ある演劇を観た。
その幕が、今まさに下りようとしている。
「まだ観ていたいよ。」
「まだ終わらないで!」と、心の中で叫んでいる。
その願いも虚しく、無情にも幕は下りる。
同時に、皆次々に立ち上がり、興奮冷めやらぬ場内は拍手で響き渡っている。
「いい演技だったね。」
「素晴らしい物語だったね。」
皆、涙を浮かべながら、思い思いの言葉が自然と口から漏れてくる・・・
実はこれ。
仏教の世界で、死を迎えること、大切な人を見送ることと通じるものがあるという。
そう、お葬式だ。
ミイラ、お寺へ行く。
この度、OTONAMIEのご縁で、桑名市にある善西寺にお伺いすることになった私。
なにやら、こちらのご住職、私のミイラにご興味を持って頂いてるようで・・!?
一体どんなご住職なのだろうか。
ミイラがお寺に足を踏み入れても、よいのだろうか。
でも、これはきっといい機会!
おそらく懐の深いご住職に違いない。お会いするのがとても楽しみになってきた。
いざ、参ろうではないか!
こんにちは、ご住職。
■走井山 善西寺(浄土真宗本願寺派) 第十五代住職 矢田俊量氏
名古屋大学大学院で生命科学を学び、東京大学で理学博士を取得。
その後、アメリカの医科大学で研究員として勤められた生命科学のプロフェッショナル。
現在は尊いご仏縁により、実家である善西寺の住職を継職されている。
恐れ多い経歴とは裏腹に、お会いした瞬間から、驚くほどとても親しみやすいご住職。
そう言えば、京都の女子短大に通っていた時、
仏教の授業が必須科目であったにも関わらず、今、仏教の世界を全く分かっていない私。
こちらのどんな質問にも、優しく答えてくださるご住職。
興味深いお話をたくさん伺った中で、出てきたのは、
お葬式のおはなし。
葬儀社に頼まなくても葬儀はできる。
必要なのは「棺おけ」だけ。
「これがないと葬儀ができないと言うものがあるけど、何かわかる?」
意表をつくご住職の問いに???な私。
「実は、棺おけだけ」
「火葬場は棺おけに入っていない遺体を受け付けないから」だと。
でも祭壇とかは・・?
「お寺には、儀礼に必要な仏具等の用意があります。
ご家族に覚悟があって、住職に相談いただければ、立派な宗教儀礼としてのセルフ葬も可能です。」
そうだったとは・・!
まさかの、ワンクリック。翌日配送で届く「棺おけ」。
棺おけ・・・ では、どうやって入手する?
考えたことはなかったが、人が最期に眠る場所。
どんなルートか分からないが、厳かに、しめやかに運ばれてやってくるものだと思っていた。
それがまさかの、インターネットでワンクリック。
そしてこちらも、翌日配送ときた!
これが、届いた棺おけ。
5分で組み立てできる、と言う。
なんだか、予想外のことばかりだ。
私の想像の世界では、こうだった。
ホワンホワンホワン・・・
日本ではもう数少ない棺おけ職人が、神妙な面持ちで一本ずつ釘を打ち込み、
熟練の技で仕上げる棺おけ。1日に出来上がる数も、せいぜい〇〇個が限度だ・・・
みたいな。
想像してたものと全然違った・・
【 特別編 】 やってみよう、棺おけの組み立て。
① 開けます。
③ 側面、立てます。
⑤ 差し込みます。
⑥ 頭面も差し込んで・・
⑦ 枕を添えて。
⑧ お布団??も敷いて・・
⑨ 蓋をそっとかぶせたら。
⑩ はい、出来上がり。
さぁ、人生初。ここから入棺体験へ!!
いざ、入棺。
入りました!!
決して、ふざけてはおりません。(多少はしゃいでおりましたが)
実際に入棺しましたが、狭いスペースながら落ち着くのです。
でも入ったからと言って、思いのほか、気持ちに変化が表れるわけでもなく・・
けれど、
蓋が閉じられる、全ての光が遮断されてしまう、その瞬間。
終わった・・
さっきまではしゃいでいた、色んな思考が煩悩が、一気に遮断された感覚。
外部の世界と閉ざされ、ご住職のお経を上げる声を遠くに感じると、
過去に経験したお葬式が、一瞬にしてフラッシュバックした。
そもそも、お葬式とは?
