就職氷河期世代への情報アウトリーチ事業を担当して4年目。
ハローワークや地域若者サポートステーションなど、様々な関連支援機関を取材してきた。
この事業の対象者層は広く、ひきこもり支援に関する機関も含まれている。
過去にそれらの機関を取材して、ひきこもりの状態にある方への偏見があることを知った。
現在日本には146万人のひきこもりの方がいるとされているが、私はひきこもり経験者に直接お話を聞いたことはなかった。
今回、伊勢市でひきこもり経験者の講演会があると聞き、会場に向かった。
ー明るいトークと壮絶な日々
2024年11月に、伊勢市ハートプラザみそので「ひきこもり講演会:主催 伊勢市ひきこもり地域支援センターつむぎ(伊勢市社会福祉協議会)」が開催された。「ひきこもりについて考える〜ひきこもり経験者・支援者の視点から〜」という演題で、講師は中谷信哉さん。
現在は精神保健福祉士として、ひきこもり支援側で働いている中谷さん。かつてはひきこもりの経験がある。
14歳〜22歳は病的なひきこもり、23歳〜26歳は大学に通い就職もしたが、27歳〜28歳は社会的要因で2度目のひきこもりとなった。29歳〜35歳の時はひきこもり自助グループの活動、31歳〜35歳は専門学校に通い、再就職を果たしたという。
いまは結婚をして精神科クリニックで経営企画課長、ひきこもり自助会の代表、オンライン相談支援の相談所代表を務めている。
講演会は時折、笑いも交える明るい声色のトークだったが、何度か発した言葉が印象的だった。それは「死んじゃってたかも知れないです」という言葉。
生きるとか死ぬとか、語れるほどの人生経験をしたことがない筆者だが、死という言葉に、軽快に語る中谷さんの壮絶なひきこもりの日々を感じた。
ひきこもりに対し、まだ自己責任論を語る人もいるが、そうではない。当時を振り返り「死ぬか生きるか」と語る中谷さんがひきこもりになった理由や、段階的な変化など、講演の取材メモを元にお伝えしていく。
ーすべてのことに疲れ果てていた、病的ひきこもり時期。
教員の両親の元に生まれた中谷さんは中学生の時、バレー部で主将も務め、地元である大阪府堺市のMVPにも輝いたスポーツマン。成績も優秀で特に数学が好きだったそうだ。しかし数学以外は、苦しいと感じる程の努力で優れた成績を何とか維持していたという。
そんなある日、お互いに仲の悪い友人である二人の間に入っていた中谷さんは、その二人から突然「お前は僕たちの悪口を言っている」と裏切られた。その日は下校時に土砂降りだった雨にも気がつかないくらいの精神的ショックだった。
優等生を続けるための苦しい努力の日々に精神的ショックが重なり、徐々に仮病で学校に行かなくなり、テストの日も休むようになっていったそうだ。
中谷さん:すべての努力が水の泡になっていくような思いでいました。
当時を「エネルギーが枯渇していた」と表現する中谷さん。そんな中谷さんのもとに、多くの友人や知人が見舞いに訪れる日々が続いた。「クズのオレを見ないでくれ」という気持ちで会いたくないと思っていた中谷さんだったが、母親は会うように勧めてくる。母的には親しい友人に会って話をすれば、元気になると考えていたそう。
中谷さん:いま考えると母親の対応は自然なことなのですが、それがひきこもりを長引かせる要因のひとつにもなりました。
電話やチャイムから逃げるようになり、社会が活動する時間を避け、昼夜逆転の生活になりネットゲームに依存。泣いたりキレたり、情緒が不安定だったという。
中谷さん:壁を殴って骨折したこともありました。そんな状態でも「オレはひきこもりじゃない」と考えていました。
ひきこもるようになり、一日中布団に寝そべったまま、一日16時間のネットゲームで過ごす毎日になった。しかし独りは苦しい。意識的に空想の誰かとだけ対話をするように。
中谷さん:いま思えばそんな日々は、エネルギーを溜める時期でした。
人も、音も、光も怖くなり、いわゆる、対人恐怖症に。ネットゲームのなかにだけ自分が存在している。現実世界から自分を消したくなったという。現実を紛らわすために、とにかく何かを食べ続けた。
中谷さん:当時、家にあった体重計は120㎏までしか目盛りがなかったのですが、とうとう114㎏まで太りました。
