南北に長い三重県は西側に山脈が連なり東側は海に面する。三重県南部は木の国紀伊半島の森がリアス海岸近くまで広がり、自然が織り成すダイナミックな景観を望む。
養分を含んだ水は山から野に流れて多様な農作物などを育て、海に流れ付き食物連鎖を作る。秋に実った稲穂は日本酒になり、冬の海には緑の絨毯が広がり、春にはアオサとして出荷される。
食材の宝庫とも称される三重県。その中で食に携わる様々な事業者との関係を深めながら養豚も行われている。それぞれの地域の特色を活かし、酒粕やアオサなどを配合した独自の飼料を給餌するなど創意と工夫を重ねながら豚を育てている。
そんな三重県の各地では多くのブランド化された豚肉があり、その数18種類。三重の養豚業は今も進化を続けており、その取組の一つとして新しく個々の養豚業者や業界の垣根を越えた、さくらポークの地域ブランド化が行われていると聞いた。
まずはさくらポークを飼育する菰野町の佐藤ピッグファームへ向かった。
ーー毎日の仕事が結果に出る。
出迎えてくれたのは佐藤ピッグファームの3代目代表取締役の佐藤大介さん。養豚業を軸に精肉販売店や飲食店など、六次化の事業展開も行っている。佐藤さんは養豚家の息子として育った過去を振り返る。
佐藤さん:両親は365日休みなし。朝6時から夜8時まで働き詰めでした。あんなえらい(しんどい)仕事はないなと。憧れはなかったですね。
そう話す佐藤さんは家業に入る前にアメリカで2年間養豚を学んだ。そこで衝撃を受けたという。
佐藤さん:アメリカの養豚は日本より30年先を行ってました。豚から出る堆肥をエサになるトウモロコシなどの肥料にするところまで一環で行う循環型農業でした。そして余ったエサは日本などに輸出している。「勝てんな」と思いました。
そこで見た養豚は、徹底した生産性の追求だと教えてくれた。データ管理や最新の機械を導入し労働時間も短く週休二日制。
佐藤さん:それが、かっこよく見えたんです。
佐藤ピッグファームは現在は週休二日制。子豚の出生から出荷まで一貫管理体制だ。エサも先代から引き継いだデータを基に独自配合を行っている。厳選されたメスのみに、地元産茶葉や酒粕をブレンドしたエサ、ミネラル分の多い天然水で育てる自社オリジナルブランド、菰錦豚(こもきんとん)も生産。出荷先のレストランからも好評だ。
佐藤さん:やったらやった分だけ毎日の仕事が結果に出る。この仕事はおもしろいです。
そんな生産者の佐藤さんに、さくらポークの特徴を聞いた。
佐藤さん:エサに動物性タンパク質は使わず、加熱処理をした植物性タンパク質を使っています。そうすることで豚もエサを消化しやすい。そして灰汁が出にくい安定した良質の肉になります。
こういった飼育のやり方は、さくらポークを育てる畜産仲間とも共有し、毎月勉強会を開いている。そのグループの名は四P会。
佐藤さん:四P会で集まって食味したり飼育のノウハウを共有しています。メンバーでアメリカへ養豚の視察にもいきました。「日本の養豚なら何ができるのか」なども話し合っています。
今回、さくらポークのブランドづくりを行っているのも四P会のメンバーだ。現在はメンバーがそれぞれにさくらポークを生産して、それぞれの銘柄で卸している。しかし今回のブランド化は、メンバーが同じ系統の豚や同じエサ、肥育期間も揃えてさくらポークを作り、安定した豚肉の出荷量を確保することで、みんなで新たなブランドを作ろうとしている。
佐藤さん:養豚の基本は「安定」なんです。ブランド和牛のように高級ブランド豚肉を作ることもできます。でも、やっぱり豚肉というのは家庭にある食材なので量が必要です。そう考えると豚肉の場合、良質と呼べる条件は「定時・定量」です。家庭から三重のさくらポークファンを作って20年、30年先のことを考えないと、養豚業界の魅力的なシフトチェンジとはいえません。今がよければいい、ではないんです。
家庭のこと、そして未来のことも考えて行動する生産者がいることに、いち消費者として嬉しい気持ちになった。
続いて、佐藤さんと志をともにする四P会の仲間、ポークプラザ松葉に向かった。
ーーこれからの時代のブランディング
菰野町のとなり、いなべ市にあるポークプラザ松葉は、養豚業を営む松葉ピッグファームが運営するさくらポークの直売所。今は四P会のメンバーが育てたさくらポークも販売している。
