ホーム 04【知る】 3階でも1階でもなく、ニカイは2階

3階でも1階でもなく、ニカイは2階

黄色い特急電車に乗り三重県の桑名駅で降りた。
JR、近鉄、養老鉄道の3線が乗り入れる桑名駅は中原中也が詩によんだ駅でもある。
彼も書いているのだが、桑名といえば「はまぐり」で、そのくらいの基礎知識しかない状態で、お邪魔した。

目的は、「ニカイ」という、クリーニング店の2階にある、なんだかよくわからない場所なのだが、2階にある空間の名前を「ニカイ」とするのは猫を「ネコ」と名付けるようなもので、何とも人を食ったネーミングである。

はじめて来た人は絶対に分からない入口の扉を開けて、細い階段を上がると、10坪に満たない空間に着いた。

部屋の1/3はあろうかというカウンターにとりあえず腰を落ちつける。

カウンターの向こうで私を迎えてくれたのは、この「ニカイ」の主人 福田ミキさんだ。

彼女は、三重県下でコアなファンを掴んでいるローカルメディア「OTONAMIE」の副代表をしながら、ライターや、リモート秘書など、いくつかの仕事を掛け合わせて働いている。

ここにあるものは、昨今のシェア系スペースに比して驚くほど少ない。席数も20席に満たない。

けれど、そんな空間にその日も思い思いの理由を持って訪れる人がいた。

「ここの魅力は主人の魅力です」言ってしまえばそれが全てだと思う。

私自身、奈良県の山村でコワーキングスペースの運営に携わっているから分かるのだが、よくできた空間は、主人を拡張する装置のような役割を果たす。

この、一見何もない空間が、彼女を拡張する装置だと考えた時、彼女自身のパーソナリティが浮かび上がってくる。

パートナーの仕事の都合でこの街に住むことになった彼女は、桑名駅に降り立ち、一度絶望したという。
東京生まれの彼女は生粋の都会っ子で、地方都市の繁華街の小ささに、大いに不安になったそうだ。

そんな彼女が今、この街の片隅で、小さな自分だけの空間を手に入れた。
物件を提供してくれた人、工事を担ってくれた人、商店街の食堂のお母さん、近所のお寺のご住職、同じようにこの街に来た女性たち。たくさんの人たちの手により、その空間はできている。

それは、まちに穿ったクサビのような、または、彼女自身の物語の記念碑のような、そんな空間であると思う。

「ニカイ」は彼女が、この街で、生き、暮らしてきた日々を受け止めつつ、新たな街の入り口として、機能し始めている。

それにしても、何もない空間に、なぜ人は集まるのか?彼女の魅力はもちろん一要素なのだが、それ以外にも何かあるはずだ。そんなことをボンヤリ思案しながら「ニカイ」の片隅にいると、わかってきたことがある。

「ニカイ」は「何もない」ということが「ある」空間なのだ。「何もない」からこそ、何かを生み出したり、考えたり、予期せずに人と出会ったり、そういったことが起こりやすいのだ。

白い壁に架かっている額のようなものが「ニカイ」という場で、額だけが架かっているから、みな、思い思いの絵をそこに描くことができる。

今、この「ニカイ」という額のなかに仕事や、それぞれのやりたいことが描かれている。

だから、「ニカイ」は一見コワーキングスペースのように見える。

だが、間違ってはいけない、この空間はコワーキングスペースと一括りにできないのだ。

なぜなら、コワーキングをつくりたい!と始まった場ではなく、場を開いた結果、コワーキング的機能を、訪れた人たちが見出した空間だからだ。

今現在の「ニカイ」に求められる機能は、コワーキングなのだが、この先もそうであるとは限らない。この場を訪れた人によって、様々なカタチに変化するのが「ニカイ」なのだから。

そんなことを「ニカイ」のカウンタにもたれかかりながら、明滅するライトの元で書いている。

もし、機会があるなら、あなたも「ニカイ」を訪ねてみてはいかがだろうか?

もちろん目的なんかない。

そこにあるのは「何もない」なのだから。


ニカイ
住所:桑名市常磐町51コインランドリービーエル2階
電話:0594-28-8049

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