都市と地方をかきまぜる!小さな漁村で未来を感じたお話。雨風太陽 高橋博之さん。
「今度、ポケマルの高橋さんが阿曽浦に来てくれるから、ソンサン来てみる?」
誘ってくれたのは南伊勢町阿曽浦にある友栄水産の代表の純さん。もう何年も前から、取材や撮影などでお世話になっている漁師さんだ。
高橋博之さんはポケットマルシェ※1などを運営する株式会社 雨風太陽の代表。雨風太陽は2023年に東京証券取引所クローズ市場に、NPOを創業した企業で日本初のインパクトIPO※2として上場。私にとって地域系の事業を手掛ける界隈の、雲の上のような存在だ。
※1 日本全国の農家や漁師などの生産者から、旬の食材を直接購入できるオンラインの産直マーケット。
※2 社会や環境にポジティブな影響を与えることを目的とする企業が株式公開。
インターン同窓会
友栄水産の純さんは10年くらい前からインターンを随時受け入れていて、おそらく100名を超えたとのことで、インターン同窓会を企画。高橋さんはコロナ禍でポケマルのサポートのために友栄水産が営むゲストハウスに長期滞在していたこともあり、自身もインターン兼ゲストとして登壇。

観光以上移住未満として地方とつながりを持ち、今や地方創生の肝と位置付けられる「関係人口」という言葉や概念を生み出したのも高橋さん。私はいろいろお聞きしたいことがあり、中年ながら若者に混じり取材ということで参加させていただいた。
参加していたのは大学生や社会人数年目の方々。実際に漁師になった人、大手企業に勤める人、地方に移住した人などさまざま。皆さんの自己紹介がおもしろかった。
オータロー君:東京海洋大学の1年生です。趣味は漁業を学ぶこと。バイト代を使っていろんな漁村にいき、それぞれのギャップをたのしんでいます。
こんなことをさらっと話す若者が集まっている。なかには「学校のサークル活動で、関係人口を研究している」という人もいた。どこかしら未来でたのしい。
都市と地方の関わりの分断

参加者から、人口減少が進むことへの質問。私も高橋さんに聞いてみたかったことだ。「江戸時代は3000万人でやってこれた国。だから関係人口が定着すれば、そんなに心配はしなくてもいい」という高橋さんから「140年前の明治時代、日本のどこが一番人口が多かったと思いますか?」という問いかけがあった。東京かなとぼんやり考えていたが、1位は石川、2位は新潟、3位は愛媛だった。東京は17位。
いま東京に暮らしている方々の何世代か前をたどれば、多くの方が地方出身者になる。しかし世代を重ねると、家系の出身地との関係性は薄れ、地方との関わりがなくなってしまう。帰省する先がない、ふるさと難民も増えているという。
都会に暮らし、地方を知らないとなると都市と地方の関わりが分断へと向かう。それが私たちが生きる現代の状況であり、第一次産業の生産者の存在や生産現場、そこにある課題を知らずとも暮らしは成り立つように感じてしまう。
ポケマルのおもしろいところは、生産者とメッセージのやりとりができることだと思う。それまで生産者は最終的に購入するお客さんの顔を知らないし「美味しかった」という声も届かない。また消費者も、どんな人がどんな想いで作ったのか、知らないままだった。

純さんも、コロナ禍で行き場を失った養殖真鯛をポケマルで販売。コロナゼロを願い、5670尾を姿のままオンラインで販売するキャンペーンや高橋さんのサポートにより、結果的にポケマルで最も多くの魚を売った記録をつくった。そして何千通というメッセージも届いたことが、純さんは一番うれしかったそうだ。購入者のなかにはひきこもりの状態にあった息子さんが、届いた真鯛をさばくことに興味を持ち、家族といっしょに食卓を囲むようになったこともあったという。
食べる通信とポケマルの誕生
岩手県花巻市で生まれ育った高橋さんが関係人口の概念に至ったのは、地元で起きた東日本大震災がきっかけなのだそう。地元の人や生産者と、外部からきたボランティアの方々がつながり、その後も持続的に関係性ができていく様子を目の当たりにしたからだという。

