KAMBÉ COFFEE STREETとは
「コーヒー片手にかんべのまちあるき」。
KAMBÉ COFFEE STREETのキャッチコピーは、このイベントの楽しさをそのまま表している。
2026年3月14日・15日、三重県鈴鹿市神戸(かんべ)地区。龍光寺の春の恒例行事「かんべの寝釈迦まつり」の賑わいに包まれる中、今年で第3回目になる『KAMBÉ COFFEE STREET』が開催された。
このイベントの特徴は、一つの場所に店を集めないことにある。町のあちこちに会場を点在させ、訪れた人はコーヒーを手にまちを歩く。
今回、象徴的なシーンとなったのは、30年前に時を止めた旧銭湯「紀元湯」の特別内部公開。そして、創業62年、変わらずこの街の日常を紡ぎ続けてきた「喫茶ロスカ」だ。
眠っていた記憶と、途切れることなく続いてきた営み。長く静かに時を重ねてきた二つの場所が、新たな役割を持ってひらかれた。
「最初はコーヒーのイベントをしたいというより、寝釈迦まつりでコーヒーを提供したいという思いが始まりでした」
そう語るのは、かんべで「喫茶ケセラセラ」を営む、企画者の森由起さんだ。 KAMBÉ COFFEE STREETは、単独のイベントではない。寝釈迦まつりと、このまちへの想いから始まっている。
しかしなぜ、一つの「会場」を設けるのではなく、まちそのものを「舞台」にしたのか。
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今年のテーマ「分散」まちに負荷をかけない心地よさ

「今回のテーマは分散でした」
森さんはそう振り返る。
KAMBÉ COFFEE STREETは、これまでも町のあちこちにお店があるスタイルだったが、3回目となる今回は、それをより意識的に「仕組み」として取り入れた。
背景にあったのは、現実的な課題だった。
「どうしても昼間の時間帯に集中しちゃうから、駐車場が停められないっていう問題があって」
一気にお客さんが来ると、町にも負担がかかってしまう。
そこで考えたのが、「時間をばらけさせる」ことだった。
朝8時からのスタート。時間をずらすという選択

今回、新たな試みとして「朝8時からのスタート」を選択した。
例えば、龍光寺の山門前に位置する慎福寺駐車場では、大幅に時間を早めて出店を開始している。
この柔軟な対応のおかげで、一日の人の流れをゆるやかに分散できた。今後はこの流れをさらに広げ、夕方までコーヒーを楽しめる仕組みを作るのだという。
縁日の「屋台」のような、歩く楽しさ
この「分散」という考え方は、混雑を避けるためだけのものではない。
「屋台があってこそのお祭り、だと思っているんです」
縁日のように、歩いているとまた次の店に出会う。その感覚を町の中に再現したのが、KAMBÉ COFFEE STREETだ。
「歩いていたらコーヒー屋があって、また歩いていたらコーヒー屋がある、みたいな」
コーヒーをきっかけに、自然とまちを歩いてもらう。そんな設計になっている。
その工夫が、地域の文化や古い町並みに出会うための、心地よい導線になっている。

分散が作った、心地よい流れ
「分散」という設計は、明らかな変化をもたらした。
混雑が解消されたことだ。
「お客さんが集中せず、自分のペースで買いやすかったという声が多かった」と森さん。
時間をずらしたことで、無理のない流れが生まれた。
「任せる」ことで生まれた、それぞれの色
もうひとつの変化は、各会場の主体性だった。
「それぞれ現場のメンバーに運営を任せたことで、みんな自分たちのイベントとしてやってくれてた」

会場ごとに、空気ははっきりと違っていた。
活気のある場所もあれば、落ち着いて過ごせる場所もある。

こうしてそれぞれが独立しながらも、全体としては一つのイベントとして機能していた。この「任せる」という姿勢は、KAMBÉ COFFEE STREETが生まれた当初から根付いているものだ。
広がりの中で見えた手応え
意外だったのは、これほど広範囲で展開したにもかかわらず、トラブルやクレームがほとんどないことだ。
森さん自身、すべての会場を見回ることはできなかったが、その心境は至って穏やかだった。
「出店者さんたちを信頼してるから、あんまり心配はいらなかったんです」

紀元湯・ロスカに象徴されるまちの記憶
周囲の反応の変化についても、森さんは気負わずにこう話す。
「少しずつですが、自分たちがやろうとしていることが、多くの言葉を尽くさなくても伝わるようになってきたって感じてます」
地域との対話が深まり、町の風景に馴染んできたからこそ、ようやく開かれた扉がある。
今回の象徴的な会場の一つとなったのは、1940年に創業し、1997年の閉業から約30年もの間、時を止めていた「紀元湯」だ。
一通の手紙から始まった、時を解く物語
紀元湯との関係は、2023年5月に森さんが建物の所有者に手紙を送ったことから始まった。
「存在が気になって、手紙を書いたんです」
それは森さん個人の関心から始まったことだったが、他の人にも話を聞いてみると、実は多くの人が同じ想いを抱えていた。
紀元湯は、森さん一人の興味を越えて、かんべの町の人たちの心にずっと残り続けていた場所だったのだ。

