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“死では終わらない物語について書こうと思う” の著者 釈徹宗先生の話を聞いて “30代女子が思った死についてを書こうと思う”

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私たちは「死」についてどのぐらい理解があるのだろうか?私は臆病だから「死」なんて言葉を口にするのも嫌だったし、痛い、辛い、哀しい…ついついネガティブなことばかりを連想してしまう。凄惨な事故のニュースを見ては「死は待ってくれないものなのだ」と恐怖を深め、年齢を重ねるごとに身近な人、そして自分自身へひたひたと近づいてくる死を恐れる。いつの日か「死」と対峙することができなくなってしまっていた。

そんな混沌とした気持ちを抱えながら、私は桑名市西矢田町にあるお寺・善西寺を訪れていた。春季永代経法要が行われるこの日、お寺の門前には鮮やかな5色の仏旗が風になびいていた。

走井山 善西寺

善西寺は、400年以上の歴史を持つ由緒あるお寺だ。古くは矢田城がおかれた走井山麓にあり、なんと開基したのは矢田城主の孫だという。

十五世住職の矢田俊量さんは、住職となる前、理学博士を取得しアメリカの医科大学で研究員として勤めた経歴をもつ。いわば、生命科学のプロフェッショナルだ。その矢田さんが善西寺で実施している「エンディングセミナー」は巷にあふれる、いわゆる終活産業のための終活セミナーとは一線を画す。一貫して死を通して生を見つめ、「生命」と「いのち」 について深く考える内容となっている

あまりにお気軽な終活ブームに危機感を覚えた矢田さんが、医療の学識をもち現場を理解している宗教家として何ができるかと考えてきた一つのアウトプットが、このエンディングセミナーだ。今年で5年目を迎えるこのセミナーには、門徒(檀家)さん以外にも多くの人が関心を持って足を運ぶ。

(エンディングセミナーについての記事はこちら

善西寺 十五世住職 矢田俊量さん

今回は永代経法要にエンディングセミナーを併催して、釈徹宗(しゃく・てっしゅう)先生の講演が行われた。これまでの講師は医療・福祉・法曹などの領域からで、今回はじめての宗教学者の登壇となった。釈先生は大阪府池田市にある浄土真宗本願寺派・如来寺の住職であり、比較宗教学者としても活躍されている。

“そもそも仏教とは何か”、“世界の様々な宗教とどう違うのか”などを比較宗教学の観点からわかりやすく、ユーモアを交えて話される釈先生の講義や書籍は多くの人を魅了している。

釈徹宗 先生

今回ご講演いただいた『老病死の事例から学ぶ仏教~死では終わらない物語に聞く~』の内容をふまえながら、この先を生きていく上で私たちは死とどう向き合えばよいのか、どんな風に仏教やお寺と関わっていけばよいのだろうかということをお聞かせいただいた。

 

死では終わらない故人とのつながり

お寺の荘厳な空気にすっと背筋がのびる。これからどんなお話が聞けるのだろうかとドキドキしていると、釈先生はまず、浄土真宗について教えてくれた。

浄土真宗では、たとえ心臓がとまったとしてもそれを “死” とはせず “お浄土に生まれた” とします。仏として生まれ変わり、御縁のある人を導いていくという道筋をもっているからです。それは浄土真宗に限ったことではなく、世界中の民族・文化圏をみてもそういった物語りは存在するのです」

息を引き取ったその瞬間にすべてが終わるわけではないということを、実は多くの人が自然と認識しているそうだ。「それは“死を超えても道は続いていく”ということなんですよ」と釈先生は言う。そもそも、死を超えるとはどういうことなのだろうか。

「例えば『こうしたら死んだおばあちゃん、悲しむかもしれないな』とか、『こうしたら死んだ父親が喜ぶんじゃないかな』とか考えることはありませんか。それは間違いなく故人が仏となって、ご縁のある皆さんを導いてるということになりますよね」

そういえば思い当たる節があるかもしれない。お墓に参る時は、声には出さずとも必ず心の中で祖父母に話しかけている。誰にならったわけでもないし、家の宗旨を意識して行っている行為でもない。釈先生のお話を聞いて、「自然に死を超えても関わりが続くこと」を自然と実感することができた

