何らかの事業で大成した突破者は、次になにを求めるのだろう?
他人の成功を指をくわえながら眺め、スティーブジョブズの格言に酔いしれ、自分自身が何を求めているのかすら分からないような私には多分一生わからない。そんな半端者代表の私が、とある突破者に出会ってしまった。そして、得もいえぬやる気のようなものが湧いてきたのだった。
“ 天国みたい、ここは。朝日で目が覚めて、視界にはこの海。人もあったかいです ”
志摩の暮らしはどうですかと私が訪ねると、そんな答えが返ってきた。今回、大王崎灯台がシンボルで絵描きの町といわれる志摩市波切に暮らす移住者を訪ねた。しかしなぜ志摩を選んだのだろうか?
“ 海があればどこでもよかったです。大阪から3時間くらいで行けるとこやったら ”
聞けば四国からぐるりと移住の候補地を探し、ここに辿り着いたのだという。
そして現在暮らしているのは一軒家ではなく海が見える元旅館だ。
“ モノが多いから一軒家じゃ入り切れへんので。あとで地下も見てください ”
モノと表現するそれらに囲まれたリビングは、まるで洒落たアンティークショップやカフェにいるみたいだ。
レース用のバイクまである。
“ 新しい会社を立ち上げてすぐのレースで大けがして、何ヶ月も入院してたんです。いきなり社長不在でした(笑) ”
そう言って笑う移住者を引き合わせてくれたのは志摩市議であり、かつお節の伝統製法を守る老舗「久政」4代目社長、橋爪政吉さん。
橋爪さん:純さんがきてから、ここに自然と人が集まるようになったんですよ。都会から純さんの知り合いがきて地元の人と繋がったり。純さんイケてるでしょ?
疑うべくもなくイケてます。
純さんこと森島純嗣さん。ネットでその名を調べると出てくる記事の数々。検索結果には「森島純嗣 再始動」「快進撃続けるナニワの雄 森島純嗣 雑貨とECで世界へ」などの見出しが踊る。流行に敏感な人なら雑貨屋ASOKOと聞いてピンとくると思う。純さんはFlying Tiger Copenhagenと競うようにリーズナブルでスタイリッシュな雑貨店としてASOKOを一斉に全国へ広げた創設者。ASOKO同様、ファストファッションの先駆者的なYEVSなどを立ち上げた会社、遊心クリエイション(大阪市)の創業者で元社長だ。
純さん:東京のASOKO某店は、毎月マンションを買うような家賃でした。
成功者が上り詰めるための原動力とは何なのだろうか?
純さん:欲しいモノがいっぱいあったからです。
至ってシンプルな答え。そしてこんな話を続けてくれた。
純さん:ほら小学生のとき、みんなラジコンとか買ってもらうやないですか。僕は片親で育ったから買ってもらえなかった。中学生になって、もう親に買ってもらうの諦めたんです。自分で働いて買おって。
中学3年になり、新聞配達とたこ焼き屋でバイトを始めた純さん。
純さん:ひと月に10万円くらい稼げたから、金持ちの中3になって(笑)。
笑顔の純さんを眺めながら、なるほどと妙に納得をした。甘えを断ち決心をして、努力の末に欲しいものを手に入れる。それがラジコンでも大きなビジネスでも、その法則に変わりは無い。
純さん:この建物ええ感じ。神社の入り口やし門前カフェとかええやないですか。
ナニワの雄の目は鋭い。ここ波切には伊勢湾台風後に立てられたコンクリートの建物が多い。時間によって風化したコンクリートの建物は、まるでヴィンテージジーンズのような趣のある雰囲気だ。
歩いて数分のところにある波切神社へ案内していただいた。そこには有名な現代美術家の作品があるという。
KEN HIRATSUKA
1982年、ニューヨークへ移住、Art Students Leagueで彫刻を専攻、古代の洞窟画を連想させるような線で描くスタイルを確立して以来、世界中の地面と岩を彫り続けてきた。(NewYorkArt.comより)
純さんと交友のあるKENさんが、ここを訪れた際に創作して寄贈したそうだ。
純さん:もうひとりのKENさん。これは浜崎健さんの作品。
浜崎健
大阪・南船場にて「浜崎健立現代美術館」という自らの美術館を主宰し、「飛ぶ」「寝る」「座る」の3つのテーマをアート(ライフ)ワークとして活動する、全身を赤一色で包んだ芸術家。(浜崎健立現代美術館HPより)
純さんは健さんと海外を二人で旅することもあるといい、Instagramを見せてくれた。
室内を撮影していたときに見つけた作品。これは・・。パレスチナにあるバンクシーが作ったウォールド・オフ・ホテル(世界一眺めが悪いホテル)に行ったときに買ったものだという。
そんな純さんは数年前に社長を退き、大阪から波切に移住した。
純さん:こっちにきて2年くらいニートでした(笑)。サーフィンしたり旅をしたり。
今は西宮で友人が営むGOOD GOOD MEATというお店のプロデューサー的な仕事をしている。週の約半分は関西、約半分は波切の二地域居住だ。そして波切で地域の会議にも出席することもあるという。
純さん:会議にはパン屋がいたり神社の禰宜さんがいたり。自分で何かしている人が多いので楽しいですよ。
若くして自ら第一線を退き、都会から波切に移住してゆったりと暮らしを愉しむ。仕事や暮らしの幸福度。それらの優先順位やバランスを自分でコントロールすることができたなら、人生は輝きを増す。そんな純さんに問いたくなった。仕事や人生ってなんですか?
