“オレの夢は日本に住みたい。仕事おもしろい。社長に言った「働くのビザを取って日本に住む」”
タヒチ出身。インターンシップで漁師をしているモアナさんはそんな夢を語る。
私は三重県度会郡南伊勢町の小さな漁村阿曽浦に取材にきた。ひょんなことからモアナさんが暮らす古民家で、お手製ハンバーガーを漁師と一緒に振る舞ってもらっていた。
手ぶらで突然取材に上がるのも失礼かと、ウイスキーの差し入れをもっていくと出てきたのはショットグラス。ハンバーガーにウイスキーをストレートとは本場感がある。
“モアナ、これマフィンじゃん。バンズじゃないじゃん”
名古屋から移住した若手漁師仲間の佐々木さんは、そうつっこみながらも楽しそうだ。モアナさんに聞けば、近所のスーパーではバンズが売り切れていたため、隣りの伊勢市まで車を走らせたがそこでも売り切れていて仕方なくマフィンになったのだという。
“近くのローソンにあったよ、バンズ”
ぼそっとつぶやいたのは、都会に生まれ育ち早稲田大学を卒業してすぐに漁師(所属:友栄水産)になった伊澤さん。南伊勢に移住して2年目になる。
伊澤さんの暮らしを簡単に書くと午前中は真鯛の養殖漁師、昼からは南伊勢町地域おこし協力隊として町の情報発信をしたり、漁師がいるゲストハウスまるきんまる(運営:友栄水産)の管理などを行う。
今回はそんな伊澤さんに南伊勢町をナビゲートしてもらい、等身大の田舎暮らしを取材した。
午前7時。町内にチャイムが響く漁村の朝。
冬の阿曽浦は、日が昇る前から漁の準備が始まる。
モアナと英語でやりとりしているのは、友栄水産を継ぐ橋本 純さん。純さんは漁業体験などのアクティビティも手がけ、英語が話せる漁師として海外からの観光客も受け入れている。
猫にパンをあげていたのは伊澤さんの先輩、竜誠さん。聞くと初めて猫がここにきたときはガリガリに痩せて、パンを毎日あげるようになると猫は懐いたという。ちなみに猫の名はポチ。
ポチは漁師にすっかり慣れ、何か手伝いでもしたそうに漁船に乗る。
仕事の準備が整うと、漁師のティータイム。純さんにお金を渡された伊澤さんは、みんなのリクエストを聞くことはなく自販機へ向かった。
伊澤さん:モアナはココア、佐々木君はコーンポタージュ、純さんもココアで竜誠さんはカフェオレ。僕はミルクティーです。
水揚げが終わる頃、夜は明けていた。朝7時にカモメの声ととにもキンコンカンコンと町内放送が流れる漁村の朝。
純さん:私たちはみんなが寝ている5時〜7時で一番稼ぐ。
半漁半Xという暮らし方
南伊勢町は漁業だけでなく柑橘類の栽培も盛んだ。伊澤さんにナビゲートしてもらったのは、アサヒ農園の田所さん。伊澤さんがお土産のアジの干物を渡す。
伊澤さん:あの、みかん、一袋もらえますか?
