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昔話の「おむすびコロリン」のおにぎりはまん丸かったと思う。

ここのお店のおにぎりはちょっと変わっている。

そう、まん丸い。おにぎりがまん丸いのだ。

これも丸い。

これも丸い。どれもこれもまん丸だ。

まん丸いおにぎりは、土鍋炊きの伊賀米、塩は南伊勢町の真珠塩を使用している。

そこに、鳥羽産の海苔を巻いて美味しくいただく。

パクっとひと口に頬張れば、米粒がふわっと優しくほどける。美味い。

そういえば、なぜここのおにぎりは丸いのだろう?

お店を何度も利用しているが、不思議と考えたことがなかった。

・・・

・・・

なぜ、おにぎりが丸いのか…そんな些細な疑問よりも、おにぎりを頬張って飲む温かい汁モノが何故こんなにも心を落ち着かせるのか、そのことに関して真剣に向き合うべきではないか。

そうそう、私としたことがお店の名前を伝え忘れていた。

ここは鳥羽なかまちにある、おにぎりカフェ うさぎのしっぽ。

そう、うさぎの…しっぽ。

そうか、うさぎのしっぽか。

おにぎりカフェ うさぎのしっぽ

Cafeなのでコーヒーやデザートもあるよ

公式Instagram

陸でもなく船からでもない!カヤックから眺めたリアス海岸にワクワク!

先日、インターンでサニーコーストカヤックスさんに行ってきました。オーナーの本橋さんと、地域おこし協力隊の丸尾さんがされています。
本橋さんはカヤックで独立開業するために埼玉から移住し、南伊勢町でカヤックショップを経営。
丸尾さんはカヤックをしながら、近くのうみべの家kitchenで「旅するマルコ」と称し自分が旅した色々な国の料理も提供されている。

シーカヤックって知ってますか?僕は初耳。シーカヤックはやったことがなく、聞いたこともなかったのでどこか不安。しかし、本橋さんは「自転車より簡単やよー」とおっしゃる。いやいや、絶対自転車の方が簡単でしょと半信半疑のまま出発。

海までは車輪(カヤックカート)に乗せてゴロゴロ。1人で簡単に引っ張れる。防波堤の入り口を開け、いざ、湾内へ。足だけ水に入ってみると冷たい!10月の中旬だからさすがに泳げなそう。

最初、陸上でパドルの漕ぎ方やカヤックへの乗り込み方を練習。カヤックは腕だけで力任せに漕いでも前に進まないそう。体全体を使って漕いで行く。なんだかだんだん、できそうな気がしてきた。早く実際に漕いで見たいと、ワクワクが募ってくる。

いざ出艇。簡単に浮き乗り心地もなかなか。プカプカ浮き輪に乗ってるみたい。浅瀬の川からスタートして、まっすぐ行きたいが流されて横に横に。なんとか海へ出ることが出来た。波もほとんどなく静かな海。なんだか気が抜けそう。こんなに広かったらどこに行っても大丈夫。だんだん漕ぐのにも慣れてくると景色を楽しむ余裕が出てきた。

シーカヤックは喫水が浅い(船体が低い)ので、まるでアメンボのように水面の上をスイスイ滑っているよう。これは、なかなか他の乗り物では味わえない感覚だ。最初の目的地である無人の浜に到着。座椅子でちょっと休憩。丸尾さんが用意してくれた、ドリップコーヒーをいただく。口をつけたら、少し金属の味の後にコーヒーのいい香りと苦味。

背中には木々が生い茂り、目の前には太陽でキラキラと光る海。この最高のロケーションで飲むホットコーヒーは非日常を感じつつ、いつまででも居たくなるような心地よさ。このまま眠ってしまわないように次の場所へ。

次に向かったのは、人工的な音が一切しない入江。無意識に黙り喋るのも躊躇するほど。空気は澄み渡り、入った瞬間ひんやりとし空気が変わったと分かる。そのくらい、どこか別空間に来たようだ。あまり漕がずに、ゆっくりと進む。奥に進んで行く様が、まるで探検しているようなドキドキとワクワクが映画のインディ・ジョーンズのよう。

いい時間になって帰り道、腕が疲れて漕ぐのをやめる。少し休もうと後ろに体勢を崩し、上を見上げるといろんな形の雲と、そこから覗く吸い込まれるような青い空が広がっている。漕ぐのに気がいき海ばかり見ていた。海の上から見る空はこんなにも綺麗なのか。新たな発見でした。

普段は見ている景色とは逆、海から見る南伊勢町の街並みは懐かしい温かみを感じる。おかえり〜って言ってくれてるみたい。

ずっと海の上にいたから、陸に上陸し足の裏が地面を踏んでいる感覚は、やはり安心する。体は充実感いっぱい。

本橋さんはシーカヤックはまだメジャーではないから、大体の人が構えられて、シーカヤックするぞって感じでやられる。けど、仕事の休憩の合間にちょっと漕いでくるかーくらいのラフさで楽しんでもらいたい。

確かにこんなに簡単なんだから、自転車に乗って散歩に行くくらい身近にあって楽しめたら最高。

移動手段としてシーカヤックはオススメです!

 


 

サニーコーストカヤックス
住所 三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦1007-17
tel  0599-66-1919
hp http://sunnycoastkayaks.s2.weblife.me/pg54.html
fb https://www.facebook.com/sunnycoastkayaks/

エジソン休憩所 〜コーヒーを五感で感じる場所〜

「吉田昌太朗さんと高橋みどりさんの結婚は衝撃的でした。それはもうガッキーと星野源が結婚した時と同じくらいの。」

 
そう語るのは亀山にあるカフェ『エジソン休憩所』のオーナー、日向野(ひがの)さん。
 
栃木県出身の日向野さんは東京の有名店『堀口珈琲』で働いた後、結婚した奥さんの実家である三重県亀山に引っ越し、カフェ『エジソン休憩所』を開店した。
 
日向野さんは学生時代に多大な影響を受けた『アンティークタミゼ』のオーナー吉田昌太朗さんと、フードスタイリストの高橋みどりさんが結婚したことに衝撃を受けるとともに、大好きだったその2人が結婚したことをとても嬉しく思ったそう。
 
吉田昌太朗さんも、高橋みどりさんも、雑誌『ku:nel』や『Arne』を読んできた世代にとっては憧れの存在で、その2人が結婚したことは確かに『その界隈』にとっては大きな祝福とともに大きな話題となった。
 
華やかなで非現実的な世界への憧れではなく、日常に根ざした仕事と生活と暮らしの中の芸術…..吉田昌太朗さんや高橋みどりさんに憧れた『その世代』は、そんな感覚と、「せっかく独立するのなら、自分の好きなことをやろう」という思いが、いつもどこかにあったように思う。
 
日向野さんが独立して開店したカフェ、『エジソン休憩所』。
 
吉田昌太朗さんや高橋みどりさんの話を聞いた後、落ち着いてカフェを眺めてみると、なるほど、日向野さんの『好きなこと』や『やりたいこと』がカフェを通してそこかしこに現れているのがよくわかる。

『エジソン休憩所』入り口。倉庫を改装したカフェ。

 

元倉庫だった名残がある天井。

亀山にある倉庫を改装した『エジソン休憩所』の不思議な雰囲気と居心地の良さは、この土地とこの建物が持つ雰囲気と、日向さんの『これまで』が、この場所で混ざり合った結果なのだと思った。

 

10月某日、『エジソン休憩所』のカフェの横のスペースにコーヒー豆の焙煎機が導入されるということを聞いて、見学を願い出た。

コーヒー豆を焙煎する現場は、友達のツテを辿ればいくらでも見学させてもらう機会はあるけれど、『焙煎機の導入の現場』はなかなか見る機会がない。
そのなかなか見ることのできない焙煎機の導入の現場を見させていただくことになった。
 
ある日の朝9時。
焙煎機が導入される日。
休業日の『エジソン休憩所』に続々と集まる人々….。
 
焙煎機のメーカーさん、煙突工事の業者さん、ガス屋さん、オーナーの友人のカメラマン、そして、僕を含めたもの好きな見学者たち。
 
まずは焙煎機の設置。
『エジソン休憩所』のカフェの横のスペースに焙煎機が運ばれていく。
焙煎機はそれ自体の自重が重いため、地面への固定作業などはなく、置くだけで設置が完了した。

 

フジローヤルの焙煎機

そして煙突の設置。
コーヒー豆の焙煎は作業の過程で多くの煙を出すため、部屋から外へと煙を出す排煙装置(=煙突)の設置が必要不可欠。

焙煎機の設置作業のほとんど時間が排煙装置の設置工事の時間だった。
煙突の設置工事

煙突の取り付け工事を見守りながら、日向野さんのちょっとしたライフヒストリーと、『コーヒーの焙煎とは何か?』という話を色々と伺った。
焙煎機の設置を見守るもの好きな人たち。焙煎機の周りでは、焙煎機と煙突の接続作業や煙突設置作業が行われている。

 

色んな角度から設置を見守る。

コーヒーの焙煎とは、そのまま、生のコーヒー豆に熱を通すだけのシンプルな作業。

焙煎機の構造もいたってシンプルで、回転するドラムにコーヒー豆を投入し、ドラム全体に熱が行き渡るように火を入れる。
 
そんなシンプルな作業なだけにその奥は深い。
 
『自分が理想とする味』をあらかじめ想像し、その味に焙煎という過程を通じてどうやってアプローチするか。
 
そのアプローチの方法には人それぞれのやり方があり、正解はない。
 
産地によって個性の違うコーヒー豆。
どの豆を、どれくらい焙煎して、どの分量でブレンドするのか….自分の理想とするコーヒーの味、そして商品として安定したクオリティのものを出せるようになるまでには、何十回も、何百回も焙煎してみないとわからない。
 
1回1回の焙煎で時間や温度などの調節を重ね、味を確かめ、細かくデータを取る。
 
商品として出せるものが出来上がるには、この後数ヶ月の調整が必要なのだそう。
 
そんな話を聞いていると、彼自身がまるで、白衣を着てグラム単位でコーヒー豆を調整し、実験を繰り返す科学者(エジソン)のように思えてきた。
 
そうこうしているうちに煙突工事も終了し、全ての設置作業が終了した。
 

その後、日向野さんは業者さんの説明を受けながら、テスト用のコーヒー豆を使って、初めて焙煎機のスイッチをONにし、初めての『火入れ』を行った。

 

業者から説明を受ける日向さん
 
焙煎機のドラムが回転し、火で温められ、しばらくすると熱気とともにコーヒーのいい香りが漂ってきた。
ほどなくして、取り付けたばかりの煙突から初めての煙が立ち上る。
 
カフェが『休憩所』なら、焙煎機のあるこの空間は『研究所』。
 
初めて研究所が始動する瞬間に立会うことができた。
 
回転するドラムに取り付けられたハンドルを抜き差しし、時々焼き上がりをチェックする(コレがやってみたかった!)
レバーを上げると、回転ドラムの中から焼きあがったばかりのコーヒー豆が。

何度も焼き上がりをチェックした後、初めてのコーヒー豆の焙煎を終えた。
 
焼きあがったコーヒー豆がドラムの中から一気に外にザーッと出される。
 
その瞬間、思わず拍手が鳴った。
 
なんとも言えない感動と喜びに包まれた。
(まるで赤ちゃんが生まれた瞬間に立ち会ったような)
 
余談だが、焙煎機の会社(フジローヤル)の方にも、色々とお話を伺った。
 
なんと、このコロナ禍でもコーヒーの焙煎機の売り上げが横ばいを維持してるそう。
(むしろ生産が追いつかないくらいだそう)
 
その一因に考えられるのがコロナ禍での『副業』にあるのではないか、ということだった。
 
コロナ禍でコーヒー豆のネット販売を行うために、新規事業のための補助金を利用して焙煎機を導入している人が多いのではないか、ということだった。
 
しかし、果たしてコーヒー豆のネット販売が、それほど上手くいくのかどうか……という話を、今度はオーナーの日向野さんに見解を聞いた。
 
「コーヒー豆のネット販売で検索をかけてみたら、星の数ほど出てくる通販サイトの中で、果たしてどうやって自分の焙煎したコーヒー豆を買ってもらうのか?」
 

という第一声。
 
確かに。
あまつさえ『コーヒー』という枠組みの中で突出した特徴を出すことができないにも関わらず、さらにネット上ではコーヒーの試飲もできない。
 
そういった中で売り上げを出していくのはかなり厳しいのではないか、ということだった。
 
僕自身もカフェをやっているのでそこはわかるつもりだが、カフェとは、それそのものが一つの『メディア』として機能していく。(していかなければならない)
 
そこで作られているものがそこで味わえる『場』、というのはとても大切で、その『場』を持たずに何かを売るのはとても難しい。
 
コーヒーがその場で味わえて、そのコーヒー豆も買って帰れる。
 
シンプルだけど、それがカフェの理想形だと思う。
 
『エジソン休憩所』では、『休憩所』の横の『研究所』に焙煎機が設置され、コーヒーを飲みながらコーヒーの焙煎機が稼働しているのが見える。
 

味だけでなく、香りや音や熱…..ネットではわからない、コーヒーを五感で感じられるカフェがそこにあった。

尽きないコーヒー談義と焙煎機設置の見学を終え、帰路に着いた。

いつかまた焙煎機が稼働しているカフェ『エジソン休憩所』を訪れて、コーヒーを五感で感じたいと思った。

.
『エジソン休憩所』
三重県亀山市亀田町469
営業時間 10:00~16:00
定休日 日曜日
instagram → https://www.instagram.com/edisonkyukeijyo/

学生派遣サービスって何?? -面白そうな三重大生を訪ねて-

ある日、自身のインスタに知らないアカウントからフォローが入った。

「学生派遣サービス 三重大学学生団体 FORTUNE」

中身を見ると、どうやら大学生をオンライン家庭教師等として派遣するビジネスを今年からスタートさせた学生団体らしい。コロナ禍で授業がオンラインになり、大学生は特に大変な思いをしているという話をよく聞く…

そんな中だからこそ、ビジネスに挑戦する三重の学生というのが凄く気になり、応援の意味も兼ねて取材させていただいた。

ビジネスのきっかけは自身の家庭教師経験

FORTUNE代表の小野さん(右)と松浦さん(左)
FORTUNE代表の小野さん(右)と松浦さん(左)

代表の小野さんは、かつては大手の家庭教師派遣サービスに登録して生徒に指導をしていたそう。ただ、大手は家庭教師に対してのサポートが手薄く、よりよい教育をより低単価で届けられるのではないかと思い、松浦さんとオンライン家庭教師のサービスを始めた。

「自分が担当した生徒で、とても活発な子がいて、ただ自分の個性を出した結果、不登校になってしまって…その子と話す中で、出る杭を打つのではなく伸ばすような、そんな教育をしたいという想いが生まれました。」

FORTUNEでは、勉強が出来ない子に対しても勉強内容を教えるだけでなく、その子の個性に合わせて、そもそもの勉強法やモチベーションの部分についてもしっかりとサポートしているとのこと。

また、家庭教師とは別に、発達障害のあるこどもに対しての教育事業も手掛けているという。
それは、「自らの個性を伸ばし、人生を切り開く」というFORTUNEのスローガンのもと、全ての子どもに対して、そのような教育を提供したいという想いが強いからだ。

発達支援の施設を大学生が訪れた際の一枚
大学生が発達支援の施設を訪れた際の一枚

更にその対象は教育を受ける小中高生だけでなく、自分たち大学生も含まれており、大学生への教育という観点でも新しいサービスも始めようとしている。

大学生が広報担当に!? ーその裏にある想いー

そのサービスが学生による企業動画作成&SNS運用代行だ。現代生活にとって切っても切れないものになりつつあるSNS、ビジネスにおいても新規顧客の拡大から人材採用まで幅広く使われている。

様々な用途で企業がSNSを活用している
様々な用途で企業がSNSを活用している(FORTUNEの営業資料より引用)

しかし、SNS運用に関する知見がなく、どのように活用すればいいかわからない企業も多い。そこで、普段からSNSを使い慣れた学生が企業に代わってSNS運用の代行をするというのが、本サービスだそうだ。

社長のインタビュー動画作成等も手掛ける
社長のインタビュー動画作成等も手掛ける

本サービスでは企業への価値貢献はもちろんのこと、大学生に対しても貴重な社会勉強の場にしてほしいと小野さんは語る。

「大学生にとっても遊びでなく、本気でビジネスと向き合うことで、自分たちの可能性や将来性を感じてほしいしんです。」

コロナ禍になり、大学と社会の繋がりは失われてしまい、キャンパスからは活気がなくなったという。

「学生はきっかけさえあれば、もっとワクワクした活動ができるはず。貴重な学生時代をつまらない日々だったと後悔するのではなく、私たちと一緒に活動して、充実した学生生活にしよう!と伝えたいです。」

医者としての将来の可能性を広げたい

そんなビジネスを手掛けるFORTUNEは現在、運営メンバーが全員医学生という(医学生以外も絶賛募集中)。特に小野さんと松浦さんは現在5年生で、医学科の実習と本活動を両立しているから驚きだ。

小野さんと松浦さんの実習中の様子
小野さんと松浦さんの実習中の様子

傍から聞くとものすごく大変そうではあるが、楽しんでやっているからこそ全然苦ではない、と松浦さんは語る。

「これまで普通に勉強をして、部活をやって、そんな学生生活だったからこそ、0から何かをつくりあげることがとにかく面白いんです。」

日本の人口は減っているのに、医者の数は変わらない。だからこそ、これまでと違うことをする力もきっと求められるだろうし、今のビジネスとは卒業後も関わっていきたいという。

学内のビジネスコンテストに採択される等、少しずつ前に進んでいるFORTUNE。彼らに幸運な未来が訪れることを切に願う。

<お問い合わせ先>

現在FORTUNEでは、家庭教師やSNS運用代行をしたい学生、家庭教師やSNS運用代行をお願いしたい家庭・法人を募集されているとのこと。興味のある方は、お気軽に下記よりご連絡を!!

一般社団法人医食同源みえ FORTUNE
TEL:059-867-2344
Email: ht.fortune21@gmail.com
WEBサイト: https://www.fortune-ht.com/
Instagram: https://www.instagram.com/fortune_ht/

あとがき

教育に対して、想いが溢れるお二人でした。ちなみに、FORTUNEという名は、小野さんがカナダ留学の際にお気に入りになったお店からきているそうです。そのお店はいつも活気ある若者で賑わっていたらしく、FORTUNEも三重の大学生にとって、未来の幸せに向かって活気ある場になってほしいとのこと。

医学部生が学業以外のビジネスをやることに賛否両論の声があるかもしれませんが、学生という立場を言い訳にせずに行動するお二人を僕は応援しています。

特集:人に会いにいく旅「異端児の定義と再定義」海洋プラゴミアーティストの鳥羽暮らしを旅する

航海士として船で南極海に行ったアーティストがいる。母艦が座礁や海の事故に遭わないように、小さな船で航路を先回りして誘導する仕事。当たり前すぎて質問するのをためらったが聞いてみた。海は怖くなかったんですか?嵐とかあるじゃないですか?

“嵐で大波がきて、もうヤバイってときこそ「生きてる!」って興奮するんです”

何ヶ月も続く海の上での暮らし。気が滅入ることはないのだろうか?

“なりますよ、ふつうに。同僚の乗組員とそんなに話すこともないし、やることがなくなるので”

命の危険を伴う数ヶ月の航海が終わると次の年までは休みになる。

“日本に帰ってきて、たった1ヶ月で給料全部パチスロで負けた同僚がいました。人間って変わってるなって”

間瀬 雅介さん(28歳)。
昨年、名古屋から鳥羽市に移住し海洋プラスチックゴミを資源として再生させ、家具やアート作品を手掛けている。そんな間瀬さんに聞きたくなった。やりたいことって何ですか?

“地球の7割を自分の遊び場にしたいです”

変わってる・・。いや、地球から視れば、日本でぬくぬくと生きてきた自分と、どっちが変わっているのだろう。

 

 

| プラスチックゴミは現代社会へのアンチテーゼ

海洋プラスチックゴミ問題は世界的な課題であり、それを資源として再生させている間瀬さんの元にはテレビや新聞など多くのメディアが取材に訪れている。業界的にいうと、格好のSDGsネタだ。

間瀬さんの作品(ランプシェード)。カラフルな部分はペットボトルのキャップを溶かして出す色。着色などは行わない。
間瀬さんの作品(時計)

間瀬さん:SDGs的な取り組みになったのは、ただの結果なんです。

なんでもかんでもSDGsに紐付けている感が否めない現代。もちろんSDGsは良いこと、未来を作る指標であることは間違いない。負の資源を再生させるなんて、本当に素晴らしいと思う。そもそもなぜ、海洋プラスチックゴミを使おうと考えたのだろう。

間瀬さん:答えが単純ではないのですが、いいですか?

そんな気がしていた。望むところ。

間瀬さん:小さいころから冒険家になりたくて。周りの人や先生に言っても、ちゃんと聞いてもらえなかったんです。本気なのに。

学生に差し出される希望の進路や職種のアンケートに、冒険家のチェックボックスはない。その他(冒険家)と記載された答案にアドバイスできる大人も少ない。

間瀬さん:プラスチックは絶対に必要です。そうじゃないと経済が回らない。当たり前のように使われ「ゴミ」とされ、忘れ去られる。

浜に打ち上げられたプラゴミ。漁具も多いという。

プラスチック側からすれば「ゴミ」になったつもりなどない。

間瀬さん:なんかプラスチックゴミと自分、似てるなって思ったんです。

スケールが大きすぎるため、認めてもらえない冒険家という夢。平均化された社会の価値観とのズレ。異端児であるが故に感じる、孤独や歯がゆさがあるのだと思った。

間瀬さん:そうだ!海洋プラスチックゴミで見返したい。私の思考性の表現は、これだとめっちゃわかりやすいと思ったんです。

不要のプラスチックを「ゴミ」とした世界に、ぐるりと時代の価値観を180度ひっくり返す。間瀬さんと話していると、社会へのアンチテーゼという言葉がピッタリだと思った。

 

 

| 現代社会の歩き方

二階への入り口

工房の二階はアジト的な空間。

この日はとあるプロジェクトで、鈴鹿墨の書道塾を営むご夫妻で書道家ユニット千華万香さんと打ち合わせ。
プラゴミに魂を吹き込む計画を練るお二人

バーカウンターやビリヤード台まである。友人たちとDIYで改装し、人が集まる場づくりを行い、地方が抱える空き家や地方創生などの課題にも、間瀬さんは可能性を模索している。

間瀬さん:ゴミから地域課題を知る。そんな人の流れを作りたいと思っています。

この空間では間瀬さんの作品を見ることで、ゴミとの接点ができる。そして間瀬さんに共鳴する若者が全国からインターンシップなどで訪れている。間瀬さんは、鳥羽からモデルケースを作りたいと語る。

水産関係で使われていた建物をリノベーション
1階の工房は新しい設備を導入するための準備中
粉砕したフラスチックを仕分ける装置
溶かしたプレスチックをプレスをして板状の素材にする

間瀬さん:都会だと若い人が表現をできる場が少ない。空き家はありがたい空間なんです。

名古屋で暮らし、一時は活動の拠点を大阪に移し、三重県内で業者にプラスチックの粉砕を依頼していたときもあった。

間瀬さん:それだととてもお金がかかるんです。お金がない、もうヤバイ死ぬって思いながら作品制作をしていました。

そう笑いながら話す間瀬さんを見ていると、使い捨てられるのはモノだけではなく、ライフにも当てはまるのかも知れないと思うとともに、日々慌ただしい時間に疲弊する自分が少し惨めに感じた。

間瀬さん:海洋プラスチックゴミは「ゴミ」じゃないですから。

時代が求める異端児は、無機質なプラスチックに自分の存在を重ね、海や地域の再生を目指す。
そろそろ異端児の再定義が必要なのかも知れない。

 


 

REMARE
鳥羽5丁目2-14
hp https://www.kasabuta.org/
in https://www.instagram.com/the_sea_is_my_life_/

 


 

おまけのお話

取材が終わりご挨拶して別れ、昼食に向かったのは前から気になっていた鳥羽駅前の「れお麺ism」。お店に入ると偶然にも間瀬さんとインターン生と遭遇。間瀬さんにおすすめを訪ねると担担麺が美味しいとのこと。

間瀬さん:めっちゃ旨いですよ!昨日も来ました。

普通の若者のようで、底知れない思考性を表現するアーティスト。
担担麺、美味しかったです!

 

ついにお墓もサブスクの時代!今にフィットするお墓、偲墓~SHIBO~について聞いてみた。

 

その日はきっと突然やってくる。

私はまだ経験したことないけど、旦那であるogurockには5年前に突然やってきた。

親しい人とのお別れ。

30歳の誕生日の翌日、お父さんが突然倒れて帰らぬ人となった。

それからの小黒家は大パニック。

家のことを主にしていたのがお父さんということもあり、印鑑の場所から、保険などの書類、月々の支払いや、鰹節屋のこと、何もわからない。

弔いに来てくれた方にビールをだそうと思っても、栓抜きのありかすらわからないというありさま。(詳しくはこちらの記事をどうぞ)

残された家族は、もっといろんなこと話しておけば良かった。と、思ったそうです。

そんないろんなことの一つ、親と話さなくちゃいけないな〜。と思いつつ、きっかけもタイミングも掴めない「終活」の話。

今回の記事を、ひとつのきっかけにしてくれたら嬉しいな、と思って書いてみます!

 

松阪駅からほど近い場所にある、仏壇仏具の専門店ぶつえいどう。

創業は明治39年、今年で115年目を迎えた。

 

 

お店に入るとふわっとお香のいい香り。

たくさんの種類のお線香や日常的に楽しむお香、ろうそくやお墓参りにかかせない道具たちもたくさん。

位牌の種類も多く取り揃えていて、最短3日で彫っていただけるそうです。

 

ずらっと並ぶ大小のお仏壇を横目に、店舗奥に進むとなんとお仏壇のショールームが。

大きさも様々、豪華絢爛なものから小さくてシンプルなものまで。今の売れ筋はリビングに置いても違和感の少ないシンプルなデザインのものらしく、ここにも時代の変化を感じます。

案内してくれたのはぶつえいどうの専務 野呂英旦さん。今回は野呂さんが中心となり新しく始めたサブスク型のお墓、偲墓(しぼ)についてお話聞きました。

 

2021年度グッドデザイン賞も受賞したサブスク型のお墓、偲墓〜SHIBO〜とは?

行く末の煩わしさをなくし、かつ伝統的な供養もしてもらえるサブスクリプション(定額制)で新しいスタイルのお墓。

生活環境や居住地が変わっても無理なく供養し続けらるように、お寺や宗派の枠に捉われない仕組みを実現。

んん?一体どういうことなのでしょう。もう少し詳しく聞いていきます。

 

偲墓の初期費用は275,000円(税込)

その中には墓石代、墓石への彫刻費、入仏法要(四十九日法要)、永代供養料が含まれます。

そして月額の利用料金は3,300円(税込)

こちらには、日々の供養代、各法要代(百か日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌の法要)、墓地管理費、システム管理費などが含まれます。

つまり、初期費用には最初と最後に必要なお金が含まれて、月額の利用料金には供養を続ける間に必要なお金が含まれる。

 

実物、見せていただきました。

 

墓石の大きさは高23cm×幅18cm×奥22cm。

重量は約15kgと女性1人で持つには重いですが、小型でかわいらしいサイズ感です。

墓石の上部が蓋のようになっているので、そこを開けると骨壷として中に遺骨を納めることができます。

墓石のデザインは四角い標準タイプか六角柱タイプの2種から選べ、表面には故人が好きだった言葉や戒名などを彫刻。お墓に置いたり、お寺の室内に設置していただきます。

大きさとか悩まなくていいんです。シンプルに二種。

 

実家に仏壇はなく、お盆やお彼岸にお墓参りに行く程度だった私。

普段、ご先祖さまを意識することもなく、お墓についてあまり考えたことがない私でも、偲墓って良いな!と思ったところは

・料金が明確でわかりやすい

・供養の期間を自分たちで決めることができる

・お寺さんとの距離が縮まる

この3つでした。

お彼岸すぎてから、年末までの加速感すごい。

 

冒頭の話に戻りますが、小黒家のお墓は遠く東北の地にあったそう。

お義父さんが亡くなったことにより、そんな遠くにお墓参りには行けないとお墓を引っ越しすることに。(改葬というらしい)

その際、なかなかの手間と費用がかかったと聞きました。

これは、お寺さんが檀家制度というものに支えられているからだそう。

檀家をやめる理由は、小黒家のようにお寺が遠くなってしまったり、お墓の後継者がいなくなってしまったり様々だそうです。

檀家制度が始まったのは江戸時代。

お寺が、今でいう市役所の戸籍科のような役割をしていたんですね。

住む場所もそう変わることない時代、地域のお寺をみんなで支えていく仕組み。

けれど時代は流れ、今や県どころか国を変えて住む場所を選べる時代。

同じ場所にあるお墓を守り続けることが難しい人も多いんじゃないかと思います。

偲墓は提携の寺院であれば、改葬の費用も明確で一緒にお引越しも可能!

