自宅で看取るって、大変ですか?

自宅で看取るって、大変ですか?

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もし、私が明日死んだら、SNSのアカウントはどうなるんだろう?
(前回の記事… 「明日、僕が死んだら。」 )
突然不安になった、そんな小さな疑問を突き詰めて考えていく中で芽生えた新たな疑問。

「僕は、家族は、その瞬間までどう生きたいんだろう?」

そもそも死生観の話は家族でもなかなかしにくい話題ですし、
酔っぱらったおじいちゃんたちが呑み会の終わりくらいに「ワシが死んだらな~。」的な話を始めた時ぐらいしか話題にもあがらない。

生まれてから70年、この町で暮らしても。そういえば…いた。

一緒に飲むたびに、自分の「最期」はこうしたいと言って話す酒飲みのおっちゃん。

私は今、小さな漁村集落に暮らしているのですが、
集落内に飲食店はなくほとんどが家呑み。

いろいろな人の家でそれこそ…べろんべろんになるまで呑むのです。
呑み会の終盤に毎回上る話題が、そういえば「どう死にたいのか」。

集落の飲み友達あきおさんは、小さな漁村集落で生まれ、大学進学で東京へ。
ふるさとの景色と暮らしが恋しくなり、結婚を機に奥さんと一緒に集落に戻ってこられた方です。
それでもUターンから50年がたち、お子さんたちもそれぞれ家庭を築かれています。
奥さんと二人暮らし、子育ても終わり毎日ゆっくりとした漁村の暮らしを楽しみながら暮らしています。

お酒大好きなあきおさん。
酔っぱらうと必ず私たち若者(漁村で40歳は若者です)に話すことがあります。

「ここで生まれて、ここが好きで戻ってきて、ここで子供を育てて。それでもな…死ぬときはどっかの病院で死ないといけないんだ。さみしいな…。お前たち、この村に介護施設造ってくれよ…。」

リアス式の切り立った山々に近く、平地がほとんどない三重県湾岸部の漁村集落は、
家々が山の斜面に立ち並び、階段が集落内の生活道路となっています。

車も入れない狭い階段。

何かあったとしても、救急車が家の前まで入れることもなく、場所によってはストレッチャーすら持ち込むことができない漁村集落。

介護が必要な老人のほとんどは、夫婦二人暮らしか一人暮らし。
家族や子供たちは離れて暮らしている。

仮に。
あきおさんの足腰が悪くなって、介護ケアの必要が出たときに、または寝たきりになって、訪問介護の必要が出たときに…、たぶんこの集落に暮らし続けることは難しい。

医療を受けるにも、介護ケアを受けるにも、何十段も階段を降りて車が入ることのできる場所まで移動することは困難であり、都市部で生活する家族が、毎日この町で生活を手伝うことも困難。

事実、この集落では自分で歩けなくなった人のほとんどが、町の病院や介護施設に入り、
その後もう一度戻ってくるのは…お葬式の後なんです。

「昔はな、みんな家で葬式あげた。みんな家で息を引き取ったしな。なんだかな、寂しいんだ。ここで生まれて、ここで育って、ここでは死ねない…ってのが。だから君たち、この村に老人ホームを作りなさい。家族に迷惑がかかるからみんな言わないけど、みんな…ここで、漁船の音を聞きながら死にたいなって思ってる。」
最後の老人ホームを作りなさい…はちょっと無理ですが、
なるほど、少なくともあきおさんは「最期までここで生きたい」んだ。

年間20人以上の方のお葬式がある超高齢化のこの村で、お家で亡くなった方のお話はほとんど聞かない。
皆さん病院や介護施設に行って…お葬式の日に帰ってくる。

「家で亡くなる。」って、昔はほとんどがそうだったんだろうし、
今風に言えば在宅医療の最後がそれにあたる。

家で最期を迎えたい。
あきおさんの願いをかなえるために、何ができて、何ができないのか…。

善西寺の矢田住職にご紹介いただいた在宅医療に取り組む伊勢のいせ在宅医療クリニック 遠藤太久郎先生を訪ねた。

 

