ある日の午後。
三重県桑名市の河川敷に佇ずむ男性。
一見、国籍不明だが、歴とした日本人である。
友人である彼の職業はカメラマン。
エモーショナルな時間を求めにきた彼に
この街に暮らす私が
お気に入りの場所を案内する半日のショートトリップ。
※エモーショナル(emotional)とは
emotionの形容詞形。感情的、情緒的、感動的などの意味。
見せながら守る伝統文化財~六華苑~
最初に訪れたのは
桑名を代表する名所。
山林王と呼ばれた桑名の実業家
二代目 諸戸清六の邸宅へ。
市が寄贈を受け
平成5年より一般公開された六華苑である。
緑と青のコントラストにシャッターが切られる。
洋館は大正2年竣工。
鹿鳴館などを手掛けたジョサイア・コンドルによる設計。
当時、新婚であった諸戸清六氏のため
ハートの装飾等、髄所にみられる細やかな配慮。
女性の美しさが映える階段。
貴重な技術であった曲面ガラス。
シェル柄の壁紙に
当時の姿で現存する青銅のライト。
暖炉のタイルは
部屋ごとに異なる深い色。
コンドル氏が母国から取り寄せた
アーガイル模様のタイル。
トイレが水洗式なのも見所のひとつ。
初代 諸戸清六氏が独力で
市内の上水道を整備したという由緒があるのだ。
和館に使われているのは
山林王に相応しい一級の木材。
並列する廊下は、
家主や来客用と使用人用。
座高がベストビューになるよう造られた庭園。
光を取り入れ換気の機能も果たす
ガラス入りの無双連子窓。
カメラが陰影を表情として捉えていく。
古き良きを暮らしながら残す邸宅~K氏邸~
次に訪れたのは個人宅。
建物に刻まれた営みによる痕跡を
傷ととるか味ととるか。
受け継がれてきた古き良きものに
現代の快適さを取り入れ
暮らしながら残しているお宅である。
諸戸家と並ぶ財閥 松本長蔵氏の元邸宅で
推定築年数は90年。
当時のままの床は
踏みしめるたびに心地よい音を鳴らす。
近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトの
設計思想に影響を受けたとされるライト風住宅。
東京の大学の教授陣による復元計画のもと
現家主K氏が2年半かけ蘇らせ
暮らすという形で建物と共存をしている。
伝統的な外国建築の知恵や技術とともに
暮らしながら残すという豊かさ。
プライベート空間であるが
この建物を楽しんでもらいたいという家主ご夫婦のご厚意により
サロンのように開放することもある。
お話を伺っていて心を動かされるのは
そういったご夫婦の懐の深さ。
ふと飾られている写真が目に入った。
数十年前に撮ったと思われるご夫婦のツーショットである。
友人の提案で急遽、”今”のお二人を撮影することになった。
風格のある家と、照れながらも素敵な笑顔。
ディープスポットの代表格?!~いもや本店~
創業100年以上のおもちゃ屋 いもや本店。
雑然と積み重ねられたおもちゃは、まさにカオス状態。
任天堂が1972年に発売したボードゲーム タイムショックも発見。
掘り出し物…
いや、掘り出すものしかない。
初代は壺焼き芋、二代目はかき氷、
そして現在の三代目にて玩具屋となったいもや本店。
ママさん曰く
昔は週末になると沢山の子供が訪れ
店先の自転車を整備するだけでも大変だったそう。
それが今やお客さんはほぼ大人。
「最近の子供たちは電子ゲームばかりだからね」
寂しそうにそう仰っていた。
童心をくすぐられながらも
どこか寂しさを感じる年季もの。
友人が心惹かれて購入したモールの玩具 くねくねつちのこ。
うまく使いこなすと
生きているような動きを出せるらしい。
「だから頑張りや」と店主。
おまけのおもちゃもくださった。
帰り際、ママさんが見せてくれたのは
大好きで育てているというふうせんかずらの実。
懐かしい記憶がまたくすぐられた。
Barのような大人の空間~BENIYA FACTORY~
コーヒーが好きという友人。
日が暮れてから向かったのは
国道258号線沿いのBENIYA FACTORY。
