桑名市内の住宅街にある、三角屋根と赤い扉が印象的な「プチ・ポンレヴェク」は小さなパン屋だ。住宅を改装したお店に、週に数日だけ、「パヴェ」が並ぶ。
「パヴェ」とは四角いかたちをしたフランスパンのようなハード系だ。
種類は明太子、チーズ、シュガードーナツ、シュクレなど、全7種類ある。
フランス語で石畳という意味だそう。四角くて、手に持って食べやすい。
「フランスパンは硬くて、食べにくい。
誰が食べても、何時間経っても、食べやすいフランスパンを作りたかった」
そう話すのは、お店をひとりで切り盛りする店主・大山さん。
パン職人歴は40年以上。
60歳を超えてから再び焼き始めたのが、このパヴェだった。
今回は、パヴェだけを販売する、小さなお店の
大きなこだわりを聞いた。
人気ナンバーワンは「シュクレ」というザラメとバターを折り込んだパヴェ。
ざっくりとした、パイのような、デニッシュのような食感だ。
隠れ人気は「食パン」と呼ばれているフランスパン。
食パンのように日常的に食べてほしいという思いから、そう名前がつけられた。
この「食パン」は常連のパンマニアたちが、まとめ買いするような通好みの商品で、
あっという間に売り切れてしまう。
取材した日も、もうすでに売り切れていた。
焼き上がったパヴェは店内のショーケースに並び、14時までは有人販売。
その後は無人販売で、なくなり次第終了する。
「時間が経っても、食べやすいフランスパンをつくりたかった」
一般的なフランスパンは、焼きたてこそ美味しいが、時間が経つとどうしても固くなり、
パサついてくる。
大山さんはその常識に、何十年と疑問を持っていた。
試行錯誤のなかたどり着いた答えが、パヴェという小さな四角いパンだ。
焼き上がりすぐのパヴェはもちろん美味しいが、
本当の実力がわかるのは自宅に帰ってから、冷凍して、
トースターで焼き戻したときだという。
パヴェは保存の仕方と温め直し方を工夫するだけで、
自宅でも驚くほどおいしく食べられる。
しかも、コツはたったこれだけ。
- 冷凍するときは、早めにラップするのが鉄則。
購入したパヴェは、できるだけ早くラップで包み、まるごと冷凍する。
スライスはしない。切ってしまうと、断面から水分が抜けてしまうからだ。
- 食べるときは、凍ったままトースターへ
電子レンジで解凍はせず、冷凍状態のままトースターへ。
10分ほど、じっくり焼くのがポイント。すぐ焦げないのも大山店主流のパヴェ。
私はさっそく家に帰って、明太子のパヴェを試してみた。
袋の裏には「5分程トースターで温めるとよりうまい」と書いてある。
待つこと5分、表面がカリッとしてきた。
明太子の香りがほんのり部屋にただよう。
いざ実食。
かじってみると、外はサクッと香ばしく、中は湯気を含んだようにふっくら。
小麦の甘みがじわっと広がり「ああ、これが本当の“焼き戻し”か」と感じた。
食べる前には気づかなかったが、
一口食べるとこれでもかと明太子がわんさか。
明太子好きにはたまらん。
パヴェは、自宅でも楽しめる、不思議なパンだった。
「最初はね、ドーナツを作ってたんですよ。パヴェが生まれるなんて思ってなかった」
大山さんはオーナーを退いたあと、ある洋食店の知人とドーナツの試作をしていた。
その夜もその知人が泊まりに来ていて、一緒に仕込んでいた。
翌朝、ひと口食べた瞬間、大山さんは“それ”に気づいた。
「面白いかも」
中はしっとり。時間が経ってもパサつかない。
当の知人は特に何も気に留めていない様子だったが、大山さんの頭の中では
「食べやすいフランスパンが作れるかもしれない」と直感した。
「パンって、こねて作るもんだと思ってるでしょ? でもうちは、こねない。混ぜるだけ」
大山さんの手元には、大きな機械があった。
中には、人間の腕のように滑らかに動き混ぜてるアームのようなものがある。
通常のパン作りは、何度もこねてグルテンを作る。
こねる→休ませる→パンチを入れる→成形…と10工程以上を経て、
ようやく一つのパンが焼き上がる。
けれど、大山さんの製法は真逆だ。
「混ぜすぎない。力を入れすぎない。余計なことはしない」
手を加えすぎず、必要最小限だけ。
それがパヴェの“やさしさ”を引き出すための、職人としての答えだった。
もう一つ驚いたのは、かき氷で生地をつくること。
「水で仕込むとぬるくなるから、生地がだれる。
氷のままだと混ざらないで残ってしまう。
でも、かき氷なら混ぜた瞬間に、冷たい水になるから最適なんだ。」
厨房の片隅には、業務用のかき氷機が置かれていた。
大山さんにとっては必需品だ。
氷水で仕込んだパヴェの生地は、温度がわずか8度ほど。
一般的なパンの仕込み温度が26〜27度とされる中、圧倒的に低い。
「生地の中に余計な粘りが出ない。ふわっと空気が残ったまま、軽く焼き上がる」
と大山さんは言う。
この四角い形にカットする専用の分割成形機も、日本には数十台しかない。
発酵を終えた生地をそのままセットすれば、72個のパヴェにぴたりとカットされる。
すごい。
「パンが好きなわけじゃない」
意外なほどあっさりとした口調だった。
もともと大山さんは、音楽の世界を目指していた。
大学では建築を専攻していたが、興味が持てず、身も入らず中退。
進路に迷いながら、喫茶店でケーキ作りのアルバイトを始めた。
その後、名鉄グランドホテルの製菓部門で働きはじめたが、
ある日突然、新しいホテルでパンを焼くことになった。
「お前、パン手伝ってこい」
上司に言われるがままだったが、それが転機だった。
やがて1992年、愛知県蟹江町に「ポン・レヴェック」を開業。
オーナーとして、カフェ、ビストロと次々に事業を広げ、パン教室やプロデュース業もした。
60歳を機に桑名に拠点をうつし、パン教室やセミナーをやろうと中古の一軒家を借りた。
コロナ禍でパン教室などが開講できなくなったが、
同時期に進めていたパヴェが完成したので
「パヴェ専門店」としてスタートすることになった。
パヴェ作りと大山さんの生活は同時進行だ。朝は、愛犬・シュシュとの散歩から始まる。
13歳になるシュシュは、パヴェ屋を開いてからずっと一緒にいる相棒だ。
6時前には散歩から戻ってきて、作業場ではフライヤーを温め、
準備を進める。
7時15分から朝ドラの再放送を観て、
7時45分ごろからパンの焼成が始まる。
10時には玄関の扉をあけて、開店。それが週に4日間ある。
「なんでパンは、時間が経つと固くなるんだろう」
「子どもでも食べやすいフランスパンあればいいのになあ」
その答えを解決してくれたのは、四角い小さなパン、パヴェだった。
焼き戻したときのおいしさがあるから、自宅でゆっくりと食べられる。
それは何十年と、パンに向き合い続けた職人の賜物だった。
【店舗情報】
プチ・ポンレヴェック
営業日 金・土・日・月曜日
営業時間 10:00~なくなり次第終了 (14:00〜は無人販売)
住所:〒511-0912 三重県桑名市星見ヶ丘9丁目618
電話:070-8900-6646
駐車場:4台
HP:https://pont-leveque.jp/petit/
noteに熱中している31歳。店舗取材や人物インタビュー・コラムを中心に執筆。18歳まで三重県桑名市で育ち、大学進学を機に愛知へ移住。一児の母。

















