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連載エッセイ【ハロー三重県】第12回「忍者になりたい」

3年くらい前 、ふらりと伊賀へ遊びに行った。
確か、その日はGWのど真ん中で、まだ末っ子が産まれて間もなかったことから連休だと言うのに、これと言った予定をなにも組んでおらず、家族で暇を持て余していた。
けれど、連日暇を持て余すとなると当然、子どもたちは退屈もするし文句も言う。まだ首も座らない赤ん坊を連れてどこに行くのも億劫で、適当にあしらっていた私たちも、ようやく重い腰を上げたのだった。

「よし、伊賀に行こう」

なにを思ったのだろう。なぜだか漠然と「山に向かって走りたい」と脳裏に浮かんでいた。県内の山側に行こう、そうだ伊賀に行こう、よく分からない思考回路だけれど、その日の私は、どうやらそんな気分だったのだ。
たまたま自宅にあった、春の観光マップらしきものを見ると、伊賀では忍者遊びができるとあった。そうか、伊賀と言えば忍者。
三重にはまだまだ噛み応えのある観光地がたくさんある。これだと閃いたらもう行くしかない。そうだそうだ、伊賀に行こう。
産後の女性は思い付きで行動をしがち。

それまで、伊賀市街には知人との待ち合わせくらいでしか降り立ったことがなかったので、そうと決まると心が躍った。
その当時でもう三重に住んで8年ほど経っていて、すでにあちこち巡ったつもりでいたけれど、まだまだ知らない遊ぶ場所があるらしいことにうきうきした。

*

伊賀に降り立つと、GW只中ということもあって、ずいぶんと賑わっていた。
人通りも多く、賑々しいのはもちろんなのだけど、そこかしこに忍者がいるのである。
忍者がひとり、またひとり、行き過ぎていった。どの子もこの子もみんな一様に忍者だった。ピンクの忍者に、青い忍者。まだ車を降りる前から子どもたちは窓から見る忍者に歓声を上げて興奮していた。
これはもう、子達に忍者衣装を着せるフラグでしかない。伊賀上野駅前の駐車場に車を停めて、駐車場の係員さんに、衣装を着るにはどうしたらいいか訊ねると、係員さんは、駅からすぐのビルで衣装が借りられると教えてくれ、おまけに折り紙で作ったカラフルな手裏剣までくれた。かわいいし、やさしい。

私は産後でテンションが少しアレな感じだったので、なんだかこの時点でものすごく楽しくなってしまって、生後間もない赤子をスリングに入れて抱いているという体たらくだのに、どうしても忍者の衣装が着たくなってしまった。子どもたちのみならず、自分の分も申込用紙にはっきりと記入し、もちろん、夫にも着るように言った。産後のテンションを侮ってはいけない。

生後二か月の末っ子以外はめでたくサイズの用意があり、家族四人で忍者の衣装を着た。

この時、息子は間もなく三歳というところだったのだけど、彼の仕上がり具合がなんていうか、とてもよかった。あれから三年が経とうとしているけれど、折に触れては思い出して、笑みがこぼれてしまう。
夫と着替えを済ませて登場した息子の表情が、完全に忍者のそれだった。
自分の中にわずかにあった凛々しさのかけらを寄せ集めました、みたいな急ごしらえの表情がなんとも言えないかわいさだった。口を堅く引き結んで、鋭い目線でこちらを見ていた。
カメラを向ければ、生まれつきの忍者みたいな顔をしてポーズをとってくれた。ただし、まだ幼いほっぺがぷっくりと下膨れていて、それが忍者の頭巾からこぼれそうにぷるんとはみ出していて、そのアンバランンスがかわいいと可笑しいの妙で永遠に見ていられると思った。

伊賀の町に出るとあちこちでイベントをやっていてますます高揚した。手裏剣を投げたり、壁を登ったりと忍者らしい遊びの仕掛けがたくさんあって、とても暑い日だったのだけど、終始楽しくて愉快だった。途中、食べたかき氷もとてもおいしかった。

たっぷり遊んで、帰りに同じく伊賀にある、さるびの温泉に寄って汗を流して、食事をして帰宅した。充実の一日。

*

さて、息子はこの日を境にやたらと「忍者」と発するようになり、百円ショップで手裏剣をねだったかと思えば、リュックサックを新調する段になって、びっしりと細かな忍者が並んだ、忍者柄(あるんですよ)を選んだりした。去年の夏なんて、「忍者の服を買っといて」と無理難題をふっかけてきて見つけるのに難儀した。めでたく忍者プリントのティシャツが見つかったので購入したはよかったけど、ひと夏の間にその服ばかり着るので、夏が終わる頃にはびっくりするほどクタクタになった。

あの日のインパクトは間もなく三年経とうとしている今も、息子の中に脈々と息づいているらしい。
だって、三月半ばの今日現在でさえ、今目の前で息子は忍者のティシャツ(半袖)を着ている。

去年の夏休みにも、そんな忍者熱が高まりまくった息子を連れて伊賀へ行っていた。そのときは伊賀上野城近くのだんじり会館で忍者の衣装を借りて、忍者屋敷を見学した。
前回はまだスリングの中だった末っ子も二歳を迎えており、忍者ショーをみてくぎ付けになっていてとてもよかった。慎重な性格が邪魔をして忍者服を着てもらうことはできなかったけれど、忍者のポーズをして「にんにん」と言う最高の萌えを披露してくれたのでよしとする。
もう少しあたたかくなったら、また伊賀に遊びに行って、ぜひ今度は五人で忍者になりたい。
けっきょくのところ認めてしまうと、産後とか関係なくやっぱり着たいっていう。ね。

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