モクモクと天に向かって蒸気が上がっています。布の蓋をはがすと蒸し上がったお米があらわとなります。
「ええ具合やな。」「ええ具合ですね。」
数粒をつまんで手にとり、温かくもっちりとした蒸米の感触を確かめ合う男たちの姿が、そこにはありました。
彼らは三重県多気町の河武醸造の蔵人。地元から県内外まで親しまれている日本酒銘柄 鉾杉(ほこすぎ)を代表とする酒蔵の蔵人です。
実は蒸されていたお米は、日本酒造りには欠かせない酒造好適米(以下、酒米)。日本酒造りの現場には、先人から受け継がれてきた製法や見たこともない道具などがあり驚きの連続。
晩酌で注いでいる日本酒のグラスを、蔵人の酒造りを思い描きながら傾ければ、最高の一杯になることでしょう。それでは、そんな蔵人の酒造りの様子を覗いていきましょう。
どれも目を奪われる酒蔵でのワンシーン
はじまりは綺麗に丸く磨かれた酒米から。これから数々の工程を経て、日本酒へと変化していきます。
この丸っこい酒米たちが、私たちが飲む日本酒になっていくと思うと、何だか不思議ですよね。
これから紹介する酒蔵でのワンシーンを見て、ぜひ、何をしているのか想像しながら読み進めてみてください。
正確な連携 時計の秒針から目が離せない
青い網目の袋が入ったザルを手で抑えている蔵人の目線の先には、秒を刻む時計の針があります。
ここは、酒米を洗米・浸漬の工程です。
時間を正確に計っている理由は、酒米に吸水させる量を調整しているから。例えば、10kgの酒米に25%の吸水をさせたい場合、12.5kgになります。多いときには、約300kgの酒米を1時間以上の時間をかけて洗米・浸漬します。
その日の気候や水温によって、吸水時間を秒単位で調整していくのは蔵人の技ですね。
モクモクと天高く蒸気が舞い上がる
ぷっくりと蒸気で膨れ上がる布蓋からは、甘い香りが漂ってきます。蒸気に手をかざすと、ぬくもりが包み込み、指を擦り合わせれば柔らかな水気を感じます。
ここは、釜場(かまば)で酒米を蒸す工程です。
洗米・浸漬した酒米は一夜を過ごし、翌朝に蒸しあげます。冒頭の「ええ具合やな。」「ええ具合ですね。」は蒸しあがりの出来を確認する会話でした。
出来たての蒸米はもちろん熱々です。スコップを手に持った蔵人は半袖姿となり、息を合わせて蒸米をすくいます。
蒸された約12kgの酒米は湯気ごと布で包み込み、次の場所へと運ばれていきます。
広間に霧がかかる酒蔵の風物詩
柿渋が塗られた木造の広間に、整然と並んだ木の台(さな)。
蔵人は蒸し上がったばかりの蒸米を運び込み、またたく間に広間が湯気で覆われます。
ここは、蒸米のさらしの工程です。
約50℃の蒸米のままでは、日本酒の仕込みには適していません。お好み焼きを返すように要領で、素手で蒸米をひっくり返し、固まりをほぐして冷ましていきます。
もやしをかけた後は・・動きを止めよ
密閉された部屋は室温約33℃で湿度60%。オレンジの敷布がひかれた台で蒸米絨毯に、杜氏が目を凝らさないと見えないほど微細な何かを振りかけています。
ここは、麹室で蒸米にもやし(麹菌)を付着させる工程です。
日本酒造りで欠かせない主な原料は
- 酒米
- 水
- 麹(酒米でつくる)
- 酵母(酒母)
です。
麹は酒米のデンプンを糖に分解する役割を担っています。麹室では酒米に均一に麹菌(通称 もやし)を付着させて増殖を促します。
麹室での仕事は深夜にも及びます。麹菌は増殖を続けると発酵熱を帯び、温度や湿度のムラがでてきます。蔵人は麹米の温度や湿度を確認しながら、混ぜ合わせて厚さを調整します。
プツプツとした泡模様はずっと見ていられる
高さ約3mあるタンクを覗き込むと、泡が弾ける勢いにのり華やかな香りが立ち上がってきます。
ここは、醪(もろみ)タンクの発酵の工程です。
麹はお米のデンプンを糖に変え、酵母が糖を食べてアルコールを分泌します。麹と酵母が同じ用器の中で発酵することを、並行複醗酵と呼びます。
麹はタンクの上部に集まるため、2階から櫂入れ(かいいれ)を行い撹拌させて発酵を手助けします。
ついに搾り出し。原酒と◯◯。
部屋の室温は約5℃。隣の部屋のタンクから大きな機械に繋がれているホースからは白い醪(もろみ)が運ばれてきています。
ここは、舟場(ふなば)で上槽の工程です。
醪をしぼる大きな機械からは、潜水艦の入り口のようなタンクの中へ原酒が溜まっていきます。
醪をしぼると原酒以外に”あるもの”が出来上がります。
甘酒や粕汁でお馴染みの香り豊かな酒粕です。
蔵人は冷蔵庫の中でカッパを着て、丁寧に酒粕をはずしていきます。そして全てをはずし終えたら、清掃し、またホースで醪を運び搾っていきます。
伝授 日本酒を美味しく味わう方法
いかがでしたか?蔵人の日常は、私の目には特別な光景に映りました。日本の米や水を使い、麹や酵母といった生き物を相手に蔵人は昼夜寄り添い続けて出来上がった産物…
それが日本のお酒 日本酒。
河武醸造の酒造りに近い様子が三重県各地、日本中で日夜繰り広げられていると思うと、これはもう日本酒を飲みたくなってきます。
今夜、グラスに注いだ一杯。蔵人の姿を思い描いて、ぜひ味わってみてください。
取材協力 三重の地酒「鉾杉」河武醸造
公式WEB:http://www.hokosugi.com/
濱地雄一朗。南伊勢生まれの伊勢育ち。三重県といっても東西南北、文化や自然・食と魅力で溢れていることに気づき、仕事もプライベートも探求する日々を過ごす。探求を続けると生まれた疑問、それが「何で◯◯が知られていないんだ」ということ。それなら、自分でも伝えていくことだと記者活動を開始。専門は物産と観光、アクティビティ体験系も好物。自身で三重県お土産観光ナビも運営中。