田所さん:やるから持ってき。もっとはっきり言いな(笑)。
田所さんは我が子に諭すようにそう言って微笑む。伊澤さんがアサヒ農園のスタッフと話している隙をみて、田所さんに伊澤さんの印象を聞いてみた。
田所さん:情報発信してくれてありがたい。遠くからきた人にしか見えへん視点があって、僕らにはそれが目から鱗で。若いし、なんかしたろって思うよ。
最近仲間と立ち上げたというコワーキングスペースに向かう途中ちょっと寄り道。
アッパッパ屋「はなれ」に立ち寄った。
伊澤さんは南伊勢町の広報誌など以外にも、当WEBマガジンでも記事を執筆している。中でも「はなれ」をつくったアッパッパ屋の濱地夫妻の記事は読者から好評で、記事いいね!数が1,000を超え、いわゆるハズるという現象を起こした。
伊澤さんが撮影した、浜地さんご夫婦の写真がお気に入りのようで・・、
濱地さん:この写真ええやんかなぁ?アハハ!ええ文章を書いてくれて、やっぱり上手です。
大学時代に学生新聞などでも執筆をしていて、一時は新聞記者も目指した。今は半漁半Xとしてライターをこなし、学生時代に磨いたスキルは町の明るい話題づくりに活かされている。
「気軽に行ける」をつくる
コワーキングスペース「しごとば油屋Ⅱ」へ。
室内のカウンターからは、リアス海岸の絶景が一望できる。
伊澤さん:南伊勢には漁業も農業もあります。でも仕事場がない。人が集まってそれぞれの仕事に集中できる場所が欲しかったんです。
都会で育った伊澤さんの暮らしには、気軽に立ち寄り仕事に集中できるスタバやマックが普通にあった。町外からきた人だからこそ、このような場の必要性を感じたのかも知れない。
西岡さん:家でも仕事はできますが、ここにくると切り替えができます。あと仲間と話しもできるので、新しいアイデアも生まれるんですよ。
伊澤さんは町や県と連携してイベントをすることもある。今年は、こたつでみかんを食べるフットパスツアーも開催した。
伊澤さん:フットパスは今までの観光と違うベクトルで、地元の人が地域の魅力を伝えて気軽に参加できるツアーです。暮らしを旅することで、南伊勢に人の行き来ができれば嬉しいです。
南伊勢町のとなりには伊勢神宮のある伊勢市がある。伊勢神宮に訪れる観光客の多くは、一般的に伊勢志摩エリアと呼ばれる伊勢市、鳥羽市、志摩市に宿泊する。
伊澤さん:鳥羽には旅館街があるし志摩にはリゾートホテルがある。だから南伊勢は民泊で。伊勢神宮に行って南伊勢の民泊で暮らしを旅する。
西岡さん:それいいと思う。空き屋が多いけど手放したくないという人も多いし。民泊コーディネートも仕事になるかも。
伊澤さん:民泊、いけるんじゃね?(笑)。
またひとつ、新しい仕事のアイデアができた。
私は今回、南伊勢を取材していて感じたことがある。彼らには仕事に遊び心があるのだ。遊び心から何かが生まれ、それがまた仕事になる。
伊澤さん:町から出て行くのもいいと思うんです。僕自身そうだし。やりたい仕事や生き方を選べる時代。南伊勢を選ばれる町にしたいです。
町外から移住した人のスキルは、今までにない新しい仕事をつくることができる。既存の仕事や仕組みに囚われる必要もない。
今晩、伊澤さんは南伊勢町商工会青年部(以下:青年部)の会議に行くというので同行させてもらった。その前に、となりの集落に移住した漁師の撮影するというので付いていった。
夕暮れ時の海岸に着くと全力で走る小さな子どもと、追いかける父と母。
もうこれだけで絵になってしまうのは菊田家族。最近名古屋から移住し、夫は定置網の漁師をしている。前職は飲食関係で、その時に尾鷲市九鬼町の漁港にも見学に行くなど海に興味があったという。
菊田さん:晩飯は僕が作るんです。子どもたちですか?もともと元気な方だったんですが、こっちにきて元気が爆発しています。
青年たちの美味しい会議
夜7時。
青年部の会議が行われる商工会南島事務所に着くと「青年」と書かれたTシャツを着た人たちが料理を持ち込んだり作ったりしていた。
会議と聞いていたのだが宴会でも始まるのだろうか。青年部長の加藤さんに聞いた。
加藤さん:部員の子ら、みんなお腹空いとるでな。
みんなで夜ご飯を食べてから会議をするという。
部員のみなさんは親しい友だち同士の雰囲気だ。
魚のフライを揚げている「青年」は港町らしい水産加工会社。他にも干物屋、漁師、糀屋、水道屋、食堂など他業種が集まる。部長の加藤さんは車屋だ。
伊澤さん:こういう繋がりは僕にとって心強いです。みんなの職種はバラエティーが豊富なので、話を聞いていてもおもしろいです。
それにしても、なかなか会議は始まらない。みんなで楽しそうに食事をしていて、誰一人焦ってもいない。
加藤さん:全部食べるまで、会議はじまらんよ。
午後8時25分。ようやく会議が始まった。
資料はない。加藤さんが仕切りだしたのだが、議案が意外と多い。この日は行政チャンネルやYoutubeで放送しているたいみーてれび、婚活パーティー、サンタプロジェクト、成人式のプロデュースなどを話し会い、班に分かれて作業を行う。班分けの采配を振るう加藤さんに不満そうな部員はいない。
加藤さん:みんな分かっとるでさ。企画の方向性も。あと、ほっておいたら僕が全部一人でやってしまうことも。
婚活パーティー班と話していた伊澤さん。部員もパーティーに参加できるということだが、年が若いということで不参加を表明。
部員:伊澤君、阿曽のオバヤン狙とるんちゃうか?
