「にんじんとろとろ、どんな味のビールなんやろ?」
注ぐときれいな黄金色。ふわっとホップのトロピカルな香りが立つ。一口飲むと、ほんのりとにんじんを感じる気もする。何よりとても飲みやすくて、あっという間にビールがなくなってしまった。
他にもニヤリと笑みを浮かべるラッコがパッケージに描かれている「ヤンキーピルス」や、伊勢二見の塩を使った「海の記憶」など思わず手に取りたくなるようなビールばかり。これらを造っているのは、伊勢市のクラフトビール醸造所「ひみつビール」。
「ひみつって、大切な人に教えたくなるものじゃないですか」と話すのはブルワー(ビール醸造家)の藪木さん。美味しさの奥にひめられた秘密をこっそり教えていただきおました。
衝撃を受けたクラフトビールとの出会い
2022年に伊勢市出身のブルワーの藪木啓太(やぶきけいた)さんと佐々木基岐(ささきもとき)さんが立ち上げたひみつビール。二人は高校の同級生でもあります。
「昔から食や酒に関する仕事に興味があって、ブルワーを目指して進んでいたんですが一時期、国内の地ビールが立ち行かなくなる状況になって。日本でやっていくのは難しいのかなって思っていたんですが、BREWDOG(ブリュードッグ)のパンクIPAっていうビールに出会って、世の中にこんなにうまいビールがあるなんて!と衝撃を受けました」
※BREWDOG:スコットランドで創業したクラフトビールメーカー。ガレージで少量醸造し、手詰めしたクラフトビールを地域に販売するところから始まった。現在はグローバルに事業展開し、日本のスーパーやコンビニでも入手可能
※IPA:ビールのスタイルの一つで、ホップを大量に使用するため、ホップの香りや苦味を強く感じるビール |
「こんなに面白いビールがあるなら、まだまだ希望はあるはず!」とアクセルが全開になった二人。将来共にビールを造ることを目標に、それぞれ別のクラフトビールの醸造所で働き始めます。醸造経験を積み、ようやく地元伊勢市にひみつビールを開業したのです。
ひみつビールの秘密
一度聴いたら忘れられない「ひみつビール」という名前。まずは名前を覚えてほしいと、子どもからお年寄りまで誰にでもわかる名前にしたのだそう。
「僕らは2人だけでビールを造ってるから生産量も限られている。限定的であるからこそ、大事な人には教えたくなるビールを造りたいと思ったんです。例えば、不老長寿の薬があります。残り3つしか自分は持っていないとしたら、まずは親とか友達とか大事な人に渡しますよね。『これ秘密なんやけどあげるわ』って。そうやって大事な人から大事な人へ広まるといいなと思って、ひみつビールという名前にしました」
大切な誰かにあげたくなるビール。キュートなパッケージもそう思わせてくれるポイントの一つ。カラフルなパッケージには、「ひみつ」の指マークや、かわいいラッコのキャラクターが描かれています。
「僕ら2人とも美味しいビールを造る自信はあるんですけど、セールスには自信がなかったんですね。それでパッケージでも存在感を出そうと思って考えたのが、ラッコのキャラクターでした。三重県にゆかりのあるものや僕の好きなキャラクターとか適当に落書きしてたら、ラッコええやんって。ラッコって日本の水族館には3頭しかいなくて、そのうちの2頭が鳥羽水族館にいるんですよ。三重県をPRすることにも繋がるし、ちょうどいいなって思って」
そこで誕生したのがゆる〜い表情がかわいい、ひみつビールの応援キャラクター「ラッコちゃん」。商品デザインだけでなく、「KAWAUSOちょこん」「にんじんとろとろ」などビールのネーミングもユニークで、思わず手に取りたくなります。
「にんじんとろとろって聞いたら、なんか耳に残るじゃないですか。商品も横文字で英語の難しい名前よりも、日本語で誰もがわかる名前のほうが僕ららしいと思ったんですよ。それに僕らが造るビールはスタンダードなビールとはかけ離れたものが多いので、まずはこんなビールもあることを知ってもらえたらうれしいですね」
