あれ、ここカフェだったの??
気付かず通り過ぎてしまう程、
住宅街に静かに馴染んでいる、
カフェテラス「ぶなの木」
その名の通り、
店先にはシンボルツリーのぶなの木。
静謐で幻想的。”気配”に惹き付けられる絵
一歩入ると、
凛とした空気に包まれる不思議な空間。
その独特な空気感は、
店を営むお二人が醸し出しているものだと、
後にわかる。
まず出迎えてくれたのは、
邸宅の主である画家の中野日和さん。
カフェにはギャラリーが併設。
中野氏の作品も、
ゆっくりと鑑賞することができる。
光と影、冷たさと暖かさ。
静寂の中に感じる艶。
気配や息遣い、空気感まで漂ってくる、
穏やかで幽玄な作品の数々。
また興味深いのが、
中野氏の絵は、
本来あるべきものを否定せず、
内側から描かれているところ。
例えばこちらの少女の絵。
静脈から皮膚、産毛と順に描かれている。
その眼差しに媚びはなく、
自らの魅力にすら気付いていない、
少女時代特有の美しさが感じられる。
女性の誰しもが持っていたであろう尊い姿。
カムバック、私の純情…
モーニングはふっくらと仕上がったそばがき
余韻と共に席につく。
出てきたのは、
そばがきのモーニング(650円)
ふっくらと仕上がったそばがき。
箸を入れると柔らかな湯気がほっこり。
つゆを少し浸け、
わさびと共に口に運ぶ。
ふるるんと滑らかで、程よい弾力。
蕎麦の香りが鼻に抜ける。
うんまい。
時々、黒蜜きなこに絡めて頂くのもまた絶妙。
隠れ家のようなカフェで朝からそばがき…
なんだか大人な気分だ。
大将、これに合う日本酒を!
と、粋ぶりたくなるが、
モーニングなので珈琲で。
蕎麦を打っているのは、
元NHKアナウンサーの渡辺誠弥氏。
48歳まで報道アナウンサーを務め、
NHKを退職後、
奈良県高市郡明日香村に移り住み、
宮司の資格を取得。
伝統工芸を守りたいと、
民芸館を開き、
館長を務めつつ蕎麦を提供していたという、
なかなかのゴーイングマイウェイな御方。
ではなぜ、
三重県で蕎麦を打つことになったのか…
その経緯をうかがった。
大切なのはあいうえお。愛・運・縁・恩
昔からの友人だった渡辺氏と中野氏。
中野氏が自宅を改築して、
ギャラリー&喫茶を始めると聞き、
”彼女の才能の力になりたい”と、
この家に移り住むことになった渡辺氏。
まず目に入ったのは、
玄関にそびえたぶなの木。
偶然にも、
ぶなの木の古名はそばの木だと知る。
『神様の導きだと思ったよ』
そう渡辺氏は言う。
運命のぶなの木は、
20年前に中野氏が造園屋にて一目惚れしたもの。
中野氏:幹に熊の爪痕があってね。小熊がよじ登ろうとした姿を想像したら、もう絶対この木が欲しいと思ったの。
ぶなの木は水枯れしやすく、
根付くのが難しいと言われたが、
もう根付いて20年。
渡辺氏:私の出身は関東なのだけどね、アナウンサーになった当時、どんなアナウンサーになりたいかと聞かれ、「伊吹山のようになりたい」と答えたんだよ。多くのアナウンサーは富士山を目指すところ、私の目標は伊吹山だった。これまた三重県との強い縁を感じるよ。
諸法因縁生、縁欠不生。縁を欠くと何も生まれない。縁なんてものは曖昧なものだけど、運が良いというのは縁を繋ぐことだと思うよ。
そして渡辺氏は続けた。
渡辺氏:大切なのは母音の力。人と人との”あいうえお”を大切に紡ぐこと。愛・運・縁・恩。ただ恩はいちいち覚えてたら疲れちゃう。必ずとも与えてくれた人に返さなくてもいい。与えられる時がきたら、送れる人に恩を送ればいいんだよ。
編集の仕事もされていた渡辺氏は、
良き文学を残すべく、
本のプロデュースもされている。
有名無名や上手下手などという、
世間の物差しではなく、
自分の心に良いと響いたものだけを、
大切に纏めた本。
また店内に飾られた民芸品も、
予てからのコレクション。
とにかく博識で、
小気味よいテンポで展開される話は、
聞く人々を惹きつける。
―—そのトーク力の秘訣は??
