土に触れたり、田園に沈み行く夕陽を眺めると心が動くのはなぜだろう。
古く、私たち日本人は農耕民族として田畑を耕し、太陽を祈り、月に願った。今でも年に一度、伊勢神宮で最も重要とされる祭、神嘗祭では米などの新穀が奉納されている。明治期まで日本で使われていたのは現在の太陽暦ではなく月の動きを元にした太陰太陽暦で、農家が種まきや収穫の時期を知る重要な情報源が丹生暦を引き継いだ伊勢暦だ。
伊勢神宮がある伊勢市のとなり明和町は、平野に田畑が広がっている。そして最近、新たなムーブメントが起こりつつある。それが農家民泊(以下:農泊)だ。明和町でなぜ農泊なのか。自然環境や農業者などを取材し、考察を交えながらその魅力をお伝えしたい。
明和の酒は、恵みの軟水が醸し出す女酒。
まずは自然環境を探るべく明治8年創業の旭酒造へ。
ここでは伊勢市の神宮学問所を発祥とする皇學館大学と明和町が連携して作った「神都の祈り 斎王」という酒も製造している。
社長の西山 利之さんに酒蔵をご案内していただいた。
大正14年に建てられた趣のある酒蔵は、繁忙期以外は見学を随時受け付けていて一年に1,000人程の見物客が訪れる。
見物客のためにクイズ形式の唎酒もあり、正解すれば豪華景品もあるのだとか。
西山さん:昔ながらの酒蔵に喜ぶ外国人も多いです。それと昔から使っている建物なので蔵付き酵母が住み着いていて、造り出す酒の隠し味になっています。
2階に上がると抜けそうな底板。酒造りをする際、大きなタンク内をかき混ぜるときに、底板を外して2階から混ぜる。ところで日本酒には硬水で仕込む男酒と、軟水で仕込む女酒がある。
西山さん:ここの酒は女酒です。以前、皇學館大学の地理学博士に聞いた話なんですが、明和町は水の都と呼んでいいくらい水に恵まれているそうです。
皇學館大学が明和町で水に関する調査事業を行った際、井戸の数がとても多く、調べてみると豊富な伏流水が地下に流れていることがわかったのだという。
西山さん:昔はこの辺りに3軒の造り酒屋がありました。水の通り道なんです。酒造りに使っている井戸も深くなくて、5mくらい掘れば水が出て涸れることはありません。
取材に訪れたのは12月の初旬。一般的に酒造りが開始している時期だがここでは始まっていない。
西山さん:温暖な気候なので年明けから酒造りが始まります。水や気候も影響して、なめらかで柔らかく飲みやすい酒に仕上がります。
明和町で生まれ育った西山さん曰く、それはまるで明和の町民性がおだやかで人情味があるのに似ているという。なんとなく見えてきた、明和町が農業に向いている理由。それは伊勢平野という平らな土地があることはもちろん、豊富な水量や温暖な気候に恵まれているからだ。続いて、明和町で新規就農をした元イタリアンのコックを訪ねた。
「普段食べている野菜はこうやってできている」を知って欲しい。
iBroomという、まるでiPhoneやiPadのような屋号の会社は現在9名で稼働。作業場はお洒落にデザインされ、働くパートさんは若い。代表の濱口 仁志さんはいう。
濱口さん:昔の農業は3K「きつい・きたない・きけん」というイメージでした。僕はそれを変えたくて3K+1を理念にしています。「きれい、かせげる、かっこいい」それと「かわってる」です。僕自身、もともと人とずれとるんで(笑)。
案内されたハウス内には、たわわに実ったキュウリが並ぶ。大手スーパーにも出荷しているキュウリだが、一般の出荷形態とは少し違う。
濱口さん:見学に来た人の中には、キュウリにトゲがあるのを知らん人もいます。あとキュウリの花も珍しがってくれたり。だったら鮮度をアピールするために、トゲや花を付けたまま出荷しようと思いました。
一日に3,000本のキュウリを出荷するiBroomは他にもバジル、ロメインレタス、トウモロコシ、大根なども生産。中でもホームランスターメロンは地域内外から注目されている。
濱口さん:メロンは海岸に近い砂地で育てています。水がスカーっと抜けるのでメロンが水を欲しがってがんばって育つ。すると糖度が上がるんです。逆にキュウリは十分に水を与える。粘土質が交じっている土地で他の野菜も育てます。明和町は色んな土壌があり温暖なので、土地の性質に合わせて多品種の作付けができます。
明和町生まれの濱口さんは、中学生のときに家で作ったごはんを親が「おいしい」と喜んでくれたことがきっかけでコックとなり、一度地元を離れた。しかしとある大根との出会いで農家になる決意を固めた。
濱口さん:津市山間の町、美杉で採れた大根をそのまま食べたんです。なにこれ?うま!って。調理する必要ないやんって。農家になって自分が作った野菜を「おいしい」といってくれる人がいます。やっぱり誉められたら、がんばろって気になります。
そんな濱口さんに訪ねた。明和町の魅力とは?