また、なかなかお墓参りにいけなくても、お寺さんが清掃や管理を一手に引き受けてくれるし、生活や環境の変化でお墓を維持していくのがの難しくなった時はいつでも解約が可能。

あらかじめ期間を13年や、20年と決めておくこともでき、その後はお寺の永代供養墓にいれていただけるそうです。

なんだかお墓を持つということのハードルがぐっと下がりそう!

偲墓はこれからの自分たちのライフスタイルにマッチしやすいお墓と言えそうです。

 

ところで、お寺といえばどんなイメージを持ってますか?

お寺ってなんかお坊さんからいい話聞けそう!とか、夏に盆踊りしたとこ!とか、小さい頃境内でかくれんぼした!って人もいるかも。

私はあまりお寺が近くにある生活ではなかったから、用事もないのに行っていいのかな?と思ってしまいます。

一方野呂さんは、家の周りたくさんお寺があったから鐘の音や線香の香り、お経を読む声なども身近に感じていたし、近所のお寺に行ってぼーっとするのが小さい頃から好きだったそう。

その距離感は人それぞれ。

今、日本にはざっくりと7万件以上のお寺があるけれど、これから先の20年で2万7千件ものお寺が空き寺になるとも。

お寺を支える檀家の数も、これから人口が減る時代に増えようもないですよね。

そしてお寺の敷地内の墓地や管理している墓地には、持ち主のわからないお墓もたくさんあり、それを片付けるには、なかなか面倒で大変な手続きが必要だそうです。

一方で、お墓を持つか決められぬままに遺骨を自宅においたままにしてしまう方も、今多いそうです。

自宅の庭に遺骨を埋めるのはダメって、知ってましたか?

恥ずかしながら、私は初めて知りました。

先々の付き合いも考えていくと、新たにお寺の檀家になるという決断もなかなか難しいですよね。

お寺さんの困りごとと、私たちの困りごと。

これを檀家制度という今までの枠組みではなく、新しい方法で解決できないか。と考え、お寺や供養のスタイルのも進化が必要と考えていた、津市の浄誓寺の稲森住職と奈良県にある墓石屋さんと話す中で、偲墓というサービスにたどり着いたそう。

お寺さんも利用する人も笑顔になれる、多様な供養の方法が評価されて、偲墓は2021年度のGood Design賞も受賞されたそうです!

津市にある提携寺院 浄誓寺の稲森住職

偲墓の提携寺院は、津市にある浄誓寺を含め、今7件。

名古屋や大阪にもあり、今後ますます増えて行く予定だそうです。

(この記事を見て気になったお寺さんはぜひ問い合わせを!)

 

さ。この記事がアップされたら、実家に行こっと。

聞いておきたいこと、決めておきたいこと、親がどうしたいのかまだ笑って話せるうちに。

「おとーさん、おかーさん、お墓ってどうするの?」

 

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株式会社 佛英堂

三重県松阪市中町1993

0598-21-0959

偲墓 公式ホームページはこちら

 

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.11.28update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

Tribute to Miyoshi 三善晃へのトリビュート

イベントのジャンル:現代音楽のライブ
日程:2021年12月10日
時間:19時
主催者:芸術文化ワークス、ひらのきかく舎
主催者からのメッセージ:世界で活躍する加藤訓子が、恩師でもある日本を代表する作曲家三善晃の作品を、心を込めてマリンバのソロ演奏でお聴きいただきます。
お問い合わせ先:080-5075-5038 芸術文化ワークス info@npo-artworks.org

イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://teket.jp/314/7261

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

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Dr.STONEの世界へ ノスタルジックな鳥羽なかまち

一瞬の出来事だった。

あたりを真っ白に包んだ閃光に、思わず目を瞑る。数秒後、徐々に収まっていく光を瞼越しに感じながら、ゆっくりと目を開いた。…すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

ここはどこだろう?

おかしい。ここは普段、僕が過ごしている鳥羽なかまちのはず…

思わず目を閉じて、深く息を吸って、吐く。そして、もう一度目を開いた。それでも、目の前の光景は変わらない。夢ではないらしい。ここは…本当に鳥羽なかまちのようだ。

鬱蒼と生い茂った草木に覆われてしまった鳥羽なかまち。あたりを見渡しても、物音もなく人の気配も感じない。一体、どうしてこんなことになってしまっただろうか。

このままじっとしてもいられない。幸い、僕の身体は特に異常はないみたいだ。ただ棒立ちしていて固まっていた片足をあげて、おそるおそる一歩を踏み出す。沈み込む柔らかな地面の感触を確かめながら、事務所のあるクボクリらしき建物に向かった。

…ここがクボクリ?

ちょっと中に入ることを躊躇う。入りたくない。でも、行くしかない。ブチブチと植物が切りながら、何とか扉は開いた。

クボクリ1階のカフェスペースだった場所を見つめ、ただただ呆然とする。驚きを通り過ぎて、何だか美しいとも思えてくる。そして、なぜか電気はついた。

さて、これからどうしたものか。僕以外にも誰かいないだろうか。まずは、近くから探してみることにしよう。

・・・ガタガタ

カフェ奥の鳥羽ちゃんぽんの花清水さんの方で音が鳴った。誰かいるのか?

おそるおそる覗き込むように奥へと歩を進める。

「誰かいますか?清水さん?…」

!!!

そこにいたのは…

続・・・きません。完。

Photoshopの新しい機能で、実在する場所や建物をジブリっぽい写真に加工して遊んでみました。手軽に何でもありな時代になったものです。

※.ジブリっぽい緑緑したクボクリは、実在しませんのであしからず。

ちなみにクボクリカフェスペースの元画像

鳥羽なかまち公式WEB

タケル君を追いかけて

伊吹山山頂

日本100名山の伊吹山の頂上にはヤマトタケル(『日本書紀』では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、『古事記』では主に「倭建命(やまとたけるのみこと)」)の石像が祀られています。タケル君は背が高いイケメンだったみたいで気になって調べてみた。

どうも三重県とタケル君は色々つながりがあるみたい。桑名市から亀山市へと向かう道中、四日市市周辺で、『吾が足は三重の勾がりの如くして甚だ疲れたり』ってことで三重県になったとか。

てな訳でタケル君の追っかけ開始!

まずは桑名から〜!

 

 

日本武尊尾津前御遺跡

 

日本武尊尾津前御遺跡 日本武尊尾津前御遺跡 日本武尊尾津前御遺跡

 

アイリスパークみぞのから多度市民センターに向かう途中にあります。
おっちょこちょいのタケル君が大事な刀をココに忘れて気が付いて戻って来たらそのまま残ってたという場所。イケメンだけどあわてんぼうさんですね。

 

 

 

平群沢ため池公園

平群沢ため池公園 平群沢ため池公園 平群沢ため池公園

ココも桑名なんですが近くに住んでいるのに存在を知らなかった!
伊坂ダムに行くすぐ近くにあります。ココにはしっかりタケル君の像が格好良くでーーん!と。タケル君がココで足を洗ったと言う場所。タケル君は足を洗うだけで記念の場所になって凄い!

 

 

 

井田川駅

井田川駅

亀山にあるJR 井田川駅の駅前に新しいピカピカのタケル君の石像を発見。この場所はあまり歴史上の場所とは関係ないみたいですがタケル君のファンとしては一応訪問を。

 

 

能褒野神社

能褒野神社 能褒野神社

そしてタケル君の終焉地にして亀山にある能褒野神社。能褒野王塚古墳は宮内庁管轄のお墓ですので本物みたいです。あんなに有名なタケル君のお墓がこんなにひっそりとした感じで祀られてるのにはビックリ。

せっかくなので帰りに亀山市歴史博物館に常設の展示でタケル君についての展示していたのでお勉強を。

 

 

子どもも親も開放される場所。くわなプレーパークで遊んできました!

愛知と三重をつなぐ記者、OTONAICHIのコジロウです。

くわなプレーパーク」を以前からFacebookのタイムラインで見かけていて「いつか行きたいな」と思っていたのですが、やっと参加できました。

ふらっと遊びに行ったつもりが、想像以上に楽しかったので急遽取材申込みをしまして、主催の市民団体どんぐりの輪 プレーリーダー 水谷さんにお話を少し聞いてきました!

 

 

 

どこでやってるの?

三重県桑名市の「桑名市ほたるの里」という場所で開催されていました。

弥富市からは車で片道30分ぐらい。木曽三川を国道1号線で渡り、イオンモール桑名を過ぎたらもうすぐです。

入り口のすぐ前には、広めの駐車場があります。 (それでも満車でしたが..)

周辺は新興住宅地(陽だまりの丘)で、もともと山だったのを切り崩して作ったのがよくわかります。

このほたるの里は野山を感じられる形をうまく残しながら、道や柵、トイレなどは綺麗に整備されていました。

自然を楽しむのをメインにしつつも、使いやすい公園になっています。

ここ桑名のプレーパークは、2019年夏頃から始まり、毎月1回開催されているとのこと。

コロナ禍で開催中止をしていた時期もありましたが、これからはまた様子を見ながら感染症対策にも気をつけて、開催されていくようです。

プレーリーダー 水谷さん

どんなイベント?何をして遊ぶ?

まず最初に受付。保護者と子ども達の記帳をして、名札を書いたらスタートです。

参加費を払おうかな…って….え!なななんと、無料。

後から思っても、こんな良い場所で道具も充実していて無料って凄すぎます。

受付の机には、ここでのお約束(遊び方)が書いてあります。

くわなプレーパークの基本理念

「自分の責任で自由に遊ぶ」「ケガと弁当は自分持ち」

失敗してもいいからやってみる。ここは子どもたちの”やってみたい”を叶えるために、大人の”よかれと思って”を堪えて、みんなで見守る場所です

この考え方を冒頭のどこかでみた投稿で拝見して、とっても惹かれたんですよね。ワクワクする基本理念です。

そういう場所で、自分の子どもたちに怪我を多少しながらもチャレンジして欲しいなって、ほんと思います。

 

このような基本理念の場所なので、実際、特に細かなルールもなく、一般的な公園やイベントにありがちな”用意された遊具”というものはほとんどありません。

周りを見渡して、土、木、ロープ、坂、階段、スコップ、日曜大工工具…などを自由に使って、子ども達が自由に遊びます。

きちんと研修を受けた”プレーリーダー”も所属されています。

この日はフルメンバーに近い人数がいたとのこと。頼もしいです。

プレーパークは、「子も親も開放される場所」

そして子ども達を見守る親は、置いてあるベンチやキャンプ道具に座って、「ぼーっとゆっくりした時間を楽しむ」でいいとのこと。

そう言われても!

ついつい子どものそばにいなくてはと立ってしまい、子どもの遊びを手伝ってしまいます。

「よかれと思ってをぐっと堪えて」というテーマが頭をよぎります、ほんと難しい。

でもやっぱり子どもって大人の想像よりも何倍も逞しいですね。

遊び始めて、ものの10分ぐらい経てば、勝手に友達ができて、自分で考えて遊び始めて、うちの上の子は山の上の方に消えていきました(ドキドキした〜)。

下の子も小さいながら、普段は怖がってやらないような遊びも、手からちょっと血が出たのも我慢して、頑張ってチャレンジしていました。

いやいや、これはほんとすごい。普段の公園では、こうはならないです。

環境がそうさせるんでしょうね。

親同士もゆっくりと座っている方や井戸端会議をしている方、自分も一緒になって遊ぶ方など、様々でした。心地よいです。

過去、水谷さんが鞍が池プレーパークに参加したのち、他県でプレーリーダー研修を受けて、「プレーパークにはいいことがたくさん詰まっている」と感じて桑名でプレーパークを始めたいと思ったのがきっかけ。

プレーパークにたくさん詰まっている”いいこと”の一つが「開放」なのだそうで、このプレーパークの場所では、窮屈で忙しい毎日の子育てから開放されて、親もゆったりできる、これがあるそうです。

くわなプレーパークを始める前は、「ちゃんとプレーリーダー養成講座などを準備して、しっかりと整えてからやろうかなぁ」と思案はしたものの、「知り合いの範囲からでも、小さくでいいから始めてみよう」と考えて始まった桑名プレーパーク。

まず初めてみたら、想像よりも参加者がドドッと集まり、それ以来、「ゆるく楽しく」月一回開催しています。

学習支援をしていた水谷さんが「ゆるい学習」をしている中で「まだまだ子ども達に遊びが足りない!」という思いがベースにあるとのこと。

今ではとってもよい遊びの場になっています。

“こどものもでるはうす”が完成

この日は、リアカーに木を子供たちが乗せて、一生懸命運び、ツリーテントが出来上がりました。

中には素敵な看板で「こどものもでるはうす」と書いてありました。最高です。

頑張って運んだ木を積んだり立てたりして、ベンチや机、玄関(ゲート?)も完成。

大人は坂道だけリアカーを押してあげたり、ちょっと重いめの木を持つのを手伝ったぐらいで、ほとんど子ども達がやりたいように話し合いながらできたものです。

それから、モデルハウスの隣では、水谷さんが頑張ってハンモックを設置していました。

「ロープワークができるパパさんがいたらいいのになー」って。

どなたかいませんか?

 

「ステキ」が詰まっているゆるい空間

他にもたくさん「これ遊べそう!」というパーツが転がっていて、本当にゆるくて素敵な空間でした。

決まった遊び、用意された遊びはないのだけれど、パーツはいっぱい転がっていて、友達もたくさんいる。

さあ、なにして遊んじゃおうか。

そんな感じです。

ボクはもうこのプレーパークの虜になってしまいました。面白すぎます。

また近々、何度もお邪魔したいと思います。

「ほたるの里」の名前の通り、シーズンには蛍も見れるようです。これも気になる!!

さてさて、桑名プレーパークが気になった方、ぜひぜひ一度参加してみてください。

お会いできたときには、一緒にゆるく遊びを考えましょう!

 

くわなプレーパーク 開催情報

どんぐりの輪 WebページまたはSNSでチェックしてください!

■どんぐりの輪のページ:https://ameblo.jp/dongurinowa2019/

■どんぐりの輪Instagram:https://www.instagram.com/dongurinowa/

■どんぐりの輪Facebookページ:https://www.facebook.com/dongurinowa

 

どんぐりの輪さま、水谷さん、急遽色々とお話ししていただきありがとうございました!

三重県の仏教文化をさかのぼる(外国人からの視点)

Otonamieで記事を書くのは久しぶりです。今回はMie Muで寺院に伝わる戦国の残像という展示会を見たことをお伝えします。

上の写真は北畠政勝の肖像で、展示会の表紙にもなったものです。政勝の信仰の深さを描いた美しい絵でした。北畠氏は三重県で禅仏教を広める上で重要な役割を果たしたことで知られています。北畠氏と三重県であるの寺院の関係は、展示会で示されたいくつかの遺物で証明されました。

北畠氏は津市の美杉町多気の地に館や城を建てました。三重大学で森林学んでいた頃、美杉で演習林に実験でよく行きましたが、山頂に城があったとは聞いたことがありませんでした。制札や香炉など、保存状態の良い北畠氏が居た時代の美しい遺物が展示されていて感動しました。香炉は古くてひびが入っていますが、当時は価値が高く、おそらく中国から輸入されたものであることがわかります。

三重県の仏教文化の発展に津市域がはたした役割を紹介することも展示会の目的の一つです。津市は昔安濃津として知られる港湾都市でした。それで安濃津は経済活動だけでなく、宗教的および文化的活動でも賑やかな地域になりました。そして安濃津は信仰と文化に大きな役割を果たしました。 展示会では、森林の伐採を制限するための昔の制札を見ました。

約600年前に書かれた北畠氏時代の古い手紙を見ました。手紙は和紙を使って書かれ、よく保存されていました。私が読めなかった古い文字で書かれていました。展示会で案内して頂いた小林さんの説明では、当時は誰もが手紙を読めるわけではないとのことでした。手紙は実際には中世の日本語の文字を使用していて、漢文の文法も少し混ざっていると言われました。内容は減税といくつかの政治問題に関するものだそうです。字が読めないが、名前、宛先、内容、サインなど、手紙の構成についての説明がありました。 昔の日本人がどうやって手紙を書いたのか、その情報を教えられて非常にうれしいです。

実はこの展示会はMie Muの毎年恒例で、多くの人が楽しんでいたが新型コロナウイルスの蔓延により、訪問者は年前よりも少なくなっています。しかし、この展覧会は非常に多くの素晴らしい物も興味深いものです。


私のお気に入りの1つは、成願寺の木造阿弥陀如来倚像です。日本でいくつかの寺院の仏像を旅して訪れましたが、座っているこのような仏像を見たことがないです。 もう一つは和風の古い絵です。 仏教と日本文化がどのように混ざり合っているかを示しているので、とても美しくて面白いです。私のように仏教の知識が少ない人でも、この展示会は楽しく、とても有益だと思います。

日本でお寺や神社に行って御朱印を集めるのが好きです。御朱印始めたばかりですが、昔から仏教と日本文化が混ざり合っているのを見るのは楽しいです。日本のお寺や神社は自然の美しさも支えられているのが大好きです。

たくさん学ぶことができたので私にとってこの展示会を見ることがとてもいい経験になりました。子供をMie Muに連れて行くのが好きな人もいるようです。 展示会は子どもでも読める限り楽しめると思います。 子供たちを楽しませるために、写真スポットやクイズもあります。

英語文:

Tracing back the Buddhism in Mie Prefecture

It has been a while since the last time I wrote an article in Otonamie. This time I will write about my experience visiting an even in Mie Mu. I am so glad that I could see the exhibition.

(Pict 1)
The above picture is the cover picture of the exhibition which is the picture of Kitabatake. It was a beautiful picture showing the deviation of Kitabatake on this faith. Kitabatake was known for his important role on the spreading of Zen Buddhism in Mie Prefecture. His relationship with the temples in the area were proven with some relics that were shown in the exhibition.

Kitabatake built a huge castle in the mountain of forest Misugi. As I studied forestry in Mie University, I used to come to Misugi forest for investigation activities. I never heard that it was a castle in the top of a mountain. I was impressed by some beautiful archaeological remains from Kitabatake era that were shown in the exhibition such as 制札 and 香炉 which are well preserved. Although they are old and cracked, we can see that they were high value in the era and probably imported from China.

Another purpose of the exhibition is to introduce the role of Tsu City in the development of Buddhism culture in Mie Prefecture. Tsu City was formerly a port city, known as Anotsu. From the exhibition we can see that Tsu City religious activities together with the economic activities. And the forest of Tsu city had a big role in the faith and culture. In the exhibition, I saw a 制札telling to limit the overexploitation of the forest. Besides, there were also some proof of the relationship between Anotsu and the military activities during the Warring States period, including the old letters.

I was impressed by some old letter from the era of Kitabatake which were written about 600 years ago. The letters were written using Japanese paper and preserved well. The letters were written with old character I couldn’t read. Mr. Kohbayasi, who guided me in the exhibition, told me that not everyone could read the letters. I was told that the letters were actually using the ancient Japanese characters and a little mixture with Chinese Grammar. Mr. Kohbayashi told me that the letter’s contents were about tax reducing and some political matters. Although I could not read the letters, there were explanation about the composition of ancient letter, including the sender’s name, destination, content, and sender’s signature. I am glad to know this information and I am amazed about how old people have been so educated.

I saw many people enjoyed this exhibition which actually is annual event in Mie Mu. Due to the spreading of New Coronavirus, the visitors are fewer than years before. This exhibition is so interesting with so many amazing collections. One of my favorites is the sitting Buddha statue. I have never seen a statue like that even after I traveled and visited some temples and Buddha statues in Japan. Another one is an old drawing which is with Japanese style. It is so beautiful and interesting since it shows how Buddhism and Japanese collaborated.

I like to collect Go shuin by visiting some temples and also shrines. Although I just started this activity, I love how Buddhism and Japanese cultures have mixed since the ancient time. And I think even for people who have little knowledge about Buddhism like me, this event is enjoyable and also very informative. I see that some people like to bring their children to Mie mu. I think even children can enjoy the event as long as they can read. To entertain the children there are some photo spots.

三重県総合博物館
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.11.12update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

東紀州まちプロ

主催者:紀北地域活性化局 共催:度会県
主催者からのメッセージ:【タイトル・概要】
『東紀州まちプロ 〜令和3年度 東紀州「ごちゃまぜ」交流会〜』
“東紀州地域”で今起こっている、これから起こりつつある”まちのプロジェクト”(通称:まちプロ)に、あなたも参加してみませんか?みんなでごちゃまぜになって、あなたのアイデアでプロジェクトを盛り上げよう!

【内容・目的】
3人のプレゼンターがこれからやりたいプロジェクトを発表。参加者も巻き込んでプロジェクトを具体化するための会議を行うと同時に、これまで接点のなかった人同士の交流を創造します。

【内容詳細】
Part 1. プロジェクト発表
今、東紀州で”やりたい”&”やっている”ことで、チャレンジや応援が欲しいプロジェクトを、3人のプレゼンターが発表します。プロジェクトの目撃者になろう!
Part 2. ブレスト
自分の応援したいプロジェクトを選んでアイデアを出し合います。奇想天外、大歓迎!大人も子どもも学生も、子育ての方、お年寄りの方も、あなたが主役です。ブレスト後には、きっとミット東紀州が好きになる!
Part 3. アイデア発表
ブレストで出たアイデアをもとに、プロジェクトの今後を発表します。このプロジェクトの行方は?乞うご期待!

【会場案内】
シェアスペース土井見世
(尾鷲市朝日町14-2)
三重県尾鷲市の登録有形文化財である「見世土井家住宅」。尾鷲における新規事業の創出と、ゆるやかな関係人口づくりの拠点として再生すべく、見世土井家とNPO法人おわせ暮らしサポートセンターの協働により、シェアオフィス&コワーキングスペース「シェアスペース土井見世」としての活用が始められています。
※駐車場は念仏寺又は尾鷲商工会議所の駐車場をご利用ください。

【参加・申し込み】
ブレストに参加される方は、以下にて事前に申し込みください。(直接会場参加か、Zoomでの参加が選択できます。どちらも定員があります)
①名前 ②連絡先 ③参加方法(会場又はZoom)を事務局にお知らせ下さい。
定員:会場30名、Zoom10名
申し込み締め切り:11月15日(月)※先着順
▼申し込み・お問い合わせ先
▶︎事務局
紀北地域活性化局
地域活性化防災室 総務課
▶︎TEL 0597-23-3400
▶︎FAX 0597-23-2130
▶︎E-mail ochiiki@pref.mie.lg.jp

●インターネット配信(視聴のみ) 申込不要
イベントの様子は、Zoomウェビナーで配信しますので、ぜひご覧ください。
https://zoom.us/j/91061046813

【注意事項】
新型コロナウイルス感染拡大防止対策について
・三重県主催のイベント開催基準に則って開催します。
・当日、発熱や咳等の症状があるなど、体調がすぐれない場合はご来場をお控えください。
・マスクの着用や手指消毒等にご協力をお願いします。
・感染拡大等によりえむを得ず開催を中止する場合があります。

【主催・協力】
主催 / 紀北地域活性化局
共催 / 度会県
企画・運営協力 / NPO法人おわせ暮らしサポートセンター、ブレンドの会

ジャンル:プレゼン、ディベート、交流会

日程:2021年11月22日
時間:19:00〜21:00
お問い合わせ先:紀北地域活性化局 地域活性化防災室 総務課 0597-23-3400 ochiiki@pref.mie.lg.jp
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.facebook.com/events/857484091583854

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

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三重発インスタントパスタでお店応援!お湯だけでシェフレベルなil Vivo新開発パスタをみんなでいただきます!

大台町を拠点にイタリアンのキッチンカーを運営するil Vivo(イルヴィーボ)さん。

東京から移住したご家族(細川さん)でイタリアンシェフの旦那さんが作る、三重の食材を使ったパスタやピザなどが人気です。
以前取材させていただいたのは2017年。当時三重が食材の宝庫だとは知らなかった私ですが、取材時に料理を通じて学ばせていただき、その美味しさは今でも思い出せるほどです。取材って、本当に勉強させていただくことが多いです。

左上から魚介のラグーソース・ボロネーゼ・ジュノベーゼ。左下から南伊勢町の真鯛・伊勢湾のガザミ・清流宮川の鮎。

そんなil Vivoさんから、お湯で茹でるだけで簡単に地元食材、有機・無農薬の本格パスタが味わえる “Pasta Felice”(パスタ・フェリーチェ)が完成しました!とのご連絡がありました。

お湯で茹でるだけで食べられる、地産地消の本格パスタとはどんなもの?どんな味?
いろいろと気になったので、il Vivoさんに商品サンプルを送っていただき、三重県各地に暮らすOTONAMIEの方々に郵送して実食していただきました!

 

大台町のタレント・栄養士!

大台町で地域に関するお仕事やタレントをしているキャスターマミさん。栄養士の資格を持ち料理上手。ひょんなことから今回のil Vivoさんと私の接点も作ってくれた方です。
詳しくはこちら

–キャスターマミさんからの寄稿文。

私が試すのは、「Pasta Felice Genovese(ジェノベーゼ)」。奥伊勢で育てられたオーガニックバジルのil vivo自慢のジェノベーゼと有機野菜のパスタ、1.5~2人前サイズです。

今回は一人用の土鍋を使ってみました。400CCの水を入れて沸騰させ、袋から付属のオリーブオイルを出し、それ以外の材料をダダ―ッと全て入れます。既にバジルとガーリックの食欲をそそるいい香り!
軽くかき混ぜ、再沸騰後に蓋をして8分タイマーしました。たまーに蓋を開けて、パスタ同士のくっつき防止のためまぜまぜ。タイマーが鳴ったので蓋を取り、水分がお玉1/2くらいまで煮詰まったら味見。パスタの硬さアルデンテ!味、申し分なし!

ここで火を止め、付属のオリーブオイルを投入し、よ~く混ぜ合わせ乳化させます。

丸く窪んでいる可愛い形のパスタ。耳たぶのようなこのパスタは、オレッキエッテというそうです。オイルが絡んでバジルの香りが広がります。
たっぷりの野菜は、小松菜とラディッシュとかのカブかな?と予想していましたが、このほくほく感、ほんのり感じる甘味、紫色の皮…さつまいもでした!
さすが、料理人自らが開発し、手間暇かけて「美味しさ」を極めただけある。本格イタリアンを常備できるなんて嬉しい限りです。

続いては、「Pasta Felice Ayu(清流宮川の鮎)」、1人前より少し小さめサイズです。鮎のパスタ、予想もつかない!il vivo細川シェフの手でどのように作り上げられたのか楽しみにしつつ調理しました。パスタの種類はペンネリガーテ。先がペン状に尖っているパスタを「ペンネ」、さらに筋が入っているものを「リガーテ」と呼ぶそうです。

爽やかな鮎の香り、しっかりと感じます。ホロホロの身と骨が絡まり、鮎香る上品な味わい。まさに清流の町ならではのパスタ!たっぷりの野菜は、色鮮やかで甘いカボチャ、味しみしみのナス、そして肉厚な奥伊勢キノコの食感が良いアクセント。

今回試した2種類どちらも、イタリア料理il vivoだからこその美味しさで、さらに野菜がたっぷり取れて、その味も食感もさほどインスタントを感じさせないところに感動しました。
ぜひ多くの方に知っていただき、応援していただきたい!!

 

 

伊勢志摩の三重通!

濱地雄一朗さんは三重のお土産などのWEBメディアを運営されている三重通です。(ウツボを捌いて干物をつくる記事おもしろいです!)
詳しくはこちら

以下、濱地さんからの寄稿文。

調理前のPasta Feliceをお皿に移した状態

調理時間約10分で出来上がった本格パスタ「奥伊勢ジェノベーゼ」。

パスタはモチモチで、ホクホク・シャキシャキな野菜は食感も楽しめます。味わいも絶品。5分で完食。水のみで味付け不要な本格パスタが気軽に食べられてしまうなんて、感動。

仕事やプライベートで忙しい人も、手軽に本格パスタが食べられるのは魅力的です。また、軽くて持ち運びしやすいので、アウトドアでも活躍しそう。調理工程を知らずに奥伊勢ジェノベーゼを食べた方は、まさかつい数分前まで、パリパリなパスタ&野菜だったとは思わないでしょう。しかも、野菜は地元産。奥伊勢の魅力がギュッと詰め込まれたジェノベーゼです。今度は海、山、川などの大自然の中で作って味わってみたいです。

 

 

漁師町のデザイン会社経営者!

1回目の緊急事態宣言時には「OTONAMIEでテイクアウト特集をやろう!」とご提案いただいた東城さん。なんともOTONAMIE的なお店紹介の記事をご寄稿いただきました。
詳しくはこちら

以下、東さんからの寄稿文。
地元、紀北町では、本格的なイタリアンを食べれないということもあり、茹でるだけで食べられるパスタを楽しみに調理してみました。

今回食べたのは「魚介のラグーソース」。分量が1.5~2人前と書いてあったのですが、調理する前は本当にそのくらいあるのかな?という印象でしたが、出来上がってみると結構な分量。お皿2人分に盛り付けるとちょうどいい感じです。

実食した感想としては、奥伊勢野菜の濃厚な味わいが感じられ、パスタ自体もしっかりした美味しさがあるので、上手く調和しているようと感じました。
野菜は乾燥野菜だったので、あまり期待はしていなかったのですが、食べてみると野菜本来の味が損なわれるのではなく、乾燥したことにより新鮮な野菜より濃厚な味わいに感じられました。オクラの粘りも強く、野菜の美味しさが際立つパスタでした。

 

 

桑名のパワーブロガー!