渡辺氏:常に会話に小見出しを付け、クオーターシステム、つまり15分間を基本単位時間とした編成を意識しているね。
なるほど、さすがアナウンサー!
昼、蕎麦をすする
お昼時を回ったころ、
ぶなの木自慢の蕎麦をいただいた。
美しき十割の更科そば。
技術は、
視覚化と数値化に徹した師から修得。
薬味には、
大根おろしに蝦夷ワサビを混ぜ、
辛みと共に甘みを味わうのがこだわり。
『蕎麦の太い細いは芸のうちだね!』
そう笑う。
――ところで男性は年齢を重ねると、蕎麦打ちを始めるイメージがあるのですが何故ですかね。
渡辺氏:それはあれだな、そば粉を練り上げていく感じが、まるで女性の肌のようなんだよ。吸いついてくるような感触がたまらないのかもしれないな(笑)
――なるほど、そのご冗談、腑に落ちまくりました。
因みに、お食事の惣菜は中野氏が担当。
中野氏:昔学んでいた料理と設計が今になって活きてるの。人生どこで折り合うかわからないものよね。絵は夜に描くのだけどね、基本的に時計は見ないの。見ると起きる時間から逆算しちゃうから。もうそれだけでフラストレーションでしょ。寝たい時に寝る。やりたいことをやる。既成概念に捉われたくないの。
勝手ってやつ。そして生かし生かされる人の道
自分自身を”勝手”だというお二人。
自分の道を自分で選ぶこと。
選んだ道でどう生き抜くか覚悟を決めること。
そして自分を表現すること。
それがお二人のいう”勝手”
中野氏:誰かの人生に乗るのではなく、互いの道に沿って、高め合い、諭し合い、尊敬し合っていく生き方が私はいいの。男とか女とかそういう概念をもっと越えて、人としての関わり方、縁の繋がり方があるんじゃないかな。それは世間の物差しでははかれない。自分が”いい”と思うことをやりたいようにやるのが素敵じゃない。
渡辺氏:人なんてそんな簡単に理解るわけないし、経歴なんてもんはもっと複雑。だから今持っているものをどう活かして、想いを形にしていくかと考えること自体、世間でいうと勝手なのかもしれないね。でもさ、縁を大事にしてりゃ、助けを必要とする相手から力が与えられ、相手を生かすことで自分も生かされる。誰かのためが自分のためになるんだよ。
勝手を生きながら、
生かし生かされる人の道。
そして、あいうえおの循環がうむのは、
想像をもしていないサプライズ。
”ちょっとためになって、ちょっと有意義で、すごく楽しい時間。そんな寺子屋談義みたいなことがここで出来たらいいな”
そうお二人は言う。
ぶなの木が紡いだご縁の袂で、
生きる意味と希望をもらった気がして、
私は目頭が熱くなった。
Photo by y_imura
カフェテラスぶなの木
住所:三重県桑名市藤が丘7丁目916
電話:0594-21-3882
福田ミキ。OTONAMIEアドバイザー/みえDXアドバイザーズ。東京都出身桑名市在住。仕事は社会との関係性づくりを大切にしたPR(パブリックリレーションズ)。
2014年に元夫の都合で東京から三重に移住。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。
都内の企業のPR業務を請け負いながら、地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。多種多様なプロジェクトを加速させている。
組織にPR視点を増やすローカルPRカレッジや、仕事好きが集まる場「ニカイ」も展開中。
桑名で部室ニカイという拠点も運営している。この記者が登場する記事