ホーム 02【遊びに行く】 連載エッセイ【ハロー三重県】第13回「楽しいことをいくらでも」

連載エッセイ【ハロー三重県】第13回「楽しいことをいくらでも」

三重県に越してきてはじめての春、なんて桜が好きな街なんだろう、と思った。

春になると、そこかしこで桜が咲き乱れる。

ちょっとした公園に行けばもちろん咲いてあるし、道を歩けば桜、こんなところ誰が通るんだろう、と思うような人通りのない小道にも桜。川べりに行けばまた、桜。ちょっとした広場があれば当然のように、隅には桜。
津市から南部に向かって高速道路を走れば、息をのむほどの桜並木。初めて桜吹雪の中を走ったときはあまりの幻想的な光景に、思わず感嘆の声が漏れた。

春の三重県は目に鮮やかだ。抜けるような青い空に、淡い桃色が舞う。三重県は風が強いので、桜吹雪も豪快だ。

今年の春はずっと家にいた。

まず、長女が休校になり、緩やかに自粛生活が始まった。
そのうち幼稚園に通う下のふたりが春休みに突入しても、依然、テレビをつければため息が出るようなニュースばかりだった。桜がほころび始めても、お花見の準備をして出かけるなんて、とうてい考えられなかった。

*

春休みのある日、子どもたちとふらりと訪れた公園で、まるで待っていたみたいに、大きな桜の木が満開の花を咲かせていた。
ああ、そうだった。この街はわざわざ名所なんて訪れなくてもこうして、立派な桜が咲いているんだったと思い出す。

私の目には、三重県の人は楽しむことがとても上手に映る。
主語を大きくするのは、少々乱暴だとは思うのだけど、出会った人たち、園や学校の行事、職場、いろんなところで感じてきた。
そうか、楽しいことを楽しむってこういうことだ、と何度も思った。

それは、三重に越してきてから10年間ずっと変わらない。
みんな楽しいことが大好きで、楽しいことをきちんと正面から楽しんでいる。
その立派な桜の下で、ペットボトルのお茶を飲みながら、いつか誰かが植えたであろう桜がとてもまぶしかった。全然、特別じゃない、そのちいさな公園にもきちんと春の愉しみを用意した誰かがいたのだ。
なんだかとっても三重県らしいな、と思った。

*

春休みの間は少し大きな公園や海辺へ遊びに行ったりしていたのだけど、緊急事態宣言とともに、そういうわけにもいかなくなった。

私は食材の買い出し以外の外出を控えて、子どもたちは庭と家の中を行ったり来たりしている。たまに近所を散歩したりするけれど、都市部のようにわざわざ人気の少ない時間を選ばずとも、ほとんど人が歩いていないのでありがたい。そもそもの人口密度が知れているから。

そういえば、三重に越してきたときは歩行者の少なさにびっくりしたのだったよね、とこの自粛生活で思い出した。車はびゅんびゅん走っているけれど、歩道を歩いている人がほとんどいなくて、テレビアニメで見た未来都市みたいだ、と驚いた。

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お散歩以外にこれと言った楽しみがないので、最近は食べることに専心している。少しだけいい食材を買ったり、少しだけいい調味料を買ったりするだけで、家の中がぱっと華やぐ気がする。
このお籠り暮らしで、お肉の朝日屋さんデビューを果たした。
立派に大人の階段を駆け上がっている。
揚げる前の唐揚げを買うという初心者コースから始まって、塊肉を買ってローストビーフをつくるというところまで成長した。

どちらも目を見開くほどおいしくて、こんな近くに、まだ知らない嗜みがあったのね、と感激している。

あと、夫と相談して、週に一度は気に入りの店でテイクアウトを利用することにした。
おいしい飲食店がほんとうにたくさんあるのに、お邪魔することができないから少しでも応援したい。お財布の許す範囲で、できる限り利用している。

実際、子どもが小さいと外食ってほんとうに大儀で、こんなときでなくてもつい、避けてしまうところってあるから、おうちでおいしいご馳走が食べられるこのきっかけは、皮肉なことに有難くもある。

お腹が膨れた子どもたちは、好き勝手に遊んで、大人はゆっくりご馳走を頂いている。これもまた、こんな嗜みがあったんだ、と開眼した。

粛々と暮らしているけれど、庭では新芽が芽吹いて、きちんと春は深まっていく。淡々とした暮らしの中で、日々の営みは変わらずあって、ちゃんと向き合えば楽しみを教えてくれる。

先が見えない毎日だから、季節の移ろいと日々を楽しむことが拠りどころだ。
花を摘んで、散歩をして、おいしいものを食べて、いつか子どもたちが大きくなった時に、「なんだかよく分からないけど、すごく楽しかった濃密な日々があった」と思ってほしい。この、ほの暗い世界を塗りつぶすくらい、楽しいことで埋め尽くしたい。
そして、いつか、あの公園に桜を植えた誰かみたいに、暮らしに愉しみを添える誰かになってほしい。
楽しいことを素直に楽しむことは、いつだって心を丈夫にする。

*

夏が来る頃には、もっと明るい話や、くだらない話がうんと溢れているといいと思う。
三重県には海も山も川も、遊園地だってたくさんある。
多度峡の天然プールにも行ってみたいし、赤目四十八滝も散策したい。志摩の海で海水浴もしたいし、大好きなスペイン村にもまた、何回でも行きたい。
馬鹿みたいにはしゃげる夏が、いつもと同じようにやってきますように。

楽しいことをたくさんしたい。

 

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