突っ込み型の記事にファンも多い福田ミキさん。桑名の文化遺産的「ドムドムバーガー」の記事は、何度も読み返したくなる愛が詰まっています。
>詳しくはこちら

 

以下、福田さんからの寄稿文。
(福田さんが運営するスペース・ニカイよりリポートいただきました)

桑名のワーク拠点「ニカイ」にシャレオツなパスタが届きました。ジャジャーン!!
たまたまアウトドア好きな面々が集まっていたため、振る舞ってみることに。
最初は、ラグーソースのパスタ。
東紀州や伊勢湾などで揚がった魚介類を骨ごと圧力をかけてミンチにしたものらしい。
袋を開けたら、そのままガサっと熱湯へ投下。

燻製で地域の魅力発掘中の国交省職員のぶさん

「最高やな」

さて、お味はいかがですか??
「美味しいわー」

ヴァナゴンを乗り回している伊勢農林水産事務所の太田所長

「うん、美味しいね」

授業にアウトドアを取り入れている三重大学 生物資源学部の坂本教授

「うまいね」

皆さんの表現力ってば…。
どうやらアウトドア派の関心ポイントは「少量の水」と「湯切り不要」な部分のよう。

続いて南伊勢の真鯛パスタ。

今度はアルミクッカーとバーナーで調理

同じくガサッと熱湯に投下。
軽くかき混ぜ蓋をして、
ふわんと完成。

便利!

常に寝袋常備の株式会社On-Co水谷代表

さてこちらもお味はいかがですか?
「鯛だ。鯛がおる」

少量の水でとにかく簡単。
それでいて地物の食材を使った本格パスタは、キャンプ飯にも非常食にもとても好評でした。
そして話題は、防災へ。
美味しいパスタを通して、いざという時のための備えと心構えについて話す機会にもなりました。

 

やさしく奥深いシェフの味

最後に私は、松阪豚を使ったボロネーゼをリポートさせていただきます。
作り方は他のパスタ同様に、袋をあけて乾燥剤とオリーブ以外を鍋に入れ、10分程煮込めば完成。とても簡単です。

実家の母が作りすぎたおでんを持ってきていたので、おでん×ボロネーゼという予期せぬ組み合わせの夕食となりました。あれ?おでんにも赤ワインが合う・・。おでん=和風ポトフ?ということで。

野菜の甘味を感じるやさしい味なのですが、肉の上品な旨味がベースにあるので奥深いお店の味わい。丁寧な仕上がりだと感じました。しっかりとした肉の旨味に赤ワインが合います。子どもたち(ベビー含む)も美味しいと喜んでいました。

 

三重を語るひと皿を応援!?

実は今回、皆さまにご協力いただいた背景には、こんな事情がありました。

先日il VivoさんからOTONAMIE宛にメールが届きました。内容を要約させていただくと「コロナ禍でイベントなどに出店できない状況が続きました。そこで新商品を考案。開発には成功したのですが資金が不足して量産のための設備等も不足。現在クラウドファンディングに挑戦しています。多くの方に取り組みを知ってもらえたら」という趣旨でご連絡をいただきました。

ちょっと食べてみたくなった!
キャンプ飯や防災用に買ってみよう!

そんな方は、ぜひこちらをご覧ください。

>il Vivoさんのクラウドファンディング

食材の宝庫・三重を語るひと皿は、贈り物にも喜ばれそうです。

 


 

イタリア料理 il Vivo(イルヴィーボ)
多気郡大台町江馬148−1
hp https://ilvivocappa.stores.jp/
fb https://www.facebook.com/il.vivo
in https://www.instagram.com/il_vivo_cappa/ 

※毎週木曜日は大台町江馬銀座で店舗営業されています。

どこか懐かしさ感じる伊勢木綿

先日ご縁があり、津市にある臼井織布株式会社に行く機会があったのですが木綿というイメージが…随分変わりました。

木綿と聞くと、地味なイメージがあったのですが、全くそんな事はなく色とりどりの華やかな反物の数々に時間を忘れてしまうほど!

無知でごめんなさい…!

近くにこんな場所があるなんて全く知らず、もっと早く出会いたかったです。懐かしさの中に新鮮さを兼ね備えていました。

伊勢木綿とは?

伊勢木綿って?と思い伺ったところ、臼井さんからHPに書いてあるよと聞きHPを見てみると、

はじまりは一本の綿糸から。礎を築いた伝統の布。

「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」と歌われた様に伊勢の国の中心地であった津の周辺には、絹(伊勢袖)、麻(津もじ)、木綿(伊勢木綿)の産地でした。

伊勢木綿は伊勢参宮の土産物として、津の街道で名産の一つとして売られたり、江戸から戦前まで日常着として全国の人々に愛用されるなどして、当時の伊勢商人達の経済的基盤を作りました。しかしながら戦後化学繊維の発展や、服飾文化の変化で需要は激減、伊勢木綿を生産する工場は廃業が相次ぎ、現在では臼井織布、ただ一社のみとなったため、伊勢木綿は大変貴重なものとされています。その貴重さから、伊勢木綿は三重県の伝統工芸品として認定されています。-臼井織布HPより-

とありました。という事は、今は臼井織布株式会社のみ‼︎これにはびっくり。伊勢木綿の名前は三重県に住んでいると耳にする事があるのでたくさんあるのかと。とっても貴重な場所だったんですね。

臼井さんの工場にある織り機が圧巻。みていて飽きず、ずっと見ていられます。

伊勢木綿の魅力

臼井さんに色々とお話しを聞いたところ、昔は庶民の普段着といえば木綿の着物だったとの事。何故かというと、季節を問わず着られる気軽さ。通気性や保湿性にも優れ柔らかな肌触りていう事。現代においては自宅で洗える、お手入れの簡単さも魅力の一つ。はじめの着物は木綿がオススメとお話しして下さいました。臼井さんのお話は尽きません。千草道と呼ばれる街道があった事や、昔は織物屋さんが三重県にあった事など、歴史も教えて頂きました。

現代に合うように色々な商品を作られています。カバンや財布などの小物からメーカーさんとコラボした物まで。伊勢木綿の良さを残しつつ、コラボした物の良さも引き出してくれるのも伊勢木綿の魅力の一つではないのではと感じながらお話を伺っていました。

伊勢木綿のお話や歴史を聞きつつ、伊勢木綿を感じに行ってみて下さいね!へぇーと思う事がたくさんあります。とても素敵な古民家ですが、少し入り口がわかりにくいですが、入り口に名前が出てますよ。


臼井織布株式会社
住所:津市一身田大古曽67
tel:0592322022
HP:http://isemomen.com/

ふらり伊勢街道散策・古民家をリノベした琥珀糖専門店いつきこはく

伊勢神宮がある伊勢市のとなり明和町。
伊勢街道が残り、趣きのある町並みがあります。
近鉄斎宮駅からすぐのところにある、菓子工房すみ野。

古民家をリンベーションした室内はまちかど博物館で、個展などが行われています。

訪れた令和3年の夏は、様々な楽器が展示されていました。
(開催中の展示はこちらをチェック)

ここを運営するのは音楽家の大場さん。

御自宅の一部を使った展示スペースと琥珀糖の販売コーナーがあります。

展示室で見つけたレトロなガラス瓶や製薬の道具。
大場さんのひいお爺さんはここで薬屋を営まれていたそうです。
江戸や明治期に、お伊勢参りの参拝者で賑わった伊勢街道。
そこにあった薬屋。
なんだか風情のある情景が浮かびます。

レトロで落ち着いた空間にマッチする、カラフルでお洒落な琥珀糖とパッケージ。
パッケージは、こちらも音楽家のご主人がデザイン。
今では遠方からも買いに来る客がいるという琥珀糖。
なぜ製造販売することになったのでしょうか。

ことのはじまりは、この家でホームコンサートを行っていて、沖縄の音楽家をゲストに招いたこと。
沖縄の海のイメージにあ合うお茶菓子を考えていたところ、琥珀糖が浮かんだ。
知り合いからは琥珀糖は作るのが難しいと言われていたそう。
でも実際に作ってみると「あれ・・、できた!」となったそうで、それからは着色をしたりいろんな琥珀糖づくりにハマる。
毎日のように琥珀糖づくりに没頭し、自分たちだけでは食べきれないくらいの量ができ、母の老人会仲間の皆さんに配ることもあった。
一年くらい前に「その琥珀糖はどこで売っているの?」と聞かれ、知り合いに誘われてまずは斎宮満月屋台のマルシェに出店。
「本当に売れるのだろうか?」と思っていた大場さん。
しかし結果、すべての商品が売り切れた。

▲使われているアンティークな棚は、薬屋時代に使われていたものでお洒落な雰囲気。

その後、室内に販売コーナーをつくり、琥珀糖づくりにさらに没頭。
砂糖と寒天だけでつくる琥珀糖は、外はシャリッとした食感で、中からはジュワーとさっぱりとした甘味が優しく溢れる。

琥珀糖は製品となる大きさの型に流し込んでつくるのではなく、8cm程の四角い型に流し込んだ後にひと口大にカットをする。
壊れやすい琥珀糖のカットは難しく、今でも夜な夜なカットの作業に勤しみつつ、ちょっとしたグラデーションの美しさに喜びを感じるという。
好きなことにハマったら、それが商品となり、さらにハマっていく。
そんなキラキラと輝く熱量は、美しい琥珀糖にも現れていると思った。

いつきこはくの近くには斎宮や竹神社などもあり、ふらっと日帰り散策にもおすすめです。
また、遠方から伊勢神宮をさらに愉しむために、斎宮や伊勢街道を巡った旅のお土産にも喜ばれそうです。

 


 

菓子工房すみ野
多気郡明和町斎宮118
tel 0596-52-2062
hp http://itsukikohaku.tokyo/
in https://www.instagram.com/kohaku_sumino

当たり前ではなかったこの景色。地方からワクワクを

帰ってきたらぜんぜん違う三重を感じた

つい最近大阪から三重に帰ってきました。いわゆるUターン。
食べることはもちろん、自分で作った料理を美味しいと笑顔で言われるのが嬉しく大好きで調理の学校に行くために大阪へ。その後、大阪で割烹店と営業を経験し、今はOTONAMIEでインターンとしてお世話になっています。

僕の地元は三重県の南伊勢町、海と森に囲まれた町。リアス式海岸に恵まれていることもあり、三重県内で漁獲量はNo. 1。しかし、近年地方での問題でもある高齢化、少子化の両方でもNo. 1を獲得。何かとNo. 1が多い町。

辺りを見渡せば一面の綺麗な自然だが、何があるの?と聞かれたら、山と海としか答えられない・・・。びっくりしたのが、三重県民の人に言ってもほぼ知らない。大阪で同じ三重県民となって盛り上がっても、だいたいの人が南伊勢町?どこらへんなん?ってなります。

正月にダラダラと家で過ごすために帰ってくることはあるものの、ちゃんと帰ってきたのは4年ぶり。
大げさかもしれませんが、僕が18年間過ごしてイメージしていた三重県とは全くの別物。「人もいないし、つまらなくて、何もないから何もできへんやん」ってずっと思っていました。帰ってきて正直思ったことは、三重県ってこんなとこだっけ?

地元南伊勢で進行中の「うみべのいえプロジェクト」。自分の家のように誰もが気軽に過ごせる街づくりなど、とても楽しそう。

自分が知らなかっただけで、こんなにも夢中になれる景色や、話しているだけでワクワクする人がいるなんて。

鳥羽市のREMAREでは、海洋プロスチックを使い陸と対極な海で生まれた思考を表現。地球の7割を遊び場に。

 

まるでアジトのような楽しい大人の秘密基地。

 

少ししたら大阪に帰ろう、と思っていたが・・。

知らなかったのではなく、近くにあったり日常的すぎて知ろうともしてなかったのかもしれないです。そんな考えになるきっかけをくれたのも、南伊勢町で住むには致命的な車を持っていない僕。
家には車が3台もあるのに・・・(保険対象外なので乗らしてもらえない)。唯一の移動手段であるリトルカブで空いた時間に、特に行き先も決めずに走っていた時でした。

ちょうど日が暮れる時間、だんだん暗くなってきたなぁと思い、ふと海の方を見たらめちゃめちゃ綺麗な景色が目に入りました。普段は車で通り過ぎるような場所でしたが、あまりの綺麗さに脇道に停車。写真はだいたい美味しそうなものしか撮らないんですが、思わず何十枚も撮っていました。

南伊勢町の下津浦の入り口。

南伊勢町に住んでいましたが、下津浦は初めて。生まれ育った町でも自分の知らないものは、まだまだたくさんありそう。

元々は完全にこっちに帰ってくるつもりはなく、少ししたら大阪に帰ろうとしていました。しかし、この景色がきっかけでもっと地元を知りどんな人がいるのか、どんなことをしているのか知りたくなりました。

こんな風に思えたのも、大阪という1人知らない土地に行き、都会に行っていろんなことを経験したから。地元を離れるのがダメ、都会では何もできなかったではなく、帰ってきたからこそ気づけることや地方だから出来ることがあると思う。

何もないからこそ、何でも出来る。

何かを作り出してもいいし、気の合う仲間ができていくなんて最高で可能性しかないです。地方は本当に自由だと思った。これから、三重県の面白いモノや人、こんなのここでしかできないと思う、ワクワクすることをいっぱい発信していきます。

空き家の中で見つけた、懐かしいシール跡。

これから暮らすかもしれない、空き家巡りで見つけた1枚。

みんな集まる面白い場所に、リノベーションしまくるぞー!

熱烈大歓迎!三重の暮らし体験型移住系イベント参加者募集中!

三重暮らし魅力発信サポーターズスクエア事業

いささか長めの事業名(以下スクエア事業)ですが目的を簡単に書くと、三重県での暮らしに興味がある人に地域の魅力を知ってもらうこと。(詳細はこちら)。そして三重県各地の地域や人、同じように移住を考えている人などと繋がりをつくること。
事業内容は、地域フィールドワーク、ワーケーション、オンラインツアー、交流会、SNSキャンペーンと大きく5つ。全イベントのナビゲーターとして、三重に暮らす・旅するWEBマガジンより代表の私(村山祐介)と副代表の福田ミキがご案内します。
それでは全イベントのポイントをお伝えします。
ちなみに全て参加費や滞在費無料です(おすすめ!)。
※現地への交通費等は一部ご負担あり。詳細はこちら

 

Aコース
自分がミエる!三重暮らしゼミナールin伊賀市博要
11月スタート

全5回のゼミナール形式で行い、東京で集まったり、現地でフィールドワークをしながら地域の課題や暮らしに触れ、参加者の理想の移住のかたちや、地域課題に対する解決方法をみんなで考えます。

リノベーションした快適な校舎で食事や懇親会
新しく作った五右衛門風呂!
こちらも新しく作ったおくどさん!夕飯は地元のお母ちゃんたちと作ろう!

舞台は山間部にある伊賀市博要地区。
知って驚いたのですが、約300名が暮らす地区に、なんと20名以上の移住者が暮らしています。博要地区では30年以上前から地域づくりを行っていて、テーマは「スローライフ」。地域産品をブランド化したり地場産業を強化したりと、地域づくりにはいろんな形がありますが、博要は「ライフ」。つまり「暮らし」に重きを置いて展開しています。

ぐるり農園さんのお洒落なポストカード
毎週水曜日にぐるり農園さんも出店している近所のマルシェ

今回ゲストにお迎えし、フィールドワークで暮らしをご案内いただくのは移住者農家ご夫妻(ぐるり農園・小山高人さん/萌愛さんご夫妻)。大阪に生まれ育った小山萌愛さんにお話を聞いていた時でした。「いつまで消費し続ける暮らしをするのだろう」。小山さんはそんな想いを持ち、タイの農園を訪ねたり、農業の勉強をはじめて行き着いたのが博要地区。こちらでご主人と出会い結婚。立派な古民家に暮らしています。

ぐるり農園
https://gururi-iga.com/

 

舞台となる空き家。こちらも立派な古民家です!
レトロなガラス戸
家の裏にアトリエにできそうな倉庫や、敷地内にもう一つ離れがあります。

古民家といえば、林業が基幹産業だった博要地区には立派な家が多い印象です。そして全国の地方と同じく、空き家の問題もあります。今回のフィールドワークでは実際にひとつの空き家を見学し、利活用方法なども皆さまと考え、アイデア出しをします。フィールドとなる空き家ですが、本宅、離れ、物置、庭ととても広く、丁寧に使われてきたことがわかるステキな家です。ご期待ください!
空き家についてはフィールドワークの当日、さかさま不動産という仕組みをつくり、全国から注目が集まるOn-co代表の水谷岳史さんをゲストにお迎えします。

水谷岳史さん

さかさま不動産
https://sakasama-fudosan.com/

株式会社On-co
https://sakasama-fudosan.com/wp-content/uploads/2020/09/%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BEOn-Co-%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf

1泊2日のフィールドワークを経て、その後東京で企画検討会。再度現地で発表会を行い、最後は東京で交流会を行います。いろんな出会い、気付き、仲間ができる楽しいイベントです。

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#sem

 

 

Bコース
三重でワーケーション!暮らし体験モニター in 鳥羽市
1月開催

舞台は鳥羽水族館やミキモト真珠島がある鳥羽市。むかし、鳥羽の台所といわれ栄えていた鳥羽なかまち。しかしながら店は閉まり閑散としていました。最近、そんな鳥羽なかまちに活気が!
空き家をリノベーションして店がオープンしたり、コワーキングスペースやシェアオフィスができるなど、盛り上がりを見せています。ワーケーション期間内に行われる「暮らし体験モニター in 鳥羽市」にご参加いただき、鳥羽なかまちの新しい「暮らし」が体験できます。また鳥羽市浦村町という漁村で、漁業体験なども実施。

鳥羽なかまちの記事
https://wataraiken.com/project/pretobaproject/

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#kurashi

 

 

Cコース
暮らしがミエる!三重暮らし体験オンラインツアーin南伊勢町
11月開催

三重県No1の漁獲量を誇る南伊勢町は漁業だけでなく、ブランド柑橘などの農業が盛んな地域。養殖筏の上から、はたまたみかん畑やローカルスーパーなどをZoomで繋ぎながら「暮らしを味わう」オンラインツアーです。
参加者には事前に伊勢真鯛の刺身用切り身、内瀬の柑橘、竈方の塩などを郵送。イベント当日、みんなで「いただきます!」をしましょう!

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#bus

 

 

東京スクエアplus
キックオフ会&交流会in東京

三重という地域の最前線の情報をお届けします!
三重での暮らしについて、東京で語り合いましょう!
同じ感覚を持つ仲間が、きっと見付かるイベントを企画中。
11/12 キックオフ会
3/4 交流会

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#sq

 

 

\宿泊券が当たる/
#みえでワーケーション
写真投稿キャンペーン

素敵な投稿をしてくれた方の中から、計5名様に三重県内の豊かな自然が満喫できる宿泊施設の宿泊券(ペア1泊分)をプレゼント!

▼詳細と申込みはこちら
https://mie-kurashi.net/#sns

 


 

正直、移住って、ハードルが高いと思う。
だからこそ、地域の人と繋がったり、暮らしを知ることからはじめませんか?

皆さまのご参加をこころよりお待ちしています!

 


 

OTONAMIE代表 村山祐介
三重県津市出身在住。上京するも東京に負けUターン。家業の印刷業の傍ら三重のディープな魅力を発信する、WEBマガジンOTONAMIEを2015年に立ち上げ。以後、三重のローカルな魅力(特に農村や漁村)の魅力にハマる。職業はライター、グラフィックデザイナー、プロモーションディレクターなど。こよなくお酒と漁村を愛する42歳。

 

OTONAMIE副代表 福田ミキ

東京都出身。元夫の都合で三重県桑名市に移住。
都内の中小企業の秘書やPRを請け負う環境を整備し、場所に捉われない働き方の可能性を拡大。同時に三重県のローカルメディアの運営などに参画。地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。2020年にフリーランスから株式会社On-Coに所属を移し、多種多様なプロジェクトを加速させるリレーションシップを図っている。
仕事好きが集まる場「ニカイ」も運営中。


 

三重暮らし魅力発信サポーターズスクエア事業
ホームページ/https://mie-kurashi.net

 


 

ざっくり!三重はこんなところ。

三重県は名古屋がある愛知県の南に位置し、東は日本最大湾である伊勢湾があり、南部は太平洋の熊野灘という二つの海があります。西側一帯は山脈が連なり、南部には紀伊半島の森とリアス海岸が続きます。山に降った雨は森の養分を含み野に流れ、海に流れ着き、農作物や魚介類をはじめ多くの命を育んでいます。そんな自然の循環に恵まれた三重には伊勢神宮があり「日本人の心のふるさと」ともいわる歴史深い地域でもあります。

 

詳しいお問い合わせ
三重暮らし魅力発信サポーターズスクエア事業
(主催:三重県/事務局:株式会社アド近鉄)

営業時間/月~金 10:00~17:00
TEL/0596-28-3457
E-mail/miegurashiアットgmail.com
※アットを@に置き換えてください。

 


 

三重県への移住の相談
ええとこやんか三重移住相談センター
東京都千代田区有楽町2-10-1
東京交通会館8F 認定NPO法人ふるさと回帰支援センター内
営業時間/火~日 10:00~18:00
定休日/月・祝日
ホームページ/https://www.ijyu.pref.mie.lg.jp/
Facebook/https://www.facebook.com/ijyu.pref.mie
Twitter/https://twitter.com/chiiki64969680

 

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.10.27update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

みえDX未来ワークショップ

主催者:三重県
主催者からのメッセージ:三重県では、今年4月にデジタル社会推進局を設置し、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進するため、今後の三重県のデジタル社会を見据えた未来像を検討しています。
三重県の未来像を検討するにあたっては、県民の皆さまや三重県ゆかりの皆さまのご意見が重要だと考えています。このワークショップを通じて、2050年の未来では、三重県ではどんなことが実現しているうれしい、どんな課題が解決していてほしい、などの三重県が目指すべき未来の姿についてのアイデアや意見等を、県民の皆さまと一緒に考えていきたいと思っています。
最終的に、ワークショップで出てきたアイデアや意見を、三重県が目指すべき未来の姿に関する県民の皆さまの声として取りまとめる予定です。
ご参加にあたってデジタルに関する知識は特に必須ではなく、30年後、三重県がどうなっているとみなさんが幸せになれるのか、どんな未来が来てほしいかを、一緒に考えていきたいと考えています!
ジャンル:県民参加型ワークショップ
日程:2021/11/3、6、10
時間:2021/11/3・6:13時~16時、11/10:18時~21時
お問い合わせ先:事務局:NTTデータ経営研究所  info_mieDXws@nttdata-strategy.com(メールのみ)
三重県:デジタル戦略企画課 武田、長井(059-224-3086)
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://peatix.com/group/11591635

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

皆様からもイベント情報を募集しています!

お寄せいただいたすべてのイベントを掲載できる訳ではありませんが、OTONAMIEの読者の皆様が楽しめそうなイベント情報を、編集部がピックアップして掲載いたします。
お気軽に下記フォームからイベント情報をお寄せください。

掲載申込みフォーム

三重のディープな展望台事情。ちょっとよく見て!南海展望公園のオブジェすごいからさぁ。

南海展望台公園からの眺め

風光明媚なリアス海岸を望む南伊勢町には、たくさん展望台があります。4年くらい前に、別件で南海展望公園を訪れたときから気になっているオブジェがあります。

今回、記事化しようとしていろいろとネットで調べてみましたが・・、ない。南伊勢の展望台で検索すると観光地となっているハートの入江が出てくるので、南海展望公園で調べると観光協会などのホームページがヒットするのですが、気になるオブジェの詳細な情報はなく、あるのは水兵さんらしいくらい。基本的にネットでもスルーなのです、このオブジェ。

南海展望台公園からの眺め

展望台からの眺めは、いつまでも観ていたくなるほどとてもきれいです。伊勢志摩や東紀州のリアス海岸には、本当に癒されるといつも思います。でも仮に誰かとここにきたとして、
「海がきれいですね!」
「そうですね!いつまでも観てられる」
「なんかオブジェがありますね」
「そうですね、なんかありますね」
「帰ろうか」
「うん」

ってなる!?
わたしが過敏なだけかも知れませんが、オブジェはものすごい丸みのあるフォルムと、印象的なポーズを決めています。

ということで、もっと詳しく観察してみましょう!(オブジェを)

まず足元がキュートです。コンクリート造りならでは自由なバランス設計がうかがえます。

そして、一般的な発想を飛び越えた、ヒップのふくらみ具合からはモダンアートを感じます。

おなかもポッコリ。

遠目に眺めると、どこか寂しげで哀愁。

腰の傾斜角度と海を眺めるポーズから、遠くの海を眺めているように見えます。

顔!

お顔ー!!!

ちなみに南海展望台公園までは長い階段を歩きます。
でも、広がる海は一見の価値ありです。

#南海展望公園 #水兵さん #映える

 


 

南海展望公園
度会郡南伊勢町礫浦

 

孤高のミュージシャン、キャプテンブルースのお話。

気分転換に新しい事を始めようと、今年の春に買ったカメラを持って訪れた津市。23号線をいつもよりちょっとだけ北上しながら夏が一段落したこの日の白塚漁港は、僕が常日頃からイメージしているそのまんまの色をしていました。

水面に漂う千切れた魚と、普段からそれを食べていて、特に不自由もしてなさそうな野良猫と、その猫が残した小魚の頭部をくすねにくる鳥の類。だいたいカモメ、カラス。そんな小動物たちに見向きもせず、釣り糸を垂らす猫背の人間たちが交差する、どんよりとした灰色の昼下がり。ちょっと雨が降ってきた。

そんな混沌とした景色の片隅、この濁色の漁師町で生まれ育った1人のミュージシャンがいました。

キャプテンブルース。
出会ってかれこれ5年くらい経つのだけれど、のんびり気質のミュージシャンが多いこの三重県において、珍しく尖った気質の、ギラついた目を持つミュージシャン。見た目はぶっきらぼうだけど、中身もしっかりぶっきらぼう。なんとなく周りに誰も寄せ付けない雰囲気は曰く「俺の身体から何か変なやつが出てんねん」だそうで。その何か変なやつの分泌を止める気はあまりないんだろうなと思ってしまうあたり、今この瞬間にもしっかり分泌されてるからなんだろうな。

だから、素直に言うと、絡みにくいミュージシャンです。
あんまり笑わないし進んで交流を深めようとしてくるタイプでもない。1人舞台に立って、自分の生き様を吐き捨て、そこにある空気をブン殴るかの様に表現するスタイルは、まさに孤高。

だから、素直に言うと、僕は彼の音楽が好きです。ここ三重県で一人、闘う音楽を紡いでいるミュージシャンだと思う。

多分、3年ほど前だったか。鳥羽で開催したイベントに出ていた際、ステージ袖から観ていた彼のステージが忘れられないんです。最近ぽい言い方をすると”ゾーンに入っている”状態のパフォーマンスでした。ギター片手にラップ調の攻め気味な楽曲で客席を煽り倒し、客席を確かに踊らせる。牧歌的なレパートリーを持つ演者が多かった中だったからこそ、そのGrooveが余計に際立つ。役目が一段落し昼から夕方へ行こうとしている西に傾いた太陽が、キャプテンブルースのポテンシャルをまじまじと叩きつけられ、より一層、落日へ向かう焦燥感を増したように思いました。その時もやっぱり無口で絡み辛かったけど。

そんなキャプテンから、去年の12月、アルバム作りの依頼を貰いました。お互いコロナ禍でライブも減り、僕は僕でステージが無い分、今までしてこなかった新しい事をしてみようと、録音の勉強を始めた折でした。まだ修行の身ですが、自身の練習を兼ねて依頼を受けました。

2021年、元日。13時すぎ。正月の昼下がり、僕とキャプテンブルース。おっさん2人の二人三脚がとても静かにスタートしました。

毎月1、2回のペースでうちに来てもらい毎回1曲ずつ録って行く作業を繰り返す事10数回。気がつけば、お盆が過ぎていました。

不思議なもんで、体内から何かを分泌してくるらしい、あれだけ絡みづらいと思っていたおっさんと淡々と作業をしていくのが、なんだか心地よくなっている自分がいました。録音は慣れない作業だったので、時にミスをして謝ることもあったし、良いマイキングで良いテイクが録れたら一緒に喜んだりしました。

無口なミュージシャンは、だんだんよく喋るようになってきました。時に一人でウケて笑ってる時もありました。僕は僕で、その孤高のプレイヤーが、どんな音を録りたいのか、作りたいのかを引き出す事に注力し続けました。今思えば、それが勉強したかった事だったんだと思います。

作業をしている中で、いろんな事を聞きました。キャプテンの家族の話や昔話、苦労した話。実力を確かめるべく家を売り払ったお金で単身東京へ勝負に出て腕を磨く折、とあるミュージシャンのパフォーマンスに打ちのめされ、再び三重に戻った話。しかし三重に戻ってからも仕事帰りにホームセンターの駐車場の片隅に車を止めて、車内で黙々とギターの練習をしていた話。ボクシングが好きで練習してたら膝を痛めた話。お互い痔になった話。いろんな話を聞いて、いろんな話をしました。

それはきっと。やっぱり夢が諦められなかった、どうしようもないくらい泥臭い、一人の男の話でした。

僕にとって、この時間は音楽を作るにあたって、とてつもなく大事な時間でした。苦労人として生きてきた彼の昔話は、歌詞を増幅させて、楽曲の持つそれぞれの世界感に確かなコントラストを与えてくれました。キャプテンが吐き出す、世の中に対するフックの効いた問いかけでもあり、愚直な自分自身への懺悔の様な楽曲を只管ノートに書き留め続けたのであろう、その写実的な言葉をギターにのせて静かに吐き出す咆哮を黙々と受け止め続けた2021年の前半戦。

9月に一連の作業が終了した時、僕の前にいた男からは、”何か変なやつ”は一切出ていませんでした。人を寄せ付けず、絡みにくいミュージシャンではなく、ただ単純に、1本のギターと、書きなぐった歌詞と、音楽に向き合い続けた結果、なんとなく人との距離感の取り方がわからなくなって本当はみんなと仲良くしたいんだけど、どことなく小っ恥ずかしさが先行して周囲と馴染めず今まできてしまった一人のシャイな中年ミュージシャンが全力で投げる熱量満点の球を黙々と捕球するキャッチャーの役割をしていた僕。

多分、本当に多分だけど、いい歳こいたおっさん2人の”バッテリー”が出来上がってました。

むしろ、そうなれていたと思いたい。


孤高のミュージシャン、キャプテンブルース。僕が思うに、彼は音楽が好きで好きでしょうがなかった、永遠のギター少年。

津にこんな人がいるのかという事実を、よろしければ是非知って欲しくて今回、またしてもオチの無い稚拙な乱文を書き殴ってやろうと思った次第です。コロナコロナと耳にタコができるほど、この呪文にすっかり滅入るさこん、もう暫くの我慢である事を祈りつつ、また皆さんが心置きなく生の音楽を楽しめる時がもうすぐ戻ってくるはずです。その際はぜひ、特に、津近郊にお住まいの方はキャプテンブルースという名を覚えておいてください。津の人じゃなくても勿論。北勢の人も南勢の人も伊賀の人も県外の人も。そして、どこかのお店でライブをすると聞きつけた際には、一度そのパフォーマンスを確かめにいってみてください。僕は、オススメいたします。
その際は、今年一緒に作ったキャプテンブルースのアルバム、ぜひご試聴ください!

