三重県津市一身田町にある「高田本山」。三重に住んでいる人なら、一度はその名を聞いたことはあるのではないでしょうか。「高田本山」とは、真宗高田派の寺院の通称です。
私は姉が真宗高田派の宗門立学校である高田高校に通っていたこともあり、「仏教に関係のある場所なんだろうな」ということはぼんやりとですが理解していました。でも「今日は仏様の行事だったから」と姉がもって帰ってくるお饅頭にしか興味はなく。「高田本山って何なん?何するところ?」なんて思いながら、その疑問を解決することのないまま月日は過ぎていきました。
しかし今回、私の中学の同級生であり、現在は高田本山『専修寺』の宗務企画室 に勤める 中野達照さんにお話を伺う機会をいただき、私の素朴な疑問を解決することができました。「なぜ一身田に高田本山ができたの?」「そもそも「本山」とは?」そんな疑問から、今日までの歴史・見どころまでお聞きしました。
なぜ一身田に本山が?
ーはじめて『高田本山』に訪れたのですが、門の大きさや敷地の広さにびっくりしました。お寺の周りには古い町並みも多く残っていて。こんな場所が地元にあったとは…
中野さん「そう言ってもらえるとうれしいですね。これだけ大きな規模のお寺は、東海地方では高田本山だけなんですよ。しかも昨年(2018年)、専修寺の御影堂・如来堂は県で初めての国宝建造物に指定されました。御影堂は1666年、如来堂は1748年に建立されています。ここは約300年前の歴史に触れることができる場所でもあるんですよ」

ーそもそも『高田本山』とはどういった場所なのでしょうか
中野さん「高田本山とは、全国に600余ヶ寺ある浄土真宗の宗派『高田派』の総本山という意味です。元々高田派は1226年に栃木県真岡市高田に建立された本寺「専修寺」を本山としていました。これは、1226年親鸞聖人(しんらんしょうにん)が54歳の頃、念仏道場として建てられたお寺です。そこが火事で燃えてしまったことをきっかけに、本山が一身田の寺に移りました」
ーなぜ一身田に?
中野さん「一身田の専修寺は、元々、第十世真慧上人(しんねしょうにん)が東海地方の布教の拠点として作った場所なんです。真慧上人は、高田派を発展させ、全国に広めたといわれている方です。火事で本寺が燃え、当時の都(京都)に近い三重に本山を置くという考えに至ったのだと思います」

他の宗派との違い
ー西本願寺など他の宗派とはどういった違いがあるんでしょうか
中野さん「親鸞聖人を宗祖としているという点はどの宗派も同じですが、出発点が違います。例えば西本願寺・東本願寺は親鸞聖人の直系の子孫により、親鸞聖人の墓守を目的に立ち上がった宗派ですが、高田派は親鸞聖人自身が念仏道場を建立したことが起源となります」
ー私たちでもわかるような、違いはありますか
中野さん「まずお勤めの作法が違います。同じお経でも読経の際の節(抑揚)も違います。たまに違う宗派のお勤めを聞くと、何を言っているのか聞き取れない部分もあるんですよ。「各派のみんなでお勤めしましょう!」となったら、「無理だ」って言うと思います(笑)それぐらい宗派によってお勤めの作法に違いがあります。親鸞聖人の教えという根本は同じですが、長い年月を経て各々が独自のスタイルを確立しているのです」
高田本山の見どころ
ー訪れる際の見どころを教えてください
中野さん「毎朝のお勤めや、日によってはお昼のお勤めの後に御影堂の中央にある高座で15分~30分ほどのお説教があります。お勤めやお説教はどなたでも聞くことが出来ますし、お説教師は毎日変わりますので、ぜひあなたの推しメンを見つけてください(笑)」
ー推しメン、つまり推し僧侶ですね笑
中野さん「それと高田派の特徴といえることがもう一つ。長野の善光寺のご本尊は絶対秘仏と言われる「一光三尊弥陀如来」という仏像なんですが、その分身が本寺・専修寺のご本尊なんです。親鸞聖人が「わが身を分かちて師に与えます」と夢のお告げを聞き、善光寺へ足を運んだところ、善光寺の寺僧にも同じ夢のお告げがあり、ご本尊である弥陀三尊仏の分身体を授かったと言われています」
ー弥陀三尊仏とはどんな仏像ですか?
中野さん「阿弥陀仏を中心に、両脇に観音菩薩と勢至菩薩が立ち、それが一つの光背に収まっています。浄土真宗においてご本尊は「弥陀一仏」といって阿弥陀如来だけなので、三尊仏もご本尊としているのは高田派の大きな特徴といえます」
※秘仏…信仰上の理由により非公開とされ、厨子などの扉が閉じられたまま祀られる仏像。
※本尊…最も大切な信仰の対象として安置される仏像・経典など。 |
ーご本尊を見ることはできるのでしょうか
中野さん「三尊仏は栃木県の本寺のご本尊ですが、現在は秘仏となっているので通常は見ることはできません。ただし、17年に1度、高田本山にお迎えする時は、お迎えの時・お帰りの時、その間の3回御開帳します。その折に足を運んでいただければ」
ーちなみに次はいつになるのでしょうか
中野さん「2014年にお迎えしたので、次は2030年ですね…」
ーあら、ずいぶん先ですね…
中野さん「他にも見ていただきたいものはたくさんありますよ!宝物館には、親鸞聖人直筆の書物を所蔵しています。『西方指南抄』『三帖和讃』という書物で、国宝に指定されているんです。宝物館は現在改装工事中ですが、新宝物館は親鸞聖人の生誕850年のお祝いの法要にあわせてオープンします。そのこけら落としで、本物が公開されるかもしれません…!」
ーとても楽しみにしています!建物としての見どころはありますか?
中野さん「国宝に指定された如来堂、御影堂はもちろんご覧いただきたいですね。ご本尊の阿弥陀如来を御安置している如来堂。欄間(らんま)には精巧な雅楽器の彫刻、堂のいたるところには美しい鳥などの動物の彫刻があります。御影堂には親鸞聖人の木像や歴代上人のお姿が描かれた軸が安置されています。上人によって袈裟の色が違うところや、堂内部の色彩の豊かさも見て楽しんでいただきたいですね」
仏教の「本物」に触れる
ー“国宝に入る”という、貴重な体験ができますね
中野さん「そうですね。たまに『お金を払っていないのに(お堂に)入ってもいいんですか?』という問い合わせがあるんですが、元より浄土真宗は民が集うためにお堂を広くしているんです。ですから、ぜひお堂にあがっていただきたい。ここで仏教の「本物」に触れてもらえたら、うれしいですね」
京都や奈良のお寺には何度も通い、その美しさや歴史の深さに感動していた私でしたが、こんな身近に素晴らしいお寺があったことを知らないまま過ごしていました。今回は長年疑問だった「高田本山って何なん…?」を解き明かせただけでなく、歴史を知り、高田本山がここに在る意味を知ることができました。
今まで足を運んだことのない人は、ぜひ訪れてみてください。山門をくぐり、そこからの景色を見渡せば、800年にわたって続く高田派の歴史を肌で感じることができるはずです。

OTONAMIE×OSAKA記者。三重県津市(山の方)出身のフリーライター。18歳で三重を飛び出し、名古屋で12年美容師として働く。さらに新しい可能性を探して関西へ移住。現在は京都暮らし。様々な土地に住んだことで、昔は当たり前に感じていた三重の美しい自然豊かな景色をいとおしく感じるように。今の私にとってかけがえのない癒し。