街中で見知らぬ人とすれ違った時、
ふいに甘酸っぱい気持ちが蘇る。
雨上がりの畦道で、
突如、幼き頃の想い出がフラッシュバックする。
いずれもきっかけは”香り”
過去に大ヒットした失恋ソングでも、
「ニガくてせつない香り」
というフレーズは多くの共感呼んだ。
香りは記憶や感情を刺激し、
首根っこ掴んだかのように、
一瞬で想起させる力を持っている。
香りを聞くという雅な遊戯
凛とした空気が流れる会場に、
灰を整える微かな音だけが響く。
沈黙というコミュニケーションのなか、
大人たちが愉しんでいるのは、
香炉から立つ幽玄な”かほり”
素材を感じ、
自らの内側に広がるイメージを膨ませ、
心の声と向き合う。
嗅ぐのではなく、
聞くと表現する聞香の世界。
香を聞いている間は皆、
ひらがな二文字の源氏名を名乗る。
自分が何者なのかを忘れて、
魂と香りの対話をするという意味があるのだろう。
平安時代には
香りを聞いて歌を詠むという遊びが、
姫君たちの間で流行っていたのだそう。
『色や音、経験や風景を思い浮かべるのも面白いですよ』
そう雅な連想に導いてくれたのは、
調香師 沙里(さり)さん。
今回の聞香の先生だ。
日本の伝統的な香道作法と、
西洋のフレグランス文化を融合させた現代聞香の創始者で、ブランド「かほりとともに、」を主宰。
季節や風土に合わせた「香り文化」を普及させており、
自ら植物を採取・蒸留し、天然香料100%にこだわり、
日本産精油を用いた調香を行っている。
ミラノ万博をはじめとし、
世界中からラブコールを受けている方である。
運命的に香りの道へ
沙里さんが香りに目覚めたのは、
2006年にインドネシア/バリへ行った時だった。
ふと花の香りを嗅いだ瞬間、
他界されたおじいさまとの思い出がフラッシュバック。
繋いだ手の感触までリアルに蘇ったという。
幼い頃から作曲や演奏活動をされていた沙里さんは、
記憶と密接で目には見えない、
音と香りに通じるものがあると感じていた。
そして偶然にも、
本名である沙里という名はサンスクリット語で、
花の香りの強い部分を指すと知り、
もう香りが気になり過ぎて、
衝動にかられて学校に入り、
解剖生理学など人体の構造と機能から学びだした。
学びは興味を加速させ、
本格的にイギリスへと渡った沙里さん。
香りとの旅が始まった。
伊勢のかほり、外宮のかほり
ところで、「伊勢とともに、」
というフレグランスをご存知だろうか。
沙里さんがイギリスから帰国した2011年に、
伊勢をイメージして調香し、
イメージフレグランスコンテストの環境大臣賞を受賞した作品である。
三重県桑名市出身の沙里さんにとって、
昔から伊勢神宮は、
日々を感謝する特別な場所だった。
コンテストのテーマはまさに伊勢。
数種類の香りを作ったものの、
提出する1本を選びきれず、
衝動的に伊勢へと向かった。
伊勢という場所は、
自分にとって何か、皆にとって何か。
五感を研ぎ澄ませて渡った、
宇治橋の檜の匂いは、
今でも鮮明に覚えているという。
そして伊勢の空気、森の香り、
そこに在る自然そのままに身を置くことで、
おぼろげに感じていたイメージが合致。
この香りと出会えたことがただ嬉しい。
そんな感謝に身を任せ、
締め切り日に送った作品が、
賞へと繋がったのだそう。
沙里さん:『伊勢は原点。初心に返る時間と繋がっているんです』
余白のある香り
『良い素材こそ少しの塩でいい』
その言葉の通り、
沙里さんの香りの美学は引き算。
香りの9割は、
植物などの素材が作り出しており、
自然の豊かな世界観を感じられるよう、
なるべく手を加えず、
シンプルに魅力を惹きだすのだそう。
日本独自の文化や香りを、
大切にされている沙里さんのフレグランスは、
とても柔らかくナチュラルにとどく。
素材を旬に合わせて抽出しており、
レシピはあるようでない。
最後は素材に委ねるという。
沙里さん:『かほりは刻々と変わるんです』
料理で旬の食材を楽しむように、
香りも四季折々で変化する。
空気や体温と交わることで個性も生まれる。
お客さんは毎回、
”同じではない”ことを楽しむ方が多いのだそう。
また沙里さんは、
お客さんの想いを聞きながら、
オートクチュールなフレグランスも作られている。
抽象的なものを形にするって、
とても難しいと思うのだが、
面白いのが沙里さんの表現方法。
対象から聞こえる色や音や味をかほりに変え、
『ミとファの間くらいかな♪』と話すお姿も。
香りも1番手、2番手…と
時間軸で変わるように作られており、
一瞬一瞬が身体に染み入るよう。
お話を聞いていて、
ふと、”いい香り”とは何だろうと思った。
いや、どの香りもいい香りだからこそ、
そもそもに疑問が出てきたのだ。
沙里さん:『香りは鏡。心の声に気付ける香りかな』
気分に合わせて食事を変えるように、
香りも気分や体調で選ぶことで気付きがある。
また味を構成する五味(甘味や酸味など)と、
同じ感覚が香りにもあり、
例えば負の印象がある苦味も、
気付きという部分では大事なスパイスになるという。
沙里さん:『香りに限らず、光と影、ハレとケ。どちらもあるから魅力や日常の意識を引き出せると感じています』
少しのハレを持ってくることで、
ケの部分がもっと豊かに感じられたり、
何が好きで何が大事かに気付く。
大事なことがわかれば、選択は迷わなくなる。
『香りはその瞬間を、鮮やかに刻み、
時を越え、人やもの、さまざまな想いをつないでくれる。そんな連鎖のきっかけになれたらとても幸せ』
そう話してくださった。
かほり、そして沙里さんとともに、
つい忘れがちだけど、
意識を傾けると空気の中には、
四季折々の香りがあることに気付く。
沙里さんはこれを『気配』という。
そう、彼女に惹かれるのは、
そのライフスタイル。
答えがない世界観を楽しみ、
謙虚に学び、感謝し、
日々を丁寧に生きている豊かさ。
ときめきに素直で、
まるで音を奏でるように、
軽やかに、リズミカルに、生きている。
かほりとともに、
大事なのは最後の「、」であり、香りのその先。
沙里さん:『どこで、だれと、なにをして、どんなことを想ったのか。よろこびが、かほりとともに、ありますように』
香りの伝道師 沙里さんを通して、
潤った五感に彩りの風が吹いた。
沙里さんの個展が、2018年5月12日~5月27日に名古屋のLights Galleryにて開催されます。
Exhibition 丹生 niu
hp http://lights-gallery.com/archive/2018/04/437/
かほりとともに、
hp http://kahoritotomoni.com/
善西寺
福田ミキ。OTONAMIEアドバイザー/みえDXアドバイザーズ。東京都出身桑名市在住。仕事は社会との関係性づくりを大切にしたPR(パブリックリレーションズ)。
2014年に元夫の都合で東京から三重に移住。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。
都内の企業のPR業務を請け負いながら、地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。多種多様なプロジェクトを加速させている。
組織にPR視点を増やすローカルPRカレッジや、仕事好きが集まる場「ニカイ」も展開中。
桑名で部室ニカイという拠点も運営している。この記者が登場する記事