裸足でビーチを歩くセーラー服姿の女子高生、サーフボードを抱える彼女が海に入れば、プロサーファーに変貌する。
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彼女の名は川瀬新波(ニーナ)。三重県立水産高校の生徒だ。JPSA日本プロサーフィン連盟のプロライセンスを2018年に所得し、2019年度からプロのサーフィン大会に参戦している。彼女は国府の浜でサーフショップ(ADDICT Surf Garage)を営む川瀬家の長女だ。妹の中学生プロサーファー(川瀬ここな)と共にプロの道を歩みはじめた。
記事vo1→TOKYOを目指す中学2年プロサーファー
以前「プロを目指している」と話しくれた彼女が、ひとつの目標にたどり着いた事を知ったのは、2018年の三重サーフアワードの際、健闘を表彰され多くの仲間に祝福を受けた時だ。
全国のプロコンテスト優勝者の勢力図を俯瞰的に言うと、関東千葉方面の海をホームポイントにしているサーファーが強い傾向だ。だが近年、国府の浜をホームポイントにしている若者サーファー達の活躍は、地元関西圏の期待となっている。
こうした活躍を目の当たりにすると、地元民は勿論、海の香りを忘れた者やサーフィン競技に関心が無くても応援したいと思うものだ。
2019年5月下旬
小さな波が続いていた国府の浜に久しぶりに良い波が来た。台風のような大荒れとなった伊勢。低気圧が東に移動し、午後には風が変わりサーフィンが出来る状態となった。
テトラと呼ばれる消波ブロックの沖では、サーファーにとって幻の波を想像させる。その岸側の海には、地元中学生の西世古アツヤ、浜村海斗、支部長の下田泰成さんらが波に乗る。そして、仲村拓久未プロが偶然地元に帰ってきている。
この日は離岸流が激しい。川のように流れる海では、同じポジションをキープするのに男子サーファーも難儀する。当然初心者には危険な状態だ。
大きなうねりが海底の砂を巻き上げ、黒く茶色の色が波に混ざる。パドリング、テイクオフ、パーリング。サーフィン用語を使うが、難易度の高い波の状態で波に乗れなくても喜ぶ事もある。経験したサーファーなら想像できるだろう。
ニーナが波に乗る。
波を背に乗り継ぎ、何度もテイクオフを繰り返す姿は流石にプロサーファーだと頷く。女子プロサーフィンの魅力は、持論だが、男子のダイナミックなサーフィンとは少し違うと考えている。
「波に対しての曲線の美」。サーフィン用語で言うならマニューバーと言う。それをいかにエレガントに見せる事ができるか。例えるなら絵を感じるような感覚で、サーフィンが、乗り手も含め美しいと見せる事ができるかだ。
海から上がり父親のコーチを受けまた海に戻る。この繰り返しは妹と同様だ。自分のサーフィンを客観的な視点でアドバイスを受ける。
普段は父である川瀬ふみやさんがコーチをする。また彼自身も、先輩サーファー達からのアドバイスも受けている。時に「妹にAerial (エアーリアル)の技が必要だと考えている」話をしたと言う。
Aerialとは
Air Borne(エアーボーン)とも呼ばれるこの技は、波を飛び出す空中技で、世界プロサーファーの大会では、高得点を得るための必須テクニックだ。
同じ海に入っていた仲村拓久未プロが、その技を使い世界を転戦している。近代サーフィンコンテストの必勝アイテムで、東京オリンピックでは必ず見る事ができるだろう。記事→ ”これが完璧なサーフィン”
コンテストで勝つ。
勝利するサーフィンをするため、謙遜にアドバイスを求める川瀬さん。すると先輩は意外な答えを返した。「その技より、もっと大事な技術があります」と。「大事な技術」私は答えを聞いて納得した。それは私の職業にも、またこれは全ての人に共通する事だと悟ったからだ。
この話を題材にニーナに課題を与えた。次回ロケ撮影の際、彼女の考えを聞く事にした。
高校で学ぶ。
ところでニーナの通う県立水産高校には、課外実習でマリンスポーツを体験する授業がある。果たしてどんな事を学んでいるのだろう。彼女の通う高校へ出向き取材の許可を頂き、フィールドワークを取材する事ができた。
この日はウインドサーフィンを体験している。実習で得るとこができた教訓をニーナに聞く、すると「ウインドサーフィンは風を捕まえるために、風の事をよく考えます。そして推進力を効率的に受けるために、サーフィンとは足の立ち位置が違う事が新鮮でした」と話す。彼女の通う高校は、海に対する知識を立体的に学ばせていた。
プロサーファーの仕事には大きく二つあると思う。一つは大会に出場し良い成績を収める事。もう一つは支援してくださるスポンサーの力になる事だ。
クライアントと呼ばれる依頼主に対して、利益を返す義務が生まれる。また地域社会に貢献する事などの活動や、自ら研究分野を探し活動したり、海に関わる仕事とプロサーファー活動を両立する者も少なくない。
進路
撮影3日目。セーラー服を着たままロケ地で合流した。
日焼けした肌とサーフボード。おしゃれな街なみに映える姿を見ると、彼女のタレント力を直感する。Instagram
ニーナは高校三年生だ。私は「進学かプロサーファー活動に専念するのか」を尋ねた。彼女の通う高校には、卒業後さらに2年の専攻科と言うコースが設けられている。彼女は「さらに海に対する知識を身につけたい」と話し、進学を希望している事を教えてくれた。
