山の再生から地域の未来をつくる「みんなの森プロジェクト(尾鷲市)」
私は仕事やOTONAMIE関連の取材で、よく海に行く。最初のころは「海がある暮らしはいいな」など、のどかに考えていたが、そこに暮らす方々と親しくなるにつれ、海が変わってきていると聞いていた。
伊勢湾では海の底に山から流れた木などのゴミが蓄積され、漁に行っても漁法によっては魚よりゴミの方が多く獲れてしまう。伊勢志摩や東紀州の海では藻場が減少する「磯焼け」が深刻化していて、名産の鮑や伊勢海老の不漁が続いている。漁師、漁業関係者、地元料理人などの間では深刻な問題だ。
その理由は様々あるという。気候変動による海水温の上昇や、黒潮の大蛇行。下水など生活環境の変化による海の栄養不足。山から海に流れる養分が減ったことなども要因なのだそう。
海でおかしなことが起きている、と数年前に聞いていた。そして今、魚が獲れなくなってきているという具体的な現象が出ている。
「山から森の養分を含んだ水が野に流れ、海に流れ着き、食物連鎖が始まる」。何度となく、このような文章を書いてきた。そして何回も書いているうちに「自分は山のことを何も知らない」と思うようになった。
「林業の衰退で森に人の手が入らず、山が荒れている」。このように表現することもあるが、それはもしかしたらとても失礼なことを書いているのかも知れないとも思う。林業の実態も、山のことも何も知らないのだから。これくらいの文章ならChat GPTでも教えてくれる、多分。
「山がよくなれば、海もよくなるのか?」この答えがずっと疑問だった。ざっくりとした論理では理解ができても、例えば「山がよくなる」とはどういう状態のことなのか。その答えが「昔のような山の状態」なのだとすれば、昔の山とはどういう状態なのか。
そんな悶々とした思いを抱えていたときに、知り合いが尾鷲で山から自然の循環で生物多様性を取り戻そうとしている「みんなの森プロジェクト」があると教えてくれた。そして尾鷲の山でワークショップが開催されると聞き、取材に出掛けた。
沢を再生させる。
取材の前日、尾鷲市役所の担当者に電話をすると「明日は雨なので長靴と合羽を持ってきてください。尾鷲らしい天気でお出迎え、すみませんね」と言って笑った。尾鷲市は年間降水量の全国最多を記録したこともある地域で、皆さんそのことを自慢げに話す。なんだか微笑ましい。
車で市役所に集合し、トラックに先導してもらい九鬼町の山に入った。すでにワークショップは始まっていて、おしゃれな合羽を着た方々が黙々と作業をしている。言い方は失礼かも知れないが、こんな山奥にフジロックにいそうなスタイリッシュな若い世代が集まっている光景が不思議だった。
それぞれショベルや木槌などを持ち、手作業で土木作業をしている。話しを聞くと、山で水が流れていた「沢」を再生しているそうだ。沢には泥や石、枝などが高い所では約4mも堆積していて、それを手作業で取り除いている。気が遠くなるような作業だが、2024年からワークショップ開始して397mある山の頂上から現在の中腹のところまで進んだそうだ。
重機が入れない山の中なので手作業でするしかないが、継続的に沢の再生作業を行えば数年で山裾まで到達し、沢は再生ができるという。

ワークショップの講師は(一社)コモンフォレスト・ジャパン理事で、生物多様性をテーマにイベント等を多数主催している坂田昌子さん。尾鷲の現場でも作業の指揮を執っていた。簡単にはなるが、なぜ沢を再生しているのかお聞きしたので、拙文ながら要約してお伝えしたい。
沢の水から生物多様性を。
山の尾根に位置する沢に泥や石、枝や木などが溜まると、大雨で一気に川へ、そして海に流れてしまう。山の泥は分解されず泥やヘドロとして堆積すると河口が詰まる。海では生き物が産卵する藻場がなくなる。そうなると沿岸部は、海の生物が住める場所が減ってしまう。
沢に水の流れがもどると、鳥が寄生虫の駆除などのために水浴びにやってくる。その時、鳥は虫などを捕食する。またどんぐりなどの木の実があれば食べる。木の実が鳥から排出される。おどろいたのは、糞とともに山に排出された木の実は、人が植樹するより高い確率で育つそうだ。そうやって広葉樹などが増え、森の植物に多様性が生まれると、また鳥がやってくる。そして広葉樹は針葉樹林にはない土の中の菌糸が環境を作るので、土から変えることもできるそうだ。落ち葉が増えて土が変われば、森から流れる養分も豊富になる。そこに住む虫にも多様性が生まれる。土、虫、鳥。すべてにとって、一番必要なのが水。なのでまずは沢を再生し、次に鳥が沢を見つけやすいように、木を間伐する必要があるという。
山に在るもので、森を再生。



沢の土砂だしが終わると、次に坂田さんは「ボサ」づくりへ。ボサとは落ち葉や枝木などを層にして山の斜面に設置し、雨が降ったときに泥、石、枝、また山の水の流れを受け止め、フィルターとして沢を守るとともに、沢の水の流れも穏やかにする効果がある。

