ホーム 01【食べに行く】 「私には大森屋がある」 連載エッセイ【ハロー三重県】第23回

「私には大森屋がある」 連載エッセイ【ハロー三重県】第23回

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どうにも疲れてなにもできないよ、という日がある。
そういう日のセーフティネットをみんなそれぞれ持っているんだろうか。

セーフティネットがあるだけで、心身の安定が全然違う。
今日はどうにも忙しくて身も心もぼろぼろだよ、と思ったその頭で「でも私にはセーフティネットがある」と思えば気力がぐんと湧いてくるというもの。

今日は私のマーベラスなセーフティネットのお話。

あるとっても疲れた日の夕方だった。
「今日はどこかへ食べに行こう」と言うと、「うどんがいい」と末っ子。末っ子のリクエストはいつだてうどん。
そして、事態をこじらせるのが好きな真ん中長男はうどんだって大好きなくせに「ラーメン」と言う。
どちらかに決めてよ、といくらお願いしたって双方もちろん譲らない。だったらもういいいよ、おうちで食べよう、と言えば嫌だと泣く。
こんな押し問答を今まで何度しただろう。

ああ、外食なんて提案しなきゃよかった、と思ってますます疲れるまでがだいたいセット。
でも疲れているときって、うっかり学習したことを忘れてしまうのだ。何度もこんな面倒な成り行きを繰り返す。

ただ、その日は違った。天啓が舞い降りたんだった。
そうだ、大森屋。大森屋へ行こう。

大森屋というのは、近鉄津新町駅のすぐ近くにあるごはんやさん。
古い店構えだけれど清潔で、お座敷があるし、駐車場もある。
それだけですでに子持ちのハートをつかむ要素を持っているのだけど、極めつけに大事なことを書こう。
うどんも、ラーメンもあるのだ。
大事なことなのでもう一度言うね。
うどんも、ラーメンもある。

子どもっていうのはどうしてこうも麺類が好きなんだろう。
なにが食べたいと聞けばだいたい麺類だし、もはや麺類さえ与えておけば平和な部分が大いにある。
うどん屋さんに行けば平穏だともいえるのだけど、生憎親のほうではうどんじゃなくて、せっかく外でお食事をするのならバチっとおいしいものを食べたい日というのがある。
いや、うどんもおいしいのだけど。でも、今日はお口がうどんじゃない日だってあるじゃない?
そして、面倒なことに、麺類は大きく派閥が分かれる。
子どもの場合はだいたい、うどん派かラーメン派。でもこの両方はなかなか相容れない。
ラーメン屋さんにうどんはないし、うどん屋さんにラーメンはない。

そう、ここで大森屋が登場する。
うどんも、ラーメンもある大森屋である。
そして、さらに付け加えるなら、大森屋には「なんでもある」のだった。

*

丼物と呼ばれるものはひと揃えある。
卵丼だって他人丼だってある。
焼きめしだって、カレーだってハヤシライスだって、ある。
オムライスも、焼きそばもあるし、定食だって各種ある。

ちょっと余談を挟むのだけど、三重県内においてエビフライってどこへ行ってもあるから驚いている。私はエビフライがとても好きなので至る所でエビフライを食べることができてとっても嬉しい(大森屋にも当然ある)。

大森屋には前述したとおりうどんがあって、そのうどんのラインナップがすごい。この世にこんなにうどんって存在したのね、とメニューを見て驚いてしまう。
もちろん天ぷらうどんも、月見うどんも当然あって、あとは肉うどんさえあればいいじゃない、とつい思いそうなところを大森屋のホスピタリティが追いかけてくる。
卵でとじてもくれるし、望むなら天ぷらだって一緒に卵でとじちゃうのが大森屋精神。

ラーメンも中華そばと五目中華があって、その日は五目中華をチョイス。
外食で感じがちな罪悪感を五目の具材が払拭してくれる。

うどんがあるならそばがあるのは想像に難くないだろう。
大森屋のおもてなしはそんなものでは終わらない。
冷や麦。冷や麦がある。
冷や麦を外食で食べたことがあるだろうか。私はない。

「これなんて読むの?」

長女がメニューを指したのはまごうかたなき冷や麦だった。

ひやむぎだよ、と冷や麦について説明をすると、未知のものを食べたがる長女は迷わず冷や麦を選んでいた。

もちろん、うどん希望の長男はうどんを(確か月見うどんだったと思う)選んでおり、夫は親子丼と小うどんのセットを頼んでいた。

私はエビフライ定食と迷ったのだけど、どんないきさつだったかオムライスにした。

*

さて、こんなにあれこれといろんなものを注文して、厨房は混乱しないかと不安になる。
ラーメンの五目を炒めたり、うどんと中華麺と冷や麦を茹でたりしながらチキンライスを卵で包み、親子丼をつくるということ。
厨房から見える影はふたつ。ひとつはおじいちゃんで、もうおひとりの男性はお運びに忙しそうだった。

おじいちゃんひとりに負担をお掛けしたオーダーでは、と厨房の対角線上に座っていた私は胸がざわざわした。

もちろんそんなことは杞憂だったのだけど。

まるでファストフードかと思うような早さで熱々のお料理が次々と運ばれてきて、子どもたちが退屈する暇もなかった。
その鮮やかすぎるパパフォーマンスに夫と小さく歓声をあげた。
子連れの外食の最大の敵は待ち時間でもある。
とにかく待てない彼らは退屈すればグズグズいうし、あげくの果てに「まだー?」とこちらに訊ねてくる。そしてその声はだいたい大きい。

*

このオムライスを見ほしい。
この真ん丸のフォルム。かわいらしい、ふくふくとしたオムライス。愛しささえ感じる。
添えられた紅ショウガも愛嬌があってとってもいい。

各々、素晴らしい食欲でもりもりと無言で食べて、長女と長男に関しては大人の一人前をぺろりと平らげた。
長女はこの日生まれて初めて食べた冷や麦に、随分と感激していた。とってもおいしかったらしく、その日以来、「大森屋」と単語が出れば「冷や麦また食べたいな」と言っている。

我が家にとって、大森屋は太いセーフティネットだ。
長男の入園式の帰り、なんだかどっと疲れたあの日に立ち寄ったのも大森屋だったし、夫が多忙で家を空けがちだった日に子どもたちと訪れたのも大森屋だった。
私たちには大森屋がある、その事実が心をうんと強くする。

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