「私、自分の子どもに固執しないタイプなんです」
そんなセリフを彼女はさらりと言う。
一瞬目を見開いた私を見て彼女はこう続けた。
「自分の子を自分だけで育てなきゃいけないと思っていないので」
やはりさらりと言う。
彼女の口調は “親なら誰だって我が子が一番かわいいと思っている” “子どもを育てるのは親だ” という先入観を簡単に追い越していく。
なんでもないふうに大きなものをひょいと超えてしまう、彼女はそういう人なのだ。
塩澤さんという女性
彼女の名前は塩澤亜沙美さん。
三重県桑名市に住む34歳の女性だ。
24歳で結婚して、今は7歳と5歳のお子さんがいる。
一見どこにでもいそうな子育て中の女性なのだけれど、その活動は多岐にわたる。
頂いた名刺にはさまざまな屋号やプロジェクト名がずらりと並んでいた。
・Dreamstation
・ストロベリーマルシェ
・モーニング女子会
・ゆめまつり
・mamapanstation
・くわなアンジープロジェクト
そのほかにも桑名市内にある善西寺で、おてらこども食堂のお手伝いや、グラフィッカーとしての顔など、同じ子育て中の身としてその活動の広さには驚かされる。
塩澤さん:仕事で学校法人の広報や学科の立ち上げなどを担当していたことがあり、発信したり、企画するのがクセになっていて(笑)。
照れ臭そうにそう言って笑う顔はどこか子どものように無邪気で、これだけの肩書をこなしている女性とは思えない。
くわなアンジープロジェクト
今回取材をさせてもらうことになったきっかけが、先に書いた塩澤さんの肩書のひとつ “くわなアンジープロジェクト” だ。
くわなアンジープロジェクトは “自分の子育てに里親を加えて考えてみる” というテーマを掲げている。
あなたは里親と聞くと、どんなイメージを持っているだろうか。
子どもがいないシニア世代の夫婦、または子育てがひと段落した世代の大人たちが、身寄りのない子どもを引き取る、そんなイメージがどこかにないだろうか。
くわなアンジープロジェクトは、塩澤さんたちのような子育て真っ最中の親にも、里親という選択肢があることを提案している。
そして家庭で暮らせない子どもたちができる限り、里子として「家庭」で育つことを目指している。
あなたがもし子育て中の親ならば、少しだけ想像してみてほしい。
それは一時的かもしれないし、長くなるかもしれない。
そう、今の家庭にひとり家族が増えるということを。
“悪くない” と思った人もいるのではないだろうか。
私ごとになるのだけれど、我が家には3人の子どもがいる。
7歳と4歳と2歳だ。みんなまだまだ手がかかる。
それでも私は “悪くない” と思った。
子どもが子ども同士で関係を築く姿は、いつだってたくましくも微笑ましくもある。
今いる子どもたちの中に、新しく子が増える。
そして彼らがまた新しい関係を築いていく。
子どもたちのそんな姿を想像して私は “悪くない” と思ったし “とてもいい” とさえ思った。
これはきっと、子どもより先に逝く親に備わった本能のようなものではないだろうか。
私:もう一人こどもがいたらなぁ、と思うことは確かにあるんですよ。でもわたしつわりがひどくて。もう産めないなって。
塩澤さん:産まなくても家族が増えるんですよ!里親に登録すると。あっけらかんと答えるので思わず笑ってしまった。
私:里親になるにあたって特に不安はないですか?
塩澤さん:私には、なにかあっても大先輩がいるので。
そう大きく笑った塩澤さんの隣で微笑むのは、三重県里親会副会長の渡部美紀子さんだ。
里親歴は13年。実子2人の子育てに加え、さらに8人の子どもを家庭に迎え入れてきた。
塩澤さんは共通の知人を介して渡部さんと出会い、里親に興味を持った。
渡部さんの里親生活を近くで見て、養護施設や渡部さんが預かる里子の現状も知った。そして、社会的養育の必要性に気づき
「自ら里親に登録すべきなのでは」
と考えたのだという。
渡部さん:子どもにとって家庭で育つことはとても大切なことなんです。例えば、蛇口をひねれば水は出るけどその前には契約っていうのがあって、月に一度検針っていうのがある。電球が切れたら職員さんに言うのではなく、自分で買いに行かなくてはいけない。じゃあどこへ行けば買えるの?って、そういうことを施設だけにいたら知ることができないまま、18歳になると自分の力で外の世界で暮らしていかなくてはならないんです。
塩澤さん:そういう具体的な話を教えてもらえるからこそ「里親要るじゃん!」って思ったんです。
私:里親家族の実子の成長にはどんな影響がありますか?