さらに釈先生は、先に逝った人たちの存在を感じることは自分の姿を見つめ直すことにも繋がるとお話された。「先に逝った人たちのまなざしを意識することによって、我々の暮らしの意味が大きく変わっていきます。亡くなった人には嘘をつけない。つまり亡くなった方の目は、我々の心の鏡のような役割を果たすのです」

私は、死は永遠の別れだと思っていた。だから「死」という言葉に漠然とした恐怖をもっていたんだと思う。見えないだけで、実は故人と自分の間には「死を超えて続く道」が繋がっていたのだ。私の中で「死」に対するイメージが大きく変わった瞬間だった。

 

「死」は「今をどう生きるか」を紐解く鍵となる

釈先生は、人間だけが死を活用できるとも教えてくれた。「他の生物も仲間の死を悲しむということはあるのですが、過去の自分を後悔しないし、昔を懐かしんだりもしない。そう考えると、“死の先の世界を考えること” は人間しかできない行為なんですよ」

先生が大学で教える講義では「喪失プログラム」という自分の死と向き合うイメージトレーニングを行っているそうだ。

まず9枚の紙に「自分の大切な人:3人/大切な活動:3つ/大切な物:3つ」を書く。自分は末期の病気で余命宣告をうけたという設定だ。生死を分ける手術の日、9枚の紙の中からいらないものまず3枚破る。その後、手術は成功したが病気が再発してしまう。その時にいらないと感じた紙をさらに3枚破る。そして最期の日の夜、手元に残っている2枚の紙を破る。さて、最後に残った紙は…。

当日、多くの人が釈先生の話を聞き入っていた。

「死を目の前にすると、普段大事だと思っていることが意外につまらなく思えたり、逆に思ってもいないことが出てきたりするんです。そうすると、自分にとって何が本当に大切なのかが分かってきます。自分の死を使って生をもう一度再解読する。生きる意味と死ぬ意味は合わせ鏡みたいになっているので、死んだ後を考えることは生きる意味をどう考えているかということを知るきっかけになるのです」

元来、お寺はコミュニティの拠点だった

釈先生が今日教えてくれたことはきっと膨大な仏教の教えの中の、ほんの僅かな部分なのだと思う。けれどそこに少し触れただけで、「死=恐怖」という私の中の概念が大きく変わった。

「大抵のことは、本当の姿がわかっていないから苦しいのです。きちんと理解することによって、背負っている苦しみが一つ下ろせる。仏教は我々の心と体の仕組みに基づいて教えができていて、そういった意味で人類の知恵の結晶と言える気がします」

先生の言葉を聞いて、仏教が私たちの心や体の仕組みに基づいてできているのなら、仏教を知ることで「自分」というものを理解する手掛かりになるのではないだろうかと思った。死についてだけではなく、私にとってこの先を生きていくための大きなヒントが仏教にはたくさん詰まっているのではないだろうか。

けれど観光やお墓参りぐらいしかお寺を訪れる機会はないし、そもそも関わりの少ないお寺に足を踏み入れてもいいものかさえも戸惑う。「どうやってお寺や仏教とつながりを持てばいいのでしょうか」と釈先生に尋ねた。

「きっかけは『あのお坊さんの話に共感した』『考え方が素晴らしいと思った』でもいいし、お寺で開催しているイベントに参加することでもいいと思います。もちろん、家の宗旨を大事にするということも尊いことだと思いますが、これからは単に家の宗旨だからお付き合いするんじゃなくて、そのお寺が素晴らしいからそのコミュニティに参加するという形になってくるのではないでしょうか」

また、先生はアートや音楽など異なるジャンルからのアプローチもいいのではと教えてくれた。思えば近年お寺でアート作品の展示や、音楽イベントなど様々なイベントが行われているのを見かける。イベントはお寺に足を運ぶ絶好のチャンスだ。

境内では、ほとけさまのやさしい精進カレーの販売やベトナムコーヒーのふるまいが行われた。

浄土真宗のお堂は、本尊が置かれている内陣より参拝者が座れる外陣のほうが広い。古くはお寺の本堂を大広間として使い、みんなで集まって食事をしたり、困りごとを相談したりする場所として使われていたからだ。お寺というのは本来コミュニティの拠点であり、交流や文化が紡がれていく場だったのだ。

