「度会県」って知ってますか?そう、あの「度会県」ですよ。
12月某日。大阪市内で「度会県民の集い」が開かれた。
OTONAMIEで3月にレポートした「度会県」イベントの関西地域版だ。
筆者は再び、その「集い」に参加してみた。
師走のとある日。
大阪にある小洒落たカフェの3Fスペース。この日に集まった参加者は18名。
その多くは、三重県出身者や、以前三重県に勤務していた人や、仕事で関わりを持った人、祖父母や親戚が三重県に住んでいて、小さい頃に遊びに行った記憶があるなど、三重県に何らかの関心や興味のある方々だ。
そんな人たちが集まって、三重の外から三重について語る「度会県民の集い」。
実際、三重に住んでいる私からすれば「住んでもいないのに三重のことを思って、自分の時間を割いて、わざわざ休日に集まってきてくれている」と思うと、感慨深い。というか、不思議。
この日は、三重の地元からはゲストとして、南伊勢町からアサヒ農園代表の田所さんと、尾鷲市の地域おこし協力隊でカフェマドロス代表の三鬼さんも会場入りして、参加者と一緒に懇親を図った。
「集い」は、第一部と第二部の二部構成。第一部は、ゲストからのお話。
漁村に唯一1件だけあるカフェを復活させた経営者(三鬼さん)と、地元に5代続く蜜柑畑を次世代まで残すべく奔走する農家(田所さん)の話。
3次産業と1次産業とで、カタチは違えども、地元の食をなりわいとする二人が、日々の暮らしの中から感じていることを語った。
ゲストの話を食い入る様に聞く参加者の方々。中にはメモを取る人も、いや、結構な率でメモを取っている。みんな真面目だ。
第二部は、三重南部の美味しい食をいただきながらの交流会。
三鬼さんは、尾鷲市の魚を使ってアレンジしたカフェマドロスの名物メニューを持参して。
田所さんは、愛情込めて育てた自慢のみかんを箱いっぱい。
その他にも、三重南部の美味しいモノをいただきながら。
胃袋が満たされると話が弾む。ゲストへの質問や、自分の語りなど、参加者から様々な言葉が聞こえた。時折、会場に大きな笑い声が響く。
そっと、参加者の声に耳を傾けてみる。
・三木浦にこんなカフェがあるなんて、ちょっとびっくり
・昔、親戚が送ってくれた蜜柑の味が忘れられなくて、今日その味が食べられて感激
・地元の味で、キッシュ?って、思ったけど、今日参加してみて分かった気がする
・田舎の概念が覆ってくる
・真剣に仕事している人の話は凄い。自分も頑張らなくては
・今まで何となく就職して働いているけど、今の仕事から出来る範囲で、地域のことを盛り上げれないか…考える切っ掛けになる
・三重出身じゃないけど、自分の田舎も高齢化と過疎化が進んでいて…どうすればいいのか考えちゃうな
・出てっちゃったクセに…と言われそうだけど、何とかしなくちゃって思うんだよね
・趣味が高じて、友人を連れて地元の三重に戻ったりしてる。いつかは…でも今は無理かな
・ぶっちゃけ、戻りたいけど、働く場所が田舎にはないよね
・病院とか…子どもが居ると田舎で暮らすには不安もあるよね
・はじめの一歩がね、勇気なくて
様々な声の中には、本音もポロリ。
三重が好きで、実家もあるけれど…きっと戻れないであろう現実も。
都市部で暮らす人たちには、その人なりの、これまでに培ってきた暮らしと人生があるのだ。
ある一人の参加者と話し込んでしまった筆者。
その人は、三重県南部出身なのだが、大学からはずっと関西で暮らし、実家には年に一度戻るか戻らないか、だったそう。特にこれまで故郷のことを思って暮らしてきた訳ではないけれど、趣味が高じて通っていた場所が、三重の風景に似ていて、「あれ?ココに時間割いて通うなら、実家近くにも似た環境があるじゃん」とある日気づいたそう。「ならば三重県に通えはいいじゃん」と。
頭から離れていた場所が、ふと記憶と共に、再び身近なものになって甦る。人が行動を起こす切っ掛けなんて、それで十分。壮大なミッションや目的なんて必要なくてラフでいい。
参加者からのコメントがしたためられた度会県の一筆箋。どれも、今、自分たちが暮らしている地から離れた場所であろう度会県(三重南部)に対する率直な“想い”が込められていた。
ところで、OTONAMIEの読者は、総務省が提言し進めている「関係人口創出事業」をご存じだろうか。移住した定住人口でもなく、観光による交流人口でもない、特定の地域との関わりを深く持ち続けることで、よりその地域に活力を与えることが出来る人たちを指して関係人口と呼び、その関係人口を創出することで、地方を創生しようとする取り組み。国は、その事業に平成30年度、2.5億円の予算を取った。(WEBで検索すると様々な情報が出てくる。参考までに)全国の地域に対して、この2.5億円という額が多いのか少ないのかは、ここでは不問として…。そういった予算を取ってまで、都市部に集中した人口を地方に目を向けさせる施策を行わないと、もうこの国はたちゆかなくなってきている。
江戸時代の人口は1200万人だったらしい。現代は1億2,618万人。
三重南部で暮らしていると、過疎化とか限界集落とか、ついつい悲壮感漂うワードを口にしてしまうのだけど、よく考えれば、人口的には元来の姿に戻ってきているだけなのではないか…なら、深刻に考える必要もないのかも。と、今回、この「集い」に参加し、みんなの話を聞きながら筆者はふと思った。
三重県の外から三重を語る集いに、何がみえたのか。(って、まんまダジャレじゃないですが)
都市部に暮らす人には都市部の暮らし、地方に暮らす人には地方での暮らしがある。どちらかに優劣をつけるのでなく、分断するのでなく、各々の暮らしの中で、時に想いを寄せ合い交流し、互いを尊重しあっていけば、いいのではないか。
どちらかに…というラインを引くから“限界”というワードが生まれる。融合すればいいのだ。そう考えれば、未来は明るいんじゃないか。とも。
「集い」では、集まったみんなの笑顔がゆるくていい感じだった。
三重に住んでなくても、三重を応援出来る「度会県」。
興味がある人は、ぜひ、県民になってみてはいかがだろうか。
「度会県」WEBサイトをチェック!
自然が大好きな会社員。ビルが建ち並ぶ大都市から転勤で伊勢に来て早5年。猿が、鹿が、狸が、イタチが、大手を振って道を横切る三重県南部の田舎を、営業車で回る日々を満喫しています。営業の傍らで見つけた三重の田舎の魅力を発信したいなぁ。得意ジャンル:自然、秘境、アウトドア。