純さん:私の場合こんな感じです。
“ F U C K W O R K J U S T R I D E ”
何かをなし得た人の言葉には力がある。
欲しいものを欲しいと素直に思うこと。理想の暮らしを描くこと。そしてそれを簡単に諦めないこと。そんな忘れかけていた気持ちを取り戻し、今夜の宿に向かった。
TOBI Hostel and Apartments
ここ(以下TOBI)は企業の福利厚生施設を一般の人にも開放してホステルとして営業している。
現代アーティストの絵画などが飾ってあるフロントで出迎えてくれたのは、TOBIを運営する堂上智夏(ちか)さん。彼女も大阪からの移住者だ。
智夏さん:これヤバくないですか!
小学生のころに読んでいた懐かしの「学研の図鑑」。今どきは「超人」もあるらしい。
TOBIは智夏さんが呼びかけた現代アーティストの手により、部屋をアート化したアートルームがある。早速ご案内いただいた。
まずは壁一杯に「まんまるくん」が描かれた部屋。
作者は国内外で展示会を行う川島愛ゐさん(美術家)。驚いたことに、愛さんはTOBIのアートルーム制作をきっかけに波切に移住したそうだ。
続いてのアートルームは画家 石原七生さんの作品。石原さんは最近、BSフジで放送中の「ブレイク前夜 ~次世代の芸術家たち~」でも特集されている。
最後のアートルームはアーティストhama158cmさんが手がけている。
私はまんまるくんのアートルームに泊めていただいた。
部屋からはリアス海岸が眺められる。しばらく打ち寄せる波を見ていた。
なんと表現すればいいのだろうか。自然を見ているというより、地球を見ているというのが一番近い表現かも知れない。夜にはホステル内で沖縄からゲストを迎えた三線ライブがあると聞き、私もお邪魔した。
新垣 慶一郎さん
沖縄県読谷村生まれ。
5歳の頃に三線に初めて触れ、8歳頃から小学校のクラブ活動で三線を弾き始める。野村流古典音楽のコンクールで新人賞・優秀賞・最高賞を受賞したほか、読谷村の唄者・山内昌春から民謡を学ぶ。現在は県内外でライブ活動を行う傍ら、読谷村や三重県などで三線の指導も行っている。(TOBI FBより)
若者からシニア、また小さなお子さんまで20名くらいが集まっていた。話を聞くと地元の人や志摩に移住してきた人たちだった。
ライブの間には持ち寄りの物販。沖縄からの移住者もいれば、海女になるために移住した人もいた。
パーカッショニストとしてアジアの少数部族と演奏した音源を作る移住者もいたり、あれ?移住者が多い。
地元の人も移住者も溶け込み、三線の音色と美味しいお酒に酔いしれる、楽しい夜。
私:今日波切にきて、なんだかこの地域にすごいことが起こっている気がして。ちょっとみらい的というか。でもイベントを運営する大変さや移住のハードルもあったと思うのですが、智夏さんの原動力って何ですか?
智夏さん:わたし、楽しいことが好きなんです。
至ってシンプルな答え。
そんな智夏さんのもとに集まる人たち。たのしいを共感している人の輪は、また人を呼ぶ。移住は施策で語られることが多いが、本質は至ってシンプルなのかも知れない。それはたのしいから。そこには何ものにも代えがたい熱量があるように思えた。
絵かきの町 波切には大正もしくはそれ以前より著名な日本画家も訪れていたと聞いたことがある。そして今もクリエイティブな感性をもつ人々が集まってきている。
“ F U C K W O R K J U S T R I D E “
自由な生き方を貫く純さん。
しなやかに楽しむことに前向きな智夏さん。
部屋にもどりベランダ窓を開けると、もう真っ暗で海は見えなかったが、遠くに聞こえる波の音に耳を澄ませば、自然に抱かれていることに気が付いた。自由の風と波のゆらぎ。ここにはクリエイティブに生きる人の琴線にふれる何かがある。それは眠っていたインスピレーションを呼び起こしてくれるような感覚だ。いつもより深い呼吸をしながら、心地よい眠りに落ちた。
旅の想い出
三線ライブの終了後、波切名物しまやの鰻ご飯や丸義商店のお刺身の仕出しをいただきました。
TOBIは、しまやの出前に対応。
波切にお越しの際は、しまやの鰻もおすすめです。
<取材協力>
森島純嗣さん
TOBI hostel & apartments
志摩市大王町波切3626-7
tel 0599-65-7240
FB https://www.facebook.com/tobi.iseshima/
<アートルームの制作者>
川島愛ゐさん
TW https://mobile.twitter.com/kisaaaaa14
石原七生さん
TW https://mobile.twitter.com/nanami_ishihara
hama158cm
IN https://www.instagram.com/hama158cm/
村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事