自分に大切なものがあるように、相手にも大切なものがある。

最後に釈先生からこんなメッセージをいただいた。「今までは宗教に関して、無自覚でも許された時代でした。これからの時代、もっとたくさんの外国人の方が住むことになります。今までのように相手の文化や宗教を知らないままだと、人権を傷つけるということも起こり得るわけです。興味がないから知らなくていいという訳にはいかないし、知らないからと言って人を傷つけてもいい理由にはならない。だから宗教を知る、学ぶということは現代日本人の喫緊の課題なんですよ」

宗教という観点からみても、急激な人口減少が進む日本は新たな局面を迎えているのだ。そしてその当事者となるのはこれからの時代を生きる私たちである。

釈先生のお話を聞き、自分の視界がだんだんクリアになっていくような気がした。「大抵のことは、本当の姿がわかっていないから苦しいのです」という釈先生の言葉を思いだした。そうか、仏教に触れることで私は「死」に対するイメージが変わった。仏教はものの見方を変えるスイッチになったんだ。

ぜひあなたにも日本のルーツである仏教に触れてみてほしい。自分の宗旨はどんな教えをもっているんだろう、家の近くのお寺はどんな取り組みをしているんだろうか。そんな小さな興味から、お寺に足を運んでみてもいいのではないだろうか。そこにある人類の知恵の結晶や、ご先祖様の死では終わらない物語は、あなたや大切な人のこれからを支えるヒントになるかも知れない。

地域の場としてお寺の門は常に開かれ、あなたを待っていてくれている。

 

グラレコでも春季永代経法要の当日を振り返り

最近よく耳にする、グラレコ。
グラレコとはグラフィックレコーディングの略で、イベントなどを写真や記事ではなくイラストタッチで記録する方法。
今回は善西寺とともに活動も行っている、しおママさんがグラレコに挑戦。グラレコでも当日の様子をお楽しみください。

しおママさんの詳細はこちら

 

釈徹宗(しゃく てっしゅう)1961年、大阪生まれ。宗教学者・浄土真宗如来寺住職・相愛大学教授。龍谷大学大学院博士課程、大阪府立大学大学院博士課程修了。NPO法人リライフ代表として、認知症高齢者のためのグループホーム『むつみ庵』、ケアプランセンターも運営する。落語が大好きで、お寺で寄席を開くことも。『いきなりはじめる仏教生活(バジリコ)』『仏教ではこう考える(学研新書)』『いきなりはじめる浄土真宗–インターネット持仏堂1』『はじめたばかりの浄土真宗–インターネット持仏堂2』(内田樹氏との共著、本願寺出版社)など、著書多数。(彼岸寺HPより)

 

矢田 俊量(やだ しゅんりょう)1963年桑名市生まれ。第十五世善西寺住職・龍谷大学非常勤講師・理学博士。名古屋大学大学院理学研究科修了。生命科学の研究者が尊いご仏縁により僧侶に転身。向きあう対象は「生命」から「いのち」へ。お寺をコミュニティの拠点とし、「おてらこども食堂」や、「りてらプロジェクト」など垣根を越えて様々な人とのつながりを生みだしている。専門のグリーフサポートは、各種団体・公的機関でサポート活動を行うなど19年の実績を元に昨年「グリサポくわな」を立ち上げた。

 

浄土真宗 本願寺派 善西寺 山号を走井山と号し古くは矢田城がおかれた走井山麓にあったが、後に現在地に移る。祖父俊元の法号善西禅定門に因み善西寺と称し、矢田城主の墳墓を祀る。寛永十二(1635)年空円の子覚善は本寺許可を得て、走井山善西寺を公称。

三重県桑名市西矢田27-2/0594-22-3372
HP:http://mytera.jp/tera/zensaiji30/monk/
Facebook:https://www.facebook.com/zensaiji987/


りてらプロジェクト
Facebook:https://www.facebook.com/1496917123753291/
おてらおやつクラブ
HPhttps://otera-oyatsu.club/
※善西寺では毎月第4水曜日に、おてらおやつクラブを基盤とした「おてらこども食堂」を実施しています。

(撮影:y_imura


 

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