伊勢志摩は観光庁から「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」のモデル観光地の14地域のうちの1つに令和5年から選定されている。
伊勢志摩観光コンベンション機構(以下:コンベンション)では、インバウンドへの取り組み「IseShima Connect」をコンセプトに、「地域内のつながり」「外とのつながり」「体験や情報のハブ」というテーマに注力している。
コンベンションの担当者、三橋さんにインバウンドで今、取り組んでいることのひとつを伺った。
三橋さん:伊勢志摩には伊勢神宮、真珠、海女さん、自然、他にも素晴らしいコンテンツやインバウンドに挑戦する方々もいらっしゃいます。ただその魅力を、どうやったらインバウンドに伝えられるのかは課題でもあり、コンベンションでは高付加価値インバウンド(※)向けのガイド育成に取り組んでいます。
※高付加価値インバウンド:訪日旅行での消費額が一人あたり100万円以上のインバウンド
今回、ガイド育成の講師を務める、全国通訳案内士の村口優子さんにご同行いただき神宮へ、そして伊勢志摩で新しい取り組みを進めるふたりを取材した。
村口さんプロフィール
伊勢市出身、志摩市在住。日本各地はもとより伊勢神宮や伊勢志摩の歴史・自然・食文化に精通し、海外からの賓客や要人、企業視察団の案内を多数担当。G7伊勢志摩サミット開催時には、地域の魅力を正確に伝える通訳案内に携わり、国際舞台で三重の文化や精神性を紹介した経験を持つ。丁寧で背景理解を重視したガイドに定評がある。
細かな歴史の話の前に、神宮の宗教観や日本人の自然観を伝える。

年間約700万人が訪れる伊勢神宮。鳥居をくぐり神域へ一歩入れば、その凜とした空気に神聖さを感じる。ただ日本の文化を肌で感じて育っていないインバウンドが、日本人と同じように神宮のことを理解するのは簡単ではない。
村口さん:伊勢志摩のインバウンドは、過去に東京や京都を訪れて日本を好きになり、さらにディープな日本の魅力を感じに訪れる方が多いです。行き先は都会ではなくいわゆる地方で、インバウンドを神宮にお連れするとまず驚くのが人の多さ。「田舎なのになぜこんなにいるの?原宿みたいだね」と。
村口さんは普段、インバウンドにどのように神宮を説明しながらガイドをしているのか。一緒に内宮を巡っていただいた。

最初のスポットは「宇治橋」を渡り、下から橋の構造を見られる場所へ。
村口さん:古来の日本の建築技法で建てられている釘を使わない「新しい」橋。20年に一度、神殿や神宝などすべて新しく造り替え、神様に新しい社殿へお遷りいただく「式年遷宮」のお話をします。あと欧米の方はお寺と神社の違いがわかりづらいので、きちんと説明しています。すると「あなたは仏教?神道?」と聞かれるので、私個人の考えでは、日本人は一般的に仏教では主に来世、神道は現世への祈りと感謝をする傾向があると説明し、海外の一神教とは宗教観が少し違い、私の場合は神道は way of life (伝統的価値観)に近いと伝えています。

続いて、五十鈴川のほとりにある「瀧祭神」へ。
村口さん:瀧祭神の御神体は岩ですね。私はそこで「日本人は古来、木や石などの自然のなかに神様が宿ると考え、それが神道の始まりです」と伝えます。人が少なく自然を感じることができる、森の小道もご案内しています。「ジブリのような世界観だね」と話すインバウンドもいて、彼らにとって日本の自然と神聖さを感覚的に捉えられる場所なんだと思います。

伊勢といえば常若の精神が今も息づき、その背景には遷宮がある。この精神性について、村口さんは「風日祈宮」で説明するという。
村口さん:遷宮で建て替えられた前後の場所がひとめで確認でき、なおかつ神殿はご正殿と同じ建て方です。私は遷宮について、3つに分けて説明しています。一つ目は神道の根本にある「常若」という思想です。式年遷宮で神殿や神宝が新しくなることで、神様は不死鳥のように若返りを繰り返し、常にエネルギーに満ち溢れた状態でいることができます。
また、二つ目は日本古来の建築様式を継承できること、三つ目は神道の信仰心を次世代に伝えていくこと。
村口さん:パルテノン神殿は遺跡であり何千年前のオリジナルの建物が残っています。神宮は1300年前の建築様式が新しい状態で継承されていると話すと驚くインバウンドは多いです。あと自分自身も最初の遷宮は親に手を引かれて、次の時は新しい家族と一緒に行事に参加しました。20年に一度の遷宮はいわば、ひと世代のサイクル。そして今、60代になった私には「日本人のこころのふるさと」と称される神宮の魅力を伝えたいという使命感が育まれています。

