桑名市の258号線沿いに、黒い三角屋根の一軒家が佇んでいる。
少し重たい扉を開けると、柔らかな光が降り注ぎ、ふんわりと花の香りが漂った。
「日々是好日」という言葉から名づけられた、小さな家族写真スタジオ「studio nini」だ。
撮影を少し覗かせていただくと、カメラマン兼オーナー・松岡さんの笑い声が聞こえてくる。
「泣いてもええんよ!!また来ればええやん!遊びに来て!」
そんな言葉に、緊張していた家族の表情が少しずつほぐれていくのが分かった。
ふとstudio niniのInstagramを見ると、生花を用いたいわゆる「映える」写真が並んでいる。
しかし実際に撮影に来た家族が口をそろえて言うのは、スタジオの「居心地のよさ」だ。
泣いても、また撮り直せる。撮影の2時間が、家族と過ごす思い出として残っていた。
ここには、マニュアルも制限もない。
「どんな日でも、いい日になるように」
そう願いながら、松岡さんは今日もシャッターを切っている。
松岡さんがカメラを仕事にしようと思ったのは、
息子の誕生と、妻の独立が重なったときだった。
「妻が、自宅で美容院をやりたいと言ったんです。
だから、俺は支える側でええやん。そう思っていました」
家事をこなし、家計を支え、妻の挑戦を応援する。そのはずだった。
けれど、Instagramで偶然見かけたニューボーンフォトが、その考えを変えた。
とあるスタジオで撮られた一枚。
花に包まれて眠る小さな命の写真を見た瞬間「俺も撮りたい」と胸を打たれた。
研修生を募集していることを知ると、考える間もなく応募し、狭き門をくぐって選ばれた。
受講料やカメラ、備品を合わせると100万円を超える投資。
「それ、取り返せるん?」と心配する妻に、
「とりあえず、やってみるから!」と言い、押し切った。
これほどまでに挑戦する決意の奥には、若き日の痛みがあった。
松岡さんが21歳のとき、父が突然この世を去った。
「朝起きたら、亡くなってたんです。心臓の発作で」
それは、何の前触れもない別れだった。
父との関係は決して良好ではなかったという。
「仲が悪かったわけじゃないけど、素直に話せないまま終わってしまった感じで。
あのとき、もう少し話せばよかったな、何か一緒にできたらよかったな、って。
後悔ばっかりなんです」
その「しこり」が、カメラで生きる松岡さんの行動力につながっていた。
「やれるうちに何でもやっておこうって。 あのときやればよかったと後悔するんが一番つらいんで」
そう語る目は静かだが、どこかまっすぐだった。
「泣いてもいいし、また来ればええやん」
松岡さんがよく口にする言葉だ。
それは、フォトスタジオの常識とは少し違っていた。
一般的な撮影では、限られた時間の中で「最高の一枚」を撮ることが目的なはず。
現に、初めてのスタジオ撮影に不安を抱える親たちは多い。
「泣いちゃったらどうしよう」「笑顔の写真、撮れるかな」
松岡さんはそんな気持ちを、誰よりも理解している。
「初めての場所で、知らない大人に囲まれたら、そりゃ泣きますわ。
でも泣いてもええって、また来てって。そん時、楽しく撮ればええから」
そんな思いから、studio niniでは、2時間完全貸切。
他のお客さんと重なることはない。
子どもが不機嫌になってしまったら、後日、落ち着いたタイミングでまた来てもらうという。
さらには、撮影データは全カットお渡し。
一回の撮影で2000枚を超えるシャッターを切ることもある。
「プランや上限は決めてないです。いい写真は全部渡したいんで。
ご両親から“多すぎて選べんやん”って言われたこともありますけど(笑)」
お父さんとお母さんで、ええなあと思う写真って違うじゃないですか。
だったら、どっちも残したいなあって思ったんです」
松岡さんの言葉には、サービスではなく思いやりがあった。
ただ「今日がいい日になりますように」という想いだけが、撮影のすべてを支えているように思える。
「“あの時間、楽しかったね”って思ってもらえたら、それが一番なんですよね」
松岡さんが大切にしているのは、
きれいな写真よりも、心がほぐれる家族の時間だった。
ふとスタジオを覗くと、そこには大人の笑い声が。
中心にいたのは子どもではなく、松岡さんだ。
「撮ることも好きだけど、話すことの方が楽しいんです」
被写体とカメラマンという距離を超えて、目の前の家族と、会話を楽しんでいたのだ。
一般的なフォトスタジオでは、カメラマンやスタッフが子どもをあやし、
親は少し離れた場所からその様子を見守る、そんな光景が多いだろう。
けれど、studio nini はお父さんやお母さんを巻き込んで、
一緒になって子どもの笑顔や楽しい時間を作っていく。
「お父さん、その服めっちゃかっこいいっすね!」
「休日は、いつもどこ行くんすか?」
そんな何気ない会話が始まり、
いつの間にか、家族全員で楽しむ時間に変わる。
お母さんの笑い声が響くと、子どもも安心して笑顔が溢れる。
普段静かなお父さんも松岡さんにつられて、場を盛り上げる。
「みんなでわいわい撮る方が絶対楽しいし、そっちのが好きなんですよ」
撮影が終わる頃には、写真を撮りに来たというより、
“家族で遊びに来た”感覚になっていた。
「いい写真が撮れたからまた来たいという声もありますが、
ご両親が“また松岡さんに会いにいきたい”と言って
遊びに来てくれることの方が多いですね。ほんと嬉しいです」
そんな関係性から、studio nini はリピーターが圧倒的に多い。
「ここ2年で10回以上撮影してるご家族もいますよ」
撮影が終わったあとにはピザパーティーをしたり、そんなお客さん以上の関係が自然と生まれていた。
studio niniの空間には、いつも生花がある。
淡いピンク、グリーン、イエロー。
どれも松岡さんの手で生けられたものだ。
「生花がないと、studio niniじゃないです」
撮影のたびに、お客さんのリクエストを聞き、
その雰囲気や衣装に合わせて、いけている。
「花のいけ方も学びました。父が花が好きな人だったので、
その影響だと思います」
かつて「仲が良いとは言えなかった」と話していた父。
だからこそ、残された“好きだったもの”を
いま、無意識のうちに大切にしているのかもしれない。
「花をいけるって、誰かを想う行為なんですよね。
撮影に来てくれるご家族のことを思いながら、いけていると、
自分も穏やかになるんです」
「泣いても笑っても、今日という日が“いい日”だったと思えるように」
松岡さんの花には、そんな祈りが込められていた。
来たる2025年12月。松岡さんの新たな挑戦が始まろうとしている。
待望の2店舗目をオープンするのだ。
花や緑に包まれたスタジオから一変し、
真っ白な空間で、純粋に「人」と向き合うためのスタジオだ。
テーマは「写真力」
「写真の力を、自分の手で確かめたいんです」
そう語る松岡さんの声は穏やかだが、その奥には確かな覚悟があった。
【店舗情報】
studio nini
住所 :〒511-0839 三重県桑名市安永127
営業時間 :予約時のみ
定休日 :長期休暇以外基本なし
メール: ystudionini.22@gmail.com
駐車場:2台
HP:https://www.studio-nini22.com/
Instagram:https://www.instagram.com/studio_nini__/
noteに熱中している31歳。店舗取材や人物インタビュー・コラムを中心に執筆。18歳まで三重県桑名市で育ち、大学進学を機に愛知へ移住。一児の母。