自分たちの手でつくる「ファームハウスエール」
パッケージやネーミングだけでなく、「ファームハウスエール」であることもひみつビールの特徴。ファームハウスエールとは、ビールのスタイルの一種。元々は農家の人が休憩中や仕事終わりに飲むために造られていたものなのだそう。
「僕ら的には仕事終わりや、仲間と集まって乾杯するようなシーンで気軽にごくごく飲めるビールだと、解釈して造っています。友達と楽しく飲めるビールを造りたくてブルワーを目指したという経緯もあるので、やっぱりその想いは大切にしたいんですよね」
さらに原料もできるだけ自分たちで育てようと、ハーブや穀物、果物を自家栽培。コリアンダーや柑橘をたっぷり使った「CITRUS GRISETTE(シトラスグリゼット)」や、自家栽培の新米コシヒカリを使った「米と麦」などさまざまなビールをリリースしています。
「僕は農学部出身でそもそも植物を育てるのがすごく好きなんです。最終的にはビールにするので、形とか大きさにはこだわらず、土地に合ってる作物を探して育てています。原料に使うものは、誰がどうやってつくったかわかる方が安全で安心。だから自分たちでできるものはつくりたいんですよね」
伊勢でビールを造る理由
藪木さんが伊勢に戻り、醸造所を始めてもうすぐ3年が経とうとしています。伊勢でビールを造りながらも、出荷先はほぼ首都圏。まだまだ地方ではクラフトビールが浸透しづらい状況でありながらも、地元でビールを造りたいと考えるのは、自分たちが「帰りたくても帰れない」経験をしたから。
「大学で農学や食品の勉強をして、いざ就職先を探そうと思ったら、三重県にはほとんどなかったんですよ。地元に帰りたくても仕事がない。これって結構やばいなって思ってて。ビールの醸造は別のところでもできるけど、地元に帰って働きたいと思う若者の選択肢を増やしたいという想いがあったからこそ、伊勢に醸造所を建てることにしました」
ひみつビールが掲げるのは「居場所を創るブルワリー」。今後は直営のブリューパブをつくったり、工場の規模を大きくして雇用を生み出したいと考えているそう。
「以前鎌倉で働いていたんですが、まちに面白い個人商店がたくさんあって賑わっていたんですよ。都内からわざわざ訪れる人もいるし、気に入った人が移住してくる。良い流れがあって、まちがどんどん面白くなっていく。だから僕らもビールを介してコミュニケーションが生まれて、面白い人たちが集まってくるまちを目指したいなって」
働く場所として、誰かと繋がれる場所として、まちのにぎわいを創出する場になりたいと話す藪木さん。そして、三重にもっとクラフトビールの文化を根付かせていきたいという想いも強く持っています。
「現在の出荷先はほとんど関東圏ですが、本当は三重県のお店にもっと出荷したいんです。でもまだまだクラフトビールに興味を持つ人が少ない。そのためにも、まずは『これは何だろう?』と飲みたくなるようなビールをたくさん造って、三重のビール文化を盛り上げていきたいですね」
ひみつビールのおいしさのヒミツが知りたい方は、ぜひ一度手にとってみてください。きっと誰かにこのヒミツ、教えたくなりますよ。
ひみつビールInstagram:https://www.instagram.com/himitsu_beer/
OTONAMIE×OSAKA記者。三重県津市(山の方)出身のフリーライター。18歳で三重を飛び出し、名古屋で12年美容師として働く。さらに新しい可能性を探して関西へ移住。現在は京都暮らし。様々な土地に住んだことで、昔は当たり前に感じていた三重の美しい自然豊かな景色をいとおしく感じるように。今の私にとってかけがえのない癒し。