心がガザガザとするとき、人と話をすると落ち着く。
コロナ禍で正直、現実を直視できないくらい気持ちが疲弊することがある。
それでも人と話をすると、心が和む。
なんでもいい、話そう。そして和もう。
和みほど、日本人にとって大切なことはないのだから。
【 す べ て を 委 ね ら れ る 瞬 間 】
桑名市出身の佐藤 敬さんと、ロシア出身のアレクサンドラ・コヴァレヴァさん(以下サーシャさん)。二人は日本を代表する建築家、石上純也氏に師事したあと、建築家ユニットKOVALEVA AND SATO ARCHITECTS、通称KASAを立ち上げ共同主宰をしている。
コロナ禍に入る前の2019年、KASAが発表した「蓮のある風景」という作品が名誉あるSDレビューの最優秀賞である鹿島賞に選ばれた(詳細はこちら)。その功績は建築業界のみならず、Yahooトップニュースになるなど話題になった。
「蓮」と聞いてピンとくる人もいるかも知れないが、仏教がテーマになってる作品で、KASAと桑名市にある善西寺とのコラボレーションの取り組みだ。ロシア人のサーシャさんにとって、日本の宗教はどう映るのだろうか?
サーシャさん:日本の神社やお寺はやわらかな光や静かな暗さに身を置くことで、自然と祈りを捧げたくなるような大らかな場所です。そういう雰囲気がとても大切だと感じています。
礼拝の後、目を開ければ風に揺れる緑はより色鮮やかに、注ぎ込む光や風はより心地よく感じることがある。そして気持ちがすっと穏やかになる。そんなリラックスした状態になるのはなぜなのだろう。善西寺の住職、矢田 俊量さんに聞いた。
矢田さん:人は礼拝する時、心が背負っていた荷物を一旦おろし、すべてを神や仏に委ねているのだと思います。
日本に来るまで仏教に馴染みがなかったというサーシャさん。はじめて出会った仏教。佐藤さんは、そこが良かったという。
佐藤さん:矢田さんからお借りしてきた仏教の雑誌に本願寺内陣の障壁画「蓮池図」が載っており、それを見たサーシャの「これとてもきれい!」という素直な感覚が蓮のモチーフの着想です。「蓮のある風景」は善西寺のお寺ルネサンス(再生)プロジェクトの一環なので、仏教が日常にはない視点で捉えた先入観のないフレッシュな感覚が大事だと思いました。
蓮の葉をモチーフにした建築は、善西寺の山門の真向かいにある住宅の駐車スペースに設置を想定。
合掌するかのように寄り添いあった二枚の葉の間から風が流れ、葉に開けられた孔からは雪のようにこぼれた光が地面に蓮池のような風景を映し出す。やわらかなフォルムの葉を見上げれば星空のような美しさ。
子どもたちが葉の上に腰をかけ、お母さんたちは世間話しに花を咲かす。そんな暮らしの風景が思い浮かんだという矢田さん。
矢田さん:仏教感のある暮らしが建築を通じて地域に伝わっていく。KASAの二人は翻訳者のようです。
【 死 を 見 つ め る こ と で 、 生 き て い く 意 味 を 知 る 】
お寺ルネサンス(再生)プロジェクトを立ち上げた矢田さんは、もともとお寺はいろんな世代の人が集う地域のコミュニティースペースであったと語る。
矢田さん:数年前に若い知り合いから「お寺は入りづらい、気軽に入ってはいけない場所だと思う」と聞いたとき、住職である自分との感覚の違いに驚きました。そこでお寺や仏教が地域にアウトリーチ(積極的に対象者の居る場所に出向くこと)しなければと考えたんです。お寺以外にも地域に場をつくり、そこで人と繋がる。そして仏教感のある暮らしを、受け入れてもらえたらと思っています。
矢田さんは取り組んでいるお寺ルネサンスプロジェクトを「りてらプロジェクト」と名付け、「いつも、ともにあった、お寺を、いまも、ともにある、お寺へ」をコンセプトに、グリーフケア、おてらこども食堂、おてらおやつクラブなど多岐に渡る活動を行っている。
善西寺の門前にできた、Fukumochi vintageという古着屋もその一環としてプロデュースした。
並べられているのは地域のおばあちゃんたちが昔着ていて、ずっと大切にしていた洋服を寄付してもらったもの。定額の会員制で1着借り、それを返せば何着でも借りることができる、いわゆる古着のサブスクリプションだ。丁寧に仕立てられたレトロな洋服は時代を経てなお魅力的で、若者にも人気がある。
地域の高齢者と若者がともに喜びを分かち合う仕組みだ。
今回「蓮のある風景」と関連する門前の住宅は、リノベーションを経て「MONZEN」として再生し、今後、地域のコミュニティスペースとして活用する予定だ。
矢田さん:MONZENは人が自然に集い、いろんな話しができる場所にしたいです。医療や介護はじめ、子育てから終活まで、暮らしの相談が気軽にできるような場作りを目指します。
取り組みの背景には2025年問題があるという。日本は、まもなく世界でも例を見ないスピードで少子高齢化・多死社会の時代に突入する。
このままのスピードで進めば2025年には病床数が不足し、高齢者の最期の居場所が病院になくなる。さらに地域で高齢者をフォローできる介護福祉業界の人材不足も深刻化する。
