ホーム 02【遊びに行く】 “SURF MASTERと言う証明書がある” 波は風に帰った。 @南張海岸

“SURF MASTERと言う証明書がある” 波は風に帰った。 @南張海岸

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2017年8月6日 志摩MASTERS
伊勢志摩には40歳以上のショートボーダーオンリーの大会がある。

強い日差しに照らされたビーチでは、ほんの一時で赤く日焼けする。志摩の南張海岸では、第9回志摩MASTERSショートボードチャンピオンシップが開催されている。

そんな海の中に、チャージサーフボードの奥村さんが大会に出ている。彼は、地元サーファー達の活動を古くから支援してきた人だ。その彼が寡黙に競技サーフィンをしているのだ。

奥村義久、チャージサーフボードのオーナーだ。南張のレギラーに大きなボトムターンをする。 近年では県外からの参加者も増えているこの大会で、海は活発なサーファー達でにぎあう。

 

普段、大会運営等の舞台裏で目にする事はあるが、

彼の選手姿はとても珍しい光景に見えた。

その理由を12月に知ることになる。

 

全国のサーファにとって、伊勢志摩のサーフスポット全体を「伊勢」と呼ぶ。有名なのは東うねりが届く「国府の浜」、そして南うねりを受ける南張ポイントが知られている。このポイントは過去、世界大会が開催された事もある。

 

オフショアと言う風

 

これまでにいい波がなく延期が続いたいたが、2017年8月初旬、台風が理想的な進路をとり連日うねりがヒットする。

サーファーは波の事を毎日考えている。その関係はまるで恋人のようだ。それはかけがえの無い存在になっている。その波に乗るために何度も沖に苦しいパドリングをしていくが、波に乗ると全て忘れる。

 

志摩LS実行委員は波が来る事を信じ、8月6日の開催を決めた。この決定には理由があった。

近年大会が開催されていなかったが、20年ぶりに開催される事となり、注目となった。

 

 

 

 

 

それは、

「中途半端な波で開催をするな」と言う

先代サーファーからの精神が、

今の世代に

受け継がれているからだ。

彼らの積極性や行動力は地域の財産である

 

そのポリシーはまるで遺言のように、彼ら若手のローカルサーファー達をオフショアの風のように整える。

 

頭ほどの高さのがある波。時折、掘れたチューブと言う空洞になった波も姿をみせる。とても良い日だ。

その風は白く崩ていく波の表面を綺麗にするのだ。そして旅の終わりを見届けるかのように、サーファー達が波との時間を共有する。

 

波は沖に吹いた風から生まれる。サーファー達は、風に運ばれて来た波しぶきと一緒に、この海にやってきた。

被写体としての究極は、人が自然と関わる形の磨かれた像なのかもしれない。太陽、波、サーファーと熱意。撮影素材として申し分ない日だ。

 

だが、

ある異質感を感じていた

それは

彼がいないのだ。

 

 

 

Local Surfer   森本健二

 

 

彼は末期ガンだった。冒頭のチャージサーフの奥村さんは、闘病を続ける彼の代わりに、大会での優勝を目指しエントリーしていたのだ。

森本健二、あと一回優勝をすると「殿堂入のサーフマスター」と呼ばれるはずだった。もし今回彼が何事もなくエントリーしていたら、もっと有意義なキャリアが積まれ、この地域にさらに大きく貢献しただろう。

死期が近づいた12月「けんちゃんの写真を探しているんや!」と奥村さんから連絡が来た時、夏の寡黙な姿の理由を知った。

そして二人で過去写真を探し、いい写真が出て来るたびに、立ち止まるように眺めた。撮影したサーファーの中でも特にカット数が多いのは、彼と共有した時間が多かったからだ。

 

 

 

写真は記憶を蘇させる。

 

国府の浜のテトラが砂浜の半分まで埋まってきた頃、6番と呼ばれるポイントでよく海に入った。

姿がなくなったBIS、この場所は多くのサーファーがお世話になっている。車を見ると、また当時の事をよく思い出した。

波のいい朝一に海に出かけると、車で寝ている私を彼はゆりうごかす。「井村くん!海にはいろや!」と。

 