そして、この半年間、うちのスタジオでしか顔を合わさなかったけれど、今度会う時はライブハウスの舞台袖で会いましょう。その時はライバルだ。

◆キャプテンブルース◆
《instagram》
https://www.instagram.com/bluuues/

【参考動画】

「confusion」

「40歳の愛してる」

「水を求めて」連載エッセイ【ハロー三重県】第28回

三重県にやってきてから、子どもが産まれるまでの2年間。
私が足しげく通っていた場所がある。

スーパーへ買い物に行ったはずがついつい足が向いてしまう。そんな魅力的な場所。今でもちょっと心や体が疲れると、ああ、あそこへ行きたい、と心がむずむずしてしまう。あそこへさえ行けば、すべてすっきりさっぱりと生まれ変わったみたいな気持ちになれるのに、と。
特に新緑の季節はうっかりするとアクセルを踏めばハンドルをそちらへきってしまいそうになる。
柔らかな草の匂いと足の裏に響くような水音が恋しくなる。

*

松阪市嬉野。ああ、文字を見るだけで心がふわっと潤うような心地。

私は、嬉野が大好きだ。

嬉野をずっとずっと山に向かって車を走らせると、永遠に続くみたいな緑と緑にいつも心が躍ってしまう。
そして、水。正確には川なのだけど、嬉野に関してはなぜか私はいつも、「水!!!!」と全身で思う。
嬉野の山を登る道すがら、たびたび川に遭遇する。窓を少し開けていれば、ざぶざぶと水音がにぎやかだ。
ここには水がうんと豊富にあふれているんだな、という事実にいつも無性に感動する。どこまで山を登っても、登っても、澄んだ水がたんとあって、ここにいたらなんでもできるじゃないか、という少し大げさな気持ちになる。
水ってもしかすると心を強くするんだろうか。

川のそばの集落を見つけては、つい車を停めて、もしもここで暮らしたら、と考えてしまう。そしてやはり、なんでもできるな、と思うのだった。

例えば、なにかの事情で水道が止まってもこんなにきれいなお水があればお腹がたぷんたぷんになるまでお水が飲めるし、とても暑い夏の日に「暑いなあ」と思ったそばから水浴びができる。
そのお水が、ずっとずっと上のほうから、延々と流れてきているという希望にいつも満たされてしまう。

*

山を登っても登っても、どこまで登っても川があって、嬉野にはまるで毛細血管みたいに隅の隅までお水が流れているのかもしれない。
運転があまり得意ではないくせに、お水を追いかけて、細く曲がりくねった山道をつい上へ上へと走ってしまう。そして、どこまで登ってもふわっと現れる人家を見てはまた心が躍る。ああここで、たくさんのお水と一緒に暮らしを営んでいる人たちがいるのだな、と思うと夢みたいな気持ちになる。誰かの日常をそんなふうに言うのはもしかすると下世話なのかもしれないのだけど、たくさんのお水を浴びたり飲んだりできるところで暮らすというのを想像すると、どうしても胸の奥に幸せな気持ちがあふれてくる。

産まれてこのかた、蛇口を捻って、お金を払ってでしか水と暮らしたことがない身としては、やはりそれはどうしたって希望的でどこか夢見心地。

*

あるとき、嬉野の入り口で、この道はどこまで続くのか、そして、このお水はいったいどこからやってきたのか知りたくなった。運転が不得手なくせに思い切った大冒険に繰り出した。
途中、携帯電波がなくなって、途中、ぎょっとするほど道が細くなって、なにかあったらどうしましょうという気持ちに何度もなったのだけど、好奇心が勝ってしまった。今思うと若葉マークの分際でよくもまあ、と思う。
走っても走っても、道はあって、いよいよここで行き止まりかしら、と思ってもやはり道はあって、もちろん川もあって、そして、やはり誰かしらが暮らしている様子があって、そのたび胸の奥が熱くなった。
どこかしらの隣県につながるのかと思われた山道は、ついに行き止まりに到達した。ナビには松阪市嬉野上小川町と表示されてあった。
嬉野はとても広いのらしい。
上小川はとても小さな集落で、いくらかの人家と、小さな神社と、小さな墓地があった。小さなお寺もあったような気がする。そして、私がずっと追いかけた川の始まりが確かにあった。小さな小さな立て札に「源流」と書かれてあった。その日、私は生まれて初めて川の始まりを見た。
家を出てから2時間以上が経っていた。
私は運転が下手だし、土地勘もないので、もしかするともう二度とここには来られないかもしれない、と思ったので、上小川でたくさん川や木の写真を撮って、川の水を気のすむまで触って、帰った。

*

あれから10年が経って、私は今もずっと嬉野に焦がれている。
あのざぶざぶ流れる水をいつだって見たい。
子育てに追われていると私の一存でできないことが増えていき、行きたい場所もなかなかかなわない。自由に使える時間のなんと少ないこと。
遠距離恋愛をいうのをやったことがないけれど、遠距離恋愛ってもしかするとこんなかしら、と思う。
届かない間にも枯れそうにない気持ちがあって、届かない間にも思いはつのる。

そんなふうに何年も、最後に見たたくさんの水を思いながら暮らしていた。
ほんとうに何年も。
いつかもっと素敵な景色をたくさん見たら、嬉野へのたぎる気持ちもしゅうと跡形もなくなくなるのかもしれない。そう思っていた。
思っていたんだけど、けっきょく私はどれだけ嬉野に届かなくても、ずっとやっぱり嬉野に焦がれ続けていたんだった。

*

さて、2000文字も使って壮大な前書きをしてしまった。
私は今年、いよいよ嬉野の、しかも上小川へまた行くことができたのだ。
しかもお泊りだった。「ここで暮らしたら」と夢想した時間をほんのひと時手に入れた。
前書きだけでうんと長くなってしまったので、ことの顛末はまた次回に持ち越すことに。とにかく最高を煮詰めた飴があったらきっとこんなふだろう、と思うような幸福な時間だったということだけ書いておく。

向かえ、千代崎海岸へ。

三重県に帰ってきた。

高校卒業の18歳で上京し、それ以降、主に東京で暮らしてきた僕だが、今年9月、四日市で家業を営む実家を継ぐべく12年ぶりに三重県に帰ってきた。

自分で望んだ実家への帰還とは言い難い。本音を言えばもっと東京で自由にしていたい、遊んでいたい。東京にいる友達や様々な娯楽・誘惑と離れたくないのが本音だ。

思えば小中高と12年間、遥かなる東京をずっと夢見て過ごしてきた。どこかファッショナブルでイケてる響きを持つ、憧れの『トウキョウ』。上京したてで大学一年生の僕は髪を染め、ピアスを何個も開け、渋谷はセンター街でバイトし、絵に描いたようなお上りさん大学生を地でいっていた。

新卒での就職も勿論憧れのトウキョウだった。四日市を離れ、日本の中枢でバリバリ働くことが何よりもかっこいいことと信じて疑わなかった。

先輩『出身どこ~?』

僕『三重の四日市です。』

先輩『あ…あの公害の…』

何百回と繰り返される上記やりとりに辟易し、大学生活で得た我ながら流暢な標準語で三重県民であることを一切感じさせないスキルだけが身についていた。


 

齢30にして、12年ぶりに三重県民になる。実家を継いでからは引き継ぎの事務処理や引っ越し等でまともに休みもとれなかったが、一か月ぶりに一日何も無い休日を得た。家に引き籠るのもアレなのでとりあえずバイクを引っ張り出してきて一日ツーリングに出かけた。

目的地は三重県が誇る観光地、伊勢神宮である。家のある四日市からフラワーロードを経由して亀山へ抜け、そこからは三重県民御用達R23で伊勢を目指す。久しぶりの伊勢神宮を参拝し、ソウルフード伊勢うどんを食し、帰路につく。

帰路、津を過ぎたあたりで、なんとなしに千代崎が近いことを思い出した。遥か昔、幼少期に父親に連れて行ってもらった千代崎海岸はR23からすぐである。親の車がないと何処にも行けなかった当時とは違い、今僕はバイクに乗っている。海岸線なんかすぐだ。

十年以上ぶりの千代崎海岸。秋晴れの鱗雲の下、平日の昼間から海釣りを楽しむ人々・学校帰りの高校生カップル・ダンスの練習をする大学生達。

良いじゃん、千代崎海岸。

センチメンタルな状態の人間が往々にして海を目指すのはある種合理的な行動なのだろう。『自然の雄大さ』『自分の矮小さ』を海を見ることによって再認識し、明日への糧とする。古来より使い古された陳腐な表現だが、人間そういうタイミングは必要なんだろうと思う。

僕自身、ここまで散々御託を並べ立てて来たものの、『千代崎海岸に行く』、と津辺りでふと決めてからの自分浸りセッティングは準備万端である。ヘルメットの中で流しながら歌ってる音楽はエレカシ、バイクでR23を走りながら僕の気分はもう高校当時のエモキッズだ。

三重を抜け出し、トウキョウでイケイケな気でいたけれども、それは僕の一人相撲であって、そんな気負わなくて良いんだよ、僕が一人で意固地になっていただけなんだよと、頭では理解していても何かアクションを起こさないと踏ん切りがつかない。わざわざ一日潰してバイクで三重中を走り回り、エモチューンを歌いながら夕方に千代崎海岸に着かないと踏ん切りがつなかなかった。

つまるところ僕が言いたいのは、三重県好きだよ。今まで散々けなしてきてごめんね。


 

今、三重にいて鬱屈としてるキッズ達、エモいバイクに乗って珠玉のエモチューンを歌いながら向かえ、千代崎海岸へ。その一歩が腹を括る第一歩となるかもしれない。僕はそうだ。

(スーパーカブがエモいバイクかは読者諸氏の感性に委ねる。少なくとも僕にはエモバイクだ。)


千代崎海岸を出発し、四日市に向けてR23を北上していると、見慣れた赤白の煙突が視界に入ってくる。

そういえば車でもJRでも、小さい時から家に帰ってくる時はいつもこの煙突が『そろそろお家』の目印だった。

ただいま!

山と水と暮らす@飯高の新しい体験と森のお話

この巨木は水屋神社(松阪市飯高町)の境内裏にあるクスノキ。

樹齢は1,000年以上ともいわれ、地面から盛り出た根の部分に貫禄と生命力を感じる。クスノキのすぐ真下には櫛田川がある。地元の人になぜこのクスノキが今も健在かと尋ねると、川の水の栄養を吸収しているからではないかという。確かに、飯高の山々の養分豊富な水は櫛田川に流れ、伊勢湾に流れつき多様な生き物を育む源となっている。巨木のクスノキは常緑広葉樹のため、表面に見えている何倍もの面積の地中に根が張り巡らされ、水源が近くにあることで根から豊富に養分を吸っていることがイメージできる。
水屋神社ではこの地の水を春日大社に送る、お水送りという儀式が859年から行われ、今も続いている。水に縁のある神社があり、森とともに生きている飯高町に最近おもしろい動きがあると聞き、取材をした。

 

森で新しい概念に出会う

飯高町で木の製材や木工品などを手掛ける、もくいち・マルゴ。

もくいちHPより
もくいちHPより
もくいちHPより

製材所に隣接した店内には一枚板や作家物の家具・雑貨などが並び、店の一角はコワーキングスペースとしても活用している。もくいちは、自然派志向のアウトドアブランド「mōku(モーク)」も展開していて、木のぬくもりとスタイリッシュなデザインに特徴がある。

もくいちHPより
もくいちHPより

また「mōku alfresco (モーク・アルフレスコ)」という、自然に直接ふれて体験するプログラムも行っていて、希望者にはmōkuのアウトドア製品も貸し出している。

もくいちHPより

プログラムの内容は櫛田川でのカヌー体験もあり、100年杉で造ったカヌーも利用ができる。

もくいちHPより

他にはジビエ料理体験や伊勢と大和の国分伝説巡りなど。他にも森林ツアーなども企画中。以前に別の取材で林業家にご案内いただいたことがあったが、森は私の知らないことだらけで今でも印象に残ることが多い。

噛むとハミガキみたいな香りがする葉っぱ、山中から垣間見る山脈の美しい風景、木々の間から漏れる陽の光、岩肌に流れる湧き水などなど。
私事で恐縮だが平野部に育ち、近くの海は遠浅の穏やかな伊勢湾だった。森にあまり馴染みがなくどことなく入ることに少しこわさもあったのだが、プロの林業家とご一緒すると新しい概念に出会うこともできる。それは時間の概念だと思う。

 

 

森の時間で呼吸を整える

叶林業さん

林業家は100年先の森の姿を想定しながら仕事をするという。どこに木を植えて、どこの木を伐採するのか。ただ想像するだけでなく、緻密に計画を立てなければ木材の生産はできない。毎日100年という時間の先を見ながら暮らす。林業家にとって当たり前の暮らしだが、書類の束を掛け分け、メールのやりとりなど日々の仕事に追われる自分からすると、とても長い時間に身をおいているように思える。江戸時代から続く林業家に話しを聞いたのだが、そのような時間の流れ方は今の代だけではない。父や祖父が植えた木を守り、自分達の子どもや孫の代に向けて木を植える。

じっくりと時間を掛けて何かが育つこと。それを体感的に知っていること。つまりそれは精神的な安定にも繋がる気がする。バッと考えて、バンッと登場して、スッと忘れ去られていくことの怖さがあるのが、ファスト化の加速に歯止めが効かない現代だと思うからだ。例えるなら現代の呼吸は浅くて早く、それが人だと病気になりやすい。深くゆっくりとした呼吸は気持ちを整えてくれる。森は交感神経を刺激する現代とは違い、副交感神経に優しい。

 

人間にも巡る自然の循環

飯高町は約9割が民間林で、その内約7割が杉や檜の人工林。戦後の復興等のために木材需要が急増。拡大造林政策により杉や檜という針葉樹が植林され、森は変わっていった。しかし時代の流れは海外産の安価な木材の輸入により、国産木材の需要は減った。林業はそうした課題に直面していて、この先の100年は変革期だとされている。
この辺りの山に人の手が入る前、針葉樹だけでなく広葉樹類など多様性のある木々があり、それは山にとって健康な状態であり、植物だけでなく動物も含めた生態系バランスも取れていた。つまり自然が作り出す環境には持続性があるということだと思う(どこか人間の呼吸と似ている)。

それは山から流れる水にしても、その水が育む命や、それをいただく人間にも巡る自然の循環。私は山と海のある環境でそのような自然の循環を知り、暮らしのなかで感じられることが三重の魅力だと思う。

話は戻るが、水屋神社の境内には杉、栴檀(センダン)、鹿子の木、楠、榊、椋、欅など様々な木がある。いつごろ植えられたかは分からないが、夫婦の木という同じ根から二本の木が育っている珍しい杉の木もある。これも水の力なのかと思い眺めていた。

多様性のある木々が境内に育っている様子に、水と森と生きる先人のメッセージみたいなものを感じた。本当に大切なものは論理を超え、愛でたいという気持ちが動く。それはきっと、自分のなかのなかにいる人が反応し、今の自分に教えてくれているのだと思う。

 

 

OTONAMIE PUSH EVENT【2021.10.6update】

\こんにちは!広報担当のともーこです!/
イベント情報をご紹介していきます。
※各イベントへのお問い合わせは、各イベントのお問い合わせ先にお願いします。
※イベントの詳細はフライヤーまたは、各HP、主催者にご確認ください。

うさぎストライプ「ゴールデンバット」

主催者:三重県文化会館
主催者からのメッセージ:「ゴールデンバット」は、売れない地下アイドル・梅原純子と、路上で誰にも相手にされず歌い続ける老女・海原瑛子の二人の女性の人生が重なり合う物語です。万雷の拍手の中ステージで歌うことを夢見た彼女たち。今回は900 人近く入る三重県文化会館中ホールで、皆さんに舞台上から彼女たちの人生を追体験していただきます。三重初登場となるうさぎストライプの初ステージをご堪能ください。
ジャンル:演劇
日程:2021/12/19
時間:14:00/17:00
お問い合わせ先:三重県文化会館チケットカウンターTEL:059-233-1100
イベントに関するHPやSNSなどのリンク先:https://www.center-mie.or.jp/bunka/event/detail/36032

皆様からもイベント情報を募集しています!

お寄せいただいたすべてのイベントを掲載できる訳ではありませんが、OTONAMIEの読者の皆様が楽しめそうなイベント情報を、編集部がピックアップして掲載いたします。
お気軽に下記フォームからイベント情報をお寄せください。

掲載申込みフォーム

醸してます。きっちんケミア

ずっと気になっていたお店にやっと来た。

JR四日市駅近くにある「きっちんケミア」です。

う~ん、醸してますねぇ。

店内はカウンターのみの12席。

キッチンの様子もよく見える。楽しい高さだ。

まさに昭和のライブキッチン

同僚を誘って、念願の初ケミア。
どうでもいい話だけれど、以前、デートのお誘いに対して提案したところ、引かれた経験があります。

時刻はお昼時を回り、カウンターは満席に。
常連さんばかりで、みなさんメニューを見ることもなくオーダー。

客1:「オムライスで」

「オムライスひとつ!」とママさんが大きな声で隣のマスターに伝える。

良いテンポ♪

オムライスも惹かれるけど、定番っぽいやついきたいな。
となると、店名を背負ったケミア定食Aケミア定食Bなのかな。

魚フライ×唐揚げ、もしくは魚フライ×レバニラ。
なるほど、独特なペアリング。

客2:「カレーにしようかな」

ママ:「カレーひとつ!」

客3:「メンチカツで」

ママ:「メンチカツひとつ!」

客4:定食Aで」

ママ:ケミからひとつ!」

私:「っ!!」(Aの方が短いのに)

客5:定食Bで」

ママ:ケミレバひとつ!」

私:「っ!!」(AとBにする意味っ!)

翻弄されながら、結局、本日のランチであるメンチカツ定食にしました。

ご飯の量はデフォルトで多めのため、私は半分の半分の半分の半分にしてもらった。

なんとこの大きさでワンコイン!

自家製ドレッシングのかかったキャベツと、程よい酸味のお漬物。

しっかりとしたお味の赤出し。
そしてパン粉がサクサクを超えて、ザクザクな存在感を出すメンチカツ。

同僚はカツカレーを注文。
「辛っ!うまっ!」と言いながら3分で間食でした。

ケミアの創業は昭和48年頃。

気になるのは妙にインパクトのある店名だ。

マスター:「へー、気になるかな」

私:「気になりますよ」

マスター:「ふーん」

私:「ヒントほしいです」

マスター:「お世話になった人の名前って感じかな」

私:「外国の方ですか??」

マスター:「いや、入れ替えたんだ」

私:「何を?」

マスター:「名前のスペルをね。例えばさ、山田だったらこうとかあるでしょ」

私:!!(あけみか…?)
同僚:!!(あけみか…?)

野暮なので、正解は聞きませんでした。

きっちんケミア、またいこっと。

 


きっちん ケミア
住所:三重県四日市市本町7−14
電話: 059-353-6853

東海地方初の最新水上アクティビティ奥伊勢湖に登場!体験レビューと秋の半額キャンペーン【三重県大台町】

みなさんこんにちは!キャスターマミです!

本格的な秋、行楽シーズンに向け三重県大台町「宮川・奥伊勢湖(三瀬谷ダム湖)」がアツい!!

思い返せば、私がOTONAMIEで初めて記事を投稿したのは2016年夏、Verde大台ツーリズムによる宮川SUP体験でした。

水質日本一の清流宮川で「水上さんぽ」SUP体験!

この頃の私は「SUPって何?」状態だったけれど、SUPは今や世間では定番の水上アクティビティとなり、「マイSUP持ってるよ~♪」なんて声も多く聞こえてきます。

そろそろ新しい刺激を求めている人もいらっしゃるのでは⁈

令和3年夏、東海地方初進出最新水上アクティビティが大台町の宮川を舞台に導入され、早速体験してきました。

感想から申し上げますと・・・簡単!落ちない!運動になる!楽しすぎる~!!

それでは、詳しくレポートします。


  1. バイクSUP(水上自転車)
  2. ステップSUP
  3. ラウンドSUP
  4. 半額キャンペーン

1.バイクSUP(水上自転車)

バイクサップとは、水上を自転車で散歩する感覚で走る不思議な乗り物。

水面の穏やかな三瀬谷ダム湖の上を自転車で漕ぎ行く気分はさながらアメンボです♪

水面に落ちることはほぼ無いため、初心者の方でも安心して楽しむことができます。

バイクサップは身長130㎝以上が対象。

​1人乗りのタイプ(シングル)と、2人乗りタイプ(タンデム)の2種類があります。

結構運動になります。太ももに効く~ッ!

夏は「水鉄砲で鬼ごっこ」に挑戦
超強力水鉄砲で攻撃し合い水浸し

2.ステップSUP

ステップSUPは、ボードに立ってハンドルを握り、足踏み動作で前に進みます。

スポーツジムにあるエクササイズ器具のステッパーがSUPにくっついているような形で、操作はとーっても簡単!

誰でもすぐに乗りこなすことができます。

対象は身長140㎝以上、体重90㎏まで。

小さなお子様やペットも同乗可能!

ゆったり親子で水上散歩もいいね
選手交代!お子様でも足が届けば楽々

3.ラウンドSUP

ラウンドSUPは直径約2mの円型のSUPです。

年齢関係なく、SUPは落ちそうで怖い!体力に自信がない!という方や、赤ちゃん連れの方でも乗ることができます。

そしてこちらもペットOK!

水鉄砲の無料貸出があったり、パドルで漕いだり、バイクSUPなどと組み合わせてベース基地としてのクルージングも楽しめます。

エレキモーターが付きも有るので風のある日でも安心です。

遊び方は自由自在!

こちらモーターなしで、バイクSUPで引っ張ってもらっているのだ

4.半額キャンペーン

なんと、紹介した最新の水上アクティビティ「バイクSUP」が半額で体験できる企画が実施されるらしい!

みなさんもぜひお得なこの機会にお試しを!!

外に出て体を動かしたいけれど、人が集まる場所へ行くのはまだちょっと…という方へ。

紅葉が始まる直前の三重県大台町で、新しい水上アクティビティを体験してみませんか。

家族や仲間と、大自然を独り占めできるプライベート空間「清流宮川」で、スポーツの秋がお得に楽しめるキャンペーンです!

秋の「バイクSUPで水上ツーリング」半額ウィーク

開催期間 令和3年10月11日(月)~17日(日)の一週間 ※キャンペーン期間中は60分コースのみ

申込 RocaRocaアクティビティ「バイクSUPで水上ツーリング」キャンペーン用 予約サイト

 

バイクSUPで水上ツーリングとは

バイクSUPで水上ツーリングは、バイクSUP(シングル・タンデム)で、まるで水上を散歩するかのような非日常を楽しむ水上自転車のツーリングツアーです。ガイド付きなので安心安全!体力に応じて2コースあります。
小さなお子様連れの方は、ラウンドSUP(丸型ボート)で並走も可能で、疲れた場合にはラウンドSUPで休憩することも!ラウンドSUPをご希望の方は、一度ご相談を下さい。

【コース】
​60分コース:ジャングルクルージングを体験
90分コース:ジャングルクルージング+絶景ポイント宮川大橋まで

【開催時間】
10:00〜11:00(60分コース)
10:00〜11:30(90分コース)
13:30〜14:30(60分コース)
13:30〜15:00(90分コース)

【料金】お一人様 60分コース 3,500円 / 90分コース 4,500円

【対象】身長130㎝以上、90㎏以下
​※中学生以下は保護者の付き添いが必要
​※程よい有酸素運動。ある程度体力のある方に限ります。

【定員】7名(シングル3艇、タンデム2艇)

【予約サイト】RocaRocaアクティビティ「バイクSUPで水上ツーリング」予約サイト

お問い合わせ

RocaRocaアクティビティ
メール info@rocaroca.jp
TEL.070-1849-9842(AM10:00~PM5:00)

だから美味しいんだ! 繋ぐお店「わくわく広場」

16時から「夜のパン屋さん」が開始されますよ、とお聞きした。

時間ぴったりに店に到着した私はとても驚いた。長蛇の列が出来ているのだ。そして、もうほとんどパンが残っていない!

なぜこんなに人気なの?

働く女性に贈るちょいグルメ企画 夜のパン屋さん」とは、イオンタウン津城山店内にある「わくわく広場4周年祭の企画の一つだ。

なかなか手に入らない地元の人気パン屋さんのパンを求めて、多くの人が並んでいたのだ。

今回の参加ベーカリーは「アンジュール」、「カメイドー」、「カメイドーサンのカフェ」、「COVOPAIN」、「スズノヤベーカリー」。中には、実際の店舗はお休みしていて、この「わくわく広場」の為だけに作ってくれているパン屋さんもあるという。それを知っているファンは、喜んでやってくる。

COVAPAINさんのクリームチーズと地元農家さんが作ったブルーベリーがコラボしたパン

地元の方たちがこだわりを持って、大切に作ってきた農産物や加工食品。しかし、それを価格だけで判断されてしまうと、なかなか消費者に手に取ってもらえない。

大量生産で破格の安価でモノが手に入れられるこの時代。安くするためにどんな犠牲が払われてきたのか、今一度考える時が来ていると思う。

「いつ」、「誰が」作ったものを「どういう経路」で買うか選択する時代になっている、と感じた。ただ安いものだけを求めてきた消費者が変わろうとしている。

それは、「わくわく広場」の店長、山本千穂さんにお話をお伺いする中で私の中で確信に変わっていった。

ここ「わくわく広場」の方たちは、生産者の方たちから、ただ仕入れるのではなく、常に切磋琢磨しながらバージョンアップをしてきていることを知ったからだ。

先ほどのCOVAPAINさんのパンも、この「わくわく広場」を通じて知り合った地元農家さん(四日市 山原さんのブルーベリー、大台町 セフティリファーム88の有機栽培伊勢茶、芸濃町 栄昇軒の餡)の旬野菜などととコラボして作られている。

ただ作ったものを置いて販売するのではなく、どうしたらお客さんに魅力が伝わるか?安全で安心な食品を届けるためにどうしたらいいか?と、常に生産者さんたちと工夫を凝らしているのだ。

ーーー生産者だけでもない。

お客さんと常に向き合って、どんなものを求めているのか教えてもらっている、という姿勢にも表れている。

店はシフト制で回っているため、全員が同じ情報を共有するために、ノートに色々な情報、感想などを勤務に入った方全員が記入している。

例えば、夕方にお弁当を購入したお客さんから「昨日のこのおかず美味しかったよ」とか「こういうおかずが嬉しいな」、「こんなアレンジで食べたら美味しかったよ」などの感想を聞いたらノートに記入。次の日、朝のスタッフがそのお弁当の生産者さんに直接その感想を連携して、アイデアを出したりする。

生産者さん、そしてお客さん、が「わくわく広場」を介して、信頼関係を持って、直接「繋がり」合うことの出来る場所なのだ。

最近、「食べチョク」など、生産者と消費者を直接繋ぐプラットフォームが話題だが、ここ「わくわく広場」も4年前から地元の生産者を応援するよう取り組んできた。

その方法はとても泥臭く、地道なやり方で。

わくわく広場」の開店当初、名前も実績も知られていない中、商品を並べてくれる生産者さんを探すのは大変だったという。

山本店長は、地元のあらゆる生産者さんやお店に直接お話に行った。ただ、売れる保証もなく、知名度もない店の話に耳を傾けてくれる人は少なかったという。でも山本店長は強い思いを持っていた。

「地元の安全な商品を地元の人に届けたい」

そして、その思いに賛同した農家さんやお店が少しずつ増えていった。今では生産者さんたちの口コミや紹介、ネットワークの中での話題により、多くの生産者さんやお店の参加が広がっている。

地元のお店のこだわりが、ここに集まってくる

 

私がお話を伺っている中で面白いな、と思ったのは、山本店長が「売り切れになることが怖い」という感覚だった。普通なら、売り切れになるほど喜ばれているし、生産者もロスが出なくて良かったね、となりそうなところ、早々と売り切れるとがっかりするというのだ。

何故なのか?それは、山本店長は、楽しみ勇んで店を訪れてくれたお客さんが「もう売り切れちゃったのか…」と残念に肩を落として帰る姿を見てきたからこその感覚なのだ。

「楽しみにわくわくして来てくれたお客さんみんなに、求める物を届けたい!」

そんな優しく強い思いに満ちた山本店長を支えてくれるスタッフも得意なことを活かして、各担当を持って頑張ってくれている。かわいくてとても目を引くPOPも得意なスタッフが受け持っている。

細やかな説明もうれしい

 

ここ「わくわく広場」は常に進化し続けている

「価値」のあるものを届けるために、お客さん、生産者さん、お店、スタッフみんな繋がり、一丸となってより良いものを揃えている。

あなたが今買い物に行き、その手に取るものは、「誰」が「何」を「どうやって加工」し「どんな流通」でそこにあるのでしょうか?

