょっと不思議なパン屋さん、食べやすさを追求した「パヴェ」のおはなし

桑名の住宅街に佇むちょっと不思議なパン屋さん、食べやすさを追求した「パヴェ」のおはなし

桑名市内の住宅街にある、三角屋根と赤い扉が印象的な「プチ・ポンレヴェク」は小さなパン屋だ。住宅を改装したお店に、週に数日だけ、「パヴェ」が並ぶ。

「パヴェ」とは四角いかたちをしたフランスパンのようなハード系だ。
種類は明太子、チーズ、シュガードーナツ、シュクレなど、全7種類ある。

フランス語で石畳という意味だそう。四角くて、手に持って食べやすい。

 

「フランスパンは硬くて、食べにくい。
誰が食べても、何時間経っても、食べやすいフランスパンを作りたかった」

 

そう話すのは、お店をひとりで切り盛りする店主・大山さん。

パン職人歴は40年以上。
60歳を超えてから再び焼き始めたのが、このパヴェだった。

今回は、パヴェだけを販売する、小さなお店の
大きなこだわりを聞いた。


 

人気ナンバーワンは「シュクレ」というザラメとバターを折り込んだパヴェ。
ざっくりとした、パイのような、デニッシュのような食感だ。

隠れ人気は「食パン」と呼ばれているフランスパン。
食パンのように日常的に食べてほしいという思いから、そう名前がつけられた。

この「食パン」は常連のパンマニアたちが、まとめ買いするような通好みの商品で、
あっという間に売り切れてしまう。
取材した日も、もうすでに売り切れていた。

焼き上がったパヴェは店内のショーケースに並び、14時までは有人販売。
その後は無人販売で、なくなり次第終了する。


 

「時間が経っても、食べやすいフランスパンをつくりたかった」

一般的なフランスパンは、焼きたてこそ美味しいが、時間が経つとどうしても固くなり、
パサついてくる。

大山さんはその常識に、何十年と疑問を持っていた。
試行錯誤のなかたどり着いた答えが、パヴェという小さな四角いパンだ。


 

焼き上がりすぐのパヴェはもちろん美味しいが、
本当の実力がわかるのは自宅に帰ってから、冷凍して、
トースターで焼き戻したときだという。

パヴェは保存の仕方と温め直し方を工夫するだけで、
自宅でも驚くほどおいしく食べられる。
しかも、コツはたったこれだけ。

 

  1. 冷凍するときは、早めにラップするのが鉄則。
    購入したパヴェは、できるだけ早くラップで包み、まるごと冷凍する。
    スライスはしない。切ってしまうと、断面から水分が抜けてしまうからだ。

 

  1. 食べるときは、凍ったままトースターへ
    電子レンジで解凍はせず、冷凍状態のままトースターへ。
    10分ほど、じっくり焼くのがポイント。すぐ焦げないのも大山店主流のパヴェ。

 

私はさっそく家に帰って、明太子のパヴェを試してみた。
袋の裏には「5分程トースターで温めるとよりうまい」と書いてある。
待つこと5分、表面がカリッとしてきた。
明太子の香りがほんのり部屋にただよう。

いざ実食。

かじってみると、外はサクッと香ばしく、中は湯気を含んだようにふっくら。
小麦の甘みがじわっと広がり「ああ、これが本当の“焼き戻し”か」と感じた。
食べる前には気づかなかったが、
一口食べるとこれでもかと明太子がわんさか。
明太子好きにはたまらん。

 パヴェは、自宅でも楽しめる、不思議なパンだった。



「最初はね、ドーナツを作ってたんですよ。パヴェが生まれるなんて思ってなかった」

大山さんはオーナーを退いたあと、ある洋食店の知人とドーナツの試作をしていた。
その夜もその知人が泊まりに来ていて、一緒に仕込んでいた。

翌朝、ひと口食べた瞬間、大山さんは“それ”に気づいた。

「面白いかも」

中はしっとり。時間が経ってもパサつかない。
当の知人は特に何も気に留めていない様子だったが、大山さんの頭の中では
「食べやすいフランスパンが作れるかもしれない」と直感した。