そうやって語り継がれることで常若は概念ではなく、暮らしのなかにある事象としていつまでも受け継がれていく。2000年の歴史を持つ神宮、1300年続く式年遷宮。正殿の前に到着すると、こんなエピソードを教えてくれた。
村口さん:イギリス人のご夫婦を案内する機会があり、彼らが内宮を正式参拝したいというので、レンタル着物屋さんで訪問着や紋付き袴に着替え、ご正殿の前に到着したときです。参拝に来ていた日本人のおばあさんが、彼らに「ありがとう」って言ったんです。私は胸が熱くなりました。
三橋さん:私たち日本人の文化をリスペクトしてくれて「ありがとう」だったんですね。
伊勢志摩にしかない、オーセンティックな体験や魅力を創り出す。

参拝を終えて宇治橋を出ると待っていてくれたのは、人力車などの事業を手掛けるプロダクション玉屋の代表、玉山翔偉(しょうい)さん。村口さんから、おはらい町の反対方向にある自然豊かなエリアもインバウンドに人気と聞き、人力車を走らせてもらった。
村口さん:私たち日本人には日常ですが、インバウンドは日本の四季は特別だと感じています。
五十鈴川沿いには、美しい紅葉、そこを走る人力車は日本ならではの風情がある。
おはらい町に戻り、人力車を走らせれば日本人だけでなくインバウンドからも注目され、特に子どもは興味津々だった。
おはらい町から一筋入り、玉山さんが営む「伊勢民泊 おしのび」でお話を伺った。
玉山さんは外宮近くで生まれ育った生粋の伊勢っ子。一度は教員になり鈴鹿市に勤めたが、伊勢の魅力を伝えずにはいられなくなり、人力車を始めた。
玉山さん:むかし外宮の最寄り駅、伊勢市駅近くの居酒屋でアルバイトをしていたとき、神宮に興味のあるお客さんをボランティアで案内していました。人力車を始めたのは純粋に好きで、本当にノリで(笑)。
コロナ禍になり、伊勢からも観光客は減った。そのころ教員をしていた玉山さんは、人がいなくなったおはらい町をひとり歩いていた。
玉山さん:寂しいなって。伊勢を観光客に案内していたときの想い出がずっと心に残っていて。伊勢を盛り上げたい気持ちが湧いてきたんです。
月に3回の神宮早朝参拝を欠かさない玉山さんは、その魅力をもっと多くの人に伝えたいと思い、人力車の次は宿も始めた。朝3時に起床し4時半に宿へ客を迎えに行く。人力車に乗せ、秋冬はまだ月が見える朝5時の神宮を案内している。さらに玉山さんの取り組みは続く。
玉山さん:人力車で外宮から内宮を結ぶルートを作り、マップも作成しました。道中には皇大神宮別宮の「倭姫宮」や「月読宮」もあります。他にもタクシーでは立ち寄りにくい場所も人力車ならご案内できます。
さらにさらに、玉山さんは内宮から10㎞以上離れた「夫婦岩」、13㎞近く離れたアップダウンが続く峠道にある「天の岩戸」へ案内することもあるという。愛する伊勢を世界へと、今ではインバウンドにも目を向け、事業化に向けて奮闘中。来期には英語が堪能な日本人スタッフの採用も決めている。
村口さん:素晴らしいと思います。インバウンドはオーセンティック(ここにしかない)体験を求めていて、日本固有の人力車で日本のこころのふるさとを巡るのは風情がありますね。
課題は人力車は基本的に待ちの仕事であり、伊勢の場合は呼び込みはタブー。客から声を掛けられるのを待つのが現状だ。
三橋さん:インバウンドが宿泊する施設と組んだり、ツアー会社の企画も需要はあると思います。コンベンションとして、サポートできればと思います。
最近では地元の人の暮らしをそのまま体験する旅行も人気。伊勢には地元民がこよなく愛する老舗居酒屋なども多い。
村口さん:富裕層は人力車の料金は多分気にしないと思いますが、車夫さんを待たせておくのには、気を遣うと思います。一緒に食べようというかもしれません。
玉野さん:ボランティアではなく商売としてやっているので拘束時間は長くてもいいんです。それより伊勢の旅行をより楽しんでもらえれば嬉しいですね。特別な時間を心地良く過ごしていただくために、私は人力車を毎日ピカピカに磨いていて、実は装備品の提灯も手作りなんです。
聞けば伊勢に唯一残った提灯職人が他界され、発注者だった玉山さんは「祭に欠かせない提灯。地元伊勢の伝統工芸がなくなってしまう」と気持ち的にも落胆したそう。
玉野さん:そこで職人の奥様に作り方を教えてもらい、自分で作りました。いま私が作っているサイズなら、知り合いの提灯も制作することもあります。
村口さん:若い世代がつながって、消えつつある伊勢の伝統を維持してもらえたら嬉しいですね。
日本の伝統工芸はインバウンドから「クラフトツーリズム」と呼ばれる人気の観光コンテンツ。伊勢市のおとなり、明和町で新たな取り組みがあると聞き伺った。
サスティナビリティの真にある共通言語は、アートなのかも知れない。
明和町は、天皇の代わりに神事に参加した斎王が暮らした「斎宮」があり、神宮と深い繋がりがある。お伊勢参りで賑わった伊勢街道沿いに、古民家をリノベーションしたカフェ「みのりや」が2022年にオープン。