本当に「美味しい」というのは味もさることながら、安心して食べられることも大切だと思う。

わくわく広場 イオンタウン津城山店

住所 514-1112
三重県津市久居小野辺町1130-7
電話番号 059-254-0817
営業時間 10:00〜21:00
定休日 出店施設に準ずる

配送サービス:無し
お支払い方法:現金、電子マネー、クレジットカード、商品券

HP:https://wakuwaku-hiroba.com/

 

伊勢海老の食し方。もう慌てない!生きた伊勢海老が自宅に届いてご安心を。

三重県に暮らしていても「今日の夕飯は、また伊勢海老かー」とはならず「また松阪牛かー」ともならず「またカレーライスかー」はときどきあります。
むしろ伊勢海老やアワビ食べる機会は、都心のフレンチやイタリアンレストランの方が多いのかも知れません。

これは三重県民あるある(?)かも知れませんが子どものとき、父がゴルフか何かの賞品で伊勢海老を持って帰ることがあります。ふたをあければ、おがくずのなかでむくむくと動く生きた伊勢海老。普段はまず台所にいるはずのない伊勢海老の圧倒的な存在感。ザリガニすら触ることを躊躇するのに、海老界の王様・伊勢海老という特別な存在に興味がでて、おそるおそる箱のなかにいる伊勢海老を手で取り出そうとします。しかし「ビンビンッ!」と動く伊勢海老に「わ!」となり、ついシンクに落としていまい、シンクでも「ビンビン!」と生命力溢れる伊勢海老に敗北感を覚えるのです。
伊勢海老はこの「ビンビン力」で海のなかで敵から逃げ、甲冑のような殻をまとい、自然のなかで力強く生きてきたんだなと思うと、50mを10秒台で走る自分は、本当はもっとがんばれるのではないかと思えてくるのです。

さて余談はここまでにして・・。
ゴルフコンペか何かで「おめでとう!伊勢海老当たりだよー!」「やった伊勢海老が当たったー!」というシーンが一生に一度や二度はあるかも知れません。しかし「やったー!」と喜んでいる場合ではないのです。漁師町の人など海老さばきに慣れた人でない限り、家に帰ったらゴルフで疲れた身体で生きた伊勢海老との格闘が待っています。そして丸ごと一匹の伊勢海老は、どうやって食べたらいいのか・・、考えなければなりません。台所で生きた伊勢海老を片手に「ひぇー!」と声を漏らせば、大人たる威厳にも関わります。しかし「あぁ、松阪牛が当たった、アイツがうらやましい」と嘆くことなかれ。キチンと調理して伊勢海老を美味しくいただければ、その場で一躍ヒーローになれるかも知れません。松阪牛のすき焼き鍋奉行になるより、鼻高々なわけです。

では、伊勢海老のある人生をたのしむために、美味しい食し方をご紹介します。
別件の取材(三重の里 いなか旅のススメ)で、鳥羽市相差にある海女小屋「はちまんかまど」にやってきました。ここでは本物の海女さんが、伊勢志摩の海の幸を焼いてくれます。海女さんとのおしゃべりも楽しみのひとつです。

生きた伊勢海老は氷水に浸すとおとなしくなります。伊勢海老が曲がらないように尻尾から頭に掛けて串を刺します。

後は丸ごと焼いていくだけ。シンプルな調理法ながら、火を入れることで甘味が増し、伊勢海老の大きな身の食感を贅沢に味わえます。

ちなみに海女さんたちは今朝も海に潜っていて、今年のアワビは肉厚だそう。そんな美味しそうなアワビも焼いてもらいます。

焼き上がるまで海女さんにお話を聞きました。鳥羽や志摩の海女さんは日本で一番数が多く、日本遺産にも認定されているほど。私はこの地域の出身ではありませんが、友人の母が海女さんだったり、まるで田園地域に農夫が多いように、海女さんがいる暮らしが根付いています。地元の人からすると当たり前のことなのですが、世界的にもこのような暮らしが残る地域は特別で、はちまんかまどには多くの外国人観光客も訪れます。それは日本人が南フランスのワイナリーで、地元の農夫とワインとパンやチーズなどを愉しむような感覚なのでしょうか。などと考えていると伊勢海老が焼き上がりました。

身の取り出し方も海女さんが丁寧に教えてくれます。

まず頭と身の部分の殻を持ちます。

身を持っている手を少しひねり手前に引くと、頭に詰まった身も取れます。

身の部分の殻は、横を持ってギュッと握り潰すと

殻が外れやすくなります。

頭も側部を両手で持ち、

力を入れる(頭は結構な力が要ります)と二つに割れて、海老味噌も愉しめます。

デン!と大きな伊勢海老の身に海老味噌を付けていただきます。海老=プリプリという表現では足りない、ブリンブリンの食感の伊勢海老は甘く、香ばしい海老味噌をつければ味に深みがでます。豪快にいただく伊勢海老からは磯の香りも相まって至福のひと時です。
アワビも火を入れることで柔らかな食感になり、噛みしめると溢れる旨味や海藻の風味を感じ「海の幸が豊富な日本は最高!最高!」と思うわけです。

味噌汁は伊勢海老出汁にアオサの風味、海女さんが獲ってきたヒジキ、貝に干物。海の横というシチュエーションで潮風も心地良い癒しの時間。

食事が終わるころ、海女さんたちが集まってきて「相差音頭」の演舞を披露。想い出に華を添えてくれた海女さんたち。

レイ子さん

そして最高齢の海女さん・レイ子さんの「元気な海女・レイ子のお守りストラップ」も購入できます。(取材ということでプレゼントしてもらいました。ありがとうございます!)

これで生きた伊勢海老がうっかり自宅に届いてもご安心ください。また、日常の喧騒から抜け出し、非日常の旅に出かけたくなったら、風光明媚なリアス海岸が広がる伊勢志摩で海女さんとお食事はいかがでしょうか。

そこには、ゆったりとして時間が流れています。

Photo 松原 豊

 


 

取材協力
海女小屋 はちまんかまど
〒517-0032 三重県鳥羽市相差町819
はちまんかまど予約案内所 TEL 0599-33-1023
HP https://amakoya.com/
Facebook https://www.facebook.com/amahuthachiman

 


 

三重の里 いなか旅のススメでは、OTONAMIEのライターさんが特集記事を綴っていきます。
ぜひご覧ください。

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秋が来たら「まつさか香肌イレブン」の峰々へ。

今年も、秋が来たらやりたいことがある。それは、松阪市西部の峰々から選ばれた11座、まつさか香肌イレブンに登ること。昨年は、白猪山、烏岳、高見山の3座に登った。中でも高見山は、登山初心者の私が、秋冬のうちに3度登るほど、ハマった山だ。

奈良県と三重県境に位置する高見山は、標高1249m、登山家の間では「近畿のマッターホルン」と呼ばれているほど、秀麗な山容を誇っている。ガイドをお願いした山の達人に「あわよくば、雲海が見たいんです!」と無謀な相談をした。「じゃ、あそこのコンビニに午前3時に集合な」

 

ヘッドライトに導かれ、暗闇の高見山に挑むことに。

午前3時出発。登山初心者の私が、達人のヘッドライトに導かれ、暗闇の高見山に挑む。視界に制限があると耳が敏感になるようで、何か音がすると「まさか熊?!」とビクビクしながら進んだ。山頂に着くころには、自分の荒い呼吸音しか聞こえないくらい息が上がっていたけれど…なんとか登頂!山頂は明るくなっていたが、深い霧に包まれ視界が悪く、雲海どころでは無かった。強風の山頂は10月なのにとんでもなく寒い!山小屋でコーヒーをごちそうになったら、そそくさと下山。高見ブルーと言われる高見の青空も拝めなかったが、なんだかとても気分が良かった。

山頂の山小屋で、コーヒーを頂く。
山頂付近は霧が発生。幻想的だった。

それが1度目。2度目は12月、とにかく霧氷を見てみたかった。「あんまり天気は良くないみたいですけど、明日は高見に登ります!」そう達人に連絡したところ、「低気圧来とるから、気ぃつけて」…大丈夫か、私。

 

山は天気が重要と、思い知ることになる。

案の定、高見は笑ってしまうくらい吹雪いていて、あたり一面真っ白な雪の世界を、鼻水をたらしながらなんとか進んだ。山頂で撮った写真には、顔はビシャビシャ、髪の毛はボサボサのまま凍っている私の姿が。残念ながら、霧氷と言うよりはただ単に、木に雪が積もって見えるだけといった感じだった。猛吹雪の山頂では、小屋に避難して震えながらカップラーメンを食べた。凍えた体を溶かしてくれるその味は格別!山頂でカップラーメンを食べるために、山に登るのもいいなと思った。

天気の悪い中、付き合ってくれた夫。
超絶おいしい!山頂のカップラーメン!

年が明けて1月中旬、3度目はなんとしても高見ブルーに映える霧氷が見てみたい!そんな想いで、仕事も休んだ、天気も直前まで確認した、お願いしますっ!

 

3度目の正直、高見ブルーと霧氷のトンネル。

前回は松阪市側の登山口、舟戸ルートから登頂したが、今回は奈良県側の杉谷ルートからスタート。船戸ルートは松阪市指定文化財の五輪塔や、中央に南無阿弥陀仏と刻まれた、高さ2.2m、幅2.3mの両部曼荼羅という自然石をみることができる。個人的には舟戸ルートが好きだが、今回杉谷ルートを選んだのは、霧氷のついた木々のトンネルをくぐるためだ。吹雪の2度目とは違って、風もなく木漏れ日が心地良い。「こんないい天気は珍しい、あんたら今日はラッキーや」と関西からの登山客。時折おしゃべりしながら山頂を目指していると、「霧氷、綺麗でしたよ、もう少しですよ」と下山する人々が声をかけてくれる。がぜん足取りも早くなる。

そしてついに、高見ブルーに映える霧氷のトンネルが!太陽を浴びてキラキラと輝いている。なぜだか脳内にアナ雪の歌が流れてきてしまう。3度目の正直でようやく見ることのできた絶景だった。

風の強い山頂では、「エビの尻尾」と言われる霧氷が形成されていた。木などに付着した雪や水滴が、風上に向かって羽毛状に成長し、エビの尻尾のように見える。天気が良いので登山客も多く、ソーシャルディスタンスを考えて今回は山小屋には入らなかった。何より、目の前の絶景にテンションが上がり、山小屋で休まなくても良いくらい疲れを感じていなかった。感動をカメラに収めたらホクホクとした気分で下山。自宅から車で1時間足らずだが、近場の山で体験したとは思えないような非日常体験だった。例えると、初めて大型の野外フェスに参戦した時の感覚に近いような。その興奮は何日も続き、忘れられない1日になった。

 

地元住民の山岳信仰、まつさか香肌イレブンの峰々。

まつさか香肌イレブンの峰々は、山頂に神社がある山が多いらしい。高見山であれば八咫烏を祀る高角神社が鎮座し、地域住民からは首から上の病気が治ると信仰されている。昨年登った白猪山にも、石尊大権現が祀られていた。なんと毎年白猪山では、山頂付近で投げ餅もするのだとか。(新型コロナウイルスの拡大により、現在は中止されているとのこと)

古くから山は、日本人の心の故郷であり、山を崇拝し、山に育まれて生きてきた。そういえば、ガイドをしてくれた山の達人は、落ちているゴミを拾っては、背負っているザックをゴミでいっぱいにし、登山道を進んでいた。先人達が残してくれたこの山。安易に汚してはならない、失くしてはならない、この峰々は私たち日本人のパワーマウンテンなのだ。そう思うと、登る時の気持ちも変わってくる。

私のような初心者から、山好きの上級者まで楽しめる、まつさか香肌イレブンの峰々。次はどの山に登ろう。

 

オリエンテーリング・パーマネントコースin北勢

オリエンテーリング・パーマネントコースin北勢

オリンピックは盛大に開催されましたが、素人さん向けのレースは片っ端から中止になってモチベーションが上がらない・・・。レースを目標に練習に励むのでオリンピック見てもどうもテンション上がりません。

そんなこんなで走るきっかけを友達からお誘いを頂き楽しいネタをご紹介。

オリエンテーリング・パーマネントコースというのがありまして、オリエンテーリングって子供の頃いろんなポイントを順番に回るゲーム。これがパーマネントということで常設でポイントが設置してあるということです。

このコースは全国にあって、三重県内にも数ヵ所コースがあって桑名から近い場所だとこの北勢コースとなります。

やり方としては伊勢治田駅に行って駅の改札口でオリエンテーリングのマップを購入。ここのはお安く50円でした。伊勢治田駅に何度も行ったことがあるのですが、こんなに大きなオリエンテーリングの看板があるなんて気がつかなかった!

この地図をもとに順番にチェックポイントを回ってゴールの伊勢治田駅に戻る時間を競うゲームです。一人でもいいし複数のメンバーで力を合わせてやってもOK。

賀毛神社 賀毛神社

まずは賀毛神社に向かう。

ポイント

パッとみてポイントは目立たない場所に設置してあるのでよく見回さないと見つけられません。見つけてもこのようにコケが生えてて字も消えかかって読みづらい・・・・。

ポイント

チェックポイントもわかりやすい場所ではなく、このように森の中をしばらく歩かないと見つけられないポイントもあります。

ヒル

この時期に鈴鹿の山を走るということはどうゆうことかというと、ヤマビルの餌食になるということで、この日も私の足に6ヵ所ほど血を吸われた跡が残ってしまいました。野生動物が多いということはヒルもいっぱいいる地域となってしまい恐ろしい。

チェックポイント

地図を見て絶対この場所にあるはずとあたりを見回しても見つからない場所もありました。全てのチェックポイントが目線のところで見つかるとは限りません。U字溝の横に倒れて雑草に隠されているポイントも。

ポイント

各ポイントの文字を記録しておくのですが、ペンを持ち歩くのが手間なので皆さんスマホで写真を撮って後で転記するみたい。

今回10kmのコースを走ったのですが、全国の10kmのコースを10ヵ所以上走ると100kmコンペに登録してもらえるみたい。三重県だけではコースも少ないし遠いので、愛知県と岐阜県も回って100km目指したいと思います。

 

レースがないこの時期のモチベーションアップのマラソンのネタとしていつでも誰とでも楽しめるオリエンテーリング・パーマネントコースいかがでしょう?

 

古今MIXのお洒落な街、神楽坂で御福餅に会える

2019年1月にオープンした『甘味とお食事 マリアーヌ』に行って来ました。伊勢・二見町の御福餅本家がプロデュースする、スイーツとお食事の店です。私は雑誌でここを知り、ずっと来たいと思っていました。

神楽坂と言えば、東京メトロ東西線の駅ですが、新潮社の倉庫をリノベーションした商業施設「ラカグ」が見たくて、矢来町方面からスタートしました。新潮社本館もすぐ近くにあります。

神楽坂はその名のとおり坂のある街で、石畳なんかもあり、とても風情があります。花街として栄えた江戸の面影も漂い、洗練された大人の街。私は大学時代、東西線を利用していながらここで降りたことが全くなかったのですが、こうして年齢を重ねた今ゆっくり散策してみると、なんと魅力的な街であることか、とても大きな刺激と発見があります。

老舗とモダン店舗が混在し、「プチパリ」や「フランスの下町」と形容されます。

早稲田通りを下って行くと、小さなビルの2階に『甘味とお食事 マリアーヌ』がありました。

黒板アート作家のすずきらなさんによる作品が、ウェルカム感満載。季節によって作品は変わるそうです。苺のイラストはどこか懐かしいのにモダンな感じ、ずっと眺めていたい気持ちになります。

エレベーターで2階に上がって、降りるとすぐに店内。入ってすぐに消毒用アルコールが置いてあり、スタッフの方から検温を受けました。可愛いオリジナルのマスクケースも用意されていて、感染症対策は万全です。

店内は明るくて、落ち着いた空間です。私が行ったのは平日の14時頃でしたが、女性のお二人連れが何組か入れ替わったり、お一人のお客様もいらっしゃいました。外国人の男性お二人はかき氷目当てで来店されたようです。とても快適にゆったりと時間を過ごすことができます。

二見(味)うどん定食(手ごね寿し丼と伊勢うどんのハーフ&ハーフ) 1,300円

お食事で手ごね寿しと伊勢うどんをいただけるのは嬉しいです!特に、東京で伊勢うどんはなかなか食べられません。ほかにもいろいろなバリエーションの伊勢うどんがあったので、必ずまた来ようと思います。

おすすめ3種盛り(数量限定) お福餅/抹茶餡お福餅/包み餅きなこ 750円

三重県出身の方には言わずもがなですが、御福餅の餡は伊勢・二見浦の波の形を表現しています。優しい甘さの漉し餡で、中でも包み餅きなこは甘味と塩味のバランスがとても美味しかったです。お餅もとてもやわらかく風味豊かなのは、本家と同じです。

お土産で買えるのもありがたいですね。ただし、売り切れてしまうこともあるので、確実に購入されたい方は電話での取り置きがおすすめとのこと。お福さんが可愛くてほっこり、贈っても喜ばれること間違いなしですね。

 

今回紹介していないメニューもたくさんあります。伊勢うどんにカレー味があると初めて知りました。それを食べるためにぜひまた訪れたいと思いますし、もちろん御福餅も食べたい!

皆さまも神楽坂散策の合間に、ぜひお立ち寄りください。

 

*【閉店】甘味とお食事 マリアーヌ*

お知らせ – 御福餅本家 (ofukumochi.com)

所在地
東京都新宿区神楽坂6-58 RITZ神楽坂2F
電話番号
03-6280-7744
営業時間
火~土 11:00-19:00 (LO. 18:30)
日・祝 11:00-19:00 (LO. 18:30)
営業日・定休日
月曜定休(祝日の場合は翌日)
交通
東京メトロ東西線「神楽坂駅」から徒歩3分
都営地下鉄大江戸線「牛込神楽坂駅」から徒歩6分

 

譲れないもの それは[100%やること] 鈴鹿PG今井那生の生き方

「千葉県1人口の少ない街、神崎町から初のJリーガーを目指す鈴鹿ポイントゲッターズ26番ディフェンダーの今井那生です。」

私がパーソナリティをしている「鈴鹿ポイントゲッターズのらじお」にゲスト出演して頂いた第一声。

ラジオでの収録。隣にはパーソナリティの海口彦太選手。とても仲の良い二人の話は軽快。

町人が大体知り合いだという小さな町でのヒーローである那生選手は、幼い頃からとにかく体を動かすのが大好きな少年だった。

でも意外なことに、サッカーは土日だけ。あとは缶蹴りなどの遊び、ミニバス、陸上、テニス、野球、おじいちゃんとは体操、相撲などをしていた。

中学に上がった時には、大好きなバスケとサッカーの間でどちらを真剣にやるか揺らぎ、選んだのがサッカーだった。その理由も那生選手らしい。

「サッカーの方が難しかったから」

そして、JFLに所属する鈴鹿ポイントゲッターズで今プレーし続けられるのも、「今なおサッカーが難しいと感じている」からなのだという。

中学では背番号10番のキャプテンとして大活躍だったが、一転、高校は180名を超える部員の中で最下位である5軍からのスタート。しかし、彼の心は折れなかった。

チームで上手な子と仲良くなって、1対1の自主練を続けた。門限を破ることも多く、夜遅くまでボールを蹴り続けた。その上手い子に100回挑戦して100回ボールが取れず、悔しくてもあきらめなかった。

中学時代に陸上部の顧問の先生からスカウトされたほどの自慢の足で、走って、走って、足では1番を取ろうと頑張った。練習では人一倍声も出した。

そんな彼の姿を監督たちはちゃんと見ていた。

一年生の中で16人に選ばれ、2年生では試合に出られるようになった。影の努力は裏切らないものである!しかし、順調には進まなかった。

ケガである。右ひじ骨折、足首骨折。5か月間の間、サッカーが出来なくなってしまったのだ。

失意の中、彼を救ってくれたのは、本田圭佑のこの言葉だった。

「挫折は過程。最後に成功すれば、挫折は過程に変わる」

この言葉を胸に、練習に参加出来ない那生選手が、こつこつと筋トレをする傍ら、別の視点を得たのも大きな収穫だったという。それは「監督の気持ち」と「外から見えるもの」。この別の視点から、自分のことを客観的に見ることが出来、普通の人以上にリハビリに励めたのだろう。

ケガから復活した彼は、サッカーが出来る喜びを噛みしめて益々練習に打ち込んだ。しかし、新チームとして3年生の合宿、なんと1学年下の後輩にポジションを奪われてしまったのだ。

そこでもクサラナイのが那生選手の凄いところ。新しく自分の照準をヘディングに合わせ、見事!大切な場面でヘディングを決め、監督の評価を勝ち取る。

そして、県大会の2回戦。が、しかし、ここでまた難関。

左ひじの骨折である。

もう出られないのを覚悟していた彼に、試合前日、監督がかけた一言、「やるだろ?」

那生選手は高校最後の試合、骨を折ったまま出場した。

とても美味しいランチを津市 Bais にて

大学のサッカー部に入った彼は、中学とは比較にならないくらいのショックを受けていた。220人を超える部員で、7軍からのスタートとなったのだ。

そこでもクサラナイ那生選手。毎日、自主練を積んでいた。

そして、ある練習試合の後、チームメイトたちは疲れて帰宅していった中、彼は一人自主練に励んでいた。そこをたまたま訪れたのが、Bチームの監督だった。那生選手が一人黙々と練習している姿を見た監督。それがきっかけになり、試合に出られるまでになっていったのだ。

そんな那生選手がひたすら行っていること。

それは「100%やること」

自分は下手だから。自分よりも上手い人はいる。でも100%頑張ることは負けない。

上手いだけのサッカーでは勝てない。サッカー選手として、「自分の役割」を把握しないと「生きていけない」のだ。泥臭くてもいい。80%じゃ上手い人に追いつけない。今日一日後悔したくないから、100%出し切る。

そんな那生選手の強さの秘密は、一人で育て上げてくれたお母さんの存在があるのかもしれない。

中学、高校、大学と、進路にぶつかると、いつもお母さんと揉めたという。それでも最後には、サッカーに向き合う彼の背中を全力で応援してくれた。

「その選択はキツイってわかってるよね。社会人だから自分で決めなさい」

大学卒業後、サッカーを続ける選択を告げたとき、母はいつものようには反対せず、そう言って、ただただ彼の決断を応援してくれた。

「一番近くで応援してくれている。」

鈴鹿ポイントゲッターズでの初ゴールは、母の日だった。一番応援してくれている母へ、「母の日ゴール」をプレゼント出来た、と嬉しそうに語ってくれた。

距離は遠くに居ながらも、いつも心は一番近く見ていてくれる母の存在が、那生選手を励まし、100%の力を出せている源なのではないかと私は感じた。

これからもきっと那生選手は魅せてくれる。

彼の夢は叶い、日本代表としてボールを操る姿を。

最後に彼の言葉で締めたいと思う。

「100%やるのは、今の立ち位置を与えてくれた人たちへの恩返し。未来の自分のために、一番若い今日の自分が100%出し切る」

明るくて人を喜ばせることが大好きな彼のサービスショット

鈴鹿ポイントゲッターズHP:https://suzuka-un.co.jp/

 

自転車でダブルリバークルーズ体験〜その2

以前この様な投稿をしました。

無料でリバークルーズを楽しめる場所を発見

この時は予定では桑名を通る大きな川の渡し船を全部いっぺんに体験しようと計画。
が、実際は前日の増水で船着き場まで行って乗船出来なかったので再挑戦。

背割り堤防

いつもの様に背割り堤防を気持ち良くサイクリング。

愛知県営西中野渡船場

今回前回と違うのが係の人が待機している小屋がある方では無く、逆側の方から合図を送って迎えに来てもらって乗船に挑戦。まずは愛知県営西中野渡船場に到着。

前回来てたのでこの場所が分かったけど、初めてだと気が付かないでスルーしそうな場所。

旗揚げる 旗揚げる

こちら側からは係の人が本当にいるか分からないけど、前回チェック済みのこの旗をグリグリ回して揚げてみる。

旗

この状態で対岸から本当に確認してくれるのかな〜?

今の時代だったら誰でももっているケータイの番号を書いて連絡頂戴で5G通信で済むのに、あえてこの古典的な通信手段で連絡を取り合うなんて本当に楽しい!

小屋

しばらく旗を揚げて変化が無く本当に来てくれるのかな〜と不安になる。

送迎船

 渡し船きた!

本当に迎えに来てくれました。

船 船

一度乗船しているのでここからは安心してと。

船から見るとあんなに小さな旗をよく確認してくれたものだと。

安全第一

もちろん救命具を付けて乗船して安心。前回同様自転車も人間も無料で渡し船に乗せてもらえて10分ほどの船旅体験。

見返す

向こう岸から自転車と一緒に無事上陸完了。

橋建設

この渡し船の近くに今建設中の大型の橋が段々完成に近づいてます。これが出来上がるとこの渡し船ももうなくなってしまうのが寂しい。

モーニング

今回も自転車で走っての目的地は一宮モーニング!

略してイチモ!

私が注文したのがアイスコーヒー。そしてモーニングでサービスで付いてきたのが、小倉トーストハーフ・焼きそば・サラダ・茶碗蒸し・グレープフルーツという丁度運動してからの小腹を満たすいい量。

 

これで何と!珈琲代の300円で頂けるというので驚き!

更に珈琲チケットを買うと254円でこれを頂けるのだからイチモの凄さ。

小紅の渡し

お腹も膨れたところで、前回乗れなかった小紅の渡しに到着。こちらも小屋のない方からお迎え乗船に挑戦。

呼び鈴

小紅の渡しの連絡手段はデジタル通信のインターホンで伝送されるみたい。

待つ

しばらく待つと小屋から人の気配が

小紅

小紅チャンが階段を降りて来てくれた!

小紅

やったー!
小紅ちゃん一人でお迎えに来てくれました!