会社は三兄弟が中心となり経営。次男の松葉泰幸さん(代表取締役)と三男の幸登さん(取締役)が生産を手がけ、長男の崇道さん(専務取締役)が営業や販売を担当。次男の泰幸さんと三男の幸登さんに生産者としてのさくらポークについて聞いた。
泰幸さん:日本の豚肉は約7割がさくらポークと同じ三元豚系統です。美味しい豚肉になる豚を育てるには、系統6割、エサ2割、水1割、あとは愛情1割です。
幸登さん:個人的な見解ですが、外国産系統の豚肉に比べてさくらポークは臭いが少なく脂があっさりしていると思います。
それにしても三兄弟で後を継ぐとは、頼もしさを感じる。どのような経緯で家業に入ったのだろう。
幸登さん:高校・大学とゴルフをしていました。その後も数年続けていたのですが、父にひと言かけてもらい就農。10年くらいこの仕事をしてきて魅力的に感じてきました。
次男の泰幸さんが社長を継ぎ、長男の崇道さんは都会で不動産業界で働いたあとUターンして家業に入った。
崇道さん:私の販売や営業の仕事は、この二人がいなければ何もできません。生き物を育てて肉にして、その魅力を伝えて行く事は大事だと思うんです。
そう語る崇道さんは、取引先でもある洋食屋Sakuraと一緒に料理教室や子ども向けのウインナー作りのワークショップも行うなど、地域との繋がりを大切にしている。
崇道さん:地元でこんな食材があって、おいしい料理を作れる喜びを子どもにも感じて欲しいです。大きくなったときに覚えていてくれれば、将来的に地域の魅力を語ってくれるかも知れない。あと、弟二人がどんなに苦労して豚を育てているのか、イベントなどの機会を通じて知って欲しいです。
弟思いの兄、崇道さんは四P会でさくらポークを育てる仲間のことも大切に思っている。現在、新たなさくらポークのブランド化には佐藤ピッグファーム、松葉ピッグファーム、クボタピッグファーム、ヤマザキファーム、P.B.S、山口ピッグファーム、小林ファーム、あがたファームが中心となってブランド化の予定だ。しかし同業者であり競合者でもある。仲間内で揉めることはないのだろうか?
泰幸さん:揉めることはないです。四P会は親世代が作ったのですが、それぞれのおやっさん世代が本当にすごい人たちで。ブランド化に参加する養豚家の規模は様々です。さくらポークに使うエサはどの養豚家でも同じもので、価格も一律です。多くエサを仕入れるからといって安くして欲しいなどの声は上がっていません。
ブランド化には肉屋や精肉卸しの会社も参加予定だ。
崇道さん:生産者だけでなく販売店である肉屋なども、みんなでブランド化しないと効果はないと思うんです。価格やさくらポークの銘柄がバラバラだと消費者が混乱します。あと消費者目線で考えると、安定した品質の豚肉を常に一定量の供給ができることが大切だと考えています。
私事で恐縮だが、地域ブランドなどの取材をさせてもらう機会がある。それは商品に限らず地域自体をブランディングしていくことも含めて。止まることのない時代の流れのなか、日本は地方創生時代に入った。地方において、重要なことは地域のみんなで新しい価値を作っていくこと。そしてそれ自体がブランディングだと感じている。どこかの誰かだけが他を押しのけてトップに上り詰めるという一昔前のブランディングは、人口減少社会がやってくるこの国における最適解とは思えない。三重のさくらポークブランド化を知り、これからの時代の新しい価値観に触れた気がした。
次の取材先に向かおうとしたとき、崇道さんは何かを伝え忘れたように話してくれた。
崇道さん:食育もブランディングも、すべてにおいて美味しくなければ意味がないです。
続いて料理人の視点からは、さくらポークをどう捉えているのかを取材した。
ーー地域が紡ぐ新しい物語
同市にある洋食屋Sakuraは、ポークプラザ松葉から豚肉を仕入れている。
店に入ると厨房では若き料理長 服部真平さんが料理に腕を振るっていた。料理人歴17年の服部さんは県内9軒のイタリアンやフレンチの店などで修行した経験を持つ。さくらポークはどのような特徴があるのだろう。
服部さん:加工したての豚肉を、その日のうちにその日の分だけ届けてくれるので鮮度がいいですね。肉質は柔らかくて瑞々しい。さらっとした脂が料理に上手く調和されていきます。だからシンプルな調理法で旨味を引き出せます。新鮮な魚と原理は同じです。エサが違うのかな?