運営をするのは、コンベンションとも連携をしている明和観光商社(明和DMO)の秋山実愛(みちか)さん。
秋山さんが窓口となり今年からはじまった体験コンテンツが、約350年の歴史を持つ「擬革紙」を使った「掛け香づくりワークショップ」。

ワークショップの講師は擬革紙を使った作品を手掛ける、北田智里さん。まずは簡単に擬革紙についてご紹介したい。

擬革紙とは文字通り革に擬えた紙のことで、お伊勢参りが盛んになった江戸時代に作られていたとされる三重県指定伝統工芸品。神宮に参るため、動物を殺生した革製品は持ち込まず、和紙にしわ加工を施した代用製品。特に葉たばこ入れは土産物として人気だった。
擬革紙の作り方は和紙を用いて色染め作業を行い、型紙を用いて万力で絞ってしわを施し、磨きを加えて完成する。
一度は途絶えた擬革紙を復活させようと地元のボランティア団体が設立され、明和DMOはクラウドファンディングのサポートや商品開発、体験コンテンツの開発をサポート。北田さんは当時、明和町地域おこし協力隊として2022年に赴任し、擬革紙の普及やPRを約3年間担当した。
北田さん:団体の皆さまは、昔の擬革紙のしわを再現され製品にされています。日々、皆さまと取り組むなかで「私だったらどんな擬革紙を作るだろう」と考えるようになり、つい、欲が出てきたというか…。
美術系大学で日本画を学んだことがある北田さん。地域おこし協力隊の任期が終わるころに合同会社「北椿」を設立し、作品づくりを本格化。
最初に商品として取り組んだのは、絶滅危惧種のゾウ、カバ、サイをモチーフにしたブローチ。擬革紙をそれぞれ動物の皮膚に寄せている。北田さんは「どこまで本物の皮膚に寄せるのか」にこだわる。
北田さん:擬革紙づくりは、個人的には日本画を描く感覚に似ていて楽しいですね。でも作品が仕上がるまで、喜びというのはなかなか訪れない。これでいいのかという自問を繰り返し、皮膚に似てきたなと感じたら、手数を減らし仕上げます。
そう話す北田さんはパネル作品も見せてくれた。
北田さん:クロコダイルの皮膚を表現しています。高級バッグなどに使われているクロコダイルは養殖されている場合が多いです。あと黒く染めるのは墨ではなく煤(すす)です。理由は煤を墨に加工する際、動物の皮などから作られる膠(にかわ)を使うからです。
村口さん:ワークショップを存じており、北田さんは擬革紙の職人さんと認識していましたがアーティストなんですね。個人的なイメージですが、海外で認知が広がっているエシカルな世界観を感じました。インバウンドの文化的価値を求める富裕層は、地球規模の課題にも敏感で、有名なブランド品を持たない人も多い。北田さんの作品にとても興味があると思います。
北田さん:私自身ヴィーガンではないし、過度な動物愛好家でもないんです。擬革紙の価値は、紙を本物の皮膚に寄せるという誠実さにあると思っています。擬革紙は布や紙としてまだまだ展開できると感じ「今度はこれやってみよう」と考えるのも楽しいです。
村口さん:お話を聞き、エシカルという定義に作品のコンセプトを当てはめない、日本人らしいアーティストの寛容性を感じました。インバウンドは職人やアーティストとのコミュニケーションがとても好きです。ぜひ北田さんの感性や考え方もお伝えできるといいですね。
三橋さん:擬革紙という伝統工芸が、アートになって次の時代に継承されているのは素敵です。形を変えながら本質を伝えていく。ここにも常若の精神を感じました。
最後に今回、同行いただいた村口さんに感想を伺った。
村口さん:お会いしたおふたりは、私より2世代も若い方々。そういった方々が新しい挑戦で地域の魅力を創り出そうとしている姿を見て、応援したい気持ちでいっぱいになりました。インバウンドのガイドの分野でも、前の世代から受け継いだお話や、自分の持っているストーリーテリングのノウハウなどを少しでも次の世代に残していければと思っています。
伊勢志摩に根付く「本質の継承」。そこにあるのは地域や伝統への、人々の敬意と想い。世代を超えて遷すことで本質は継承されていくことを、常若の精神は、いつの時代も教えてくれる。2033年の式年遷宮へ向け、伊勢志摩は新しい時代へ進むため、熱を帯びはじめているのでした。
インバウンド向けのガイド育成や、資料をご提供しています。
伊勢志摩観光コンベンション機構では、翻訳ガイドの育成や、インバウンドへ向けた伊勢志摩の魅力の伝え方に関する資料等、時代に合わせてアップデートしてご提供しています。
詳しくはお問い合わせください。
伊勢志摩観光コンベンション機構はインバウンドに興味のある人と人をつなげる取り組みを行っています。ご興味のある方はお気軽にご連絡ください。
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村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事




















