ホーム 01【食べに行く】 「真の餅を食べる」連載エッセイ【ハロー三重県】第40回

「真の餅を食べる」連載エッセイ【ハロー三重県】第40回

毎年、この季節になると餅のことばかり考えている。
餅への想いは年を重ねるごとに強くなり、冬時期に食べる餅の量は年々うなぎ上りだ。
餅はおいしい。
圧倒的においしい。
一年中おいしいが、冬はいっそうおいしい。

*

今年は夏が終わらないのかと思っていたら、突然に冬がやってきた。
ある朝外に出ると、風がキンと冷え、冬の匂いが漂っていた。
秋を飛び越えて冬が来て、寒さに弱い私はいっぺんに心が折れそうになる。
愛すべき夏をいきなり奪われて、寿命が縮むような冬が突然目の前に突き出されたのだ。
情緒が乱れてしまう。

どうやって私は40年もの間、冬を乗り越えてきたのだろう。
記憶をたどってもまったく思い出せない。
冬とともにあった私のことを爪の先ほども思い出せない。
ほんとうに私はこのような北風の吹く世界を生きていたんだろうか。私にそんな頑丈さがあるはずがないのに、季節は残酷にも巡り、呼んでもいないのに冬はやってくる。
こんなにも激しく拒絶しているのに、だ。

*

突然にやってきた冬の寒さに毎日腹を立てながら暮らしているうちに、記憶の片隅から、靴下、温かい飲み物、カーディガン、などが徐々に呼び戻されていった。そうだ、そのようにして、冬を過ごすのだったと冬における諸々の覚悟と心の準備が整いつつあったある日のことだった。
私は、ようやくスーパーで餅の大袋を見つけ「餅を!食べるのだ!」と、もっとも大切な存在を思い出した。

寒い日に腹の奥から熱が湧き上がるように体を温めてくれる餅の存在が、いよいよリアリティを持って訪れた。

ああ、そうだ、私は餅を食べていた。寒い日は餅を、餅を食べていた。味噌汁をカンカンに温めて、焼いた餅を入れて暖を取っていた。
おやつには餅を焼いて、しょうゆを垂らして海苔を巻いて食べていた。
子どもがいっぱい遊びに来た日には、お湯にくぐらせた餅にきな粉をまぶしてみんなで粉まみれになって食べていた。
餅とともにある冬を思えば、冬を乗り越える勇気が湧いてくるというものだ。
私には、餅がある。

餅の存在を思い出してからというもの、積極的に餅を食べている。
餅はおいしい。餅は元気が出る。餅は心を強くする。

*

順調に餅を食べて暮らしていたのだが、先日、我が家にマイコプラズマ肺炎がやってきて事情が少し変わってしまった。
最初に罹患したのは小6の長女で、信じられないことに快復するまで10日以上を要した。
息苦しそうに咳き込んではぐったりする長女を看病していると、あまりの痛々しさに心がすり減った。
その後、ウイルスは順調に小4長男を経て、小2次女に到達した。
生来頑丈な長男は衰弱することなくすぐに社会復帰を果たしたのだが、問題は小2の次女だった。
もともと、身体の線が細く、食も細い。頑張り屋さんで無理をしがちなところもある。次女ははっきりと衰弱し、長女の痛々しさを凌ぐ痛々しさだった。
ゼリー飲料だけを主食として、日々が過ぎていく次女を見ていると胸が締めつけられるようだった。

マジで、心底、マイコプラズマ肺炎嫌いだな、と思った。大嫌いだ。

長女が罹患してから、まもなく一か月が経とうという頃、私はまだ、マイコプラズマ肺炎に振り回されていた。
一か月もの間、私の胸はずっと痛い。神経が衰弱して、もうボロボロだった。

そして同時に、寒さはどんどん厳しさを増し、またも私の心をえぐる。

もう我慢の限界だ。
これだから冬は!!!!と叫ばずにはいられない。

餅を、餅を、当然食べた。餅を食べないとやっていられない。
どんどん焼いてどんどん食べた。
醬油をつけて、みそ汁に入れて、どんどん食べた。
でも、もう、これでは足りない。

今、私に必要なのは、つきたての餅だ。事態はひっ迫している。
ほんとうの、見事な、確かな餅がほしい。
さもなくば私はこの冬畜生にやられてしまう。
真の餅はどこにあるのだ。

*

「餅つき 三重県」と検索ボックスに入れて調べる。
近場で、近々に餅つきをしていないだろうか。

予想はしていたが、やはり簡単にはヒットしない。過去の餅つきの様子ばかりが表示される。
「餅つきイベントカレンダー」みたいなのをどこかの優秀なエンジニアが開発してくれたらいいのに。
悪態をつきながら、次は「三重県 餅 つきたて」と検索する。
私は餅つきがしたいわけではないのだ、真の餅が食べられたらそれでいいのだ。

するとやはりと言おうか、表示されるのは「玉吉餅店」だ。
私たちが行きつく真の餅は「玉吉餅店」にある。

ホームページの「九代目の誓い」をぜひ読んでほしい。
真の餅についての情熱がそこにある。

あれは、令和元年5月。令和が幕開けして間もなくのことだった。
我が家に季節外れのインフルエンザが舞い込んで、そうあの時も次々と子どもたちが罹患して、なんなら私だって罹患して、5月がインフルエンザだけで終わろうとしていた。
あの時も私が駆け込んだのは「玉吉餅店」だった。
病み上がりの体をおして、みたらしをたくさん買った。なんとかして立ち上がろうとするとき、私はきっと餅を食べる。

「心が強くなろうとするとき、言葉はなんにも役に立たない」と武田鉄矢は歌ったけれど、私が強くなろうとするとき、真の餅は絶大な力を持つ。

*

今年の冬はなんだかじっとりと寒く重苦しかった。
ずっと寒さの底を更新しているような日々だった。
誰もかれもが寒さに疲れて体調を崩したり、どんよりと暗い顔をしていたような気がする。
冬に疲れた体を癒しに、どの人も餅を食べたらいい。
もちろん、真の餅であれば言うことはない。
餅は心を強くするのだから。

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