会議ではシュールな冗談も飛び交う。
少子化は止められない。だから僕たちは、元気な田舎を目指す。
青年部長の加藤さんは、南伊勢高校のPTA会長なども務めている。南伊勢高校は、全国に広がりつつあるSBP(ソーシャルビジネスプロジェクト)の発祥の地として高校生地域創生サミットが開催され、約200名が南伊勢にやってきた。
加藤さん:学生たちの食事、どうしようってなって・・。でも青年部に味噌を作ってる糀屋も、マグロを一本仕入れられる魚屋もおるから、彼らに仕事として還元しました。
南伊勢町の人口減少は進んでいて、65歳以上の高齢化率は県内の市町で一番高く約50%。
加藤さん:少子化ですよね。いろんなところで話を聞いたんですが、例えば今、町内の子どもを産める女性が全員双子を産んだとしても南伊勢の少子化は止まらないらしいです。だから僕たちが目指すのは、元気な田舎なんです。
そんな加藤さんは、過去に価値観が切り替わった出来事を教えてくれた。
加藤さん:僕は貧乏な小学生で「金持ちになるには?」と母に聞いたら「人の上に立てる人間になれ」って言われて。
母の言葉を聞いてクラスの学級委員長をするなど、人の上に立つことを実践していった。しかし、ただの目立ちたがりと思われたくはなく、学業は学年でトップクラスを維持した。大人になり自動車関連の企業に就職し、出世をしようと努めた。しかし親が癌かも知れないと聞き、南伊勢に戻り家業に入った。
加藤さん:こっちで暮らし始めたらお金だけじゃない、他にもっと地元にとって大事なことがあると感じたんです。金持ちにならなければ負けという考え方がスパーンと消えました。50年後の人たちは私たちのことを知らない。今を生きているのなら、楽しいことをしなければ。人が減っても笑っとれる日々があったら、それでいいと思ったんです。
加藤さんは続ける。
加藤さん:せっかく南伊勢に移住してきた人でも、一年もしないうちに出ていく人も多かった。でも青年部や地域との繋がりがあれば、移住者は定住することがわかったんです。出て行った人には職場と家以外のサードプレイスがなかったんですね。でも仕事が忙しかったり家庭の事情もあるので、部員を無理に誘ったりしません。仕事優先です。その代わり、きてくたらいつでもウェルカムです。
平均点のない生き方
地域をどうにかしなければいけない。地場産業を活用しなければいけない。地方創生という、ちょっと固めの言葉にはそんな響きがあるように思える。しかし、今回南伊勢を取材した感じたのは地域がどうとかではなく、どう生きたいか。自分らしく、居心地のよい生き方を実践してしている人たちの周りには人が集まっている。今回の記事には多くの人に登場いただいた。正直、そのせいで読み進めずらかった部分もあると思う。
実はお話を聞いた人は、全てUターンやIターンをした移住者だ。地元を離れて帰ってきた人。南伊勢の暮らしに憧れて移住した人。田舎暮らしをたのしんでいる人たちを軸に、町外そして海外から共感した人たちが集まる。そんな自然な移住のカタチを垣間見た。最後に、伊澤さんが感じている南伊勢の暮らしについて聞いた。
伊澤さん:雑多、いろんな人がいます。南伊勢には38の集落があってそれぞれ文化も違います。まとめたり比べる必要がないんです。生き方はさまざまでいい。
平均点を求められない生き方には、正解も不正解もないようだ。
さて、日本の未来には人口減少社会が待っている。
ひと足先にそんな社会に入った南伊勢町だからこそ、そこには未来の生き方がある。暮らしをたのしむ。そんな彼らのライフスタイルは地域を明るく照らし始めた。
南伊勢町たいみーてれび
むずかしいことでもたのしくをテーマにした手作り番組。
司会は加藤さん。第1回目のゲストは伊澤さん。
https://youtu.be/_O0dVV0c0G0
WEBマガジンOTONAMIE
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南伊勢町役場 まちづくり推進課 若者定住係
三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦3057
tel 0599-66-1366
mail machi@town.minamiise.lg.jp
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村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事