三重県立水産高校の「かけがえのない海を護り、命を尊び、海の恵みを活用する豊かな人間性を備えた人材を育成する」と言うスローガンをまさに、エレガントに乗りこなしそうだ。
彼女はすでにサーフィンが軸となっている。だが将来それだけでは不十分であると感じているのだろう。フワッとした愛らしさの中に、学ぶ事への意欲を感じる。
私の感性で彼女を例えるなら、確実に写真を撮る時の三脚に似ている。一本や二本では自力で立つ事が出来ないが、三本の支えがあれば確実にカメラは安定する。
ニーナは自分を支える三つの足、自ら文武両道が必要だと言葉にはしないが、取材で見えてきた人柄の奥にはその特質がみえた。それは両親が思うよりしっかり屋さんで、面倒見のよいお嬢さんであった。
成熟とは
成熟を具体的に何かと聞かれたら、私なりにサーフィンで例える。
波に乗る基本的な技をどんな環境においても、無意識に行動できる事。これを成熟だと定義する。
基本動作は「もう自分は大丈夫だ」と言う人もいる。また「フィジカルも伴うので奥が深い」と言うサーファーも多い。
私なりの経験で解った事がある。それは、どれだけ経験を積んだ職人でさえ、初心者の様な失敗をする時もあるのだ。「単純な仕事だと侮る事」、これが川瀬父の先輩が話した「もっと大事な技術がある」の答えに繋がる。
ニーナの返答は
ロケ先の志摩地中海村で支配人の坂さんを交え、課題の答えをニーナがどう返答するかを聞いた。すると彼女は「メンタルですね」と話した。とても正しく、とても良い答えだ。
支配人の坂さんが、ニーナの答えに「自分が活動できる基礎には家族や仲間、そしてプロであるなら社会の繋がりがある事、活動できる環境への感謝がないとダメですよ。」まさに真実を貫く言葉を付け加えてくれた。
サーフィンに限らず社会で成熟した者として働くならば、基本動作がどんな職場においてもできる事が望ましい。それにはフィジカル、メンタル、感謝や理解からくる心、マインドが不可欠なのだ。
成熟とは単純ではなく
いつの間にか身についている事。
海で命を守る術
波情報が便利になり、良い波をオートマチックに知らせが届く時代になった。波を逃す確率は低くなったが、天気図を読む事が出来ればまた違った動きもできる。
裏付けのある知識は広い視野を持ち、理解によりマインドがさらに高くなる。それが自分のサーフィン生活や社会生活を豊かにするのだ。
私は勉強は嫌いだが、何事も疑問を持つ事をすすめる。例えば、制服はなぜあるのかと考えてみた。スカート丈や、頭髪など校則は当たり前として捉えているが、私はその正当な理由を聞いた事がない。ただ「規則に従いなさい」と命令で済まされてきた。
調べると、日本国の学校では集団に強弱を持ち込まない教育をする。集団の目的とは全体で強くなる事だ。学生服にその強弱をつけない事は、個人の弱さをわからなくする事であるのだ。
社会に出れば集団と個人の格差を実感する時がある。自分は社会の成員という一点の歯車で、学生生活はその縮図となっていたと気づく。校則や学生服は、社会に順応するためのひとつの親切であり、ひとつの知恵であったと時間が過ぎると知るのだ。
波にも上と下あがる
美と汚れ、失敗と成功。またそれを乗り越え、くぐり抜けた世代の賜物が生きる今。私たちは対立で成り立つ現代世界に住む。
恐怖と侮りは光と陰の関係の様だ。当たり前の平和として気がつかなくなる自分がいる。社会の波に乗るその背後、当たり前に仕事ができる足元を忘れてしまう時がある。
もっと視野を広くするなら、まさに一種の競技のように世界は大きく動く。「ゲームと同じだ」と表現する者もいる。
社会で波に乗る事、それは生きる事。いまの世代は最初は簡単なファンウエーブかもしれない。だが侮ってはいけない。恐怖を感じる波が来るかもしれない。そんな時こそ自分の浮力を使い、上手く推進力へと転換するのだ。
大切な三本の柱。誰もが自分を支える3つの柱があればと思う。それを車輪とするなら、また三輪車とするなら進む事ができる。
具体的に言えば、フィジカル、メンタル、それだけでは足りない。マインドのような「人のコミニティーを3つ持っているか」と大人の話に置き換えてみる。これは社会で信用と信頼を育てていく事が関係し、どの分野のコミニティーでも基礎である。
切迫した言葉になっていないが、大人に頷きまた腐っていれば反面教師とするべきだ。対立は言葉より行動の伴う情景が答えになる。つまり自分が正しいと思う事は、自分で掴まなければいけないのだ。
また波から降りる選択肢も忘れてはいけない。私たちは誰でも波に乗るサーファーなのだ。
サーフボードは人の命と同じだ。
サーフボードは波に乗る自分の事だ。
命の板を手放さない限り、
挑むことができる。
新しい波が、
喜びを運んでくるのだ。
Special Thanks
川瀬ファミリー
https://www.facebook.com/addictsurfgarage/
おまけの動画 “プロサーファーとセーラ服”編
yoshitugu imura。Otona記者。サーファーからフォトグラファーに、海に持っていったギターでミュージシャン活動もする(波音&Ustreet )ドブロギター奏者。 伊勢市在住。この記者が登場する映像