濱口さん:それはもう人間です。新規就農を助けてくれた農家、JA、役場の人たち。
高齢のためにメロン栽培を辞める農家から声を掛けてもらった濱口さんは、当時をこう振り返る。
濱口さん:無くすの?あかん!やります!そんな感じでした。新しい発想で地域を盛り上げていきたいという気持ちがあるんです。
今回のテーマである民泊について意見をうかがった。
濱口さん:大根、玉ねぎ、みんなで種まくよ!収穫きてよ!って。それをイベント化して泊まってもらう農泊もいいなと思います。
私たちは意外と毎日食べている食べ物が、どこでだれがどうやって作っているのかを知らない。しかしそのようなイベントを通じて知ることで、食べることへの意識も変わってくると思った。また私自身が親世代として、子どもが人間の体を作っている食べ物がどうやってできているのかを現場で知ることは、教室で教える食育よりも記憶に残るし、何より楽しそうだ。
濱口さん:次はどこに取材へ行くんですか?あ、ロクツキさんね。
人口約2.3万人の明和町。小さな町では近い感覚を持つ者同士は、すぐに繋がることができるのも田舎暮らしの魅力だ。ハウスを後にして、六月(ロクツキ)さんこと六月農園へ向かった。
農家は暮らしも観ている風景も六次化できる。
予定より少し早めに到着し六月農園が営む農泊施設hanare 6tsukiに入ると、聞き心地の良いアイルランドの民俗音楽が流れていた。
オーナーの西川 利道さんは室内を清掃するときに、この音楽がお気に入りだという。早速、今回のテーマである農泊を実践している西川さんの実感をうかがった。
西川さん:楽しいですよ、やっぱり。日本人はもちろん海外の人も来られます。だから私が外国に行かなくても海外旅行をしている気分になります。
宣伝はしておらず、4月から登録を始めた宿泊予約サイトAirbnbなどを通じて一年で約100組みが訪れている。宿泊者は、ほぼ伊勢神宮に向かう人。
それにしてもスタイリッシュな室内。雑貨、建材、家具など一点ずつじっくりと眺めたくなる。
西川さん:この机は明和町にあった御絲織(みいとおり)の工場で使われていた染料の甕の蓋(かめのふた)を再利用しています。できるだけ自然由来のものを使いたくて。土間にも米の籾殻を入れたり、スピーカーは隣りの松阪市に工房がある木KION音という木製で障害物があっても全体に響く構造です。
六月農園では農業体験を行うこともでき、更に県内外から客が訪れる人気のフレンチレストランRyuとコラボレーション企画として、レストランでディナーを食べるとシェフ手作りの朝食を食べられる特別プランもある。
西川さん:もともとはRyuさんに野菜を卸していたことがきっかけで、このような企画ができました。
西川さんは脱サラをしたIターン移住者だ。ブラジルに生まれ兵庫県で育った。就職した大手印刷会社では企画やディレクションの仕事を16年担当。祖父の代、農家だった明和町の実家へ7年前に移住した。農作業で使う倉庫を建て替え、hanare 6tsukiを作った。
西川さん:若いときは「ぜったい田舎なんか」と思っていました。でも40歳に近づくにつれ、意識が変わっていきました。子どもを田舎で育てたいと思ったり、妻も田舎暮らしに憧れていたんです。
農業経験ゼロだった西川さんは、今では約60種類の無農薬野菜を育て、無農薬野菜の生産グループ「ななほし会」のメンバーとして、健康志向の定期宅配サービス「らでぃっしゅぼーや」などに販売。
西川さん:半農半Xが田舎暮らしにはピッタリのライフスタイルだと感じています。
奥さんは看護師なので、西川さんは一人で農業と農泊を営んでいる。したがって、農業を大きくするより、農家を多面化することの可能性を感じているという。
西川さん:農業は野菜を作るのがメインの仕事です。でもそれだけじゃない。農作業など農家の暮らしをコトとして販売できます。農家が何気なく毎日見ている美しい景色もサービスになる。そう考えると農家を多面化して売れます。農作物の加工品だけじゃない六次産業です。あと農家として直にお客さんに接するのも良い経験になります。
取材を終えるころ、hanare 6tsukiから美しい夕陽を眺めた。ここではいつもよりゆっくりと時間が過ぎていく。土に触れ、地元の野菜などで夕陽を眺めながら時間をかけて夕食を作り、大切な人と味わう。そんな贅沢な時間が、ここ明和町では体験することができる。
インターネットの星の数だけでは、個々の希望にあった旅や宿は見つけられない。この先、私たちはどんな価値観を作り、幸せを噛みしめるのだろう。例えば明和町に農泊をできる場所が増えれば、きっと日本の都市部や海外からも人が訪れる。訪れる人は癒され、明和町の魅力は磨かれる。
農家の暮らしを旅することで、食べることだって大切に考えるようになる。きっとそれは農耕民族だった私たち日本人にとって、とても自然な原点回帰ではないだろうか。そして将来、私たちが南仏のワイン畑を旅するように、海外の人が日本の田園や酒蔵を巡ることは珍しいことではなくなる気がした。
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村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事