ホーム 09【その他】 「目玉とパーラーとアロエ」連載エッセイ【ハロー三重県】第30回

「目玉とパーラーとアロエ」連載エッセイ【ハロー三重県】第30回

3年ほど前。家族で京都へ行った。
三条通で食事をして、周辺を散策して、翌日は嵐山で川下りをした。
順当な感じのとても京都らしい観光コースを辿った1泊2日だった。

 

長女がやたらと「商店街に行きたい」と言うようになったのは京都旅行から帰ってからだと思う。少し持て余した休日や、お出かけの最中に「商店街に行きたいんだけど」と言うのだ。彼女は三重県で生まれ育って、車社会を生きている。なにか買い物をするときは車に乗って出かけて、駐車場にお行儀よく車を停めて、お店に入る。本屋さんへ出かければ本を買うし、スーパーへ行けば食品を買う。
たまに変化があるとすれば大型のショッピングモールへ行くときくらいだ。やはり車で行って、ドアをくぐってお店に入る。それが彼女の知るお買い物だった。
ところが、三条通りを歩いたら、うろうろ歩きながらいろんなお店が目に入る。気に入れば中に入って、何かを買うことができる。飽きたらまた店を出て、うろうろする。そのことがとても刺激的だったらしい。

 

「ねえ、三重には商店街はないの?」
ある日長女が訊いた。
「ないわけじゃないよ。あるし、車でよく通ってるところにもあるよ」「じゃあ行きたい」
「でも京都みたいなのをイメージしないでね。ちょっと、なんていうか趣が違う」
それでもいいから、行きたいと言うのでどおれ、と連れて行ったのが津市の「新町通り商店街」だった。それが今年の春ごろのこと。

近鉄津新町駅のそばのコインパーキングに車を停めて、いざ出発。

普段車で通る見慣れた道が、歩いてみると違う。いつもは景色に飲み込まれているあれそれが、急に立体感を持っているように目の前に立ち上がるよう。車窓から焦点が合っているのなんてコンビニくらいなのだと思い知る。店と店と店がようやくちゃんと見えて、手招きをしているみたいだった。

*

*歩き始めて少しして、古道具屋さんが現れた。
小さな小さなお店で、一家5人が入るなんて到底無理なほどの小さいお店だ。
まず私がお店に入って、子どもたちを順ぐりにひとりずつ招き入れる。待っている子どもたちはお店の前にずらりと並んだ商品を夫と一緒に見ていた。
ブリキのお弁当箱や古い民芸品を眺めたあと、古い児童書を3冊買った。長男が欲しがったものを1冊と、私が子どものころにテレビアニメで観たお話を1冊。そしてもう1冊、小学校の図書館で読んで、大好きだった吸血鬼のシリーズの本を1冊。
小学校中学年くらいの頃、そのシリーズに夢中になった時期があった。
海外の児童書で、確か人生で初めてラザニアという食べ物を知ったのもその本だった。
大人になってからもう一度その本が読みたくて探したことがあるのだけど、絶版になってしまったことにより中古本がインターネット上で定価の何倍もの値段で取引されていて諦めてしまった。
その本が、100円ほどで売られていた。
裏表紙に「公文式」と油性マジックで大きく書かれていたけれど、ちっとも構わない。こんなところで出会えて、そんなのまるでなにかの物語みたいでただ嬉しかった。

*

跳ねたり走ったりしながら子どもたちが歩く。「靴屋さんだ」、「これはカレー屋だ」、と言いながらただ歩く。
そうか長女はこれがしたかったのかとようやく気が付いた。
町が流れていろんな商店が見えて、ただそれだけなのだけど、思いのほかに刺激的で楽しい。

てくてく歩いているうちに、小さな手芸屋さんが見えた。
少し前のこと、長女が買ったヘアブラシについていた飾りが取れてしまった。ヘアブラシの背面にはお顔があしらわれていて、そのお顔についていた立体的な動く目玉がポロンと外れてしまったのだ。手作りのぬいぐるみなんかによくついているクルクル動く目玉なので、「手芸屋さんに行けば売っているよ」と落ち込む長女に話して慰めていた。
そうだ、目玉を買おう。ほんの200円ほどだったと思う。長女のヘアブラシについているのとまったく同じ目玉が売っていた。目玉と、店主のおじさんの手作りだという革小物のストラップを長女と末っ子が欲しがったので一緒に買った。
「おじさんの手作りだから世界にひとつだよ」と言われて、ロマンチストの長女は目を輝かせて早速肩から下げている鞄に括り付けていた。

*

誰も飽きる様子もないので、23号線のほうまでまだまだ歩いた。
どんどん歩いて松菱百貨店が見えたころ、小腹が減ったと子どもたち。その日はあいにく周辺のお店がなぜかもう店じまいをしていたので、松菱百貨店へ入って、お茶をすることにした。最上階にあるパーラーで大きなプリンアラモードとパフェをみんなで食べた。
「毎日これがいい」と長男と長女がにこにこしていて、大きすぎるパフェを末っ子が背伸びをして食べていて、おやつにしてはいささか痛い出費だと思いつつ、「かわいいので相殺」と思うなど。

催事場で北海道の物産展をやっていたので、昆布を削る実演販売に歓声を上げた後、夕飯に小籠包をいくつか買って松菱百貨店を後にした。
いろいろ見分して、おいしいものを食べて、片手にずっしりと小籠包を持って、なんだか旅行帰りのような不思議な気持ち。

*

帰路は1本北側の住宅の中をぶらぶらと歩いて帰った。大きく育ちすぎたアロエがぎゅんと道にせり出していて、子たちがしげしげと見ていた。

帰宅して、小籠包を焼いて夕飯を食べて、長男は買ってきた本を読んで、長女は目玉をヘアブラシに張り付けて、ああ、商店街へ行ったなぁ、という余韻とともに一日が終わった。

見慣れた町の見慣れた商店街をただまっすぐ歩いただけだったけれど、うんと遠くへ行ったような、懐かしい場所へ行ったような、不思議な後味だった。

次はあのお店でたこ焼きを食べて、あそこの雑貨屋さんにも入ってみたい。オープン前の看板が出ていたカフェがオープンしたら今度こそみんなでお茶をよう。まだまだいつかの楽しみを残して商店街散歩は終わった。

気候も良くなったことだしそろそろまた新町通り商店街へ散歩に行きたい。子どもたちにお小遣いを握らせて好きに買い物をさせるのも楽しいかもしれない。

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