時代は戻ることはできないが、受け継ぐことはできる。
松阪市の山間のまち、飯南町の粥見(かゆみ)神社で行われた「子どもてんてん」のひと幕。「子どもてんてん」は小学4年生から6年生の子どもたちが行う神事だ。天狗は太鼓の音色に合わせて踊りながら、ゆっくりゆっくりと階段を降りる。写真は演舞の途中、居眠りの演技をしているシーン。しかし、鳥居に腰を掛けている別役の子ども天狗は、待ちくたびれて本当に眠ってしまった様子。
大人が行う「てんてん」は約700年続く粥見神社の春季例大祭の神事。秋の大祭では、20数年前から伝統の継承のため「子どもてんてん」が行われている。天狗はいわば主役であり、子どもたちの憧れの存在でもあるという。
飯南町の人口は約4000人。豊かな自然、のどかな風土に恵まれている。
地方移住が注目されている昨今、家族での移住となると子どもが育つ環境や教育も大切な情報となる。
そこで今回「子どもてんてん」を担う小学生が通う松阪市立粥見小学校や粥見地区は、どのような教育や環境なのか、密着取材を行うことにした。
山からはじまる、自然が育むいのちの循環。
飯南町や隣接する飯高町は山々の間を流れる櫛田川に沿ってまちが形成されている。昔から林業が盛んで木材の産地でもある。林業家が行う地域学習の授業があると聞きうかがった。
教室には山のさまざまの木々や葉っぱ、ヤマモモの実を食べて笑顔になる子どもたち。
講師は江戸中期から山林経営のルーツを持つ、叶林業(飯高町)の堀内楓子さん。
ミズメの枝の切り口を嗅覚で確かめると「湿布」のにおいがする。
タヌキさながら、頭に乗せてみる生徒も。
続いて、実際に山にある土。ふわふわの触感を手で確認。
突然ですがここで質問です。右は砂、左は山の土。
それぞれに雨に見立てた水を注ぐと、どのような水が流れ出るでしょうか?
子どもたちと一緒に考えたのですが、大人にも難問。
答えは…
砂の場合、水を注ぐと、表面が崩れ、濁った水が出る。
山の土の場合、水は表面を流れずに地下に浸みこみ、透明な水が出る。
枯れ葉などが分解された腐葉土を含む山の土は、たくさんの木の根がしっかりと土を掴み、スポンジのように水をしみ込ませ保つことで土砂崩れを防ぐ。そして水は森の養分を含んだままろ過され、川へそして海へ流れ着く。その過程で大地では草木や穀物、野菜を育て、海では森の養分を元に魚介類の食物連鎖が生まれる。
堀内さん:皆さんが普段飲んでいる水も、山からの贈りものなんです。
子どもたちからは「水への感謝の気持ちが生まれた」など、山の大切さが伝わった様子。授業を終えた堀内さんにお話を伺った。
堀内さん:山があるおかげできれいな水があることを知り、その水が私たちの暮らしや自然界のあらゆる命を支えていることに思いをめぐらせるきっかけになればと思います。
「本物を知る」そのきっかけは小学校の授業。
山の水を活かした稲作や、傾斜地でのお茶栽培も盛んな飯南町。粥見小学校ではそれらを体験できる地域学習も行っている。教員の木下先生はどんな想いで授業に向き合っているのだろう。
木下先生:特産品である米やお茶について、あまり知らない子どもも多いです。そこで本物と出会い、学ぶ機会を大切にしています。子どもたちが地域の魅力を知るきっかけをどんどん作りたいと思っています。
小学校のすぐ近くの田んぼを使い、米づくりの講師をするのは長井米生活農場の長井昭さん。長井さんは増え続ける耕作放棄地を減らすため所有する田んぼだけでなく、地域の方から請け負いの農業も行っている。
長井さん:生まれ育った地元の土地が、荒れて行くのを見ていられないんです。農家も減り、田んぼは子どもたちにとって身近な存在でなくなってきました。
米づくりの授業では、餅米の苗を手作業で田植え。水田に飛び込む子どもたちもいる田んぼは時代を超えた遊び場だ。収穫した餅米は、地元の菓子店・甲子軒さんと一緒におはぎを作って食べる。