 

「パンって、こねて作るもんだと思ってるでしょ? でもうちは、こねない。混ぜるだけ」

大山さんの手元には、大きな機械があった。
中には、人間の腕のように滑らかに動き混ぜてるアームのようなものがある。

通常のパン作りは、何度もこねてグルテンを作る。
こねる→休ませる→パンチを入れる→成形…と10工程以上を経て、
ようやく一つのパンが焼き上がる。

けれど、大山さんの製法は真逆だ。

 

「混ぜすぎない。力を入れすぎない。余計なことはしない」

 

手を加えすぎず、必要最小限だけ。
それがパヴェの“やさしさ”を引き出すための、職人としての答えだった。

 

もう一つ驚いたのは、かき氷で生地をつくること。


「水で仕込むとぬるくなるから、生地がだれる。
氷のままだと混ざらないで残ってしまう。
でも、かき氷なら混ぜた瞬間に、冷たい水になるから最適なんだ。」

 

厨房の片隅には、業務用のかき氷機が置かれていた。
大山さんにとっては必需品だ。

氷水で仕込んだパヴェの生地は、温度がわずか8度ほど。
一般的なパンの仕込み温度が26〜27度とされる中、圧倒的に低い。


「生地の中に余計な粘りが出ない。ふわっと空気が残ったまま、軽く焼き上がる」

 

と大山さんは言う。

 

この四角い形にカットする専用の分割成形機も、日本には数十台しかない。
発酵を終えた生地をそのままセットすれば、72個のパヴェにぴたりとカットされる。
すごい。


 

「パンが好きなわけじゃない」

意外なほどあっさりとした口調だった。

もともと大山さんは、音楽の世界を目指していた。
大学では建築を専攻していたが、興味が持てず、身も入らず中退。

進路に迷いながら、喫茶店でケーキ作りのアルバイトを始めた。

その後、名鉄グランドホテルの製菓部門で働きはじめたが、
ある日突然、新しいホテルでパンを焼くことになった。


「お前、パン手伝ってこい」

 

上司に言われるがままだったが、それが転機だった。

やがて1992年、愛知県蟹江町に「ポン・レヴェック」を開業。
オーナーとして、カフェ、ビストロと次々に事業を広げ、パン教室やプロデュース業もした。

60歳を機に桑名に拠点をうつし、パン教室やセミナーをやろうと中古の一軒家を借りた。
コロナ禍でパン教室などが開講できなくなったが、
同時期に進めていたパヴェが完成したので
「パヴェ専門店」としてスタートすることになった。



パヴェ作りと大山さんの生活は同時進行だ。朝は、愛犬・シュシュとの散歩から始まる。

13歳になるシュシュは、パヴェ屋を開いてからずっと一緒にいる相棒だ。
 

6時前には散歩から戻ってきて、作業場ではフライヤーを温め、
準備を進める。
7時15分から朝ドラの再放送を観て、
7時45分ごろからパンの焼成が始まる。
10時には玄関の扉をあけて、開店。それが週に4日間ある。


 

「なんでパンは、時間が経つと固くなるんだろう」
「子どもでも食べやすいフランスパンあればいいのになあ」

その答えを解決してくれたのは、四角い小さなパン、パヴェだった。

焼き戻したときのおいしさがあるから、自宅でゆっくりと食べられる。
それは何十年と、パンに向き合い続けた職人の賜物だった。

 

【店舗情報】
プチ・ポンレヴェック
営業日 金・土・日・月曜日
営業時間 10:00~なくなり次第終了 (14:00〜は無人販売)
住所:〒511-0912 三重県桑名市星見ヶ丘9丁目618
電話:070-8900-6646
駐車場:4台
HP:https://pont-leveque.jp/petit/

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