家で亡くなるためには、準備が必要遠藤先生がいる、いせ在宅医療クリニックは伊勢神宮外宮近くにありました。

お医者さんと治療以外でお話する機会などほとんどないため、緊張する。

そもそも何から聞けばいいのかもわからない…。
遠藤先生の穏やかな雰囲気にちょっと安心しながら、単刀直入に話を切り出してみた。

「小さな漁村集落で、家で最期を迎えたいって方がいるんですが、在宅医療って大変ですか?」

遠藤先生によると、在宅医療や自宅での終末介護はお医者さん次第だそうです。
かかりつけの医師などと事前によく話し合いをしておくことが大切だそうです。

自宅で最期を迎えるにあたり、容体が急変して慌てて救急車を呼んでしまうと、救急車が到着した時点で息があれば病院へ、息がなければ…警察が来るそうです。
自宅での看取りや最期を迎えることを望んでいたとしても、このようになってしまっては意味がなくなってしまうわけです。

在宅での看取りをするのであれば、かかりつけの医師や病院と事前によく話をし、「その時」に慌てずにかかりつけ医師に連絡することが大切なんだそうです。

なるほど。知らずに慌てて救急車を呼んでしまうと事件っぽくなってしまうんだ。

そもそも在宅医療ってどんな医療なのか?
私のイメージではお医者さんは人を死から遠ざける仕事。
在宅の終末医療はと言えば、確実に死に向かっていく状態…なような気がする。

「医者は治療するのが仕事。だから亡くなる前提では話をしないですし、できないです。私たちは、お家で家族の方がどう接し、何をしてあげればいいのかを伝え、それが治療として間違っていないことをお伝えしています。『それでいいんですよ。』って。でも死はいずれ必ずやってくるもの。その時の在宅での医療や暮らしの中には、死もある…とお伝えしています。」在宅医療や看取りを行うためには、家族はもちろん知人や地域のコミュニティーが不可欠な要素。
本人が強く在宅での治療を望んだとしても、家族が受け入れられない場合もある。

遠藤先生は患者本人やご家族とじっくりと話をしながら、医師や看護師、ヘルパーなどのプロによるサポートで患者本人と、そのご家族が十分に納得し、在宅医療に取り組む覚悟と、受け入れるご家族のケアに努められているそうです。

「小さな過疎地域で考えると、ご家族はもちろんですが地域のコミュニティーがどう支えるかが重要になってくるのかもしれませんね。」

確かに、小さな集落で考えると、家族だけでは解決しないようなこともたくさんあるかもしれない。買い物ひとつ出かけるにも車に乗って片道20分。
一度買い物に行けば軽く1時間は家を留守にすることになる。
その間、家の介護を誰かがやる必要もある。

そう考えていくと、地域そのもののつながりやコミュニティーの強さも、在宅医療…つまりあきおさんの望む「最期まで生きる」を実現するためには必要な要素なんだ。

このあたりでやっと、善西寺の矢田さんと遠藤先生のつながりが見えてきた。

お医者さんは「生から死に向かう」方向で在宅医療や看取り看護をとらえている。
お寺さんは、「死はあるものとして生を感じる」方向で同じようにその時までどう生きるかについて考えている
のだ…。

 

お寺は生きてる人のためのコミュニティー自分が明日死んだら…を考えるには、家族や知人、地域全体がどうつながり、どう生きているのかを深く知らないと、結局はつながりから外れた、生物学的な「死」にしかならず、自分が周りとどうつながり、どう生きているのか…を考えなければ、SNSをどうしようってだけでは解決しないような問題なんだと改めて考えさせられました。

前回お邪魔した「お寺こども食堂」もそうですが、
善西寺には、もちろん生きてる人がたくさん集まっています。

それは「今、生きてる自分」を構成するような、「明日、死んでしまった時」のひとつの大切な準備としてのリアルなコミュニティーを作るための機能があるのかもしれないと考えると、お寺の持つそもそもの機能って何なんだろうか…と。

お寺から連想するものはと言えば、お墓…念仏に…お葬式?
亡くなった方に必要な、ご先祖様に必要な場所がお寺かと思っていたが、どうやら違う。

ひとまず遠藤先生のお話を伺い、もう一度「死はあるものとして生を感じる場所」、善西寺の矢田住職を再度訪ね、あきおさんの「思い」を実現するためのコミュニティーのあり方を聞いてみよう…。

小さな疑問からはじまったなんだか少し重い、
それでいてものすごく身近にある問題は、いよいよVol.3へと続きます。

 


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浄土真宗 本願寺派 善西寺
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