米づくりを教えてきた長井さんに、印象的だったできごとを尋ねた。
長井さん:地元のコメリで買い物したとき、レジで高校生くらいの店員さんから「長井さんですよね?」と聞かれました。彼女が小学校の時に米づくりの授業に参加していて私のことを覚えていてくれたそうです。嬉しい気持ちになりましたよ。
長井さん:地域の魅力は、机の上で学ぶだけではわからないことがあると思うんです。私は人との関わり合い、助け合いがあり仕事をさせてもらっている。そんな人間味のある暮らしも地元の魅力に感じています。
地域に残る、宝を継承。
地元の生産者を講師に迎えた地域学習以外にも、地域とのつながりが深い粥見小学校。校長の村井清美さんが、この地域ならではの魅力を教えてくれた。
村井校長:小学校の校庭は、生徒たちが放課後にわいわいと集まる、賑やかな娯楽の場です。また学校で行うイベントでは地域の方々をお招きすることも多いですね。住民の方々と学校の距離が近いと思います。赴任して驚いたのは、近所の方々が朝早くに自主的に校庭の草抜きをされていたこと。御礼を伝えに行ったら「そんなんせんでいい」と仰るんです。小学校は地域の方々に大切にされている場所だと実感しています。
地域の大人との接点が多いためか、子どもたちは取材に訪れても大人に憶する感じがなく、話しかけてくれるなど、人懐っこい。
村井校長:子どものことを大切にする大人が多い地域です。だから子どもは、安心して大人と接することができます。子ども同士でも、行動が早い子もゆっくりの子もいますが、それぞれを認め合っています。移住された子どもやご家族を、支える力のある地域だと思います。
実際にボランティアとして毎朝、登校する生徒を見守る地域の大人に会いに行った。
粥見神社の前で見守り活動を行っているのは、地元の大久保さん。小学生だけでなく中学生も大きな声で大久保さんとあいさつを交わす。
大久保さん:ふれあいっていうんですかね。小さいころから地域のみんなに世話になり、育ててもらったもんで、ご奉公です。
地元で育った大久保さんに「てんてん」のことを聞いてみた。
大久保さん:幼いころから「てんてん」を見て育ちました。私は身体が大きくてできなかったけど、天狗役は憧れやったね。
大人も子どもも、まるでヒーローのように話す「てんてん」。小学校で行われている「てんてん」の地域学習にうかがい、詳しく教えてもらった。
まずは「てんてん保存会」の岡田さんの講義。
「てんてん」が始まったとされるのは鎌倉時代。当時の人々は今のように十分な食べ物はなく、飢饉や疫病にも悩まされていた。また侍の権力争いによる戦いもあった。人間の力だけではどうにもならず、神や仏に祈るしかなかった。
そこで神話に出てくる天孫降臨、天上界の神が地上界に降りてきて平和にする様子が神事になったのが「てんてん」だ。ちなみに「てんてん」とは、演舞で鳴らす太鼓の音色からきている。演舞には次の様子が描かれている。
地上界が騒がしいと感じた天照大神は、ハナカケ(先駆神)に視察を命じる。地上界に降りたハナカケは荒れた世界を報告する。そして天狗(猿田彦)が地上に降り立ち、獅子を案内する。緑の雄獅子は天照大神の孫(天孫)にあたるニニギノミコト、赤い雌獅子はその妻であるコノハナサクヤヒメ。「てんてん」は、天狗や獅子が舞い、人間世界をきれいに(平和に)して天上界に帰っていくまでの様子を表現している。
続いて、高橋さんによる演舞の練習。
「てんてん」では、ハナカケや天狗は弊(へい)という棒を持ち、躍りながら演舞を行う。
「てんてん」で使う実物の天狗のお面、獅子、太鼓に触れる子どもたち。地域学習の授業を終えた高橋さんにお話を聞いた。
高橋さん:4年生や5年生の時点で「子どもてんてん」に参加する子どもたちは、ハナカケや獅子役です。天狗役は6年生の3名が交代で、それぞれのパートに分けて演舞を行います。みんな天狗役に憧れるのですが3名しかなることができず、選ばれた3名は3ヶ月前から、そのうち2週間は毎晩練習を行います。
