顔を見ると帰ってきたと思える場所だった。
おじちゃんもおばちゃんもずっと変わらない。
学生やサラリーマンなど常連客に長年愛されてきた「ドムドムハンバーガー桑名FC店」(以下桑名ドムドム)が6月30日、閉店した。
ファーストフードなのだけど、ファーストフードらしからぬ温かさに溢れる店。昭和漂う雰囲気と店主ご夫婦の人柄、懐かしさを感じるその味は幅広い世代の心を掴んでいた。
店主はドムドムのおじちゃん・マスターと親しまれていた太田勲さん(82)。
もともと和菓子屋を営んでいたマスターは、1972年に桑名駅前再開発事業として建設された商業ビル「パル」にて寿がきやを始め、翌年に完成した「桑栄メイト」にてドムドムハンバーガーを始めた。以降25年間にわたって両店を同時並行で営み、ドムドムバーガーは47年間切り盛りすることとなる。
ドムドムハンバーガーは1970年に東京都町田市に出店した国内初のハンバーガーチェーン店。マクドナルドより1年早い。2020年7月現在では、全国に26店舗を残すのみとなった絶滅危惧種。特に桑名ドムドムは東海地区唯一の店舗として聖地にのような存在だった。
半世紀に渡って愛された桑名ドムドムだが、入居するビル「桑栄メイト」が老朽化により閉鎖が確定。歴史に幕を閉じることとなった。
閉店となった6月30日。
ファンが開店前から長蛇の列を作った。慣れ親しんだこの場所で「ようしてくれて感謝しかない」「青春の味でした」「今までお疲れさまです、ありがとう」と別れを惜しんでした。
今回は多くの客の青春を包み込んだ桑名ドムドムの閉店までを追った。
■わたくしごとだが洗礼を受けた2014年
東京から縁もゆかりもない桑名への移住が決まり、初めて桑名駅を降り立ったのが2014年。私の中にある駅ビルのイメージとかけ離れた桑栄メイトを見て泣き崩れた。更に所謂ファーストフードで、ご高齢ご夫婦が働いている姿にも衝撃を受けた。勝手にファーストフード=学生アルバイトというイメージがあったからだ。
■いつでも迎えてくれる存在になった2016年
駅直結フロアということもあり、桑名ドムドムは私にとって当たり前にいてくれる存在になっていた。知り合いがいなかった時も、店先を通る時に会釈をすると笑顔で送り出してくれた。行きがけは「なんやいつも忙しいねー」「気を付けて行ってらっしゃい」、帰りがけは「お疲れ様」「お帰り、暑かったでしょう」。いつでも迎えてくれる場所だった。
不思議と落ち込んでいる時には、店頭から「飲む?」と呼び止めてくれ、珈琲を淹れて下さることもあった。なぜわかるのだろう。
50年近く毎日お客さんを見守っていると、メンタル察知する能力も上がるのだろうか。そう過去に聞いたことがある。マスターは軽く笑って「そんな深くは考えてないよ」と仰っていた。
■存続が危惧された2017年
運営元であったオレンジフードコートが「ドムドムハンバーガー」事業を譲渡。東海最後の砦と言われていた桑名ドムドムの存続にファンがざわついた。
「営業存続する方に入っているから無くなりません。私が生きている間は続けたいと思っています」マスターのお言葉に心底安心した。
■桑栄メイトビルの閉鎖が決まった2019年
秋頃から桑栄メイトビルの閉鎖が本格的に囁かれるようになった。ドムドム桑名がいつまで営業するかは未定とのことだった。
因みに現在ドムドムバーガーではベレー帽がデフォルト。マスターとママが被られているドム紙帽はレア版なのだ。強いこだわりがあるのだろうか?聞くと「だって恥ずかしいやん」とのこと。
■2020年6月1日:今後の営業について取材をさせて頂いた
7月20日まで営業するとのお話だった。あと1ヵ月と20日。何回来れるかな。
■2020年6月3日:ママの断捨離食器
フラッと立ち寄ると、これ見て!と幼い頃から知っている子が書いた雑誌だと見せてくれた。ドムドムのことが書かれている。とても嬉しそう。
また最近ママがご自宅の断捨離を始めたらしく、食器を大量にいただいた。何十年以上前の桑名信金の粗品などマニアをくすぐるものも。
■2020年6月9日:定番の甘辛バーガーとちょっと冒険
友人たちと大人買い。「こんなにたくさん?ええの?」と80円値引きしてくれたマスター。定番の甘辛バーガーからちょっと冒険してごぼうスティックを注文。その美味しさに今更ながら気付いた。
■2020年6月中旬:連日の大行列
惜しむファンたちが連日訪れる。ネットニュースでも報じられ、お昼前後は長蛇の列ができるようになった。土日は2時間半の日も。
