JR東海・近鉄・養老鉄道が乗り入れる桑名駅舎に直結し、昭和から47年間愛され続け、町の象徴的存在である「桑栄メイト」
現在、東西自由通路と新駅舎の建設が進んでおり、この愛すべきビルも今年7月末に営業を終え、8月末には完全に閉鎖。早ければ今秋から解体工事に入る。
駅を降りて最初に目にするこのビルの渋さに、心ふれあうどころか震える人も多かったであろうが、この場所に鎮座する桑栄メイトは地域のシンボルとして親しまれてきた。
時代と共に忘れ去られていくかもしれないこのシンボルを記録として遺したい。
■高山ラーメンと石焼きビビンバの店「たがわ」
ぺこぺこなランチタイム。
お腹と相談しながら名店揃いの味の街をウロつく。
この日は日曜日で、通常であれば休みのはずの「たがわ」さんが営業されてる!ラッキー!!
ということで頼んだのは、食欲を煽りまくる「明太マヨ石焼きビビンバ」
卵を割って、
混ぜる!
ジュージューと良い音を奏でる熱々の石鍋。ビビンバは韓国語で「混ぜごはん」という意味らしい。
だからとにかく混ぜるのだ!
具材とご飯が融合して、イイ感じのおこげができたところで堪らずひと口。
うまし!!!
■なぜ石焼ビビンバと高山ラーメン??
石焼ビビンバと高山ラーメンの店たがわさん。
創業は18年で、桑栄メイトに入居したのは16年前。
前から疑問だったのだけど、なぜ石焼ビビンバと高山ラーメンだったのだろう??
ご主人:もともと石焼ビビンバと高山ラーメンの店に社員として勤めていたんです。でも倒産してね。支店長からは可愛がってもらってたから「やらないか」と誘われ、転職は厳しい年齢だったから脱サラして引き継ぎました。業者も経理もわかっていたのでスムーズでしたね。
ご主人がオーナーとなり、ご夫婦で店をスタートさせたたがわさん。
当初はマイカル桑名(現イオンモール桑名)内で営業をされていた。土日と雨の日は家族連れの買い物客などで賑わい、とにかく目の回る忙しさだったという。
奥さん:もうね、本当忙しかったの!!目の回る忙しさってこういうことかと思ったわ。
そして開業して2年が経った頃にマイカルが破綻。二度目の倒産を経験することとなる。
ご主人:当時桑栄メイトの二階に学生服屋があってね。ご縁頂いてこの場所に入居することになったんです。駐車場がないのが困ったけれど、場所的にお客さんの層も幅広くて楽しかったですね。男性客はランチメニュー、女性は石焼きビビンバを選ばれることが多いです。ありがたいことにマイカル時代のお客さんが来てくれたりね。出張客や大学生が来てくれるのも嬉しいですよ。
高山ラーメンを初めて食べる人も多く、想像以上のあっさりとしたスープと縮れ麺に驚かれるよう。
■ご夫婦の二人三脚
昼飲みができるというのも嬉しいたがわ。お得なセットが時間帯ごとに用意されているのでぜひチェックを。
昼から飲むってものすごい贅沢感を味わえるよね。
ご主人:桑栄メイトは駐車場がないし、マイカルとお客さんの数も全然違う。売り上げは下がるけど、あの土日に忙しさのような厳しさもなく、自分たちのペースで自由にできるのはありがたいですね。
厨房はご主人、フロアは奥さんで、テンポよく回る光景が心地よい。
奥さん:夫婦で仕事するのって大変よ。やり方も全然違うからぶつかるし。でも共通の話題で愉しめるのは良いかもしれないわね。あとお向かいの十一万石さん(和菓子屋)とは、ここに入居してから子どもが同級生ということがわかってね、仲良うしてもらってありがたかったわ。
■桑栄メイト閉鎖にあたり今後の営業は?
ご主人:もう70過ぎなのでね、これからはゆっくりします。年齢的にもちょうどよかった。営業は7月20日で終わりを考えていますが、2日早まるかもしれないし2日伸びるかもしれない。麺次第です。
――たがわさんにとって桑栄メイトとは?
ご主人:自分みたいにフルタイムで働いている同級生はもういない。自分たちのペースでやらせてもらえるこの場所だったからこの年まで仕事をさせてもらうことができたんだと思います。マイカルでは無理でしたね。本当おかげさま。桑栄メイトに感謝しています。
結婚45年のご夫妻。最後に記念のお写真を。
お疲れ様でした。これからもお元気で。
photo / y_imura
取材日/2020.6.28
たがわ
三重県桑名市桑栄町2
0594-24-8335
【桑栄メイトで取材させて頂いたお店】
■桔梗屋
https://otonamie.jp/?p=66535
■喫茶ルール
https://otonamie.jp/?p=60222
■パーラーはな
https://otonamie.jp/?p=66288
■ドムドムハンバーガー
https://otonamie.jp/?p=73268
福田ミキ。OTONAMIEアドバイザー/みえDXアドバイザーズ。東京都出身桑名市在住。仕事は社会との関係性づくりを大切にしたPR(パブリックリレーションズ)。
2014年に元夫の都合で東京から三重に移住。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。
都内の企業のPR業務を請け負いながら、地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。多種多様なプロジェクトを加速させている。
組織にPR視点を増やすローカルPRカレッジや、仕事好きが集まる場「ニカイ」も展開中。
桑名で部室ニカイという拠点も運営している。この記者が登場する記事