夜になるとオープンするR20のカフェである。
大人たちはヴィンテージを中心とした
様々な椅子のなかからお気に入りを探して寛ぐ。
カウンターにてバリスタが
その人に合うコーヒーを淹れてくれる
まるでBarのような空間。
シェーカーから注がれたのは
シェケラートというアイスコーヒー。
ゆったりとした椅子に腰を掛ける。
目前は夜景だ。
男女比に偏りがない客層。
立地上、車好きは多い。
一人の時間を満喫するのもよし、交流を楽しむのもよし。
この空間を、若い世代は「お洒落」と認識するようだが
バブル期前を知る世代からすると「懐かしい」と感じるのだそう。
なぜかコンパスの針が定まらないという
0磁場説も囁かれる不思議な空間 BENIYAFACTORY。
BENIYA FACTORYの魅力を語るのに
コーヒーへのこだわりは欠かせない。
所有する焙煎機は3台。
特に完全熱風の焙煎機は
世界に15台しか出回っていない代物の0号機である。
日々、豆の特徴を活かした焼き方を追及するオーナー。
焙煎の技術はもちろんのこと
常に発見を求め、新しい農園や豆を積極的に取り入れているのも
この店の面白さ。
最近の一押しは
パナマのエスメラルダ農園のゲイシャ種。
フレッシュな豆の香り。
コーヒー豆の国際コンテストの採点方法は
色・香り・味等、100点からの減点方式。
通常90点で優勝レベルのところ
唯一100点を出した経験のある農園が
このエスメラルダなのだそう。
石油に次いで貿易規模が大きいコーヒー豆。
パナマは世界トップレベルで近代化しているという。
ロースター(焙煎士)であるオーナーにより
最適な状態で焙煎・熟成された後
バリスタ(抽出士)によって丁寧に抽出がなされる。
旨みとコクが凝縮されたエスプレッソ。
このエスプレッソを飲めば
エスプレッソ=苦いというイメージは覆されるであろう。
コーヒーの情勢、歴史、技術、こだわり…
聞けば聞くほど惹き込まれていく深い世界。
やっぱり締めはラーメン~登里勝~
旅のシメに行き着いたのは、らぁめん登里勝。
寿司屋の三代目であった登里勝の店主は
ラーメン愛が強まり過ぎて
ラーメン屋へと転身した元寿司職人。
深い旨味を味わえる魚介系だし。
絶品と聞く焼きサバ寿司は売り切れであった。
ラーメンと向き合う店主から
ラーメンの面白さ、惹かれた理由
そして三代目という立場のご苦労を伺う。
美味しいはずだ、納得の一杯。
視点を変換することで視えてきたもの。
暮らしていくなかで
なんとなくお気に入りの場所がある。
なぜ好きかと聞かれると
はっきりと理由はわからない。
この日案内したのはそういう場所だった。
ところが
友人の視点と感性というフィルターを通して映し出された写真には
私の「好き」が詰まっていた。
切り取った写真に教えられた
その場所に惹かれる理由。
非日常な視点から捉えなおすことで出会えた
”暮らす”のなかの新たな発見。
撮影:株式会社ジオット 松本元希
六華苑
三重県桑名市桑名663-5
K氏邸
三重県桑名市東方1364
※Bagel&Cafe Manonプライベート空間のため要相談
いもや本店
三重県桑名市新町99
BENIYA FACTORY
三重県桑名市西別所2005番4
らぁめん登里勝
三重県桑名市京町39
福田ミキ。OTONAMIEアドバイザー/みえDXアドバイザーズ。東京都出身桑名市在住。仕事は社会との関係性づくりを大切にしたPR(パブリックリレーションズ)。
2014年に元夫の都合で東京から三重に移住。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。
都内の企業のPR業務を請け負いながら、地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。多種多様なプロジェクトを加速させている。
組織にPR視点を増やすローカルPRカレッジや、仕事好きが集まる場「ニカイ」も展開中。
桑名で部室ニカイという拠点も運営している。この記者が登場する記事