マスターご夫婦の体調から営業時間が短縮となり、土日はお休みとなり、営業時間は更に短縮へ。
■2020年6月26日:閉店を早める決断
体力の限界を感じたのもあり、閉店日を当初予定していた7月20日から6月30日に変更すると教えてくれた。せっかく来ていただいても提供出来ないお客様が増えると申し訳ないという理由で、閉店についてはまだリリースしない意向。行列対策として店内の席を半分にして対応。この日もママの断捨離器を受け取った。
■2020年6月29日:閉店となる前日
突如の張り紙。ファンがざわついた。
■2020年6月30日:閉店の当日
〇9:00
開店前だが店頭には既に3名が並んでおり、予定より早くオープン。9時半には20名ほどの列。東海エリアのドムドムバーガーの最終日を全店追っている人も訪れていた。そして、マスターまさかのドムゾウ版の紙帽。
いつも被っている紙帽から2段階新しいバージョンだ(ママはいつもの神帽でホッ)。とはいえ紙帽自体が基本レア。
〇10:00
30名ほどの列。メニューは既にビッグドムと照り焼きバーガーのみ。皆さん3つ以上のお纏め注文。
〇10:10
店内に流れる昭和風の歌謡曲。なんだか切ない。30分程の列に並び、てりやきバーガーとビッグドムを注文した。奇跡的に特等席。商品を受け取る際に「今までありがとうございました」「いつまでもお元気で」と挨拶されるお客様たち。
〇10:20
保育園時代から約20年通っていたという30代女性が、娘さんと一緒に訪れていた。三世代通してのドムドムファンである。「もう第二の故郷。雰囲気含めてここでしか味わえない味」と話してくれた。この日は有休を取ってマスターとママにご挨拶にみえたそう。「本当にありがとう」とお二人とハイタッチする姿が寂しかった。
〇10:50
「午前中で商品なくなりそう」とマスターがドムドムの本部へ連絡。続いて電話で幕の内弁当を頼むママ(笑)。
並んでいるお客様でオーダーストップがかかった。もうポテトだけになってしまうとのことで、シャッターが半分閉められた。「頭気をつけてね」とお客様に声をかけるマスター。
〇11:20
並んでいるお客様は全員シャッターの中へおさまった。他店舗に迷惑が掛からぬよう、店内は行列用にテーブルを半分なくしスペースが確保されている。SNSを見て知ったと駆け込みでくるお客様もいた。
〇11:40
物心ついた頃から親と通っていたという姉妹にお話を伺った。習いごとの帰りに寄るのが嬉しかった想い出から高校時代のエピソードまで教えてくれた。その他にも、幼少期から30年以上通っている姉妹が閉店を知り、夜勤明けで駆けつけていた。ドムドムは同じビル内の歯医者に行った帰りにご褒美として連れてきてもらう場所だったそう。
〇12:25
学生時代から通っていたという30代女性に話を伺った。ドムドムは基本番号札制度はなく、注文した後に席で待っていると、顔を覚えて持ってきてくれるのが嬉しかったという。大人になってから足が遠のいた時期もあったけれど、店の前を通ってお二人を見ると安心していた。「あるのが当たり前だったから寂しい」と仰っていた。
また初めてドムドムに来たのは20歳。ご主人とのデートだったと話してくださったのは60代の女性。この日はドムドム大ファンなご主人の為に買いにいらしたのだそう。「無性に食べたいという日があるのよね」と寂しそうに仰っていた。
〇13:00
ミキさん飲むでしょ?と新聞記者さんと私にコーヒーを淹れてくださったマスター。お忙しいのに…、私勝手に張り付いているのに…、いつも優しく気遣ってくださるマスター。
〇13:05
席で泣きながら味わっている女性がいた。子どもの頃から20年程通っているという。電車通勤のお父さんのお見送りやお迎えで、お母さんと一緒にドムドムで帰りを待っていたそう。「家族との思い出が詰まっている。生まれた時からあった当たり前の場所」涙を拭きながら最後の味をかみしめていた。
〇13:10
ハンバーガーは既になく、注文はポテトだけ。それでもまだ行列はできている。とはいえ午前中と比べたら落ち着いてきており、マスターとママもお客さんと会話ができるようになってきた。
〇13:15
ラストオーダー15分前。「もう閉店?閉店しますね?」とママ。「あと15分あります!」という本部の方。「あと15分!」とお客さんからも少し笑いが起きる。温かな雰囲気。
〇13:24
ラストオーダー6分前にトラブル発生。マスターが帽子を脱いでお店を出ていく。追いかけて尋ねる。
マスター:入れ忘れたもんでこれから届けに行くわ。大ミスや!こんなこともある!
