早朝も放課後もトレーニングはかかさない。目の前に2020年のTOKYOがまっているから。
Ise local location
静かな海はいい。人影の少ない寂しい冬の海の方がもっといい。なぜなら、磨かれた目的意識を持つ人の熱量を見つけやすいからだ。
国府の浜で出会ったサーファー家族は、まだ春が遠い寒い海で、際立って目を引く。
この日出会った川瀬文広(カワセ フミヤ)さんは、娘の心那(ココナ)さんにサーフィンの指導をしている。彼女は中学生で、またプロサーファーだ。
川瀬家6人全員がサーファーだと知った。そしてサーフィンをするため三重県津市から志摩市に移り住み、サーフショップと駐車場を営み、またそこを住居とし、家族全員でサーフィン中心の生活をしている。
子ども達は、住まいでもあるサーフショップ「アディクト[ADDICT]」から通学している。家族6人だと少し不便さを感じそうだが、この場所から、サーフィンの頂点を目指していた。
私は彼らとサーフシーンの撮影の約束をし、春の波が来るのを待つ事にした。
新学期になる
そして春が来た。少し波が上がったので、連絡を取り約束を履行する。この日、次女の心那(ココナ)がいない。インドネシアのバリ島に行っていると言う。 昨年もこの時期、バリ島で大会があり、ちょうど中学の入学式と重なり欠席したという話だ。
今回の撮影では長女の新波(ニーナ)さん、高校2年生の写真を撮る事ができた。すこし話を聞く。すると「妹と大会でよく同じヒートで、兄弟対決をしたんです。」と話してくれる。
妹がプロの大会に出るようになり、今は兄弟対決はなくなっている。でも将来の話を聞くと、彼女もプロ志願を持っていた。「実力を試したいので、今シーズンのプロテストを受けてみたい。」と話す。
ニーナ記事→ "プロサーファーとセーラー服"
いずれプロの舞台で、また兄弟対決が実現する事だろう。それにしてもこの兄弟の名前は、見事なキラキラネームだ。すべて、奥様の幸美(ヨシミ)さんが名付けたと聞いた。
台風のうねりを待つ。
6月の雨、梅雨前線を刺激する5号台風が現れた。この日の天気は予報とは違った空になってきた。私は川瀬さんに、「子どもたちが学校から帰宅したら、波に乗る姿を撮影をしよう。」と声をかけた。
どんよりとした夕方、雲の切れ目から虹の筋が見え出した。波の高さは人の身長よりはるかに高い。サーファー達はヘッドオーバーの波だと言う。そして波が白く崩れる事をサーフィン用語で「スープ」と呼ぶ。今日の波はその「スープ」が力強く、人をねじ伏せようと迫ってくる。
こうした波に対応できるのが上級サーファーだ。そんな波を前に、子ども達は生き生きとサーフィンをしている。そして、この場にいる子ども達の技術レベルが高い。
2018年8月に、国府の浜で開催されるサーフィンの全国大会がある。その「NSA全日本サーフィン選手権大会」に出場が決まったメンバーだとわかった。つまり、三重を代表する選手達ばかりだ。
その中に女子中学生の心那(ココナ)がまじる。彼女はプロになったので、アマチュア大会へのエントリーは認められない。そんな心那が小学生頃、このNSAの大会成績が良かった。その頃東京オリンピック強化選手の話があり、その中に入った。
本格的にJPSAと呼ばれるプロの大会に参戦しだした2018年。シーズン終了時、上位8位以内に入っていなければ、オリンピック強化指定選手から除外される。取材をした6月現在、一試合が済み、今のところ7位となっている。今後の活躍から目が離せない。
学校生活
さて、心那(ココナ)のサーフィンをみていると、本当に中学生なのだろうかと疑問になってくる。それを確かめたいと、彼女が通う志摩市立東海中学に行ってみる事にした。
出迎えてくれたのは向井教頭先生だ。「たしかに心那は2年生の生徒です。」「全校生徒191名の内、3人だけ部活しない生徒がいるんですが、その一人でもあります。」と話す。
「それはつまり帰宅部という事ですか。」と質問する。「はい、そうです。そのすべてが、実はサーファーなんですよ。」と返ってきた。
どうやら10年ほど前から、この地区の中学では、必修クラブの制度は無くなっていた。教頭先生の説明によれば、「生徒と家の人、また学校との連携がふさわしく取れていれば、生徒の活動を応援している。」との事だ。彼女のプロサーファー活動は、こうした理解ある人々や、地域が支えている事がわかった。また先輩サーファー達の影響も大きい。
それを向井教頭先生は加えて、「全体としてサーファーの子ども達は、学校の提出物や、決まりに対して真面目です。それは自分の行動で、サーファーの評価を下げないように頑張っているようにも見えます。」そして、「昔とかわりましたよね。」「今日ではサーファーが海のゴミを拾い、海岸をきれいにしている。」
サーフィンを目的に、この志摩市に移り住む事は大歓迎です。地域として、とても喜ばしいことですよ。」と話してくれた。
「好き」を継続する
