ホーム 02【遊びに行く】 「お魚釣りで天上を」 連載エッセイ【ハロー三重県】第22回

「お魚釣りで天上を」 連載エッセイ【ハロー三重県】第22回

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秋ごろ、魚釣りをしようと思い立って、心を整えているうちに冬が深まってしまった。
気がついたら、ものすごく冬になっている。
ものすごく冬になってはいるけれど、ちょうどよく心が整ってしまったので、いざ釣りに行くことにした。
真冬に水場へ出かけるというのは冷静になると、ちょっと信じられない感じがあるんだけれど、心が整ったとなればそうも言っていられないのだ。
心が整うっていうのは、そのくらい重要なこと。

*

まず、前日に近場の釣り道具屋さんで釣りの道具を買いに行った。
なんと言っても私も夫も釣りにはちっとも明るくないので、道具なんて何ひとつ持っていない。
釣り竿はもちろん、それに付随するいろんなあれこれを買った。
なぜか子どもたちにねだられて、セールになっていたルアーも一人ひとつ買わされてしまった。ルアーはとっても色がきれいで、見ているだけでうふふとなる。使い方がみじんも分からないのだけど、ひとつでもうふふとなれるものがあればおでかけはより楽しいものね。

子供用の釣り竿って思っていたよりうんと安価でコンパクトだった。知っていたらもっと早く釣りへの心が整ったかもしれない。
1本1500円ほどだった。

さて買うものは買ったけれども、どこへ釣りに行けばいいのかさっぱり分からない。家の近所の川なのか、海水浴場なのか、それとも、漁港なのか、はたまた釣り堀なのか、北なのか南なのか、分からないにもほどがあるほど分からなかった。
インターネットで検索をして、あれこれ調べるんだけれど、より近いほうがいい気もするし、「初心者におススメ!」と書いてあるところがいい気もする。そもそも私は最初に釣り少年にあった賢島の船着き場で釣りデビューをキメようと思っていたのに、うっかり検索なんてし始めたからいけないのだ。検索は深みにはまる第一歩。あ、一句読んじゃった。

*

それでもどうにか落としどころを見つけて、鈴鹿の白子漁港へ行った。
柵がついた桟橋がある、というのがよい気がした。
こちらは小さい子どもが3人もいるので、ひとりに気を取られているうちにひとりが足を踏み外して海へダイブ、なんてくっきりと想像できてしまう。
安全で、それなりに近いともなれば、なんだかよい場所のように思えたのだ。

当たり前のことを言って叱られそうなのだけれど、1月の海は寒かった。
知っているつもりだったけれど、寒かった。
釣りは待つもの、というのはマグロ漁のテレビ特番が好きな息子の影響でよく知っていたし、待つのは苦手ではないと思っていたし、覚悟はしていたんだけれど、うっかり、そこに寒さを加味することを忘れていた。

寒い中で待つっていうのは、ちっともよくない。

ただじれったくて退屈だった。だって寒いんだもの。あったかいお部屋のことばかり考えてしまうし、あったかい飲み物のことばかり考えてしまう。
待つ時間を愉しもうと、道中で買ってきた、おにぎりせんべいとみかんグミは一瞬で底をついて、食べるものがなくなった後は、茫漠と過ごした。
つまり、魚はいっこうに釣れなかった。

夫と息子はしぶとく粘っていたんだけれど、私と長女と次女はそそくさと車へ戻って暖を取り、からだが温まったらその辺をうろうろして過ごした。
そして、うろうろしていてもそのうち飽きるので、まばらな釣り客に話しかけたりもした。

「釣れますか」
「いえ、まったく」

「釣れますか」
「いえ、全然」

どうやらみんな連れないらしく、へへと苦笑いをしたあと適当に談笑してお互いに暇をつぶした。
おひとりだけ、如意棒(にょいぼう)みたいな長い長い釣り竿を持ったおじさんがいて、彼だけは大物を釣っていた。
我が家はけっきょく一匹も釣れなかったんだけれど、子どもたちはおじさんの大物のお魚を見せてもらい、とても楽しそうだった。

*

後日、知人に、この日の話をしたら、「冬は釣れないよ」と返事が返ってきた。
なあんだ、そうなんだな。

秋頃に釣りに行こうかしらと思い至ってね、と言うと「じゃあ、秋に行かないと。秋はすごく釣れるのに」と言われた。心を整えている間に、釣りの時期が過ぎてしまっていたらしい。
彼女曰く、秋頃、志摩のあたりで釣りをした際にはじゃんじゃん釣れたということだった。
まじか。

では、あのタイミングで善は急げと賢島へ釣り竿を持って行くべきだったんだ。とはいえ、しつこいようだけれど心が整わないことには行けないわけで、仕方がないのだ。
レジャーとか行楽に縁が遠い人生なので、野外での活動にはそれ相応の心の準備が必要で、それは不便なことではなあるけれど、避けて通ることもできないのだから、繰り返すようだけれど、仕方がない。

因みに、その彼女、県内の海辺の育ちらしく、小さいころから釣りを嗜んだらしい。船に乗ってイカや魚を釣ったりもしたと言っていた。
日に焼けた彼女が海の上で生き生きとイカを釣り上げる様子を想像して、小さく感動してしまった。
彼女の身体には食べ物を自ら得るという経験が、刻まれていて、なんだかものすごく丈夫だな、と思った。

私は北国の、しかも町の育ちなので、そういう食べ物を得る豊かさみたいなものを目の当たりにするとなんだか天上を感じてしまう癖がある。
だって、手を伸ばせば食べ物が必要な分以上にそこにあるって、とっても楽園的な感じがしませんか。

*

話が逸れてしまったけれど、そんなふうに、我が家の初めての釣りは収穫ゼロで終わってしまった。
彼女が言うところには、春にはまたよく釣れるということらしいので、暖かくなったらぜひまた海へ出て、魚を釣りたい。
そして、できれば釣れた魚のいくつかは調理して食べたい。
少し天上を感じられるかもしれない。

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