ご住職のお話より。
葬式とは、もともと「喪主」が出すものではなかった。
「地域」が出すものであった。
村八分(むらはちぶ)といって、例え、罪を犯した家でも、
その村において、八分の義務や権利を失うが、
残りの二分「火事」「葬式」に関してだけは、村が協力するというものだったと言う。
昔は、互いに助け合う「互助」(ごじょ)という精神が日本人にはあった。
それがいつしか、地域の互助という考え方が消滅し、
お金でサービスを買うというものに、変貌してしまったのだ。
葬儀はいつしか形骸化され、商売に変わってしまったのだ。
間違った「終活」していませんか。
最近、終活セミナーで、葬儀の事前準備やお墓などアイテムを購入することで、満足している人が多いが、そんなカジュアルなものではない、と警告するご住職。
葬儀を分解して棺おけまでにゼロリセットしてみせたのは、原点に帰って考え直しませんか、と言うメッセージ。まずは、お金をかけなければ葬儀ができないという、間違った思い込みに気づくべき。
大切な人を亡くして、愛別離苦の悲しみの中、自らの生きざまを見つめ、葬儀を通して仏法に遇わなければ、その人には「死んで終わり」の人生しか残らない。
立派な式にすることが大事なのではない。
そう断言する、ご住職。
一番大切なこと、てなあに?
住職 VS 葬儀屋 という構図。
ご住職は、毎回、葬儀屋とはバトルなんだ、と仰る。
思ってもみない構図だ・・
葬儀の会場には、必ず「野仏様」という葬儀用の御本尊をお寺からお迎えいただくという。
ご住職が、毎日お経を唱えてお勤めをしている本堂に安置される「野仏様」。
葬儀屋が用意している御本尊もあるが、それは「備品」だと言う。
葬儀屋の御本尊は、一体誰がお勤めをしているのか!?
儀礼に「備品」じゃダメでしょう・・と。
掛軸である「野仏様」を架ける、きちんとした設備さえない会館もあるという。
また、御本尊が、亡くなった方の遺影で隠れてしまうことがある、と。
その場合は、配置の手直しをするという。
お葬式とは、遺影やご遺体にお経を上げるのではなく、
御本尊に向かってお経を上げているのだから、と。
もっと大きな視点で、いのちを捉えるべき場所なのだ。
しかし、葬儀屋にとっては面倒くさいこと。
・・なのでバトルになるという。
みなさん、ご存知であっただろうか・・・
お葬式は、人が乗り越えられない「死別」に対して、
覚悟し、納得し、諦めもし、節目をつくるため、厳粛な通過儀礼として勤めるべきなのだ。
それが、本当のお葬式の意味。
人は死んで終わり・・ではない。
人は、死んで終わりではない。
冒頭の「演劇」のように、幕が閉じるだけなのだ。
幕が閉じても、その裏ではもしかしたら、「お疲れさま〜」なんて言いながら、
先に逝った人たちと合流しているのかもしれない。
ただ私達には、
大切な人が目の前からいなくなってしまう事が、
会えなくなってしまう事が、
どうしようもなく辛く悲しいのだ。
どうしていいか、分からなくなる。
この悲しみだけは、たやすく乗り越えられるものではない。
だが、悲しむ事がいけないのではない。
人は死んで終わりの命、だと考えることが、どうやら間違っているらしい。
人間として生きてきた歩みが、それぞれの人にあるのだ。
そして、まだその先にも続いている。
その先の世界を約束してくれるのが、仏様。
死が悲しみでもあり、また喜びでもある。と言う教えが仏教なのだ。
例え、若くして亡くなっても「可愛そう」なんて、その人にとって向けられたくない言葉なのだ。
「往生」・・仏教では亡くなることを、こう表現する。
「往」き「生」まれてゆく仏様の世界に闇はない・・
死が悲しみでもあり、また喜びでもある。ということ
そうご住職にお話を伺って、
私が思い出すのは、祖父のお葬式の時のこと。
悲しい気持ちは変わらないが、遠く離れていた親族・いとこと一堂に会する滅多にない機会。
久しぶりに顔を合わせるいとことも数日間一緒に過ごし、祖父への想いを中心に、それまでになく団結し、とても楽しい時間を共有した。
その時これは、祖父がもたらしてくれた幸せな時間だ、と感じた。
悲しみと引き換えに、この時間に感謝する気持ちを持たねば・・と。
その頃からだろうか。
常々私が思うのは、お葬式は、その故人のため、残された者のために、悲しみを乗り越えるためにも、もっと前向きな気持ちで送ることはできないものか、と。海外では、例えばメキシコやインドネシアでは、めでたい儀式と考えている国もあるようだ。
めでたい、とまでは中々いかないが、場合にもよるが、精一杯生きられた方には、悲しみだけでなく最大限の敬意を表す送り方があってもよいのではないのか、と。
この私の疑問に、ご住職から直接的ではないけれど、答えを頂いたような気がした。
仏教の教えが、まさにそうだったのか、と・・
「お経」は、お釈迦様の説法のLIVEだ!
