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連載エッセイ【ハロー三重県】第7回「言葉の壁をノックする」

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結婚前は関西地方に住んでいたから、すぐそばの三重県だって、そんなに言葉は違わないでしょう、と思っていた。

実際、そんなに大きくは違わないのだけれど、言葉のニュアンスというものが全然違う。
最初に驚いたのは「あんた」という単語だった。
ずいぶん冷たい言葉を使うのだな、とどきりとした。
しかもそれが親子同士で、しかも、子から(成人です)親に向かって使われることも珍しくないようだったから、それはもう驚いた。
何度も言うのだけれど、私は石川県の生まれで、北陸と言えば、頑ななまでに封建社会なのだ。
いくら成人しているからと言って、親に向かって「あんた」なんて恐ろしくて口にできない。小一時間くらい説教されるか、寝込むほど落ち込まれるかどちらかな気がする。
最初に「あんた」を聞いたときは「お、怒ってるの…」とハラハラしたのだけど、文脈からも会話の雰囲気からもまったくそういうわけではないらしかった。なんならいっそ発語の本人はご機嫌でさえあった。もちろん受け取るほうも。
つまり、こちらでは「あんた」は「あなた」とイコールであるらしかった。
(三重県と言えどとても広いので場所によってまた違うと思います)

その他の方言に関しては、私がふれた範囲で言えば、たいていちょっとかわいらしい。
「まぶしい」を「あばばい」とか(赤ちゃん語みたいでかわいい)、つねるを「ちみぎる」とか(過剰さに愛嬌さえ感じる)、私が特に気に入ったのはなんといっても「かんぴんたん」だ。
「かんぴんたん」ですよ。第一印象は懐かしの「チャン・リン・シャン」だった。
かんぴんたんってこの語感の良さ、すごい。地方の銘菓みたいだし、教育テレビのキャラクターみたいだ。誰からも愛される感がみなぎっている。

他県の方のために解説すると、「かんぴんたん」は「干からびたもの」を指す。しかも、ほとんどの場合、「かんぴんたん」の後ろに続くのはカエルか、ミミズだ(私調べ)。
つまり三重県ではカエルやミミズが頻繁に干からびてあるのだ。
灼熱の太陽が照り付ける三重県ならではの言葉だといたく感銘をうけた。
実際、三重県に暮らし始めて、私は産まれて初めて干からびたカエルというものを見たのだ。しかもやっぱりしょっちゅう見かける。
干からびたカエルを見かけると「かんぴんたんだなぁ。かんぴんたん以外のなにものでもないよなぁ」としみじみ思う。
カピカピな感じもかんからかんに乾いた感じもよく出ている。
非常にしっくりくる秀逸な単語だと思う。

方言のほとんどは、文脈や雰囲気で読み取ることができたのだけれど、ひとつだけ理解に長い時差がかかるものがあった。
「たらう」だ。
初めてその言葉を聞いたのはケータイショップで、私は初めてのスマートフォンを購入するところだった。
店員さんが「女性は小さめのほうがいいと思いますよ。大きいと指がたらわないんですよ」と言ったのだ。
私の脳内では「たらう」は「タラう」だった。
つまり、外来語の動詞活用だと思ったのだ。
分かりやすい例で言うと、最近だとタピオカの入ったドリンクを飲むことを指す、「タピる」だ。
スマートフォンの画面を指でさっと素早くなぞることをなにか外来語で「タラック」的な単語で説明するのだろう、そしてそれはIT界隈では当然のように常用されているのだろう、それを日本語の動詞に活用したのだな、と勝手に判断した。

誤解がとけたのはそれから数か月が経った頃だった。
当時働いていた職場で、書類を綴じる綴り紐を探していた私に、事務の女性が二本差しだしてくれた。短いほうと長いほう。
彼女は短いほうを指してこう言った。
「こっちじゃちょっと、たらわんかも」
そばで聞いていたもうひとりの女性が、ふふと笑いながら「たらう、って分かる?」と訊いた。
ふるふると首を振りながら、あの日の携帯ショップが脳裏に浮かんでいた。
もしかして、もしかして、たらうって……。
「届くってことやよ」
だよね!!!!!!!
ふたりは、そっか、たらうは方言か、方言やよ、と言い合って微笑み合っていた。
「じゃあさ、ごうわく、は分かる?」
「わかんない」
とあれこれ会話をしながら、胸がざわざわした。
私、どっかでしたり顔で「スマホにしたけどまだたらうの慣れてなくって」とか、言ったりしていなかっただろうか。
「手袋してるとたらえないよね」とか言ってなかっただろうか。
「ごうわくはな、腹が立つって意味やよ」
「へぇ、知らなかった」
と相槌を打ちながら、ひとりおろおろしていた。

三重県生活ももう十年だし、そろそろ、知らない単語に遭遇することもなくなってきた。
そして、三人いる子どものうち、末っ子がこの度めでたく三重弁を話すようになってきた。
幼稚園の先生の影響らしい。
「食べやん」「寝やん」など、イヤイヤ期らしい、否定語から着実にマスターしている。かわいい。

長女と長男、しかもなぜか夫まで、我が家では三重弁を話す人間がいなかったので、これはとても新鮮。新鮮ついでに、三重弁ネイティブ化が家庭内で進みそうな予感もする。
こうして長い年月をかけてゆるゆると根を下ろしてゆくのだな、と思ったりもした。

ところでずっと気になってたんだけど、「えらい」はみんなどうやって聞き分けてるのか知りたい。
子どもを追いかけまわしていたり、抱いていたりすると、年配の方が「えらいなぁ」と声をかけてくださることが度々あって、それはいったい共通語的な意味で、私がおりこうさんだということなのか、三重県で言う「しんどい」の意味なのか、実はずっと答えが知りたい。

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