ISE LOCAL LOCATION vo2
国内プロサーフィンでは年間8戦の大会があり、トータルポイントを争い、チャンピオンを決める。2015年のチャンピオンが、三重出身の仲村拓久未選手だ。
これは関西圏プロサーファーにとって、初のタイトルをもたらした快挙である。
彼の活躍によって、伊勢をホームポイントにするサーファーへの注目度も高まっている。そんな彼らの冬の国府の浜でのサーフセッションを撮影する事ができた。
2015年12月10日
12月の伊勢にこれほど波が続いているシーズンはめずらしい事だ。ただ、それが10年ぶりのエルニーニョの影響だと思うと、両手をひろげて喜んではいられない。
室内より屋外の方が暖かく、春のような陽気になった朝。昨夜の嵐は台風並みに発達し、吹き返しの風が強まっていて、まるで台風一過だ。サーファーにとっては特別な一日になるかもしれない。そんな予感めいたものを感じ、カメラを持って海に出かける事にした。
am 11:00
午前の時点では、国府の浜ではサーフィンができないとの情報があった。それで以前撮影した浜島町をチェックしにいった。そこではおよそ3mほどの波があるが、横風が強くサーフィンができる状態ではなかった。そこで私は国府の浜を目指す事にした。
国府の浜は水平線が白波で見えなくなっていた。サーフィンができる状態かどうかを判断するには難しい。今回誰ともアポを取らずに何かを期待して海に来たわけだが、カメラを車から出すこともなく終わってしまうのかと諦めかけていた。すると、波と波の間に一人のサーファーを見つけた。広い国府の浜でたった一人で波待ちをしていたのだ。
サーファーなら解って頂けるだろうか。この条件で海に入る事は、かなりの経験を要求される。
pm 2:00
波のサイズは頭オーバー。テトラポットの沖では、それ以上のサイズが崩れている。吹き返しの風がきつく、サーフボードが飛ばされる勢いだ。だが、その風はこの波をチューブと呼ばれるトンネルの形に作っている。国府の浜では稀にみるチューブライディングの波が押し寄せていた。
レンズを向けて、撮影を開始すると、そのサーファーが江頭慎吾プロ(33歳)であることがわかった。彼は17歳でサーフィンと出会い、地元のCAHRGEサーフボードチームで腕を磨き、26歳でプロサーファーとしてデビューした。現在、全国の大会で活躍しているが、彼を若いころから知る私は「エガちゃん」と呼んでいる。このコンディションで、しかもロングボードでのサーフィン。彼のサーフボードの重さは7キロあるらしいが、波に潰されてサーフボードと一緒にもみくちゃにされている。この日の波はロングボードに向いていないのだ。
彼は過去に、板が当たり鼻の骨を折る怪我や、鋭利なフィンが足に刺さる大怪我をした時もあったと言う。だが彼は波が大きくても、サーフィンができる状態になると、まず一番に海に入っていく。彼のプロとしてブレない心意気だ。
ワイプアウトを恐れないサーフィン
「ワイプアウト」とは、波に乗っている最中に転ぶことを言う。サーファーなら誰一人として、これを経験しないで済む人はいない。勿論プロサーファーともなると、このワイプアウトの数は少なくなる。だが、それを恐れるならサーフィンへの積極性がかけてくる。それがコンテストやサーフィンムービーなどで評価されてくるのだ。
撮影を続けると、仲村 拓久未プロが私の前に現れた。彼は地元が誇るスター選手だ。彼と会うのは久しぶりであった。「タクミちゃん!グランドチャンピオンおめでとう」っといった会話を久しぶりにかわす。彼はサーフィン界ではすっかり有名人となっていて、書店に並ぶサーフィン雑誌では特集記事がよく掲載されている。この冬のハワイでの世界大会の準備と映像制作を兼ねて、同じチームメイトと同行しているとのことだ。そんな彼の幼少の頃を思い出し、今回その写真を引っ張り出してみることにした。
