はじめてこの店に来たのは、仕事で尾鷲に行ったとき。せっかく港町にいるのだから美味しい魚が食べたいと、尾鷲の友人に聞いたらここだった。次にこの店に連れてきてくれたのは、漁協の職員。そして今回も漁協の職員と訪れた。
魚にうるさい地元の人もおすすめする店、江戸っ子。カウンターと奥にはテーブル席、2階には宴会席があるらしい。
店を切り盛りするのは野間 凌さんと祖母の悦子さん。大阪の学校で料理を学んだ凌さんは、祖父が亡くなった後に二代目になった。
カウンターにはお年を召した恰幅のよい常連さん。ビールをグイッと飲み干し、あては刺身。美味しいとも、旨いとも言わずにつまんでいる。そんな港町の日常。
この日は撮影のロケで、夜中に津を出て早朝からベテランカメラマンや若手の映像クリエイターと共に、尾鷲や熊野など東紀州地域の山中を駆け回っていた。体力的にキツい仕事だったが「俺は仕事が終わったら江戸っ子に行く。江戸っ子に行く。江戸っ子に」と呪文のように心のなかで唱え、なんとか踏ん張った。
店に入ると集合時間より15分早く着いたという漁協職員。生ビールを片手に「おすすめは注文しといたから」と心強い言葉。付き出しをつまみながらビールを流し込む。
俺は江戸っ子にいるんだ。
疲れ切っていた意識が、みるみる回復するのを感じる。
尾鷲に来たなら、刺身を食べなければ話にならない。今は3月。東紀州名物の春ブリが採れ始める時期である。
刺し盛りが届くと目配せをし、迷うことなく春ブリをいただく。黒潮に揉まれて脂の乗った産地で食べる春ブリは、旨いとかまずいとか、そういう次元ではない。
震えるレベルだ。
残念ながら同席している動画クリエイターは刺身が苦手。いや、答志島トロさわら、あのりふぐ、伊勢まだいの刺身は、過去にロケで食べて感動していた(高級魚はイケる!?)。ならば尾鷲の春ブリはイケるのか?
「カツオみたいな味ですか?それは無理かも・・」
カツオに失礼ではないかと突っ込みたくなるが、すかさず漁協職員は
「ええから、喰ってみ。ええから」
とすすめる。
「めっちゃ旨いです!なんすか?これ!めっちゃ旨い!」
ちなみに若い彼は語彙力こそないが、映像を作らせたら大手企業も呻らせる実力派。
アジのなめろう、アヒージョと、酒が進めば会話も弾む。今日あったできごと、最近の尾鷲での話題。なつかしい共通の友人のこと。話は尽きることがない。
3月といえば同じく、東紀州の紀北町で採れる幻の牡蠣「渡利がき」のシーズンでもある。海水と淡水の間にある汽水域で育つ渡利がきは、牡蠣独特の雑味がなくクリアな味わい。
フライにすると熱が加わり、クリーミーな食感と旨味が凝縮される。
うん!旨い!
この日、店を予約したときに注文していたのが、こちらも尾鷲名物のガスエビ。足が早く、痛みやすいので地元以外ではあまり出回らない海老の一種。噛みしめると溢れる、甘エビのような甘味と濃厚な旨味。
やはり!旨い!
夜も更けてきて、そろそろ締めの時間。どの料理で締めようかとメニューを見る。「やっぱりあれやろ」と言わんばかりに、漁協職員はニヤニヤしている。そう、江戸っ子のたまごサンドを食べずにこの店を出るのはオススメできない。
ふんわり食感の大きめの出汁巻きと薄めのパン。たまごサンドの黄金比だと思う。
旨い!
会計をして店をでるとき、常連同士がカウンターで世間話をしながら刺身をつまんでいる。やはり美味しいとか、旨いとかは言わない。この美味しさのクオリティが港町の常識なのかと思うと、また尾鷲に行くのが愉しみになるのでした。
江戸っ子
尾鷲市栄町6−9
tel 0597-22-2666
IN https://www.instagram.com/edokkoowase
村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事