サーフィンを続け家族を養う。また子ども達をアスリートとして育てていくには、時間や費用がより必要になってくる。そこで、好きな事を生業にし続ける事の難しさや、試練などはないのかと川瀬さんに質問した。
すると「正直考えてる暇がありません。」とすぐ返事が返ってくる。
「生活がどれほど苦しくても、私には些細な事です」と話し、「それよりもサーフィンを続けられる幸せ、それも家族全員で。」「自分の苦労は苦労じゃないです。」と話す。例えば病気や災害とかで、苦労している人からみれば、自分なんてほんとに幸せ者だと思いますよ。」と言う。
彼に様々な質問をするが、すべて熱量で返ってくる。「好きだから!好きだからできるんです。好きだから耐える事が、容易いんです。」
彼は上も向いても、また下を向いても必ず。「好き。」と言う気持ちが基礎にある。写真を見ていると、私には彼の足音が「全てが好きだから」。と聴こえて来る。
「好き」を仕事にする
人生を有意義なものにする最大級の秘訣、だれでもこのテーマに悩む。
ほとんどの若者は、壁を乗り越える術を学校や部活、また先輩や両親から学ぶ。大人は当然のように、自分が教わった事を子どもに教える。でも多くの若者は、なにかしらのコンプレックスを少なからずもった個性の塊だ。
人間は自分のアイデンティティーを見つけるのが普通に難しい。多くの人は「好き」だといえる事を探し続ける。またそれを生業としていく環境に、どうたどり着くかが課題になる。こうした課題の解決方法はあるだろうか。
何度も打ち寄よせる波に、
サーファーは繰り返し石ころの様に
もみくちゃにされるのがいい。
サーファーにとって人生の答えは海にある。サーファーの教科書はつまり自然の力だ。例えば、角のある石ころが、繰り返し波にもまれるなら、やがて角は丸くなっていく。同じように人の性格も、波にもまれる事に影響を受け、それは生き方にも及ぶのだ。
サーフィンを本当に愛する人は、失敗してもまたチャレンジする。そして体で学習する。それは同じ事を何度も繰り返していく事で、今まで出来なかった技が、突然出来たりするからだ。
5号台風が少し遠ざかる。国府の浜には、青空とオフショアの波がやってくる。この日の波は形がとてもよく、撮影日和となった。
「自分の好きな物を見つけるにはどうしたらいい」と心那に聞く。「うーん」とよく考えた後「わかりません。」と謙虚に返してきた。言葉にしないのは、自分の若さをみた謙遜さに感じた。きっと教える立場に立てば、サーフィンで得た感覚を言葉に変換できる大人になるだろう。その日が楽しみだ。そして教頭先生にも同じ質問した。すると「とにかくいろんな事にチャレンジしてほしい。」そして、人の生きる術とは金銭ではなく。本来の教育とは・・などの言葉を頂いた。さすがに大人の答えを持っている。つまり。
波を求め続ける事。
そのドアを叩き続ける事。
そうすれば、
答えが必ず返ってくる。
私には、そう聞こえた。
放課後のサーフィン部
志摩の中学校にサーフィン部というものは無い。だが国府の浜に、放課後集まる学生達は、まるで部活の仲間のように仲がいい。
彼らが波に乗る姿にも個性がある。特に長男の斗嵐(トラン)くんは、どんな波に乗っても、その都度大きなガッツポーズをする。その訳を聞いた。すると、大人からみると単純に見える技1つ、その1つができた事に毎回感動している姿だった。
三女の煌渚(キラナちゃん5歳)にサーフィンを教える父親。この川瀬さんの姿は、子どもと時間を共有する事の幸せ。この幼子がやがて、自然の力と家族の絆を感じ取り、ある日の一コマが記憶に焼き付いたら、一人前のサーファーに育つだろう。
NSA全日本アマチュアサーフィン選手権大会
オリンピック種目になったサーフィンへの注目度は高い。そんな中で2018年の夏、「NSA全日本アマチュアサーフィン選手権全国大会」が国府の浜で開催される。ここで三重の代表選手メンバーが戦い、また世界の舞台で活躍していくのだ。
気づくと伊勢のサーフポイントは、次代サーファー達の姿に変わってきた。大人になった私たちも、二代目サーファー達の海に戻り、またいい波に乗りたいものだ。
そして特に、人影が少ない静かな海は良い。そこは、大人が持つべき、磨かれた目的意識という課題に取り組むには、いい場所だからだ。
Special Thanks
ADDICT Surf Garage
https://www.facebook.com/addictsurfgarage/
三重県志摩市阿児町国府2887-22
営業時間 7:00~18:00
川瀬ファミリー
たっちゃん駐車所
駐車場はサーフショップと併設している
おまけの動画
中学2年女子プロサーファー編
yoshitugu imura。Otona記者。サーファーからフォトグラファーに、海に持っていったギターでミュージシャン活動もする(波音&Ustreet )ドブロギター奏者。 伊勢市在住。この記者が登場する映像