おばあちゃん、ねぎ焼きちょうだい。
のれんが出ていると、
ホッとする店がある。
のれんをくぐると、
「おばあちゃーん」と言いたくなる店がある。
おばあちゃん、ねぎ焼きください。
薄い生地に、
たっぷりの葱と紅生姜。
慣れた手つきで生地を返す。
お酒は、
店内の冷蔵庫からセルフ。
おつまみもセルフ。
『はい、お待たせ』
お茶割り片手に、
頬張るねぎ焼き。
素朴な味にずきゅん。
--おばあちゃん、ねぎ焼きもう1個!
”おねえさん”とは最近呼ばれないおばあちゃん
100年以上続く鉄板焼き屋「八百勇(やおゆう)」
のれんをくぐると、
昔懐かしい土間が広がる。
扉は全開。
エアコンは稼働しておらず、
自然の良い風が抜けていく。
なんだか田舎のおばあちゃん家に遊びにきた気分。
--おばあちゃん、暑いですねぇ。
『暑いね。夏だからねぇ』
おばあちゃんは八百勇の3代目。
妹さんと共に切り盛りされている。
--おばあちゃん、お歳を伺ってもいいですか。
『89歳。あっち向いてこっち向いてしてたらあっちゅう間だったよ』
--八百勇ってどういう意味ですか??
『さぁ、先代(祖母)が付けたから知らん。はっぴゃく勇ましいだろかね』
--おばあちゃんのこと、お客さんは何て呼びます??
『おばさん、ばあちゃん、おかあさん色々だよ。最近おねえさんとは言われないよ。でもなんでもいいの。なんでも嬉しい』
--お店は夕方からですか??
『そう。時々開店前に来るお客さんがいてね。”鉄板が熱くなるまで待っててね”って店開けるの。
そうするとお客さんが暖簾出してくれるのね。
夜遅くまではしんどいけれど、ちょっとの延長戦なら頑張るよ、ばあちゃんも』
懐かしい昭和のアイテム
『機械はよう使えないからねぇ』と清算はそろばん。
蝿帳(はいちょう)も現役。
--懐かしいなぁ。昔、おばあちゃんの家にありました。
『昔は、冷蔵庫なんて各家庭になかったから、食器やおやつ、残ったご飯もおかずも、何でも蝿帳に入れてたんだよ。風通し良いし、虫もたからないからね』
--こちらは氷冷蔵庫ですよね。
『もう内側が錆びて使えないけれど、終戦時に建具屋だった父が作ってくれたものだから捨てられなくてね』
毎日氷屋さんで買う大きな氷を
上段の氷室に入れ、
下段の食品を冷やしていたそう。
--このカップは熱燗用??
『そう。数年前まで冬におでんやってたから、熱燗はよく出たよ』
懐かしのアイテムオンパレードで、
頭の中に、
映画”ALWAYS 三丁目の夕日”のテーマ曲が流れる。
チャッチャチャチャチャチャッ♪
冬はぜんさい、春はところてん、夏はかき氷
戦前、季節毎に売っていたのは
冬はぜんざい・なんば餅、
春はところてん・みつ豆、
夏はかき氷、秋から冬はおでん。
鉄板焼きは戦後から始めたのだそう。
常連さんたちには
知らない人同士で一つのおでん鍋を囲み、
呑み交わした想い出が色濃くあるという。
昆布と鰹の出汁に、ちょっとカラシ。
所謂、関東煮というやつだ。
おばあちゃんが見せてくれた昔の写真。
お客さんの子供が描いてくれたという絵も、
大切に保管されていた。
お鍋持参で、
おでんを買いに来るご近所さんには、
おだしをたっぷりサービスしていたという話にもほっこり。
残念ながら、
おでんは2年ほど前からお休み中。
ゆるゆると流れる八百勇の時間
--おばあちゃん、焼きそばください。あ、お好み焼きも食べたいな。どうしよう。
『まずは焼きそば食べてから、お腹と相談したらいいよ』
牛肉入りでこしのある太麺。
いただきますと同時に、ラムネを開けた。
すると、中身が溢れ
テーブルはびしょびしょ。
『ラムネはね、上手い下手があるの。だからいいの』
笑っておばあちゃんは言う。
そこに入ってきた50年以上の常連さん。
スッと”いつもの席”に座った。
因みに、
鉄板前にお客さんがいない時、
おばあちゃんの定位置はここ。
一人晩酌するお客さんと
それを見守るおばあちゃん。
八百勇でしか成立しないこの位置関係。
幽霊と思われたことも!?
常連さんに八百勇の良さを聞いてみた。
客:『奈良行ったら鹿みるでしょ。桑名にいれば八百勇行くでしょ』
だいぶ意味不明な回答だが、
言わんとすることは、
自然の流れだということだろうか。
居心地の良さは
”良い意味で放っておいてくれる”
ところらしい。
一人で黙々と呑んでもよし、
おばあちゃんに話しかけてもよし。
必要以上に会話を求められない自由さが
ちょうど良いのだそう。
実はおばあちゃん、
4年前に大きな病気をして、
半年間程、店を閉めていたことがあった。
”八百勇のばあちゃん死んだんだって”
そんな噂も流れたという。
療養を経て、
ある日、店に暖簾をかけていたら、
「幽霊かと思った」「ばあちゃん生きとったんか!」
と大層驚かれたとか。
おばあちゃん曰く、
今も昔も、元気の源はお客さん。
『今はおまけの人生みたいなもん。あっち向いてもこっち向いても感謝しかないね』
のれんが出ているとホッとし、
のれんの向こうには
変わらぬ緩やかな時間が流れている。
いつしかの懐かしいあの頃に戻れる
貴重な店がここにある。
☆八百勇☆
住所:三重県桑名市江戸町15
電話:0594-23-3817
定休:月・火 ※不定休あり
福田ミキ。OTONAMIEアドバイザー/みえDXアドバイザーズ。東京都出身桑名市在住。仕事は社会との関係性づくりを大切にしたPR(パブリックリレーションズ)。
2014年に元夫の都合で東京から三重に移住。涙したのも束の間、新境地に疼く好奇心。外から来たからこそ感じるその土地の魅力にはまる。
都内の企業のPR業務を請け負いながら、地域こそPRの重要性を感じてローカル特化PRへとシフト。多種多様なプロジェクトを加速させている。
組織にPR視点を増やすローカルPRカレッジや、仕事好きが集まる場「ニカイ」も展開中。
桑名で部室ニカイという拠点も運営している。この記者が登場する記事