三重県桑名市。駅から少し歩いた“寺町”と呼ばれる下町のすぐそばに
夏になると長い行列ができるかき氷屋がある。
「しろざけや 茂三郎」(以下 茂三郎)だ。
桑名宗社(俗称 春日神社) の真横に店を構え
ふわふわの氷と、手づくりの濃厚な抹茶蜜が評判で
地元民に長年愛されている。
私ごとだが、高校時代にこの店でアルバイトをしていた。
数年ぶりに訪れたが、 あのとき見ていた風景は、いまも残っていた。
今回は、当時お世話になった店主・伊藤さんに話を聞いた。
「今年も、いよいよやね」
6月半ば、桑名の空気はもう夏の匂いをまとっていた。
店内は、当時と変わらない。
昔ながらの古いレジ、製氷機、
アルバイト時代お世話になった奥様もいらっしゃった。
茂三郎では、かき氷を一年中提供しているが、
本格的なピークは7月から。
中でもにぎわうのが、毎年7月末に開かれる桑名水郷花火大会と
8月上旬の石取祭だ。
石取祭は、全国でも珍しい、深夜に山車が練り歩く伝統行事で、
“日本一やかましい祭”として
桑名市の夏の風物詩ともいわれている。
祭の日は、1日に売れるかき氷の数は1000杯以上。
かき氷を食べるために何百人と並び
「石取り祭=茂三郎のかき氷」という
思い出を確かめに来る人も多いだろう。
美味しいかき氷の食べ方について、聞いてみた。
「最初にスプーンでザクザク崩すのは、実はもったいないんよ。
うちのかき氷は、蜜をたっぷりかけてるから、
ザクザク混ぜなくても、美味しいよ。
ゆっくりすくって、食べてくれたら嬉しいね」
丁寧に削られた氷と、たっぷりとかかった蜜。
ザクザクしたい気持ちをぐっと抑えて、スプーンでそっとすくった。
これが茂三郎流の楽しみ方。
ちなみに、これは一番人気のメニューの全部のせ。
濃厚な抹茶の蜜に、自家製の金時、ミルク、アイスを
トッピングした豪華な一杯だ。
5分もたたずして、完食。
クーラーはなく、扇風機が回っているだけの店内で、
外の風や日差しを感じながら、食べるスタイル。
これがまたうまい。
店を構えるこの場所は、
もともとは「しろざけや」という甘味屋だった。
夏になるとかき氷が人気で、地元の人たちに親しまれていた。
店主の伊藤さんは、
桑名市内で150年以上続く
老舗の日本茶専門店「茶茂」の次男として生まれた。
かき氷屋として「茂三郎」が始まったのは、2012年のこと。
しろざけやが後継者を探していたところ、
伊藤さんに声がかかった。
「ご主人が、“もう続けられへん”って。だから、引き受けることにした」
しろざけやは、昔ながらのかき氷を販売しており、
伊藤さんも、子供の頃にそのかき氷を神社の境内で食べていた。
幼い頃の思い出だった場所を、
数十年後、自分が後継するとは思ってもいなかっただろう。
店名の「しろざけや」を受け継ぎつつ
「しろざけや 茂三郎」という新たな屋号が生まれた。
「“茂三郎”は、うちのご先祖さんの名前なんや。
語呂がええし、ちょっと拝借して(笑)」
かくして、お茶の知識とルーツを持つ一家による“本格抹茶かき氷屋”が、桑名の下町に誕生した。
茂三郎のかき氷を語るうえで欠かせないのは、抹茶だ。
抹茶の粉末を惜しみなく、これでもかというほど使う。
口に運ぶと、苦味が広がり、舌には深い味わいが残る。
着色料は使わず、抹茶そのものを楽しむ、
これぞ老舗日本茶専門店の蜜。
とはいえ、大人向けというわけでもない。
「子どもらはミルクをかけて、食べとるよ。
抹茶が苦手でも、ミルクがあるだけで、ぐっと食べやすくなるんよ」
トッピングの組み合わせで、味の印象はガラッと変わる。
大人は“抹茶の苦味”を楽しみ、子どもは“ミルクの甘さ”に笑みが浮かぶ。
どんな世代でも、自分なりの食べ方で味わえる。
もうひとつ、ファンが多いかき氷がある。
果物をたっぷり使った「完熟パインオレンジ」だ。
生のパインとオレンジを使った贅沢な一杯。
「うちはフルーツ系も力を入れてるんや」
伊藤さんは少し得意げに笑った。
蜜は既製品ではなく、果物を切って、絞って、
果肉感が残るようにミキサーで仕上げる。
だから、口に運んでも、果物の形は残る。
暑い日にぴったりの味わいだ。
映えるビジュアルもあいまって、若い世代からの支持も厚い。
茂三郎のかき氷は、家庭でも楽しめる。
三重県内・愛知県内の一部(主に北勢部)のマックスバリューや、
食品スーパー生鮮館やまひこで購入できる。
食べる前に、20分ほど常温にしてから食べることで、
ふわっとした食感が蘇る。
お店で食べるかき氷と同じ食感を維持させるためには、
試行錯誤があった。
瞬間冷凍機で一気に凍らせるのがポイントだ。
ふわふわの一杯を通じて「おうちでの夏の楽しみ方」まで広げていた。
持ち帰りは、店内でも販売している。
いま、世の中には1000円以上の高級かき氷が並ぶ。
一種のグルメ化が進み、ご褒美として消費されるようになった。
そんななか、茂三郎では、昔ながらの価格帯を大切にしている。
「昔みたいに“小銭を握りしめて食べに来れる”かき氷屋。
それは残したい」
「“変わってないね”って言ってもらえるのは、本当に嬉しい。
地元の人が“また来たよ”って言ってくれる。
当時幼かったお客さんが、親になって子どもを連れてきたりね。
一番ありがたい瞬間やな」
かき氷を通して、桑名の夏をつくる営みは、
今年もまた、変わらずここにあった。
【店舗情報】
しろざけや茂三郎
住所 :〒511-0024 三重県桑名市北魚町23
営業時間 :10:00~17:00
※7月、8月は10:00~18:00(氷が無くなり次第終了)
定休日 :水曜日 ※7月、8月は休まず営業
電話番号 :0594-87-6520
FAX: 0594-87-6520
駐車場:6台 (店の隣の春日神社内に24台有)
HP:http://www.mosaburo.com/

企業の採用広報やインタビュー記事、コラムを中心に執筆するフリーの取材ライター。18歳まで三重県桑名市で育ち、大学進学を機に愛知へ移住。一児の母。