ホーム 04【知る】 04人を知る 住職にお焼香のあれこれを聞きに行ったら、いつのまにか深~いところへ。

住職にお焼香のあれこれを聞きに行ったら、いつのまにか深~いところへ。

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…ねぇ、何してるの??

不自然な角度で砂糖を入れるOTONAMIE広報のともーこさん。
実はここ数ヶ月、ある男性にはまっている。

その男性とは、塩を振るしぐさがセクシーだと話題になったトルコの料理人「塩ファサーシェフ」ことソルトベイ。

Twitter: @SaltBaeMemes

真似をしてみるとわかるが、このポーズはかなり難しいのだと力説するともーこさん。
確かに筋肉隆々のソルトベイだからなせる技なのであろう。

ところが、最近ソルトベイをパロディにしたお焼香ファサー住職が登場。
(参考:BuzzFeed News

Twitter @matsuzakichikai

その登場になぜか物凄く悔しがるともーこさん…は置いといて、お焼香って1回でいいんだ~と知った私。

いつも見よう見まねなお焼香。

そもそもお焼香ってどんな意味があるのだろう。

そして、指でつまんでいるアレは何??

色々と気になってきたので、ともーこさんと共に三重県桑名市にある浄土真宗本願寺派 善西寺の住職へ聞きに行った。

 

教えて住職!お焼香のあれこれ。

「お焼香は仏様への感謝を表すギフトです」

と仰る住職。

浄土真宗の場合、仏様への挨拶の基本は合掌礼拝。
加えて丁寧にしたものがお焼香で、供物の一つ。

また浄土はいつも良い香りが漂っているという説から、
芳しい香りにて浄土を想念しながら、心静かに仏様と向き合う場作りの役割もあるという。

「浄土真宗のお焼香はおしいただかず1回です」

精神性の高い浄土真宗。
1周回って何かとシンプル。

念や想いをどこまで込めればいいのか、意味も含めて追求した結果、浄土で救ってくれる仏様の気持ちに、こちらの計らいは不要と至った極論。

なのでお焼香は額におしいただかずに1回。

ともーこさんMY念珠を持参

「お香はフレグランスです」

焼香の時につまんでいるアレとはお香。
原料は、伽羅や沈香等の香木を細かくしたもの。
香炉で焚くことにより香りがたつ。

種類は様々で、なんと1グラム数万円という高級品も。
まさに木の宝石…。

好きな香りを纏い、好きな香りをお供えする。
オーデコロンのように使う方もいるそう。

そう考えると、お焼香は自分のお香を持参するのがベストなのであろう。

住職のマイ香はこちら。デザイン素敵!!

ねじって開くと、ふわ~と良い香り。

そういえば住職の念珠もカッコイイ。

夏は石などの涼しげなもの、冬は木などの温かみあるものと季節ごとに変えているのだそう。

デザイン性が高く、一つ一つに深い意味がある物。
お寺はその塊。

 

といっても、アイテム揃えれば…というわけではない話。

かつては生活のなかに色濃く、明確な形であったはずの仏教。

その土地に宿る精神や代々伝わる宗教に基づき、なんとなく包まれた安らぎを持ち、感謝し、誰にでも訪れる”死”を見つめることによって限り有る”生”を考えて、寺や仏壇を参る生活。

そこにあったものは土徳であり、仏道(ぶつどう)

教えと修練のある”道”。

風土にしっかりと根付いた仏教の伝統的な精神が、価値観や思考に影響を与え、地域社会を纏める原動力ともなっていた。

2017.4掲載『pray.伝えなきゃ。三重の山奥の暮らしで見つけた感謝の連鎖、いのちの記録』より

近年、仏道は薄れ、人生の最期を考え始めた世代に向けて行われる終活セミナーは、骨壺やお墓などアイテムに焦点をあてたものが多い。

「大切なのは生活に浸透した仏道。アイテムを揃えるだけで乗り越えられるほど、死は簡単なものではないのです」と住職は仰る。

実際、善西寺で行われるエンディングセミナーのラインナップは、寺単独の企画としては類をみない内容。

そこにかける住職の想いとは…

 

生命科学の研究者であった住職だからこそできること。2025年問題の真の問題点とは…

善西寺のエンディングセミナーは、看取り文化の再興を軸とし、医療や介護など命に関わる現場で実践されている先生方を招き行われる。

私が初めて聴講したのは3年前。
医師をはじめとする医療のスペシャリストが、お寺の本堂で「死」を語る姿は衝撃的であった。率直に語られる死のプロセス、命の現場にいる医療従事者たちのリアルな混乱と葛藤。

心の準備をするためのものではなく、死を通して生を見つめ、「生命」と「いのち」 を考える内容に涙する参加者も多く、寺が主催した場だからこそ成せる空気だと感じた。

医療従事者と協力し、このような場を設けられているのは、善西寺の矢田俊量住職が、命の現場で切磋琢磨された経歴があるというのが大きい。

■走井山 善西寺 第十五代住職 矢田俊量氏
名古屋大学大学院で生命科学を学び、東京大学で理学博士を取得。
その後、アメリカの医科大学で研究員として勤められた生命科学のプロフェッショナル。現在は尊いご仏縁により実家である善西寺の住職を継職されている。