前菜やメイン料理に添えられているソースは、鶏ではなく豚肉のレバー。
服部さん:他の店で働いていたときは鶏のレバーが多かったんですが、ここでは新鮮な豚が使えるので。あと私の料理スタイルはイタリアンやフレンチという枠にとらわれず、地元でとれた食材に合わせてジャンルを選んで作ることです。なので生産者と直接話ができ、食材に関する知識を得られるのはありがたいです。
都会の著名な料理人は地方まで食材を求めて出向くことも多いなか、食材に恵まれた三重県で料理を作れる環境にあるというのは地方の料理人としてどう感じているのだろう。
服部さん:産地であることは完全に武器です。生産者との信頼関係があり、それを料理に上手く生かすことができます。
服部さんは最後に自分の仕事について教えてくれた。
服部さん:生産者が食材については一番わかっています。だからそれに合った料理をすればいい。それが私の料理人としての仕事です。
ローカルガストロノミーという言葉が料理界に定着しつつある現代、生産者と料理人が繋がり、地域の魅力を食を通じて伝えていくことが注目されている。日本の地方と呼ばれる田舎において、何の食材もとれない場所は少ない。地域が生産量日本一を誇るのもいいが、地域がしっかり繋がることで奏でる一皿の魅力には、何物にも代えがたい口幸感を覚える。
三重県各地にあるブランド豚肉の生産者と現地の料理人が繋がることができたなら、地域性を感じる新たな肉料理の魅力ができ、地域が紡ぐ物語が未来のブランドになる可能性を感じた。そして人はいくら論理や知識を並べられても、美味しい一皿の説得力にはかなわない。さくらポークのメインディッシュを口に運んだとき「美味しくなくては意味がない」と話していた生産者の言葉の意味が、ようやく理解できた気がした。
あなたが暮らす地域の「三重のブランド豚肉」を知って食べよう!
さくらポーク
生産地域:菰野町、いなべ市、四日市市、亀山市、鈴鹿市、津市
こだわりや特徴:飼料は良質な植物性原料を使用し、加熱して給与することで殺菌、消化しやすくしています。また、鈴鹿山麓と養老山麓のおいしい空気と良質な自然水を与えて育てています。
三重クリーンポーク
生産地域:菰野町、亀山市
こだわりや特徴:生産者が同じ三元豚を育て、統一した独自配合飼料を食べさせることによって「三重クリーンポーク」を生産しています。
伊勢うまし豚
生産地域:四日市市、亀山市、津市、松阪市、玉城町、伊勢市
こだわりや特徴:「木酢酸」、「アマニ油」三重県産の柑橘である「新姫」の皮を与えることで、豚肉特有の臭みが抑えられ、豊かなうまみとコク、香りを味わえる肉質となっています。
菰錦豚
生産地域:菰野町
こだわりや特徴:酒粕・おからを加えた自社オリジナル指定配合の飼料を食べさせています。肉質が締まり、味が最もおいしくなるタイミングまで育ててます。
夢美豚
生産地域:四日市市
こだわりや特徴:四日市畜産公社へ出荷する生産者によって構成されている四P会の一員として統一した飼料で育てています。
幻泉山﨑豚
生産地域:鈴鹿市
こだわりや特徴:豚に温泉水を飲ませて育てています。
作豚(ZAKUBUTA)
生産地域:鈴鹿市
こだわりや特徴:幻泉山﨑豚の中でえりすぐりの豚にだけ、日本酒・作の酒粕を食べさせて育てています。
心からありが豚
生産地域:鈴鹿市
こだわりや特徴:鈴鹿山麓の天然水を飲ませ、HACCP・JGAP認証を取得した飼養管理のもと、病気になりにくい健康な豚を育てています。
伊勢美稲豚
生産地域:津市
こだわりや特徴:仕上飼料に三重県産飼料米を15~17%使用しています。
伊勢の国健康豚
生産地域:津市
こだわりや特徴:飼料米・オオバコ・スイカズラ・ベニバナ等の漢方生薬をエサに入れ臭みのない豚肉をつくっています。
はなまるぽーく
生産地域:津市
こだわりや特徴:3つの品種を掛け合わせた三元豚を育て、それぞれの特性を生かし、きめと締まりをよくし更にコクとうまみを生み出しました。
頑固親父の豚
生産地域:津市
こだわりや特徴:家族経営で、環境やエサ、水にこだわり、地域環境へも配慮した中で豚を育てています。
松阪豚・松阪豚プレミアム
生産地域:松阪市
こだわりや特徴:独自の飼料を食べさせ、通常よりも長い間豚を育てています。
忍茶豚
生産地域:伊賀市
こだわりや特徴:飼料として、お茶のエキスを入れて育てています 。
パールポーク
生産地域:志摩市
こだわりや特徴:独自の指定配合飼料にアコヤ貝の粉末を混ぜて食べさせています。 また、徹底した衛生管理に取り組んでいます。
志摩あおさ豚
生産地域:志摩市
こだわりや特徴:飼料にあおさを混ぜて育てています。
玉城豚
生産地域:玉城町
こだわりや特徴:玉城町養豚組合による独自飼料を使用して育てた豚を、「玉城豚」としてアスピア玉城で販売しています。
紀州岩清水豚
生産地域:南牟婁郡御浜町
こだわりや特徴:穀物だけを飼料として使用し、水は山奥で湧き出る岩清水のみを使用しています。
詳しくは「もぐもぐみえ 豚」のホームページをご覧ください。
HP http://mie.lin.gr.jp/mog2/pork.html
【タイアップ】
三重県 農林水産部 畜産課 畜産振興班
三重県津市広明町13番地
tel 059-224-2541
hp https://www.pref.mie.lg.jp/TIKUSAN/index.htm
一般社団法人 三重県畜産協会
三重県津市桜橋1丁目649番地
tel 059-213-7512
hp http://mie.lin.gr.jp
村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事