ホーム 09【その他】 連載エッセイ【ハロー三重県】第11回「みえむには、さんちゃんがいる」

連載エッセイ【ハロー三重県】第11回「みえむには、さんちゃんがいる」

みえむ、こと三重県総合博物館にわりとよく行く。
年パスも持っている。

みえむとは、津市にある博物館の略称で愛称(だと思ってる)だ。
居心地が良すぎて行くとついつい長居してしまう。

博物館だから、期間展示や特別展示に興味が湧いていくことももちろんあるのだけど、たいていは子どもたちに「みえむいきたい」とせがまれてあてもなく行っている。

みえむは子連れにとってなんていうか、手堅い。
屋内にまず、子どもたちが喜ぶ絨毯敷きの遊び場があって、そこがそもそもつよい。三重県すごろくとか、三重県ツイスターとか、三重県パズルとか、(呼称はすべて私の個人的な呼び方)たくさん遊ぶものが置いてあって、それだけじゃなくて、起伏のある籠城スペース(呼称は私の個人的な呼び方)もまた、子どもたちにとっては楽しみが深い。
籠城スペースは三重の海、三重の山、などをモチーフにしており、言うなれば、小さなフィールドワーク、みたいな感じ。おすすめ。

中だけじゃない、外に出ると大きな芝生広場があって、気候がいい季節はほんとうに気持ちがいい。傾斜がついているのもまたよくて、うちの子たちはここを寝転んで転がりながら下っていったりする。みえむに全身を預けるスタイルで遊んでいる。

転がる

中で遊んで、お外で遊んだら、休憩は井村屋のアイスに決まっている。
三重県が誇る井村屋。肉まんとあずきバーの井村屋。
ミュージアムショップで井村屋のアイスを買うのだ。子どもたちはたいてい、メロンボールまたはピーチボールを食べる。もちろん中をきれいに洗って持ち帰る。もちろん、その日はそれをお風呂に持ち込んで遊ぶ。そこまでがセット。

常連なので一家そろって遊び方も板についている。

常連なので、みえむのことは熟知している気持ちがむんむんだし、トイレの場所だって、授乳コーナーだって、どんぐりがたくさん落ちているところだって、なんだって知っている。いつでも聞いてくれていい。
わりと、みえむに関して大概のことは知っているぞ、という傲慢なスタンス。

なのだけど、さんちゃん。
さんちゃんに関してだけはどうも自信がない。
さんちゃんとは、みえむで飼育されているオオサンショウウオの名前だ。
さんちゃんは大きい。たぶん、うちの末っ子(2歳)より大きい。
そして、さんちゃんは動かない。オオサンショウウオというものをよく知らないけれど、みんなあんなに動かないんだろうか。さんちゃんは動かない。ほんとうに動かないのだ。
さんちゃんが飼育されている水槽は川を模してあって、底部には石が敷き詰められて、上のほうからは水が絶えず注がれている。
擬態が見事すぎて、石なのかさんちゃんなのか分からないのだ。そのくらいさんちゃんは動かない。微動だにしない。

一度だけ、さんちゃんのあくびらしきものを見たことがあるのだけど、なにかの見間違いかと思うほど信じられない光景だった。
いつも私たちがアイスを食べる、休憩場のようなところにさんちゃんの水槽は設置されていて、子どもたちとアイスを食べながらまったり、けっこう長い間さんちゃんを見ているのだけど、さんちゃんのあくびは一度しか見たことがない。だってさんちゃんはとにかく動かないのだ。
子どもたちが水槽に張り付いて呼びかけようと、水槽の前で「ちょっと押さないでよ!」「押してないもん!」と喧嘩をしても、絶対に動かない。
いつもただ静かにそこに、いる。ほとんど岩みたいにただ、いるのだ。

みえむの年パスも、もう更新を2度ほどして、春も夏も秋も冬も、通ってきて、さんちゃんはほとんど岩の如しであるな、と結論付けていたこの頃のこと。
ある日、友人がなんの会話の脈絡だったか忘れたのだけど、

「さんちゃんって、すっごい動くんだね!」

と言ったのだ。

なんだって。
なんだって。

さんちゃんが、動く?しかもすっごい動く…?????

そんなはずはない。さんちゃんは、私たちのさんちゃんは、岩の如しなのだ。

「ぐわんぐわん動いてて激しかったよ」

その友達は愉し気にそう言った。

まさかである。

前述の通り、私はみえむをとっても贔屓にしているし、多分ヘビーユーザーだ。
エレベーターで出口を目指して「2」のボタンを迷わず押せるくらいにヘビーユーザーだ(みえむトリックで、1階は駐車場、2階が入り口)。

さんちゃんにそんな一面があるなんて知らなかった。
なんだかさんちゃんに置いて行かれたような心地だった。
私は、卑屈なことに小さく傷ついてしまって、友達の言葉に対してうまくリアクションができなかった。

「へぇ…そうなんだ…え…そう…そっか」

適当に相槌をうってやり過ごした。

「私、そんなさんちゃん見たことない」そのひと言が喉の奥に引っかかってなかなか出なかった。

どうしてさんちゃんはそんなアクティブな一面を私たちには一度も見せてくれないんだろう。もう、知った仲じゃないか。
さんちゃんが暴れまわる姿を見せる相手は、「さんちゃん岩の如し」と思っている私たちだったはずだ。「岩の如し」と思っている私たちはきっと、さんちゃんのアクロバットな動きに誰よりも歓喜して、讃え、感動したはずだ。

さんちゃんったら、なんで。

この一件があってから、さんちゃんに対して自信がない。
私の知らないさんちゃんが、私の知らないところで躍動しているのだもの。

そんな一方通行の想いをどれだけ募らせたところでさんちゃんは、やはり次に訪れたときもきっと岩の如しなのだろうし、きっと私たちは動かないさんちゃんを見ながら井村屋のアイスを食べるのだ。

仕方がないので、もしかしたらアクロバティックに躍動するのでは、という期待を胸に抱っこできるという点が、少し景色が変えてくれる部分もあるよね。と思うことに。

さんちゃんはアクロバットな日もある、という都市伝説、悪くないけどちょっとさみしい。

【追記】
これを公開する直前に京都の水族館でオオサンショウウオを大量に拝見したのだけど、やっぱりみんな動いていなかったし、岩の如しだった。オオサンショウウオってそもそもやっぱり岩の如し(しつこい)なんだな、と腹落ちした。
でも、さんちゃんに限ってはやっぱり動いてるところも見たいのだけど。

さんちゃんにかじりく、いつかのうちの子たち

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