したがって家族など支える側の人は、介護についてわからないことが多く不安な状態になり、支えられる側の人も心配を掛けてはいけないなど心理的な負担も増える。
つまり、医療や介護福祉の現場だけでは手に負えない時代に、日本はもうすぐ入ろうとしている。
矢田さん:MONZENに子ども、大人、高齢者などいろんな世代やそれぞれの立場、またジャンルを越えたプロフェッショナルがごちゃまぜに寄り合うことで、地域包括の新しい形ができると思います。
イメージしているのは全国に増えている「暮らしの保健室」だという。
「暮らしの保健室」はマギーズ東京の共同代表、秋山正子さんが開設し医療、健康、介護、暮らしの相談が予約なしで無料でできる場で、2017年にグッドデザイン賞を受賞。現在は全国に50箇所以上に増えている。
さらに矢田さんは、MONZENでお寺がプロデュースする通夜・葬式を行い、看取りから安心して葬儀を迎えられるようにしたいと話す。近年、質の低下が著しい会館での葬儀に見切りを付け、MONZENではごく質素に、そして自ら動き、心を込めて家族を送ることができるようにする。そこから遺される家族が葬送の意味を問い直す機縁になると考えているという。
矢田さん:1970年代頃まで、日本人は自宅で家族に看取られて亡くなっていました。そして、葬儀も自宅で執り行われていました。家族や親戚が亡くなった人と夜を過ごすなど、死と向き合う時間がありました。人は死を身近に見つめることで、生きていく意味を知るんです。死と向き合うことが減った現代は、生きていく意味が見つけにくくなっています。MONZENでは、通夜や葬儀に家族や親戚がじっくり大切な方の死と向き合う時間を作ります。
【 心 の 目 で 選 び 捨 て る 】
話しを聞き「それは昔、地域にあった仏教の習慣にもどすということですか?」と訊ねると、矢田さんは「そうではない」と話した。
矢田さん:時代がもどるということはないです。地域社会の課題に対していま仏教ができることを、現代に形を変えて再生するのです。仏教では諸行無常と言い、この世の森羅万象、すべてはうつり変わるものと説きます。
諸行無常。それは自然の摂理そのものだと思う。
自然界にあるものは、常に一定のリズムで変化を続ける。約1500年前に日本に仏教が伝わり、当時は最新の哲学であり宗教であった。日本仏教は永い歴史のなかで聖人や上人によって教えが深化し、人々の暮らしに欠かせない存在となった。現代は昔ほど教えを語り継ぐことが少なくなったが、核の教えがあるから時代の課題にも対応ができる。時代ごとに再生するもの、それが仏教なのだろう。
コロナ禍で誰も想像しなかった時代に急変した。
今までの価値観を抱えながら、新しい価値観も受け入れなければならない。そんな戸惑いの時代に「選び捨てる」という仏教の考え方を教えてもらった。
矢田さん:自分の状況で抱えきれることを取捨選択して、無理なことや無意味な欲を選んで捨てる。そうすることで、余計な悩みは消えて本質的に大切なことに出会えます。
【 蓮 の 美 し さ 】
仏教では現世を「生老病死」をはじめとする四苦八苦から逃れられない世界と説く。
有限な肉体という入れ物に生きる人間には、抱えられる容量に限界がある。例えば肉体をガラスビンに例えたなら、選び捨てることをしなければビンはパンパンになる。それでも欲が望むままに詰め込み続けたら、ビンはいつか割れてしまう。ビンにスペースを作るためには、選び捨てる必要がある。そうすれば、大切なことを選び取る余裕ができる。または、見えていなかった底に横たわる “出遇うべきもの” に気づくこともあるかも知れない。人も生もの、諸行無常。
ところで蓮の花は極楽浄土を生きる人の心と仏教では説く。蓮は現世という泥田から凜と茎を伸ばし、花は泥に染まず清らかに咲き誇っている。
蓮のある風景。
暮らしのなかで蓮を通じて仏教感を感じながら、和やかに暮らす。そんな優しい空気に人が寄り合い、和める場が地域にあるのは幸せなことだと思う。
飛鳥時代、日本に仏教を根付かせた厩戸王(聖徳太子)はこんな言葉を残した。
“和をもって尊しとなす”
和を何よりも大切にするという精神は、1500年以上も前から何度も苦難を乗り越えてきた。
和の精神はどんな時代でも、日本人として生きていくための本質なのかも知れない。
タイアップ
add:三重県桑名市西矢田町27-2
tel:0594-22-3372
HP:http://mytera.jp/tera/zensaiji30/monk/
FB:https://www.facebook.com/zensaiji987/
※現在「蓮のある風景」のオブジェは、善西寺で展示していません。
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ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事