またボサと地面の間に空間をつくることで、落ち葉などの養分を求める虫などが集まり、その虫を食べる鳥や動物も集まる。
皆さん、それぞれに分かれてボサづくりが開始。スギやヒノキなどの針葉樹の落ち葉は土に分解されにくいため、他のところで集めてきた広葉樹などの落ち葉を運び入れながらボサができていく。
また沢から出た泥は木枠の中に入れ、そちらに落ち葉や藁を入れることで腐葉土として再生している。
石もサイズごとに分けられ、沢や山の道などの補修に再利用されている。つまり山という自然から出たものは、なにひとつ無駄にしていない。廃棄をせずに循環させている。
水をいなすという、昔からの考え方。
続いて坂田さんから「シガラ」について教えてもらった。
シガラとは泥がむき出しになった斜面などに、木の枝を組み、そこに落ち葉を詰めることで水の流れを緩やかにするとともに、水は流れるが土砂などを食い止め、山崩れなどを防ぐ効果があるそうだ。根が抜けやすい人工林ほどシガラは必要だという。
生き物の命の源である水、そしてボサやシガラで山の手入れを推進する坂田さんが話した、次の言葉が印象的だった。
坂田さん:山では水が流れる場所をコントロールできません。人間には水脈も作れない。私たちができるのは、流れを緩やかにするなど “水を往なす(いなす)” ことです。現在90代くらいの方々は昔、ボサやシガラを当たり前のように作っていました。自分たちの暮らす地域の山を手入れするのは、食器を洗うくらいの日常的なことで、わざわざ技術を伝えるという感覚はなかったのだと思います。
ちなみにシガラは「しがらみ」の語源でもあり、万葉集にも使われた言葉。それくらい昔から日本人は山の手入れをすることが暮らしの一部だったそう。「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」と聞き覚えのある物語の一節も、日常的に山の手入れをしていた描写だと理解ができた。
炭素クレジットを購入する、企業の大切な役割。

話しは前後するが、今回「みんなの森プロジェクト」を尾鷲市と一緒に牽引するのは、自治体や企業、起業家などと協働して新たな社会のシステムを構築する(株)paramitaの共同代表、林篤志さん。paramitaの事業のひとつである「SINRA」の取り組みの一環だ。SINRAはブロックチェーンを活用し、気候変動課題や自然環境保護の取引をするシステムで、特許も取得している。
「みんなの森プロジェクト」は、企業がカーボンクレジットの購入や企業版ふるさと納税、また寄付などを行うことで資金を調達している。例えばLINEヤフーはデータセンターの電力消費や、引っ越しのサカイは運送に掛かるCO2の排出に対するカーボンニュートラル、スシローは尾鷲で調達している寿司ネタの持続的な確保のためなど、企業それぞれのニーズに合わせ、尾鷲の森を林業だけではない新しい価値を生み出そうとしている。企業は尾鷲の森が吸収する二酸化炭素をクレジットとして購入し、それを資金源として森の再生を行うという国内でも最前線を行くサスティナブルな取り組み。2024年1月〜6月に6回(18日間)開催された森林再生ワークショップには市内外から延べ720名も参加。また地元小学生も植樹に参加するなど関わる人は増えている。
林さん:ワークショップには地元の方も参加しています。森を再生するスキルを身に付けていただき地域で共有できれば、既存の林業ではない新しい地元雇用にも繋がると考えています。
森を再生させる。すると時代に合った新たな雇用が生まれる。それだけでなく海の環境も改善されれば、基幹産業である漁業も良い方向へ向かう可能性も出てくる。そんな尾鷲の未来を100年先へ引き継ぐ「みんなの森プロジェクト」を担当する尾鷲市水産農林課長、芝山有朋さんに今後の取り組みについてお話を聞いた。
みんなが、未来と地域をつくる。

尾鷲市がみんなの森の計画を始めたのは、2021年。尾鷲市で生まれ育った芝山さんは2020年に水産農林課へ異動になった。はじめは環境課の仕事ではないかと思っていたが、自然環境を改善することで一次産業への良い影響があることを理解したそう。それからは自らも山の現場に出向き、ワークショップの参加者と一緒に作業をするなど、業務外での活動も行っている。
芝山さん:今取り組みを進めている森以外にも、尾鷲には沢山の山があります。次は尾鷲の山全体を陸上から、また航空写真も使ってゾーニングをします。どの山がどのように変われば、地域全体に持続性を持たせることができるのか。例えば、この山は自然林に戻す、この山は生物多様性、ここはヒノキを植えるなど。その検証のためのゾーニングです。
そして、話を続けてくれた。
芝山さん:尾鷲の林業は文書によれば1624年から続く伝統産業です。しかし時代や生活様式の変化に合わせて100年後、200年後も見据えてやり方を変えて行く必要があります。そのために我々の代で模索しているんです。最初は「お金がない。これは無理かも」と思うこともありました。でもparamitaのおかげで企業が出資してくれました。社会が、企業が、こういうことを考えないといけない時代になってきたと感じています。これからも一緒になって、みんなで模索していきたいと思っています。
人口減少、気候変動など未来には大きな不安要素がある。しかし、ひとつずつアクションを起こすことで関わる人や企業は増えてつながっていく。そして、それぞれの強みを持ち合うことで希望を見つけることもできる。
海のことや山のことを知る。それは、将来を知ること。林業家は100年先、200年先を踏まえて木を植えると聞いたことがある。山を作る林業家が減っているから、誰かが未来を見なければならない。それは特定の誰ではなく、みんな。
「みんなの森プロジェクト」がひとつの成功事例になり、国内の同じ課題を抱えた地域に伝播していくことを想像してみた。そんな「みんなの森プロジェクト」は、壮大な日本の未来や、地域づくりの始まりなのかも知れないと思った。
みんなの森プロジェクト
▼尾鷲市HP
https://www.city.owase.lg.jp/0000021032.html
▼SINRA
https://sinra.app/jp/about