すぐに話が進んだわけではない。
季節の便りを送るように連絡を取り続け、時間をかけて少しずつ関係を築いていった。
そしてついに、中を見せてもらう機会が訪れる。
「もう、当時のままやったんです。『時間が止まったよう』って、まさにこのことかと思いました」
閉業から今日まで、持ち主の手によってこまめに空気の流れを管理するなどしていた為に空間は、驚くほどきれいに保たれていた。
1,000人が見つめた「町のたからもの」
この場所をどうするかについて、森さんは「絶対に残すべきだ」と決めつけてはいない。
「もしなくなるとしても、その前に一度見てほしかった」と話す。
実際に公開してみると、2日間で1000人を越える人が訪れ、それぞれの言葉を残していった。

中には、コーヒー目当てではなく、この場所を見るために来た人もいた。
長く閉ざされていた場所が、ひらかれる。
その一度きりの機会に、人は引き寄せられる。

この出来事は、KAMBÉ COFFEE STREETが単なる飲食の場ではなく、町の中にある記憶に触れるきっかけになっていることを示している。
同じ作り手が手がけた、二つの特別な空間
今回のイベントには、紀元湯と並ぶもう一つの主役があった。1963年創業、今も営業を続ける「喫茶ロスカ」だ。
実は、この二つの場所には共通点がある。同じ町内の大工、「川出建築」による建物だということだ。同じ作り手の思想が流れる二つの空間が、時を超え、一つのイベントの舞台としてふたたび並んだ。
昭和の品格を今に伝える、美しき喫茶「ロスカ」
ホテルのラウンジようなロスカの店内は、重厚な作りと美しい装飾が印象的だ。まるで昭和の時代にタイムスリップした感覚はSNSでも話題になり、遠方からも多くの純喫茶ファンが足を運ぶ。



現在は、店主であるママさんが一人で店を切り盛りしている。自身の体調に合わせ、メニューを絞りながらの営業。それでも、この心地よい場所を今も静かに灯し続けている。
「大好きな場所」を守りたいという想い
森さんにとって「喫茶ロスカ」は何より大切な場所だ。
実は森さんは、自分の店を持つ以前、この店で働きたいと考えたこともあったという。

今回のイベント参加にあたって一番心配だったのは、
ママさんの体への負担だった。
その不安を支えたのは、ロスカを愛する有志の女性たちだ。
「自分たちにできることがあれば」と名乗り出た彼女たちは単なる接客サポートだけでなく、ママの体調を気遣いながらタイミングを計り「ただいま休憩中」の貼り紙を自発的に貼るなど、スタッフという枠を超えた深い思いやりを持って動いていた。

紀元湯やロスカのような場所は、今から新しくつくることはできない。
だからこそ、一度立ち止まってその価値を見てもらうことに意味がある。
KAMBÉ COFFEE STREETは、そのためのきっかけを作ったのだ。

これからのKAMBÉ COFFEE STREET
KAMBÉ COFFEE STREETは、回を重ねるごとに育ってきた。
その背景には、年に一度のイベントとは別に、日常の積み重ねがある。
「毎月の『慎福寺小さなマルシェ』を続けてきたことが、何より大きいと思っています」
毎月開かれる場は、出店者にとっては経験の場となり、運営側にとっては町の人々との信頼につながっていった。
「KAMBÉ COFFEE STREET」として3年、
そして「慎福寺小さなマルシェ」として1年半。
続けてきたことで、町の受け止め方も変わってきた。
「少しずつ、信頼してもらえるようになった」と森さんは振り返る。
紀元湯や喫茶ロスカとの関係も、こうした時間の中で生まれてきた。
広げることより、深めること
今後の形については、まだ模索が続いている。
大規模なコーヒーフェスのような展開も、可能性としてはある。
ただ、それを自分が引っ張るべきかどうかは、別の話だと森さんは考えている。
「まち歩き」「文化」「コーヒー」。
三つが重なるこのイベントは、すでに一人で抱えるには少し大きくなってきている。
「コーヒーイベントとしてやるなら、私ではなく、他のコーヒー屋さんが中心になった方がいいんじゃないかな」
次の一手は、誰かが立ち上がったときに動き出す。
森さんには、そんな感覚がある。

「かんべ」という場所にこだわり続ける
変わらない軸は、一つだけだ。
「基本的には、かんべの町にこだわりたい」
その延長に、次の景色があると考えている。
この場所だからこそ生まれてきた関係と信頼がある。
近頃は、空き物件を若い人に貸そうという動きも出てきた。
すぐに大きく変わるわけではないが、町の中に小さな変化の兆しが見え始めている。
最後にこれからの展望を尋ねると、森さんはこう答えた。
「やりたいことは、最初から変わっていません。かんべのまちに足を運んでほしい。コーヒーを片手に、まちを歩いてほしい。ただそれだけなんです」
コーヒーをきっかけに、人がまちを歩く。
場所に触れ、記憶に出会う。
KAMBÉ COFFEE STREETは、そんな景色を描き始めている。
【追記:2026年11月、紀元湯が特別公開されます】
この記事の公開にあたり、新たに嬉しいお知らせが届きました。
2026年11月21日(土)、慎福寺で開催される「小さなマルシェ」に合わせて、「紀元湯」の内部が再び特別公開されることが決定したそうです。
ふたたび扉が開かれる紀元湯。
この機会に、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
詳細は、KAMBÉ COFFEE STREETの公式アカウントでチェック
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京都芸術大学(KAU)で映像を学びながら文章と写真でも表現活動をしています| webマガジンOTONAMIEでは人物に焦点をあてたインタビュー記事を執筆中