大急ぎでお客様宅まで届けに行かれたマスター。ラストオーダー6分前の事件。
〇13:45
ドムドムバーガーの他店舗を巡りながら、今日からまたドムドム難民になった方々。次の開拓先はノープランだそう。
〇13:46
マスターはまだ戻らない。そんな時「ちょっとミキさんこれ!!」とママから渡された断捨離食器。このタイミングで(笑)?!思わず突っ込む。ありがとう、店内のお客様にもお裾分け。
〇13:47
最後のお客様へポテトのお渡しが完了。記念にと1本お裾分けくださった。私にとってもこれが本当に最後の桑名ドムドムの味。
〇14:10
閉店。店頭で見守るお客様にマスターが挨拶。
〇14:13
マスター:だんだん寂しくなるでここらへんで。本当にありがとうございました。
「お疲れ様でした!」お客様たちは拍手で、シャッターが閉まるのを見送る。「やりきりました。悔いはないです」マスターは仰った。
■2020年7月1日:閉店の翌日
一夜経ち、閉店の夜にマスターがママと何を話されたのか聞いてみた。
マスター:いや、疲れてなんにも話さなかったわ。
片付けをされるなか、懐かしのオリジナルグッズが多数出てきていた。私はなぜかベビーカーをもらう流れに(最近出産した友人にお譲り済)。以前からママが仰っていた断捨離ラインナップのひとつだ。
■2020年7月2日:閉店の2日後
片付けと同時に、挨拶にみえる方も多いようで「めちゃくちゃ忙しい」というマスター。浸る余裕もなく、まだ心境の変化もない模様。
マスター:寂しいとかはあるけど忙しいもんでやり切ったという感じかな。最後にみなさんが拍手してくれた時が一番寂しなったね。
本部へコーヒーメーカーを引き取ってもらった為、旧式でアイスコーヒーを作ってくれるマスター。
これ使う?と下さったホチキスの芯。営業は終えても紙帽スタイルは健在。
閉店後もSNSでは別れを惜しむ声が続いている。
「旧ショッピングシティパル内にあった寿がきやと桑栄メイトのドムドム、両店ともご夫婦で経営されてましたが遂に両店とも閉店ですか。時代の終焉を感じます」
「小学生の頃学校でイジメに遭い学校を休みがちの時に母ちゃんに『美味いもん食いに行くぞ』とよく連れてかれたのがココでした」
「35年前友達と初めて行った映画の時も、バイトの相談をした時も、このお店でした。
最後に行きたかったけど、仕事で行けなかった。でも娘が代わりに、あの時の思い出を買って来てくれました。優しい気持ちになれるバーガー。変わらず美味しかった」
「高校生のときの彼女がバイトをしていました。25年前…甘酸っぱいな」
「本当に長い間お疲れ様でした。こんなに馴染み深いファーストフード店は唯一無二でしょう…」
■2020年7月6日:閉店の6日後
まだ片付けでお忙しそう。相変わらず浸る余裕はなさそうだが、「ホッとした」という言葉は出ていた。長年の日課でもあった通り、閉店後も向かいの桔梗屋さんに珈琲を2杯ずつ届けているそう。
この店をずっと見守ってきた黄色いゴミ箱。ここでどれだけの物語を観てきたのかな、想像すると哀愁を感じてならない。
撤去作業の一環でゴミ箱を動かしてみたところ、なんと衝撃の事実!!後ろにthank youという文字が入っているではないか!!いや、これは後ろではなく前だ。
――マ 、マスター大変!今までずっと逆だったみたい!これが哀愁の正体?!
マスター:なにー?ほんとだ!そんなん知らんかったわ(笑)
ドムドムさんお疲れ様でした。
本当に本当にありがとうございました。
ドムドムさん含め、新味覚・ぱいいち・桔梗屋・カトウ医院・アイドルなど、桑栄メイトの店舗にインタビューさせていただいた記事はこちら。
福田ミキ。OTONAMIEアドバイザー/みえDXアドバイザーズ。東京都出身桑名市在住。仕事は社会との関係性づくりを大切にしたPR(パブリックリレーションズ)。
2014年に元夫の都合で東京から三重に移住。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。
都内の企業のPR業務を請け負いながら、地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。多種多様なプロジェクトを加速させている。
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