船の操作も一人で上手に接岸。

無事乗船

こちらも救命胴着を着けて自転車と一緒に無事乗船させてもらえました。もちろんこちらも無料でリバークルーズ。しばし船旅を楽しむ。

接岸

そしてこちらの渡し船も無事接岸。どうもありがとうございました。

map

今回のサイクリングコースはこんな感じ。

そして小紅ちゃんから伺った渡し船情報。
どうも豊橋にも同じように渡し船があるみたい。調べたら「牛川の渡し」と言う場所。桑名からの距離を調べると片道100km。往復だと200kmか〜。

自転車で走っていくのはちょっとヘビーなので悩みます。

花火と君に込めた夏。

今年の2月ごろから、
ほぼ毎週のように僕の家に足繁く通ってくれている
一人のミュージシャンがいます。

平岡パイセン

彼の名は平岡孝紀。
伊勢在住のデザイナー兼ミュージシャンであり、
実は僕の出身校でもある皇學館高校の大先輩。
ミュージシャンとしては、
三重県民には馴染の深いスーパーマーケット、
ぎゅーとらのテーマソングを歌っていた過去もあるので
いわゆる僕と同じ、
ローカルミュージシャンとしても先輩です。

平岡さん作のご当地LINEスタンプ。実はバズってるそうです

そんな大先輩が、先輩風を一切吹かせる事もなく、
僕みたいなどうしようもない後輩の家に、
かれこれ半年近く来続けてくれるには理由があり。
普段、彼は自身がフロントマンを務めているバンド
CLYDESDALEとして活動しているのですが、
平岡さん以外のメンバーが愛知県名古屋市在住という
都市部と地方を自由に行き来できないこのご時世柄、
音楽活動にも制限ができてしまっているのは
もはや世界中のミュージシャンあるあるだと思います。

そんな折に、ご自身の娘さんの
幼稚園の卒業式のテーマソングを作るという、まるで
ミュージシャンパパの鏡みたいな事をしたいから
協力してほしいという話をもらったのが、
確かこの2月の半ば頃。
この時は時間もなかったので、
短期集中型で作品を吐き出し
幼稚園の卒業式に間にあわせることができました。

そこから偶然も重なり、立て続けに3曲、
平岡さんの楽曲のボーカル録音、
そしてMixからマスタリングまでを担当してました。
ちなみにまだあと1曲作っている最中なので、
全部出来上がってません、
月末入稿目指しているのですが、
必要な楽曲データがまだ手元に来てないので
内心ヒヤヒヤしてます(笑)

毎週のようにこの光景を見てます

今回、記事にしたいと思うに至ったのは、
先日世に送ったばかりの3曲目。
「花火と君」というナンバーについて。
去年から、日本はおろか、世界中から”普段”が消え
ここ日本でも、風情にあふれた四季折々のイベント、
お祭などが姿を消しました。
僕たちの住んでるここ伊勢もそう。
伊勢まつりや河崎天王祭、高柳の夜店。
そして、宮川の神宮奉納花火大会など、
伊勢の風物詩もなりを潜めています。
さみしい限りです。
その気持ちを少しでも紛らわせたいと、
歌詞や曲の世界観の中に、
ありったけの”日本の夏”を投じた本曲。
そして作った楽曲を、仕事が激減してしまった
花火師へ還元したいという強い思い。
去年、僕は同じような思いを持って曲を作り
ライブハウス支援という大義を勝手に抱え
日本全国のお世話になっている
ライブハウスへ支援金を送って回りました。
なので今回のアクションは
僕なりに共感するものがあり
微力ながら力になりたいと思いました。

伊勢市長さんへもギター片手に凸ってらっしゃいました。

そして偶然、
僕の仲間たちも平岡さんの制作サイドについていました。
題字には松阪の書道家、伊藤潤一。
花火のジャケット写真はOTONAMIEでもおなじみ、
僕と同じくUstreetから、井村のよっちゃん。
PVは僕の幼馴染、カメラマンの古市真崇。
キャストも仲のいい友達。
曲中の尺八は全国行脚の相方である竹内洋司。
お手伝いにも芸大の同期okayu effectsが
参加してくれたりと、
僕からしたら安心かつ気心知れたメンバーが
いつのまにか平岡さんの脇を固めてくれていました。
いやー、心強いもの。

PV撮影時。伊勢の辻傳花火さんも加わってくれてます

そして個人的に嬉しかったのが、
彼のバンドCLYDESDALEのメンバーも
制作に多大な貢献をしてくれたということ。

CLYDESDALE

音ネタは基本的にバンドメンバーが作ってくれました。
際して、曲の方向性や技術的な相談などを、
伊勢と名古屋をリモートで結び
未だ直接会ったことのないミュージシャンと
毎晩のようにディスカッションを重ねながら
じわじわと楽曲を作っていく。
僕のような田舎の自称ミュージシャンには
中々できない経験で非常に新鮮でした。
おかげですっかり寝不足の日々です。

あたし近撮。容姿だけはベテランエンジニアです

もちろん、
直接スタジオに集合して面と向かって相談しながら
楽曲を作っていったほうが遥かにやりやすいし、
時差もないので話も早いです。
僕の言葉を使って表現するなら、アナログ最強です。
ただ、それが難しい中で、デジタルの恩恵に甘え倒し、
いかにお互いがやりやすい方法を探って
もともと”見ず知らずの仲間”相手にお互いの好みや
バックグラウンドを理解しながら進めていくのも、
やったことない事に挑戦してる感が出ていて
楽しいものです。

メジャーであれインディーズであれ、
1曲を世に送る裏側には沢山の人の協力があります。
ミュージシャン本人の力自体は
実際とても微力なものだと僕は思ってます。
いろんな人の微力が集まって初めて作品は大成するもの。

今回できたこのウェーブは
平岡さんの人徳だからかなと思いますし、
彼の性格がこの曲にはっきり表れていると思います。
半年間、一緒に楽しみ、
時に苦しみ悩みながら作業を進めてきました。
本来なら、大変だった思い出を
適度に脳みそが美化してくれた上で、
いい思い出だと振り返りたいところですが、
これはまだ終わってない話だし
この夢からはもう少し醒めたくないので、
逆に、中途半端なところで、
一旦この話からはおいとましようと思います。

写真撮られるのは苦手だそうでです笑

よろしければ、
この続きは是非耳で体感してやってください。
同じ伊勢志摩のミュージシャンとして応援してます。
・・・平岡さん高校の先輩やし、一通り終わったら
いきなり後輩風でも吹かせまくって
焼肉にでも連れていってもらおう⭐︎

平岡孝紀
“花火と君” DLサイト↓
https://linkco.re/NCg27R0v

各SNSはこちら↓
https://linktr.ee/hiraokatakanori

☆おまけ☆
伊勢弁LINEスタンプ(てるざえもん
https://line.me/S/sticker/1074443?lang=ja&ref=lsh_stickerDetail

世界が評価をする映画監督「小津安二郎」が育った町、 三重県松阪市でルーツと魅力を辿る歴史観光の旅。

山田洋次、是枝裕和、北野武、宮崎駿、庵野秀明、そして黒澤明。日本を代表する映画監督だ。2018年に是枝裕和監督は「万引き家族」でカンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞という最高賞を受賞。また世界の人々を魅了し続けた数々のスタジオジブリ作品は宮崎駿監督によって生まれた。そして私たちは2021年、庵野秀明監督が手がける「全てのエヴァンゲリオン」とさよならをした。「男はつらいよ」の山田洋次監督や北野武監督の数々の名作は語ればキリがない。そして「世界のクロサワ」と呼ばれる黒澤明監督は世界でも評価される日本の映画監督であろう。

しかし今回紹介するのは上記の監督ではない。皆様は世界の映画監督たちが、もっとも高い評価をした日本人映画監督がいるのをご存知だろうか。そう、小津安二郎監督だ。

もちろん熟知している映画ファンもいれば、「小津安二郎」の名前だけは耳にしたことがあるという人もいると思う。2012年に英国映画協会により行われた「世界の映画監督358人の投票」で最も優れた作品として選ばれたのが、小津監督の映画作品「東京物語」。この映画の評価がどれだけ凄いものなのかは、下位の作品を見れば一目瞭然。「2001年宇宙の旅」、「市民ケーン」、「タクシードライバー」、「ゴッドファーザー」、「めまい」等、世界の名作より評価が高い。そして現代の映画やドラマの多くに、小津作品のなかに見られるローアングルなどの撮影手法「小津調」をオマージュした作品があることは映画好きの間では常識となっている。

 

人と町、普遍的な日常。

▲(映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より)

東京の深川で生まれた小津安二郎は9歳の時、父の故郷である三重県松阪市に移住。江戸時代から松阪市には小津姓を名乗る商人が多く、小津安二郎の家系は小津三家と呼ばれる名家のうちのひとつ「与右衛門家」の分家として問屋を営んでいた。9歳から映画の道を歩むため再び東京に上京するまでの10年間、小津安二郎は多感な10代を松阪で過ごした。

近鉄とJRが走る松阪駅周辺には小津安二郎が暮らした痕跡などが今でも残っていることから、「小津安二郎ゆかりの地」としてファンから愛されている。

余談だが、私は暇を持て余していた学生時代、数多くある世界の映画作品をレンタルビデオ店で漁っては観ていて、小津作品と出会い、ファンになったひとり。小津作品を観たことがない人に「魅力は何ですか?」と質問されると、私はすぐに回答できない。小津安二郎が監督になった当時は、白黒の映画どころかサイレント映画が主流の時代。従って小津作品の魅力を話すとなると、日本だけでなく世界の映画史から振り返る必要があるので、今回は主観と考察を交えて、その魅力をお伝えしたい。

小津監督の代表作「東京物語」で描かれるのは「家族の日常」だ。起承転結を求められる現代映画は非日常のストーリーを描くことも多く、伏線を散りばめて観客を映画に夢中にさせるような技術が用いられることが多い。しかし「東京物語」は、誰もが生きる上で経験をするような「日常」が描かれていて、小津監督を知らない人が「東京物語」を観た時に驚きや号泣するようなポイントがあるわけではなく、キャッチーなアクシデントが起きるわけでもない。したがって小津作品の何が特別で、世界に評価されているのかを理解できないということも十分に有り得る。

私は「普遍性」というテーマ設定が小津作品の魅力のひとつだと感じている。そしてメガ観光地ではなく、オフィスビル群が立ち並ぶわけでもなく、しかしながらどこか懐かしくレトロで、人々の営みや暮らしの体温を感じる松阪という町は、小津作品の魅力に通じる何かがあるような気がする。
小津安二郎はどんな人で、作品が現代に放つメッセージとは何なのだろう。いち映画好きのハシクレとして小津安二郎が育った松阪市を巡った。

 

小津監督のルーツを辿る「小津安二郎松阪記念館」

松阪駅から徒歩約15分。松坂城跡(松阪公園)内に、令和3年4月3日リニューアルオープンした「松阪市立歴史民俗資料館(2階 小津安二郎松阪記念館)」へ向かった。

小津作品の劇場看板やセットの模型など、小津ファンにとってたまらない展示品を見ながら建物2階の記念館への階段を上る。映画看板は、当時と同じように看板職人さんが再現したもの。

▲写真右下が小津安二郎少年

館内には小津監督が小学校の美術の授業で描いた絵や、生い立ちがわかる写真・資料が展示されている。

案内して下さったのは学芸員の岩岡太郎さん。

岩岡さん:小津監督が9歳から19歳まで松阪で暮らしていた当時、この建物は「飯南郡図書館」として利用されていて、小津監督も図書館に通っていたそうです。図書館で居眠りをしていたと日記にも残っているんですよ。

小津作品の特徴として撮影手法「小津調」が有名。その手法は独特で、スチール(写真)撮影のように決められた構図を固定カメラで撮影し、画面内に映る小物などの高さなどにも、とてもこだわる。
私は勝手に「そんな小津監督の少年時代はきっと真面目で几帳面な性格なのではないだろうか」と想像をしていたが、資料によると明るく元気で活発な子ども時代を送っていたと岩岡さんに教えてもらった。

▲小津監督作品「お茶漬の味」のシナリオ台本など
▲小津監督作品「生れてはみたけれど」のワンシーンで使用された映写機の同型機

映画監督になってからの、シナリオ台本や映画内で使用されていた映写機の同型機など、貴重な物も展示している。

館内にはデジタルサイネージもあり、画面をタッチすると数多くの名言を残した小津監督の言葉がランダムに表示され、いつまでも読んでいたくなる。

岩岡さん:小津監督が暮らしていた当時の地図から、小津少年の暮らしと松阪がどのような町であったかイメージすることができます。

そんな話を聞き、地図にあるスポットをいくつか巡ることにした。まずは、スポットのひとつで、小津安二郎の日記にも登場する老舗菓子屋を訪ねた。

 

お伊勢参りと松阪の関係性

記念館から歩いて約8分。老舗和菓子屋の「柳屋奉善(やなぎやほうぜん)」。小津監督の日記に、こちらのお店で御菓子を購入したと記されている。

▲「柳屋に老伴(おいのとも)三箱注文して兄と別れて公園に行く」
(店内に展示)

私は以前に松阪を代表する銘菓「老伴」は、お伊勢参りの定番お土産だったと聞いたことがある。柳屋奉善の17代・岡久司会長にお話をうかがった。

▲岡久司会長

岡さん:「柳屋奉善」ができたのは440年以上前です。1575年に滋賀県日野町で、蒲生氏郷公よりお茶菓子製作の命を受けたと伝わっております。当時、安土城の建設準備中であった織田信長公(蒲生氏郷公の義父)に捧げるために「老伴」を作りました。

その後、蒲生氏郷公が松坂城を築城する際に、滋賀県の近江商人なども松阪に移り住み、町を作ったことが松阪誕生のルーツであり、町の成り立ちとともに「老伴」は今もある。

▲定番の味から今でははちみつや柑橘などを使った新作もある老伴

岡さん:「老伴」は、もなか生地のなかに羊羹が入っていて、全国的にもこのような組み合わせの御菓子は珍しいんですよ。当時の職人が、ハイカラなものを好んだ信長を喜ばせようという気持ちもあったのだと思います。あとお伊勢参りが盛んな時代、移動手段といえば徒歩で冷蔵保存の技術もなく、お土産は日持ちするものでないと旅の途中で傷んでしまう。伊勢の帰りに松阪に立ち寄り、日持ちしやすい「老伴」を多くの参拝者にお買い求めいただいたと記録が残されています。

当時の松阪はお伊勢参りの玄関口として旅人で賑わう宿場町。参拝者のなかには貧しい人もいたり、松阪で遊びすぎて資金が無くなった人などもいて、伊勢までの資金が足りなくなり、神域の入り口・松阪で伊勢神宮のお神札だけいただいて、帰路につく人もいたのだそう。その際にもお土産として「老伴」を買っていく慣わしがあったのだとか。

 

日本最初の厄除観音の霊場「岡寺山継松寺」

次のスポットは「岡寺山継松寺(おかでらさんけいしょうじ)」。こちらのお寺は「日本最初の厄除観音の霊場」で、奈良県にある「東大寺」建立が無事成功することを祈願するために建てられた歴史ある寺院。
聖武天皇が42歳の厄年に、岡寺山継松寺のご本尊「如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)」を宮中にお奉りし祈願した後に、当時、飯高郡石津郷(現在の松阪市石津町)にあった継松寺に再び安置したことから「厄除け観音」として名高い。(その後、継松寺は1617年に現在の松阪市中町に移されている。)

毎年3月には「初午大祭(はつうまたいさい)」が行われる。三重県内の仏教寺院の祭礼としては最大の初午大祭で、地元や全国から訪れる厄年の方々など、多くの参拝者で賑わう。

▲初午まつり「宝恵駕篭道中行列(ほえかごどうちゅうぎょうれつ)」の様子。
(写真:松阪市観光協会)

お寺の周辺にたくさんの露店が立ち並び、初午大祭本日に催される初午まつり「宝恵駕篭道中行列」は、地元の人にとって毎年楽しみの行事。小津少年も、友人や家族と一緒にお祭りを楽しんでいたのでは。

ご住職の柏木文雄さんにお話を聞かせていただいた。

柏木さん:松阪の町は、お伊勢参りが盛んであった江戸時代の賑わいほどではなくとも、第二次世界大戦の空襲を逃れたため、昔と変わらない風景も多く残っています。

▲初午で賑わう継松寺(昭和31年)
(映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より

蒲生氏郷公が松阪の町をつくる1588年よりも更に遡ること約800年以上前に石津に創建され、江戸時代に現在の中町に移され、それから現在に至るまで松阪市の成長を見てきた岡寺山継松寺。時代は移り変われど、変わらない風景。この界隈にはお寺が多く、そんな環境で育った小津少年にとって変わらないこと、つまり「普遍性」への意識というのは、幼いときから身に染みついていたのかも知れない。

 

愛宕山龍泉寺と映画館・神楽座

続いてマップにあった「愛宕山龍泉寺(あたごさんりゅうせんじ)」へ。

小津監督の日記には「夜、家に風呂なければ愛宕山のはたの温泉風呂に一人二銭」と記されており、日頃からよく訪れていたと思われる。

▲初愛宕大祭の様子
(映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より)

ここでは江戸時代から続く縁日「初愛宕大祭(はつあたごたいさい)」が行われ、1月に火除けの護摩、火渡り、愛宕市が開かれ多くの人で賑わう。

▲神楽座 (映画監督 小津安二郎 青春のまち松阪より)

昔は「愛宕山龍泉寺」の門前に賑わいがあり、寺のすぐ前に「神楽座(かぐらざ)」という映画館があった。映画館に足繁く通った小津少年は監督になった後「もし、この小屋がなかったら、僕は映画監督になってなかったと思うんですよ」と語っている。また、神楽座周辺の愛宕町にはもともと遊郭があり、お伊勢参りに向かう旅人で賑わった。

▲現在は飲食店などが立ち並ぶ

 

永遠に通じるもの。

松阪を巡り、私は小津監督のこの言葉を思い出していた。

小津安二郎:永遠に通じるものこそ、常に新しい。

小津監督が描いた日常。それがどれだけ尊いものなのか。そこには永遠の命ではない人がいて家族がいる。止まらない時間、変わり続ける時代がある。
つまり、日常には普遍性がないのだ。小津作品にはその時代の日常をフィルムを通じて美しく描かれている。それぞれの時代が持つ美しさは、時代が変わるからこそ価値がわかる「永遠に通じるもの」だと思う。そんな小津作品はこれからもきっと「常に新しい」存在であり続ける。

そして松阪で垣間見られる変わらない物や景色、レトロな町並み、暮らしを感じる空気には、意図的に作られた観光地にはない良さがあり、時を経てこそ美しく、その価値に気がつくのではないだろうか。
さて、私たちの生きる令和という時代は、思いがけないスタートとなった。人々の価値観が急速に変化し、モノよりコト・ココロを重視する時代への変化が加速したように思える。そんな時代にあなたも「永遠に通じるもの」を発明した小津監督が育った松阪で「常に新しい」なにかを見つけてみてはどうだろう。それはもしかしたら、散策を通じてあなた自身のなかにある何か大切なことに気がつくことで、日常という二度と戻らない一瞬に、愛おしさを覚えるきっかけになるのかも知れない。

 


 

松阪市立歴史民俗資料館(2階 小津安二郎松阪記念館)
住所:松阪市殿町1539
電話:0598-23-2381
ホームページ:https://matsusaka-info.jp/ozu/

柳屋奉善
住所:松阪市中町1877
フリーダイヤル:0120-51-0138
ホームページ:https://www.oinotomo.com/

岡寺山 継松寺
住所:松阪市中町1952
電話:0598-21-0965
ホームページ:https://www.okadera.com/

愛宕山 龍泉寺
住所:松阪市愛宕町1−4
電話:0598-21-2931

 


 

【タイアップ】
松阪市 観光交流課
松阪市殿町1340番地1
tel 0598-53-4196
松阪市サイト https://www.city.matsusaka.mie.jp
松阪市観光プロモーションサイト https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/kanko/
松阪市観光インフォメーションサイト https://matsusaka-info.jp/

遠くに行けないからこそ、日常を残そう。スマホで撮った写真展@伊勢

今この記事を読んでくれているあなた。

そう、そこのあなた。

この記事に興味を持っていただき、ありがとうございます。

今あなたは何のデバイスを使って読んでいますか?

パソコン?タブレット端末?スマートフォン?

きっと、大多数の方がスマートフォンで読んでくれてることと思います。

そのスマホのカメラロール、見てみてください。

圧倒的に食べ物が多い、私のカメラロール。

 

何が写ってましたか?

美味しかったごはん、綺麗な空や風景、花。

可愛いペットや趣味のあれこれ。

自撮り写真や、大切な家族の変な顔。

カメラロールに莫大に蓄積されていく写真たち。

見返すと子どもの成長を感じたり、あ、3年前と同じ服着てる!って思ったり。

ひょんな事から、そんな日常を切り撮った写真を展示する企画が立ち上がりました。

 

場所は伊勢市にある百五銀行河崎支店。

メンバーは写真好きな素人5名(かけだしカメラマン1名含)

「リアルスタグラム」と名付けられた今回の展示のルールは1つ。

「スマートフォン(いわゆるスマホ)で撮影した写真」

素人がスマホで撮影した写真ですから、少しでも味のある素敵な作品に見えるよう、通常の写真用の紙ではなく、伊勢和紙にプリントアウトすることに。

スマホのカメラロールの1枚が、誰かの心に響く1枚になる・・・かも?!

 

参加メンバーは

河崎の目立ちたがり屋、ミュージシャン ogurock

美味しいものとワインがあればこ機嫌、ソムリエ Kawai Reika

写真と音楽を三重の端っこ熊野から Shintani Sanae

伊勢和紙の営業広報、もう一つの顔は鉄ヲタ Nakagita Yoshiaki

蕎麦屋から写真の道へ、駆けだしたら止まらない Furuichi Masataka

寄せ集めなのに、本気で取り組む熱い5名。

 

 

この企画が立ち上がったのが、あと数日で8月という7月末。

写真の選定、プリント、会場の下見や展示をどのようにするかの相談。

資材探し、ポスターのデザインまで、急ピッチで進めでなんとか13日の設営に間に合わせることができました。

設営風景はこんな感じ。

ひたすら測って

 

ひたすら切って
ひたすら貼る!

 

 

OTONAMIE×百五銀行さんで発行したタブロイド版も発見!

たまたまですが「スマホ片手に三重を旅する」というこのタイトル

今回の企画展示にぴったりすぎて笑ってしまいました。

ちなみに、以前OTONAMIEで紹介した、百五銀行さんのスマホアプリの記事はこちら↓

https://otonamie.jp/?p=78463

 

話は逸れましたが・・

17時ギリギリになんとか設営完了!(銀行の皆様、ハラハラさせてすみません。)

和紙の質感、写真のカラーが映えるように黒のパネルに展示したので、

銀行窓口のいつもの景色がピリリと引き締まるような感じ。

 

大豐和紙工業さんのご協力により、伊勢和紙を使わせていただきました。

デジタルデータを和紙にプリントし、それをリアルなものとして未来へと残していく。

展示タイトルの「リアルスタグラム」の由来はここにあるそうです。

 

和紙は保存性も高くて丈夫、制作工程の上で必然的に粗面(ざらざらとした面)と滑面(ツルツルした面)ができます。

どちらの面にプリントするかでも、雰囲気は変わりますし、どんな大きさで残すかによって用途も変わります。

今回の展示のように大きめA3サイズ位でプリントするなら、絵画のように自宅の玄関やリビングに飾るのはどうでしょう。

コンパクトなハガキサイズにプリントしたなら、そのまま季節の切手なんか貼り付けてたまには手書きのメッセージを友達や離れた家族に送っても。

ハガキサイズならお家のプリンターでも簡単に!

伊勢和紙館にて、ハガキ含め色々なサイズの伊勢和紙、販売されてます。

大きめプリントアウトしたい時は是非相談してください!と中北さん。

以前伊勢和紙館に見に行った展示。和紙から漏れる光が素敵でした。

 

毎日何気なくカメラロールに増えていく写真たち。

なかなか窮屈な日々が続いてはいますが、

毎日の生活の中で気に入った1枚をプリントアウトして残して見るのはいかがでしょうか?

名張初のコワーキングスペース、akeruto は新しい扉を開くのか !?

7月11日、名張市に初のコワーキングスペースが誕生しました。名前のakeruto(アケルト)は、「扉を開ける」「幕を開ける」「夜が明ける」「隙間を空ける」というイメージから。場所は名張駅から徒歩10分、イオン名張店の向かいにある元銀行、現在は新聞配達店、株式会社アサネットワークの2階にあります。

フリースペース、個別ブース、大小会議室、リモートルーム(電話やWEB会議可)があり、さまざまな使い方ができます。非会員のドロップイン利用も可能、会員限定のオプションで住所利用、専用ポスト、登記もできます。サテライトオフィスや、まだ事務所をかまえるには不安かも……という新規創業者にもおススメです。

1階で受付けをすませて2階に上がると、セキュリティードアの向こうにakerutoのロゴが見えます。中に入ると木を基調にしたスタイリッシュな内装に、床や白い壁に書かれた場所を示すサインがこれから冒険するRPGみたいで、なにやらワクワクします。ちょっとした別世界に入り込んだ感じ。

フリースペースは12人がけの大テーブル(各席で電源利用可能)と丸テーブル、ベンチ席があり、自分の好きなエリアで仕事や勉強ができます。明るくオープンな雰囲気なので、私なら好きな音楽をヘッドフォンで聴きながら仕事をしたいな。

個別ブースのテーブルは電動で簡単に高さを調節できる大きめのテーブルが設置されていて、使い勝手がよさそう。集中できます。

外部とのWEB会議や電話での打ち合わせが必要なときは、会員ならリモートルームが使えます。

 名張に戻ってきて1年半、ン十年も名張を離れていたので、よそ者目線でこの町を見てきました。この地に足りないものってなんだろうと考えると、いちばんは「おもしろい人が集まっている場所がない」ということ。町のふれあいセンター的なところは各地域にあるのですが、年齢や業種を超えて集まれる場所がないのです。どこかにいるはずのおもしろそうな人たちと、なかなか会うことができない。

セミナーが開催できる大きな会議室もあるし、第二期には、キッチンスペースの設置なども計画しているとか。そうすれば、さらにいろいろな機会が広がりそうです。

そんな名張にできたakeruto、なにやら新しい扉が開く予感がします。ただし、扉を開けたあとの世界は自分たちでつくらねば。

以前は人の生活に欠かせないお金や仕事人が集まる銀行があった場所、今は新しい情報を各家庭に届ける新聞配達店。その2階に、新たな創造の場所が生まれたのは因縁かもしれません。

akeruto

〒518-0724 三重県名張市木屋町1386-5吉岡ビル2F

0595-28-0844

伝統×革新=進化 大徳屋長久 時代は16代目竹口久嗣を売る

「あなたの好きな和菓子職人を1人あげてください。」

そう言われて、名前を挙げられる方がどれだけいるでしょう?

もしかすると、パティシエやショコラティエなら名前が浮かぶ人の方が多いかもしれません。そして、大好きなケーキ屋さんを思い浮かべるよりも、美味しい和菓子屋さんの名を挙げる方が難しい人が多いのではないでしょうか?

「このままでは和菓子界が廃れていってしまう。」

そんな危機感を持って、次々と和菓子の世界に嵐を巻き起こしている和菓子職人をご紹介します。今回は👇のようなスキームとなっております。

この記事を読むこの和菓子が食べたくなる大徳屋長久さんへ行く食べる大好きな和菓子職人の名前が言えるようになる

その職人の名前は、竹口久嗣。300年の歴史を持つ老舗和菓子屋 小原木本舗 大徳屋長久の16代目

 

竹口さんとお話していてずっと感じていたのは「違和感」でした。

今って和菓子職人と話しているのだったっけ?と疑問に思うほど話が多岐にわたっていて、とにかくめちゃくちゃ面白い方なのです。

新型コロナの影響で客足が途絶えていた頃、新しく売り出したのは、「さわってつくってたべる絵本」です。親子で絵本の登場人物になって、練りきりを作ってたべることの出来る体験絵本で、ステイホーム期間中には特に多くのメディアで紹介され、注文が殺到しました。

https://www.tabehon.jp/

代替わりしてから10年。当初はここには書けないほど大変な会社の内情でした。良くも悪くも、和菓子の世界しか知らない両親が経営していた大徳屋長久は、倒産の危機にまで及んでいたといいます。

修行から大黒屋長久に戻ってきた竹口さんが、たまたま和菓子屋に生まれたからという、この長い歴史に胡坐をかくような経営をしなかったのは、この厳しい状況があったからこそと言えるでしょう。そして否応なく戦いの道に進んだのです。

竹口さんが挑戦してきたことが、すべて成功したわけではありません。例えば、新しい和菓子を毎月発表したけれど失敗。海外に和菓子を輸出したけれど頓挫。昔からの商品を新しくしようとして失敗。

でも竹口さんは、それを失敗とは捉えていないのです。

成功へと一歩近づいただけのこと。過去はどうでも良く、目的地は次々と現れ、到着しても満足しない竹口さんの目は、常に前へ前へ向いているのです。

もちろん当初は、竹口さんのやり方に会社の内外からの反発もありました。社員が辞めていったり、同業者から嫌味を言われた時期もあったといいます。

しかし、地元の和菓子屋さん、としてだけでなく、「竹口久嗣」という「個」として認知してもらうことで、「伝統」×革新=進化 を戦略的に加速させている姿は、和菓子職人でありながら、経営者としての視座が高く、今では三重県だけでなく、全国から認知されています。

「体が足りない」、とこぼしながらも、面白いことを思いつくと、すぐに取り掛かり、多くのプロジェクトは同時進行。

最近では、大阪にフルーツ大福専門店「果実ノ華」の監修オープンをさせたり、オンライン和菓子教室の開催、YouTubeチャンネル「和菓子人 竹口久嗣 遊菓」では経営者としての顔も見せています。このように挑戦し続けているからこそ、新型コロナ禍においても、業績は上がり続けているのです。

私が大好きな大福と言えばこれ!