15年ほど前の写真だが、今でも当時の面影を残した青年になっている。大人ではコシハラ波でも、彼には頭サイズになる。当時から周りの人の注目を集めるサーフィンと、いい波に乗った時の嬉しそうな顔は今でも忘れられない。
そして、中学高校時代の全日本サーフィン選手権では表彰台の常連となっていく。2009年に国府の浜で開催された大会の三重県代表選手たちとの写真。みんなでジャンプする予定だったが、ここでは彼だけタイミングがずれている。
さて、仲村プロと江頭プロはカメラの前でどんなサーフィンをみせてくれるのか。その日数人しかいないギャラリーと私は注目した。
今日の波はスピードが速く、油断すると波に巻き上げられてしまう。たとえプロであっても瞬時の判断を誤れば転んでしまう。
その速度は1000分の1秒で、秒間8コマの連写をしている世界だ。その一瞬でサーファーは判断しているといっていい。
チューブ波をくぐり抜けるには、よく波を見分けなければならない。人それぞれの個性がサーフィンにも出てくるが、観察するとまるで生き様を見ているようにも感じれる。
江頭プロは、大きなサーフボードで波を縦に乗りこなしていく。その動きはまるで格闘技のように力強く、ダイナミックなサーフィンだ。
仲村 拓久未プロは、テイクオフを数回続け、波とのタイミングが図れると狙いすましたようなチューブライディングをみせる。そしてチューブ波を抜けたと思うと、余裕のトップアクションし見事な着地も決める。彼の注目を集めるサーフィンスタイルは健在で、しかも世界レベルの技となりスター性を感じさせるサーフィンだ。
技の成功には積み上げられた失敗がある
今では日本プロサーフィン界を代表する仲村 拓久未プロ。彼の完璧なチューブライディングをするために、今までどれだけの失敗を経験したか想像できるだろうか。
そして、江頭プロが波に挑み続ける姿。この大波でロングボードでのドルフィンスルー(波の手前で両手でボードをノーズから沈め、そのまま身体ごと波の下に潜り、波を越える事)が何回できるか想像していただきたい。何度も沖に向かってはサーフボードを漕ぎ波をくぐり抜ける。それはある意味、繰り返される試練と言えるかもしれない。
成功するために苦痛を苦痛だと思っていない
どの職業でも辛い時はあるしつまづくことはある。「辛いと思った事はないです。ただ海に行きたくなるんです。」と江頭プロは言う。こうした自分の仕事に情熱を持って取り組む彼、当然だが家族を養い、プロサーファーとして海を基本に生活している。その生きていく力強さがあるからこそ、波の上で輝いているのだろう。
拓久未プロは「まだまだ小さなチューブだったけど出口ははっきり見えていましたよ。」と言う。彼らのサーフィンからひとつの価値観がみえてくる。
それはうまく波に乗るために、ワイプアウトから学んでいるという事だ。
特に大きな波となると転んでしまう確率も恐怖も高くなる。でも彼らはそれを恐れてはいない。もし今トンネル中で先が見えないとしよう。でも転ぶのを恐れず、情熱を持って何度も挑むならどうだろうか。すると彼らのように「はっきり見えていましたよ」といった出口をみつける事ができるのではないだろうか。
寒い冬に誰がのこのこと海に入るだろうか。でもそれを問題にしない、夢中になれる波が目の前に現れたなら、何度もでもいいからトライしてみる。すると、そのような波の上でも彼らのように平然とサーフィンができるようになるだろう。
Special Thanks
仲村プロ、小林プロを撮影した動画が制作されるとの事で注目だ。
撮影後半にはさらにローカルサーファー達が加わり、ハードコアなサーフィンが繰り広げられた。その姿は今回写真だけだが、伊勢志摩には紹介したい沢山のサーファーがいる。
ISE LOCAL LOCATIONは伊勢のサーファーからみる世界観を記事にしています。
yoshitugu imura。Otona記者。サーファーからフォトグラファーに、海に持っていったギターでミュージシャン活動もする(波音&Ustreet )ドブロギター奏者。 伊勢市在住。この記者が登場する映像