ホーム 01【食べに行く】 漁師町の銭湯がお洒落な喫茶に変わって、49年が経ちました。

漁師町の銭湯がお洒落な喫茶に変わって、49年が経ちました。

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「引いてください」と、扉は言う。

でもその前に、聞いてほしいことがある。
それはこの喫茶店の物語。

珈琲がどのようにして今みたいに飲めるようになったか知っていますか?

珈琲の発祥は紀元前のイエメンだと、マスター。

イエメンには珈琲の木が自生していて、
その木の実を食べて鳥たちが妙に騒いでいる。

「なぜ鳥たちは、ああも楽しげなのだろう」
通りかかった高僧が、ふと疑問に思う。

ある時山火事が起きて、
その木の実が火事で自然焙煎された。

それを見つけた高僧がお湯で煮立ててみると、
美味しい珈琲ができた。

高僧もそれを飲むと、やけに気分が良くなる。
というのも、珈琲にはカフェインが含まれていたのだ。

珈琲の誕生話。

そんなことを思いながら飲んでみると、奥の深い味がするやろ。

説明してから食べてごらんって言うと、なんでも美味しくなる。

物事の背景。人間の物語。
そんなものが見えてくると、世界は一層味わい深くなる。

ここは南伊勢町五ヶ所浦にある珈琲塔FIVE。
これからする話はきっと、FIVEの珈琲に深い味わいを足してくれるはずだ。

 

漁師町の銭湯から、オシャレな喫茶へ。

珈琲塔FIVEは喫茶店になる前、
漁師町の銭湯でした。

当時の姿がわかる貴重な写真

実家が銭湯ということで、
男湯と女湯の間にある番台に立つこともあったマスター。

子どもながらに、恥ずかしかったそうで……。

かつての記憶を辿るマスター。

いま座っている場所が男湯だったとか、
女湯の脱衣所はあそこだったとか、

そんなことを教えてもらいながら、
当時の風景に思いを馳せます。

写真中央の柱が、男湯と女湯の境界。
男湯の浴場の席。

当時はカツオ船の最盛期で、
漁師が長い船旅の疲れを癒しにやってきたり。

そして真珠養殖も盛んな時代。
若き肉体労働者が一休みしにくることも。

そんな漁師町の銭湯だったとは思えないほど、
いまではオシャレな喫茶店。

海帰りに長靴で入るのは申し訳ないほど。
そもそも靴も脱ぎたくなる……?

お客さんが驚くような店をした方がいいかなと思って。

夢のあるお店を作ろうって言って、とくに入り口にこだわったんですよ。

お店があんまりオシャレなものだから、
入り口でお客さんが靴を脱ぐこともあったといいます。

「いやいや、靴脱がなくても大丈夫です」って(笑)。

銭湯がなくなったのは、海の塩気で配管が錆びてしまったため。
改修の必要が生じたタイミングで、廃業を選択しました。

マスターは当時、19歳。
東京から帰ってきたばかりでした。

18の歳で東京へ。マスターの青春を振り返る。

僕、高校で陸上競技をやってまして。

跳躍で、ホップステップジャンプ。それからハイジャンプとか。

高校の部活最後の年、
マスターは足を故障してしまいました。

一生に一度だけの舞台。
全力を注ぐことができなかった。

中途半端に終わったっていうのもあって、その夢を追ってね。

高校卒業後に、東京にある体育大学へ進学。

それはじぶんの夢を、
納得のいくところまでやり抜くための選択でした。

でも、じぶんの思ってたのと違ってたのもあって。

体育大学ではいろいろなことを学ぶことができました。

でも、卒業後はどうする?
周りは多くが、学校の先生などになる。

じぶんは、そうじゃないな。

何がしたいって気持ちはなかったんやけど、
それよりもまあ、家に帰ろうかなって。

マスターは一年経たないうちに大学を中退し、
地元へ引き寄せられるように帰ってきたのでした。

五ヶ所浦の「五」。

珈琲塔FIVEをもっと”オシャレに”楽しむ。

五ヶ所浦に帰ってきてからマスターは、
田んぼをしたり、肉牛を飼育したり、魚屋でバイトしたり。

いろいろなことを試みるなかで、
喫茶店をやってみることにしました。

まず女湯の脱衣所を使って、喫茶店を始めます。

FIVEの店内にあるインテリア。

当時はコーラが流行していて、
ビンの栓を抜くと鳴る”ポン!”という音が店内に響いていたということ。

喫茶店は繁盛して、
一年後には男湯の脱衣所、

そして浴場まで店舗を広げることになりました。

本棚から文化的な匂いがする。

FIVEは”空間”にこだわりがあります。

船をイメージしたという天井。

僕は三つの雰囲気を作りたいと思ってね。
音楽の好きな人、ゆっくり話したい人。カウンターは僕たちと話したい人。

音楽へのこだわり。

店内に流れる音楽が気持ちいい。
真空管のアンプで鳴らす柔らかい音。

アルティックA7は、1975年から44年間休みなく鳴り続けています。

マスターはJAZZが好き。
ゆっくり話したい人のスペース。
マスターと会話を楽しみたい人は、カウンターへ。
中央の大きなテーブルは、お客さん同士が話すためのスペース。

食事のメニューを見る前に、
“どこに座るか”を選んで楽しむのがFIVE流。

FIVEのエビフライには、頭がある。

FIVEの看板は、エビフライ。
“エビフライのFIVE”と言われるくらいに、お店の定番メニューだ。

地域と関連のある食べ物をしたいと。

海のそばの名物料理っていうのをしたいって言って。

当時は非常に珍しかった有頭のエビフライを、我流で勉強。
いろいろ試行錯誤をして、今の料理に至ります。

エビフライの本数を選択できます。

ほかにも様々なメニューがあるので、
迷ったらオススメを聞いてみるといいかもしれません。

長く続くことで、お客さんの思い出になれる。

FIVEは2020年で50周年を迎えます。
長くお店を続けていると、こんなことを言ってくれるお客さんも。

「妻と付き合っていた頃によく行った。懐かしいな」と。

20歳のときに行った喫茶店が70歳になってもあったら。
それはロマンを超えて、その人だけの思い出が蘇る場所になる。

 

節目を迎えるFIVE。
マスターが、これからの夢を語ってくれました。

世紀超えを目指す。FIVEが100年経っても存続するように。

可能やと思ってます。

次の世代にバトンを渡すために。
どうやったらこれからもFIVEは続いていくだろう。

マスターは言います。

大切なことは、
お客さんの気持ちを一番に考えられるようになることだと。

食べ物屋に行って美味しいのは、当たり前なんですよ。それだけでいいわけはなくて、心の満足っていうのが絶対大事かなと思う。

 

50年後、きっと町の風景は変わっている。
それでもここに、FIVEがあり続けるということ。

五ヶ所浦に来れば、FIVEがある。
それはまるで、実家のようだと思いました。

あなたも珈琲を飲みに。
いや、行く目的はなんでもいいのです。

FIVEが紡ぐ物語を感じに、一足運んでみてはいかがでしょう。

大きなエビフライが目印です。

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