「ふわふわ大福」

これを一口入れると、「なんじゃこりゃー!」とみんなが驚くので、その顔が見たくて、私はお土産に配っています。それはそれは柔らかく、溶けてしまうような、飲めてしまえるような、思わず目を見開いてしまうような食感なのです。

「It Wakashi いとをかし」 というサブブランドでは、この飲める大福が通販で購入出来るので、遠方の方にはこれを送っています。

これを書いていましたら、また無性に食べたくなってしまいました...罪な大福。

 

鈴鹿名物 かりんとう饅頭もめちゃくちゃ美味しい

多くの新しい商品やサブブランドを開発していく一方で、竹口さんが手を一切加えなかったというのが、鈴鹿銘菓「小原木」

もちっとした生地が美味しい小原木

竹口さんが製造過程で出た不良品などを口にする機会に、「今でもウマイと思える」小原木は製法や配合を一切変えておらず、完成されすぎていて変えるところがないんだそうです。

私も先日、大阪の友人に小原木を渡したところ、めちゃくちゃ喜ばれて鼻が高くなりました。

 

贈り物は何でもいいわけではなく、相手が喜んでもらえるもの、自分が自信を持ってお勧めできるものを贈らないと意味がないと思います。

 

竹口さんに伺って感動したのが、お客さんがお店で買った後、大切な人に渡すまでをイメージして、商品や箱詰めに至るまでも妥協をしていないのだそうです。お渡しした和菓子でお客さんの顔を潰すことになってはいけない、という想いなのです。

そういう点でも、本当に信頼できる贈答品として、一切妥協していない和菓子に出会えたのは幸運だったと思います。

本店は近鉄白子駅から徒歩7分

私が幼いころ、祖父母の住んでいた熊本に帰省した際、母や祖母がおはぎをたくさん作ってくれました。台所で作りたてのおはぎをつまみ食いした私と弟。

「4月にはお花見団子、5月になれば、柏餅、夏が来たら水まんじゅう、季節ごとの和菓子をみんなで食べる。そんな景色が見られなくなっているのかもしれない」と言う竹口さんと話していると、その昔の情景が思い起こされてきました。

それなのに、和菓子に固執していないところも驚かされます。竹口さんが提供したいものは、「自分が美味しいと思う菓子」なのだと。

だからこそ他と違うものを作り、値段を下げるよりも、より価値を上げることで、お客さまに感動を与えられるお菓子にしようと様々な挑戦を続けているのです。

竹口久嗣 Instagram:https://www.instagram.com/hisatsugu_take/

大徳屋長久 Instagram:https://instagram.com/chokyu1716?utm_medium=copy_link

大徳屋長久 HP:http://oharagi.com/

大徳屋長久 本店

510-0243 三重県鈴鹿市白子1丁目 6-26

TEL059-386-0048  FAX059-386-6983 

営業時間:8:0017:00 (定休日:水曜日)

 

・広瀬店 TEL:059-367-7015

・イオンモール鈴鹿店 TEL:059-375-0713

・イオンモール津南店 TEL:059-253-8712

・F☆マート稲生サーキット通り店 TEL:059-368-2668

「釣れた魚と、いつか釣るタコ」連載エッセイ【ハロー三重県】第27回

ついに釣れた。

去年の10月頃、釣りに行きたいと長男(当時6歳)が言い出して、心を整えてようやく重い腰を上げたのが今年の2月。
真冬は釣れないという前情報がひとつもない中、「釣れないねぇ」と時間を持て余し、空っぽのクーラーボックスを片手に帰宅した。
ライフジャケットまで買ったのに。

*

春になれば釣れる、という言葉を頼りに春を待った。

いよいよ5月。心を整えているうちに春が終わりかけ、早い梅雨が忍び寄っていた。危ない危ない、と慌てて釣り竿を引っ提げて、いざ。

今回行ったのは、コウカンと呼ばれる場所。

前回、真冬の釣りで鈴鹿市の白子海岸へ行った際、となりにいた釣り客の方に北上して来た旨をお話したら、動くなら南へ動かないと、と言われたのだった。
三重県に関しては南へ行くほど魚が豊かになるらしく、釣りをするなら南へ行け、ということらしかった。
住まいを伝えると、

「やったらコウカンがあるやん。コウカンはよう釣れるぞ」

と、釣り客。

「コウカンだって」

と夫に伝えると、夫は「ああ、日本鋼管か。吉田君(仮名)もそういえば言うとった」と職場の釣りが好きな同僚の名前をあげた。

ならば春の釣りは日本鋼管へ、と決めていたのだった。

*

前回、季節のせいもあったとはいえ、ほんとうになんにも釣れなくて、少々やるせない帰路だったのだ。
いくら春になって、釣れるよと言われたって、万が一ということがある。やるせない帰り道をうっかり再放送するのは嫌だ。張り切った私たちは、今回はサビキというのに挑戦した。
サビキというのは、細かい海老がぎゅっと離乳食みたいにまとまった餌を釣り糸の先に付けた小さいかごに入れて釣るという方法。
海の中でふわーっと広がった小さな海老たちに小魚たちが寄ってきて、釣れるという仕組みらしい。
これが非常によく釣れる、と夫がくだんの吉田君から教わってきたのだ。

サビキ用の餌を小さなかごに入れるのは釣り針に餌をつけるよりうんと容易く、小さな子どもでも簡単にできる。サビキは洗濯用洗剤の詰め替えのようなパッケージにおさまっていて、パッケージを逆さにしてぎゅっと握ればよいのだ。非常にストレスフリー。

えいと釣り糸を垂らして、待つこと少し、さっそく釣れた。
2匹もくっついていた。
前回のすっからかんを経験しているので、この時点で満足度は500点くらい。もう、思い残すことはないよ、という気持ち。
けれど、餌はまだまだあるのだから釣りは続く。
餌を入れては垂らし、釣れたり釣れなかったりを延々と繰り返し、釣れる喜びにいちいち歓声をあげて、そのうちゆっくりと日が暮れた。

水を張ったスチロール箱を覗くと全部で15匹ほど。これが多いのか少ないのか分からないけれど、前回がすっからかんだったので、我々としては紛れもない大漁そのものだった。

帰ろうか、という段になって、どこからかやってきた釣り客の方が「釣れましたか」と声をかけてくれた。
とても誇らしい気持ちで、スチロール箱の蓋を開けて中を見せると、ああ、これは小アジで、これは小サバね、と教えてくれた。
どうやって食べましょう、と訊ねると「唐揚げにしたらいいよ」とのことだった。

*

帰宅して、張り切って魚を料理しようと試みるのだが、我が家には猫が一匹いて、この猫が、ものすごい剣幕で魚を欲しがった。
日頃から魚を調理する際には周囲をうろうろしているけれど、この日は特にすごかった。もしかして鮮度を感知できるんだろうか。
あいにく早々に下味をつけてしまったので、分け与えることができず申し訳ないことだった。
子どもたちに猫の相手をしてもらっているうちにどうにか、下ごしらえが完了。あとは揚げるだけ。

小さなお魚たちばかりだったので、三枚におろすなんて到底無理で、少し大きめの小アジの頭とお腹は取ったものの、中骨や小骨はもちろんそのままだ。大人たちは当然それで問題ない。
しかし、子どもたちは食べるかしら、とずっと訝っていた。
魚を出せばすぐに「骨が」と言い出すのが常だから、いくら自分たちで釣ったお魚だからって、結局大人ふたりで平らげました、となるのかもしれない、と思った。
ほんの15匹程度だから、それもそれなんだけど。でもせっかく釣ったんだから、お腹に入ってこそじゃない?と思ったりもするわけで。

*

釣り客に教わった通り、唐揚げにした。
粉をまぶして、からっと揚げて、気が急く子どもたちが騒がしいので揚げ物バットのまま食卓へ。
さっきまで釣り針の先にぶら下がって跳ねていた魚たちが、料理になった。芳ばしくていい香り。
子どもたちが歓声とともに飛びついて、いきおいよく魚にかぶりついた。
ほ、ほ、骨がありますからね、とハラハラしたのは私だけで、ほとんど興奮状状態みたいな子どもたちはきゃあきゃあと噛んで、そして飲んだ。嚥下した。
取り合うみたいにあっという間に15匹の魚たちはなくなって、私のお口に入ったのは長女が取り置いてくれてあった1匹だけだった。

実を言うと、私は釣りに行って帰っただけでそこそこ疲れ果てていて、帰宅後、猫をいなしながら魚をさばくという緊張感ですべての力を使い果たしてしまい、肝心の魚を食べる意欲がまったくのゼロだったのだ。

それを心やさしい長女が「ママも1匹だけでいいから食べな?」と言って残して置いてくれて、それをどうにか口へ押し込んだ。

その1匹の魚が、目も覚めるようなおいしさだった。

これが鮮度か、と開眼した。

新鮮なお魚は当然おいしいくて、子どもたちも小骨がどうとか小言ひとつ言わなかった。もっと食べたいと騒がしいほどだった。

これはあれだ、食育。自分たちで釣ったお魚をおいしく食べて、お魚のおいしさに開眼するという流れ。食育の本に書いてありそうなほど鮮やかな展開に感動した。もう二度と食育に関するありがたい文言を見ても、「そんなうまい話あるか」と思ったりしない。

*

すっかりをよくした我々は、早くまた釣りに行きたいとそわそわしている。なのに、この長梅雨でどうしてなかなか叶わない。
吉田君にまたまたあれこれ教わってきた夫は「そのうちタコも釣れる」と気が大きくなっている。子どもたちもすっかり真に受けて「タコ釣りたいね!」と張り切っている。

タコは処理が大変そうなのでできればリリース願いたいところだけど、また釣りには行きたいと思っている。

無料でリバークルーズを楽しめる場所を発見

リバークルーズ

段々暑くなってきて走るのがつらい時期になってきたので、河っペリを風を切ってバイクで走るのが気持ちいい。

車が怖いのと信号につかまるのがイヤなので、木曽三川沿いの堤防が私の大好きなコース。特に背割堤は車が進入禁止なので安心してかっ飛ばせるので大好きなコース。

背割堤

ただ走るだけではつまらないのでいつも目的地を決めて走りに行くのですが、最近は一宮のモーニングを目指して自転車で走るのが大好き。

国営木曽三川公園 138タワーパーク

 

国営木曽 三川公園 138 タワーパークに寄って目的地のモーニングに。

ランチ

モーニングの予定がランチの時間に。でもボリュームがあるので頑張って自転車こいできたのでエネルギー補充。

お腹もいっぱいになって木曽川を下っていくと気になる小屋を発見。

愛知県営西中野渡船場

愛知県営西中野渡船場って施設。ここはよく自転車で通る場所で渡し船を昔にやってた跡地かと思ってました。でも今回は時間が早かったので中に人がいる気配が。ダメ元で聞いてみたら渡し船をやってるそうで乗せてくれるって。

乗船

乗り物に自転車を乗せるときは別料金が掛かったり拒否されたりするけど、ココはこのままでOK!乗船料も無料!自転車ももちろん無料で乗せてくれました。

船頭さん 船頭さん

船頭さん2名によるしばしリバークルーズを楽しむ。

渡し船という事で逆側から乗りたいときはどうするんだろうと疑問が。

目印の旗

対岸の所にあるこの旗を時間になったら上げておけば船頭さんが見てお迎えに来てくれる見たい。

ネットで調べたらこの渡し船も近くに橋が出来る関係でもうすぐなくなってしまうみたいなので又利用してみたいなと。

桑名には七里の渡という超メジャーな?観光スポットがあるのに一度もここから渡し船を乗ったことが無い。でも一宮の西中野渡船場ってよく令和の時代でも無料でわたしてくれてすごい!

 

もしかしてこんな渡し船が木曽三川に他にもあるのではと調べてみたら長良川にもあった!小紅の渡しと言って岐阜市にありました!

で早速別の日に又自転車で出発!

サイクリング

前の日まで雨。そしてこの日も雨の予報だったけどいい天気で気持ち良くサイクリング。

小紅の渡し

小紅の渡し到着!

ここも堤防沿いにぽつんとあやしい小屋が。

小紅の渡し

小紅の渡しと書いてあってバッチリ。そして中に人がいるので今回もガラガラと扉を開けて渡し船のお願いを。

前回は男性2名の船頭さんだったのに、今回は女性の船頭さん。wikiで事前に調べていったので、小紅の渡しの名前の由来が「昔、お紅という名の女性の船頭がいた」となってたので、これが噂のお紅さんかと。

赤旗

お紅さんに渡し船のお願いをしたら、今日は川の増水で欠航ですと。このように増水時は赤旗でお知らせをしているそうで。アーー残念。

 

ダメ元で木曽川の方の西中野渡船場も逆側から乗せてもらおうと行ってみたのですが。

西中野渡船場

よく見えないですがこちらも赤旗で欠航になってました。

天気が良くっても前日までの雨によって増水で渡し船が令和の時代になってもだめなんだなーと。

又天気が良いときにリバークルーズをダブルで挑戦したいと思います!

 

まずは近場で初ワーケーションしてみた♨︎猪の倉温泉

犬のように働いて、ふとSNSをのぞくとタイムラインには楽しそうにワーケーション中の友人の写真。いや、ワーケーションというか海で楽しそうなアクティビティをしたり、お洒落BBQをしたりと遊んでいる写真だ。ワーケーションのワーク・・どこいった!と小さく突っ込む。
ワーケーションなんて、ワーケーションなんて・・。くそっ。

私はパソコンさえあれば、なんとかなる職種。でも働く環境を変えるのは、なんだか不安だ。本当に集中できるのだろうか。あ、あの紙資料がない、とかはならないか。そもそも遊びたい気持ちを自制心で押さえながら仕事をすることはできるのだろうか?

でも、うらやましい。
ワーケーションをしている友人が、うらやましいのです。

おしゃれ×いまどき=ワーケーション。つまり私のなかでイケてるわけです。
しかしイメージができない。41歳にもなったおじさん※が、おしゃれ空間で仕事に集中できるなんて。スキを見せないよう、逆に体力を使って疲れてしまうかも知れない。ワーケーションで何がしたいんだ?わたし・・。

※おじさんと書くと、私よりもっとオジサンの人から「お前はまだオジサンではない」と突っ込まれることがあるのでこういう場合、壮年という便利な単語があります。少年(14歳まで)、青年(24歳まで)、壮年(44歳まで)、中年(64歳まで)、高年(それ以上)by 日本漢字能力検定。私は、中年に近い壮年ということで、ここではおじさんと表記させてください。肩凝りとかエグいです。

おじさん×疲れやすい=癒されたい
これだ!温泉ワーケーション!もし会社にもどらなくてはいけなくなったらどうしよう。ということで、近場で温泉ワーケーションをやってみました。

 

 

温泉に入って熟睡

以前に知り合いから湯治文化について聞いたことがあった。もともとは農家の方などが閑散期に温泉宿に何週間も連泊して疲れを癒し、作付けや収穫期に向けて滋養を回復させる日本の文化。つまり温泉にゆったりと何回も浸ることができる温泉国日本の素晴らしい文化です。
さすがに何週間も会社を休み、いやワーケーションをする時間やお金もないので2泊3日で行った。

三重県民ならおなじみ、ルーブル彫刻美術館の近くです。

向かったのは自宅から車で約30分のところにある猪の倉温泉。

宿泊棟
日帰り棟

猪の倉温泉は大きく二つに分かれていて、日帰り客用の施設・しらさぎ苑(食堂やマッサージ施設などもあり)と宿泊客の旅館棟・ふよう荘がある。宿泊客はどちらの温泉も入れる。

猪の倉温泉はイチゴやブルーベリーの生産や収穫体験、カフェ、メダカの館、ウサギ小屋、グランドゴルフなどなど、いろいろ楽しめる複合施設。キャンプ場まであった。また早くから六次産業化を行い地域資源を活かした取り組みも行っている。

ここを選んだ理由として、畳でゴロゴロできる和室もいいなと思った。16時くらいに部屋に付くとパソコンやサイドモニター、Wi-Fiなどをセットして、仕事の前にまずは温泉。

宿泊棟にある美肌の湯の扉を開けるとだれもいない。貸切状態にテンションが上がる。

部屋にもどり、メールやチャットであれこれやり取りをしていたらもう夜。
夕食は日帰り棟の食堂で食べる。

ビールも料理の出てくるのが早い!

初日だから仕事はここまでにして、すぐに生ビールが呑めるヘブン。ソバと揚げ出し豆腐という、おじさんの鉄板メニューを食べ、そのまま温泉へ。

こっちの棟には露店風呂もあり、日常を忘れる心地良い開放感に浸る。
部屋にもどり近くのコンビニで買ってあったお酒を吞み就寝。
普段は夜中に何度か目が覚めるのだが、温泉のおかげで熟睡。こんなに朝の目覚めが爽快なのはいつ以来だろう。

 

 

温泉は発想がうまれる場

宿泊棟の食堂で朝ご飯を予約してあった。
思った以上に豪華で美味しかった。

部屋にもどり仕事をしているときに目に留まった、チラシを加工したティッシュの箱が、なんだか懐かしい。日帰り棟で昼食を済ませて休憩スペースでスラムダンクを読み、また温泉へ。

人様が働いている平日のお昼時に温泉に入るという罪悪感と優越感。

ここで感じたのですが、仕事の間に温泉に入るとリフレッシュできて新しい発想が生まれたり、普段より視野を広げて考えられるのです。
その後仕事をしたり散歩したりして、ビールと夕食を済ませ温泉へ。もう何回入ったか分からないですが、何回入っても温泉は「ハァ〜♨︎」ってなりました。飽きないです!温泉。

翌朝も思った以上に豪華な朝食に驚きつつチェックアウト。そういえばチェックインのときに何気なくワーケーションであることを伝えると、珈琲と自家製キャンディーをもらった。いま思い出しながら文章を書いていたら、また温泉に入りたくなってきた。

マスクで磨れて赤くなっていた頬も治ったし、なんだか心の視野もスッキリしたし、帰りも車で30分だし、近場で温泉ワーケーションは最高でした。

え!なんだって?
まだワーケーションしたことないだって?

そんなあなたもパソコン持って近場の温泉に直行だー!!

 


 

猪の倉温泉
津市白山町佐田2562-1

HP

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紫雲たなびく、明和町のノハナショウブ

明和町のノハナショウブがすごい!

皆さま、どうも。
三重県明和町の地域おこし協力隊、みずちゃんです。

今日は、明和町の花、ノハナショウブについてお話します。

毎年、6月上旬ごろ
濃紫色の美しい花が明和町を盛り上げます。
それが、ノハナショウブです。

「斎宮のハナショウブ群落」は、国の天然記念物に指定されています。
平野に群生しているのは、めずらしいことなのだとか。

ヒトもハナもいろいろよ

ちなみに、ハナショウブの原種が、
ノハナショウブです。

ショウブとカキツバタ、アヤメもそれぞれ別物。
難しい・・・

ノハナショウブは、地元明和町で
「どんど花」という愛称で親しまれます。
昔、「どんど」と呼ばれる取水口の近くにたくさん咲いていたことから、
こんなふうに呼ばれるようになりました。

今年は、6月7日から6月10日が見ごろでした。
とってもきれいに咲いていましたよ。

立派なのぼり

守りたい、この笑顔

でも、かつてはもっともっと、
紫の雲がたなびいているかのように
一面に咲き誇っていたそうです。

それが、乾燥化や設備の老朽化などの影響で
近年ではその数が減少してきてしまいました。

以前の美しい群落の姿を取り戻すため、
いま明和町ではクラウドファンディングが行われています。
明和町以外にお住まいの方が支援すると、
明和町の特産品がもらえます。

https://www.furusato-tax.jp/gcf/1251
このクラウドファンディングは、令和3年8月29日(日)まで。

返礼品は明和町の特産品!!

 

地元の方から愛されているノハナショウブ。
ちなみに、役場にいる担当スタッフの愛も深いです。

ノハナショウブでみんな、にっこにこ。

ぜひ、一度は
ノハナショウブを見に、
明和町へお越しくださいね。

#明和町#ノハナショウブ#クラウドファンディング

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日本に市民農園の文化を!山本さんの33年越しの夢

2021年4月、津市安濃町に新しい会員制レンタル農園「ここファーム」が開設した。ここファームでは、安濃川に沿った豊かな田園地帯の畑の1区画を借りて、自分の好きな作物を栽培することが出来る。道具類一式は全てレンタル可能、農業に詳しいスタッフからのサポートも無料で受けられるため、会員の方は手ぶらで気軽に家庭菜園が楽しめる。

パーク堆肥
畑に使われている肥料。ものすごく良いものらしい。

また、自分たちで食べきれない作物は赤塚植物園が運営する「朝津味」にて販売することも出来るという。そんなここファームを開業したのは、山本芳世さん、御年72歳。

実は33年前も同じ事業に挑戦したが、うまくいかずに撤退。今回の事業は33年越しのリベンジとなる。本記事では、70歳を超えてもなお、夢に再挑戦する山本さんの今日に至るまでの背景・市民農園に懸ける想いを伺った。

 

忘れられないアメリカの風景

「農業への想いなんて昔は全くなかったね。」

笑いながらそう語る山本さんが農業と出会ったのは、大学4年生の頃。実は元々商社に内定をもらっていたが、現会長に高田幼稚園の横の道の車の中で6時間口説かれ、社員第2号として赤塚植物園に入社。1年間日本の農地で農業について勉強した後に、作物の販売ルート等を勉強するためにアメリカはカリフォルニアへ。

赤塚植物園時代の山本さん(左から1人目)

ある週末、遠方の園芸売店を見学しようと運転していた時に出会ったのが、市民農園だという。

「子どもから大人までね、ファッショナブルな人が農地に集まって、何やっとんのやろと。それで話を聞いてみると、微笑ましく家族で趣味として農業を楽しんでいる人から、ボランティアで恵まれない人のために農業をしている人が集まっているんやと。

その光景が僕はね、頭の中から忘れられやんだ。

ずーーーっと忘れられやんだ。」

特に印象的だったのが、多くのアメリカ人が楽しそうに社会活動している姿だったとのこと。いつ自分に返ってくるかはわからない、それでもまずは目の前の人を助ける、そんなギブアンドテイクの精神をまさに体現するアメリカ人の後ろ姿は、今でも山本さんの目に焼き付けられているという。

 

夢のために独立するも、失敗の連続

アメリカから帰国後、赤塚植物園の法人営業に従事した山本さん。ボストンファーン(ハンガー等で上から吊る観葉植物、当時の画期的な商品だった)のノベルティを大手企業に売り出す等、新しい園芸の形を会長らと一緒に作り出していった。

ボストンファーン(赤塚植物園にて購入可能)

入社から15年勤めあげて、役員にまでなった山本さん。しかし、どうしてもアメリカで見たあの農園の風景が忘れられなかった。

「日本でも市民農園を作りたい。」

周りからバカにされながらも、「俺は夢を喰うバクや」とやりたい事を実現させるために赤塚植物園の役員を辞めて、独立。しかし、当時の農地法では民間業者が貸農園をやることはとても難しく、半年で挫折。念願だった夢を諦めることに。

そこからは失敗の連続。

経営者として、ベトナムで日本レストランを営業しようとするも、設立前日に法律が変更し、合弁会社を作れなくなり、2500万円をパーにしたり。シートベルトにつけるクッション(当時はシートベルトが出来たばかりで素材が悪く、鎖骨に当たるのが痛かったらしい)を大量生産するも、卸先の会社がトンずらし5500万円をパーにしたり。何とか貿易等の事業を立ち直し、ここまでやってきたという。

「後ろ向いておってもしゃーない、人生前しかあらへんのやで。」

素敵な笑顔の山本さん

そう語る山本さんの言葉はとても力強く感じられた。

 

偶然出てきた昔のビラ、こみ上げる長年の夢

一度は諦めた市民農園の夢。そんな夢への再挑戦のきっかけは、昨年の2つの出来事だったという。1つはある人が「こんな家庭菜園をしたい」と言っていたのが、まさに33年前に自分が思い描いていた夢そのものだった事。自分が昔から理想としていたものを、まさに目の前の人が求めていることで、心が揺れ動いたという。そしてもう1つは、家を建て替えるために断捨離をしていた時、たまたま33年前のビラが出てきた事。

「これが出てくるのは運命やと。神さんが最後の仕上げにこの仕事を頑張れえ、と言ってる感じやと思ったね。」

33年前のビラ。
33年前のビラ。手書き風にしているのが肝だと山本さんは語る。

これまでの人生でも、数年に一度は市民農園の夢を思い出しては、一歩踏み出せていなかった山本さん。最後は33年前の自分が作成したビラに背中を押されて、人生最後の大仕事として再挑戦することを決めたという。

 

農業を楽しむ、それが社会貢献にも繋がる

ここファームの特徴は何といってもイベントの豊富さ。「てんとう虫のハウス作り」等といったユニークなイベントが毎月3回も行われ、様々な角度から農業や自然と触れ合うことが出来る。

てんとう虫のハウス。てんとう虫は作物にとっての益虫だ。

「農業はしんどいものだと思われがち、だからこそまずは畑に来ることを少しでも楽しんでもらいたい。」

ここファームのイベントは1つ1つに山本さんの想いが詰まっている。例えば6月に実施されたシードボム作り。シードボムとは、色々な花の種と肥料が入った泥団子のことで、子供たちは泥団子を楽しく作りながら、身近に花の成長とも触れ合えるきっかけが得られる。

また、ここファームの畑の横にはBBQスペースがあったり、井戸は敢えて昔ながらのポンプ式を取り入れたりと、畑に来るのが楽しくなるような工夫が施されている。

ポンプ式の井戸
著者も思わずテンションがあがったポンプ式の井戸。汲みすぎに気を付けて。

 「春になると秋とはまた違う風の感じ方がある。そんなように畑で自然と触れ合うことで、人間としての豊かな感情を育んでほしいなあ。」

そんな会員さんへの想いとは別に、日本の農業に対する危機感もあるという。

「ここファームの農地を初めて耕した時に、毛布やらプラスティックやらがいっぱい出てきてね。こんなのが日本中にごろごろあると思うとゾオーッとした・・・」

赤塚植物園に勤めていたころから、日本の耕作放棄地の問題は知っていたが、ここファームの立ち上げを通じて、その危機感は更に高まったという。農家の後継者不足や食料自給率の低下など、他にも農業の問題は山積みだ。市民農園を広めることで、少しでもそれらの問題解決に貢献できないか、と山本さんは考えている。

 

あなたも家庭菜園を始めてみませんか?

ここファームでは現在、第2農場の会員を募集している。月額3000円でサポートも充実、その上でこれほどイベントが多いレンタル農園は日本全国にも中々ない。老後の新しい趣味に、子どもたちへの食育や自然との触れ合いに、休日の息抜きに…

興味のある人はお早めにここファームまでお問合せを!!

 


 

 山本さんの33年越しの夢の続きを一緒に実現しませんか?

<お問い合わせ先>
ここファーム事業所
TEL:059-261-6470
MAIL: kokofarm.2021@gmail.com
HP:https://kokofarm2021.amebaownd.com/
Facebook:https://www.facebook.com/kokofarmanou/
Instagram:https://instagram.com/kokofarm_anou?utm_medium=copy_link

青空に「ここファーム」の黄色い暖簾がよく似合う

 

あとがき

インタビューを通して、一番感じたこと。それは山本さんの人としての魅力です。人として本当にまっすぐな方で、それでいて年齢を感じさせないパワフルさも併せ持つ…

 

Instagramを教わる山本さん。SNSに対しても熱心に勉強を進める。

 

自分もこんな人になりたいと心の底から思いました。この記事では書ききれなかった山本さんの魅力を、現地にて直接お話することで感じていただけると幸いです。

三重に行こう!各地から三重県までの行き方まとめ バス・新幹線・飛行機

三重県は伊勢神宮や伊勢志摩など観光スポットが目白押しの県。

人気観光地として知られる三重県のバス・新幹線・飛行機での行き方を主要都市ごとにご紹介!

