ホーム 04【知る】 「異国の春巻き 」 連載エッセイ【ハロー三重県】第24回

「異国の春巻き 」 連載エッセイ【ハロー三重県】第24回

少し前のこと。

私がお仕事で日曜日に家を空けなくてはならないことがあって、夫と子どもたちがお留守番となった。

諸々を終えて、帰宅した午後15時半ごろ。自宅には猫しかいなかった。夫が神社で地区の行事があると言っていたと思い出して、足早に神社へ向かう。のだけど、神社はもう人がまばらになっていて、その場に残っていた数人が境内にぶら下がっていた垂れ幕のようなものを片付けているところだった。電話をかけれど、夫は出ず。

神社のあとは大抵公園を経由して帰る。もしかしたら公園にいるのかもしれない、と公園へ向かうとやはり子どもの声。
がするのだけど、見たこともないお姉さん2人がそばにいる。
うちの子によく似たよその子なのかもしれないね、よその親子かもね、と思ったんだけど、近づくほどにやはりそれはうちの子。あの丸い顔の男の子も、飛び切り少女趣味なワンピースを着た幼児も、背中を丸めて砂にお絵かきをしている小学生も、どう見てもよく知った我が子たちだった。

では、彼女たちはいったい誰なの。
我が子に付き添うそのお姉さんお二人は私と目が合うと、とても明るい笑顔で「こんにちは!」と言った。

子どもたちの話はこう。

「あのね、末っ子が泣いちゃってね、立ってたらね、どこにいくの?ってお姉さんが聞いてくれたからね、神社だよって言ったの。そしたら一緒に行っていい?って言ったからいいよ!って言ったの。パパも先に行ってていいよって言ったの」

とのことだった。
その日は夫が神社の行事に参加しなくてはならなくて、けれど私がお仕事だったために子どもたちも一緒に行く運びになったのだった。
ところが、末っ子が出がけに泣いて手こずってしまったらしく、途方に暮れた夫と泣き散らかす末っ子を置いて、やさしく声をかけてくれた近所の、だけど初対面の、お姉さんたちに長女と長男はついて行ったらしかった。
家族の防犯意識を今一度見直したいと思う。

*

マスクをしていたので気がつかなかったのだけれど、話してみると彼らの日本語は覚束ない。ようく見ると、マスクから出ている目元も堀が深く、長い睫毛が瞬いていた。
そこでようやく合点がいった。
ご近所に、海外からの研修生が暮らす寮のような場所がある。そこのお姉さんたちだったというわけ。

そして、肝心の夫はというと、神社での行事のあと、公民館での会議に参加しなくてはならず、子らを初対面のお姉さんたちに託して消えてしまったらしい。

そんなことってあるのか。あった。

研修生の彼らにお礼を言うと、にっこりと笑って長女を指し、「とってもかわいい」と言ってくれた。そして、長女もまた、彼女のほうを見てにっこりと笑った。
なにをして遊んでたの?と訊ねると、地面を指してお絵かきしてたと長女は言った。見ると、日本語と絵がいくらか並んでいて、なるほどこうして会話をしたり言葉を教え合ったりしていたのね、と思う。
しばらく私も一緒になってみんなで遊んでいると、研修生の彼女が子どもたちを指して、「うちに来てもいい?春巻きつくってあげたい」と言った。
どうやら、子どもたちをお家に招いて春巻きをご馳走したいということらしい。

初対面の、互いに正確な名前も知らない状況で、ご自宅にお邪魔する、ということだけれど、実を言うと私の防犯意識も見直されるべき緩さなので、ふたつ返事でついて行った。

異国の食べ物というのはいつだって魅惑的なもので、一度想像しまったらやはりどうしても食べたいのだ。

*

彼らの自宅にお邪魔すると、研修生は全部で4人。
そのうちのひとりは本来帰国しているはずだったらしいのだけど、このコロナ禍でなかなか帰国が叶わないらしい。
冷蔵庫には彼ら4人が睦まじく顔を寄せて、笑い合っている写真が貼られてあった。

母国の甘いお菓子を出してくれて、子どもたちと早速いただいく。
きな粉をぎゅっと固めたような甘くてほろほろとしたお菓子で、とてもおいしかった。やさしい甘さが癖になって、ついついもうひとつと手が出てしまう。「おいしくてつい食べちゃう」と言うと、「いっぱい食べて」と笑ってくれた。

日本に来たときのこと、仕事がとっても大変なこと、いつも行くスーパーのこと、自転車にたくさん乗るということ、毎朝4時に起きて日本語を勉強していること、いろんなことを話してくれた。
海外で暮らすことも、その国の言語を習得することも、ちっとも単純でも平坦でもないだろう。だけど、彼らのきゅっとまとまったその暮らしは、なんだかとっても満ちていて、一緒にいて、とても居心地がよかった。

うんうん、と話を聞く私の目の前、テーブルの向かいでは春巻きがどんどん巻かれていく。
その巻かれた春巻きを、キッチンに立つ誰かがさっと取って、油で揚げていく。彼らは時おり母国語で流暢に何かを話しては微笑み合ったり、時々声をあげて笑ったりしていた。

*

あっという間に熱々の春巻きができあがって、遠慮のない私たちはもりもりと食べた。子どもたちは3人とも話すのを忘れるほどいきおいよく食べていた。
私たちが普段食べる春巻きとはぜんぜん違うその春巻きは、確かに異国の味がして、そして当然おいしかった。

お腹がくちくなったころ、彼らのひとりが国の伝統衣装を見せてくれた。
「わあ」と歓声をあげるといったん部屋に引っ込んで、こんどはその衣装を着て現れた。
とっても素敵で、とっても眩しかった。そしてとても似合っていた。

*

お土産に春巻きをたくさんと、子どもたちにぬいぐるみをいくつかと、なんだか持ちきれないほどいろいろと頂いて、帰宅。
どれだけ遠慮しても、大丈夫!いいよ!と持たせてくれて、申し訳なくなるほど。

家に着いてもしばらく不思議な気持ちがした。
ご近所から帰宅しただけなのに、なんだかとっても遠くへ行って帰ってきたときみたいなふわふわした感じ。
歩いて数分のすぐそこに、異文化がぎゅっと詰まって、見たこともない食べ物を食べているという不思議。
そして、ひょんなきっかけで彼らと交じり合うことができて、なんだか遠くへ思いを馳せるようなそんな時間を過ごした不思議。
いくら私が田舎のうんと小さな町にいても、そうか世界はうんと広いのだった。異文化はすぐそこに、ドアを叩けばあるのかもしれないと思う日だった。

近いうち、お礼になにかおいしいものを差し入れしたいと思っている。

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