その後「都市と地方をかきまぜる」という理念のもと、世界初の食べもの付き情報誌「東北食べる通信」を立ち上げ、自ら編集長として取材も行っていた高橋さん。私はそのころ、知人から食べる通信のことを教えてもらい、高橋さんの存在を知った。ローカルメディアの運営や家業が印刷屋ということもあり、食べる通信のアイデアにはシビれまくった。
食べる通信は全国に、そして台湾まで飛び火し「日本食べる通信リーグ」が創設された。高橋さんはその間も全国を巡り、いまでは日本を8周したそうだ。各地で生産者や地域の人と語り合う車座を開き、生の声を聞いているなかで「一次産業だけが価格転嫁できていない」ことに疑問を抱く。そして生産者が自ら価格を決め、写真を撮り、文書を書いて商品を販売できるポケマルが生まれた。
関係人口のもうひとつの側面
関係人口は地方のためにあると思っていたが、実はそれだけではないらしい。高橋さんの知人で、東京でオフィス勤務をする男性のお話。
震災のあった石川県と仕事のつながりがあった男性。地震を知りボランティアに向かった。その後も月に2回ほど通うようになった。ボランティアの時間を確保するため、オフィスでの仕事を効率化し業績も良くなった。男性は「東京で働いているときは心に鎧を被った状態。地方で人と触れ合う時間は鎧を脱いだ裸の気分で、こっちの方が自分らしくいられる」と話したそうだ。
高橋さんは「都会で仕事をしていると、自分たちが手掛けた商品やサービスのエンドユーザーに会わないことが多いです。彼は被災地で、涙ながらに感謝をするおじいさんの手を握った。人間としての生きがい、やりがいです。都会は戦うところ。疲弊して病んでしまう人もいる。地方で過ごしてHPを回復させることもできます」。関係人口は、都会に暮らす人にも効果があるという大切なことを教えてくれた。都市が地方をかきまぜるのでない。都市と地方をかきまぜるという言葉の意味を理解した。
意思が一番大事です
参加者のひとりからこんな質問があった。「高橋さんの原動力は何ですか?」。ぜひとも私もお聞きしたい。
高橋さんは「誰かや何かを好きになると、心が勝手に動いて行動しますよね。つまり考える必要すらないんです。何も考えずに飛び込み、五感と会話をする。スマホや本ではわからないことです」。
参加者の女性は大学生だったとき、阿曽浦でインターン中に高橋さんに出会った。大学卒業後、県外で漁師の世界に飛び込んだ。久しぶりに阿曽浦に帰ってきた懐かしさや、言葉にならない想いが溢れたのか、笑いながら涙を流している。
高橋さんは「好きなことをすると、そういう表情になるよね」。そして、静かにつぶやいた。「意思が一番大事です」。
トークやディスカッションのあとは、阿曽浦や伊勢志摩の食材をつかった食事タイム。職人に習いに通ったという純さんが握る、漁師の寿司は絶品だった。
今回参加させていただき勝手な感想だが「思っていたよりも早く、未来はやってきている」と思った。それも高齢化率50%超えと県内で一番高い南伊勢町で、衰退が懸念される漁業の現場で起きている。取材をさせていただき、本気で日本を変えようとする人に触れ、未来には不安があるだけでなく、その先に真新しい希望があるように思ったのでした。
▼ポケットマルシェ
https://poke-m.com/
▼東北食べる通信
https://tohokutaberu.me/
▼日本食べる通信リーグ
https://taberu.me/
▼雨風太陽
https://ame-kaze-taiyo.jp/
▼友栄水産
https://yuuei.co.jp/
▼ゲストハウスまるきんまる
https://marukinmaru.com/