 

北海道から三重県へ行く方法

移動方法 行き方 所要時間
バス 北海道から名古屋まで行く⇨東名自動車道⇨津市 32時間
新幹線 北海道(JR新幹線はやぶさ)⇨東京(JR新幹線のぞみ)⇨名古屋(近鉄名阪甲特急)⇨津 約8時間
飛行機 新千歳空港⇨中部国際空港⇨フェリーやバス、電車 フライト時間約2時間

 

北海道から三重県は遠いので、飛行機で三重県の近隣空港まで行き、そこから電車やフェリー等で行く方法が一番早い方法です。

新幹線なら東京経由で行くことで津市まで特急を乗り継ぎ行くことができますが、8時間もかかってしまいます。

 

 

仙台から三重県へ行く方法

 

移動方法 行き方 所要時間
バス 東北自動車道 仙台宮城⇨新東名高速道路 海老名南JCT⇨伊勢湾自動車道 豊田東JCT⇨東名阪自動車道 四日市JCT⇨伊勢関 8時間43分
新幹線 仙台(JR新幹線はやぶさ)⇨東京(JR新幹線のぞみ)⇨名古屋(名鉄名阪甲特急)⇨津 5時間12分
飛行機 仙台空港⇨松山

仙台空港⇨福岡

フライト時間1時間20分

 

仙台から三重まで行くには、新幹線のアクセスが便利です。

しかしもう少し早く行きたいという方は飛行機で仙台空港より伊丹空港や関西空港まで行きそこから電車や高速バスでの移動がおすすめです。

 

東京から三重県へ行く方法

移動方法 行き方 所要時間
バス 東名高速道路 東京IC⇨伊勢湾岸自動車道 東海IC⇨東名阪自動車道 四日市JCT⇨伊勢関 約6時間
新幹線 東京(東海道・山陽新幹線のぞみ)⇨名古屋(名鉄名阪甲特急)⇨津 約6時間
飛行機 成田空港⇨松山

成田空港⇨福岡

フライト時間約2時間

 

東京から三重県へ一番早く行く方法が、飛行機+電車やフェリーでの移動です。

時間も短く移動できるので東京から三重県に行く人におすすめな移動方法です。

 

名古屋から三重県へ行く方法

移動方法 行き方 所要時間
バス 名古屋第二環状自動車道 名古屋IC ⇨東名阪自動車道 名古屋西IC⇨伊勢自動車道 伊勢関IC⇨伊勢IC 2時間
新幹線 名鉄名古屋駅(近鉄特急)⇨津駅 1時間
飛行機 行く方法無し

 

名古屋から三重県は海を挟んで隣の県となるので比較的早く簡単に行くことができます。

中でも新幹線が手軽に早く行けるのでおすすめです。

 

大阪から三重県へ行く方法

移動方法 行き方 所要時間
バス 名神高速道路吹田IC⇨浜松IC 約2時間
新幹線 鶴橋駅(近鉄特急 ビスタカー)⇨松坂駅 1時間20分
飛行機 行く方法無し

 

大阪から三重までの行き方はバスか新幹線がおすすめです。

大阪にもたくさん電車が通っていますが、近鉄特急を利用すれば鶴橋駅から一本で三重まで行くことができるので気軽に遊びに行くことができます。

 

福岡から三重県へ行く方法

移動方法 行き方 所要時間
バス 九州自動車道 福岡IC⇨中国自動車道 下関IC⇨広島岩国道路 大竹IC⇨新名神高速道路 神戸JCT⇨東名阪自動車道 亀山JCT⇨伊勢自動車道 伊勢関IC 約11時間
新幹線 博多駅(東海道・山陽新幹線のぞみ)⇨名古屋駅(南紀特急)⇨熊野市駅 7時間30分
飛行機 福岡空港⇨名古屋空港 フライト時間1時間20分

 

福岡から三重に行く方法は飛行機で名古屋空港まで行き、バスに乗り換えて三重県まで行く方法が一番料金的にも安く早く行くことができます。

また福岡から三重県までは高速バスも走っているので、バス利用もおすすめです。

 

 まとめ

 

今回は主要都市から三重県までの行き方を紹介しました。

三重県は電車やバス・フェリーと交通の便がいいので気軽に遊びに行くことができます。

ぜひ魅力溢れる三重県で観光を楽しみましょう!

明和町から、はじめまして♪

自己紹介

皆さま、はじめまして!
三重県明和町の地域おこし協力隊、みずちゃんです。

明和町は、
伊勢神宮で有名な伊勢市と
松阪牛で有名な松阪市の間にある
小さな町。

広々とした田園風景に囲まれ、
豊かな海産に恵まれた町。

広い空のある町。

そして、なんといっても、
王朝ロマンの町。

空から見た斎宮跡

かつて、天皇に代わり伊勢神宮の天照大神に仕えた皇女
「斎王(さいおう)」が住んでいた幻の宮「斎宮(さいくう)」
があった場所として、日本遺産にも認定されています。

そんな、歴史と文化と自然が
うつくしく調和する町で、
地域おこし協力隊をしています。

これから、かわいくてきれいな明和町の魅力を
たくさんご紹介していきます。

どうぞよろしくお願いします!

さいくう平安の杜
斎王まつりはタイムスリップ気分に

#明和町#自己紹介#地域おこし協力隊

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好きやに!三重もスタバも!~47JIMOTO フラペチーノ®~

「おじいちゃん!スタバで三重県限定のフラペチーノが飲めるんやって!行こ~!」

「あの伊勢茶のやつか。行ってみるか!」

スターバックスが日本に上陸して25年。

三重県では21年前の、2000年桑名市が初出店だった。結構早い段階で三重に出店されてたのか!と驚きと共に嬉しさも感じる。現在(2021年6月)の時点では三重県では19店舗で、各所でスターバックスを味わうことが出来ている。

今回、47都道府県で各地のストーリーを込めたという「47JIMOTO フラペチーノ®」の開発には、アルバイトの方も含め実際に各店舗で働かれているパートナーの方々のアイデアや気持ちが込められているという。スタバが大好きな私は、わくわくしながらスターバックス桑名サンシパーク店に向かった。

今回お話をお伺いした、ディストリクトマネージャーの北田潤子さんと、桑名サンシパーク店のストアマネージャー藤ヶ谷賢一さんが何度も繰り返して仰っていたのが、

「お年寄りの方から子どもさんまで、みんなに飲んで欲しい。地元の人に感謝を伝えたい!」

という思い。2世代、3世代で住まわれている方が比較的多い三重県で、家族みんなで楽しんでもらえるフラペチーノを目指した。

三重県の「伊勢茶&シトラスやに!フラペチーノ®」をよーーく見てもらいたい。

まず1層目は伊勢茶。海や山に囲まれた自然豊かな三重県を、全国3位のお茶で表現した。なんとスタバで伊勢茶を採用するのは初めてで、大人気の抹茶フラペチーノよりも茶葉が多く入っているので、よりお茶の味わいが深くなっている。

2層目はシトラス果肉。店舗の皆さんが「三重県の人たちって温かいよね」という気持ちをオレンジ色のゆず果皮で表現されている。

そして、3層目のホイップクリーム。東海圏、近畿圏に囲まれていながら、どちらにも属しながら、上手に染まることの出来る白色。

そう!三重だから3層なのだ。

藤ヶ谷ストアマネージャーが丁度1年前にこの桑名に赴任されてきた頃、各都道府県の店舗へのアイデア募集が始まったそうだ。

藤ヶ谷さんのお店では、シフト制でなかなか全員集まって話し合うことも出来ないので、1つのシートを使い、働いているみんながそこに自由に書き込んでいって、「人の温かさ」への表現が採用されたのだそうだ。そして、四日市のお店から出た「伊勢茶」と融合して、バリスタが味を完成させた。

ビジュアルでも地元の良さを伝えたい、という思いは伝わった。でも、肝心の味はどうなの?!と私は正直感じていた。だって伊勢茶にシトラス?大丈夫??

藤ヶ谷ストアマネージャー自ら作って頂いた「伊勢茶&シトラスやに!フラペチーノ®」を試飲した私の一言目は「さっぱり!美味しい!」だった。

伊勢茶の味わいになんともこのシトラス果肉が合うのだ。あまり甘すぎないので、これならお年寄りや甘いフラペチーノが苦手、という方でも楽しめる。暑い夏にはさっぱりとしているので2,3杯いけそうだ。

北田ディスストリクトマネージャーのおすすめの飲み方は、1杯目はそのままで

1杯目はバリスタが試行錯誤して完成させた完璧な味を楽しんでいただきたい!

2杯目はローファットミルクにカスタマイズするのもおすすめ。よりさっぱりとしていて、カスタマイズは無料で楽しめる。

私も次に飲むときは、このローファットミルクに変更して、ホイップクリーム多めにしようかと思っている。(脂肪分減らして増やしている…)

私がスタバ好きな理由は、美味しいのはもちろんのこと、店員さんの対応がいつも素晴らしいからなのだ。迷っているとお勧めのカスタマイズを教えてくれたり、いつも笑顔で丁寧だ。

カスタマイズしたことない人も、緊張せず気軽にカスタマイズを楽しんでみてもらいたい。

この地域限定のフラペチーノは他県を意識せず、地元のお客さまのことだけを思って作られている。なので、「三重県のみなさま!三重県のスターバックスでぜひ飲んでください」と声を大にして言いたい。

 

 

「三重が好きやよ、むっちゃ好きやに。ずっと好きやんな三重」が三重のテーマ。

奥ゆかしい県民性と言われているけれど、三重県民で良かったなーって誇りが持てる1杯になっている。

 

 

お話を伺った北田ディスストリクトマネージャーや藤ヶ谷ストアマネージャーの笑顔が本当に素敵だった。スターバックスが大好きで、仲間や地域のお客さまが大好きなのがとても伝わってきた。こんな風に楽しく働いていらっしゃる姿を見ると、私も嬉しくなる。

暑い夏を「伊勢茶&シトラスやに!フラペチーノ®」で楽しもう!

◼ 価格:Tall ¥669(お持ち帰りの場合) / ¥682(店内利用の場合)

◼ 販売期間:2021年6月30日(水)~8月3日(火) ※無くなり次第に終了

◼ 取扱店舗:全国のスターバックス店舗(一部店舗を除く)※各商品はそれぞれの都道府県で販売

(なお、将来再発売を行う場合には、販売エリアを変更する可能性がございます。)

◆スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社 https://www.starbucks.co.jp/

 

伊賀酒DE女子会2021年は3蔵共同開発のお酒発売!@伊賀

2011年から「酒好き女子が考える、酒好き女子のための、日本酒女子会」をコンセプトに活動を続けている「伊賀酒DE女子会」。伊賀の酒蔵・森喜酒造場の森喜るみ子さん、大田酒造・大田智洋さん、若戎酒造・重藤邦子さんの3女将が毎年、楽しい企画を考えて実地しています。

左から大田智洋さん、森喜るみ子さん、重藤邦子さん

2020年に続いて今年も、コロナ禍で全国から集まっての女子会開催は難しい状況。日本酒に関わる全ての人が苦しい中、少しでも楽しく盛り上がる何かができないか…と新たな試みにチャレンジ!ということで、なんと3蔵共同開発のお酒を造ってしまいました!

その名も「伊賀酒DE女子会 神の穂~Aitaineminnade~」

三重県の酒造好適米「神の穂」に、酵母も三重県開発のMK-1とMK-3を使用したメイドイン三重のスペシャルなお酒。「神の穂」らしいやわらかさや爽やかさのある味わいで、3蔵どの蔵の味でもない、新しい味わいの1本です。ラベルは伊賀市のシルエットを入れて盆地に囲まれる山々のイメージ。「Aitaineminnade」と、いつかみんなで会える日を楽しみに飲んで欲しいという思いを込めた商品名になっています。

ということで、私、伊賀酒DE女子会広報担当の立場をフル活用しまして、「伊賀酒DE女子会 神の穂~Aitaineminnade~」が出来上がるまでを舞台裏も含めてレポート致します。

※伊賀酒DE女子会については過去記事参照/日本酒女子の間で噂の「伊賀酒DE女子会」って!?@伊賀 |三重県に暮らす・旅するWEBマガジン-OTONAMIE(オトナミエ)

3蔵アッサンブラージュに挑戦

事のはじまりは4月。毎年、酒造りのオフシーズンに入ったところで3蔵元が集まり「今年の女子会どうする?」という会議がはじまります。いろいろなアイデアが出ましたが、「今しかできない」「今こそできる」「新たな挑戦」として・・・蔵の垣根を超えたスペシャルな1本が出来たら楽しいよね!!と盛り上がり、3蔵共同開発のお酒を造ることが決定しました。

まずは「神の穂」のお酒6種類の組み合わせをテイスティング

しかし、はじめての試み。実現可能なのか?手続きは?などなど、分からないことだらけ。

「何をおいても味が大事!まずは美味しいお酒ができるか研究してみよう!!」と、M×O×Wプロジェクトと銘打った研究会が始動。今回とった方法はアッサンブラージュ。3蔵のお酒を調合して新しい1本を生み出す方法です。無数にある3蔵のお酒を無作為に組み合わせるのは途方もない作業になるので、まずはテーマを決めました。

森喜るみ子さんが調合。ドキドキ、ワクワクしながら見守ります

テーマは三重県の酒造好適米「神の穂」。各蔵から「神の穂」を使用したお酒を持ちより、調合してテイスティングします。

6本、6種類の組み合わせを評価。ちゃっかりおつまみも

自社内での「調合」は、日本酒の製造において既存の技術ですが、他社のお酒と混ぜる行為は、基本的に無く、蔵元にとってもドキドキの瞬間。

真剣に評価する大田智洋さん。手には伊賀酒DE女子会お猪口が…

この第一回、研究会で「いける!」と判断。同じ神の穂という酒米を使っていることもあり違和感なく馴染み、組み合わせによる味の違いも興味深く、3女将だけでなく、各蔵の関係者の試飲の評価も得て2種類までしぼりこみました。

瓶火入れ&分析して最終決定

5月。2種類の組み合わせから最終決定をするべく、若戎酒造さんへ集合。この日から、女子会SNSを見てお問合せしてくださった地元ケーブルテレビさんの密着取材もスタート。

現場にいる人すべて女子の図

この日は2種類の組み合わせを販売するときと同じ状態にするために、調合の後に、瓶火入れをし、分析をするのが目的。今回は2本だけの試験なので、パスタ鍋で瓶火入れします。

調合したお酒を約65度まであたためることで殺菌
そこから氷水で急冷
しっかり冷えたら次は分析。「検査室」へ
若戎酒造の検査室で、お酒の分析をする森喜酒造場のるみ子さん。かなりレアな光景
火入れが完了した2種類を試飲して最終決定
順番に試飲して感想を言い合います

火入れした状態での分析値(アミノ酸度、日本酒度、酸度など)を確認しつつ、試飲の結果、どちらも甲乙つけがたいくらい美味しかったのですが、最終的に夏に発売するなら「組合せABE」、秋なら「組合せACD」がいいかなと、販売時期を意識した味わいを重視して最終決定!

最終決定した3本

共同作業でいよいよ本番

6月、いよいよ本番の瓶詰め、火入れですが…その前に。3蔵共同開発といってもどこかの蔵で作業をすることになります。酒税法関係もありますので、諸々、税務署に確認を取りつつの段取りでした。

★マニアックメモ★今回は、大田酒造を「加工者」として、大田酒造が原料として森喜酒造場と若戎酒造のお酒を仕入れる形をとりました。ちなみにラベル表記は、調合する3種類のお酒のうち、一番低いスペックに合わせることになるため、精米歩合50%の純米大吟醸が入っていますが、60%精米の表記。特定名称もあえて書くなら「特別純米」となります。

瓶詰め後、目視での異物チェック

瓶火入れ。大きな専用の桶にケースごと瓶をつけて湯煎であたためます。大田酒造の杜氏や蔵人さん、若戎酒造の若手たちによる共同作業です

急冷作業をする重藤邦子さん
みんなでラベル貼り
大田酒造、7代目のTシャツがカッコイイ件
密着取材用コメント撮り

こんな風にして出来上がった特別な1本です!!!限定500本、7月19日より、三重県全域の取扱店で販売開始です。

ぜひ、このお酒をきっかけに酒販店さんに足を運んで、三重県の美味しい日本酒を見つけてください!!ベースになったお酒との飲み比べもおすすめ!購入者参加キャンペーンも予定しておりますので、どうぞお楽しみに。

★販売店リスト★はコチラから


伊賀酒DE女子会

伊賀酒DE女子会 (ameblo.jp)

伊賀酒de女子会 | Facebook

日本酒女子普及委員会(伊賀酒DE女子会)(@sakejoshi_29) • Instagram写真と動画

 

赤目四十八滝キャンプ場に、サウナが出現!?

5月29日(土)、名張市の赤目四十八滝キャンプ場に忽然とサウナが現れました。

 このサウナは、三重県の20代、30代「みえ」のシャベリバという集まりから生まれた三重県のヒノキを使った移動式サウナ。20代、30代「みえ」のシャベリバ』とは、「地域コミュニティと若者をつなぐきっかけづくり事業」を実施している団体です。

 「三重県産の木材でなにかおもしろいことをやりたい!」という声に、ひとりのサウナ好き(サウナー)メンバーが「移動式サウナは?」と提案したのがきっかけで、 『つながるサウナ3.0』というプロジェクトが立ち上がりました。『3』という数字は「三重県」のであり、「三方よし」のという意味が込められているそうです。

 サウナは今年4月から名張市で住宅のリフォーム・リノベーションなどを手がけるイエノキさんで、シャベリバのメンバーが毎週集まって、木を加工するところから制作されました。サウナを作るということなので、サウナーばかり集まっているのかといえばそうでもなく、大工さんがメンバーにたくさんいるのかといえば、それもそうでもありませんでした。

 じつは、そこがいちばんおもしろいところなのです。私も別件でイエノキさんにうかがったときに、隣で作業しているようすを見ていたら、なんだかワクワクしてきて、翌週もうかがって屋根部分をちょこっとお手伝いしてきました。サウナーでも大工でもない私ですが、「なにかおもしろいことやってる感」であふれていて、キャンプ場の設置も見に行ってしまいました。

 この日は本来ならクラウドファンディング(160%達成!)のお披露目会でしたが、新型コロナウィルス感染拡大の状況を踏まえ、延期となり、オンラインでの完成報告となりました。

 軽トラで運ばれたサウナは、緑に囲まれた赤目四十八滝キャンプ場広場にあっというまに設置され、サウナストーブに置かれたサウナストーンが熱々に熱せられました。サウナストーンにかける水は、制作で出たヒノキの削り屑を浸した水。さらにヒノキの香りが漂って幸せな気分に。外に出て川に入ってクールダウンすれば、これまでにない体験が待っているかも。

 今後は、サーフィン大会、キャンプ場の音楽イベント、街のお祭りなどに貸し出しを考えているとのこと。サウナという小さな空間で、自分を見つめる、いつもとは違うコミュニケーションを図る、自然を満喫するなどその人なりのいろんな楽み方ができそう。

サウナの販売やレンタルについてのお問い合わせはプロジェクトホームページへ。

https://www.tsunagaru-sauna-santenzero.com/

竹林を抜けてショートトリップ!松阪市美濃田地区で日常を忘れる小旅行に出かけよう

県外へのお出かけを自粛するようになってすっかり久しい。

近場をあちこち散策してはいるけれど、やはりどこか物足りない。

三重で暮らすようになってもう12年。何か所かで暮らしたし、何か所かで働いた。子どもが産まれてからはあちこちお出かけもしたし、なんだかずいぶんと「知ったような気」になっていたらしい。

この一年で、もう行くべきところには行ったと、勝手に思っていた。

まだまだ知らない三重があるというのに。

 

 

ベルファームから徒歩3歩?!

今回訪れたのは松阪市美濃田(みのだ)地区。
松阪農業公園ベルファームの近く、と言うとピンと来る人も多いのでは。
ベルファームの東側の駐車場から、道をはさんでほんの3歩くらい。
この柱が目印。

前を通ったことがあるけれど気にしたことがなかった、という人もいるかもしれない。

この柱がすべての入り口。

なにがあるのかワクワクのショートトリップのはじまりはじまり。

「美濃田大仏への竹林街道」この柱が目印

 

小道を抜けて、てくてくと

小道の先にどうやら大仏と竹林があるとのこと。
美濃田町自治会の方にアテンドしていただいて、小道を進む。

ハナモモが竹林への道をアテンドしてくれる

小道を抜けると、近くに幹線道路があるとは思えないような田園風景が現れた。自治会の方が植えたというハナモモを辿ってさらに数百メートル進むと、竹林らしき入り口が。


入り口からただならぬ迫力。

あれ、私ついさっきまで、あのメルヘンパークもとい、ベルファームの駐車場にいたよね?と不思議な気持ち。あの小道は異次元へのトンネルだったのかしら。

ここはもともと、雑木林が竹藪になった場所。

年々竹藪の手入れをする人がいなくなり、長い間荒れる一方だったそう。そこに手を入れたのが、美濃田町の有志のみなさん。重機を入れて、整備をし、今では趣のある竹林へと大変身した。

一歩足を踏み入れると、幻想的な静けさに包まれる。
暑い日だったにもかかわらず、心地よい風が通り抜け、竹が日の光を遮り、涼しいくらいだった。
上を向くと竹が空を切り抜いて、眩しいアートをつくっていた。

ここがどこか忘れてしまうほど、見渡す限りの竹。つい3時間ほど前に慌ただしく卵を焼いて、子どもたちを学校へ送り出したのが遠い昔のことみたい。

どこかうんと遠くの、風光明媚な観光地にやってきた、そんな気持ちになった。

しばらく歩いていると鳥の声の向こうに、涼やかな音。
音を辿って歩いて行くと、あった。風鈴だ。

 

ここもやはり、地元の有志の方々のアイディアでつくられた場所。もちろん整備も有志の方たちが行った。すごいエネルギー。

風鈴の透き通るような音を聞きながら、竹を見る。それだけのことがとても贅沢だ。

テーブルの上には蚊取り線香(親切!)と雑記帳が。
開いてみると、そこには訪れた人たちの足跡があった。
昨今の情勢で県外への旅行がなかなか叶わない、そんな時にここへ来られてよかった。という声が多くあった。

竹林街道にある石垣。ここにはお城があったそう。

 

敏太神社(ミヌダジンジャ)で少し休憩

竹藪を抜けると、かわいらしい七夕飾りが出迎えてくれた。
今度は七夕飾りを辿って歩くと、大きな神社が。


敏太神社という地域の氏神様をお祀りする神社。
大きな池で悠々と鯉が泳いでいた。

せっかくなので、ご利益を頂いて帰ることに。

来年遷宮を迎えるとのことで、着々と準備が進んでいる。

そして、敏太神社のすぐ隣には美濃田大仏殿も建てられている。
三重県で大仏様が拝めるのはとても珍しいのだそう。

 

美濃田大仏殿にご挨拶

大仏殿の隙間から見上げると、なんだか胸がどきりとした。
扉一枚を隔てた向こうに、荘厳な空気が満ちているのを感じる。胸の奥の心地よい緊張に、背筋がピンと伸びるような心地。

大仏殿を管理されている真楽寺にもご挨拶をすませて、休憩がてら少し周囲を散策。

竹林、神社、大仏殿、お寺。短い距離の間にいろんなものを見て、ちょっとした観光地気分を味わった。

 

その名も「大仏うどん」

満足感を味わいながら歩いていると、ビビッドな看板が。

手打ちうどんとカレーが自慢のお店「美ノ田」

眩しいイエローで「営業中」とのことなので、お邪魔することに。たくさん歩いてお腹も減っているし。

サーフボードが目をひく

古式ゆかしいお茶屋さんみたいなお店が登場するかと思いきや、思いのほかファンキーなムード。嫌いじゃない。

店内にはずらりとサーフボード。FM三重のラジオを聞きながらメニューを見る。

ホルモンカレーうどんが人気とのことだったけれど、「大仏うどんで」。

大仏うどん、だ。ネーミングがよすぎるし、なんと言っても全部乗せだ。大仏うどんには「全部」乗っているらしい。

元々はサーフショップを兼ねた、仲間内で集まれる場所を、とつくられた場所だったのだとか。
様々な紆余曲折を経て、今はうどん屋さんになり、県内各所からお客さんがやって来ている。

全部乗っているので当然あられだって

なんと!!あられ!!!

あれ、あれだ。三重県にむかしむかしから伝わる、あられの大胆な食べ方、あられ茶漬けを踏襲したうどんがここに。

ちなみに私はあられ茶漬けを三重県立博物館の展示でしか見たことがない。これはあられ茶漬けではないにしろ、限りなく近いもの。現物を前に感動してしまう。

さっき大仏様を見て感動したのと同じ胸で、汁につかるあられにも感動できる。私はそういう仕様で生きている。

店主の手打ちだといううどんもコシがあってとってもおいしかった。お出汁があられの芳ばしい香りを引き立てて、食欲をそそる。

ふやけたあられはお雑煮のお餅によく似ていて、お出汁との相性にも違和感がまったくない。

あられ、汁物によすぎるという結論だった。

満たされたお腹を抱えて帰路に就く。

 

ベルファームで小旅行のしめ!

竹林、美濃田大仏殿へ行く際は、ベルファーム東側の駐車場を利用させていただけるとのこと。

と、帰る前に少し、デザートがほしいお年頃。

あたたかいおうどんを頂いたので、今度は冷たいものを。


ガーデンカフェルーベルにてかき氷を頂いて、ベルファーム内も少し散策。

これからバラの二番花が見頃を迎えるらしい。

隅々まで手入れが行き届いていて、きれいな花が楽しめる。入場料が無料って申し訳ないほど。

最後に、ベルファーム内のお土産屋さんと産直市場にもお邪魔して、長く溜まっていた旅行欲がすっかり満たされてしまった。


 

小旅行はすぐそばに

この一年、お正月休みも、GWも、お盆休みも、どこへ出かけるということもなく過ごしてきた。他県に実家があるけれど、そちらへももう一年以上行っていない。

県内ももちろんとても楽しいのだけど、やっぱり「遠くへ行きたい」は時々むくむくと顔を出す。
日常を忘れるような場所に足を踏み入れて、また日常に帰っていく、あの瞬間が恋しくなる。

今回、竹林を始めとする美濃田地区を散策した。見事な竹林と、静謐な大仏殿。おいしいおうどんを頂いたあと、お花を見てお土産を眺めて帰ってきた。
短い時間だったけれど、ぎゅっと凝縮された旅のような、贅沢な時間だった。

つるっと潤うような気持ちを胸に、日常にただいまを言う。そんな瞬間が恋しくなったらぜひ、訪れてみてほしい。

松阪インターを降りてすぐ。小旅行が待っている。

 


 

美濃田竹林街道
住所:松阪市美濃田
駐車場:松阪農業公園ベルファーム 東側駐車場をご利用いただけます。
HP:https://matsusaka-info.jp/spots/detail/minotachikurin.html

美濃田大仏【大仏殿と真楽寺と敏太神社】
住所:松阪市美濃田町950-1
HP:https://matsusaka-info.jp/spots/detail/minotadaibutsu.html

手打ちうどん美ノ田
住所:松阪市美濃田町894−1

松阪農業公園ベルファーム
住所:松阪市伊勢寺町551−3
電話:0598-63-0050
ホームページ:https://www.bellfarm.jp

 


 

【タイアップ】
松阪市 観光交流課
松阪市殿町1340番地1
tel 0598-53-4196
松阪市hp https://www.city.matsusaka.mie.jp
松阪市観光hp https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/kanko/
松阪市観光インフォメーションサイト https://matsusaka-info.jp/

いつまでも変わらないでいてほしい場所

JR熊野市駅からまっすぐに進むと、ほどなく開放的な太平洋の海と美しい七里御浜が迎えてくれます。それに沿って走る国道42号線からは名勝・獅子岩。この辺りは、花の窟神社、鬼ヶ城、松本峠と見どころいっぱい。でも、熊野の魅力はそれだけではありません。

交通のアクセスがさほどよくない、東京からも大阪からも遠いこの地には、世界遺産を目的で訪ねる人が多いでしょう。でも一週間でいい、暮らすように旅をすれば、世界遺産だけではない熊野の不変の魅力を十分に知ることが出来ます。

熊野市街地から県道34号(七色峡線)を七色ダムに向かって、車で走ること50分、山間に開けた神川町に着きます。春には桜が人を呼び、七色ダムから北山村に抜ける辺りは、ツーリングスポットとしても人気。日本で唯一那智黒石が採掘されるため、碁石の里としても知られます。人口は500人に満たないでしょう。それでも、この町の温かさ・懐かしさはずっとここに在り続けます。

変わることが当たり前の生活環境にどっぷり浸かってしまった今、変わらないことの凄さを、ここへ来ると考えさせられます。変わらないことは尊いとさえ思えます。

神川にはもうひとつ誇れる場所があります。県道34号、正面の家の向こうに現れます。

碁石の里「神川温泉」共同浴場

ここは、加水なし100%源泉かけ流しの硫黄泉、知る人ぞ知る名湯なんです。一見すると、とても素朴な地元の共同浴場ですよね。でも、温泉ファン憧れのスポットでもあり、隣の奈良県からもわざわざ峠を越えて来るほどです。

お湯は透明で柔らかく、入った後はじんわりポカポカが続きます。熱い場合は「冷」のコックをひねると冷水が出て来ますが、実はこれが源泉そのもの。神川温泉は冷泉なので、入浴出来るように加温しているのです。

写真を見ていただくとおわかりと思いますが、一度に入れるのはせいぜい3~4人程度。なので、満員の場合は受付のあるサロンで待たされることになります。この待ち時間、地元のおじい様やおば様が談笑されており、溶け込むように自分もその空間に浸れます。旅先ではこの日常感が、自分にとっての非日常となるのですが、不思議とそうではありません。

この施設は地元集落の人たちで維持運営されているそうです。「大変なのよ」と言いながらも、長く続けておられます。小さいながらもとても清潔で居心地の良い空間です。冬場は外に出ると真っ暗、でも灯りが全然ないわけではない。臼のようにこじんまりと囲まれる集落は、冬の静寂と星の美しさが反比例し、都会とはまるで逆。この体験が自分を「無」にしてくれます。

過疎が懸念されて久しいこの地は、訪れる度に何も変わらない。そう思わせてくれる、それを確認しに来るための場所。もしかするとここは、熊野の神々に守られているのかもしれない。そんなことをたまに考えます。どこか片隅で覚えていてくれて、神川を訪れる人がいてくれたら嬉しい。

 

碁石の里「神川温泉」共同浴場

住所 三重県熊野市神川町神上214
TEL 0597-82-0001
営業時間 16:00〜20:00
定休日 日・月・水・金曜日
料金 大人400円 小人200円