ご本堂に通して頂きました。
浄土という仏の世界を表したこの空間は、もう豪華絢爛。
浄土真宗ならではの、素晴らしい世界です。
善西寺は特に、色彩も上品で美しいのではないでしょうか。
空間のセンターにいらっしゃるのが、御本尊である阿弥陀如来さまです。
2,500年前「人生は苦である」ことに気付いたお釈迦さま。
悟りを開き、生きている人々に説法されました。
そこで語られたのは、相手に応じたオーダーメイドの説法(対機説法という)。
それをお弟子達が残していきたい!と思い、記録されたものが「お経」だそうだ。
今、私たちが聴くのは、それが中国に渡って漢訳されたもの。
そりゃ現代の私たちが聞いて、意味がわかるはずもない。
でも、それでいいのだ、とご住職。
お経は、お釈迦さまの説法のライブ。
理解するものではなく、感じるものだ !! by 矢田ご住職
お寺ってみんなが集まる楽しい場所、だったのだ。
お釈迦さまの説法を、矢田ご住職の太く美しい歌声を通して聴いた後、
( お経は考えてもやはり難しいので、淡々と聴いていた私だが、
最後に「南無阿弥陀仏〜」のサビが・・いやフレーズを2度聴いたときは、
この歌私も知ってるー!!と、ひとり静かに興奮したものだ。)
ご本堂を出ると、心地よい風が流れていた。
この日は1月にしては、めずらしく暖かい日だった。
境内を眺めながら、ご住職とお話ししていた時。
ご門徒さんと野球少年らしいそのお孫さんが、ふら〜っと自転車でやって来られた。
ご住職に挨拶をされて、ご本堂に入って阿弥陀さまを拝まれ、すぐに帰って行かれたのだ。
「ちょっと近くまで来たもんで〜」って。
こんなにもラフな雰囲気でよいのか・・と、少しの驚き。
それが、なんだかとてもいい感じだったのだ。
羨ましくさえも、感じた。
私も小さい頃は、祖父の通うお寺で、盆踊りなど行事があると遊びに行っていたものだが、大人になると、お寺は、よっぽどの用事がない限り入る機会もなく、知らない間に敷居が高く感じるようになっていた。
こんな、お茶目なご住職も・・
この時、ご住職が何を話されてこんな事をしていたのか、まったく記憶にない・・
だが、楽しい時間だったことは覚えている。
こんなお茶目なご住職。
矢田ご住職のいらっしゃる善西寺では、
エンディングセミナーだけでなく、おてらこども食堂、てら勉、キッズサンガという現代版の寺子屋 (毎回、即満員御礼らしい!) 、他にも、幻想的な空間で行う寺ヨガ・・・
などいろんなイベントが、毎回企画されています。
これだけは間違いなく、みんな感じる事だと思うけれど、
会社だろうが、学校だろうが、それがお寺であろうが、
おもしろい人、おもしろい事をやっている人の周りには、たくさんの人が集まってくるのだ。
会社は「おとな」しか行けない。
学校は「こども」しか行けない。
お寺は、大人も子供も、老若男女だれでもが行ける場所なのだ。
生きていく上でだれも避けて通る事のできない、その時々のたくさんの「悩み」。
その悩みだって、お寺では全て受け止めてもらえるのだ。
もしかしたら大人こそ、お寺をもっと活用すべきなのかもしれない。
そして、人は繋がりたい生き物。
家族、友達、恋人・・・と同じように仏様、と繋がったって、きっといいのだ。
今日は、ご住職からたくさんの世界を教えて頂き、
仏様のお下りの、美味しいお菓子までたくさん頂き、もうお腹いっぱい・・・
そんな私は、近いうちに、また善西寺を訪れる予定だ。
今度は、構えることなく、ふら〜っと行くつもり。
浄土真宗 本願寺派 善西寺
住所:三重県桑名市西矢田27-2
電話:0594-22-3372
FB :https://www.facebook.com/zensaiji987/
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