渡部さん:以前、里子にあれこれ注意をしたりしていたことがあったんです。その時に里子が私のことを「うるさいおばさん」なんて言ってたんですね。そしたら、当時、思春期真っ盛りで気難しかったうちの息子が「おい、親ってのはな、子どものためを思って口うるさく言うもんなんだぞ」って里子に向かって言ったんです。これにはほんとうに驚きましたね。お前が言うか?!って(笑)
あとは、よそのご家庭ですけれど、そのお宅には小学校低学年のお子さんがいらして、ホームステイで小学生のお姉ちゃんがたびたび来ていたんですね。そしたら「お姉ちゃんを甘えんぼさせてあげてね。私たちはいつでもお父さんとお母さんに甘えんぼできるけど、お姉ちゃんはここにいるときだけだから」って。
私:実子にとっても社会に目を向けるきっかけになりそうですね。家族が増える、ということは金銭的な不安を感じる人も少ないくないと思うのですが……そのあたりについてはどうなのでしょうか?
渡部さん:里親には国から里親手当と預かる里子にかかる経費として一般生活費、教育費、医療費などの支給があります。我が子とともに子育てしながら社会貢献をするのもアリかなと思うんです。
産む使命と育てる使命は別でいい
ここで、もう一人紹介したい女性がいる。
塩澤さんや渡部さんとも繋がりがある*MCサポートセンターみっくみえの代表で、助産師でもある松岡典子先生だ。
*MCサポートセンターみっくみえ
妊娠、出産をきっかけに大きな変化を経験するお母さんたちに対し、助産師である松岡先生が窓口となり、日々成長する子どもたちの心と体についての疑問や不安などを医師、看護師、保育士などの専門スタッフがサポートしている。
地域で長年にわたり、母子を見続けてきた松岡先生にも少し話を聞いてみた。
私:塩澤さんや子育て世代の方が里親になるっていうお話を、先生はどう思われましたか?
松岡先生:私は一番いいだろうなって思った。今まで里親制度は社会的にも時間的にも余裕がある方が担ってきた背景があって。でも仕事や子育てをしながら、家族の一人として里子を迎え入れようとする里親がいる。そこは盲点だった。そんなスタイルがこれからの社会のスタンダードになれば、きっと社会って変わっていくと思う。
松岡先生:特に乳幼児は施設ではなく、家庭養育優先を目指し、実親による養育が困難であれば、特別養子縁組による永続的解決や里親による養育を推進する社会的養育ビジョンがあってね。
なぜなら赤ちゃんの脳は決まった大人からの刺激で順調に発達するということが分かっていて、毎日同じ顔の人に世話をされるということが、人への信頼や愛することにつながっていくそうだ。
ゼロ歳児の死亡原因の一つに、親による虐待があたりまえのように数えあげられるようになってしまった現代。幸い児童相談所が介入して施設養護となるケースについては…。
松岡先生:それを「殺されなかったからいい」とせずに、その後の育ちもきちんと見ていくことが大事で、施設から出られなかった⼦どもたちが、⼼の奥深くに多くの埋められないものを抱え18歳で施設から社会に出されているならば、その為に社会がどの⼦にも家庭を保証していけたらなって思ってる。どうしても育てられないという親御さんがいる以上、私たちは “産む使命と育てる使命が違ったっていい” とさえ思っていて、生んだ親だけがその子を育てる、という社会通念を変えていけたらいいよね。
望まない妊娠、経済的な事情、産後うつ。妊娠または出産した女性にはさまざまな問題がふりかかることもある。
“産む使命と育てる使命は必ずしもイコールではない” そのことがいったいどれだけの女性を救うだろう。
みんなの目で見て育てる社会へ
「こども食堂に来られる人が一番言うのが “みんなが見てくれているから安心” っていうことなんです」
そう話すのは善西寺の矢田住職だ。
矢田さんは善西寺で月に一度おてらこども食堂を開いていて、塩澤さんも渡部さんもスタッフメンバーだ。
おてらこども食堂は今年5月で3周年を迎え、三重県で最も早期にスタートした子ども食堂のひとつなのだ。