善西寺がエンディングセミナーを企画される理由のひとつは、2025問題への危機感。

団塊の世代が後期高齢者になり、
超高齢化多死社会へ突入する2025年に向かう。

医療や介護の破綻は目前。

医療の学識や現場を理解している宗教家として何ができるかと考えてきた一つのアウトプットがこのエンディングセミナーだと住職は仰る。

既に医療や介護の現場では混乱が起きており、それは高齢者の「死」への捉え方の変化が影響しているというお話を詳しく聞かせてくださった。

◇命の現場の混乱
先述した通り「アイテムを揃えて乗り越えられるほど死は簡単なものではない」が、「簡単なことであるように錯覚している」ことで、いざ死を目前にした時に覚悟が持てずに混乱する高齢者が増えている。
その患者や家族を医療従事者はどう受け止め、医療の限界を伝えていくか、そして医療上のフローチャートを示しながら、いかに治療法の意思決定をしていくか(アドバンス・ケア・プランニング)、年々難しくなっている。

特に緩和ケア病棟では、生きる意味を見失った人達をどう支えるか、病いを悔いる患者を前にして何を語り何を聴けるのか、病いも含め人生だとどう受け入れてもらうか、悪戦苦闘しながら懸命に努力されている。

◇終末期の生きる意味を問う
医療従事者といっても宗教的背景なしで人の死を受け止めるのは非常に困難。何故ならば、医学教育では「人は死んだらどこに行くのか」に対する答えは学ばないから。
そもそも若き医療従事者たちが、終末期の高齢者の生きる意味をどうやって見付けるのだろう。本来であれば、高齢者自身が元々が持っているべきなのではないか。

◇仏道が浸透していたかつての時代
時代を遡る。
町医者が往診し、家族に囲まれながら命を終えていくことをよしとする…そんな時代。
命を終えるということを見つめ続けた結果としての死があり、ジタバタせず、命を継ぐということをしっかりと子供や孫にみせてきたあの頃。

◇今も仏道が明確にある地区がある
滋賀県の永源寺地域には、その村で生まれ育ち、土徳のある生活をしている高齢者がいる。その高齢者を支えるべく活動しているのが、保健・医療・福祉関係者による連携「チーム永源寺」。
地域包括ケアシステムのモデルとなるチームだが、中心である花戸貴司医師は、自分たちは特別なことをしていないと仰る。それは、例え食事が出来なくなったとしても、この村で看取られて死にたいというおばあちゃんたちがいる。だからこそ地域医療の担い手として活動ができるのだと。

◇2025年問題の本質
土徳のある土地で、仏道を歩んだような支えを持っていれば、医療や介護の破綻は起きないのではないだろうか。2025年問題というのは病床の数のような量の問題ではなくの問題。その質を支えるのは文化。

◇住職が捉えるお寺の役割
善西寺のエンディングセミナーには、命と向き合う覚悟を持つ医療従事者も多く聴講に訪れる。死をどう捉え、伝えていけばいいのか。同じような問題意識を持っている行政・医療・福祉・地域の連帯を生み出す役割を担うのは、長いスパンで伝えられる視点と覚悟を持ち、地域のハブであるお寺ではないだろうか。

 

マザーテレサの異名を持つ秋山正子氏が登壇

病ではなく人をどうみるのか。

命の現場で実践し続けている方々を、講師に招いて行われてきた善西寺のエンディングセミナー。

来る2017年10月15日(日)に登壇するのは、「市谷のマザーテレサ」との異名を持ち、東京都内を中心に訪問看護・居宅介護支援・訪問介護事業を展開する秋山正子氏

「障害があっても、病気があっても、たとえそれが治らないと分かっていても、住み慣れた地域で暮らしたい。その思いを大切に、その人の生き方を尊重し、その人らしく人生を全うすることを支えたい。」という想いから医療・福祉に留まらず幅広い活動を続けられている。

その姿勢は菩薩道を彷彿させるとも言われており、善西寺の「地域における看取りの文化の再興」への取り組みに共感されたことから、桑名での講演が実現したのである。

■株式会社ケアーズ代表取締役 秋山正子氏
NHKプロフェッショナル仕事の流儀「訪問看護師・秋山正子」やNHKスペシャル「新宿”人情”保健室」などでも注目を集め、昨年がん患者のための無料の相談施設「マギーズ東京」を開設し「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017」(日経WOMAN主催)を受賞。

 

いつの間にか深い生と死のお話…

いやはや、お焼香のあれこれを聞きに行ったら、いつの間にか深~いところへいってしまった。

私は仏壇のない家で育ち、お寺と関わる機会もなく、暮らしの中で仏教を意識することは少なかった。

それでも日本人としての習慣や行事や言葉に、仏教が深く根ざし、生活の一部となっているのは事実。

死から生を問う哲学としての仏教と、かつてあった仏教を中心とした文化的価値観を捉えなおすことは、生き方を見つめること。

この機会にみつめなおしてみよう、そう思う時間であった。

 


どんな時でも命は輝く~最期まで暮らし続けられる地域を目指して~
日程:2017年10月15日(日)
時間:13:30~15:30(開場13:00)
場所:桑名市大山田コミュニティプラザ 文化ホール
(三重県桑名市大山田1丁目7番4)
費用:参加無料(先着 500名)
主催:善西寺りてら事業部
共催:北勢緩和ケアネットワーク
問合先:善西寺りてら事業部(TEL:0594-22-3372)
後援:桑名市、桑名医師会、桑名地区薬剤師会、桑名市社会福祉協議会、三重県訪問看護ステーション連絡協議会、JA愛知厚生連 海南病院、三重県介護支援専門員協会桑員支部、有)だいちナーシングホームもも、みえ生と死を考える市民の会

浄土真宗 本願寺派 善西寺
住所:三重県桑名市西矢田27-2
電話:0594-22-3372
FB  :https://www.facebook.com/zensaiji987/

福田ミキ
フクダミキ。OTONAMIE副代表。OTONA MASTER。
仕事は東京の企業の社長秘書兼オフィスワークセンター長。数年前から社会人学生でもある。2014年に夫の都合で東京から三重県桑名市にお引越し。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。この記者が登場する記事
※くわブロにて情報更新中

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