波に乗りまたパドルアウトする。すると沖には彼がいた。若い頃それが永遠だと思っていた。

この日も「俺を撮れ」と。

30代の頃、私にブランクのある時も彼は優しい。「また海でまってるよ!」と声をかける。そして「波あるよ!」の電話がかかってくると、私はカメラを持って海にでかける。「俺を撮ってな!」と笑って言う彼は、私の被写体となり、サーフィン撮影の練習相手となった。

ただ純粋に海を眺める。

 

 

亡くなる少し前、彼と話ができたのが救いだった。密かに彼を記事に残しておきたかったので、志摩マスターズの話題を持ち出した。

「波乗りをしていなかったら、何をしていたか」と質問したが愚問だった。彼は亡くなる時も海に一途な人だった。

そして何より「波乗りをしていてよかった。」と言う。この当たり前のように言う言葉に深さを感じる。そこには彼の、またサーフマスター達の生き方や価値観が見えて来るからだ。

 

 

SURF MASTERとは

 

サーファー達が尊敬するサーファー姿とは、ただ波に乗るのが上手いだけではない。ずっと海とかかわり、サーフィンの未来を考え、周りの人々にいい影響を与えつづける存在。それは自分さえよければいいと言う人ではない。

独特なサーフボードを乗りこなすが、簡単ではない。

 

また、地元で生まれたローカルサーファーと言う事で、自動的にその存在になれるわけでもない。尊敬を受けるサーファーは、自分をさしだせる人、何よりも海への真の愛がある人だ。

サーフィンは単純なスポーツ、故にセンスが求められる。

例えば、仮に他のポイントでサーフする時、全てをわきまえて行動でき、様々なトラブルが起こっても、円満に解決できる人だ。

伊勢ローカルには欠かせない存在が集まる大会で目標とされる福田義明プロ

 

若い世代の話にもなった。オリンピック競技にもなったサーフィンは、若いエネルギーと技術の勝負になっている。そうした大会にのぞむ後輩世代を、全力で応援していきたい心を持ち続けていた。

マスターの取り組む姿勢が次代に伝わる。

 

彼との会話は、過去4回優勝をしてきた事や、今大会での出来事。時々笑いも出た。そして奥村さんが、彼の想いを受け継いで大会にエントリーした事。でもファイナルに届かなった事が話題になった。

一番の友、小堀陽一と奥村義久の貴重なツーショットだ。

 

マスター達はサーフィンで競う事で、コミニケーションが生まれる事を知っている。だが勝ち負け以上に、波に乗るプロセスを見ている。彼らは年齢に応じた観点で他者を見るのだ。

志摩マスターズは最初、「みんなが集まれる大会!」をテーマに、顔見知りが海で楽しく1日を過ごす祭りと言うコンセプトからはじまった。

それはただ横を見渡すだけではない、今まで経験した価値観が土台となり、高さや深さを見ようとする。

例えばそれは、人としての体幹が養われているのか、また波を捕まえる感覚や、俯瞰で己を見れるようなセンスを感じ取っている。

 

 

 

マスターズは例えファイナルに届かなかったとしても、海に向かう姿勢が人の心に伝わる事がある。それは正しいジャッジで勝利したとしても、そのプロセスに本質がないなら、サーフスタイルの伝わり方も違ったものになってしまうのだ。

一部のローカルの大会が、やがて伊勢全体のローカル達の垣根を超える繋がりを作り出したのだ。そして今日県外からのエントリーも増え、SURF MASTERの精神が広がりをみせている。

 

 

サーフスタイルとは

波の個性と乗る人の個性のマッチング。サーフィンは波を見つける段階から始まり、準備ができているサーファーが当然いい波を見つける。

「セミファイナルまで進むと、コンペティションとしてただ純粋に勝ちたい!」この勝負へのこだわり、ローカルイズムを超え真剣に戦うから楽しいと言う。

 

 

 

 

 

