「少しだけある部族と生活を共にしました。これまで日本で経験したことのない『幸せ』というものを感じました」
そう話すのはJICA海外協力隊として桑名からバヌアツ共和国に渡り、ビスラマ語を駆使しながら陸上競技の指導にあたっていた糸見涼介さん。
バヌアツ共和国は南太平洋に浮かぶ83の島々からなり、100以上の部族が異なる言葉や文化、信仰を持ちながら暮らしている。
糸見さん:「町(都会)から村(地域社会)に戻って暮らす人も多く、戻った人からの『町はビジーだ』という言葉が印象的でした」
※busyには”忙しい”だけでなく、”ごちゃごちゃ”・”気が休まらない”というような意味も含む
糸見さんが滞在した部族の集落は、世界で最も火口に近付けることで有名なヤスール火山の麓の沿岸部にある。
糸見さん:「真っ暗な森に強い風が吹き、すぐ近くの断崖絶壁に波が打ち上げる。遠目には山が赤い噴煙を上げ、時折大地が揺れる。自然の恐ろしさを感じ、なぜこの環境に暮らし続けられるのだろうと思いました」。
糸見さんは部族の方々と過ごすうちに気付いたことがあるという。
コロナによるパラダイムシフト。新しい生き方って一体なんだろう。
新型コロナウイルスの感染拡大が社会に与えた影響は大きく、私たちの行動や価値観に様々な変化をもたらした。デジタル化が進み、働き方が多様化するなか、都市部を離れて地域で暮らすことへの関心も高まりつつある。
経済一辺倒の豊かさではなく、自然や地域との触れあいを大切にする生き方を求める傾向も見られるようになった。
そのなかでいただいたバヌアツの部族の暮らしと価値観に触れる機会。
糸見さん:「彼らは人間の力を越えた存在である自然に、畏怖と畏敬の念を抱きながら暮らしているように思いました」。
そして象徴的なエピソードを話してくれた。
糸見さん:「火起こしをしている時に『火の声を聞け』と言われました。彼らが信仰しているのは、全てのものに精霊が宿っているというアニミズム。信仰に誇りを持ち、守り続けています」。
自然への感謝は食を通じても感じたという。
糸見さん:「その村の主食は芋類。食の愉しみ方は味付けというより、食材を獲る、調理する、みんなで食べる。それらを全て自分たちで行うので満足度は高いです。祭事のときには飼っている豚が御馳走として神に捧げられ、みんなで食べます。晴れの日は畑や狩りに出て、雨の日は家でゆっくり過ごしていました」。
未来への漠然とした不安などはないのだろうか。
糸見さん:「余剰食糧は基本持ちません。子どもも村という共同体で育てる。食材に恵まれているためか焦りがなく、どーんと構えている感じでした。町や近隣の国へ出稼ぎにいくこともあります。貨幣はあまり必要ではありませんが、町には小さな商店がいくつかあるので缶詰や飲み物など自給自足では手に入らない物品を購入することもあります。ちゃんと働いて悠々自適というのか、どちらも許容されている印象を受けました」
部族は食事以外のことも自分たちで行う。全員が大工であり、農家であり、漁師であり、猟師であり、料理人でもあるという。
ちょっと紹介。バヌアツの伝統文化
1.魅惑の飲み物カヴァ
糸見さん:「胡椒科の植物の根を水でこしたものです。あらゆる儀式で使用される。日本人でいうお神酒のような存在というのかな。鎮静作用があり、文化的にも輸出品としても重要な飲み物として位置づけられています。因みに美味しくはないです(笑)今でこそ都市部ではカヴァバーなどがあったりして、お酒と並ぶ嗜好飲料として好まれていますね」
2.世界一厳しいプラ禁止ルール
糸見さん:「島国は海洋被害をもろに受けます。海がとにかくきれい。そういう意味では環境への意識は高いかもしれません。もともと葉や枝の編み細工が日常に組み込まれていました。弁当も紙。布バックを持ち歩く習慣があります」
3.バンジージャンプの発祥地
糸見さん:「発祥はペンテコスト島で行われているナゴールという成人の通過儀礼。収穫を占う祭事として行われています。2、30mの櫓から足に巻いた木のつるだけを頼りに地面へ決死のダイブをするんです。地面に近いほど良いとされているそうなので、中には命を落としたり、大けがをしたりするものも少なくなかったと聞いています」
最後に…
今回お話を聞かせてくれた糸見さん。
JICA海外協力隊としての当初の夢は、バヌアツの代表選手を東京オリンピックへ連れて行くことであった。実際に現地に渡り、スポーツは社会を明るくする希望であると実感ができた。ゆくゆくは国際開発の仕事に就く夢も膨らんだという。
しかし今年3月、コロナ禍により、JICA海外協力隊員は日本に一時帰国となった。現在はリモートで現地選手の競技サポートしながら、再派遣を待っている状態である。
糸見さん:「バヌアツに関わり続けることは、自分のキャリアにとっても必要だと感じています」
バヌアツでの暮らしを経て、心境の変化はあったのだろうか。
糸見さん:「多様性を肌で体験したことで価値観が変わりました。平均を基準に物事を考えなくてもいい。それぞれのアイデンティティや考え方を大事にすること。一方、日本とバヌアツに共通している点はともに自然に畏怖や畏敬の念を抱いてるところだと思いました」
農耕文化によって定住が始まり、文明が生まれた。社会における職業や役割の分担が進んだ。私たちの生活は便利で効率的だ。大抵のことはお金で解決ができたりする。
新型コロナウイルスを機に、働き方が変わり、住む場所も暮らし方を考える動きが広がり、幸せと豊かさの違いも見えてきた。
加速した消費社会のなか、”今”を大切に、自主自立の精神を持ち、その上で団結して立つ部族の生き方に、まだ言葉にはならないけれど、ほんのりとヒントを得られたような気がしたのだ。
取材協力:JICA
※この文章は個人の体験に基づいており、バヌアツの歴史・文化等をすべて正確に反映しているとは限りません。
3年ごとに日本にて開催している島嶼諸国との首脳会議「太平洋・島サミット」。2021年に開催が予定されている第9回太平洋・島サミット(PALM9)は三重県志摩市で開催することを決定しました。開催に向けて島嶼諸国について理解を深める情報を発信中です。
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福田ミキ。OTONAMIEアドバイザー/みえDXアドバイザーズ。東京都出身桑名市在住。仕事は社会との関係性づくりを大切にしたPR(パブリックリレーションズ)。
2014年に元夫の都合で東京から三重に移住。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。
都内の企業のPR業務を請け負いながら、地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。多種多様なプロジェクトを加速させている。
組織にPR視点を増やすローカルPRカレッジや、仕事好きが集まる場「ニカイ」も展開中。
桑名で部室ニカイという拠点も運営している。この記者が登場する記事