子どももそうだが、練習を教える大人も時間が取られる。しかし高橋さんはいう。
高橋さん:地域のよさを伝えること自体は、そんなに難しい話ではないんです。ただし、地域に伝えられる何かが残っているかどうか。それがなければ、子どもたちが地元を好きになるきっかけを作ることすら難しくなります。
本物を継承していく。
11月某日、秋晴れのなか「子どもてんてん」の当日を迎えた。
粥見神社では12時からお祓い。
拝殿や舞台では小学生による舞も行われる。
ハナカケ役の子どもたちが、拝殿から太鼓に合わせてゆっくりと降りてくる。
踊りを披露したあとには…
見物していた子どもたちが、ハナカケを目掛けてスギの葉を投げつける。これは地上界が荒れている様子を表現しているそう。
天狗が地上界に、ゆっくりゆっくりと舞い降りる。
その時、太鼓の「てんてん」という音に合わせ、手を突き出す独特な動き。それを一段いち段、ゆっくりと行う。
境内で踊りを披露し…
天孫である獅子を丁寧に迎え入れる。
獅子とともに舞う。「てんてん」の見どころ。
舞が終わると、天狗は鼻をかむ。
鼻をかんだ紙を頭につけてもらうと、無病息災という珍しい神事。ちなみに天狗役の子どもはお面の目の部分ではなく、鼻の穴から視界を確保しているため、前がほとんど見えていない。
地上界がきれい(平和)になったら、獅子を天上界に戻し…
天狗はゆっくりと地上界に舞い降りる時とは反対に、駆け足で天上界に戻っていく。ヒーローはいつだって、去り際が素早くかっこよいもの。
約3ヶ月かけて練習した天狗たちも、今日で任務が完了。
会場は大きな拍手で包まれた。
喜びも受け継がれていく。
天狗役をやりきった3名に話を聞いたところ、やはり演舞が始まる前はかなり緊張したそう。終わると表情には安堵感と充実感が溢れていた。
祭とは、神様を喜ばすための神事。かつては日本のどの地域にもあった伝統が、ここでは色濃く継承されている。
どんな世の中であろうと、子どもが子どもらしく元気なのは嬉しいこと。
それは地域の大人みんなの願いなのだと思う。
「てんてん」という伝統を培いながら子どもは大人になり、地域を支えていく。
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株式会社三ツ知製作所
地元雇用を推進しています。
弊社、株式会社三ツ知製作所がある飯南・飯高地域は、少子化や若者の都市部への流出により、過疎化が進んでいます。弊社が創業より大切にしてきた地元の方の採用が厳しくなっています。地域内の雇用は地元を元気にする基礎です。人口減少が進む時代のなか、地元である飯南町・飯高町の魅力を発信することで少しでも興味を持っていただければと考え、持続的に地元の魅力の発信しています。
▼一昨年度の記事
「ただいま〜私のまち」松阪市飯南・飯高地域のあの日に帰る旅
▼昨年度の記事
飯南育ちの私は、山の子どもだ。これからも、どこにいても。
弊社は1971年に飯高町で創業し、現在は三ツ知グループとして国内10ヶ所に拠点を持ち、更には中国、アメリカ、タイ、インドにグループ会社を設立しています。創業から「冷間鍛造(れいかんたんぞう)」をコア技術とし、自動車関連部品や建築資材の製造を行っています。
「冷間鍛造」とは、素材となる鉄に熱を加えることなく、常温のまま圧力を加え加工する技術です。加工時に出る廃棄物がとても少なく、エコで地球にやさしいSDGsの時代にふさわしい技術です。
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村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事



















