ただ波に乗るなら、板の浮力を利用して、楽に波を乗りこなせればそれでいい。

亡くなる数日前日本サーフィン連盟三重支部長に電話がきた。「けんちゃん君は!残された時間が少ないのに『浜掃除がいつ!』とか、海の事ばかり話すんだ!」と浜村昭夫さんは海で叫んだ。

でも「ローカルなら!」森本健二は言う。「ホームポイントで大きな波が来れば、その波に乗らんといかん!」

巨大な波が来るポイントでは、波底から吹き上げてくるうねりの風がサーフボードをバタつかせる。「浮力と揚力の関係が問われる。」そんな話をする。

人を感動させる波がある。それは波に対するサーファーの姿勢が見える時、乗り手の姿が言葉のように迫る時がある。

そして彼が、「浮力が邪魔をして、命を奪うような波から逃げる事ができない時も知っている」と言う。それは「生きるために必要だと思っていた事が、実は余分となっていた」。と言い換える事ができる。

「大きな波をどう乗りこなすか、だから今でもいろんな経験がしたい。その時失敗してもそれでいい。サーファーは誰よりもいいサーフィンがしたいんだ。ハワイを乗りこなすサーファには勝てないが、自分から逃げたらだめだ」と。

チューブ波は適応能力を試されているかのように突然現れる時がある。

 

失敗を真摯に取り組み、純粋な姿勢を続けるなら、いずれ成功へ導く経験となる。もし今、何かで苦しく、折れそうで、涙が滲むようなら。ローカルサーファー的生き方を思い出してほしい。私にはそう聞こえた。

 

誰でもパドリングは必須で、波が大きければ苦しい。でも心が学んだなら、澄み切った目で目標を恋人のようにみる。たとえそれでどんなサーフィンをしたとしても。自分が目指したもの、場所、仕事、人間関係。いずれそれが磨かれたあなたの、サーフスタイルになるのだ。

 

 

波は風に帰る

当然波にはフロントとバックサイドがあるが、自分の得意分野がバックサイドであってもいい。最終的な到達点に違いはない。

2017の志摩マスターズは、サーフィンに対して一途な自分のスタイルを生きてきた男達が同じ時間を共有した。優勝者には勝利者だけが抜くことができる刀が与えられる。

 

志摩MASTERSは、この誉を手にしようとするサーファーが、己の波乗り人生を他者に感じてもらう場であった。

優勝賞金も用意されているが、それは準優勝以下の者に渡される。森本健司、彼が最後に優勝した大会も、賞金はなかった。マスターは純粋に勝利を目指し、名誉の刀を抜くのだ。

 

 

SURF MASTERとは誇りある生き方を伝え

SURF MASTERとは金銭に代えられない熱さを持つ。

SURF MASTERとは大きな波に静かに立ち向かい、

SURF MASTERとは純粋な目で見つめるサーファーだ。

 

浜辺に打ち寄せる波が彼らの存在を知れせ。崩れた波は風になり意心を継ぐ者にまた波を届ける。その波が証明書となり、その上に立つ者がまた次の生きた証しをするのだ。

砂つぶから生まれたものは砂つぶに、風から生まれたものは風に帰った、故に・・・

ISE LOCAL LOCATION

 

 


 

Special Thanks

 

 

志摩MASTERS

 

 

Mr MASTERS

森本健二氏。

 

 

最高で最強の仲間達に見送られ、

50代では無敗で旅立ちました。

健ちゃん…

 

 

貴方が作り上げた歴史を後輩達は、

語り受け継いでいく事でしょう。

もっと一緒にバカをしていたかった…

 

 

志摩LS実行委員委員長

岩本和樹

 

 

 

@南張2017.8.6 

 


 

おまけの動画

MASTERの定義とはなんだろう。

 

 

y_imura
yoshitugu imura。Otona Muster 兼 記者。サーファーからフォトグラファーに、海に持っていったギターでミュージシャン活動もする(波音&Ustreet )ドブロギター奏者。伊勢市在住。 この記者が登場する映像  

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