食べ続け、泣き続け、朝まで両親と話をしたこともあった。比較的無口な対応の父親だったが、ひきこもるようになったころネットゲームに使うパソコンを買ってくれた。
中谷さん:後で知ったのですが、当時の父は私のことを「死ぬか生きるかの状態」と判断したそうです。それと父は、私がひきこもりになった一番最初に「一般常識を捨てる覚悟をした」と、後で話していました。常識から外れたと思っている僕としては、ありがたい覚悟でした。
中谷さんはひきこもりの方を支援する家族や関係者にそう訴え、次に続けた。
中谷さん:あと、あんまりがんばり過ぎないでください。唯一、関われるのは家族です。過酷な忍耐力がいります。だから家族こそ休んでください。好きなことをやり、自由に生きてください。
ー支援を受ける
20歳になった中谷さんはカウンセリングという支援を受け始めた。支援を受けるために、外出は訓練でもあったそうだ。しかし外出し、雑談をすることができると、相談もできるようになり、気持ちにも変化が訪れた。
中谷さん:ビリーズブートキャンプってあったでしょ。それにのめり込んで1年で114㎏から59㎏まで減量しました。青春を取り戻したいとも考えるようになり、大学入試資格検定(現:高等学校卒業程度認定試験)も取得しました。自分だけ時間が止まっているという焦りがバネになったんです。
めでたく大学に合格し、学生生活を送れるようにまで回復した。就職に成功したが、そこはいわゆるブラック企業だった。27歳のときに再びひきこもりの状態になった。
中谷さん:2回もひきこもる自分ってなんなのだろうと思いました。当時は就業のイメージもできませんでした。しかし、ひきこもりである自分を受け入れ、自分なりの生き方を模索し始めたんです。
そして主体的に動き出すようになり、自助グループの活動や専門学校にも通い資格を取得。お世話になっていた精神科のクリニックに就職が決まった。
ー「やってみたい」を大切に
講演会の後半では、ひきこもりのステージごとの家族との関わり方のお話を聞かせてくれた。
ひきこもり始めた14〜15歳のエネルギーが枯渇している時期は、安心できる環境と時間を潰せる安全地帯を求めている。
エネルギーを溜めた15〜20歳の時は、問題解決ではなく何気ない雑談を定期的に行いたいと考えている。
支援を受け始めた20〜22歳の時は、敷居の低い活動を一緒に考えて欲しいと思うようになった。中谷さんの場合、家で料理を担当するという活動があり、食材の買い出しにも行けるようになり、家族から感謝される環境になっていったそうだ。
主体的に動き始めた27〜31歳は、本人なりの生きる方針を否定せず、実現のための対話を定期的に行うことを求めている。
そしてプロの支援員の視点から、大切なことを教えてくれた。
ひきこもり状態にある方を、強制的に家から出す「引き出し屋」がある。
中谷さん:強制的に引き出したとしても、あの頃の僕だったら、そのあと死んでいたと思います。無理やり社会に出されても、死を躊躇わなくなるくらい苦しんだ生きづらさは何も消えていないので、あの頃の僕には耐えられなかったと思います。
最後にこんな話を聞かせてくれた。
中谷さん:今は仕事で企画をしています。企画は相手の課題解決のためにあります。答えは相手のなかにしかありません。だから本人が「やってみたい」ということ、これは大事です。大切にしてください。
講演を聴き終え、なんらかの理由やタイミングが重なり「エネルギーが枯渇している状態」になること、そして「エネルギーを溜める時間」が必要なことが理解できた。それは生きていくうえで必要な時間だと思う。
ただ社会的にそういった生きていくための大切な時間があまり意識されていないとも感じる。ひきこもり経験者の貴重なお話を聴き、ひきこもりについて理解を深める機会が、社会にもっとあっても良いと思った。
【タイアップ】
三重県雇用経済部 雇用対策課 若者・女性雇用班
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村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事