そして、矢田さんもまた “くわなアンジープロジェクト” の発起人の一人であり、アドバイザーでもある。
矢田さん:こども食堂は来た子どもを “みんな” の目で見て “みんな” で関わる。そしていっしょにごはんを食べる。彼らの居場所のひとつがおてらこども食堂。里親をね「毎日こども食堂」っていう言い方をしたりもするんです。そんな風に考えると里親も少しハードルが下がるかなって。
あくまでも居場所のひとつとして、子どもたちの成長にかかわっていく。それが矢田さんが考える里親制度なのだ。
私:私も子育て中だけれど、毎日余裕がなくて理不尽に怒ってしまったりもします。もし私が里親になるなんて言ったら、どの口が言っているのかと思われそうで…
塩澤さん:うーん。私は自分の子を自分だけで育てなきゃいけないと思っていないんです。だから、例えば自分の子が山村留学(農村地区に子どもが引っ越して、そこで暮らす)したいと言ったら、実子は山村でお世話になり、私は里子を受け入れて、でもいいと思ってます。
これが冒頭の言葉につながる。
核家族化が進み、いつの間にか子育ては親だけのものになってしまった。
閉鎖された空間で追い込まれてしまった母親を、私は身近にたくさん見てきた。そして私もまた、追い込まれた一人だった。
そうだ。もともと子育ては社会で担うもの。
親だけが子を育てる。そう思う必要なんて最初からなかったのだ。
塩澤さん、渡部さん、松岡先生の話を聞いていると、そんな言葉がすとんと腹に落ちてきた。
前を向くことが、生みだすもの。
塩澤さんは半年以上にわたる講習や研修などの準備期間を経て、ついに養育里親として認定を受けた。
これでいつでも里子を受け入れることができる。
里子にはこちらからある程度の条件を提示することができる。
塩澤さん:私は実子より年下、短期なら大きい子でもOKとしています。そこは里親の自由でいいんですよ。私は「自分の子育て経験を活かせたほうがいいかな」と思うので実子より小さい子としています。
これからどんなご縁があるのだろう。
頼もしい渡部さんや松岡先生や矢田住職がそばにいて、そして持ち前の好奇心と明るさで、きっと実りある充実した日々が待っていると確信できる。
なんだか少し羨ましい。
くわなアンジープロジェクト。
その名の由来は「里親になるって*アンジェリーナジョリーみたい!かっこいい!」と発した塩澤さんの無邪気なひとことで始まった。
ネガティブなことを考えたらキリがない。起こってもいないことに悲観するのは簡単だ。
けれど悲観は、なにも生まない。
塩澤さんのような、好奇心をエネルギーにできるフットワークの軽さこそが世の中を変えていく。そんな気になった。
現実に彼女の影響で周囲に里親登録を目指す人が増えた。そしてアンジー世代の里親も出てきている。
自分の子と同じようによその子も育てる。
そんなかつては当たり前だった景色を見てみたくはないだろうか。
ものごとは、きっと思ってるよりずっと単純で明快だ。
悲観するより、まず一歩前に。
それだけできっと世界は変わるのだ。
*アンジェリーナジョリー / ハリウッド女優であり、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の特使。実子3人に加え、3人の養子を育てている。
photo / y_imura
【ご覧ください】
全ての子どもたちが愛情あふれる家庭で育つ社会を目指して、里親制度や養子縁組の普及・啓発を推進している子どもの家庭養育推進官民協議会と日本財団の協働による里親啓発プロジェクト「フォスタリングマーク・プロジェクト」の紹介動画です。どうぞご覧ください。
くわなアンジープロジェクト
fb https://www.facebook.com/KuwanaAngieProject/
塩澤さんの子育てブログ https://ameblo.jp/nonsugar42/theme-10102122705.html
OTONAMIEでもクスッと笑える子育て四コマを書いてくださってます。ぜひ!
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