数週間前から、妻が唐突に「豆大福を食べたい」と言い出した。
そしてコンビニに売っているのではだめらしい。
私は豆大福が好きでも嫌いでもない。
なので突然、豆大福を食べたくなる感覚がわからなかった。
思い出した!大福
ほぼ毎日のようにコンビニへ行く私は、その日からレジ横に置かれている豆大福を見る度に「これ、じゃないんだな」とぼんやり思うようになった。
何度も何日もコンビニで豆大福を見ていると、頭の片隅に豆大福がこびり付く。
そんなに好きでもないのに。
まるでキャッチーなCMソングのように、頭のなかに豆大福がチラついている。
少しだけストレスでもある。
先日、仕事の打ち合わせで松阪市飯南町へ。
いつもながら櫛田川はきれいで、空気は澄み、山々を眺め、ほっこりした気分になった。
飯南出身の先方と話していて、山間の町である飯南には四季の香りがあるという。
その方いわく、秋は稲藁を焼くにおい。春は金ちゃんラーメンの乾燥したスープの素みたいな香りがするらしい。なんとなくわかるような、わからないような。
一年程前も、仕事で飯南に何度か通った。
その時におじいさんから店を継いだというお孫さんが営む、甲子軒という和菓子屋の取材に同行した。
当時、店は住宅兼店舗の古民家で、確か最近リニューアルして、名物は・・。
大福ではないか!
仕事の打ち合わせに行く前に、リニューアルした甲子軒に向かった。
変わらぬ大福の味
甲子軒は飯南町粥見の旧和歌山街道沿いにある。
2023年11月にリニューアルオープンしたお店で、店主の星野美沙希さんに再会。
旧店舗と変わらず豆大福、パイン大福、イチゴ大福などが売っているので安心した。ちなみによもぎ餅やアンドーナツも人気。
大福の味は甘さ控えめでサイズは少し小ぶり、リーズナブルな価格もありがたい。
和菓子は先代から受け継いだ作り方で味を変えていないという。
また星野さんはパティシエの経歴もあり、新店舗ではケーキや焼き菓子なども販売。
売れ行きは和菓子と洋菓子で半々くらいだそう。
おしゃれな店内で目を引いたのはレトロな木製の机や椅子。
旧店舗で使っていたものを、手入れして大事に使っている。
星野さん:この収納は、ひいおばあちゃんの嫁入り道具だったそうです。
歴史ある甲子軒は初代の曽祖父の時代から今年で創業100年目で、野球の甲子園と同い年。
星野さんがこちらも大事にしているというガラスのお皿を見せてくれた。
星野さん:旧店舗の窓ガラスは模様が様々でいいなと思い、お皿にリメイクしてもらいました。
生まれたころから祖父と同居し、住居兼店舗で育った星野さん。
店を継いだとき、思い出が詰まった古民家を残そうとも考えたが、維持やリノベーションに掛かる負担が大きかったそう。
星野さん:だから「残せるものは残したいな」と思ったんです。
残り続ける、あたたかな記憶。
幼いころから祖父の仕事を見たり手伝ったりした星野さんだが、店を継ぐ気はなかったそうだ。
ただ興味はあり、進路は調理の専門学校へ。市内の洋菓子店で3年間働いていたとき、ご近所さんや常連さんから店を継ぐことへの期待を感じて決心。
生まれ育った地元で新しい店を構え、以前はなかったカフェスペースを作った。
星野さん:常連さんもご近所さんも、あたたかい人が多いなと感じています。差し入れを持ってきてくれたり、近所のおじさんが「よう継いだ」っていってくれたり。気にかけてもらってます。
最後に星野さんへ、将来的にどんな店にしていきたいかお聞きした。
星野さん:祖父や曾祖父が作るお菓子が、地域の方々に愛された店。そのおもかげが残るここは、若い方からおじいさんやおばあさんまでいろんな人が集まる場所にしたいです。
あたたかな時間が流れる空間ですてきなお話を聞き、忘れそうになっていた豆大福を買って帰った。
私はやっと美味しい豆大福を妻に納め、小さな囚われから解放された。
そして、私もひとくち頬張ればその美味しさから、突然豆大福が食べたくなる感覚をようやく理解できたのでした。
甲子軒
松阪市飯南町粥見2486
https://www.instagram.com/koushiken03/
村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事